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**夏の途中 「ところで、なんでサンがいるのよ」 「ちょっとしたミナへのプレゼントかな…」 「いらないよ。どうせ、イタズラでも仕込んでるんでしょ?」 田舎道を走る軽トラックの窓から吹き込む風が、小さな身体のサン・スーシの毛並みを揺らす。 助手席でのんきにお菓子をぽりぽりとかじっているサンに、時々ちょっかいをだすのは大学の同級生・杉本ミナ。 ハンドルを片手に隙を見て、サンのイヌミミをちょこんと軽く爪立てると、サンは反射的に尻尾を丸める。 荷台のバイクを気にしながら、ネコの毛を風いっぱい受けてミナは、サンと同じように夏の光をガラス窓から感じる。 じっとしていることにしびれを切らしたのか、軽トラがカーブを曲がるとゆっくりとバイクは揺れて存在をアピールした。 ミナがちょっとしたバイクの旅をしている途中、相棒が急に駄々っ子をこねた。スロットルを回しても、うんともすんとも動かない。 幸い街からは遠くなく、軽トラックをよこすようにミナは自宅のバイク屋に連絡をして、日陰で到着を待っていた。 現れたのは店主・ミナの父親と、おまけのサン・スーシ。ヤツは「たまたまだよ」とお菓子を頬張りながら澄ましていると、ミナは眉を吊り上げた。 「オヤジさんさ、この近所の家で人に会う約束してるっていうから、帰りはミナが運転しなよ」 「うん、旅館のおじさんでしょ。サン・スーシ、わたしの運賃は高いから覚悟しなさいよ」 荷台にわがままを言っているバイクを載せる。オヤジさんが約束している人の家に着くまでは、荷台でサンがバイクと共にする。 やがて、オヤジさんを約束の家まで送ると、車内に戻ってきたサンとミナの二人きりになった。 「ミナのエストレヤはよく磨かれてるね。エンジンにぼくの顔が映るよ」 「そうね、しょっちゅ磨いてるしね。そういえば、何年コイツに乗ってるかなあ…」 「長いよね」 「マーキングしたくなっちゃうくらい、お付き合い長いよ」 サンはミナの被っていたヘルメットを抱えて、相変わらずお菓子を頬張っている。ミナに差し出すと、ぱくっと指ごと噛み付いた。 「食べかすをメットに落とすな」と憤るミナは、お菓子の袋から一口分失敬した。 Tシャツにジーンズ姿でさばさばとした口調のミナは、金色の髪の毛と白いネコの毛並みから甘い女の子の香りを風にのせる。 くんくんとサンがその香りを嗅ぎつけると、それを察知したミナはサンの濡れた鼻をぴしゃりと軽く小突く。 しかし、サンもミナもまんざらではないというのは、大学の同級生だから…だろうか。 サンは仕返しとして、軽トラが信号待ちをしている間、シートからはみ出したミナの尻尾を軽く掴もうと画策するが、 ミナはサンのことなら何でもお見通しなんだから、と言わんばかりに尻尾を反対側にするっと避難させた。 「サン・スーシ、まだまだだね。これはイヌの浅知恵って言うのかな…?」 「浅知恵言うなよ」 逆上したサンは、ミナのわき腹に優しく人差し指でつんと突付く。これでも教壇に立つ教師なんだぞ、と憤慨したからでもあるし、 身長のせいで自分には出来ないミナのアクセル捌きを羨ましく思うことも、子どもじみた仕返しの理由だった。 床に届かない足をバタつかせながら、サンは諸手を挙げて背伸びをし、一方慣れた手つきでギアを操るミナは、ペロリと手首を舐める。 ルームミラーに透き通った空色が広がり、白い雲が天に向かうようにそそり立つ。 「あの雲、サンにそっくりだよ。マヌケなところが」 流れの速い夏の雲は空飛ぶ鳥よりも早く、どこぞかへと流れていった。 車が順調に彼らの街に向かっている中、サンは思い出したかのようにミナにナビゲートを始め、自分の足元のリュックを気にする。 そして、サンの荷物の横には一泊分の旅するミナのリュックが並んでいた。 