メニュー
人気記事
月夜の浜辺で~二日目の夜
林間学校二日目の深夜。前日の枕投げバトルロワイヤルの疲れもあり、男子生徒たちは全員が寝静まっていた。部屋は静まり返っている、とは言い難い大いびきが響いているのだが、それで目を覚ます者はいない。二日目の夜は、このまま平和に朝を迎えるものと思われた。「ぐふぅ!!」そんな平和は突如として乱される。声を上げた彼は、哀れな被害者だった。腹部への強烈な衝撃によって、少年は深い眠りから急激に覚醒させられてしまった。ぼやける視界で腹に乗った異物を確認する。それはずっしりと重く、ゴツゴツと硬い質感の円錐形。円錐の根本をたどると、大音量のいびきを立てる友人の背中に繋がっていた。「お前………」彼らの太く長く、そして重い尻尾は危険だ。だからリザードマンの二人には、寝返りをうっても周囲に被害が及ばない位置まで離れてもらったはずなのだが。その一人、竜崎利里の素晴らしい寝像により、彼は見事遠くで眠る親友、御堂卓の隣までたどり着いたのだった。腹に乗るのが血の繋がらない可愛い妹とかならまだしも、硬い尻尾のボディーブローで叩き起こされるなんて最悪の目覚めにも程がある。こいつも叩き起こしてやろうかと卓は起き上ったが、すぐに上げた手を下ろした。付き合いの長い彼は知っていた。利里が夜の眠りに入ったが最後、生半可なことでは決して起きない。耳元で大声を出しても起きないし、叩けばこっちの手が痛いだけだ。時間と日光に反応して起きるのだ。とは言え、叩き起こす手段はあるにはあるのだが…やめておこう。利里に悪気はないのだから。
月が明るいこともあり、朱美の姿は案外すぐに見つかった。砂浜の外れに生えた一本松。横に長く伸びた枝に、海岸を向いて逆さまにぶら下がっている。ふと芽生えた悪戯心。足音を忍ばせてある程度まで近づき、その背中に声をぶつけた。「そこの非行少女!」ビクッ、と、その背中が大きく揺らぐ。恐る、恐る、声の元へ顔を向ける。その主を確認して、朱美はホッと息を吐いた。「なーんだ、ビックリしたー。こんな夜中に何してんのよ」「そりゃこっちのセリフだ」やれやれと肩を竦めて、朱美の隣へと歩いていく。松の根本に寄り掛かると、同じ顔の高さになった。「お前が飛んでるのが見えたからな」「やだー、こんな夜中にあたしに会いに来るなんて卓君ってばダイタンなんだからー」「注意!しに来たんだよ! 深夜徘徊。見つかったら反省文書かされるぞ」「それは卓君だって同じじゃん。いーけないんだー非行少年ー」「ばれなきゃ平気だ。お前は飛んでる分目立つんだよ」「ダーイジョブだってー」ふぅ、と息を吐いて、改めて話題を振った。「で?お前はなんでこんな時間にこんなとこにいるんだ?」「ん……ちょっとね」「ちょっとじゃわからん」「えっと…ねぇ…」朱美は言いにくそうにツンツンと指先を付き合わせる。「まぁ言いたくないなら…」「お父さんのこと…思い出してたんだ」「………」しまった、と、密かに思った。顔には出さなかったが。朱美の父親。朱美と同じ蝙蝠人だった。詳しい事情は知らないが、朱美がまだ小学生の頃に…
「………」「よっ」「…何してんのよ」「いやこんな感じかなって」眼を開けた朱美が隣に見たのは、父ではなく、卓だった。朱美の隣で逆さまにぶら下がった卓。明らかに無理に手を伸ばしている卓の姿を見て、朱美から自然と笑みが零れた。「ふふっ。お父さんはそんなにちっちゃくないよ」「無茶ゆーな。そんな足で掴まるなんて芸当できるか」手を引いてその置き場所を思案した結果、頭の後ろで組むことにした。「まあその、あれだ。お父さんの替わりにはなれないけど…。俺も、利里も、クラスの皆も先生たちもいる。ずっといるから…さ…朱美は寂しい顔…しないでくれよ」気恥しくなり、そっぽを向きながら言う。我ながらくさい台詞だ。朱美は少し驚いた顔を見せた後、クスリと笑って言う。「なーに言ってんの、今更寂しいことなんかいないわよ。もう五年以上も前の話よ。ちょっぴり昔を思い出してただけ」「…そうか?」不安に振り向くと、ニッコリと笑う朱美。「でも卓君の気持ちは嬉しかったよ。ありがとう!」「お、おう」朱美が見せた満面の笑顔で、不意に高まってしまった鼓動を抑えるのに、卓は十数秒の時間を要したのだった。
朱美がぽつりと、静寂を破る。「…何とか言いなさいよ」「…くっ…」「ハハハハハハ!!」自然と笑いが零れた。今までの自分が、自分たちのことが可笑しくて。「な、何よ!」怒ったような、驚いたような顔で朱美が振り返る。「あーまったく馬鹿だよな。俺も、お前もさ」「何よ!失礼しちゃうわね」「お互い無駄に気ぃ遣いすぎてた。だろ?」「う…まあ…そうね」「わかったよ。一緒に飛ぼう、朱美」「う…うん!」元気いっぱいに頷く朱美を見て、久しぶりに満ち足りた気分になった。「ま、今日は場所が場所だからそれはまた今度な。よっ」と、足をかけていた枝を掴んで体を反転させる。世界の向きが正常に戻り、海に背が向く。そして足は正しく…地面を…「うお…っと、っと、うわっ!」地面に落ちる衝撃と同時に、襲いくる強烈な立ちくらみ。目を回したように後ろへ数歩たたらを踏み、ずしゃ、と砂浜に尻もちをついてしまった。「っつー…」「だ、大丈夫っ!?」いつの間にか地上に下りていた朱美が背中を支え起こしてくれた。「あー…いや、大丈夫。ちょっとふらついた」「え?え?でも!?」「平気平気」心配そうに見つめる朱美にひらひらと手を振って無事を訴える。海へ向きを変え、足を伸ばして楽な体勢をとった。「あー…すげー頭に血が上った」「え……あ、ああ! そういうことね!」朱美はどこか大げさに納得して、心底ほっとした様子で隣に座り込む。なんだこれ? まず考えられるありがちな理由を言っただけなんだが…
部屋の様子は変わらず平和なものだった。利里は元卓の布団をすっかり自分のものにしていた。尻尾は隣の来栖の腹部へ。それを来栖は体をくの字に曲げて見事回避していた。さすが危機回避に(ryここまで戻ってはこないだろうと踏んで、卓は元利里の布団に入り眠りについた。翌日、長々と説教を受け反省文を書かされ課題は3倍にされ、と、散々な一日であったことは言うまでもない。そもそもの原因である朱美がお咎めなしだったのは少々納得いかないが、本当に申し訳なさそうに眼で謝ってくる朱美を見て、朱美だけでも助かったならまあいいや、と思うことにした。余談だが、翌朝は利里と来栖の苦しげな唸り声で卓は目を覚ました。布団の乱れっぷりから察するにあれからもいくつかの攻防が行われていた模様。最終的には来栖の角が利里の尻尾を動かないようにホールドして決着がついていた。さすが(ryっていうかホントに寝てたのかこいつら…<おわり>
このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー と 利用規約 が適用されます。
1文字以上入力してください
本文は少なくとも1文字以上必要です。
1文字以上入力してください。