支援の意義


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注:旧サフィ邸の記事

06年12月 支援の意義
(一部抄)

支援行動は云わずと知れた戦闘に対する補助的な行動です。
アタッカーでさえ怯みなどで他の攻撃手の手助けになります。
これらの行動が的確に行われると攻撃に無駄がなくなり
戦闘は円滑で迅速になっていきます。
それで、相互の支援関係がかみ合えば2人が3人、3人が4人に
勝るほどの力を発揮することができます。
また支援者は他のプレイヤーが発揮できる攻撃能力を
最大限引き出すことを戦術上の目標とするわけです。

ですが支援の意義は上記のごとく戦術上の無駄を埋め
攻撃能力を引き出し討伐時間を短くすることばかりではありません。
むしろ、それは後からついてくる結果です。
一番大事なことは仲間と戦える喜びを感じるということ、その実感こそが支援の醍醐味です。
助ける、助けられるという関係は勿論のこと、
任せる、任せられるという一見すれば重圧のようなものが
討伐成功の暁には達成感と新たなキズナと信頼感に変わります。
一緒に戦う瞬間に幸せを感じる可能性をもっているのがオンの醍醐味であるなら、
支援をするものはそのうまみを最大限に引き出すことを目標にしているのです。

というわけで、支援は人との和を大事にし人との和を強みにします。
逆に人との和を感じればこそ支援道を志すのかもしれません。
上記の殆どは師匠の受け売りですが、援け援けられる関係を築けるのは
ゲームの上とはいえ幸せなことだと思います。



支援の庭特有の記事

2010/05/21

支援をするというのは主役を譲るということです。
これは、大きく言えば、
敵と戦って倒すという、モンスターハンターの基本的な枠組みに対して
提案されるもう一つの遊び方であるといえます。

支えるということ、また支えられるということにも一定のコツのようなものが存在し、
それに熟練し、技術を駆使・発揮していくことも相当に面白いものです。
さらに、協力することによる言語外コミュニケーションの実現は、
心が通じ合う喜びに通じ、平時の生活においても新しい見方を提供すると思います。

別の見方をすれば、4人で攻撃するのが唯一無二に思われがちな
戦略に別解を提示するという面白さがあります。
攻撃を放棄してもなお敵を倒しうる火力を出せるという
戦術の多様性もまた、魅力です。それは、支援術の完成をまって、はじめて可能になった
ものでもあり、この成果は支援手の誇りに通じます。


目的として敵を倒すのを補助する活動があり
他方に味方の活動におけるストレス源の除去があるのですが
それが可能だというわけではありません。
ただ、私の支援は味方への干渉を通じて、
攻撃手として活動するであろう仲間たちは私たちの支援術へのレスポンスと
支援を受けながらのパフォーマンスを通じて
一緒に戦う楽しみを味わいつくそうとしています。
それは個々に敵と対峙する通常の協力プレイより
太い絆と濃密な時間を約束するということは信じて疑いません。

個性を持った他人の存在こそオンラインプレイの醍醐味であるとすれば
そこに強い関係を作り出す支援術は、オンラインを楽しむために、
程度の多少はあれ、知っておいて損はありません。
支援の目的と、実践から得られる他人の反応や通念との兼ね合いなどは
必ずすべての人にとっての参考になりうるものです。


狩り場における存在と、その足取り、記録、こうしたものは
上のような意義を持っている、と今は考えています。
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