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リオとキツネと打ち水と。

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リオとキツネと打ち水と。


 校舎の窓に映る白い雲を見上げ、キツネの女子高生・小野悠里は肩に掛かるビキニの紐をゆっくりと摘んだ。
悠里は黒色のビキニが隠れるようにブラウスを羽織り、裾を胸元で結んでおへそを見せていた。学校指定のスカートと
合わせて着ると、何でもない服さえも少年誌のグラビアぎりぎりの色気を醸し出し、リオをはじめとして見るもの全てを惑わせる。
 学園でも一ニを競う豊かな胸がちらと見え隠れして、さりげなく悠里のスタイルのよさを見せ付けていた。

 きょうは学園の打ち水まつりの初日。集まったのは風紀委員長のウサギのリオとキツネの小野悠里、そしてちらほら程度だけだった。

 木の桶にひしゃくを片手に準備は万全。蒸し暑い校庭に水を撒いて、夏休みに勉学に励む生徒たちがちょっとでも涼しげに
思ってくれればと立ち上げられた風紀委員の企画。なにせ日頃から生徒指導に熱心な敵役の多い風紀委員だからか、それとも
せっかくの夏休みだから勉強を忘れてしまいたかったのか、リオが思ったほど人は集まらなかった。無念にも企画倒れか。

 「小野さんっ。学校だよ!」
 「ふふっ。すぐ赤くなるリオちゃんって、かわいい」
 「これは委員会の活動なんだから、わたしの言うことを聞いてくださいね!」

 メガネを光らせながら注意を促すリオの襟元のボタンを悠里はそっと外す。
 放課後お茶会とお友達の『まなべさん』や、とあるおねえさまと『くろこちゃん』はそんな着崩しはしません!と、
のど元までセリフを出しかけて、ぐぬうとリオは堪えた。周りの目がちょっとずきずきと突き刺さる。

 (これだから、おっぱいキャラは!)

 真面目のまー子のリオは、あまり悠里のことを咎めると周りから妬いているように見えると察し、ぎぎぎと歯軋りして黙認した。
それにこの企画は悠里から風紀委員長のリオに提案されたものだから、お願いごとは聞いておいてあげたいしと仕事はきちんとしたい。
 しかし、横から見ると悠里の胸と比べてリオのものがおこちゃまに見えてしまう。片足のかかとを上げる仕草が色っぽい。

 「リオちゃん。とりあえず、暑くなってきたから始めるよ」
 「……うん」

 空元気も元気のうち、リオはあまり乗り気でないものの、悠里やその他参加者を引き連れて校庭に出た。
空に浮かぶ白い雲がだんだん悠里に見えてきた。あれが耳、これが尻尾、それがおっぱい。地上をなぞるように見下ろす悠里の雲。
 大空に夢をはせるなら絶好の青空。健全な青少年なら翼があれば、優しい悠里へと飛んでゆきたくなると考えたくなるだろう。

 「ところで、わたしの夢。聞きたい?」
 「小野さんの」
 「ふふふ。わたしの夢は、かわいいお嫁さん。女の子の夢だよね」

 つや消しした黒ビキニの少女が言うセリフか。と、リオは水を撒く手を止めた。
 自分の夢はなんだろう。ついこの間、クラスの教師との進路についてのリーディングがあった。
 正直、リオはまだ何も決めていなかった。誰もが夢を抱いていると言うのに、焦りだけがリオを責める。

 「先生も……学生時代、委員長してたから因幡さんも教師とかどうかなあ」
 「なんですか、泊瀬谷先生。教師は風紀委員長の成れの果てですか」

 親身になって言ってくれたのに、ついついあたってしまった自分が恥ずかしい。

 「リオちゃんはフリルが胸元に付いた水着が似合うかもね。色は明るい黄色とか」
 「そ、そう?似合うかな」

 そう言われて嫌な気になる女の子はいない。リオだって、女の子の端くれだ。

 「水着のお披露目は女の子・夏のイベントだもんね」
 「夏のイベント……」

   #

 夏のイベントと言えば『こみけ』を真っ先に浮かべるリオにとっては、悠里はラノベやアニメのキャラのようなものだった。
ベタだけど、これを入れなきゃ読み手は納得しない!海!すいか割り!めがねっこ!そして、びきにのおねーさん!
リアルも二次元もあるんだよ。でもさ、本当はイベントに行きたかったのだ。近所のちょっと大きな街で開かれる『同人本即売会』。
随分前から狙っていた二次創作の薄い本。憧れのサークルがやって来るんだから、これは行くしかなかろう!
 だが、苦しいのだ。即売会と委員会の活動を天秤にかけると『委員長の事情』を選ばなければならない心苦しさがリオを締め付ける 。

