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若頭は12歳(幼女)外伝 隻眼の獅子編【転】



「――うっ……」

――不意に、目にさしこんだ光で意識が覚醒する。
薄っすらと隻眼を開けた私は、ぼんやりとした意識の中、自分の置かれた状況を確認する。
ここは……あの世とかではない様だ。感覚も次第にはっきりとしてくる。

「……こ、ここは……屋敷、か?」

はっきりと目を開けて視線を巡らせてみると、私は屋敷の一室に敷かれた布団に寝かされている所だった。
どうやら、私は情けない事に、あの手榴弾の爆発の衝撃で気を失っていた様である。

「あ、目が覚めやしたか、お客人」
「む……唯鶴か……」

掛かった声に顔を向ければ、其処には何時ものスーツ姿に毛布片手の唯鶴の姿。
恐らく、彼は意識を失っていた私の世話をしようとしていた所だろうか?……にしても、スーツがやや乱れているのは何故だ?
取り合えず、まだ意識ははっきりとしないが、今の状況を聞く事にする。

「……なぁ、アレからどれくらい経った?」
「そうですね……あれから二日、と言ったところです」

何と、あれから二日も意識を失っていたのか……私とした事が。
そんな不甲斐ない自分自身に苛立ちを感じつつ、私は身を起こそうとして――

「――っ!」
「ちょ、お客人! 大丈夫ですか?」

ズキリ、と背中に走る激痛! 無意識の内に口から漏れる呻き声。
それを見た唯鶴が思わず駆け寄るが、私はそれを手で制し、

「いや、大丈夫だ……きにするな」
「ならば良いのですが……一応、傷の手当てはしてありますが、無茶はしないで下さいよ?」
「……大丈夫さ。この程度の怪我でネを上げる私じゃない」

……強がりは言ってみた物の、背中に走った痛みは決して無視の出来ないレベルの物だった。
多分、ゆみみを庇ったその際、手榴弾の破片か何かが背中に当ったのだろう。

「よぅ、どうやら気が付いたようだな、お客人」
「銀虎、か……」

上半身を起こした私が自分の身体のダメージの度合いを確かめていた所で、更に横合いから掛かる声。
振り向けば、開いた障子に身体を預ける様に佇む銀虎の姿……ただ、彼もその鬣が妙に乱れているのは何故だろうか?

「あんた、手榴弾の爆発からお嬢を庇って、その爆発の衝撃で気を失っていたんだ。丸二日もな」
「ああ、私が丸二日寝ていたのは唯鶴から聞いた。……それで、ゆみみは?」
「お嬢なら……」

言って銀虎と唯鶴が指差す方には、私の腰の辺りに身を預け、穏やかな寝息を立てるゆみみの姿。
多分、誰かが身体を冷やさぬ様に気を効かせたのか、彼女の身体に毛布が被せられていた。

「お嬢の方は、お客人が身を張って庇ってくれたおかげで、怪我一つせずに済みました。その点は本当に感謝しています。
……ですが、あの時は大変でした。爆発の後、『私の所為で先生が死んじゃう』とお嬢がパニックになってしまって。
俺達一家の衆が総掛かりになって説得して、なんとか宥めたんですが……」
「その後、お嬢は『先生がこうなったのは私の責任だ』と言って、それからずっと付きっきりであんたの看病していたんだ」

なるほど、だからか……つい咄嗟の行動とは言え、結果的には、まだ幼い少女に深く心配させてしまうとはな……。
しかし、何処のどいつの仕業かは分からんが、この落とし前はきっちりとつけさせねばならんな。
そう思いつつ私は、すっかり疲れ切っているのか目覚める様子の無いゆみみの頭を撫でながら漏らす、

「不甲斐ないな、私は……」
「いや、不甲斐ないのはこっちの方だ! あんたが身を張って庇っていなきゃ、お嬢が大変な事になっていたと言うのに!
それに比べりゃ俺は事が起きるまで様子を見てるしか出来なかった! この詫びはエンコ(※)一本詰めるだけじゃとても――」
「ちょ、おい!? 落ちつけ銀虎っ! またドスを持ち出そうとするんじゃねえって! お嬢はそんなの望んじゃいねえだろ!」
((※)エンコ=小指の意)

私の一言を切欠に、泣き叫びながら何処からか取り出した匕首で自分の指を切落とそうとする銀虎。
無論、唯鶴はそれに気付き、慌てながらも組み付く事で何とかそれを阻止しようとする。
しかし、"また"って事は……

「離せ唯鶴ぅっ! 俺のような身を張ってお嬢を守る事の出来ねぇ不甲斐ねぇ男は、指全部落とした方が良いんだぁぁぁっ!」
「だぁぁっ! だからこんな所で指落そうとするなぁっ!」
「おい、如何した、何の騒ぎ――って、また銀虎が発作起こしたぞ!?」
「おいおい、またかよ!? これで今日に入って三度目じゃねーか? 銀虎が自分でエンコ詰めようとするの」
「んな事言ってるより早く止めねーとやべーんじゃねーの!? 皆で止めるぞ! ――って、うぉっ、危ねぇ!?」

そして騒ぎを聞きつけ、慌てて銀虎を押さえに入る秋水ら他三人。
吹き飛ぶ水差し、破れる障子、大穴が開く屏風、壁に打ち付けられ粉々に割れる花瓶、下半分が切落とされる掛け軸。
つい数秒前まで整然と整えられていた床の間は、大の男たち五人による大乱闘によって見る見るうちに荒れ果ててゆく……

……道理で、二人の格好がやや乱れていた訳だ。
多分、私が気を失っている間、銀虎たちはこのやり取りを何度かやっていたのだろう。
しかし、これだけの騒ぎの中でも、ゆみみは全く目を覚ます様子が無いと言うのは、ある意味凄いというか。
……いや、良くみれば若干うなされている。それでもおきないと言う事はそれなりに疲れていたのだろう。

「いや、見苦しい姿を見せた様で申し訳無い、お客人」
「……いや、まぁ、私は気にしない、だからそっちも気にするな、うん」

数分後、先ほどの和室の隣にある同じ位の広さの和室にて、
さっきよりもスーツがよれよれとなった唯鶴へ、私は引きつった笑みで返した。
あれから、泣き叫ぶ銀虎を唯鶴ら四人掛りで押さえつつ、必死に説得する事で何とか宥め落ち付かせた後の事である。

[……普段の銀虎はああじゃないんだが、ことお嬢の事となると、とたんに落ち着きを無くしちまうんで。
それでお嬢が危機に陥ったのに自分は何も出来なかった事が相当悔しかった様で、昨日からずっとあんな調子なんだ」

言って、ふぅと深い溜息を付く唯鶴。
因みに、当の銀虎はと言うと、今は別室に寝かされたゆみみを見守っている所であり。
そして秋水、綾近、平次の三人と言うと、先ほどの大乱闘で壊滅した和室の修復作業の真っ最中である。

