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スレ10>>7-10 8月7日にお願いを

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silvervine222

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8月7日にお願いを


件名:夜会のお誘い
本文:夏の空もますます眩しい季節になりました。さて、8月7日深夜から8日未明にかけて、夜会を開催したいと思います。
おいでの時間も、お帰りの時間も自由です。お時間よろしければネコ族のみなさま、どうぞ、この会にご参加いただければ幸いです。

時:8月7日午後11時より(終了未定)
所:蕗の森公園にて
参加料:無料
その他:雨天中止

蕗の森町内会・夜会実行委員

7月下旬、泊瀬谷の携帯にこんなメルマガが届いた。前の季節の置き土産か夕立の降りしきる街を走る市電。
車中で頬を緩めながら画面を眺める泊瀬谷は、久しぶりに参加する夜会に早くも心躍る。
「この日、晴れるかなあ」
降るなら今のうちにどんどん降っておくれ、暦は盛夏の季節だぞ。忘れ物をした生徒は、叱ってあげられるけど、
入道雲を忘れて行った季節にお小言を言うことが出来ない。傘の先から雫が垂れて、車内の木製の床に濃い丸を広げてゆく。
家路に向かう、夕方の市電。雨とケモノの毛並みでほんのりと湿度が上がる。隣の空席にはイヌの毛が残っていた。

市電は停留所に止まる。扉が開くと、夏の蒸れた空気が車内に遠慮なくお邪魔するが、誰もとがめることも無い。
暑くない夏なんて無いし、寒くない冬なんて無い。誰もがそんなこと知っているし、文句は言わないのだ。
泊瀬谷の対面に座るイヌの女性がすっと立ち上がると、パンプスの音を木の床で鳴らせながら降り口の方へ歩いていった。
バッグからすっと財布を取り出す姿は、まるで映画のワンシーンを思い起こさせるようではないか。と、泊瀬谷は彼女を視線で追う。
(格好いいな…あの人)
白く輝き、ウェーブがかった髪の毛からは、よその国の香水のかおりが漂う。
スーツは泊瀬谷が雑誌でしか見たことのないような、有名ブランドもの。
バッグも泊瀬谷が幾ら頑張っても、爪に火を灯す生活をしないと買えないほどのものだった。
たわわな尻尾を揺らしながら、彼女は降り際に片手で携帯を取り出すと面倒くさそうに話し始めた。
「もしもし?あなた?ええ、鈴だけど…」
白いイヌの女性は、灰色に飲み込まれるように雨の街に消えていく。泊瀬谷は彼女のようになることは出来ない、と悟った。
誰かが願いを叶えてくれるなら、いや、望みなんか叶わなくたっていいので自分の願いを聞いて欲しい。
『わたしも格好よくなりたいな…』
でも…いざ、話なしなさいってなると、そんなこと出来るわけが無い。
例えば、夜会に来たネコたちに、こんな話をしたらきっと尻尾を地面に叩きつけて笑われるに決まっているだろう。
泊瀬谷は寝たふりをしながら、使い古したトートバッグを抱きしめる。教科書とちょっとの文庫本ばかりの中身は、
ずっしりと泊瀬谷のふとももにのしかかる。泊瀬谷の尻尾は知らず知らずのうちに、隣の女学生を叩いていた。
雨の日のために出したショートブーツに傘の雫が垂れる。お気に入りなんです、と泊瀬谷が言い訳して履いているが、
裏を返せば新しいものが買えないだけの悲しいお話。風に流された大粒の雨は古い市電の窓ガラスを打ちつける。
「夜会、晴れればいいな…」

夜会当夜。世間さまは葉月の夜。でも、旧暦の『七夕』で忙しい地域もあるんだとか。それ、頂き。で今回の夜会は七夕祭りだ。
この間までの雨はウソのように上がり、雨粒の代わりに星くずたちが降り注いでいた。
傘なんていらない。合羽なんて必要ない。今宵は夜会を楽しむがいい、と星空の誘いにかどわかされて泊瀬谷は、蕗の森公園にやって来た。
八月でも『七夕』ということだけあって、広場の真ん中には大きな笹が据えられて、葉っぱが夜風に拭かれて揺れている。
集まってきたネコたちは、とくにざわつくことなくのんびりと時間を共有するのが、ここでの不文律。
その中の輪に入ろうと泊瀬谷は公園の門を潜るが、沈んだ気持ちに包まれていた。

