※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。

ネコの日なんて、嫌い


 ベランダから遠くに浮かぶ光の森。年に一度だけ現れる大きな輝きは、季節外れの蛍たちが街にたくさん舞い降りたよう。
 深夜だというのに池を囲んだ公園は賑やかだ。光あれば、人が集う。人集えば、光ある。

 「……群るのは嫌い」

 しんと静まり返る住宅街は、彼女をそっとしてくる気の優しいヤツだ。立て筋のキズ、爪で引っ掻いた跡が刻まれたカーテンの隙間から
光の森を見下ろしながら遠い目で見つめる一人のネコの娘。雲ひとつない夜に、彼女の白い毛並みは明る過ぎ、漆黒の長い髪は
ひとりぼっちの間もなく日付が変わる夜にはいささか似合いすぎる。

 あとわずかで2月22日。世間はネコの日。街中のネコたちは揃いに揃って、年に一度の夜を共に過ごすネコだけの夜。だけど。

 今夜だけ、今夜だけはそっとしておいておくれ。わたしを理解しようとしようもなら、およしなさい。
 彼女曰く、『猫とは、解答のないパズルである』という格言もあるらしいじゃないか。と、娘はカーテンを閉じた。

 外の空気を吸ったのは久し振り。真夜中の街が眩いので、目に優しいパソコンのモニタに目を移す。
 ネトゲに浸ってCGだけど顔馴染みの面々の元へと彷徨うが、あいにくバーチャルな世界でもネコの日のお祝いをしていた。
ネコミミのキャラばかり集って、のんびりと、特になにかアクションを起こすことなく時間を過ごす。

 「ネットもリアルもネコの日ですか」

 ネットワークの上だが、娘は気付かれないようにその場を去った。

 マンガにラノベばかりの本棚は爪跡だらけ。あかあかと暗い部屋にともるパソコンのモニタも無機質な文字で、取り留めのない
独り言の呟きがずらりと並ぶ。「にゃー」「にゃー」「にゃー」と、今夜は特にネコの声の文字が目立つ。ご丁寧にハッシュタグも
『#222』と彼女への嫌がらせのようだ。目をぱちくりとさせず、電光石火の指裁きでリプを飛ばす。

 「@wan_wan_ko お前、イヌだろ」

 同じ文字だらけのタイムラインは、雪解けの頃の急流を思い起こさせて、それを黒髪の白ネコは、ジト目でじっと眺めていた。
 彼女と外との接点は、このモニタ越しでバーチャルなリアルを見通すか、部屋の窓から覗くだけ。
 読みかけの本に挟まった履歴書の名前欄に『夜月野茉代』とだけ書かれていて、続きを書く予定まったくなし。

「この日が、一年の中で一番嫌いなんです」

 真っ白なモニタの灯かりが部屋を薄っちらく照らす。

    #

 白先生がなじみのコンビニでおでんを買うと必ず店員は「お箸は一膳でよろしいですね」と尋ねる。

 知った顔の店員だから気を利かせているのか、それとも遠まわしでバカにしているのか。白先生は湯気立つ器を覗き込むと
「二膳でお願いします」と答えた。店員はにこやかに割り箸を二膳用意した。仕事帰りに寄るコンビニはよく訓練されている。
 最近はコンビニでビールを買うのにもひと手間掛かる。年齢確認をお願いします、とレジの液晶画面を指差された。
成人ならば画面をタッチしてくれとのことだ。もちろん成人して早十ンー年の白先生は優しく画面をタッチした。

 「何もかも、変わるんだな。しんどい」

 コツコツとブーツのかかとを鳴らして店を出る。片方のコンビニ袋からおでん、もう片方からビールの缶を二つ透かせて
すっかり夜の底に落ちた佳望の街並みを一人白先生は歩いていった。入口でたむろする青年たちなどは無視無視。
「いいの?」という突っ込みはお断り。教育者としては見過ごせないが、一人身の三十路女としての意見を白先生は通したかったのだ。
 時間に間に合いますようにと、おでんの汁をこぼさぬように小走りすると、かかとの音も付いてくるように聞こえる。
白先生だって、いっぱしの女子。歩きにくたって、かかとのあるブーツで街を闊歩したいお年頃なんですよね……センセ。