「まぁ、それは兎に角、お客人には改めて申し上げます。身を張ってお嬢を守って頂き、本当に感謝します!
本当は一家の衆全員で感謝の辞を申し上げたい所ですが、今回は俺一人だけの言葉で勘弁して頂きたい」
「いや……あの時はたまたま私が傍に居ただけの事だ、其処まで感謝される筋合いは無い。
それに第一、私があんな所で話さず別室で行っていれば、彼女をああ言う目に遭わせる事も無かったんだ」

改まって深深と頭を下げて感謝を述べる唯鶴を前に、私は何処か小恥ずかしい物を感じつつ返す。

「いえ、ですが結果的にはお嬢を守って頂けたのは確か! このお礼は何時か必ずさせて頂きます」
「いや、お礼も要らん。私が勝手にやった事なんだから……」
「しかし、それでは俺達の気が……!」

うーむ、困ったな……私はこう言うのには本当に弱いんだ。
誰かに一方的に感謝されまくると、どうも気恥ずかしくて何時ものペースを保てなくなってしまう……。
そうだ、ここは話題を別の方向へ逸らすとしよう。聞きたいこともあるしな。

「そ、それよりもだ、屋敷へ手榴弾を投げこんだ犯人はわかったのか?」
「その事ですが、お客人……」

私の質問に、トカゲの顔でも分かる位に表情を曇らせる唯鶴。
そして彼は「これを」と言って、私へ一通の封筒を寄越す。

「これは……?」
「手榴弾を投げ込まれた直後辺りに、郵便受けに入れられていた物です」

封筒は既に開封されており、中には1枚のコピー用紙が1枚入っていた。
そして、其処にはワープロ打ちの無機質な文字で、森三一家をない交ぜになじった上に挑発する文章が……。
その文面の一番下には、『黒狼会』の3文字がデカデカと大きく書かれていた。

「それを見て分かる通り、あの手榴弾は黒狼会による者の仕業でした。
連中…俺達が一向に動かないことについに痺れを切らして、直接的な手段に出たんですよ!
……しかし、それでもお嬢は、俺達へ『血気に逸った行動は止めて!』と言ってくるんです。
本当は、お客人を危ない目に遭わされたお嬢の方が一番腸(はらわた)が煮え繰り返っているでしょうに……」

言って、わなわなと尻尾の先まで身体を震わせる唯鶴。
恐らくは、今の森三一家の者たちは皆、この唯鶴と同じ気分なのだろう。
そしてかく言う私もまた、彼らと同じものを胸中に抱えていた。

――黒狼会、断じて許すまじ! と。

私が密かに黒狼会への復讐を誓った所で、落ち着きを取り戻した唯鶴が改まって言う。

「お客人…その事で、まだ感謝もし切れていない内に、こう言うことを言うのも難ですが、
恐らく、これからこの屋敷の近辺は、我々森三一家と黒狼会との抗争の場となるやも知れません。
ですので、そうならない内に一刻も早く、お客人はこの辺りからお逃げになった方が良いかと思われます。
……それと後、お客人の帰り道の通行止めが解除されるまでの宿泊場所の方は、我々が手配しておきましたので、
事が収まるまでの間は、如何かその場所で安静にして頂けると、我々としても幸いです」
「……」

唯鶴からの提案に、私は数秒ほど沈黙した後、
ポケットから取り出した煙草を咥えつつ、彼の目を見据えて言う。

「……それは、ゆみみ少女からの指示か?」
「そ、それは……」

私からの問いに、言葉を濁らせる唯鶴。
じっと唯鶴の顔を見据える私、気まずそうに視線を逸らして沈黙する唯鶴。
そうやって数分の間、場に沈黙が満たした後、先に口を開いたのは唯鶴だった。

「……やはり、お客人の目は誤魔化せませんね。
実を言えば、この事はお嬢が言い出した物ではなく、お嬢が寝ている間に我々が協議した上で決めた事です」

やっぱりそうだったか……。

「お客人が何も言わず居なくなれば、確かにお嬢が悲しむ事でしょう。見た所、お嬢はお客人に懐いていた様ですし。
しかし、だからと言って、このままお客人をこの場に留まらせた結果、
万が一、お客人に何かがあれば、それこそお嬢の心が深く傷つく事になります。
……組長からお嬢を任された我々としては、その様な事は何としても避けたいのです」
「だから、事が起きる前にこの街から出ていって欲しい、そう言う事か?」
「言い方は悪いでしょうが、その通りです」

重々しく答える唯鶴、私は何も言わず、暫し考える。
そして再び、場に沈黙が満ちて数分、私はゆっくりとした動きで立ち上がり、
傍に畳まれていた皮のジャケットを肩に羽織り、その場を去ろうとする。

「お客人? 何処に行かれるので? もしや今直ぐにこの街から出ていくとか……」
「いいや、違う」

廊下へ出る襖の前まで来た所で掛かる、唯鶴の心配気な問い掛け。
しかしそれをスッパリと否定して廊下に出た私は、後を追う唯鶴の方へ振り向く事無く続ける。

「……私は捻くれ者なのでな、人に言われて『はいそうですか』と素直に従うタマじゃないんだ」
「ならば、これから何をするつもりで…?」
「ん? そうだなー―」

玄関前まで来た所での唯鶴の更なる問い掛けに、
私は一度だけ足を止め、振り向き様に牙を見せてニッと微笑み、答えた。

「――これから少し、街のゴミ掃除をしに行ってくるだけさ」

※  ※  ※

それから数分後、森三一家の屋敷を出た私はZⅡを駆り、路上を吹き抜ける一陣の風となっていた。
無論、街から出ていく為ではなく、この焔の街に巣食うゴミ――黒狼会の根城を見つけ出す為に。
こう言う事は恐らく、ゆみみも森三一家の衆も望んじゃいないだろうが、このまま終わらせるには私のプライドが許さなかった。
そう、私は売られた喧嘩は買い、同時に振りかかった火の粉は"根元"から断つ主義なのだ。

黒狼会――私のみならず、年端も行かぬ少女へ危害を加えた事、死ヌルほど後悔させてやる。

だが、いざ黒狼会を叩きに行くべく出たのは良いが、
肝心の黒狼会の根城の場所が、何処なのかを調べるのをすっかり忘れていた。
しかしだからと言って、今更森三一家の者に聞くにしても、今戻ったら確実に引き止められる事だろう。
よって、今の私に出来る事と言えば、独力で黒狼会の根城を見つける事以外になかった。

「さぁて、これからどうした物かな……」

信号待ちのついで、私はジッポーで煙草に火を付けながら、これから如何するべきかを考える。

・先ず第1の案:地道な聞き込み調査を行い、根城を探り出す。
――時間が幾らあっても足りない上、面倒臭がりな私の精神が持つかかどうかと言えば……ボツ。

・そして第2の案:それらしい建物を一件一件当り、根城を探り出す。
――第1の案と同じく、これもかなり時間が掛かる上、面倒臭がりな私がそれをやる筈もなく……これもボツ。

