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スレ10>>139-141 「ごめんなさい」と「ありがとう」

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silvervine222

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「ごめんなさい」と「ありがとう」


「先生なんだから、しっかりしてください!」

風紀委員長のリオは悔やんだ。感情に任せて怒鳴るなんて、いくらなんでも自分は子どもすぎるだろ、と。
しかし悔やんでも覆水盆には戻らず、ネコの教師の泊瀬谷は尻尾を巻くだけだった。ウサギの声にネコがおびえる。
どうしよう。ちょっとたしなめれば良かったかもしれないのに。先生相手に委員長ごときが注意するなんて。
泊瀬谷の代わりに抱えている出席簿をぎゅっと抱きしめて、リオは俯くほかに出来ることはないかと考える。
「因幡さん、ごめんなさい」
セリフをとられる。それは、わたしが言うべき言葉。先生が謝る理由はひとつもございません。

「先生、浮かれすぎてたかな」
「そんなことありませんって!ごめんなさい!」
「……そう」
「わたし、帰ります。もうすぐ下校時間だし……」
リオは出席簿を泊瀬谷に押し付けると、脱兎のごとく長い耳をくるりと回し、自分の荷物を持ってその場を立ち去った。
やけに鞄が重い。どうして。もしかして、イヤな子に見られているんだろうか。生意気な子って思われただろうか。
リノリウムを蹴る上履きの音が乾ききっている。なんでもいいからわたしを叱って欲しい。ここで転べと言われれば、転んでも泣かない。
誰かが幸せそうな顔をしていても恨まない。だって、2月14日ほど涙が似合わない日はないんだから。

長い廊下を抜け、階段から降りようと足元に注意を払ったときのこと。目下の踊り場で、段に腰掛けているイヌの生徒が目に入った。
後ろ向きの彼は白く秋の穂のような尻尾を携えて、黙々と本を読んでいるかに見えた。ベーシュのカーディガンが清潔感を与える。
「犬上ーっ」と、リオがイヌの男子生徒を呼ぶと、イヌミミを回しておもむろに彼は声の元へと振り向いた。
それでも犬上と呼ばれた少年は、リオをじっと見つめて口をつぐむ。

「なにやってんの?もうすぐ下校時間だよ!」
「……」
見上げると、女子生徒。しかもその子はニーソックス。だからスカートもちょっと短い。風紀委員長もいっぱしの女の子。
自慢の白い太もももまじまじと見られると恥ずかしい。犬上の目線が突き刺さる前に、リオは自分の鞄で隠す。
「よい子の犬上ヒカルくんも居残りさんだなんてどうしたのかなー」
「本を読んでたんだ」

確かにヒカルの手元には一冊の文庫本。リオはほんの好奇心に逆らえず、どんな本なのかを確かめようと階段を一歩ずつ下り、
ヒカルはヒカルで止めた手を再び動かして本の続きを読み出した。ひんやりとした空気が包み込む。
普段は人とつるむことが少ない犬上ヒカル。時間があるときはこうして一人で書に親しむことが多い。
不良というわけでもなく、かといってクラスの中心になるような男子でないことは、風紀委員長のリオも承知。

「ねえ、寒くいない?」と、ふと感じた疑問に「うるさいよりかはいい」と軽く返す犬上。
リオは「どうして」と聞こうとしたが、どうせ「因幡がうるさいから」と言われるんだろうなと思い、のどの奥に閉じ込めた。
ヒカルの耳にリオの足音が近づく。話をつなごうと、どうでもいい質問。不安だから、なんとか誰かとつながりたい。
「犬上の毛並みって、暖かそうだもんね」
「……」
「もしかして、ウザいって思ってたり……」
「そんなことはないよ……」
スカートがヒカルの顔のそばをかすめかけ、リオはとっさに鞄で乙女のガードを固める。

夢中で本の世界に入り込むヒカルは、リオがそばにいることさえ気にしていなかった。
何故なら「横に座っていい?」と、リオが声をかけるまで気づこうとする素振りさえ見せなかったのだから。
なんだか女の子の武器が失われたような気がする。だから、負けない!だって女の子!
リオは自分の鞄を挟んでヒカルの横に腰掛けた。横目で本を覗く。
「面白い?」
「うん」
「どういうところが?」
「主人公と読み手の共犯意識を揺さぶられるところ」

共犯意識。
この言葉に魅力を感じたリオは、ますますヒカルが読んでいる本に興味を持った。
ところが、さらに興味深いものがリオの目に入る。

(なにこれ。チョコレート?)
リオと反対側にはヒカルの鞄。半開きのそこから覗かせる不自然なリボン。おまけにピンクの包装紙で施されている。そして、きょうは2月14日。
別にリオはヒカルのことを気にしているわけではなかった。ただのクラスメイト。ただの男子生徒。
たかが、同じ学び舎で学び、同じ教室で過ごし、同じ年代に生きる、瞬けば吹き飛ぶような関係。
なのに、ちょっと悔しい。嫉妬する。
リオは女の子、ヒカルは男の子。
チョコをあげる人、チョコをもらう人。
比べることさえ間違っている関係なのに、湧き上がるジェラシーをとどめることが出来なかった。
「ねえ。今、どんなシーン?」
黙ってじっとヒカルがページを捲ると、まだまだあざやかなインクの香りがふんわりと二人を包み込んだ。

一瞬の出来事だった。
「あっ」
ヒカルの鞄にリオが夢中になってバランスを崩し、ヒカルの方へ倒れ込む。
思わずリオの片手がヒカルの太ももに乗る。ヒカルも驚き、本ごとリオと反対の方へと手を付く。
消えた。リオが見つけたリボンの付いた小さな箱はヒカルの鞄の中へと姿をくらました。
もはや、ヒカルに聞くことも出来ず。
「ごめん、犬上」
なんだかきょうは謝ってばかりだ。だからこそ、誰かに頼りたい。もう、誰でもいいや。そして、思う存分叱られたい。

「こ、こらー!もう下校の時間だぞーっ」
リオとヒカルが階段の上へと振り向くと、一人のネコの教師が叫んでいるシルエットが浮かぶ。
肩を縮ませて、何かに怯えるように、子ネコのように叱責する泊瀬谷の姿。
「ご、ごめんなさい!さっ、帰るよ。下校下校!犬上遅いぞー」
リオの短いスカートがヒカルの目の前で翻り、白い毛並みの太ももが輝く。お尻を片手ではたいたリオは、ヒカルを置いて階段から立ち去った。踊り場にヒカル、階段には泊瀬谷が残った。
静けさが校舎に居座り、リオの足音が消えていくのを確認。ヒカルは鞄からリボンが付いたピンクの小箱を取り出す。
その姿に泊瀬谷はにこっと頬を緩めた。ヒカルの一言で。
「先生、ありがとうございます」


おしまい。

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