 「……」

 無言で光放たれる公園の側を通りがかる。大きな池を囲んだ遊歩道がちょっと自慢、今宵はネコたちだけに時間を譲って
静かなる森のまったりとした「ネコの日」を許してくれる大らかなヤツ。
 白先生はこの公園の側を通りがかるのがちょっと後ろめたい。学園の小さな子から指差されて笑われるかもしれないと、
ひやひやとした想いが、脳裏にぶり返してくる。そして、嫌な予感ほど良く当たる。

 「あ!白せんせー!」
 「白せんせにゃ!」
 「コレッタにクロか……。おめでとう、ネコの日」
 「おめでとうニャ!!」

 この夜は特別な夜。いつもはおねんねの子ネコたちも、夜更かし出来るネコの日だからと喜び勇んで暗い公園をきゃっきゃと跳ねる。
白先生とはおなじみの学園の子ネコ、コレッタ、クロにミケが夜を楽しむ。普段の制服とは違って私服の彼女たちは色とりどりで、
お菓子のような甘い香りがする。コレッタは最近買ってもらったローラーブレードを履き、ぶかぶかのプロテクターを付け、がたがたと
ローラーを鳴らしながら白先生に近づいてきた。ぎこちないコレッタの足元に白先生の爪がうずく。うずうずうずうずと……。
コレッタの魅力に打ちのめされそうになりながらも、白先生は理性を保つ。幼い金色の髪は夜でも美しく見えた。

 「白せんせー。コレッタね、ローラーブレードすべるのじょうずになったニャよ!」

 ピンク色のローラーブレードを履いてコレッタががらがらと走る。
 決してお世辞にも上手くない滑り。滑っているというより、滑らされている。

 「どう……ニャ?」
 「ああ。上手いな」
 「コレッタ!夜中だから静かにするにゃ!ローラーはうるさいにゃよ」
 「うるさいのはクロだニャ!くやしかったら、クロもはいて……」
 「どーせ、コレッタよりも上手く滑れてコレッタがかわいそうだから、はいてこなかったにゃよね」

 お互い尻尾を膨らませながら、かわいいケンカをする二人を白先生はなだめながらコレッタの足元を見てふと思い出した。

 (最近、ローラーブレードの練習してないな)

 ほんの出来心で購入したローラーブレード。
 コレッタたちと一緒に公園を滑走したかった。それだけの理由で、自分の歳のことも考えずに始めてしまったローラーブレード。
 しりもちついて、木にしがみつき、プロテクターがキズだらけになるまで七転八倒しながら練習していたが、何時しかここに
来ることさえも無くなってしまった。今頃、多分、ローラーブレードは保健室のどこかに放置されているはずだ。

 「おーい。コレッタにクロにミケー。あんまり騒ぐなよ」

 夜の公園には学園の生徒指導も来ているので、白先生も安心した。もちろん、彼ももちろんネコだ。

 「おや、帆崎先生。お連れさんはよろしんですか?」
 「ルルにはちゃんと『仕事』だと伝えてますし」
 「確か二十歳……だったかな。若い嫁さん家に一人にしちゃって」

 あくまで帆崎は保護者代わり、自ら進んでコレッタたちへと近づくことはなく、ベンチに腰掛けて役目を果たしていた。
一人で時間を貪るのも、たまにはいいなと、表情の起伏を少なくする帆崎。「あんま、遠く行くなよ」の声が棒読みだ。
 帆崎はマフラーに顔を埋めてぼやく。

 「うちのツレはああ見えて……なんでもないです」

 公園から深夜にも関わらず、小さな子の声が聞こえてくるのも、この夜だけが持つささやかなる特権だった。

    #

 遠い人との言葉のやり取りも飽きてきた。茉代は何も考えることなく時間を潰せると、とある動画サイトにたどり着いた。
ネットで話題の連続アニメ、第一話こそお試し無料だが、それ以降は課金制だ。『かきんせい』と言うナイフが深代に突き刺さる。
「お祭りの夜になにやってるんだろう」という思いがナイフを捻る。「わたしはわたし」という彼女の主義がナイフを消し去った。