・第3の案:適当なそれっぽい相手を捕まえ、根城を聞き出す。
――唯鶴達の話では、殆どの構成員が雇われのチンピラである為、根城を聞き出すのは難しい……よってこれもボツ。

・最後に第4の案:警察へ行って其処で根城を聞き出す。
――警察が教えてくれるかどうかもあるが、そもそも警察が異邦人である私をどう見るか分からない為……この案もボツ。

……やれやれ、初っ端からいきなり大きな壁にぶち当たってしまった。
四つの案の中で、最も確実なのは第2の案なのだろうが、はっきり言ってやる気は全く起きない。
私が黒狼会を許せない事は確かだが、だからと言ってそいつらの為にわざわざ地道に探す手間を掛けたくはないのだ。
……うーむ、何だか矛盾しているな、私は……。

そう、私が自分自身へ呆れかえりつつ、何気に向けた視線の先――

「あいつらは……」

――喫茶店の席に向かい合わせで座るのは、かつて何処か出会った二人組。
それを見つけた瞬間――私の顔に笑みが浮かび、そして消えた。

「いやー食った食った、こんなに気分良くメシ食えんのは何日振りだろうな?」
「そうだな―、こうも気分が良いとメシの美味さも一塩だぜ」

程よく冷房の効いた、とある喫茶店の店内。その店内の一番奥まった場所にある、窓際の席。
其処で品性の欠片もない声で、げらげらと笑い混じりに話し合っている、二人の狼族の男。
一方はマズルの鼻先に包帯が巻かれているが、そのもう一方はそれこそ見知った顔であった。

そう、こいつらはこの街に訪れた最初の頃、公園で私へ因縁を付けて来た狼の二人組である。
私の予想が正しければ、こいつらが黒狼会の根城を知っている可能性はかなり高いだろう。

「ウェイトレスのねーちゃん! ホットケーキセットもう一人前頼むぜ!」
「おいおい、憲二、まだそんなに食うのかよ?」
「良いじゃねーか、森三一家の連中にひと泡吹かせた事でオジキから特別ボーナスを貰ったんだしよ」
「ああ、あれはボロイ仕事だったよな。でも程々にしろよな? そんなんで腹壊したら折角の良い気分も台無しだぜ?」
「それを言うなら憲一アニキもデザートを程々にしなって、そのパフェでもう何杯目だよ?」

直ぐそばに危機が迫っている事も知らず、げらげらと下品な声で笑い合う二人。
そうか、こいつらの仕業だったのか……。

「まぁ、何にせよ森三一家もおしまいだな。手榴弾投げ込まれておいて動かねぇなんて馬鹿にも程があるだろうに」
「そうそう、あれじゃ少数精鋭が強いって言う時代はもう仕舞いだな。これからは数の時代だぜ?」
「まぁな、それに朝、オジキが今日で決着付けるって言ってたし、流石の奴等も数に磨り潰されて御陀仏だろうよ」
「なら、これからいっちょ前祝に派手に遊んでおくか?」
「良いなそれ。行き付けのキャバレーでド派手にネーちゃんはべらしちまおうぜ!」
「へへ、だったら早速行くか? っと、わりーな、ウェイトレスのねーちゃん」

私は今直ぐ二人を八つ裂きにしたい衝動を抑えながら、
二人の席へホットケーキを置いたウェイトレスと入れ違いになる形で二人の傍へ忍び寄り。
げらげらと笑うチンピラ狼その2――もとい憲二の肩を叩き、声を掛ける。

「おい」
「…あん?…ってテメェは―――」

不機嫌な声を上げて振り向いた憲二が、私の顔に驚き――

ご き ゃ っ !

「ぎゃびっ!?」

刹那、奴のマズルを強かに打ち据える私の鉄拳!
それによってあっさりと気を失った奴はそのまま突っ伏し、テーブルの天板へ鼻血の華を咲かせた。

「な!――て、テメェはあの時のライオンの女! いきなり憲二に何を――ぐぎゅっ!?」

憲二(多分、弟)へ起きた惨劇に、ようやく私の存在に気付いた憲一が声を上げるが、
その言葉を言いきらぬ内に、私の左手がマズルをがっしりと掴んだ事で悲鳴混じりの呻き声に変わる。
そして、呻き声を上げる憲一へ、私は笑みを浮かべながら

「さーて、これからお前に一つ聞きたい事があるんだがな、隣に座って良いか?」
「うぐぐぐぐっ!」
「そうかそうか、座って良いのか。ならば失礼させてもらうぞ」
「うむぐぐぐぐくっ!?」

マズルをしっかりと抑えられている為、憲一が何言っているかは分からんが、
私は了承を得たと勝手に解釈して、憲一のマズルを掴んだままその隣にどっかと座り。
腕枕をする様な形で右腕を回し、逃げられない様に憲一の右肩を掴んだ上でようやくマズルを離してやる。

「――ぶはっ、て、テメェ! 一体何のつもりだ、俺達に何の用なんだ!?」
「そうがなり立てるな、私はただお前に聞きたい事があるだけだ。大人しく話せば悪いようにしないさ……なぁ?」
「ぎっ!?……わ、分かった、大人しくする、大人しくするって」

喚き散らす憲一を黙らせる為、私は「なぁ?」の辺りで憲一の右肩を掴んでいる手に力を込める。
手の内でミシリと骨が軋む感触を感じると共に、悲痛な悲鳴を上げた憲一は喚くのをやめ、怯え混じりに聞く。

「き、聞きたい事ってなんだよ? 俺にも知ってる事と知らない事があるぞ?」
「なぁに、私が聞きたい事はそんなに難しい事じゃない。お前なら確実に知っている筈の事だ」
「なんだよ、それって……?」
「……お前達の組織――黒狼会の根城は何処だ?」
「そ、それは……!」

驚きに染まる憲一の表情。
私は憲一の胸元に付いてるバッチを指差し、話を続ける。

「そんな目立つ所に代紋付けてるって事は、知ってて当然の事だろう? さぁ、言え」
「そ、そんな事知って如何するつもりだ!? ま、まさか……」
「ふふ、そのまさかさ……それより、言うか言わないか、どっちだ?」

言って、私は憲一の右肩を掴んでいる手に更に力を込める。
憲一はギャン、と小さく悲鳴を上げた後、耳を伏せた完全に怯えきった表情で言う。

「こ、この街の中心街にあるセントラルパークタワービル、其処の1番上の階の48階から50階が俺達黒狼会の事務所だ」
「……他に、其処へ入る際に必要な物とかは? もしあれば今直ぐ寄越せ」
「そ、それは駄目だ! もし誰かに渡したらオジキに――ぎゃぁっ!? わ、分かった! 渡す、渡すから力を緩めてくれっ!」

私の更なる質問に何やら憲一が言い掛けた様だが、
肩を掴む力を強めてやると、奴はあっさりと手の平を返し、財布から1枚のカードを取り出した。
それは定期券サイズの、艶のある黒一色に金色の狼の刻印の捺されたカード。これは……?