「ミナ、次の交差点を左に曲がってくれる?」 「え?県道から外れるけど?」 「近道、近道。高性能の『サンナビ』はウソつきません」 空になったお菓子の袋に手を突っ込んでかき回すサンの指示で、ミナはハンドルを左に回す。 ミナは元々のルートから外れることにいぶかしげな顔をしながら、素直にサンの言うとおりに細い農道に軽トラを進める。 きちんと整備された県道から外れただけで、周りは畑ばかりの田舎の風景に変わっていた。 初めて来る土地だというのに、なぜか懐かしくもある風景にミナは飲み込まれ、そして今頃、父親は 昼まっから呑んだくれているのだろうか、とサンとは違う意味で心配していた。 車窓を眺めながら再び足を浮かせてバタつかせるサンを横目に、ミナはギアを上げると 荷台にバイクを載せた軽トラは、踏み込んだアクセルと共に気合を入れて音を上げた。 『サンナビ』は相変わらず、ミナの不思議そうな思いとは裏腹にマイペースな案内を続けている。 「ピンポーン。この先…まっすぐ、まっすぐ」 「この先って、坂道だよ…。ねえ、目的地はまだ?『サンナビ』ってポンコツじゃん」 「そんなことないよ。そのうち分かるって」 周りに畑ばっかりだった細い道を進むと、いつの間にか松林が道の両脇に生え揃う。 ギアを一段下ろし、ゆるい坂を登る軽トラはこの先の風景を知らない。無論、ミナもそうである。サンはイタズラを思い付いたような顔をして、 空になったお菓子の袋をくるくるっと丸めた。坂の頂までもう少し。細い道の両脇には松林が並ぶ。 「海だあぁ!」 窓から潮の香りがお邪魔する。天から太陽が笑い出す。波のざわめきも賑やかに、二人の五感に訴える。 坂の頂を過ぎると松林の隙間から、青い空と、白い波しぶき、そして砂浜が見え隠れし始めたのだ。 ここまで来ればあと一息。一気に軽トラは坂を下り始め荷台のバイクと共に、サンの待ちきれない気持ちと同じように二人を揺らしている。 「ふーん。そうゆうことね」 白い雲の変わりに、波が砕ける白い泡。まだ誰もいない、夏の始めの白い砂浜。星の丸さが嫌でも目に焼きつく水平線。 夏の香りがサンの目を輝かせる。彼のメガネにはきっと、ソフトクリームか何かが映っているのだろうか。 ゆっくりと軽トラは松林のトンネルを潜り抜け、砂浜の入り口で歩みを止めた。 真っ先に軽トラから小さい影が飛び降りた。 「ひゃっほー!いちばん乗りだ!!」 「海に行きたいのなら、はっきり言いなさいよ。サン・スーシ」 まだ何も知らない砂浜にイヌの足跡をつけて、一直線に波打ち際に駆けて行く一人のイヌ。 子どものような声をあたりに響き渡らせ、ミナが軽トラから降りたときには既にサンは浅瀬に立っていた。 「ミナも来いよ!!」 「やだね」 「気持ちいいってば」 ゆっくりとサンの残した足跡を辿り、波と戯れるサン・スーシを羨ましそうに見つめるミナは海に入れない理由を言いたがらない。 ミナが三歩近づけば、サンは六歩遠ざかる。かごから逃げた小鳥のように、サンは体いっぱいに外の光を受ける。 両手で海水を掬い上げ、あたりにまき散らせるサン・スーシの姿はどう見ても子どもであった。 波打ち際まで近づいたミナは、尻尾を下ろして歩みを止める。尻尾の先が砂に線を描く。 ざざあ、ざざあ…と続けて緩くミナの足元まで波が来るものの、不意に大きめの波がミナの足に飛び掛る。 「もー!!濡れちゃったじゃないの」 ミナは白い毛並みから海の水が垂れる尻尾をニ、三度振りながら、必死に水気を振り飛ばす。 波が落ち着いた隙を狙って、浅瀬ではしゃぐサンに少しでも近づこうと、再び波打ち際まで近寄ると、 海原にからかわれているのか、またも大きめの波に不意打ちをされる。ミナは尻尾が海水にずっと浸っているのに気付かない。 「『なつ』い『あつ』には、海ではしゃぐに限るよね!」 「サン・スーシ!!こっちに戻って来なさい!!