 アニメを見るにも『かきんせい』。
 アイテムを得るにも『かきんせい』。

 誰でも容易く登れる木も、深代にはてっぺんがはるか高く見えて登る気さえ失せてしまう。

 今頃、同級生のネコたちは公園に集まって、夢物語を語り合い、なんやかんやで時間を共有しているんだろう。
 今頃、オトナのネコたちはのほほんと顔を合わせて、解決することのない愚痴をみんなでこぼしているんだろう。
 今頃、小さなネコたちは……。

 もう、やめよう。空しいよ。

 たった。たった、六畳の世界。半径三キロの宇宙。そして、わたしだけの時間。壊されたくはないから。
 学園を出て、自分の意思で人との交流を絶ってきたのだから、根気のある子って褒めてくれればいいじゃないですか。

 って言う理由なぞ、まかり通らない。って言っていた。オトナの世界は理不尽だ。と。確か学生時代、毎日通っていた保健室の……。

 「ババァ……だっけ」

 カチカチカチとマウスをクリックし続ける。新たなる歌い手さんを発掘してみたいな、と。

 カチカチカチ……。

 時間だけが過ぎる。

 カチカチカチ……。

 ひたすら。

    #

 カチカチカチ……。

 シャーペンの芯をまた伸ばす。ひと時、紙の上を滑らせる乾いた音に変わりだした。気分もよい。筆が進んでいる証拠だ。
制服姿の茉代は保健室の机を占領して、ひたすらノートに文字を書き続けた。沸き立つ妄想欲が彼女の手を止めることを
許してくれないかった。欲望に誘われて、自分だけの物語を文字に託し、ひとつの作品として紡ぎ上げる。
 勢いで物語を書くことは、邪道にも見えるが、思い切りぶつける作法もたまにはよかろう。職業作家もよくやる犯行だ。

 「夜月野。まだ、書いてんのかよ」
 「はい。区切りがつかなくって」
 「出来上がったら、読ませてくれよ」

 茉代はコーヒーに興じる白先生の問い掛けを聞いていないことにした。
 冬の保健室は暖かい。窓から差す光も、手元を明るくするにはちょうどよい。

 「文芸部に入ればよかったのにな」
 「群れるのは嫌いなんです」

 保健室でも会話はいつも不毛だ。それを嘆くようにがらりと保健室の扉が開く。
 古文担当の教師・帆崎だった。ぶっきらぼうな顔をして、わざわざ茉代の様子を伺いにやって来た。

 「夜月野、古文の授業だけは出てみらんか?きょうはお前の好きな……」

 男のネコの声に深代は筆を止め、ノートの内容を庇うように抱き抱えた。秘密を守るように。
 帆崎と目を合わせることを躊躇った茉代は、長い髪を見せながら焦った。

 「ザッキー、まだですっ。まだ、七割の出来なんです」
 「帆崎っ、なんだ?わたしにだけダメなんだ?」

 保健室に通うことだけが楽しみだった日々。白先生も帆崎先生も、思い出に変わってしまった日々。
 脳裏に浮かんで消えて。リアルが彼女を呼び込む。

    #

 茉代の携帯が鳴き出したのだ。
 動悸が激しくなる。
 まるで命を吹き込まれたように叫ぶ機械。

 ソイツが怖い。

 黙れ。
 黙れ。
 口を閉ざせ。
 自重しろ。

 でも、ちょっと……嬉しい。
 だけど、話なんかしたくない。
 けれども、嬉しいかも。

 着信なんて、何ヶ月ぶりだろうか。でも、光りが怖い!音が怖い!そして、誰かといるのが怖い!恐る恐る携帯に近づき、意を決して
両手で携帯を持ち上げる。震える人差し指で受話器のキーを押す。着信音は止まった。だが、受話器からの声に対峙しなければならない
という試練が茉代にはまだ残っていた。しかし、心配は無用。電話の相手が彼女を落ち着かせたのだから。