「普段、ビルのエレベーターは構成員以外の奴が事務所へ入れないように、47階までしか上がらない様になってる。
それで、エレベーターの中にあるICポートへそのカードキーをタッチさせる事で、48階まで上がれる様になる仕組みなんだ」

なるほど、中々ハイテクな仕組みだな……道理で、森三一家の者たちが手出しを出来なかった訳だ。
こう言う手の込んだセキュリティを前にしたら、流石の彼らもお手上げだった事だろう。

「な、なぁ、事務所の場所も言ったし、ついでにこのカードキーもやるからもう勘弁してくれよ!」
「勘弁? そうだな……勘弁してやらん事もない」

言って、私は憲一の手からカードキーを引っ手繰る。
憲一の表情に一瞬だけ安堵の感情が浮かぶが、私は肩を掴んでいる手を緩ませる事なく。続けて言う。

「そう言えば、さっきお前は、弟と随分と楽しそうな話をしていたな?
なんだったっけ? 確か森三一家にひと泡吹かせたとか言っていたようだが……それ、詳しく聞かせてくれないかな?」
「な、何だよ? それって森三一家の屋敷に手榴弾を投げ込んで、それでオジキから百万貰っただけの話だよ?
けど、あんたは森三一家の人間じゃねーし関係ないだろ!? つか、何でそんな事を聞いたりするんだよ! 訳わかんねーよ!
それより、そろそろこの掴んでいる手を離してくれよ! もう話す事も話したし勘弁してくれって、なぁ!?」

余程追い込まれたのか、ベラベラと言わないで良い事まで喋る憲一。
私はその全てを聞いた後、肩を掴んでいる手の力を少しだけ緩め、笑みを浮かべて言う。

「話してくれて有難う、だが、お前に一つ言う事がある」
「……え?――」

私の言葉に憲一が疑問符を浮かべ、刹那―――

だ が し ゃ ぁ っ ! !

「――げぎゅぅっ!?」
「お前が投げ込んだ手榴弾、結構痛かったぞ?」

――私の腕によって、顔面をテーブルへ思いっきり叩きつけられる憲一、吹き飛ぶホットケーキ、ひっくり返るパフェ。
哀れ、奴は弟と同じ様にテーブルの天板に血の華を咲かせ、そのまま気を失った。
その際、彼の着ていたスーツがはだけ、その脇の辺りに忍ばせていた物体が露となる。

「おやおや、こんな物持ち歩いていたのか」

私はそう言いながら周囲を見やり、こちらに気付いている人が居ないかを確かめる。
そして周りに人気がない事(それと監視カメラの有無)を確かめた上で、
二人のスーツを大きくはだけさせ、その脇に忍ばせていたそれ――拳銃をワザと見え易い様にしておく。

「さて、良い夢見ろよ? ……尤も、その目覚めは最悪だろうがな?」

そして、私は二人へ一言言い残し、その場を去った――

※  ※  ※

「ここか……奴ら――黒狼会の根城は」

それからややあって、ここは焔の街の中心辺り。
休日の為か、やや人通りの少ない中、目の前に聳え立つセントラルパークタワービル――SPTビルとも呼ぶ――を見上げ、
私は何処か嬉しさを混じらせた独り言を漏らした。

そう言えば、さっきから何処かで響くパトカーと救急車のサイレンが喧しいが、
多分、今頃は何処かの喫茶店で意識を失っている狼の男二人組が発見されて、騒ぎになっているのだろう。
そしてその男二人を救急車へ運びこむ際、隠し持っていた拳銃か何かが見つかって大変な事になっているかもしれん。
無論、私には関係のない話だ。これから二人が警察病院へ直行し、其処でマルボウの刑事に尋問される事になっても。

まあ、そんな事はさて置き、敵の本丸はもう目の前。
こんなに心踊り血潮沸き立つ感覚は、教師になってからは久しぶりである。
この感覚、かつては一日に一度は誰かを殴り倒し、日々闘争に明け暮れていた高校生の頃を思い出す。

例えば、半殺しにされたウルフの敵討ちとばかりに、道場へ一人乗り込んで師範以下弟子全員を病院送りにしたり、
織田にセクハラをはたらいた教師を裸にひん剥いて、「この者、チカンにつき」と書いて学校の1番目立つ場所に吊るしたり、
更には対立していた暴走族のチームのヘッドと失敗=即死のチキンレース対決をやったり……。

……あの頃は、若気の至りとばかりに、随分と色々と無茶をやった物だ。

「と、思い出に耽っている暇があったら、さっさといかねばな……」

独り自嘲気に呟いた後、私は敵の本拠地へ向けて足を踏み出すのだった――

―――ぴぽっ。

小さな電子音と共に、目の前の液晶パネル上に『48F』の表示が現れる。
それは、私が手にしたカードキーを、エレベーター内のICポートへタッチさせた事による物だった。

……ヴヴゥン……

程無くして自動的にエレベーターが動き出し、目的の階まで私を運ぶ。
高速で上移動する事による床に押し付けられるような感覚と共に、窓に広がる街の景色が次第に小さくなってゆき、
やがて、地上を走る自動車の列が米粒大になった所でエレベーターが止まり、到着を合図する電子音と共にそのドアを開く。
その向こうに広がっているのは、奥まで10mほどの、装飾もへったくれもない無機質な通路。

そして、その先には、無駄に仰々しい扉と、その横に掲げられた『黒狼会』と彫られた大理石製の表札。
扉の両脇には、恐らく見張りか何かだろう、それぞれ木刀片手に暇そうに佇む犬と人間の男二人。

「……ビンゴ」

――確かに其処は、黒狼会の本部と見て間違いなかった。
その事に思わず声を上げて笑い出したくなるのを何とか堪えた私は、煙草を床へ吹き捨て堂々と通路へ踏み出す。
無論の事、数歩歩いた所で見張りの男達がこちらに気付き、その内の犬の方が不機嫌そうな顔でこちらへ歩み寄り、言う。

「おい、ねーちゃん。どうやってここまで来たか知らんが、ここは一般人の立ち入り――」
「まかり通る」

ごっ!

――が、その台詞を言いきる前に、
私が一言と共に放った獅子パンチに顔面を強かに打ち据えられ、男は悲鳴を上げる暇もなく崩れ落ちた。

「なっ、おい、テメェ―――」

ばぐんっ!

