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**ねこみみ 「いててて!あんまり触るんじゃない!」 「手負いウサギがあんまり騒ぐんじゃないッス。大人しくぼくの手厚い看護を受けるのが賢明ッスよ!」 一度聞いたら忘れることの出来ない保健委員の独特な言葉遣いと、 どこか薄ら黒い風紀委員・因幡リオの断末魔が保健室に響いた。 委員会が本日はお開きになった後、上の空になっていたのかリオは不注意で階段を踏み外し、足をくじいてしまった。 幸か不幸か、同じく委員会に出席していた保健委員に目撃されて、リオの「頼むから騒がないでくれ」という、乙女の祈りも通じず、 純白の救急車宜しくぎゃあぎゃあと一人でけたたましい声を上げながら、保健室に緊急搬送されたのだ。 あいにく、白先生は在室しておらず保健委員一人での看護となった。 しかし、熱意は白先生以上のものの技術についてはまだまだ。 医療に関することに無知な者でも、その光景を見て思わず保健委員の肩を叩きたくなるような有様であった。 ほとんど無理やりベッドに座らせて、リオのニーソックスを脱がせ、患部の手当てを始める保健委員。 柔らかな手で腫れた部分を触ると、スカートを押さえながらリオはのどを搾り出すように奇声を上げる。 「ふう。とりあえず、湿布を貼っておいたからひとまず安心ッス。なるべく安静にしておかないといけないから、 白先生が帰ってくるまでベッドで寝ておくのが全快への第一歩ッスよ。何か飲み物でも買ってくるから、因幡さんは大人しくするッスね」 「するか!」 リオの言葉など無きものにし、落ち着いて寝られるようにベッドを衝立で隠すと、保健委員は部屋から飛び出してしまった。 大人しくしたいのは山々だが、リオはリオで悩みの種を抱えていた。それは委員会室に大事な忘れ物をしていたからだ。 『保健委員に届けてきてもらえばいいじゃん』という言葉をリオに献上しても、このときのリオはドラゴンのような顔をして牙をむくだろう。 もっとも、ウサギであるリオにはそんな牙は持ち合わせていないが、牙のないドラゴンというのはそれはそれで恐ろしい。 「うわああ、この足で三階まで上がるのかぁ…。さいあくだ」 くじいた足を引き換えにしてまで戻らなければならないものが、委員会室に静かに忘れ去られている。 ソイツはおしゃれな紙袋…の中に入っている持ち歩く場所によっては似合い、そして場違いな紙袋の中のブツだ。 厚さは薄っぺらいが、作者の情熱は百科事典以上にあつく、そして生産量、販売箇所、そして読者層が非常に限定されるコミック本。 あらやだ、忘れ物だよ。誰のかしらねえ?そういえばここにはリオが座っていたっけ?それにしてもなんだろうな、これ。 あらら、落っことしちゃった。なんだ?出てきた本は…ちょ…!ナニコレ??やだー!もしかして、因幡さんってヲタ…。 どうして、わたしの耳は長いんだろう。嫌なことばかり聞いているから、嫌なシナリオばかり考えるんだ。ちくしょう。 と、最悪なストーリーが溢れかえるくらい出てくるリオはつくづく自分が嫌になった。しかし、風紀委員の名誉を守るには走らなければならない。 風紀委員(本当は自分自身)の誇りをかけて、ニーソックスを再び履いて、足をかばいながら保健室をこっそり抜け出すリオであった。 空気だけが支配する保健室。主の帰りを待ち続けて部屋があくびをし始めた頃、白先生が戻ってきた。 「まあ、コーヒーでも飲んでいきなさいよ」 「ありがとうございます」 若い女性の声も一緒に入ってくる。 初めて入るこの部屋のにおいをくんかくんかと嗅ぎながら、懐かしいねと丸椅子に座る人間の女性はルルという。 長い髪をふわりと揺らし、甘いお年頃の香りを漂わせる彼女。本当は古文の帆崎に用があり、わざわざここまで訪ねてきたのだが、 帆崎は別の用件で職員室には居なかった。それを見ていた白先生が、じゃあ保健室でコーヒーでも?とここに案内してきたのだ。 「帆崎と暮らし始めてどのくらいかな…」 「えっと、せんせとは…いつだったかなあ」 丸椅子に座ったままくるくると髪をなびかせ回転するルル。白先生はおきにのコーヒーメーカーを覗き込んで、ぽたぽた落ちる茶色のしずくを眺めている。 消毒のにおいだけだった保健室が一転して隠れ家的カフェにさま変わり。お茶請けのお菓子の袋をごそごそと取り出しながら、 白先生はルルに家での帆崎のことを聞いてみた。好奇心はなによりも大事だと自分自身で言い訳しながら。 「ネコの男と暮らすって、どう?やっぱり、悩みとかあるんじゃないの?」 「わたしはせんせのこと、好きだから毎日楽しいですね。