 どこかで聞いたネコの声。ネコの声。

 「夜分、申し訳ございません。覚えてる?夜月野だよな?」
 「ババ……、白先生?ですか?ですよねっ」

 茉代が口にしかけた『ババァ』こそ、声の主だ。
 耳元をさわさわとくすぐる、あの声。懐かしくもあり、まどろっこしくもあるオトナの声だ。

 「今、あなたの家の前にいるんだけど。寄っていいかな」

 キズだらけのカーテンを開け、二階の窓から飛び出してきた茉代は玄関先に白先生がいるのを確認すると、
携帯片手に「うん」と頷いた。そのお返しに白先生も「うん」と頷く。あの日見慣れた白衣はないけれど、茉代は心を許す。

    #

 DVD。
 CD。
 マンガ。
 ラノベ。
 小説。
 ガレキ。
 同人誌。
 パソコン。

 そして、星の明かり。

 茉代の部屋の全てだった。

 「どうしてわたしに電話をかけたんですか」
 「通りがかったら、お前が二階の窓から覗いていたからだよ」

 そんな薄暗い部屋のまま茉代は白先生を迎えた。両親は寝静まっているので、この家は茉代の欲しいまま。
 大しておもてなしすることもない、ちょっと前まで生徒と学校の保健医だったという街ではよくある関係だ。
暗さのせいか、茉代には白先生の顔が何気にニ、三歳若く見えるような気がしたが、正直な決して茉代は口にしないのだ。

 「お仕事帰りですか」
 「そうだな。寄り道していた」
 「でしょうね。保健室に篭ってばかりの白先生が残業をする訳がないですね」

 茉代はそっとクッションを二つ用意する。ふわふわのクッションは一部分が異様によれていた。
丁度、茉代の手の位置に当たる部分なので、白先生はなにかピンとくるものを感じた。何かを掴むとついつい気を許すから、
何気ない話が弾む。

 「まだ、書いてるのか?」
 「はい」
 「どうだ?誰かに見せるとか」
 「してません」
 「たまには保健室に来るか?何もしていない毎日だったら、わたしが見てやるから、さ」
 「ザッキーだったらなあ……ですね。でも、最近妄想が続かなくて」
 「体動かせよ」

 なんでもない言葉を許す白先生、ブーツを脱いだ脚を自らの指でマッサージしていた。脚は働き者。働くことを拒む茉代は口を塞ぐ。
 茉代は決して白先生と目をあわせて話そうとはしなかった。そして、座っているクッションをやたらに抓る。抓る。そして、抓る。
そんな茉代の手癖を白先生は見逃すことはしない。ババァと言えども、感覚は劣っていないからな。といわんばかりに。

 「保健室のシーツもお前のせいで、随分とよれたからなあ。これからは働いてシーツ代返してもらおうか」
 「なんですか。青少年育成のために投入された歳費をたった一個人に負担しろと……ですか」
 「お前もな、オトナだぞ。冗談ぐらい解せよ」
 「まだ、十代です!いちおう」

    #

 転んだコレッタがローラーブレードを脚にまとい、膝付いて立ち上がる。池の淵でゆらゆらと明かりが揺れる背景を背負い、
コレッタは遊歩道を前へ前へと滑ろうとしていた。自分が思うほど上手に滑ることが出来ないのが悔しいニャ、
振り払うようにぱんぱんっと手を払う。自慢の長い金色の髪は月に照らされて、コレッタは遠い星空を見上げていた。
 星空は公園の森を慰めて、静かにするように諭す。ざわわと枝さえ揺らさない。

 「クロ!笑うなニャ!!公園の森さんたちも、コレッタをおうえんしてるニャ」
 「んな、バカにゃ」

 砂だらけになったコレッタのスカート。にやにやと笑うクロとミケ。公園の森は諦めに似た感情で彼女らを眺めていた。

 森を照らす月。
 遠く、彼女らを優しく見守り夜を飾る。

 窓から公園を覗く茉代もまた、コレッタと同じ月に照らされて2月22日を迎える。

 「今年の夜会は静かだな」

 腕時計をチラ見して帆崎はコレッタたちを見守りながら、マフラーに顔を埋めた。

    #

 「ネコの日の夜会が賑やかですね」

 茉代は遠い目で光あふれる公園を眺めていた。普段はしんと海の底かと紛うほど、子ネコの囁きさえも許さない夜の公園。
一人きりの茉代はそんな公園が気に入っていた。黒いマントを被せたように静かに闇に包まれる時間だよ?たった一日だとは言え、
茉代に見せたことのない笑みを晒すなんて。自分だけの親友が、自分の苦手なヤツと笑いあって手を叩いているような気がする。

