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スレ5>>450-458 冬の風物詩 第3話」(2009/04/22 (水) 19:53:25) の最新版変更点

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**冬の風物詩 第3話 ……… …ねて……み…… ……く…なさ…… …おき…卓…… ……… …… … 目が、覚めた。 ぼんやりと見える色は、白。 白い…天井だ。見知らぬ天井。 目線をゆっくりと横に移していく。 カーテンレール…蛍光灯…窓…耳… 「朱美っ!?」 痛っ!!!! 慌てて起き上がった瞬間、背中から腰に鋭い痛みが走る。 「だっ、ダメよ卓君っ!寝てなきゃ…」 ベッド脇の椅子に座っていた朱美の手を借りて、再びベッドに横たわった。 背中の激しい痛みに耐え深呼吸すると、ズキンと胸が痛み、少し息苦しい。 それらに耐えながら、なんとか声を絞り出した。 「朱美…無事…か…?」 「あたしは大丈夫。無理しちゃだめだよ卓君」 「俺は…どう…」 朱美の話によると、俺の容態は背中全体に軽度の打撲とのこと。 要するに背中全体でうまく落ちたらしい。下がコンクリートじゃなかったのも運がいい。 相当な幸運だったんじゃないかこれ。いや痛いけどさ。 あとアバラの2本ほどにひびが入ってるとか。 「…アバラ?」 「ごめん!!あたしのせいなの!」 「ぅえ?」 朱美の下になって受け止めたときにボキッといったらしい。 完全に朱美のクッションになってたわけだな。俺グッジョブ。いや痛いけどさ。 「…ははは。いやぁ、3階から落ちてこの程度で済んだんならすげぇラッキーだろ。朱美も無事だったことだし…」 軽い気持ちで朱美に顔を向けて、そこでやっと気づいた。 朱美の左上腕部、皮膜を巻き込んで白いギプスと包帯で固定されていた。 「…朱美!? その腕は!?」 「ああこれ? まあ、ちょっと…ね。落ちたときじゃないのよ」 「え…でも…」 「疲労骨折…ってやつ? ちょっと無理させすぎちゃったみたい」 「そんな…」 「ほーらそんな顔しない! なに、なんてことないのよ、ちょっとひびが入っただけなの」 朱美は首から吊っていた手を抜いて、クイクイと腕全体を動かして見せた。 「ちょっ!! 平気なのかよ!?」 「普通に生活する分には問題なし。まあしばらく飛べないけど、それだけよ」 あたしは大丈夫!と、笑いかけてくれる朱美を見て、俺もようやく一安心できた。 ベッドから上半身を持ち上げる。大丈夫だ、ゆっくりなら痛くない。 「えっ、ダメだよ無理しちゃ…」 「いや大丈夫、ずっと寝てるのもな。あと寝てても微妙に痛い」 「そっか…」 朱美の手を借りてゆっくりと体を動かし、ベッドに腰掛ける。 「あ」 「いや、いいよ」 自然と、同じベッドの左手側に朱美も腰掛ける形になった。 ふと思い出した。いや、何で忘れてたんだろう。 「朱美…3階にさ、赤ちゃんが…」 「あ、それは大丈夫」 「えっ!?」 朱美の表情は明るい。 「実はあの後すぐ、騒ぎに気付いた宮元先輩が戻って来たのよ。で、すごい勢いで3階に突っ込んで助けてくれたの」 「ええぇマジで!?」 「すごいのよ先輩、赤ちゃんが寝てるベッドごと掴んで降りてきたの」 「おおぉ!」 「あれはすごかったなぁ…」 「へええぇ…」 なるほど、あの人ならやりかねない… 雄叫びを上げて部屋に突っ込む宮元さんの姿が、脳裏にありありと浮かんだ。 実際見てはいないがこの想像、そう違ってはいないだろう。 