「――げふっ……!?」

無論、目の前で起きた事に、人間のほうも驚き混じりに声を上げるが、
彼もまた、私が問答無用で放った裏拳の一撃であっさりと意識を刈り取られ、その場に崩れ落ちる。
……所詮は安全な場所を守る門番か。なんら大した事ない……。

「……そうだ、ついでにこれを貰っていくとしよう」

ふと思いついた私は、まるでフリーペーパーでも取るかのようなノリで、床に転がる男から木刀を取り上げる。
どうせこいつらに使われていても対して役に立てないのだ、ならば私が使ってやった方が木刀としても幸せだろう。
……さてと、後は……

ド ガ ァ ッ ! !

おもむろに全身の力を込めて、目の前の扉を思いっきり蹴りつける!
重厚な作りの筈の扉は、ベニヤ板を蹴った様に簡単に内側へ折れ曲がりながら吹き飛び、凄まじい音を立てた。
――うーむ、どうやら思ったより安普請な作りだった様で……。

……しーん……

扉の向こうの事務所のオフィス様な空間では、私を除く全員が、その場に凍り付いていた。
私の前に居並ぶその顔の全てが、突然の事による驚愕と戸惑いの色をたたえている。
ゆっくりと、私は居並ぶ顔を観察する様に視線を巡らせた後,、言う。

「よう、ここが黒狼会の事務所だな?」
「……な、なんだテメェ! どうやってここまで来やがった! 見張りは―――」

一瞬ほどの間を置いて、真っ先に我に返った狐の男が尻尾を立てて何やら喚きながら突っかかってくる。

ばきゃっ!

「――ぐぎゃっ!?」

――が、その台詞を言いきる間も無く、
私が無言で振るった木刀の一撃で顎を打ち据えられ、あっさりと昏倒し床に倒れ込む。
そして、私はその狐の頭を足蹴にしつつ、驚きの表情を浮かべるその場の全員へ向けて言い放つ。

「とある義によって、貴様らの根城に殴り込みに来た。獅子宮 怜子だ!
今からここは修羅場と変わる。妻子ある者、痛い目見たくない者は今直ぐこの場から立ち去るがいい!」

私の名乗りに静まり返る事務所。そして――

「殴り込みだとぉ!」
「女たった独りで良い度胸じゃねーか!」
「へっ、飛んで火に入る夏の虫じゃねーか。たっぷりマワされてーみてーだな!」

口々に言いながら、事務所に居た構成員たちがドスを抜き放ち、或いは両手の指を鳴らしながら私の方へ寄って来る。
その数は6人ほど。その身のこなし、様子から見て、何処から見ても無用心で尚且つ隙がありまくり。
ぱっと見でも隙といっていい隙がなかった森三一家の者達とは全然大違いである。
だが、私は念には念をと、後ろ手でポケットに忍ばせていたある物のピンを引き抜き、

「ほら、これを見ろ」
『あ?』

言って、ちょうど構成員たちの視線が集中する空間へ、"それ"をぽいと軽く投げる。
私の言葉に釣られて、宙に舞う"それ"を、間抜けな表情で眺める構成員たち、刹那―――

パシュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!

太陽光を何倍にも強烈にした様な閃光が、事務所を白一色へと染め上げる!
其処彼処で上がる構成員たちの驚愕の声と、閃光で目を灼(や)かれた事による悲鳴。
これは以前、現社のテストの点に心づけする見返りに、学園のある生徒から貰い受けた、閃光玉による物である。
しかし、ここまで強烈とは私自身思っても見なかった。危うく閃光を直視してしまう所だった。
無論、この閃光玉によって作り出された隙を見逃す筈もなく、私は即座に動き出す。

ゴキッ!

「ぎっ!?」

先ず一人目、不用意に私の一番近くへ寄ってきてたパンチパーマの人間。
閃光に目を灼かれ、戸惑っているその顎目掛けての木刀の一撃で、口から血と共に白い物を何個か飛び散らせて昏倒する。

「うわわわっ、来るなっ、来るなっ――」

ズドッ!

「――ぐほっ!?」

次、二人目、パンチパーマの隣に居たスーツ姿のネコ。
視界を奪われ、闇雲にドスを振り回している懐へ潜り込み、鳩尾へ木刀の柄尻の一撃、これもあっさり崩れ落ちる。
――連中、思った以上に根性が無い。こうも殆ど一撃で倒されていては面白みが―――

「――っ!?」

刹那、刺すような殺気を感じ取り、私は咄嗟に横へ跳ぶ。
その直後、何かが風切り音を立てて空気を薙ぎ、私の肩を掠めて過ぎた!
まさか、閃光が効いていない奴が!? 更に横へ跳んで間合いを取って、その姿を確認する。

「ちぃ! ヘンな物使いやがって!」

其処に居たのは両手に長ドスを構えた、グラサンを付けた犬の男。
なるほど、グラサンを付けていれば閃光の効果も対して効きはしないか。
だが、見ればこの場でグラサンを付けているのは、この犬の男一人だけ。ならば話は早い。

「死ねやこのクソアマァッ!」

正眼の構えから大きく長ドスを振り上げ、咆哮しつつ襲い掛かるグラサン犬。
だが、こんな見え見えな攻撃が私に当る筈も無く――

「残念、隙が大きすぎる」
「――なっ!?」

ドゴッ!

右足を軸に、身体を半回転する最小限の動きで斬撃を回避。攻撃を避けられ驚きの声を上げる男。
その直後にカウンターで放った突きに額を打たれ、男は悲鳴を上げる事も無く仰向けに倒れ伏す。
――良し、これでこの場に残るは後三人。私が更なる行動に出ようとしたその矢先――

「なんや、さっきから何の騒ぎや!?」

声は唐突に、事務所の奥から聞こえた!
しかし、それに私が反応するより早く、声を上げたのはその場の構成員。

「く、組長! 森三一家の者の殴り込みです!」
「相手は一人ですが、おかしな物を使われて、既に仲間の何人かやられて……!」
「しかし、まさか直接乗りこんでくるとは……!」
「何やっとるんやお前らは!」

事務所奥の扉の前で、構成員へ向けて怒声を上げるそいつ。
一瞬、その太った姿から狸の様に見えたが、良く見ればそれは恰幅の良すぎる狼の中年男だった。
その身に着けている高級そうなスーツに高価そうな腕時計、そして構成員が「組長」と呼んでいる所から見て、
こいつが黒狼会のトップである事は間違い無いだろう。

中年男は構成員たちへ面白くなさそうな眼差しを投げ掛けた後、尻尾を立てながら私の方へ向き直り、

「あんたか? うちん組にカチ込みかけてきたんは。女だてらにええ度胸やな!」
「……お前がこの黒狼会のトップか?」
「そーや、黒狼会組長、田宮 憲十郎(たみや けんじゅうろう)。ワイこそがここのトップや!」

私の念の為の問い掛けに、無意味に胸を張って宣言する中年男――もとい、憲十郎。
ぶくぶくと太った見た目といい、態度の無駄なデカさといい、この男……悲しいくらいに三流である、それも掛け値なしの。
幼いながらも風格を兼ね備えた森三一家の若頭のゆみみに比べれば、この中年男は小物と言っても良かった。

