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若頭は12歳(幼女)外伝 隻眼の獅子編【結】


――あれから幾つ、敵へ拳を繰り出したのだろうか?
幾度、木刀を振るい、突き出し、柄尻で打ち据え、薙ぎ払ったのだろうか?
そして幾人の敵を、投げ飛ばし、蹴り飛ばし、床に叩き伏せたのだろうか?
私と構成員達、一対多数の戦いは、最早時間さえも無為に感じられるくらいに長く続いていた。
既に、私の周囲の床には多数の構成員達が横たわり、その何れもが意識を失い、或いは苦悶の呻きを漏らしている。
もう、この場で何人倒したのか、私自身ですら覚えてはいない。

「ふぅー……ふぅー……」

――いや、正確に言えば、それを数えている余裕すら無い、と言った方が良かった。

……満身創痍、今の私の状態を四字熟語で言い表すなら、この一言に尽きた。
既に、身体の何箇所には刃物による刀傷が紅く刻まれ、打撲によるダメージで身体の所々が腫れ上がっている。
更に長い戦いで蓄積したダメージと疲労によって、足腰が言う事を利かず、真っ直ぐ立つ事ですら困難であり、
その上、恐らく肋骨辺りにダメージを受けたのか、呼吸するだけで言い難い痛みが身体を走る。
多分、頬の内側の何処かを切ったのか、それとも内臓にダメージを受けたか、鼻腔は既に自分の血の匂いしか感じない。
既に手にした木刀も半ばからへし折れ、その機能を果たせない状態となっている。

多分、今の状況で少しでも気を抜けば、私の身体は糸の切れたマリオネットの如く、その場に崩れ落ちる事だろう。
……しかし、それでも私は……。

「……さぁ、如何した?……こっちは手負いだぞ? 手柄を上げるチャンスだ……早く掛かって来い」

荒い息を混じらせたの私の挑発に、構成員達は警戒か躊躇しているのか、遠巻きになって様子を伺う。
彼らがそうなるのも無理も無い、誰だって床に伏している仲間と同じ運命を辿るのは嫌なのだろう。
もしくは、手負いのケモノほど恐ろしい物は無い、と彼らは本能的に悟っているのだろう。

――私は、一歩も退く気は無かった。
もしここで一歩でも退けば、それは私のスタイル――生き方その物を否定する事になるから。
そうなってしまう位ならば、私にとっては、死んでしまった方がマシといえた。

「い、いい加減にとっととくたばれぇっ!!」

やがて、遠巻きに見ていた構成員達の中から、果敢にも警棒振り上げ突撃する大柄な犬の男。
一歩踏み出そうとして、がくりと崩れ落ちそうになる私の身体。それを見て犬の男は勝利を確信し、笑みを浮かべる。

「がっ――……っ!?」

が、直後、犬の男の笑みは凍り付く事となる。
崩れ落ちる勢いを逆に利用して懐に潜り込んだ私が、男の腕へ食らい付き、その牙で噛み砕いた事で。
しかし、それに犬の男が悲鳴を上げる間も無く、その鳩尾へめり込む木刀の柄尻。
犬の男はニ、三度身体を震わせた後、警棒を取り落とし、横へどうっ、と崩れ落ちた。
それを一瞥した私は、構成員達の方へ向き直り――

「――くっ……」

――その矢先、眩暈にも似た感覚と共に、私はガクリとその場に膝を付いてしまう。
無論、私は直ぐに立ち上がろうとするも、別の物の様に足腰にまるで力が入らず、がくがくと痙攣するだけ。
どうやら、先ほどので私の身体は限界に達してしまったらしい……これは、本気で拙い……!

「どーやら、もう身体の限界の様やな。獅子宮はん」
「……タヌキ親父……」

その瞬間を待っていたのだろう、構成員達の群れが左右に割れ、私の前に姿を現す憲十郎。
私は思わず憎々しげに呟くが――その声ですらも、下手すれば消え入りそうな位に弱弱しくなっている。
大人用ほねっこ咥えた憲十郎は、膝を付いたまま睨みつける私へ向けて、勝ち誇った様に言う。

「ここまでほんまよー頑張ったわ。まさかこの数相手にここまでやるとはワイも思うても居なかったわ。
けどな、それもここでお仕舞いや。――飯島! 出番やで!」
「おう」

言葉に応え、構成員達の間からのっそりと現れたのは、2メートル以上はあろうかという体躯の牛の男。
それも、ただ身体が大きいだけではなく、飯島という男は何らかの格闘技で鍛え抜かれた鋼の様な肉体をしていた。
憲十郎は、横に立ったそいつの腕をぽんと叩き、

「こいつはな、かつてはボクシングのヘビー級では無敗を誇った、猛者中の猛者や。
けど、ある性癖の所為で、名を挙げる前にボクシング界を追われたっちゅう経歴をもっとるんや。
その性癖っちゅうのも、女を殴る事に快感を感じるという物でな……それでか最近、鬱屈が溜まっとるらしいんやわ」
「オジキ……この女、殴って良いんですか?」
「おう、お前が満足するまで殴って良いで?」

なるほど……こいつで、完膚なきまでトドメを刺すハラか!
クソ、少しでも身体が動けば、こんな筋肉お化け位、何とでも出来るのだが……。

「グフフ、オジキの許可貰った……女、安心して、おれは一発じゃころさないよ? 
何発も、何発も、お腹や顔を殴って、殴りまくるんだ。すっごく、気持ち良いだろうなぁ?」
……なぁ、お前はどんな声で鳴いてくれるかな?」

ぐふぐふと涎垂らした気持ち悪い笑みを浮かべ、一歩、また一歩私へ歩み寄る牛の男。笑みを深める憲十郎。
無論、この間にも私は必死に動こうとするが、身体はまるで別の物体のようにまったく言う事を聞かない。
最早ここまでか……せめて、あのタヌキ親父に一矢報いたい所だったが、それも叶わずか……クソッタレ!
そして、拳の届く距離まで近付いた牛の男は、ニタリと笑みを深め、

「よぉし、そのアイパッチが気に入らないから、先ずは顔から殴っちゃおう。……痛いけど我慢してね?」

私の顔面へ狙いを定め、大きく振り上げた拳を振り下ろす!
まるでスローモーションの様に迫る男の拳、私は身動き取れず、それを睨むしか出来ない。
そして――

斬 っ !