「…すごいな」 「うん、すごいよね……あたしと違ってさ…」 急に朱美の声が陰る。驚いて顔を向けた。 「…え? いやそんなことは…」 「比べるとあたしはダメね…一人じゃ何にもできないし」 「ちょっ、そんなことないって! 朱美のほうがすごかったよ! 二人も助けたじゃんか」 「………」 朱美は下を向いて黙りこんでしまった。こんなとき、どう言葉をかければいいだろうか… 「朱…」 …!!!? え!? あれっ、何っ!? 何この状況!? 突然のことで、一瞬何が起こったのかわからなかった。 視線を下げると、朱美のポニーテールが目の前にある。 自分の顔が熱くなるのを感じる。 胸の鼓動が高鳴る。朱美に聞こえるんじゃないだろうか。 情けないことに俺はしばらく、まるで動けなかった。 「お、おい朱…」 なんとか声をかけようとして、やっと気付いた。 朱美の体が小刻みに震えている。 …泣いてる…のか…? 「……ん……めん…」 小さな、震える声が聞こえてきた。 「ごめんね…ごめんね…卓君…あたし…」 「朱美…」 「あたしのっ、せいで、卓君がひどい怪我してっ……」 「…そんなことないって。俺が勝手に落ちただけだよ」 「でもっ、あたしの……」 「朱美は悪くない。悪くないんだ。立派だったよ」 「あたしっ……」 朱美の声が大きくなる。 「もしっ卓君がっ、死んじゃったらっ、てっ、ずっとっ」  うあああああぁぁん ついに声を上げて泣き出した。 「…大丈夫。大丈夫だよ…」 初めて見る朱美の一面。弱く繊細な心。 小さく見えるその体を、割れ物を扱うように、そっと抱きしめた。 朱美が、大切な仲間が、こんなにも俺のことを思ってくれている。 これほど嬉しいことはない。 たぶん生まれてきてから一番、幸せな時間だったと思う。 「…大丈夫。俺は死なないよ、朱美」 ひとしきり泣いて、ようやく治まってきたころ、 朱美にゆっくりと語りかけた。 「小さいころからさ、利里と三人でずっと一緒にいただろ。危ないこともいろいろやってきた」 「…うん」 「でもさ、今よりずっと小さかったのに大怪我したことなんて一度もなかっただろ?」 「うん…でも…」 「今日のだって大したことない、こんなのへっちゃらだ。  しかも子供を二人も助けたんだぞ。すごいことじゃないか」 「…うん」 「なぜか、なんてわからない。でもさ」 「一緒にいればなんでもできる。一緒にいれば俺達は無敵だ。俺はそう思うんだ」 「…ふふっ」 「なんだよ、笑ったな」 「そんなの無茶苦茶だよ、卓君」 「いいんだよ、細かいことは」 「うん。ごめんね。ありがと。卓君」 「…ああ」 それから少しの間、静かに体をよせて、ただお互いの体温を感じていた。 少し時間がたって離れようとしたとき、朱美の手に引き留められた。 「…ごめん、ちょっと待って」 「何?」 「たぶん…今顔がひどいことになってる」 「ティッシュ」 「どうも」 少し顔を拭いて朱美は顔を上げた。数分のことなのに、なんだかひさしぶりに顔を見た気がする。 頬の毛皮が貼り付いて、見るからに泣きはらした顔だ。 「はは、ひどいな」 「ちょっと、笑わないでよ」 「ここらへんとか全然」 「なっ!」 つい自然に手が出た。朱美の頬の、濡れた毛の感触。 「ちょっ!女の子の顔に」 「いいから。じっとしてろって」 濡れた顔を、ティッシュでゆっくりと拭いてやる。 「…ねえ、恥ずかしいよ」 「別に誰も見てないって」 「…う…うん」 恥ずかしげに俯く朱美は、いつもよりずっと女の子らしく。可愛らしく見えた。 「うん、だいぶましになったな」 「…ありがと」 ポツリと、朱美が声を出す。 