「そういや、ここは専用のカードキーがなけりゃあ、誰も上がってこれん筈や。
あんた、どうやってここまで上がってこれてん、何かの裏技でもつこうたんか?」
「ああ、それか……これを使った」
「なっ、そ、それは!?」

憲十郎の問い掛けに、私は答えながらポケットからカードキーを取りだし、見せる。
それを見るや、憲十郎は驚きに頭の体毛を逆立て、

「それは息子の憲一に預けたカードキー!? 何であんたがそれをもっとるんや!」
「ん? ああ、お前の息子だったのか? 憲一と憲二って奴は」
「そ、そーや!」

なるほど、良く見れば三流っぽい目つきといい、小物っぽい素振りといい、
確かにあの二人と、この憲十郎との血の繋がりを感じさせるな。納得。

「うちの息子が、カードキーを他人へホイホイと渡す事あらへんし……息子に何しおったんや!」
「お前の息子達だったら、今頃は警察じゃないか? 多分、持ち歩いてる拳銃でも見つかったんだろう、可哀想に」
「な、なんやてっ!?」

私の言葉に驚きの声を上げる憲十郎、
しかし直ぐに口角を不敵な笑みへ吊り上げ、言う。

「ま…まあええ、あいつらも一度は、ブタ箱に入る経験くらいした方が良いと思ってたとこや、それは良いとしよ。
所で、あんた多分、森三一家の者やと思うが、こないな所で油売っててええんかな?」
「何……?」

憲十郎の言葉に、眉根を寄せた私は思わず小さく声を漏らす。
その様子に気を良くしたのか、憲十郎は更に口角を吊り上げ牙をにっと見せて続ける。

「今頃は、うちの部下200人がお前らの屋敷を潰しに掛かってる所や。
こない所で遊んどる前に、はよう仲間を助けに行った方が良いんちゃうんか? といってるんや」
「なん……だと……?」

憲十郎の言ったその言葉に、思わず口から掠れた言葉を漏らす私。
無論、これはその場凌ぎのただの口からの出任せ、と言う可能性も否定できないのだが、
よくよく思い出してみれば、喫茶店で叩きのめしたあの二人の内の片方が、確かこう言っていたのだ。
『それに朝、オジキが今日で決着付けるって言ってたし、奴等も数に磨り潰されてお仕舞いだ――』
もしこの言葉が正しければ、恐らく今頃は……。

「ワイは寛大や。ここは見逃したるさかい、助けに行くなら今の内やでぇ?」
「…………」

ニヤニヤとねちっこい笑みを浮かべ、選択を迫る憲十郎。
私は何も言わず暫し考えた後、キッと彼の顔を見据え、言い放つ!

「だが断る!」
「なっ……何ィッ!? おまっ、仲間を助けたくないんか!?」

よもや断られるとは思ってもなかったらしく、憲十郎は思いっきり血相を変えてがなり立てる。
しかし私は何処吹く風と、憲十郎の慌てふためく顔を真っ向から見据え、淡々と言ってやる。

「……言っておくが、私は森三一家の衆じゃない、森三一家に一晩世話になっただけのただの通りすがりの教師だ。
それに、お前等の様な烏合の衆が幾ら来た所で、彼らを何とか出来る筈がないと確信しているんだ。私は。
だから、助けに行く必要はない、という事だ……分かったか? タヌキ親父」
「ぐっ、くッ……この、このアマぁっ! 言うに事欠いて人が一番気にしとる事を言いおってからにっ!」

気にしていたのか。なら痩せろ。

「女やから見逃してやろうと思ったがもう許さん、おい、出てこい!」

憲十郎の呼びかけに、事務所奥の扉からゾロゾロと出てくるガラの宜しくなさそうな連中。その数はざっと十数名ほど。
……ぬぬ、森三一家の屋敷へ部下を大量に差し向けておきながら、まだこんなに居るのか?
三流悪役の割に人望は厚い様である。

「お呼びでしょうか? 組長。なにやら騒がしかった様ですが……」
「おう、お前ら! よう来たな。早速だがこの女は殴り込みや、ぶっ殺せ!」
『え? オ、オウッ!』

憲十郎の命令に、訳も分からぬまま戸惑いながら戦闘体勢に入る構成員たち。
そして、命令するだけ命令すると、憲十郎は彼らが出てきた事務所奥の扉へ走る。
こいつ、まさか――

「逃げる気か!」
「へっ、戦術的撤退や! お前ら、後は任せたで!」
「オウッ!」

無論、私は直ぐ様、逃げる憲十郎を追おうとする物の、
其処を雑魚が立ち塞がって来た為、それも叶わず憲十郎は扉の向こうへと消える。
ちッ、こうなる事だったら、有無を言わさず倒しておけば良かったか?

「そぉれっ!」

ブォンッ!!

手にした"事務所の椅子"を、おもむろに向かってくる構成員たちへ向けてブン投げた!

「なっ、でわわわわっ!?」

どがしゃぁあんッ!!

無論の事ながら、こちらへ向かっている所へ飛来してきた椅子を避けきれる筈もなく、
一番先頭に居た兎の男へ椅子が直撃、その後ろに居た哀れな数名を巻き込みながら、派手な音を立てて吹き飛んだ!
椅子、といってもパイプ椅子の様な物ではなく、職員室等で使われている様な高さの調節可能な重たい代物である。
なので投げ付ければご覧の通り。だが、私の様に腕力に相当の自信がなければ到底出来ないので真似しない様に。

「な、なぁっ!?」

目の前で仲間に起きた事に、思わず驚きうろたえる構成員たち。
そうしている間に私は次の椅子に手に掛け、それもまた思いっきりブン投げる!

どぐらがしゃぁああん!

うろたえて動き止めた所のこれである。当然避けれる筈もなく、周りの不運な数名を巻き込んで吹き飛び、倒れ伏す。
……卑怯という事なかれ。相手の数が多い以上は、これもまた立派な作戦である。
そうやって、更にもう一回投げるべく椅子に手を掛けた矢先――

「動くなっ、女! これが見えねぇか!?」

掛かった声に振り向けば、其処には両手に拳銃を構えた犬の男。
うーむ、拳銃まで持ち出すとは、ついに形振り構わなくなったか……と、そうなるまで暴れた私にも原因はあるか。
まぁ、そう出てくるならば、私にもそれなりのやり方がある。

「へ、へへ、撃たれたかぁなかったら、大人しく両手を上げて俺達の言う事聞くんだぜ?」

拳銃を出したことで、すっかり勝ったつもりになっているのか、犬の男は尻尾をぶんぶか振って言う。
しかし、無論の事だが、私が素直に指示に従う筈もなく、そのままある場所で身を屈め……。

「ほーら、撃ったら仲間に当るぞー」
「――なっ!?」

其処に倒れていた狐の男の後ろ首をおもむろに掴み上げ、そのまま私の前に掲げる事で拳銃に対する盾とする。
そんな私の行動に、周りの構成員の間で動揺が広がって行くのが良く分かる。
――これぞ秘技、他人シールド! 良い子は決して真似するなよ?