――刹那、影が疾(はし)った。
同時に、縦一文字の割線が男の拳に刻まれる!

「がっ、ぎぃぃぃいやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!? おれの、おれの拳がぁぁっ――ぐべっ!」

其処から噴き出す紅い液体、
牛の男が苦悶の悲鳴を上げて拳を抑え――その直後、あっさりと殴り倒される。笑顔が凍りつく憲十郎。
それは――私の前に立つ、一人の男の一瞬の逸技(はやわざ)による物だった。
そして、同時にその男は――私には見覚えのある物であった。

「……綾…近……?」
「よう、獅子宮センセ。ずいぶんと楽しそうなことやってるじゃねーか。勝手に混ぜらせて貰うぜ?」

そう、それは森三一家の衆の一人、ネコの綾近だった!

「お前……何故こんな所に?」
「へへっ、ここに来たの、何も俺一人だけじゃねーぜ?」

思いもよらぬ人物の登場に驚きを隠せぬ私へ、
綾近は牙を見せて笑うと、くいっと尻尾の先である方を指し示す。
その刹那――

ず ど が ぁ っ !

『うぐわぁぁぁぁっっっ!?』

その先で、やおら派手に吹き飛ぶ構成員達の一群!
――その向こうに居る者を見て、私の表情は更に驚きに染まった。

「よう、お客人――いや、怜子さん。俺達を差し置いて、随分と大きなゴミ掃除をやっているようで」
「一人じゃ何かと大変だろう? 俺達も勝手に手伝わせてもらうぜ?」
「そうそう、こう言うゴミ掃除は俺達の専売特許。後は俺達に任せな、怜子さん?」
「まあ、兎に角、今まで溜まってた鬱屈の分、派手にゴミ掃除をやらせてもらうぜ!」

多分、この時の私は確実に、お化けでも見るような表情をしていた事だろう。
何せ其処には、多少返り血は付いていれど殆ど無傷な銀虎、唯鶴、秋水、平次の四人が居たのだから。
確か、彼らは黒狼会の連中200人の襲撃を受けてた筈では……いや、それは良い。今、目の前で無事で居るのならば。
――となれば、恐らくは彼女もこの場に来ている!

「……待たせたわね、怜子先生。今、助けに来たわ!」

声とともに、立っていた森三一家の四人が左右へ分かれ、
その間から一人の少女が、その可憐な外見とはおよそ不釣合いな長ドス片手に歩み出る。
――彼女こそ、強者揃いの森三一家の衆を纏める若頭、森三 ゆみみ!

「な、な、な、な、何でお前らがここにおるねんや! 今頃、ワイの部下の襲撃受けて壊滅してるはずちゃうんか!?」

暫しの硬直の後、幽霊か化け物でも見たように酷く狼狽して喚く憲十郎。
しかし、その言葉に応えたのはゆみみではなく、嘲笑うような笑みを浮かべた銀虎。

「ああ、あいつらか? てんで大した事無い連中だったよ……とはいえ、流石に数は多かったから少々手間取ったがな?」
「そ、それでもこんな短時間に何とか出来る数や……」
「それは僕達も協力して闘ったからさ」

憲十郎が言いきる前に、横から割って入る聞き慣れぬ誰かの声。
私がその方へ振り向くよりも早く、その姿を見た憲十郎が更に驚きの声を上げる。

「なっ、ななななななっ、なんやとッ!? な、何で梶組の連中も一緒におるねんや!?」
「その理由はごく簡単な事さ。君達が邪魔だったから、それだけの事さ」

私が振り向いたその先には、五人くらいの部下を連れた一人の少年の姿。
見た目は中学高学年から高校生くらい、色白の肌に、何処か薄幸な物を感じさせる出で立ちの学生服姿の銀髪の少年だった。
まさかとは思うが……彼が以前に聞いた、梶組の次期頭首なのか?

「あの時は助けてくれて有難うね、日向(ひなた)君!」
「礼を言う必要は無いよ。たまたまゆみみさん達の目的が、僕達と一緒だった。たったそれだけのこ――ごふっ!?」

礼を言うゆみみに応えかけ、いきなり吐血する梶組の時期頭首――もとい、日向。
――よもや、彼はここに来るまでの戦いの最中に、何処かで攻撃を受けていたのか!?
しかし、驚く私を余所に、その傍に付き従っているアイパッチの犬の男は驚くどころか、
むしろ何時もの事のように、ハンカチを日向へ差し出しつつ、何処か呆れ混じりに言う。

「……坊ちゃん、階段登りきった後に無理して長台詞なんてしようとするからそうなるんですよ?」
「う…何時もゴメン、伊吹……ゲフゲフ」
「あ~あ、折角のカッコイイシーンが台無し……」
「…………」
「無理も無いですよねぇ、ただでさえ長い階段を駆けあがった後だし……」
「そう言えば、坊ちゃんは階段の途中でも血を吐いていましたしね……」

そして、病弱なおとっつあんの様に謝る日向を前に、呆れるやら溜息付くやらの梶組の面々。ゆみみ達も呆れ顔。
……う、うーむ、多分彼らの反応から見て、この日向の吐血は、梶組の者にとっては何時もの事、なのだろうか……?
ま、まぁ、兎に角、森三一家の者達がこんなに早く襲撃を退け、ここまでこれたのも、彼らの協力があったからなのだろう。
しかし、少女が若頭というのも如何だと思っていたが、事ある毎に血を吐く次期頭首と言うのも……なんだかなぁ。


「……そ、それにしてもや、48階へ行く為のカードキーも無いお前らが、なんでここまでこれたんや?!
こういう事を防ぐ為に、お前らの襲撃に行かせたあいつらには、カードキーなんて持たせて無い筈やって言うのに…」