「卓君さ……あのときの、助けてるときの卓君、かっこよかったよ」 「……え? そうか? 俺ずっと朱美に運ばれてただけで」 「ううん。かっこよかった」 「そう…か。でも、朱美がいたからだよ」 「あたしだって、卓君がいたからだよ」 「一緒にいてくれてありがとう」 「あたしも、ありがとう」 「これからもよろしくな」 「うん。よろしくね」 二人の視線が重なる。 何かに吸い寄せられるように、視線が近づいていく… …………… ……… ゥォォォォォォォ ドドドドドドドドドドド ウオオオオオオオオオオオオオオ!! ぱこーん バーーーン!!!! 「卓ーーーっ!!!! 朱美ーーーっ!!!!」 「ぬぅおおおぉぉぉぉ…」 「っきゃああぁぁぁ…」 「うあああああ死ぬなー卓ー!!朱美ー!!」 病室のドアを吹っ飛ばして飛び込んできた利里は、それはそれは驚いたことだろう。 利里が見たのは、両腕を押さえてうずくまる朱美と、ベッドでのたうち回る俺。 「いっ医者ー!二人とも死ぬなー!医者ーーーっ!!」 「まっ、待ってっ利里君!」 「ちょっ慌てんな利里っ!平気だから!ここ病院だから!」 真相は簡単だ。痛めた腕でつい反射的に突き飛ばしてしまった朱美と、背中をベッドに打ちつけた俺。 それだけのことで大騒ぎにされたらたまったものではない。 「へっ平気なのか!? 二人とも大丈夫なのかっ!?」 「大丈夫!二人とも大丈夫だから!」 「怪我っ!怪我はー!?」 「俺のは大したことないよ」 「あたしも大したことないのよ。二人とも元気」 「そうっ、そう…か……」 利里は尻もちをつくように、ドカっと床に座り込んだ。心の底からホッとした様子が見て取れる。 「お前らがどうかなっちまったら…俺どうしようかと…無事でよかったぁぁぁ…」 肩を大きく揺らして、乱れた呼吸を整える利里。 「もしかして…ずっと走ってきたのか…?」 「あー…電車なんか待てなかったー…」 「ごめんね、利里君。すごく心配かけちゃって…」 「俺のことはどーでもいい。お前らが無事で本当によかったぞー」 「…ありがとう、利里。お前と友達でいれて本当によかったよ」 「利里君。ありがとう」 「おー。こっちこそー」 「いいねえ、美しい友情!」 振り向くと、見慣れた教師の姿がそこにあった。 「ザッキー!」 「俺だけじゃないぞ」 続々と病室に入ってくるクラスのみんな、そして先生達。 いのりんに、白先生、伯瀬谷先生に獅子宮先生。あとヨハンも。 鹿馬ロの3人に、猛とハルカ、りんごに保健委員。ヒカルまで来てくれるとは。 他にも数人の教師と生徒で、広かった病室はあっというまに人で埋まってしまった。 「えっ!? あのっ!」 「ああ、学校から遠いってのに場所教えたら結局こんな集団になっちまった。悪いな」 それから、本当にたくさんの話をした。 途中でライダーが飛んでいったり、ヨハンの様子がおかしかったり、騒がしすぎると看護師さんに注意されたり。 怪我人の病室だというのにさっぱり自重しない困った奴ら。頼りのいのりんもニコニコと最低限の注意しかしてくれない。 でも、みんないい奴らだと改めて実感した。話すほどにみんなの気持ちが伝わってくる。 こんなにもたくさんの仲間が俺たちのことを心配してくれている。本当に嬉しかった。 結局、面会時間いっぱいまでその騒ぎは続いた。 やたらと静かに、そして広く感じるようになった病室。 軽い診断を受け、味の薄い病院食を食べたら、就寝時間はすぐにやってきた。 薄暗い病室、ベッドに包まって朱美に語りかける。 「はぁ…やっと落ち着いた。まったく困った奴らだよな」 「卓君、顔が笑ってるよ」 「見えんのかよ…。ははは…まぁ、な。