「う、うあぁぁぁぁっ!? やめ、やめてくれぇぇっ!?」

――と、どうやら狐の男は死んだフリしていたらしく、盾にされると気付くや、じたばたともがいて悲鳴を上げる。
これは少し予想外だったが。これもこれで私の予想している効果に一役かっているので問題はない。

「くッ、こ、こいつっ!」
「バ、バカッ、止めろ! 幸平を殺す気か!?」
「だ、だがっ! この場合、如何すりゃ良いんだよっ!?」

そして私の予想していた通りに始まる、撃つ・撃たないでの仲間割れ。
ヤクザとは言えど所詮は理性を持つヒトである、余程の覚悟がない限りは仲間諸共撃つ、なんて真似は到底出来ない。
そう、私はこの効果を見越して他人シールドを使ったのだ。別に血が見たいからやった訳じゃないぞ?
それにこの他人シールド、良く見れば服の下にボディアーマーを着ているので、例え撃たれたとしてもまぁ大丈夫だろう。

「良かったな? 皆が仲間想いで」
「へ?」

相手が撃つのを躊躇している所で、私はじたばたともがく狐の耳元へ一言呟く、
はたと動きを止めて疑問符を浮かべる狐。彼がその意図に気付く間も無く――

「そぉれっ、逝ってこい!」
「――え、ちょっ、うわぁぁぁぁぁっ!?!?」
『ど、どえぇぇぇぇぇぇっ!?』

どぐわしゃぁぁぁぁんっ!!

私の豪快なピッチによって、狐は他人シールドから他人ミサイルへと進化を果たし、悲鳴と共に仲間達の元へ一直線!
そして見事、撃つ・撃たないで仲間割れをしていた数名を巻き込み、パソコンやら文房具やら巻き散らしながら吹き飛んだ。
だが、それを確認するまでも無く、私は既に次の行動へと移っていた。

「はぁっ!」
「んなっ!?――ぐぎゅっ!?」

――駆け抜け様に置いていた木刀を拾い上げ。
他人シールドから他人ミサイルへの流れに、思わずうろたえ動きを止めている鼬の男へ跳び蹴り一発!
つま先が見事に鼬の顔面を捉え、彼は踏まれた蟇蛙の様な声を上げて沈黙する。

「て、てめっ!――ぐぇ!」

その横に居た馬の男が何とかそれに反応し、咄嗟に私へ長ドスを袈裟懸けに振るうが、
隙ありまくりの動作で放たれた斬撃が当る訳が無く、逆にカウンターで放たれた木刀の一撃に顎を打たれ、
あっさりと彼は脳震盪を起こし、その場に崩れ落ちる。それを横目に確認した私は、更なる行動に移ろうとして―――

「――!」
「死ねやオラァッ!!」

唐突に感じる背中の嫌な違和感、一瞬止まる私の動き。
それを見逃さなかった熊の男が、電気警棒を振り上げて襲い掛かる!
数万ボルトの電圧が流れる警棒だ、当ればただでは済まない。

「くっ!」

ガッ!

「――んなっ!?」

しかし、私は咄嗟に木刀の切っ先を警棒の柄へ突き当てる事で、攻撃をあらぬ方へ弾く!
攻撃を防がれた驚きの声と共に、大きく体勢を崩す熊の男。

「げぐぅっ!?」

――その次の瞬間、私の放った後ろ回し蹴りがその顔面をまともに捉え、
熊の男は鼻血やら折れた歯やらを巻き散らしながら、後ろの机を巻きこみ、派手にぶっ倒れた。

「……さて」

――ここまでやった所で残る敵はあと数人。
その何れもが――今までの私の大暴れによってすっかり戦意を喪失し、尻尾を垂らして怯えた眼差しを向けている。
私はにやりと笑みを浮かべ、遠巻きにこちらの様子を伺う彼らへ向けて言い放つ。

「私はまだ暴れ足りないんだがな……まだ闘るか?」


――長い、長い無人の階段を、私は尻尾をなびかせて一足跳びに駆け上がる。
事務所の敵を黙らせた後、憲十郎が消えた奥の扉へと入った私を待っていたのは、次の階へと続く階段。
どうやら、事務所のあった48階から先は、次の階層へはエレベーターではなく階段で昇って行く構造になっているらしい、
あの太った身体ではこの階段はきついだろうに、何を考えてこんな構造にしたのやら……。

とか考えている内に、私は階段の一番上の踊り場へと到着する。
そのコンクリート打ちっぱなしの壁に49Fと書かれており、更に両開きの扉以外は次の階へ上がる階段が無い所から見て、
この階から50階へと通じる階段は、また別の場所にあると見て良いのだろう。……何ともまあしち面倒臭い構造である。
まぁ、そんなくだらん事考えているより、先ずは街のゴミ掃除の大詰めと行くべきか、

「はっ!」

が こ ぉ っ !!

事務所の扉の時と同じく、私の全体重を掛けた蹴りで吹き飛ぶ49階の扉。
その向こうへと踏み出そうとして――私は思わず足を止める。

――扉の向こうに広がっていた物、それは闇色に塗り潰された光景だった。
室内灯を全部消灯しているばかりか、窓と言う窓には分厚いカーテンか何かで日が入るのを完全に防いでいるらしく、
おかげで、外にはまだ太陽が照っている時刻にも関わらず、部屋は一寸先すら見えない闇と化していた。
……やれやれ、この期に及んで、あのタヌキ親父は闇討ちでもしようかと言うハラなのだろうか? 全く、笑わせる。

しかし、それならば開けた途端に攻撃が来ても良いのだが――それもないのは妙である。

「――どうやら、来たようやな」

疑問に思いながら足を一歩踏み出した所で、闇の奥から聞こえてきた声は、憲十郎の物。

「ここまで来たって事は、下の階の連中を全員倒したって事やな?」
「ああ、来てやったぞ。案外不甲斐ない連中で苦労しなかったよ」

私のその言葉に応える様に、室内の非常灯が灯り、スポットライトの様に憲十郎の姿を映し出す。
その表情は、追い詰められた者が浮かべる物ではなく、飽くまで勝利を確信した余裕の笑み。

「女たった一人でようやると誉めてやるわ。けどな、あんたの活躍もここまでや」
「ほう? 随分と大きく出たな……お前一人で私を倒せると、本気で思って言ってるのか?」
「いいや、ワイ一人では勝てんとは思ってる」

尻尾を左右に振りながらの憲十郎の返答に、思わず尻尾をくねらせ眉をひそめる私。
そして、彼は余裕の笑みのまま、更に続ける。

「だが、これならば話は別や!」
「――?!」

その言葉と同時に、部屋の全ての室内灯が点灯され、更に窓に掛かっていたカーテンが開かれる!
明かりに照らし出されたのは、その数はゆうに100人以上は居ようかと言う、木刀などで武装した構成員達の姿!