……そう言えばそうだ、憲十郎が言うように、私もここまで来るのにカードキーを使う必要があったというのに、
カードキーも無い彼らはどうやってここまで来たんだ?――と、私が思っていた所で、ゆみみが何気なく答える。

「え? それだったら、47階から非常階段を使って上がって来たんだけど?」

……をい……。
一瞬、静まり返ったフロアに、空調の音だけが響く。

「……し、しもたぁぁぁぁぁぁぁぁっ!? それがあったの、すっかり忘れとったぁぁぁぁぁっ!?」

思いっきり頭を抱えて絶叫したのは憲十郎。どうやら盲点だったらしい。
まさかそんなアナログな手段で、鉄壁と思われていたセキュリティを突破されるとは夢にも思わなかったのだろう。
まぁ、それに気付かなかった私も私で、ある意味では間が抜けているというか……。

「くっ、まぁそんなのは如何でもええ、ここでお前らを仕留めてしまえば良いだけの話や。
それに、数だってまだまだこっちの方が上や! むしろ飛んで火にいる夏のなんとやらって奴や!」

しかしそれでもまだ勝てる気でいるのか、
憲十郎は何処までも諦めの悪い台詞を言った後、構成員達に向けて言い放つ。

「お前ら! 連中倒せば一人に付き3000万、
そして森三一家、梶組のリーダー倒せば一人に付き一億のボーナス出すでっ!」

憲十郎の口から出たボーナスの言葉に、ざわりっ、と波紋が広がる様に構成員達がどよめく。
――こいつ! 思わぬ増援で下がってしまった士気を、金の力で無理やり引き上げたか!

「さぁ行け! 森三一家と梶組を叩き潰せ!」
「潰せる物なら潰して見なさい!」
「そう簡単には行かないだろうけどね!」

憲十郎の言葉を合図に、動き出す構成員達。
そして、それとほぼ同時に動き出す、森三一家と梶組の面々。
――かくて、森三一家&梶組VS黒狼会の最終決戦の幕が切って落された!

「へへっ、今日はお嬢に七割殺しまで良いって言われたからな! ガンガン行くぜ、ガンガンと!」

言って、最初に動き出したのは、抜き身の長ドスを構えて走り出す綾近。
その前方には既に戦闘準備を終え、迎撃の態勢を整えた構成員達。

「オラオラオラオラオラオラオラオラオララララララララララララァッ!!」

しかし、構成員達が綾近へ武器を振るうよりも早く、
彼はネコ特有の機敏な身のこなしで、構成員達の間を駆け抜け――

「がっ!?」
「ぐっ!?」
「げっ!?」

―――それから一瞬の間を置いて、
彼が傍を通っていった構成員達は身体の何処彼処から血を噴き出し、ばたばたと床に倒れ伏して行く!
しかし、致命傷は与えてはいないらしく、倒れている何れも痛みによる苦悶の声を漏らし、呻き声を上げていた。

「し、しねぇぇぇぇぇっ!」

綾近が足を止めた隙を突いたつもりか、
構成員の内の一人の男が、果敢にも長ドスを振り上げ、後ろから襲いかかる!

「おせぇよ、タコが」
「――なっ…ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

――が、綾近は無造作ながらも軽やかな動きで、男の斬撃をあっさりと回避。
そしてその瞬間には、男の腕は長ドスを持った状態のまま、ごとりと音を立てて床へと転がった。
悲鳴を上げる男へ一瞥をした後、綾近は構成員達の方へゆっくりと向き直り、狂気を混じらせた笑みを浮かべ、言う。

「なぁ……次に斬られたい奴はどいつだ? 今なら七割殺しで良いんだぜ?」

その問いに応える者は無く、構成員達は一様に怯えたような表情浮かべ、一歩後退りした。
代わりに、血の色に染まった長ドスが、室内灯の明かりに紅く照り返し、怪しく輝いた。

「ひぃぃぃぃぃぃ!? た、たすけてくれぇぇぇぇぇっ!?」

周囲の喧騒をかき消す様に、叫び声がフロアに響く。
――平次の片腕によって、襟首を掴まれ、やすやすと掲げ上げられている構成員の悲痛な声が。
何とか其処から逃れようと、構成員は必死にもがく物の、襟首を掴む平次の腕はまるで鋼の像の如くビクともしない。
無論、下手すれば投げ付けられる可能性もあるので、他の構成員達も迂闊に手を出せないでいる。

「おいおい、そんなに叫ばないでくれよ。俺はただ掴み上げてるだけだぜ? 何も怖いような事はしてないっての」
「ひっ、ひぃぃぃぃぃっ!?」

安心させるつもりで言ったのだろうか、平次がにっと笑みを浮かべて言うのだが、
掲げ上げられた構成員にとっては余計に恐怖を煽るだけだったらしく、その悲鳴を余計に高めるだけ。
その様子を見て、平次は呆れた様に溜息を漏らし、ブルルと鼻を鳴らすと、

「まぁ良いや、どっち道やる事は変わりねーし、今は存分に叫びな!」
「……え?」

平次の言葉に、悲鳴を疑問符へと変える構成員。しかし、その間も無く―――

「うぉぉぉぉらぁぁぁぁぁぁぁいくぜいくぜいくぜぇぇぇぇぇぇぇぇっっ!!」
「うぎぃぃぃえええぇぇぇぇぇぇ!?!?」

平次が片腕に掲げた構成員を盾にして、構成員達の群れに向かって全速力で走り出す!
当然、進路上にいた不運な構成員達は面白いくらいに跳ね飛ばされ、吹き飛び、次々と床に転がって行く。

「ぐぎゃげぐへごげがぐぎゃげへぶぎゃ!?」
「おらおらおらおらっ! スピードアップだぁっ!!