「残念だな。白先生も、帆崎先生も来れないなんて」
たった一人でやって来た泊瀬谷は、寂しくベンチにパンツ姿の脚をそろえて座っていた。
今回は、白先生と帆崎先生を誘って今宵の夜会に臨んだのだ。
が、医者の不養生とよく言ったもの、白先生は季節の急な移り変わり目に付いてゆけず体調を崩し寝込んでいる。
帆崎は帆崎で夏休みだから、生徒指導の会議や文章作成というこの季節ならではの仕事があるということ。
さらに、常連・尻尾堂のおやじはマタタビ酒の飲みすぎで今宵は来ない、との風の噂。
泊瀬谷は一人暮らしだから、一人ぼっちには慣れているはず。なのに、お祭りというせいか寂しさが募るばかり。
こんなときに、自分に構ってくれる人がいれば。
こんなときに、何も言わず自分の話を受け止めてくれる人がいれば。
遠くから聞こえる、誰かの笑い声は泊瀬谷の周りに透明な殻で包み込む。

一人だけ暇で悪うございました。天の川なんか梅雨の豪雨で増水してしまえ。彦星も現をぬかさず仕事しろ。
織姫もペルセウスに浮気してしまえ。ソイツの方が将来安泰だぞ。ふと泊瀬谷は、夜空に瞬く二人に嫉妬をしてしまった。
泊瀬谷は他のネコたちを眺めながら、楽しそうに集うネコたちを冷たく、そして遠い目で眺めていた。
コツンとスニーカーで小石を蹴る。

天には甘い星の川が流れているというのに、泊瀬谷の寂しさを癒すことは出来ない。
大勢ネコたちがいるというのに、逆に寂しさを感じてしまうのはどうしてだろう。
自分ひとりここから立ち去っても、夜会はつつがなく続いてゆく。それを考えると泊瀬谷の瞳が星に照らされてしようがない。

『願い事を短冊に書いて、この笹の葉に吊るしましょう』
誰が書いたか知らないが、こんな立て札が広場中央の笹の側に立っていた。
そうだね、せっかくのお祭りだもん。楽しまなきゃね…。彦星、織姫、ごめんなさい。生意気言ってごめんなさい。
泊瀬谷は備え付けの短冊とサインペンを手に取り、泊瀬谷なりのささやかな願いごとを込めて筆を走らせた。
せめて、わたしのくだらない祈りごとでも見て、二人してせせら笑ってちょうだい。それがわたしからの差し入れです。
と、泊瀬谷は人に見られぬようにこっそり笹の葉に隠すように吊るした。

周りは見知らぬネコばかり。こんなに蕗の森町にはネコが住んでいたんだと再認識していると、一人のネコが泊瀬谷の肩を叩く。
はつらつとした声が泊瀬谷の背中を叩く。振り向くと、いつぞや学園内で出会った、若いネコの女性ではないか。

「せんせい!お久しぶり!!」
「杉本さん?」
「ミナでいいよ」
金色の短い髪を揺らし、白い尻尾をピンと立てた杉本ミナは、相変わらずラフな格好をしている。
泊瀬谷の横に腰を掛けるミナも、どうやら一人でのこのこ夜会に参加したらしく、話し相手を探していたのだ。

「あの、ミナさん。この夜会のことは…」
「淺川くんに誘われたんだよね、はじめ。『芸術家たる者、美しいものを芸の糧にしなければならないっ!』ってね。
でね、きょうの午前にウチの店で淺川くんに会ったとき、丁度出版社の人から打ち合わせの電話が淺川くんにあってからさ、
ちょっとした仕事が入りそうって言ってたんだ。でも、あの人それを蹴って夜会にわたしと一緒に来そうな勢いだから…」
「行かせたんですか。出版社に…?せっかく夜会に誘ってくれたのに」
「もちろんね。最後まで悔しそうだったよ。今頃、担当の人とどこかの居酒屋で飲んでるんだろうね。オトナって大変じゃん」
「ですよねー」
もしも、自分がミナの立場だったらどうしただろうか。周りを気にせず、自分をさらってゆく白いイヌを思い浮かんでいた泊瀬谷は、
ほぼ同世代のネコなのに、ミナはどうしてこんなにオトナなのか、と自分のことが恥ずかしくなってきた。

