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E判定クラブ


春風に誘われて桜が香ってきそうな、そんなあたたかな日和。
午後の授業も半ばを過ぎた四時に登校してきた不良が居た。
ガラガラ、と教室の後ろ側の戸があき、
息を切らせた褐色の馬が黒いタテガミをワサつかせて闖入してきたかと思うと、
誰に聞かせるでもなく一言。

「イヤーまいったまいった。もう春休み終わってたんだな!誰か教えろや!
普通に何日かスルーしちまったじゃねーか」

その嘶きは、不良というより、何処かの馬の骨。塚本である。
教室中がざわざわクスクス。
焦って登校してきたらしいが。ならば何故四時。
会議などであえて進行を遅らせる能動的ストのような行いを牛歩戦術などというが、
馬も場合によっては結構遅いようで。
そんなちょっぴり問題児風味の生徒の相手も、帆崎先生はお手ものだ。

「どうどう、落ち着け塚本。とりあえず授業終わるまで座ってろ。
そして放課後に職員室来い。反省文たっぷり書かせてやるから」
「えーマジかー、文才付いちまうよ」
「むしろ付けろ。で、ピアスは外せな」
「透ピは?」
「許可はしない。が、最近チョークの粉の吸いすぎで鼻炎とかすみ目がひどくてな。
透明だと俺には見えないかもしれない」
「アザッす!」

反抗心旺盛な困ったチャンを扱うには、ちょっとだけ譲歩してやるのがミソ。
頑固親父とヤンチャ兄貴を持つと身に付く処世術だ。
次男はもっとも神経を使うポジションです。たぶん。
塚本は窓側後方のいわゆる不良席にどっかと座り、
座ったは良いがすべての教科書をロッカーに詰めて休みを過ごしたことに思い至り、
のろのろと立ち上がって教室後方不良席の更に後ろに位置するロッカーを漁るのだった。
結局見つからず、RPGなら装備画面で“すで”と表示される状態のまま再度着席。
肝心の武器はなかったが、アクセサリーだけは銀のピアスから透明ピアスに。
銀のピアスの装備効果は睡眠防止だったのだろうか、
帆崎先生の古文が睡魔の呪文に聞こえ始める。
ピアスを付け替えた塚本がぐっすり眠り、
真面目のまー子をこじらせた委員長がウサ耳いからせて起こそうとしたが、
その本来なら賞賛に値する行いを「起こすな」の一言で帆崎先生が制し、
授業は恙無く(つつがなく)進行したのであった。

キリーツ、キオツケー、レー、チャッセケー。
と同時にピクリと塚本の耳が動く。
安っぽい透明ピアスが牧場の管理タグみたいに見える耳をぐるりと回し、
周辺の雑音をキャッチ。
授業の完結を察知し、しばらく寝たフリ続行。
教師の声がしなくなったのを確認してやっと目を開けた。
へっへっへ、寝かしといたまま放置してくれるなんて、ザッキーも鈍ったな。
とか考えながら開いた目線がとらえたのは、
机に突っ伏していた塚本の頭上約五十センチに、
クナイを掲げた帆崎先生のバストアップ(豊胸では無く構図のこと)。

「ちょっ、ま」

塚本がマジかよ、もしくは待てよ、と言葉を継ぐ前にザッキーは手を放した。
落下するクナイ!
必死の形相で回避に転じる塚本!
笑むザッキー(やってることはドS。だが本質はMだろう)!
二人の攻防に冷ややかな視線を送るクラスメイトたち!
クナイの持つ野獣の牙にも似た冷たい輝きは、
かつて草原を駆け巡り弱肉強食の法則に食まれた先祖の恐怖を塚本に想起させ、
過剰なくらいの挙動をとらせた。がたーん!と壮絶に転倒。
一方、標的に逃れられたクナイは、
“カッ”とかいう描き文字と共に深々と刺さるのがセオリーだが、
帆崎先生が落としたのは何かの機会に使ったコスプレ用の似非クナイだったので、
中空の樹脂性特有の“ポコン”という、
描き文字どころかミリペンで消え入りそうな感じに書いておけばよさそうな、
まぬけた音を立てて机に着地した。

「やるな塚本。奥義“居眠り学生を懲らしめるイタズラのために、
授業の終了を全員に装わせる術”を避けるとは」

こんなだから起立、気をつけ、礼、着席が棒読みだったのだ。
さすがわが教え子だ、うんうん。とか言いつつクナイをくるくる尻尾をゆらゆら。

「じゃ、今日の授業シュウリョー。反省文は……いいや、黒板消しとけ、罰ゲーム代わり」

授業は恙無く終了した。床で唸る塚本を除いて。

放課後、黒板を適当かつ乱雑に消した後。
愛々傘を描いて左にザッキー右にヨハンと書いてから、うほっ、と傘上のハートに書く。
学生時代からの同期らしいからな、ありえるありえる。くくく。
やだ塚本なに書いてんのよマジウケルンデスケドアハハなんというブラクラ彼らは多分おいしくないわ。 
ハルカと萌とリオとリンゴの四人組が、
黒板の落書きにたいするコメントを口々に残しつつ通り過ぎる。
奴らデキてんだオモレーだろブラクラって何さっき食べたでしょ、と塚本も軽く応対。
改心の出来となったイタズラ書きに満足げに頷き、教室後方の自分の席に戻って、
机の中に何かが入っていることにはじめて気づいた。
それは自分のフルネームが書かれた封筒だった。
が、恋文ではないかというような期待は微塵も抱けない印刷で宛名が書かれた、
明らかに書類じみた内容物が詰まったでかい茶封筒であった。
近くの席にカルカンがまだ残っていたので、遠慮なく聞く。