無論の事ながら、盾にされている構成員は、衝突する仲間の身体によって見る見るうちに酷い姿へと変わって行く。
しかし、平次はそんな事関係無いとばかりに駆ける速度を速め、その被害者の数を加速度的に増やして行く。
構成員達の群れを吹き飛ばしながら、強引に駆け抜けるその姿は、何処かラッセル機関車を彷彿とさせた。

――鞘に収めた長ドスを携え、秋水はまるで無造作な歩みで、構成員達の一群へと近付いて行く。
それに気付いた構成員達は武器を構え、にわかに色めき立つ。やがて彼らは秋水を包囲するように動く。
――しかし、何故か攻撃は出来ない。無造作でありながらも、全く隙の無い秋水の気配に圧され。

「おやおや、如何したんですか皆さん。俺の首を取れば3000万貰えるのに、何を躊躇しているんでしょうか?」

そんな周囲へ向けて、秋水は口角を吊り上げ、何処か嘲りを混じらせた言葉で挑発する。
僅かな間を置いて、構成員達は互いの顔を見合わせ――

『うぉぉぉりゃぁぁぁぁぁっ!!』

どうやら、一斉に攻撃をすれば大丈夫と踏んだらしく、
周囲の構成員達が武器を振り上げ、秋水へと襲いかかる!
それに応じる様に、彼は僅かに鎌えー――

が っ !
ど っ !
ご っ !

フロアの室内灯に照り返し、二度、三度煌く白刃。緩やかになびく尻尾。
そして、時間が止まったように動きを止める構成員達。

『――っ!?』

次の瞬間、構成員達は呻き声さえ上げる事無く、その場にばたばたと倒れ伏して行く。
秋水は床に伏す彼らを一瞥すると、何時の間にか抜き放っていた長ドスをゆっくりとした動きで鞘に収め、言う。

「安心しな。綾近と違ってただの峯打ちだ……尤も、暫くは病院暮らしでしょうがね?」

その言葉に、床に転がった構成員は呻き声で返した。

「ぐへぁぁっ!?」

悲痛な叫び声と共に、大柄な豚の男の身体が宙を舞い、その傍にいた数人を巻き込んで床に転がる。
――唯鶴の放った、豪腕による破城鎚の如き一撃によって。
鼻血まみれの悲惨な有様な男の末路を前に、構成員達がざわりとどよめき、怯えた様に後退りする。

「おいおい……こいつも見た目だけか? 
黒狼会ってのは名前の割に、本当にてんで大した奴がいねぇんだな? 長ドス持ってこなけりゃ良かったぜ」

すっかり腰が引けている周囲の構成員達を、そして倒れている男を一瞥し、唯鶴は呆れ混じりに言い放つ。
しかし、それに反論する勇気のある奴は居ないらしく、構成員達は皆、唯鶴へ怯えた眼差しを向け――
と、唐突にその構成員達の群れが左右に割れ、其処から一人の大男が姿を現す。
先ほどの牛の男と同じ位に筋肉隆々の、拳の喧嘩タコが目立つ人間の男である。

「テメェが森三一家の唯鶴か、噂は聞いてるぜ? 相当強いらしいな!」
「……ほう、随分と骨のありそうなのが出てきたじゃないか?」

自分の背丈よりも頭一つ大きな男を前に、飽くまで余裕な態度の唯鶴。
しかし悲しいかな、この男は何を勘違いしたのか、唯鶴が無理して虚勢をはっているのだろうと思ったらしく、
無意味に胸を張り、何処か自慢気に話し始める。

「へへっ、そう言う余裕を見せてられるのも今の内だ。
言っておくがこの俺様はオジキのお気に入りでな、空手八段に柔道五段、そして剣道も――」

ご が っ !

――が、男が全てを言いきる間も無く、唯鶴が無言で放った右ストレートがその顔面へ思いっきりめり込む!
男はこの一撃であっさりと気を失ったらしく、悲鳴すら上げる事無く後方へと吹き飛び、後ろに居た構成員達を巻きこむ。
そして、起き上がる事はおろか、ピクリとも動かなくなった男をみて、唯鶴は殴った手を振りたくりながら溜息混じりに呟いた。

「やれやれ、確かに自慢するだけの事はあるな。面の皮がやたらと硬ぇやこいつ」

その一方、慌しく動く構成員達の中心に立っているのは、抜き身の長ドス片手に佇む銀虎。

「つ、強すぎる……」
「く、クソ、囲め、囲むんだ!」

既に彼の周りには、果敢に彼へと挑み、その結果、敢無く床に伏す事となった構成員達が多数。
しかしそれでも、森三一家のナンバーワンを仕留めて名を上げようと息巻く勇敢――もとい、無謀な者は多いらしく、
今もなお、銀虎を倒さんとする複数の構成員達が、果敢にも挑もうとしていた……その結果がどうなるかも考えずに。

「はぁあ、やれやれ……随分と人気があるもんだなぁ、俺も」

構成員達に完全に包囲されていながらも、飽くまで落ち付いた調子で抜き身の長ドスをぶらぶらとさせる銀虎。
しかし、一見隙だらけの様に見えていながらも、彼のその所作の一つ一つからは付入る隙が全く持って見当たらず、
周囲の構成員達は攻撃をする事も出来ないまま、ただただ武器を、拳を握り締め、様子を伺うしかなかった。

「う、うぉぉぉぉっ! 銀虎、覚悟ぉぉぉぉっ!!」

――だが、それでも掛け値なしの無謀者は何処にでも存在するらしく、
動きの無い状況に痺れを切らしたスキンヘッドの男が、叫びと共に木刀を振り上げ、銀虎へ向けて振り下ろす!

がっ!

