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**跳月先生の休日 「じゅーご!遅いぞ!」 「徹夜明けなんだから、勘弁してくれよ」 よく通る声が、跳月の垂れた耳をつんざく。忠犬すかりょん像見守る街の駅前にて、待ち合わせをしていた化学教師・跳月十五は、 きれいに伸ばされたズボンの裾に少し小さなキックを受けながら、きょうのデート相手をやんわりとたしなめた。 市電のりばのホームには溢れんばかりのヒト、人、ケモノ。長い休みの日とあって、子どもの姿も心なしか多い。 忙しそうに、そして慣れた動きで市電職員は、ホームのお客たちをてきぱきとさばく。 「間もなく、1番のりばに十字街経由、古浜海岸行きの電車が参ります。尻尾をホームからはみ出さないようにお気をつけてお待ちください」 市電職員が拡声器を使って、市電を待つ人々に注意を促す声を聞きながら、跳月は相手の手を引っ張ってのりばに向かう。 二人がのりばに付く頃、ゆっくりと市電はお客の前に現れた。ブレーキの軋む音が駅前に響く。 「じゅーご、聞いてくれる?あのね…」 「未雪、行くぞ」 未雪も跳月と同じくロップイヤーのウサギである。少し冷え出した長月の午後、履きなれないブーツで音を立てながら、 跳月と一緒に市電に乗り込む。跳月が乗車ICカードを端末にかざすと、未雪は少し羨ましそうな顔をしていた。 子どもが車内ではしゃいでいる。靴のまま座席に上ろうとする子ネコを母親が引っ叩く。 先頭の窓から景色を見ようと、ネズミの子たちが走り出す。未雪は指の爪をかじりながらぼやく。 「全く、みんなガキなんだから。ねえ!じゅーご」 「…ははは」 隣に座る跳月の腕を引っ張りながら未雪は、スカートを気にしながら脚をバタバタとさせる。 そのうち、扉は閉まり、市電はゆっくりと大通り目指して動き出した。 「あのね、聞いてくれる?この間さあ、どーしても食べたいシュークリームを見つけちゃったんだよね。ネットで見つけたんだけど、 それがさあ、すんごく美味しそうなの。お友だちに話したら、まだ食べたことがないんだってさ。 西2丁目のお店にあるって言うから、今から行こうよ!十字街降りてすぐだし。みんなより先に食べて自慢したいし!」 黙って頷きながら跳月が聞いている間に、市電はのそのそ次の電停に到着する。電停から噂の洋菓子店は目と鼻の先。 音を立てて市電の扉が開くと、秋の涼しい風が車内におじゃましてきた。 「ねえ、ところでさ。男子がさ、まるでガキなんだよね」 「お前は、ころころ話題が変わるな」 「休み時間は尻尾とか耳とかかみ付き合ってじゃれあうし、給食の取り合いするし…。精神年齢が止まってるんじゃないの? 何だか思い出しただけでにんじん、かじりたくなってきた!!全く、元男の子代表として何か反論してみなさいよね! じゅーごセンセ!納得できたら幾らでもぱんつの中を見せてあげる!納得しないと思うけど!ね」 「お前だって、この間まで穴掘りの真似事で取り込んだ洗濯物をぐしゃぐしゃってして、ねえさんから怒られてただろ」 市電は、とっくに西2丁目の洋菓子店を通り過ぎていた。悲しいかな、未雪はそれに気付かない。 それでも、流れゆく秋の滝のように未雪は跳月に話を続けた。 「ところでさあ、じゅーごは彼女さんと上手くいってるの?」 「……」 「わたしの目に狂いがなきゃ、あんないい人いやしないよ?それでダメなら女運が悪いって」 (最近の小学生は、ませてるなあ…。芹沢みたいだ) 万物創生の頃より、女の子は相手が年上、年下に関わらず色恋沙汰にお節介したがる。そして、相手のご様子次第で自分で安心したり、 不安になったりしているのだ。そんなことは跳月には分かりきっているが、小学生の姪っ子にはそういう理屈は通らない。 人恋しくなる暖かい話に、跳月の目は冷ややかになる。実兄の娘だからか、その目は隣の席の姪っ子と似ていた。 「高校教員、真面目で誠実、生徒たちに人気あり!茉莉子も幸せ者だね!」 「人の恋人、呼び捨てするなよ」 姪っ子とのデートは心身ともに力を使う。 