 結局は一人じゃないか……。

 白先生は茉代に気付かれないように、そっと携えたコンビニの袋からおでんの器を取り出して勧めたが、もちろん答えは。

 「群れて食べるのが苦手なんです」
 「じゃ、わたしだけが食べるぞ」

 頷いた白先生は一人でおでんの蓋を外す。ふんわりと薄い出汁の香りが茉代の部屋に広がっていった。
 くんくんと、昆布出汁の香りを楽しむために言葉を慎んでいると、パソコンから笛の音が響いた。動画サイトが時を告げている。

 「午前零時ぐらいをお伝えします……」

 淡々としたアナウンスをわざと聞こえるように陰口を叩く者の声のように茉代は聞いていた。
白先生は自分の腕時計で時間を確認すると、コンビニの袋から缶ビールを二つ取り出し蓋を開け、茉代にそっと差し出した。
そっと手を缶に差し伸べた茉代は、ゆっくりと口に付け缶を傾ける。じわりと口の中に炭酸と苦味が混じりあい、喉を通過すると
いままで特に感じることのなかった食欲が不思議と沸いてきたのだった。これがオトナの味か。

 「ほら、ちくわもあるからな」

 オトナになって初めて口にしたものは、案外いいヤツなのかもしれない。 茉代はおでんの器を手に持つと、世間の暖かさを感じた。

 「お前、『二十歳になったら先生と呑みに行きたいです』ってずっと言ってたろ」
 「保健室での話ですか」
 「毎日聞かされてちゃ、叶えてやるしかないだろ。オトナとして」

 ネコの日が誕生日だから、いつもその日はわたしのことを忘れ去られているような気がしていた。

 (だから、ネコの日は嫌いだ)

 しかし、それは若い頃に罹る熱病のようなものだったと、二十歳になったばかりの茉代は気付いた。
 初めての酒が入った茉代は、体の奥から熱くなる未体験ゾーンに踏み入ったことに戸惑い、
ほんのりと頬を桜色に染める。風に当たろうとキズだらけのカーテンを開けると、手に届く距離でネコの日の公園が見える。

 「公園でちっちゃい子が遊んでますよ」
 「ネコの日だからな」

 ほんの一瞬、ほんの一瞬だが、茉代は自分がネコの夜会に紛れて帆崎の姿を探している場面を思い浮かべ、そしてそんな自分を恥じた。
 白先生も並んで公園を眺めていたが、帆崎の姿を見つけることはできなかった。

 「ホントはザッキーと呑みたかったなあ。できれば一晩中飲み明かしながら」
 「わたしの前で嫌なこと言うなあ。でも、ザッキーはなあ……」

 茉代は白先生に言葉の続きを催促したが、白先生はビールを口にしてごまかした。手にした器でゆらゆら揺れるおでんの出汁を見つめながら、
茉代はいつも眺める公園の池を思い出した。池?そういえば、池を囲む遊歩道での出来事。茉代なら、毎日見ているから、なんでも知っている……ぞ。

 「そういえば、以前ですけどあの公園で白先生に似た人がローラーブレード?かな……。アレやってるのが見えたんですが、
  違いますよね?人違いならごめんなさいですね。いつも転んでばかりで上達していないように見えたから」
 「なにっ」

 わたしだ……と、素直に即答できない白先生は箸を止めた。箸に摘まれたこんにゃくからは薄い出汁が雫となり、
白先生の代わりに冷や汗をかいてくれていた。ぶざまな姿を見られていたことを茉代に早く忘れてもらいたいと願いつつ、
こんにゃくをくわえた。それに習って、茉代は白先生に勧められたちくわを咥える。

 「文章、書けないんだったらさ。体動かしてみるか?」
 「白先生に似ている人だったら、その人に習ってもいいかも……ですね」
 「やめとけ。お前、群れるのは嫌いなんだろ」

 茉代はリコーダーのように、ちくわを咥えてひゅーっと吹いた。


   おしまい。