「……な?」

しかし、銀虎は反撃する事はおろか避ける事も無く、振り下ろされた木刀を頭で"受け止めた"。
表情が凍り付くスキンヘッド。それも無理も無い、一撃を食らったにも関わらず、銀虎は揺らぎすらもしなかったのだから。
そして、銀虎の長ドスを持ってない方の手がゆっくりと、頭へ振り下ろされたままの木刀を掴み取り、誰に向けるまでも無く言う。

「手前ぇらが、あんまりにも歯応えが無いもんでな、
一方的に攻めるのも難だし、たまにはちょっとは食らってやっても良いかな? とは思ったんだが……。
流石にこれじゃあ、食らってやろうと思える価値すらもねぇよなぁ?」
「ひっ、ひぃぃっ!?」

グラサン越しに睨む、銀虎の圧力にも似た視線に気圧され、怯えた悲鳴を上げるスキンヘッド。
その隙に銀虎は木刀をあっさりとスキンヘッドから引っ手繰ると、怯えるスキンヘッドへ向けて、

「折角だ、手前ぇには敢闘賞として俺が直々に、木刀の使い方を教えてやる」
「や、やめっ、やめてくれぇっ!?」
「遠慮するな……木刀の使い方って言うのはな、こう使うんだっ!!」

ば ぎ ゃ ぁ っ !

咆哮と共に木刀を一閃! へし折れる木刀、そして鼻血やら折れた歯やら巻き散らして吹き飛ぶスキンヘッド。
哀れ、スキンヘッドの彼はそのまま壁に叩き付けられ、壁に血の顔拓残して床へ落ちた後、再び起き上がる事はなかった。
そして、折れた木刀を投げ捨てた銀虎は、周囲で表情を凍り付かせている構成員達へむけて、
牙を見せた兇暴な肉食獣その物の笑みを浮かべながら言う。

「さぁて、次に俺に挑みてぇ奴はどいつだ?」

――無論、この状況の中、私も悠長に彼らの戦いっぷりを眺めている訳ではなく。
彼らの戦いの邪魔にならぬ様に、疲労困憊&満身創痍な身体を何とか動かして、なるべく戦場から退避していた。

「追い詰めたぞ、女! よくも宏次をあんな目に合わせやがって!」

だが、やはり私に散々仲間を叩きのめされ、相当頭にきているのか、
最早この状況では何の得にもならないというのに、わざわざ私を倒そうと向かってくる者が居たりする。
……ちっ、こう言う時くらい、放っておいてくれれば良いものを……

「覚悟ぉっ!」

ありきたり極まる言葉を吐きながら、長ドス振り上げ私に襲いかかる男!
私は何とか対応しようとするのだが、いかんせん、積もり積もった疲労の所為で身体が言うことを効かない。
クソ、少しでも体力が回復していればこんな奴……!

ギャキィンっ!

「――ぎゃっ!?」

――不意に私と男の間に立ちはだかる小さな影。
次の瞬間、その影が振るった一撃によって、長ドスが弾かれると同時に、男の親指の付け根が切り裂かれていた!
無論、男は直ぐ様反応しようとするが、その直後に見事な蹴りを股間へ貰い、呻き声に近い悲鳴を残して倒れ伏す。
その後ろ姿は、悲鳴と怒号飛び交う戦場には余りにも可憐で、同時に戦場には酷く似つかわしく無いものだった。

「怜子先生、大丈夫?」
「ゆみみ少女……」

それは森三一家の若頭、森三 ゆみみだった!
私は心の中で動きたがらない身体に喝を入れて、何とか立ちあがりゆみみへ言う。

「別に、私を助けなくても良いんだがな……?」
「良いのよ怜子先生、強がらなくても。今は動けないんでしょ?
もう、まったく幾ら頭にきたからって、一人で行くのは無茶なのよ」

しかし、私が虚勢を張っているのを見透かされていたらしく、振り向く事無くゆみみは言う。
むぅ……どうもこう言うのは、ばつが悪い物を感じて仕方がない……。
だが、だからと言って素直に助けてくれと言うのも、私自身のプライドが許さないというか……我ながら、何と難儀なものだ。

「くそ、よくも礼二をやりやがったな!」
「相手は手負いとガキ一人だ! 俺達でもやれる!」
「へへっ、逃げるんじゃねーぞぉ?」

とか考えている間に、こちらに目をつけた新手の敵が三人!
しかし、私をそれの対応に動こうとしたのをゆみみが手で制し、顔だけをこちらへ向けて自分の背中越しに言う。

「怜子先生、ここは私に任せて? 彼らは私が何とかするから、その間に身体を休めてて」
「だが……」
「大丈夫、私はこれでも森三一家の若頭よ? こう見えて強いんだから!」

私の心配の声を遮って、ゆみみは言うだけ言って笑みを浮かべると、三人の方へと向き直る。
そして、彼女は少女らしからぬ朗々とした声で、三人に向けて言い放つ。

「私こそ、森三一家が若頭、森三 ゆみみよ! あなた達はお金が欲しいんでしょ? なら私を狙いなさい!」

ゆみみが切った啖呵に、思わず顔を見合わせる三人。
そして、三人は何処か小馬鹿にした様に笑いながら口々に言い始める。

「おいおい、噂には聞いていたが、森三一家の若頭がこんなガキだったとはな?」
「お嬢ちゃん。ヤクザごっこなら他でやってくんな?」
「そうそう、怪我して泣いてしまう前に、とっとと家に帰って勉強してなって」

げらげらと笑う三人、しかしゆみみは怒る事もなく、ただ無言で長ドスを構えるだけ。
その様子に苛立ちを感じたのだろうか、三人の内の一人の犬の男がゆみみへと歩み寄り、

「ほら、そんな危ねぇもんも早く仕舞って―――」

荒荒しく言って、ゆみみの持つ長ドスへ手を伸ばし――次の瞬間、彼女が動いた。

ざむっ!

「――なっ……がっ!?」

流れる様な動きでの一閃、犬の男が伸ばしかけた手首の"腱だけ"を切り裂く!
それに犬の男が悲鳴を上げる間も無く、素早く懐に潜り込んだゆみみの長ドスの柄尻の一撃が犬の男の鳩尾へ食い込む!
何が起こったのかも殆ど理解できぬまま、犬の男はくたりっ、と身体をくの字に折り曲げ、意識を失う。

「――な……!?」
「こ……このガキッ!」

年端も行かぬ少女によって、仲間が瞬く間にやられた光景を前に、思わず驚きの声を上げる二人。
しかし、その内の一人のネコの男は直ぐに我に返ったらしく、怒りの声を上げてゆみみへ掴み掛かる!