「十字街ー、十字街です。天秤町方面はお乗換えです」 車内が慌しくなる。大きながま口を肩からぶら下げた車掌が、素早い手つきでお客の両替をしている。 やがて、市電は街いちばんの繁華街で歩みを止めつつ、お客を乗せたり降ろしたりと働き出す。 流れる人々の中には、跳月の勤める佳望学園の生徒がいた。制服を脱いだ私服姿の子は、 街歩きを楽しんでいた。 ところが、その子は学園での自分と、きょうの自分は違うように演じなければならない。 (うっ、はづきちが乗ってるよ…。どーか、はづきちが気付きませんように) 手には、人さまに見せるにはちょいと○○な自費出版マンガ(同人誌とも呼ぶ)とアニメDVDがいくつも入った 『キャロット・ブックス』と書かれた紙袋に、それを隠すようにお気にのおとなしめなバッグ。 長い耳に繋いだイヤホンは、(ネット動画で)流行りのアニソンを詰め込んだi-pod。 こそこそと、人の波にわざと溺れながらウサギの因幡リオは、跳月と姪っ子に背を向けて立った。 30分かけて髪を元気な外跳ねにしてみた。ちょっと、服も誰にも負けないくらいおしゃれにしてみた。 メガネも外してコンタクトにしてみた。持ってるバッグもいつもより品がいい。あとは、ウサギの神に 「わたくし因幡がここに居ることを知っているヤツに気付かれませんように」と、お願いするだけだった。 しかし、ウサギの神も空気を読んだのか顔見知りと同乗するという、第三者からすれば最高の舞台を用意してしまったのだ。 ここではづきちに気付かれたら、あとが大変厄介なことになる。頼むからそっとして下さい。 はづきちのことだから、細かく聞くんだろうな。水素レベルの細かさを持つ男だからな、油断できない。 今度はわたしがフレンチトースト奢ります。でも、何も恩義無しにそんなことしたら、みんなみんな怪しむんだろうな。 帰りの会で「あのー、因幡さんはー、跳月先生のことが好きなんです!いけないと思います!」って、糾弾されるんだ。 いやいやいやいや!誰がはづきちなんか好きなもんか。フラグなんかへし折る為にあるもの。誰かが勝手に立てたフラグは、 満面の笑みで蹴り倒してしまえ。はづきちのバーカ、バーカ。恋人と姪っ子と二人同時に振られてしまえ。 ぐるぐると脳内をかき回しながらひくひくと鼻を動かして、市電の向かう湊通りのアウトレットモールまで耐え忍ぶ。 「そう言えばさ、ぼくの教え子でね…未雪にそっくりな子がいるんだよね」 「わたしに!?」 未雪と呼ばれた少女は、ぶんと跳月の方に顔を向ける。長い耳が着物の袖のように舞い上がる。 一方、人ごみの向こうでは、リオはその一言を聞き逃さなかった。聴いているアニソンの音量を落とす。 「風紀委員長をやってる高等部の子なんだけどさ…」 「きっと、美人で人気者で頼り甲斐があって、それからやさしくて…。どんな子か会ってみたいなあ」 未雪の妄想とは裏腹に、地味なメガネっ娘で初等部のコレッタからバカにされてばかりで、終いには「きつい子」と呼ばれてしまったリオは、 いつも流す汗とは違う汗を流していた。楽しみになるはずの本の重みが、だんだん苦痛になってきた。 一目見てみたい跳月の姪っ子もいるらしいが、ここで振り拭くなんて進んで自分のブログURLを2ちゃんに晒すようなものだ。 (買い物済んで、ウチに帰ったら『迷探偵マリィ』のパロ同人、読むんだ…。きっと、近いうちにこの作品アニメ化するぞ…) それだけを心のよりどころにして、リオは履き慣れないパンプスのつま先で古い木造の床を叩いた。 同じように未雪がブーツの踵で床を叩くと、跳月は思い出したかのように自分のバッグから紙袋に入った一冊の本を取り出した。 未雪が紙袋を受け取り、中身を覗き込むと彼女は全身の羽毛を逆立てて感情を表した。 「『迷探偵マリィ』じゃん!これ、すんごい読みたかったんだよねー!ありがとう!じゅーごさま!愛してる!!」 この本を買うときはちょっと恥ずかしかったな、ということを思い出しながら跳月は中吊り広告を見つめていた。 