それに分かりやすいんですよ、ウソつくと尻尾で分かるんです」 「そうなんだ。ところで二人は結構、歳が離れていたっけ…」 その言葉を最後に、白先生はルルと自分の分のコーヒーをマグカップに注ぐ。 うつむいてスカートを摘むルルの姿は白先生にはどのように写っただろうか。 ルルがはいはいを始めたとき、白先生は初恋をした。 ルルが九々を覚え始めたとき、白先生は初めての失恋を経験した。 ルルが思春期を迎えたとき、白先生は仕事と戦い始めていた。 ルルが初恋をしたとき、白先生は…。 「帆崎ってさ…ねえ。枯れてるよね?」 「枯れ果てた人って、素敵だと思います!」 気の強そうなルルの瞳にはまっすぐに白先生の顔が映ったが、ルルの持つマグカップの湯気にかき消されてしまった。 白先生から見れば帆崎はまだまだ青っ鼻の弟なのかもしれないが、ルルからすれば青っ鼻を垂らしたオヤジなのだろう。 「ルルさんね。わたしが見るにはさあ、きっと良い『帆崎使い』になれると思うよ」 「『帆崎使い』かあ。いいなあ、ソレ」 「それじゃあ、簡単な操縦法を教えよう。わたしのあごをさすってごらん」 「こ、こうですか?」 白く長いルルの指先。冷たいような、暖かいような人間の指先は白先生の柔らかいのど下を滑らかにさする。 いつもは研がれたメスのように鋭い白先生の目。今は傷口を優しく包む綿花のよう。 ぴん、とあごまで指先を進めたルルはグーにして手を自分の胸元に戻す。 「基本的に男って奴は甘えん坊屋さん。ましてやネコの男なんか、あごを許せば手のひらの上の子ネコ同然」 「ネコの男の人ってそうなんですか?」 「うーん、でもわたしもネコだから半分は当たっているかも」 あえて続きを聞くことをルルはしなかった。そういえば、初めて帆崎にルルの小さな身体を包み込んでもらったときのこと、 ルルのすべてを守るように帆崎の腕の温かみを感じた同時に、何かにすがっているようにも感じられた。 「あと、耳を触ってごらん。そう、あー、上手い上手い」 「なんだか、ネコの耳って不思議な触り心地ですね」 「帆崎にこれをやってごらんなさい。ああ…上手い上手い」 大きな白先生の耳、その付け根をルルの指が揉み解すと同時に、白衣のネコはいつもの男勝りな顔を忘れていた。 白先生は別にルルのほしいままにされるのが嬉しいのではなく、ネコの本能として『上手い』と言っているのだ。 ボブショートに揃えている白先生の髪がルルの手と同時に揺れる。 窓からの陽気もあいまって、ネコの本能が今までより二割り増しに増幅されている。 晴れの日のネコほど気分のいいケモノはいない。お日様の恵みに感謝。 「あ!いけない。コーヒーが冷めたくなっちゃった…」 ルルがマグカップを摘むと同時に、保健室の扉が前触れもなく音を立てる。 そして、あのけたたましい声が部屋中にこだました。 「因幡さん!飲み物買ってきたッスよ!冷たいコーヒーでよかったッスか?」 どこで買ってきたのか、1リットルのペットボトルのアイスコーヒーをビニル袋にぶら下げて、保健委員が帰ってきた。 同時にマグカップを机に叩きつける音がした。ルルと白先生の目はマグカップのように丸かった。 「因幡さんの手当てをして下さったッスね!さすが白先生。大人しく衝立の向こうで寝てるじゃないッスか」 「因幡…?知らんぞ。わたしは」 「じゃあ…向こうで寝たまま…?ッスよね。あれ」 いままでネコの男はどうやらとか、帆崎はなんたらと講釈をたれていた白先生。しかもルルの実演つきだ。 リオに聞かれてしまったのか?ヤツの耳は長いぞ。何でも聞き逃すことはないぞ。白先生の目線が泳ぎだす。 「と、とにかく因幡のことは…知らん!」 「だ、だって!確かにここに連れて来て、湿布を貼ったッスよお」 状況のわからないルルは不思議な格好の保健委員の姿をじっと見つめている。 というより、この子が保健委員ということだと理解しているかどうかは不明だ。 白先生が衝立を動かそうとしたとき、保健室の入り口で聞いたこともない程情けないうめき声が聞こえた。 「くー…。いたたたた、いたっ」 「あ!因幡さんッス!どこに行ってたッスか?心配で心配でぼくの涙腺が崩壊しそうになったッスよ!」 おしゃれな紙袋を抱えたまま、満身創痍のウサギが飛び込んできた。 安堵の表情と共に、やりきれない何かが白先生を包み込む。 「い、因幡!人騒がせだぞ!!勝手に抜け出すんじゃない!」 ルルは白先生の尻尾を見て、ウソをついているなと確信した。 おしまい。

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