「――うわっ、と――」

が、其処へ意識を失った犬の男の身体を押し出され、思わず両手で受け止めるネコの男。

ザシュッ!

「――ぎぇっ!?」

――その一瞬を見逃さず、ゆみみは素早く男の脇を掛け抜け、同時に膝への一撃!
恐らくこの一撃で膝の靭帯を断ち切られたのだろう、ネコの男は悲鳴を上げてあっさりと体勢を崩す。
其処へすかさず延髄への峯打ちを貰い、ネコの男は声を出す間も無く前のめりに倒れ伏した。

「え? お、おい、ちょっとま――…ぎゅっ!?」

目の前であっという間に仲間二人をやられ、驚き戸惑いの声を上げる残りの一人。
直後、その顔面へゆみみの飛び蹴りが見事に決まり、彼は鼻血を噴きながら沈黙した。

……彼女、結構やるじゃないか……いや、それ所か小柄な身体と素早さを活かしたあの戦い方は実に見事。
ただのお飾り的存在かと少し思っていたのだが、どうやらその認識は変えた方が良い様だ。
そんな自分の認識の狭さに自嘲の笑みを零す私へ、ゆみみははにかむ様に微笑みかけて言った。


「ね? 言ったでしょ。私が何とかするって」

――戦況は早くも、決着の動きを見せ始めていた。
最初こそは数の優位と、憲十郎の特別ボーナスの一言で士気が高かった黒狼会側であったが
構成員達全体の錬度不足に加え、戦場となったビルのフロアの意外な手狭さも加わって、
黒狼会側は思う様に戦えず、それ所か特別ボーナスに目がくらんだ事で仲間同士が邪魔し合う状態となっていた。

反面、森三一家は一人一人の戦闘能力の高さに加え、士気も非常に高く。
その上、少数精鋭である事を存分に活かし、的確に敵軍の分断および敵の各個撃破を行っていった。
更にそれに加え、梶組の面々も森三一家の衆と何ら遜色のない実力を発揮し、黒狼会の戦力を確実に減らしていった。

まぁ、そもそも狭いフロアに100人以上が犇(ひしめ)いているこの状況。
黒狼会側にすれば思う様に動けないばかりか、下手に攻撃をすれば仲間を巻き込む恐れがある為、思う様に手が出せず。
おまけに仲間への誤射を恐れてか、拳銃を使おうという者はこの場にはおらず、一方的に攻められる始末。
逆に森三一家&梶組側にしてみれば、それこそ少数精鋭の利点生かして周囲の敵を殴り放題倒し放題な状態であり、
その結果は、火を見るよりも明らかな状況であった。

――そう、森三一家&梶組側の一方的な優勢と言う状況に。

「何でやねん……何でやねん……」

そんな状況を誰よりも好ましく思っていなかったのは、他ならぬ憲十郎。
また一人、そしてまた一人と自分の兵隊が次々と倒れて行く様を前に、
彼はまさしく悔しさで歯噛みする様に呟きを漏らしていた。

「戦力はこっちの方が上やねんぞ。なのになんでこうも一方的にやられるんや。訳分からんで!」
「その理由は簡単よ」
「――っ!?」

横合いから掛かった声に振り向き、思わず驚きに体毛を逆立てる憲十郎。
其処に立っていた、長ドス片手のゆみみの無傷な姿と、もう動けるまでに体力を回復させた私の姿を目にして。
無論、その周囲に居た構成員達は皆既に、ゆみみと私の手によって床に倒れ伏し、苦悶のうめきを漏らしている所である。
それを前に驚き竦む憲十郎へ、ゆみみは長ドスの切っ先を向けながら、凛とした声で言い放つ。

「……あなた達は私達を甘く見ていた。
数で圧せば何とかなると思っていた様だけど、それで私達を如何にか出来る程、この世の中は甘く無いわ!」
「く、く、くぅおのガキがっ!!」

ゆみみの切った啖呵に、牙が見えるまでに顔を怒りの形相に変え、全身の体毛を逆立てる憲十郎。
しかし、憲十郎はやおら踵を返すと、周囲で戦っていた構成員へ向けて言い放つ。

「お前ら、こいつらの足止めをしろ! 後で金は払う!」

言って、フロア奥の扉の向こうへと走る憲十郎。
――こいつ、この期に及んでまだ逃げるつもりか!

「待ちなさい!」

無論、逃がさないとばかりにその後を追って駆け出すゆみみ。
其処へ馬鹿正直に憲十郎の命令を聞いた構成員の何人かが、果敢にも彼女の前に立ちはだかるが、
彼女は一度か二度切り結んだだけで、あっさりと邪魔者を戦闘不能にし、直ぐ様に後を追って行く。
やはり、可憐な見た目とは違って、彼女は結構強い……。

「――だが、一人じゃ無謀だ……!」

嫌な予感を感じた私は一言呟くと、邪魔する構成員の一人をヤクザキックで蹴倒しつつ、彼女の後を追った……。

「……くそ、まさかこんな事になってまうとは……奴らをほんま甘く見とったわ。よもやここまで追い込まれるとは……」

――場所は変わり、ここはSPTビル最上階である50階。
窓の向こうに焔の街を見下ろす絶景広がるこの場所は、実質上は憲十郎専用のスペースらしく、
豪華なペルシャ絨毯広がる部屋の彼方此方には、方々から買い集めた豪華な調度品や骨董品が所狭しと並べられていた。
そして、その中で憲十郎は部屋の端に置かれた大型の金庫を開き、中に入っている物品を掻き出している所だった。

「――けどな、頭であるワイさえ無事であれば、黒狼会は何度やって不死鳥の如く蘇えるんや。
それに金やってまだまだあるんや、部下を幾ら倒されようとも、新たに雇い直せば良いだけの話やしな。
流石の連中も、屋上のヘリで逃げてしまえば追ってはこれんやろうし」

呟きながらトランクに詰めているのは、有価証券や土地の登記書類、そして現金や金塊、宝石などの持ち運べる金目のもの。
どうやら、この男は一旦自分だけ逃げ延びた後で、ほとぼり冷めた頃に再び返り咲こうと言うハラづもりらしい。

「見ていろ、森三一家に梶組! 何時かはほえ面かかしたるからな!」
「――残念だけど、それは二度と叶わない願いよ」
「…っ!」

背に掛かった声に、思わずトランクへ物品詰めてた手を止めて、体毛を逆立てつつ振り向く憲十郎。
其処に立っていたのは、凛とした表情で長ドスを構えたゆみみの姿!