いい奴らだよ、みんな」 「うん、本当だよね。早く帰ろうよ、みんなの学校に」 「ああ。あんな風にしょっちゅう騒がれたらたまらん」 「ふふ、そうだね。おやすみ卓君」 「おう、おやすみ、朱美」 それから。 結局のところ、二人とも入院が必要なほどの大怪我ではなかった。翌日からは体の痛みもだいぶなくなった。 ほとんど検査入院のようなもので、三日後には二人揃って退院することができた。 学校に顔を出したら、早い早すぎる、心配して損したなどと散々な言われようだったが、 変わらないみんなの態度が嬉しかった。 その後、なんと消防庁から表彰を受けてしまった。朱美と、俺と、そして宮本さん。 小さい記事だが全国紙にも載り、特に話題性のある朱美は一躍有名になった…のかもしれない。 そんなこと気にならなかった。そんな場合ではなかった。 なぜなら、現状が非常にやっかいな状況だから。宮本さんが見事にしでかしてくれた。 「待ってー飛澤先輩ー!」 「御堂せんぱーい!!」 表彰状を受け取ったその場で、発言を要求した宮本さん。何を言うかと思えば… 大空部の熱烈な宣伝、それはまあいい。次が問題だった。 あろうことか、朱美が大空部のエースで、俺は朱美を鍛え上げたコーチ、的な意味にとれる発言をされてしまったのだ。 はっきりそう言ったわけではないし、嘘も言っていない。が、見事にやられた。宮本さんの作戦勝ちだった。 「待ってー逃げないでー!」 「特訓してくださーい!」 そして、朱美と同様に俺も追いかけられる対象に入ってしまったというわけだ。 今現在も、爆発的に増えた大空部の中等部の子たちから、朱美と一緒に逃げ回っている。 俺も、まだ朱美も飛べないから地上戦だ。鳥の人たちが大挙して地上を走る姿、実に異様な光景だろう。 「だーかーらーあたしたちはー!」 「鉄道研究部だって言ってるだろーがー!」 果たしてこの状況はいつまで続くんだろうか…  おわり
**冬の風物詩 第3話 ……… …ねて……み…… ……く…なさ…… …おき…卓…… ……… …… … 目が、覚めた。 ぼんやりと見える色は、白。 白い…天井だ。見知らぬ天井。 目線をゆっくりと横に移していく。 カーテンレール…蛍光灯…窓…耳… 「朱美っ!?」 痛っ!!!! 慌てて起き上がった瞬間、背中から腰に鋭い痛みが走る。 「だっ、ダメよ卓君っ!寝てなきゃ…」 ベッド脇の椅子に座っていた朱美の手を借りて、再びベッドに横たわった。 背中の激しい痛みに耐え深呼吸すると、ズキンと胸が痛み、少し息苦しい。 それらに耐えながら、なんとか声を絞り出した。 「朱美…無事…か…?」 「あたしは大丈夫。無理しちゃだめだよ卓君」 「俺は…どう…」 朱美の話によると、俺の容態は背中全体に軽度の打撲とのこと。 要するに背中全体でうまく落ちたらしい。下がコンクリートじゃなかったのも運がいい。 相当な幸運だったんじゃないかこれ。いや痛いけどさ。 あとアバラの2本ほどにひびが入ってるとか。 「…アバラ?」 「ごめん!!あたしのせいなの!」 「ぅえ?」 朱美の下になって受け止めたときにボキッといったらしい。 完全に朱美のクッションになってたわけだな。俺グッジョブ。いや痛いけどさ。 「…ははは。いやぁ、3階から落ちてこの程度で済んだんならすげぇラッキーだろ。朱美も無事だったことだし…」 軽い気持ちで朱美に顔を向けて、そこでやっと気づいた。 朱美の左上腕部、皮膜を巻き込んで白いギプスと包帯で固定されていた。 「…朱美!? その腕は!?」 「ああこれ? まあ、ちょっと…ね。