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**ヒカルとチョコレート 「おい、因幡。調理実習なら、家庭科教室でやれ」 「ここは、はづきちのご慈悲で!だって、家庭科教室で一人寂しくチョコレート作ってたら、なんだか冷たい如月の荒波が立つ 凍てつく海に放り出されたみたいでハートが折れそうなんですよ!うおー!混ざれー!混ざりやがれー!」 料理と実験は似た者同士。そんな言い訳をして、ウサギの因幡リオはボールの中で融けたチョコレートをがむしゃらにかくはんする。 冷蔵庫に、水道、レンジ。とかく機材が揃っているからと、昼休みを使って化学準備室でリオは、 にんじんのプリントが施されたエプロンをぎゅっと締めて、女の子フルスロットル。ただ、リミッターを付け忘れたのか、少々騒がしい。 ロップイヤーのウサギの跳月先生は、リオにこの部屋を貸したことを少し後悔していた。 「犬上。うるさかったら、因幡に文句言ってもいいんだぞ」 「……」 「はづきち!犬上を味方にしようとしたでしょ?オトナは汚い!」 「……」 一方イヌの犬上ヒカルは、部屋の隅で、跳月先生のイスに腰掛けてリオのことなど気にせずに、手持ちの文庫本のページを捲る。 背もたれからはみ出した白い尻尾は、季節外れな収穫の季節を思い起こさせる。 「……」 エプロン姿のリオをちらりと目を向けたヒカルは、幼い頃に見た母の姿を重ねていた。 ×××××××××××××××××××××××××××××××××××× ひとりあそびばかりしていた、ぼくの一日の終わりの楽しみは、かあさんの作る夕ごはんだった。 絵本をかかえて包丁の音がひびくお台所に行くと、かあさんが「もうすぐ出来るから待ってて」と答えた。 一つにしばった長くてゆるやかな白いかみの毛は、かあさんのとっておきのじまんなんだ。 なべをかきまぜると、かあさんのしっぽもいっしょにゆれる。ずっと見ていて、どうしてあきないんだろう。 ぼくもかあさんのしっぽといっしょにゆっくりとゆれると、ふしぎと楽しい気持ちになっちゃうんだよな。 「ごはんのあとで、この絵本をよんでよ。『チョコレートをたべたさかな』だよ」 「はいはい」 ぼくの一日の終わりの楽しみが、ひとつふえた。 ×××××××××××××××××××××××××××××××××××× 「『チョコレート 作ってみたけど 相手なし』って、あーん!弟にやるのも癪だよなあ!」 「少しは黙って料理できんのか、因幡」 「黙ってられますか!はづきちはリア充だから、わたしの気持ちなんか……あーん!!」 カチンとボールにゴムベラが当り、リオは大人しく口を閉じると、呆れた跳月先生はメガネをくいっと指で突き上げた。 まだまだ温かいチョコレートの湯気が、リオの冷たいメガネを曇らせている。 「いいの!いいの!バレンタインは参加することに意義があるのよ。お祭りなのに、悲しい気持ちになるのは何で?」 ヒカルがすっと立ち上がり、リオの目の前を通り過ぎる。「犬上は相変わらずだ」と言いつつチョコレートの融け具合を確認したリオは、 指先にちょこっと付けて一足先につまみ食い。奇跡が起きるのを信じていたが、神の手には程遠い。 チョコレートは上質のココアのように、淀みなくボールの中でゆっくりと波打つ。 「跳月先生、この本」 化学準備室の本棚は、カラフルだ。 高校生には難しい物理学や工学の専門書、サブカルチャーのムック、何処で手に入れたか分からないマンガ。 そして、ヒカルが手にしている本もこの本棚の一員だった。 「小さい頃、良くこの本を母に読んでもらってたんです」 「懐かしいだろ。同じ本でも、小さい頃に感じることと、大きくなって感じることが違うってことは、けっこう大事だよな」 「なに?なに?何の本?わたしも見たいっ」 チョコレートが入ったままのボールを抱えたリオは、上靴を鳴らしながらヒカルに近寄る。 机の角にわき腹をぶつけボールを不意に傾けると、滴り落ちたチョコレートがヒカルの白い尻尾に垂れてしまった。 反射的にも避けるも、雪原に投げ込まれたチョコレートははっきりと足跡を残していた。 ゆっくりと真下に垂れたヒカルの尻尾は、言葉を話すことは出来ない。 「ごめん!熱くなかった……?」 「大丈夫」 濡れたタオルで懸命にヒカルの尻尾に付いたチョコレートを拭い去るが、完全に白さは戻らなかった。 さっきまでのかしましさは何処に行ったのか、リオは口をつぐみ続けると、ヒカルは「どうせすぐ元に戻るから」と慰める。 ×××××××××××××××××××××××××××××××××××× 夕ごはんを終えたぼくは、ぼくが使ったお皿とおちゃわんを持って台所にはこんだ。 かあさんが「お仕事でかあさんがいなくても、きちんとお片づけできるように」と言っていたから、ぼくもきちんとする。 あぶら物は重ねちゃいけないって、何度も何度も言われてたんだけど、とうさんはついつい重ねてしまってる。いけないな。 「あ」 いけない。台所への段につまづいて、おちゃわんが空を飛んだ。床にすいこまれるようにおちゃわんはぼくの足元目掛けて、 どこかへ飛び立とうとしていた。だけど、いけないことだとおちゃわんは分かったのか、大きなさけび声を上げて 自分のからだを台無しにしてしまったんだ。なぜかその時間はゆっくりと過ぎていた。 「ヒカル、危ないから尻尾を向けちゃだめよ」 はへんを拾い、ぬれたぞうきんで床をふいているかあさんは、ぼくをしかりもしなかった。 はじめはとてもおこられるんじゃないかと思って、目がちょっと熱くなったけどかあさんは、ぼくの目を見てしかりはしなかった。 どうして、ぼくをしからなかったのだろう。かあさんの目はいつもと同じだった。 ×××××××××××××××××××××××××××××××××××× 床にこぼれたチョコレートを雑巾で拭きながら、リオは沈黙を続けているので、時計の音しか聞こえなかった。 手にしている絵本を一旦机に置いたヒカルは、洗面台で雑巾を洗ってリオと同じようにしゃがみこむ。 「いいよ、犬上。わたしがやったんだから。それに、尻尾のこと、ごめん」 「……チョコレート、作ってるんだろ」 微かに茶色くなったヒカルの尻尾の先は、リオのちらりと見せた乙女心と同じように揺れていた。 髪を掻き揚げてリオは、再びチョコレートを混ぜ始めたが、いやに大人しい。 「もう、いいや。弟にやろう……」 「因幡、静かだと因幡じゃないみたいだな」 「おお、犬上もそう思ったか」 「はづきち!犬上!うるさいよ!あななたちには、ぜったいあーげないっ」 いつもの調子を取り戻したリオの小言を聞きながら、ヒカルはお茶碗のことで叱らなかった母親の気持ちが、今何となく分かった気がした。 おしまい。

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