「黒狼会組長、田宮 憲十郎! 今までの分の落とし前をつける時が来たわ!」
「ぐっ……もう追いついてきおったのか! 森三 ゆみみ!!」

その姿を認め、唸りを漏らしつつずさっ、と後退りする憲十郎。
だが、憲十郎は右手をやおら懐へと突っ込むや、笑みを浮かべて言う。

「……けどな、ワイはここで終わる男やないんや! 
ましてや、お前のような小娘なんかにやられる気は、鼻毛の先かってないんや!」

言って、懐から取り出したのは黒い金属塊――所謂、トカレフと呼ばれるソ連製の拳銃!
その構えた拳銃の銃口をゆみみの額へ向け、憲十郎は尻尾をぴんと立てて叫ぶ。

「く、来るなら来てみぃ! その途端に、その額へズドンと風穴開けたるさかいにな!」
「…………」

しかし、ゆみみは拳銃を前に引き下がる所か、
長ドスを構えたままじっと憲十郎を見据え、一歩、また一歩と憲十郎へと迫る。
無論の事、全く恐れを見せないゆみみを前に、憲十郎は酷く狼狽し、追い詰められた者特有の悲鳴に近い声で言う。

「お、おい! 拳銃なんやぞ! 撃たれたら仕舞いやねんで!? 何で逆に向かってくるねん!?」
「それが…それが如何したというのよ!
この森三一家が若頭、森三ゆみみが、拳銃如きで引き下がると思ったら大間違いよ!」
「……っ!?」

可憐な少女らしからぬゆみみの気迫に圧倒され、思わず更に一歩後退りする憲十郎。
それにあわせる様に更に一歩踏み出したゆみみは、長ドスの切っ先を憲十郎へ向けながら続ける、

「それに、私は今、とっても怒ってるのよ!」
「な、なんやっ、シマを荒らした事か! それかお前らに喧嘩を売った事か?!」
「確かにそれもあるわ……私達のシマを好き勝手に荒らし、そして私達に喧嘩を売った事、それも充分に許されない事。
だけどね…私がそれ以上に怒っているのは、森三一家とは関係の無かった怜子先生を傷付けた事よ!!」

この時、憲十郎からしてみれば、啖呵を切る彼女の背景には、雷と共に荒ぶる虎か、怒れる竜が見えたのかもしれない。
その証拠に、さっきまで強気に立っていた憲十郎の尻尾は、今は見る影も無く股の間に隠れてしまっている。

無論の事ながら、恐慌状態に陥った憲十郎は震える手で拳銃を向けながら、喚くように言う

「く、く、来るなっ! 来るなやっ!? 一歩でも近付いたら撃つで!」
「撃てるものなら撃ってみなさい……その瞬間、あなたは負ける事になるわ!」
「っっ!!」

断言に近い事を言いながら更に一歩迫るゆみみ。
恐怖に染まりきった表情で、引き金にかけた指へ力を込める憲十郎。

ぱ む っ !

――刹那、何処からか飛来する銀色の何か。直後に響く銃声!
しかし、放たれた銃弾はゆみみに当る事無く、あらぬ方向へ飛び、壁に弾痕を穿つだけで終わる。
――無論、この時には既にゆみみは動いていた!

ざんっ!

「――がっ……ぎゃぁぁぁぁぁっ!? わ、ワイの、ワイの指がぁぁぁっっ!?」

一瞬の交錯、その直後には憲十郎が悲鳴を上げ、その手から拳銃を取り落とす。
見れば、憲十郎の利き手の親指の根元が真横にざっくりと斬られ、其処から紅い液体を止めど無く溢れ出していた。
これでは拳銃を撃つどころか、もはや拳銃をまともに持つ事すらも叶わないだろう。

「……大丈夫か? ゆみみ少女」
「怜子先生!」

斬られた手を抑え、苦痛の悲鳴を上げている憲十郎を余所にして、
私は"先ほど投擲した"ジッポーを拾いつつ、ゆみみへ声を掛ける。

そう、あの一瞬、憲十郎が発砲する直前。
私は憲十郎が持つ拳銃へ向けてジッポーを投擲する事で、ゆみみへ向けられていた銃口の向きを若干横へ逸らしたのだ。
無論、これは口で言うほど簡単な物じゃない――実をいえば、私自身も、これが上手く行く自信なんて殆どなかった。

……後で良く考えてみれば、下手すれば逆に銃弾がゆみみへ直撃、と言う最悪の事態も有り得たのだが、
今にも憲十郎が発砲しかねない状況で、他に何か出来る事があるかと言うと、それ以外に思い付かなかったのもまた事実。
まぁ、とにかく結果的には上手く行ったのだから、一先ず結果オーライとしておくべきか。
――と、今は上手く行った事に喜んでいる前に、先ずやるべきは……。

「積もる話は後だ。今は、ゴミ掃除の大詰めをしなければな?」
「そうね。あそこの大きなゴミを潰さない事には、街のゴミ掃除は終わらないわ」
「ひ、ひぃっ!?」

言って、私とゆみみが向いた方には、傷ついた手を庇いながら、こそこそと逃げようとしている憲十郎の姿。
奴は私とゆみみの視線に気付くや、尻尾を丸めて悲鳴を上げて驚き、

「そ、そや! こ、ここは金で手打ち(争いを無かった事にするの意)にせーへんか! 
幾ら欲しい? 一億? それとも十億か? いや、それで不満やったらこのビルの権利もつけるで!?」

財布やら指輪、腕時計などを差し出しながら、もう見苦しいまでの命乞いを始める。
――無論、そんな物で私とゆみみが許す筈も無く、無言で一歩、また一歩と憲十郎へ迫る!