落ちたときじゃないのよ」 「え…でも…」 「疲労骨折…ってやつ? ちょっと無理させすぎちゃったみたい」 「そんな…」 「ほーらそんな顔しない! なに、なんてことないのよ、ちょっとひびが入っただけなの」 朱美は首から吊っていた手を抜いて、クイクイと腕全体を動かして見せた。 「ちょっ!! 平気なのかよ!?」 「普通に生活する分には問題なし。まあしばらく飛べないけど、それだけよ」 あたしは大丈夫!と、笑いかけてくれる朱美を見て、俺もようやく一安心できた。 ベッドから上半身を持ち上げる。大丈夫だ、ゆっくりなら痛くない。 「えっ、ダメだよ無理しちゃ…」 「いや大丈夫、ずっと寝てるのもな。あと寝てても微妙に痛い」 「そっか…」 朱美の手を借りてゆっくりと体を動かし、ベッドに腰掛ける。 「あ」 「いや、いいよ」 自然と、同じベッドの左手側に朱美も腰掛ける形になった。 ふと思い出した。いや、何で忘れてたんだろう。 「朱美…3階にさ、赤ちゃんが…」 「あ、それは大丈夫」 「えっ!?」 朱美の表情は明るい。 「実はあの後すぐ、騒ぎに気付いた宮元先輩が戻って来たのよ。で、すごい勢いで3階に突っ込んで助けてくれたの」 「ええぇマジで!?」 「すごいのよ先輩、赤ちゃんが寝てるベッドごと掴んで降りてきたの」 「おおぉ!」 「あれはすごかったなぁ…」 「へええぇ…」 なるほど、あの人ならやりかねない… 雄叫びを上げて部屋に突っ込む宮元さんの姿が、脳裏にありありと浮かんだ。 実際見てはいないがこの想像、そう違ってはいないだろう。 「…すごいな」 「うん、すごいよね……あたしと違ってさ…」 急に朱美の声が陰る。驚いて顔を向けた。 「…え? いやそんなことは…」 「比べるとあたしはダメね…一人じゃ何にもできないし」 「ちょっ、そんなことないって! 朱美のほうがすごかったよ! 二人も助けたじゃんか」 「………」 朱美は下を向いて黙りこんでしまった。こんなとき、どう言葉をかければいいだろうか… 「朱…」 …!!!? え!? あれっ、何っ!? 何この状況!? 突然のことで、一瞬何が起こったのかわからなかった。 視線を下げると、朱美のポニーテールが目の前にある。 自分の顔が熱くなるのを感じる。 胸の鼓動が高鳴る。朱美に聞こえるんじゃないだろうか。 情けないことに俺はしばらく、まるで動けなかった。 「お、おい朱…」 なんとか声をかけようとして、やっと気付いた。 朱美の体が小刻みに震えている。 …泣いてる…のか…? 「……ん……めん…」 小さな、震える声が聞こえてきた。 「ごめんね…ごめんね…卓君…あたし…」 「朱美…」 「あたしのっ、せいで、卓君がひどい怪我してっ……」 「…そんなことないって。俺が勝手に落ちただけだよ」 「でもっ、あたしの……」 「朱美は悪くない。悪くないんだ。立派だったよ」 「あたしっ……」 朱美の声が大きくなる。 「もしっ卓君がっ、死んじゃったらっ、てっ、ずっとっ」  うあああああぁぁん ついに声を上げて泣き出した。 「…大丈夫。大丈夫だよ…」 初めて見る朱美の一面。弱く繊細な心。 小さく見えるその体を、割れ物を扱うように、そっと抱きしめた。 朱美が、大切な仲間が、こんなにも俺のことを思ってくれている。 これほど嬉しいことはない。 たぶん生まれてきてから一番、幸せな時間だったと思う。 「…大丈夫。俺は死なないよ、朱美」 ひとしきり泣いて、ようやく治まってきたころ、 朱美にゆっくりと語りかけた。 「小さいころからさ、利里と三人でずっと一緒にいただろ。危ないこともいろいろやってきた」 「…うん」 「でもさ、今よりずっと小さかったのに大怪我したことなんて一度もなかっただろ?」 