「なーカルカン。この封筒なんだ?お前ももらった?」
「ケッ、あたりまえだろうが馬鹿、それは前に受けた大学入試模試の結果だ。
テメーが休んでるうちに配られたんだ。まあ馬鹿には関係ない代物だろうな」
「ふーん、そっか」

ツンツンした態度だが、いつもどおりのカルカンなので華麗にスルー。
というか休みが明けてもカルカンはカルカンだったので、なんだか安心。
妙に余裕ぶっていたら、休み中にDT(=童貞)を捨てた線が濃厚。という思考回路。

安心したところへ教室のドアが開く音が響いた。
クラスのコワモテキング、ヨロイトカゲの猛だった。
猛からは塚本にも分かるくらいタバコっぽいにおひが漂っており、
授業をフケてニコチン補給していたのがバレバレだ。

「ハルカー、帰ろーぜー」

猛はそう言うと何にも入っていない鞄をプラプラさせながら教室を見渡し。
「ハルカ、さっき帰ったぞ」と告げる塚本と目が合った。

「おー、馬面。お前、学校コネーから、退学になったんだと思ってた」
「うるせーわキングオブコワモテ。ちょっとばかし忘れてただけだ」
「忘れてたってお前な……俺でさえ始業式の日から来てんだぜ」
「俺バイトしてて、マジでがっこ始まってんの気づいてなかったんだよ。
猛にはマジメな嫁がいるからいいよなー」
「うらやましいか」

へへへ、と猛が笑う。
ちなみに猛の彼女はハルカという猫のこだ。さっきの四人のひとり。
でもって、彼女欲しい暦が中々に長い塚本にとって、
猛の照れ笑いはただただ憎いスマイルゼロ円であった。
だから、悔し紛れにぼそりと。

「あんなカーちゃん染みた女いらねーわ」
「あん?今何つったよ塚本」

やば、聞かれてしまった。
塚本は瞬時に言い訳をこしらえた。

「って、さっきカルカンが言ってたんだぜ」
「カルカン、ちょっと顔かせ」
「な?!」と寝耳に水でカルカンが叫んだ。

カルカンは一瞬何か言いたげに口を開いたが、猛の凶悪な怒髪天面を見るや、
とるものもとらず脱兎の如く駆け出した。
早送りでみる東映怪獣映画みたいな雰囲気で猛が追いかけ、
彼らが廊下へ躍り出ると教室は静寂に包まれた。
……ま、あれだ。猛には明日謝ろう。カルカンはいいや。
塚本はこまけぇこたいいんだよグリーンだよと心の中で唱えて、
起こってしまった惨事を忘れることにした。

「おーい。ライダー、来栖、ちょっと来いや」

塚本が鎌田と来栖を呼びつける。
塚本に向き直る前に、お互いの席に目をやる鎌田と来栖。
どちらからとも無く、またはじまったな、というため息めいたアイコンタクト。
来栖はともかく、顔面に表情の現れにくい(外骨格だから)鎌田まで、
クラスメイトの誰が見ても分かるほど確実にあきれていた。
春の陽気に誘われて羽化するように“歩くユニクロ”をやめた鎌田だが、
塚本が鎌田と来栖を揃えて呼ぶときは必ず訳の分からない集団行動に参画させられるので、
嫌さが滲み出たのか着膨れしたうえ寒さで死に掛かっていた真冬よりも緩慢な動きで、
塚本に向き直った。
ぎぎぎ、と虫人の外骨格がきしみそうな動きだ。
バッタの虫人が見れば狩りをしていると勘違いして、
バイクに乗って逃げ出したかもしれない。ごめんなさい石森プロ。
幸いにして放課後の教室に草食系虫人は居なかった。
「鎌田って肉食だけど癒し系だよな!ところで冬将軍という奴を見なかったか!」
とは同学園に通う草食(いや…樹液食?)の虫人男子の言である。
一方の来栖はというと、鎌田と目線であきれあったあと、塚本に振り向きもせず。
塚本に呼ばれるまで読んでいた難しそうな本に改めて視線を落としていた。
言外の「いま忙しいんです」アピール。
塚本は振り向いた鎌田に歯茎むき出しの暑苦しいスマイルゼロ円、
シカトの鹿に目玉ひん剥いてガン飛ばし。