「本当は、こいつらは森三一家殲滅の後詰め部隊として置いといた連中やけど、
あんたがここまで頑張るとは思うても居なかったからな、急遽、使う事にさせてもらったわ」

なるほど、この期に及んでこいつが余裕綽々だったのは、これがあったからか……。
つくづく思う、こんなタヌキ親父の何処にそんな人望があるのか?
……いや、こいつらも多分、金で雇われた連中といったところか……

「んっふっふっふっふ、ビビッたやろ? ビビッたやろ? 
あんたが幾ら強うても、この人数相手じゃ流石にもたへんと思うで?
わいに謝るんやったら今の内や。今やったら部下たちの慰み物にするだけで勘弁してやるで?」

完全に勝利を確認しているらしく、にたにたとねちっこい笑みを浮かべて言う憲十郎。
だが、私は周囲を一瞥した後、ふん、と鼻を鳴らし、憲十郎を嘲り笑う様に言う。

「だから如何した?」
「なにっ!?」
「烏合の衆を幾ら集めた所で、所詮は烏合の衆である事は何ら変わらん。
……もし私を本気で何とかしたいと思うなら、少なくともこの三倍は連れてきてもらわんとな!」
「ぐっ、く、く、くっ!! こ、このアマぁっ!」

私の切った啖呵に、全身の毛を思いっきり怒りに逆立て、身体を震わせ始める憲十郎。
そして、私をビシィっと指差し、牙を剥き出しにして叫ぶ。

「もうええ! お前らっ、この女をもう二度と立ちあがれんくらいコテンパンにいてこましたれ!」
『おうっ!!』

憲十郎の号令に、一斉に動き出す構成員たち。無論、それと同時に私も動き出している。
先ほどの事務所と違い、ここは机などの障害物が一切無いだだっ広いフロアである。
よって、必然的に一対多数の厳しい戦いを強いられる事となる。

――しかし、それはある程度、統制の取れた集団を相手にすればの話。
見た所、彼らの動きからして、恐らく彼らの殆どはここ最近、ひと山幾らで雇われたばかりのチンピラであろう。
その証拠に、向かって来ている集団の其処彼処では、既に仲間同士による押し合い圧し合いが起きている。
おまけに、多分流れ弾による同士討ちを恐れて憲十郎が持たせなかったのか、拳銃を持っている者は殆ど居ない。
……これならば私にもまだまだやりようと言う物がある!

「死ねぇっ!」

早速、襲い掛かってきたパンチパーマのやたらと大振りなドスの斬撃を避け、
そのがら空きの鳩尾へ木刀の一撃、ぐらりと崩れ落ちる身体を後ろの構成員たちへ押し付けるように蹴り出す。
そして、それに巻きこまれて足並みが乱れた一群へ目掛け、私は尻尾をなびかせ駆ける。

「はぁっ!せいっ!やっ!」

掛け声三発、それに合わせ木刀が唸り、拳が風を裂き、足刀が弧を描く!
其処から数秒の間を置いて、力なく崩れ落ち、或いは吹き飛ばされ、また或いは床に倒れ伏す構成員たち。

『うおぉぉぉぉっ!!!』

しかし、それを悠長に眺めている間も無く、
後ろから、左右から、また前方からのそれぞれ犬、鹿、羊の三人による多方向からの同時攻撃が迫る!

――って、あれっ!?」

――が、その攻撃が命中するその前に、私は前方の犬の肩を足がかりに上方へ一気に跳躍!
彼らにしてみれば、唐突に私の姿が掻き消えた様に見えた事だろう。
そして、彼らがそれに気付く間も無く――

がっ! ごっ! どがっ!

右のつま先が、木刀の切っ先が、最後に着地しざまに放った裏拳が、
それぞれ犬の男の顔面、鹿の男の額、羊の男の右頬を捉え、彼らの意識を刈り取る!

「よぉしっ、捕まえたぜ!」
「これで終わりだぜ、女!」
「――っ!」

――が、しかし、その着地の際の僅かな隙を突かれたらしく。
私は何時の間にか近付いていた二人の男によって両脇を固められ、身動きが取れなくなってしまう! 
無論、そのチャンスを逃すまいと武器を振り上げ、前方から迫り来る構成員たち!
勝利を確信し、笑みを深める両脇を固めた男たち。

「なっ…!?」
「うぇ…!?」

――だがその笑みは、即座に驚愕と戸惑いの物へと取って変わる。
即座に木刀を床へ落し、身体を仰け反らせつつ無理やり腕を動かした私の手が、
男二人の頭をがっしりと掴んだ事によって。

「な、め、る、なっ!!」
『うわぁぁぁっ!?』

私は怒りと気迫を込めた咆哮と共に、両腕と背筋へあらん限りの力を込めて、男二人を前方へと投げとばす!
男二人は悲鳴とともに見事な一回転を披露しつつ、前方で私を攻撃しようとしていた構成員たちを巻き添えにして吹っ飛んだ。
しかしそれを確認する間も無く、私は直ぐ様に床に落した木刀を拾い上げ、次の行動へと――

「――!?」

唐突に全身を駆け巡る背中の激しい痛み! 思わず止まる私の動き!
背中の痛み――恐らく、これはゆみみを庇った時に受けた傷か!――

「殺(と)ったぁっ!」

其処を狙った様に、叫びを上げて突進してくるドスを構えた猪の男!

「――くっ!」

痛みの走る身体を無理やり動かし、私は突進してくる猪の攻撃を受け流す様に間一髪で回避。
それによって泳いだ猪の身体の後ろへと周り込み、がら空きの後ろ頭へと手刀を一撃する!

「ぐべっ!?」

変な声漏らし、ぐらりと崩れ落ちる猪の身体。
それを迫りつつある構成員たちへの牽制の為にヤクザキックで蹴りだし、その反動で後ろへと跳んで間合いをとる私。
――途端にズキリと脇腹に走る鋭い痛み、見ればその部分の服が横に裂け、其処を中心に紅い染みが滲み始めていた。
……どうやら、あの猪の攻撃を避けたつもりが、僅かに回避が遅れてドスが脇腹を掠ったらしい。

「ちっ、どうやら……少し分が悪くなったか……」

ずきずきと疼く背中と脇腹の痛み。それを堪えながらぼやきを漏らした私は、ゆっくりと前方へと向き直る。
周囲を囲む構成員達の、戦意にまだまだ満ちている姿を前に、私は苦しい戦いになる事を予感した。

―――――――――――【結?】へ続く――――――――――――