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白先生のなつやすみ



 これはあまりにも何かを捨てていると感じながらも、白先生は八月半ば・深夜の公園でひとり花火をしていた。
 ぱちぱちと光と煙を焚きながら真っ白な白先生の手が毛並みが浮かび上がり、火薬の香りで鼻腔を擽る。
 夏だから、いっか。でもひとり。中腰で屈むのも、こんなに辛いものだなんて、なんでも全てを夏のせいにしてしまおうか。
夏なら心が広いから何でも許してくれるだろうし。買ったばかりのクロックス。空色のサンダルはぽつんと土色の地上を涼しく彩る。

 「きれいだな」

 やがて花火は衰えて音も無く萎む。花の命は短くて、人の記憶に残すだけ。潔い引き際は生きとし生けるもの皆の憧れ。
萎れた花を水の張ったバケツにぽいっと突っ込むと、公園に燈る水銀灯がだけが白先生の影を描いた。
 昼間の出来事も朽ちた花びらを捨てるように、潔く記憶から消してしまおうかと、白先生はライターに火を点す。

 太陽が照りつく午後のこと。自由な時間を持て余す頃。
 暑い夏だからせめてバスタイムでも涼しくしようとクールタイプの入浴剤を買ってきた。ネコハッカの香りのするいいやつだ。
もうお風呂に入ったつもりでくんくんと目を細め、買物袋をぶら下げて白ネコ三十路が濃い影落ちる歩道をひとり歩く。
 街は何故かいつもよりも浮き足立っているような。そんな中に溶け込むのもいいかもしれない。夏のせいにしてしまおうか。
 それにしてもネコハッカはいいヤツだ。こんなお風呂でちょっとばかし涼しげになれるから、夏も意外と悪くない。

 そんな帰り道、ばったりと夏休みのコレッタたちに出会った。パステルカラーで彩られた彼女らの私服姿に白先生が疼いた。
 この瞬間が苦しくて、必ず終わる夏休み。短くてはかない幼獣の輝き。

 「しろせんせー!ニャ!」
 「はっ」
 「白先生も今夜は花火かニャ?」

 そうだ。まばゆい太陽がなりを潜め、星空たちが囁き始める頃だ。
 ぱっと花咲く薄命の花。花火にも似た幼女たちのいちページ。誘うしかないね、白先生。

 「花火……か?ああ!今夜、花火しようと思ってな?い、いや!姪っ子が来るんだ!どうせやるならみんなで……」
 「そうニャね……ごめんなさいニャ。クロと犬太のお姉ちゃんたちといっしょに行くニャよ」

 ふわり、尻尾ふりーず!いっしょに行くニャ?

 「花火大会ニャ!花火大会にクロと犬太のお姉ちゃんたちが連れてってくれるってニャ」
 「そ。そうか……花火大会だったな、今日は」
 「コレッタ!迷子になるんじゃないニャよ」
 「クロ!ミケ!コレッタはもうオトナなれでぃーニャよ!れでぃーは迷子にならないニャ!」

 コレッタはスカートの裾を摘んで、小さなお姫さまを路上の舞台でプンスカと演じてみた。

 もし仮に、白先生を訪ねる姪っ子が存在するのならば、きっと残念な眼差しで見つめられるのだろう。
 コレッタたちはクロとミケたちとじゃれあいながら、白先生に手を振って夜を首長くして待ち続けた。

 「花火大会かあ……。わたし、花火大会に負けたんだ」

 ぱっと花散る薄命の願い。晩夏にも似た三十路のいちページ。花火するしかないね、白先生。

 その夜、花火は物言わずとも白先生を慰めてくれた。
 人からお一人さまと言われようとも、残念な子と笑われようとも不惑の歳にならずとも、もう何も怖くないさと、また一つライターを
花火に近づける。か細くって心もとない線香花火。赤く繊細な模様が暗闇のなか、健気に葉っぱの脈のように広がっていた。

 「何やってるんだろう。いい年してさ」

 やがて線香花火の先は丸い球を作り上げ、葉っぱを折りたたむとぽつんと地面に落っこちた。
 同時に白先生の背後で華やかな音と光が真夜中の向日葵と意気込んで花咲かせていた。夏の星座たちに負けじと夜の帳を色染める。

 今夜は花火大会。
 コレッタたちは大きな花を仰いでいる。
 みんなで育てた大きな花。
 消え去る大切な時間を共に過ごしていることをコレッタたちはまだ知らない。

 「コレッタたち、楽しんでるかな」

 最近独り言の多い白先生は引き際潔い花火がオトナに見えて嫉妬して、ぽいっと水の張ったバケツに投げ入れた。
 花火ばかりしてたら、自慢の白い毛並みが煙臭くなるかともう一本を躊躇ったが、ネコハッカの入浴剤が待ってるからいいかと
夜の向日葵を背にして、自分だけの小さな花を育てていた。


   おしまい。