揺れる広告には「ロングインタビュー『この人と話したい!』:作家・池上祐一」と、週刊誌の宣伝文句が踊っていた。 「じゅーご、さっすがー!これで茉莉子より1ポイントわたしの方が抜きん出たね!」 「人の恋人、呼び捨てするなよ…」 (茉莉子って言うんだ…) 恋人がいることは聞いていた。でも、学校の他のヤツより名前を知ることが出来て、リオは少し得意気になった。 「湊通りー、湊通りです」 アナウンスののち、市電は潮風薫るアウトレットの最寄り電停に到着した。 わらわらと、乗客が降りてくる。子どもの声が賑やかに、その中には跳月と未雪の姿があった。 「ついたー!いっぱい買ってもらうぞー!」 「……」 ICカードで改札を済ませた二人は、人の波に乗りながら買い物を楽しもうとしていた。 二人とは離れて下車したリオは、とにかく『キャロット・ブックス』の紙袋は置いておかないと、とコインロッカーを探す。 「同じところに来るとは…、チクショー。無駄遣いしてやるう!」 グチのような、弱音に似た言葉は吐き捨てるリオの足元は疲れていた。パンプスは余計に歩きにくい。 コンタクトなので非常に目が乾く。買い物を早く済ませて、居間のソファーで一刻も早く伸びてしまいたい。 のんきに吹く潮風にさらされて、リオはアウトレットモールに消えて行った。 ―――休みが明けて。昼休み、リオは誰もいない化学準備室でだれていた。 日に当たることもなく、冷蔵庫にはナイショのお菓子が隠されているということで、委員会特権で度々おじゃますることが多い。 「はづきちメインのギャルゲがあったら、どんどん嫌われものにしてやるー」 にやにやしながらリオは、この部屋の主『はづきち』こと跳月十五の冷ややかな目を思い浮かべては、消して、 恋人の話題になって、クールなはづきちが慌てる場面を想像しながら跳月愛用の椅子に腰掛けていた。もちろん無許可。 「茉莉子もはづきちのことを後生大事にしてやるんだぞ」 市電の中で聞きかじった跳月の恋人の名を口にする。「茉莉子が、茉莉子が…」と呪文のように唱える。 会ったこともない教師の想い人にエールを送ると、おもむろに紙袋の中から一冊の薄っぺらい本を取り出した。この部屋なら大丈夫。 ごくりと固唾を呑んで、インクの香りがまだ強い本の表紙を捲る。作者が頑張って入手したであろう上質な紙のさわり心地。 この瞬間がたまらない。外からの幾ばくか弱くなった日の光を受けながら、紙の上に踊る少女の主人公探偵が浮かび上がる。 気が付くと夏が跡形もなく消えていた。チューベットの残りも僅か。季節も秋が深くなるから、食べるなら今のうち。 が、今のリオは食い気よりも勝るものがあるという。その証拠にリオの呟きを聞くがいい。 「マリィかわいいよマリィ。ルーぺでぶん殴られたいお…」 昼休みのリオはちょっと違う。もっとも、真夜中のリオは(深夜アニメやネット動画を見るため)もっと違う。 ファンの脳内補正はすばらしい。リオの手にしたアンオフィシャル・オリジナル・アンソロジー(同人誌とも呼ぶ)は、 作者の池上祐一がおよそ書くことはないであろう展開が、少ないページの中で繰り広げられていた。 キャラへの可能性をファンの力で広げてゆくことは、作品への愛以上のものに近い。リオはその情熱に感銘していた。 はらりと捲ったページからは、ファンなら一度は妄想したであろう○○なマリィの仕草。思わず、リオのメガネが白く曇る。 「むっはーーー!!」 両手で本を握り締め、ふとももを締めてイスの上で背を丸めるリオは、マリィの世界に引きずられ、 跳月が扉を開けて入ってくることに全く気付きことはなかった。冷たい目線がリオの後頭部に突き刺さるが、ぬかに釘。 「因幡、何してるんだ」 リオの長い耳がぴくんと動く。跳月愛用の椅子が軋む。同人をかばいながらくるりと振り向く。 しかし、ここに来てから跳月の恋人とマリィのことばかり考えていたので、つい跳月の顔を見るなり。 「ま、ま、ま、茉莉子??」 「誰が茉莉子だ」 おしまい。

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