 『正しいことをしたければ偉くなれ』。でも、偉くなったら好きなことが出来なくなるのよ……。

 学園のため、みんなのためにと自分の時間を割いて、怒られて、蔑まれて、そしてちょっと褒められて。委員長はやめられない。
薄い本がバタバタと群れを成して湾岸の埋立地の空を飛び去って、リオの元からだんだんと遠ざかってゆく。

 「さよなら、わたしの夏……。サイン本、欲しかったよおお」

 悔しさをぶつけようと自宅のソファーにて、たれ耳ウサギのぬいぐるみを後ろからハグしながらじたばたと暴れるリオ。
弟から「見たくも無いぱんつを見せるな」と叱責されると、リオはぬいぐるみを投げつけた。

   #

 「それっ」

 悠里の撒くひしゃくの水はきらきらと輝きなら弧を描き、粒となり、乾ききった地面を潤した。虹が微かに浮かび上がる奇跡。
もう一度、ひしゃくに水を汲もうと俯くと、ブラウスがはだけてビキニのラインが隙間から見える。無防備のようで守りを意識した
彼女の姿にリオは思わず見とれた。ぱっと打ち付けるポーズは子供のように無邪気で、動きにあわせて左右にしなる悠里の胸と尻尾は、
ゆっくりと揺さぶられるほど大人の余裕のようなものを感じるではないか。僅かに零れた水滴がブラウスを濡らし、柔らかい毛並みが
じっとりと透けて張り付いていた。通り過ぎる風がひんやりとする。二人のスカートを揺らしながら学園を涼しげに飾る。
 参加者誰もが悠里の艶姿に見とれて、打ち水まつりは初日を終えた。

 悠里と別れたリオは帰り道、同じく校門を潜る男子生徒の声を聞いた。
 声変わり前の青臭く、恥ずかしくなる声。

 「あしたもあの打ち水、やるのかなあ。タスク」
 「わかんない」
 「おめー、参加するだろ。ぜってー」

 リオは初めて悠里の気持ちが分かったような気がした。

 帰宅したリオはリビングに戻るとクーラーの恩恵を受けた。外の洗濯物を瞬時に乾かす夏の光線から逃れるひと時。
 刺すぐらいの冷気はいくらなんでも寒すぎるから、温度を上げろとテレビを見ていた弟に命じる。「いいところなのに」とふて腐れて、
弟はクーラーのリモコンに手を伸ばすと、彼はテレビの画面に食いついた。どうやら夏のイベント『こみけ』の特集らしい。
 画面には学校での悠里のような格好の子たちがポーズを取ってよい気分になっているところだった。ツイン逆三角の建物を背景に
戦利品両手一杯に夏を謳歌する人たちの映像は、リオにとってリビングを少々居心地悪くしてしまうのだった。
 それよりもリオは悠里の方ががスタイルも考えもはるかに自分より大人なことが羨ましく思い、テレビどころではなかった。

 「ほら、『ねーちゃん特集』だよ。嬉しいだろ」
 「う、うん……」
 「珍しいな。いつもなら『うるさい』ってキレるくせに」

 とみに。外は明るいのにガラス戸に水滴がぶつかってきた。
 だんだんと強く。水滴が創るレンズで快晴よりも余計に眩しい。

 「ほら!ねーちゃん!雨、雨!洗濯物!」 
 「ところでさ、マオ。学校に水着のお姉さんがいたら……どうする」

 何言ってるのと弟に呆れられる。

 お天気雨。別名・キツネの嫁入り。

 弟にせかされて、リオは雨振る青空の夏雲にに悠里の姿を見て洗濯物を取り込んだ。


  おしまい。

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