「をいをい、そんな態度とって良いのか子鹿ちゃんよー。
ツタヤで巨乳モノ大量に借りてたのクラス中にばらしちゃうぞ」
「はあ?!そんなもん借りてねー!」
「半額デイだからって一泊二日で六本はありえないわー。
え、二本で一本分の値段でしょ?でも、一本で何本かなんかするんでしょ?
三本の値段で六本の映像を仕入れて六かける何本かナニかするんでしょ?一泊二日で。
あ、DVDに焼くのか。なるほどね」
「嘘つくなって!」

サイテーの猥談だが、塚本は女子が居なくなったのを確認した上でしゃべっている。
モテタイ願望の権化に死角は無かった。
教室に残っていたクラスメイトの視線が、ちょっとだけ来栖に向く。
別に来栖がAV借りたという話を信じての視線ではなく、
毎度毎度塚本に絡まれて大変だな来栖も、なんで友達やってんだろ、
といったニュアンスの視線だったが、
いたたまれなくなった来栖はやっと立ち上がって塚本の席に歩み寄った。
鹿馬螂の集結である。

「なんの用だ、まったく」
「新入生にガン飛ばしてトラウマ植え付け大会なら参加しないよ?俺、瞳ないし」
「うむ、実はだな……こいつを見てくれ。こいつをどう思う?」

塚本は先の茶封筒を取り出した。
顔をみあわせる来栖と鎌田。

「ええっと……すごく、大きいです」と嫌々鎌田が塚本に合わせ、
「アホ!!誰がボケろと言った!!ホモネタはさっき俺が使っただろー!」と塚本。
「模試の結果だろ?お前、就職希望なんだから関係ないじゃん」
「ああ、俺も関係ないと思ってた」

塚本は急に真剣になって、封筒の隅っこを千切った。

「モテるには学も必要なんだ」

開いた穴から指をペーパーナイフ代わりに差し込み、びりびりと破って封筒を開封する。
出てきた紙には見事なまでに“E”が並んでいた。
国立の欄はまだしも、近所のFランク大学、塚本の地元のFランク大学、
はては専門学校まで。
全部E判定。しばらく神妙に結果に見入る塚本。
特段隠しもせずに判定結果を見ていたため、鎌田と来栖も、
オールEという逆に驚異的な結果を知ってしまう。
何と慰めるべきか二人が思案し始めた頃、塚本は言った。

「これ、どう見るんだ?」

ずるっ、と吉本新喜劇みたいに鎌田来栖がずっこけた。
塚本がなんだよ俺変なこと言ったかと二人の反応を訝る。

「E判定の学校はそいつにとって絶望的に難しいってこった」
来栖が体勢を立て直しながら説明した。

「何ー?!じゃあ俺全部絶望じゃねーか!」
「ま、まあ、模試はifの“もし”でもある。ガンバりゃまだ変わるさ」
「うまいこと言っても駄目だよ来栖……」鎌田はかわいそうなものを見る目で塚本を注視。

塚本は二人の反応を鑑み、またも神妙な顔をする。

「まずいな。これでは学をつけるどころじゃねー」
「だから就職しとけって。そもそもなんで大学いきて-んだ」
「決まってんだろ!」

塚本は恥ずかしげもなく宣言した。

「べんきょー出来る男になってフレンドのアリサさんに、
まるでけーちゃんはかー君の家庭教師だねって言われたいんだ!!」

二人がドリフみたいにずっこけたのは言うまでもない。

「よし、じゃあ勉強するための仲間をつくるぞ、
友達選んだほうがいい、仲間は多いほうがいい、
そこの君、われわれの仲間に入らないか?いや、ていうか入れ!」

ビシッ、と塚本が指差したのは白いイヌのヒカルきゅん。
塚本がばたばた騒いでいるのも気にせず本をずっと読んでいた。

「別にいいけど。いったい何の集まり?」
「模試の結果が悪かった皆で勉強しようという集会だ。
集会の名前は…そうだな、E判定にちなんで、一翻(いーはん、マージャン用語)クラブだ!」
「E判クラブ。楽しそうだね」
「よし!約束な!これで四人だ」
「……問答無用で強制加入か」鎌田と来栖がため息をつく。
「俺らだけ勉強してたら腹立つから、クラス全員クラブの構成員にしちまおう。
ていうか学年も小中高も関係なく学園の馬鹿を全員参加させようぜ」
「ますます楽しそう。だけど……」ヒカルが言いよどむ。

ヒカルの言葉が続くのを待ち、鹿馬螂の三人がヒカルに向く。

「今日は道徳の授業って言うか、竜ヶ谷に謝ったほうがいいよ」
「ああ、さっきのクダリ見てたのか。いいって猛ぐらい」塚本が余裕をかまし、
「そうだな、“俺”のことはいい。体育にしよう。勝ち抜き格闘大会だ」

いつの間にか現れた猛が、塚本の肩をがっちりつかんでいた。

塚本は知らない。
今後このE判クラブが、悪乗り教師サンスーシによって実際に拡大し、
学園の伝統的部活にまで発展することを。

おわり