海に投げ飛ばしてやるんだからね」 「それじゃあ、ミナがこっちに来いよ」 海風に金色の髪をなびかせながら、ミナはぐっと両手を握り締め、流れ着いたイカの甲羅をサンに投げつけた。 サンの膝ほどの深さの浅瀬さえ、ミナは海に入ることが出来ない。 ミナなら脛ほどの浅さであろうものだが、海を拒む理由はただ一つ。 「わたしがネコだからって…サン・スーシのばかぁ!!」 「ん?聞こえないなあ、はは。ぼくの耳の元で言ってくれなきゃねっ」 砂の中に潜り込むシャコを捕まえながら、サンは尻尾をミナに向かって振る。 海に入ると、何もかも許され子どもに戻るような気がする。 それはまるで胎内に戻ったかのような錯覚を起すからだろうか。そんな小難しい理由はサン・スーシには通用しない。 行くところ訪ねるところ、場所を選ばず遊び場に変えてしまう小さなイヌを言葉で説明することなんか、誰もできやしない。 「うはあ!!海の水、しょっぱああ!!」 跳ねた海水がサンの口に入る。母なる海からのお説教なのだろうが、それでもサンは堪えない。 突如として、サンの足がひんやりと海風にさらされる。急に空に近づいたような気がする。 「ほら…。サンの耳元まで来たよ。脇に爪立てちゃおっかなあ」 海で足が濡れるのを覚悟で、ミナがサンの背後にやって来た。だが、声はいかにも「ガマンしてます」という響きである。 サンの両脇を抱え、ひょいと持ち上げるとイヌの表情は、水をやり忘れた朝顔のような顔になった。 「それっ!」 小さな体が青空に舞う。太陽の光を浴びてメガネが光る。逆光になって尻尾をくるんと丸めるサン・スーシ。 空は遥かに高く、下には冷たい海が広がる。海風に乗ってそのままどこかに飛んでいってしまおうか。 鳥たちに空を独り占めさせるなら、一口ぐらいは分けて欲しい。もしや、サンの背中に羽根が生えてしまうんじゃなかろうか。 そして、ひらりとどこぞへと飛んでゆき、地上だけならず、空をも征してしまうんじゃなかろうか。 いや、天下無敵のサン・スーシもさすがにそれは無理なこと。いちにのさんを数える前にもんどりうって、地上のケモノへ戻ろうか。 青い星の引力に誘われて、水しぶきの音を耳にしたサン。ところが、激しい音のわりには濡れているのは足元だけとは、これいかに。 「もう、最悪!!びしょびしょじゃないの!!」 「…ミナ、自分でコケたくせに」 髪から塩っ辛い水をたらして、しりもちをついたミナは半分海に体を沈め、不機嫌そうに尻尾を揺らす。 そのたびに水しぶきが飛び散り、男勝りなミナの隙をサンは垣間見た気になる。ニヤリと見つめるサンが気に食わなかったのか、 ミナは濡れたついでだからと手で海水をすくい上げ、えいっとサンに浴びせつけた。 ―――旅の途中ということもあって、余分にミナは下着の着替えを持っていたことがなによりも幸いであった。 「悪いけど、わたしの着替え…もうないよ。昨日着たのなんか、やだからね!」 「はいはい、ぼくのを貸してあげますよ。しっかし、さっきの着地はよかったなあ。おかげで服を濡らさず…」 「叩くよ」 浜辺近くの松林に建つお手洗いで全身を真水ですすぎ、ミナはタオルで拭きながらの陰から叫んだ。 ミナのまた水に濡れるのを嫌がる姿が、サンの脳裏に映るではないか。それを悟られたのか、 「覗いたら、ビンタをもれなくプレゼント」と、中からミナの低い声がしたが、サンは邪な考えは毛頭ない。 サンはミナと自分のリュックをお手洗い入り口まで運び、ミナが再び戻ってくるのを待っていた。 しばらくすると、濡れた自分の服をビニル袋に入れて手にし、サンの短パンとTシャツを借りたミナがサンに向かって跳んできた。 「あのさ…このシャツさ、丈が小さいんだけど」 「ぼくには丁度いい大きさだよ」 「そんなことを言ってるんじゃないの!わたしのおなかが見えてるじゃない!!