「うん…でも…」 「今日のだって大したことない、こんなのへっちゃらだ。  しかも子供を二人も助けたんだぞ。すごいことじゃないか」 「…うん」 「なぜか、なんてわからない。でもさ」 「一緒にいればなんでもできる。一緒にいれば俺達は無敵だ。俺はそう思うんだ」 「…ふふっ」 「なんだよ、笑ったな」 「そんなの無茶苦茶だよ、卓君」 「いいんだよ、細かいことは」 「うん。ごめんね。ありがと。卓君」 「…ああ」 それから少しの間、静かに体をよせて、ただお互いの体温を感じていた。 少し時間がたって離れようとしたとき、朱美の手に引き留められた。 「…ごめん、ちょっと待って」 「何?」 「たぶん…今顔がひどいことになってる」 「ティッシュ」 「どうも」 少し顔を拭いて朱美は顔を上げた。数分のことなのに、なんだかひさしぶりに顔を見た気がする。 頬の毛皮が貼り付いて、見るからに泣きはらした顔だ。 「はは、ひどいな」 「ちょっと、笑わないでよ」 「ここらへんとか全然」 「なっ!」 つい自然に手が出た。朱美の頬の、濡れた毛の感触。 「ちょっ!女の子の顔に」 「いいから。じっとしてろって」 濡れた顔を、ティッシュでゆっくりと拭いてやる。 「…ねえ、恥ずかしいよ」 「別に誰も見てないって」 「…う…うん」 恥ずかしげに俯く朱美は、いつもよりずっと女の子らしく。可愛らしく見えた。 「うん、だいぶましになったな」 「…ありがと」 ポツリと、朱美が声を出す。 「卓君さ……あのときの、助けてるときの卓君、かっこよかったよ」 「……え? そうか? 俺ずっと朱美に運ばれてただけで」 「ううん。かっこよかった」 「そう…か。でも、朱美がいたからだよ」 「あたしだって、卓君がいたからだよ」 「一緒にいてくれてありがとう」 「あたしも、ありがとう」 「これからもよろしくな」 「うん。よろしくね」 [[二人の視線が重なる。>病院にて]] 何かに吸い寄せられるように、視線が近づいていく… …………… ……… ゥォォォォォォォ ドドドドドドドドドドド ウオオオオオオオオオオオオオオ!! ぱこーん バーーーン!!!! 「卓ーーーっ!!!! 朱美ーーーっ!!!!」 「ぬぅおおおぉぉぉぉ…」 「っきゃああぁぁぁ…」 「うあああああ死ぬなー卓ー!!朱美ー!!」 病室のドアを吹っ飛ばして飛び込んできた利里は、それはそれは驚いたことだろう。 利里が見たのは、両腕を押さえてうずくまる朱美と、ベッドでのたうち回る俺。 「いっ医者ー!二人とも死ぬなー!医者ーーーっ!!」 「まっ、待ってっ利里君!」 「ちょっ慌てんな利里っ!平気だから!ここ病院だから!」 真相は簡単だ。痛めた腕でつい反射的に突き飛ばしてしまった朱美と、背中をベッドに打ちつけた俺。 それだけのことで大騒ぎにされたらたまったものではない。 「へっ平気なのか!? 二人とも大丈夫なのかっ!?」 「大丈夫!二人とも大丈夫だから!」 「怪我っ!怪我はー!?」 「俺のは大したことないよ」 「あたしも大したことないのよ。二人とも元気」 「そうっ、そう…か……」 利里は尻もちをつくように、ドカっと床に座り込んだ。心の底からホッとした様子が見て取れる。 「お前らがどうかなっちまったら…俺どうしようかと…無事でよかったぁぁぁ…」 肩を大きく揺らして、乱れた呼吸を整える利里。 「もしかして…ずっと走ってきたのか…?」 「あー…電車なんか待てなかったー…」 「ごめんね、利里君。すごく心配かけちゃって…」 「俺のことはどーでもいい。お前らが無事で本当によかったぞー」 「…ありがとう、利里。