「ちょ、まちーや! 金や無かったら何が望みや!? 地位か? 名声か!?」
「……そんな物は要らん。だが、代わりに教えてやる」
「今、私達が望んでいるのは――」

それでも尚、命乞いをする憲十郎へ口々に応え、私とゆみみは同時に走り出す。そして――

『黒狼会(お前ら)の、滅亡だぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!』

ど ぐ ぉ し ゃ ぁ ぁ ぁ ぁ ぁ っ っ ! !

「げぎゃおうっ!?」

――声を見事にハモらせつつ放った私とゆみみのダブルキックが、憲十郎の顔面へめり込んだ!
哀れ、憲十郎は床に2度バウンドした後、開いたままのトランクへと頭を突っ込ませ、その中身を派手に飛び散らせる。
其処で憲十郎は気を失ったらしく、そのままぴくりとも動かなくなった。

「見ろ、ゆみみ少女。奴の化けの皮が剥がれたぞ?」
「あら本当、黒狼会の組長ってオオカミじゃなくて、実はタヌキだったのね?」

私の指差すその先、現金やら書類やらのトランクの中身が舞う中。意識を失った憲十郎のその顔は、
両目の辺りに刻まれた私とゆみみの足跡によって、さながらタヌキのような顔となっていた。

「……終わった、な?」
「そうね、これからやるべき事はまだあるけど。一先ずは、ね?」

悪が滅びた後、私とゆみみはお互いの健闘を称える様に、互いの顔を見合わせて言う。
まぁ、本当に色々あったが、終わってしまえばなんと爽やかな事か。
……とはいえ、身体中が痛むし、かなりの疲労感もあるが、今となってしまえばそれもまたある種の充実感である。
取り合えず、戦いも終わった事なので煙草を一服……と行きたいが、近くにゆみみが居るのでここは咥えるだけで我慢しておく。

「っ!? 大丈夫か!?」

その矢先、唐突にがくりと崩れるゆみみの身体。私は驚きつつも咄嗟に彼女を抱き止める!
――まさか、私の知らない間に何かあったのか!?

「あ、あははは……ちょ、ちょっと腰が抜けちゃった……。
面と向かってチャカ(拳銃の意)を向けられるの、久しぶりだったし……それで緊張の糸が切れて、つい……」

言って、少し恥かしそうに笑うゆみみ。
……なんだ、驚かせてくれる。何かあったのかと本気で心配したじゃないか……。
その感情が尻尾の動きに出ていたのだろうか、彼女は私を安心させようと笑顔を浮かべて

「でもね、私、怜子先生がきっと助けてくれるって信じてた。
だから、拳銃を向けられても強気でいる事が出来た。そして一歩も退かずに戦う事が出来たの」
「……だからと言って、拳銃持った相手に、真っ向から挑むのは少し無謀過ぎだ。反省しろ。
あの時は本気で如何なるかと思ったんだぞ?」
「あはは、ごめんごめん」

しかし、私から注意混じりに頭を軽く小突かれ、朗らかに笑って謝って立ちあがるゆみみ。
その様子を端から見れば、多分、無茶をした生徒とそれを窘める教師の様に見えたのかもしれない。
と、其処で私の耳に届く誰かの足音、この足音の歩調からすると確か……

「おーい、お嬢、そして獅子宮センセ。そっちは終わったところかい?」

フロアの入り口に現れたのは私の予想した通り、長ドス片手の綾近の姿。
ゆみみと私が離れた後、彼は相当な数の敵を倒していたのだろう、殆ど無傷ではあるが服の所々が返り血で紅く染まっている。
しかしゆみみはそんな血塗れの舎弟に何ら嫌悪感を見せる事無く、至って明るいノリでサムズアップして言う、

「うん! 怜子先生と一緒にバッチリ叩きのめしたわ!」
「おおそーかそーか、すげ―じゃんお嬢! ……にしても獅子宮センセもやるじゃねえか、見直したぜ?」
「む…私を誉めても何も出ないぞ……?」
「へへっ、別に誉めてねーよ。素直な感想を言っただけだって、な? センセ?」

思わず難しい顔して尻尾くねらせる私に、綾近は私の背中をパンパンと軽く叩いて笑って見せる。
むぅ……これは彼なりに私の事を認めた、と言う事なのだろうか……?


「所で綾近、そっちの方は如何なの?」
「おう、そうだったそうだった。こっちの方も、もうバッチリって所!」
「――だが生憎、何人か逃げ足の早ぇのを取り逃がしちまったがな?」

ゆみみの問いに綾近がサムズアップして答えた所で、横から割って入る声。

「銀虎、そして皆!」
「…ちぇ、それ言うなよって、銀虎」
「その様子だと、本当に終わったのだな」

振り向いてみれば、其処には銀虎を始めとする森三一家と梶組の面々。
やはり彼らも綾近と同じく、相当な数の敵を倒していたらしく、ほぼ無傷ではあるが服の所々には返り血が……。
ただ、その中で日向だけは、何故かやたらと息を切らしている上に襟元の辺りが血に染まっているが、其処は気にしない。
そして、ゆみみは揃った全員をざっと見回した後、意気揚揚と声を上げる。

「よぉし、ならここは大勝利と言う事で、皆で勝ち鬨を上げるわよ!」
「その前にお嬢、一つだけ言うべき事が……」
「へ? なに? 唯鶴」

しかし唯鶴に待ったを掛けられ、ゆみみはきょとんとした顔で聞き返す。
唯鶴は深刻そうな表情浮かべ、全員の方をざっと指差し、

「……これから警察が来るまでに全員、服を着替えてビルからバックレなくちゃならないんです」
『……あ゛』

これからやるべき事の大変さを理解したのか、その場の全員がほぼ同時に声を上げた。
……どうやら、私達が勝利の余韻に浸れるのは、まだまだ先の事になりそうだ……。

――――――――――――【終劇】そしてエピローグへ続く―――――――――――