尻尾もスースーするし」 「イヌ用の尻尾穴だからちょっと大きめなのかな」 サンより背の高いミナには、サンのTシャツはお子さま用のようである。 恥ずかしげにシャツの裾を延ばすミナの姿を見て、サンはニッと笑うが癪に触ったのか、げんこをサンの頭にぐりぐりとねじり込む。 「サンはいっつもわたしの邪魔ばかりする!」 「そんなことしてません!」 「だって、わたしが教師になるのをあきらめたのは…。サンのせいだからね」 「…知らないよ」 一瞬、波の音だけが二人の間を通り抜ける。 風がミナの髪を揺らすが、甘い香りはそれほどしない。 照れ隠しにミナは手首を舐めるが、もはや遅い。 「サンと一緒に行った教育実習を見て思ったの。『わたし、この人にはかなわない』って。わたしが頑張っても、サン先生以上になれないって」 「そんなのやってみなきゃわかんないじゃん」 「同じぐらい…いや、それ以上頑張ったんだから、そう言ってるんじゃないの!理屈チビ!!」 「すーがく教師は理屈チビじゃなきゃ務まりません!!」 おなかから出した白い毛並みを揺らしながら、飛ぶように軽トラに駆け込んだミナ。エンジンを掛けるとUターンさせて砂煙を上げる。 残されまいと必死に追い駆けるサンは、海との別れをちょっと寂しく思うのであった。 「サン先生!置いて帰るぞー」 「ねー。もうちょっと、遊ぼうよ!」 ―――「サン先生、遊びに来たんじゃないんですよー」 「海だあぁ!ひゃっほー!いちばん乗り!!」 猪田先生の運転する車の中で、サン先生は歓喜の声をあげる。 泊瀬谷先生は少し困った顔で、無邪気なコドモな先生をやんわりとたしなめる。 松林を抜け、白い砂浜を見渡す夏の海。さんさんと輝く太陽は、つい先日と変わらない。 車が止まると、真っ先に飛び出したのはサン先生だった。 「サン先生の知り合いのお父さまの紹介の旅館、本当にありがたいです!」 「ええ、ロケーションもバッチリですな。うちの子どもたちにも見せてあげたいくらいの絶景だね」 「こんな素敵なところで林間学校ができるなんて、この夏が楽しみですね」 続いて猪田先生と泊瀬谷先生は周りを見渡しながら、夏風に吹かれていた。その頃、サン先生は既に浅瀬でシャコと戯れていた。 下見そっちのけであるサン先生が、海の中から大きな声で浜辺に向かって叫ぶ。 「ほら!泊瀬谷先生も早く!早く!」 「ええ?わたし…水が苦手なんですよお」 尻尾をたらし、眉を下げて泊瀬谷先生は手を振った。 その答えを聞いてニヤリとサン先生は笑うが突如として、サン先生の足がひんやりと海風にさらされる。急に空に近づいたような気がする。 「サン先生、ここまで来ましたよ。脇に爪立てちゃおっかなあ」 サン先生の背後には、ガマンしながら浅瀬に立っている泊瀬谷先生の姿があった。 泊瀬谷先生はサン先生を抱え上げ、ぽーんと放り投げる。小さな体が青空に舞う。太陽の光を浴びてメガネが光る。 逆光になって尻尾をくるんと…と、この間のような華麗な技は飛び出さなかった。なぜなら泊瀬谷先生、サン先生を投げ飛ばせなかったのだから。 その結果、サン先生はほとんど飛ばずに尻もちついて、水しぶきを上げて被害をこうむる。 「わーん!びしょ濡れだ!!」 ―――「早く乾かないかなー」 自宅の庭で青い空に並んでなびく洗濯物を杉本ミナは、自宅の畳の居間から眺めていた。 相変わらず太陽は青い星を照らし続け、地上のケモノたちにも夏をお裾分け。風鈴がチリンと小さな音を奏でる。 おかげで洗濯物は乾くのだが、ミナは暑い日差しに心なしか閉口していた。一方、父親はビール片手に夏を楽しんでいる。 庭と繋がっているガレージに止めたミナのバイクは、すっかり元気を取り戻し、ミラーは光を反射させている。 ちらと、ミナは相棒を見つめ呟いた。 「また、サンと海に行きたいな…」 おしまい。

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