お前と友達でいれて本当によかったよ」 「利里君。ありがとう」 「おー。こっちこそー」 「いいねえ、美しい友情!」 振り向くと、見慣れた教師の姿がそこにあった。 「ザッキー!」 「俺だけじゃないぞ」 続々と病室に入ってくるクラスのみんな、そして先生達。 いのりんに、白先生、伯瀬谷先生に獅子宮先生。あとヨハンも。 鹿馬ロの3人に、猛とハルカ、りんごに保健委員。ヒカルまで来てくれるとは。 他にも数人の教師と生徒で、広かった病室はあっというまに人で埋まってしまった。 「えっ!? あのっ!」 「ああ、学校から遠いってのに場所教えたら結局こんな集団になっちまった。悪いな」 それから、本当にたくさんの話をした。 途中でライダーが飛んでいったり、ヨハンの様子がおかしかったり、騒がしすぎると看護師さんに注意されたり。 怪我人の病室だというのにさっぱり自重しない困った奴ら。頼りのいのりんもニコニコと最低限の注意しかしてくれない。 でも、みんないい奴らだと改めて実感した。話すほどにみんなの気持ちが伝わってくる。 こんなにもたくさんの仲間が俺たちのことを心配してくれている。本当に嬉しかった。 結局、面会時間いっぱいまでその騒ぎは続いた。 やたらと静かに、そして広く感じるようになった病室。 軽い診断を受け、味の薄い病院食を食べたら、就寝時間はすぐにやってきた。 薄暗い病室、ベッドに包まって朱美に語りかける。 「はぁ…やっと落ち着いた。まったく困った奴らだよな」 「卓君、顔が笑ってるよ」 「見えんのかよ…。ははは…まぁ、な。いい奴らだよ、みんな」 「うん、本当だよね。早く帰ろうよ、みんなの学校に」 「ああ。あんな風にしょっちゅう騒がれたらたまらん」 「ふふ、そうだね。おやすみ卓君」 「おう、おやすみ、朱美」 それから。 結局のところ、二人とも入院が必要なほどの大怪我ではなかった。翌日からは体の痛みもだいぶなくなった。 ほとんど検査入院のようなもので、三日後には二人揃って退院することができた。 学校に顔を出したら、早い早すぎる、心配して損したなどと散々な言われようだったが、 変わらないみんなの態度が嬉しかった。 その後、なんと消防庁から表彰を受けてしまった。朱美と、俺と、そして宮本さん。 小さい記事だが全国紙にも載り、特に話題性のある朱美は一躍有名になった…のかもしれない。 そんなこと気にならなかった。そんな場合ではなかった。 なぜなら、現状が非常にやっかいな状況だから。宮本さんが見事にしでかしてくれた。 「待ってー飛澤先輩ー!」 「御堂せんぱーい!!」 表彰状を受け取ったその場で、発言を要求した宮本さん。何を言うかと思えば… 大空部の熱烈な宣伝、それはまあいい。次が問題だった。 あろうことか、朱美が大空部のエースで、俺は朱美を鍛え上げたコーチ、的な意味にとれる発言をされてしまったのだ。 はっきりそう言ったわけではないし、嘘も言っていない。が、見事にやられた。宮本さんの作戦勝ちだった。 「待ってー逃げないでー!」 「特訓してくださーい!」 そして、朱美と同様に俺も追いかけられる対象に入ってしまったというわけだ。 今現在も、爆発的に増えた大空部の中等部の子たちから、朱美と一緒に逃げ回っている。 俺も、まだ朱美も飛べないから地上戦だ。鳥の人たちが大挙して地上を走る姿、実に異様な光景だろう。 「だーかーらーあたしたちはー!」 「鉄道研究部だって言ってるだろーがー!」 果たしてこの状況はいつまで続くんだろうか…  おわり

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