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イサム・ノグチ

1904年、カリフォルニア州ロサンゼルスに生まれる。
1906年家族とともに東京へ移るが1918年渡米する。
1924年ニューヨークのレオナルド・ダ・ヴィンチ・スクールに通い彫刻の勉強をはじめる。ナショナル・スカルプチュア協会のメンバーに選ばれる。 1926年ブルマー・ギャラリーでブランクーシ展を見て感銘を受け、パリに留学。ブランクーシのアトリエで働く。1930年-31年の間、北京に8ヶ月滞在しChi Pai Shiに毛筆デッサンを学び、また東京を訪れ陶芸を学ぶ。
1938年ロックフェラーセンターのステンレス・スチールの作品がレリーフ・コンペティションで一等を獲得。その後慶応大学の庭園設計(1951年-52 年)、パリ・ユネスコ本部の庭園デザイン(1956年-58年)、エルサレムのイスラエル美術館のための、ビリー・ローズ彫刻庭園(1960年-65 年)、また大阪万博のため噴水彫刻設計(1970年)、東京、草月会館(1977年)、ロサンゼルスのリトル東京の広場(1983年)など世界中で多くのプロジェクトを手掛ける。また各地で回顧展が開かれる。
受賞歴も多数で、1959年ミヤゴ芸術協会の第63回絵画・彫刻展1位、1965年ニューヨーク建築協会金賞、1986年第二回京都賞、精神科学・表現芸術部門で受賞。また、1974年ニュースクール・フォー・ソーシャルリサーチの造形芸術の名誉博士号も得ている。
1985年、ニューヨーク、ロングアイランドに「イサム・ノグチガーデンミュージアム」をオープンさせる。
1988年ニューヨークにて逝去。(yamagiwaより抜粋)