「でもね、仮に…泊瀬谷先生がわたしの立場で、淺川くんじゃなくてヒカルくんだったら……、
泊瀬谷先生の方をヒカルくんは取るんじゃないかな。仕事なんかすっ飛ばして」
「ミナさん!ヒカルくんは…ヒカルくんは…」
「淺川くんみたいな純粋な仕事人間もいいけど、好きっていうことに純粋な子も好きだよ、わたし。ほら、せんせ。尻尾、尻尾」
知らず知らずに尻尾をベンチ叩きつけていた泊瀬谷は、眉を吊り上げる。
わたしは素直すぎるところがある。通信簿の数字は5ばかりでも、先生からの評価はけっして5ではなかった。
『泊瀬谷さんのいいところはみんなにやさしいところです。でも、本当にそれがいいのか考えましょう』
夏が来ると思い出す一枚の通信簿。自分がつける側になって、初めて言葉の重さを実感した。
そんな気持ちを忘れていないか、泊瀬谷スズナ。気まぐれなネコだからって、誰もが許しちゃくれない。

「織姫と彦星って、バカ正直だよね。年に一度だけ会えるんなら、会ったその日にどこか逃げちゃえばいいのに」
ミナはベンチに座って天の川を見上げながら、ぴんと足を伸ばした。伸びをするのはネコの気まぐれ。
一方泊瀬谷は、相変わらず眉を吊り上げていた。自分のこと言われているのではないかと勘違いする。
だが、ミナは照れ隠しに手首を舐めながら話を続けた。

「でもさ、わたしはバカな方が好きだな。そんな子を見ると、なんだか応援したくなるしね。せんせ、分かるでしょ?
それにさ、わたしもバカだから…。ボヤボヤしてるうちにアイツも離れていって、たまに会うとケンカばっかり」
「アイツ……ですか?」
「アイツの代わりに謝るね。いつもイタズラしてごめんなちゃい」
両手で丸メガネを作り、体を小さくするミナの言いたいことは泊瀬谷に伝わった。くすっと、泊瀬谷に笑みが戻る。

夜という時間がこの世に存在してよかった。
24時間明るいままで、毎日暮らしていくのはつらすぎる。
昼間、走り疲れたたケモノたちを夜はやさしく受けいれる。
昼間が自分を叱り飛ばす父親だとすれば、夜は自分が生まれた胎内で抱く母親。
泊瀬谷とミナは、夜の弱い星の光りを心地よく受け止めていた。

「ねえ。今度のお休みの日、またここに来ない?昼間だけどさ」
「……大丈夫ですけど」
「キャッチボールしよう。キャッチボール」
泊瀬谷は運動がいささか苦手なことを気にしていたが、星を見ているうちにどうでもよくなっていた。
長居してもしょうがないからと、泊瀬谷とミナは揺れる笹の葉を見ながら蕗の森を去る。
公園の入り口にある駐輪場には、ミナが乗ってきたバイクが月夜に照らされて鋼の輝きを放っていた。
青い夜になるとすこぶる調子がいいらしい。白いヘルメットをミナがひょいと手に取ると慣れた手際で頭に被る。
「ここに来る途中、ウチの事務のミミさんを家まで送っていったの。丁度メットがひとつ空いてるから泊瀬谷先生も送ってあげるよ。乗ってって」
「いいんですか?」
「いいの。いいの」
ミナと同じ形をしたクリーム色のヘルメットを泊瀬谷は受け取ると、髪の毛を気にしながらぎこちない手つきで被る。
ネコミミの形をしたヘルメットの耳あてに収まる泊瀬谷の耳。はじめて被るヘルメット。
既に愛車に跨り、エンジンを掛けていたミナが後ろを振り向くと、大きくミナのヘルメットに包まれた頭が揺れる。
「せんせ。乗ったり乗ったり」

初めて乗るバイクは体の底から振動が伝わり、高揚感とシンクロする気がする。
不安になって、泊瀬谷はミナにぎゅっとしがみ付き子ネコに戻った気がする。
白いヘルメットから顔を見せる襟首の髪に、女の子を見た気がする。
「涼しいね」
優しいエンジン音を立てて、二人の声が公園から遠ざかってゆく。
ゆっくりと眠る街を走り流し、休んだ軌道がライトに照り返されて、月夜のツーリングに誘われ。
信号は既に黄色の点滅でまどろみを覚えていた。ふと、二人の乗せたバイクは歩道の脇に止まる。

「ところで、せんせは何てお願いごとを書いたの?」
「えっと……『月がきれいでありますように』って」
「せんせらしいね!」
夜会を抜け出した二人のネコの、小さな笑い声が空に光る。


おしまい。

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