幸率


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狩りの満足度、あるいはそれに寄与する度合い。



注:サフィニア邸の記事

「効率と効率」(支援論第二類)



ここでアタッカーハーフの理論を立てるときには、
どうしても戦術的有効性を話題にしてしまう、とは以前触れましたが
どれだけ楽しくプレイできるか、できたかというのは「幸率(こうりつ)」です。

モンスターハンターは目的のないゲームです。
攻撃力だとか、装備のレア度だとか、わかりやすい指標を求めてしまうと
どうしても素材中心の作業ゲームになってしまいがちです。
でもそれなら何も人と協力しても楽しくない、ただ利害一致の相棒ということになります。
そういう関係もかっこいいなー とは思いますけど、実際やってて
それにやりがいがあるかって話とはまた別ですよね。
私はそういうゲームなら支援のしがいもないと思います。
そうじゃなくてやっぱりアクションゲームであるべきで
どんな装備でも、「ほしい!」と思ったその装備を作って、着て、持って
そうして苦戦してもよし、威力に任せて圧勝するもよし。
その人たちなりに「狩り」を楽しまなくて何がモンスターハンターでしょう。
ただ装備を追う人で満足か、私はぜんぜん満足できません。っていうか装備作り私苦手で。

幸率とはじゃあ、どういうプレイなのか。
これに関してはさあ、それぞれじゃないの^^; としか言えません。
だって、幸福論ですよ(笑)常識で主観的なものって言われてるあれですよ。
私も素朴に幸せは人それぞれだって思ってますし。

それで楽しいプレイを標榜する人っていうのはサーバーが減る前からほんとによく見かけます。

 マナーの悪い人お断り!
 楽しくプレイしましょう^^
 腕がHRに追いついてないですがよろしくお願いします><

そろそろ、暁丸もミラルーツも手に入れてすることがない、とか…
途上ではあるけど何をしたらいいかわからない、とか…
そういうのは基本的に自分で作るものです。
人が与えてくれる楽しさなんてアテにしちゃだめですよ(笑

それでもたまに見かけるのが、本当に楽しそうにプレイしてる人
もっといえば、幸せそうにドンドルマを渡っている人。
こういう人を見かけると あっ、私もがんばっちゃおうかなあって
テンションあがってきます。そういうことって、ありますよね?
誰かが楽しそうだと、なんだか自分も楽しくなってくるっていう。
アテにするんじゃなくて、そういう人に刺激されながら自分は自分で
楽しんでいく、そういう風に自分なりの狩人像を作るからこそ、
バーチャルな世界で思いのままの自分を作れるからこそ、これは遊びであって
遊びのすごい力があるのです。遊ばなくってどうしますか(笑

そう思って、最近は何に使うのか(バインドキューブ?)とっておいた
雷光虫をつぎ込んで爆雷針をこしらえていったり、
攻撃を無視して回復弾乱射してみたりするのです。
でもそれは回復弾を撃ってあげたい相手だから、
最悪狩れなくってもその人と一緒に狩場に立てるだけで楽しいっていう相手だから
攻撃なんて、二の次でいっか~ って気分になるだけで、
やっぱり相手がいれば相手なりの楽しみ方は変わってくるでしょう。

さあ、そこで今日もドンドルマに立てるあなた、幸せです(笑
今日は誰と出会って、どんなプレイをするのでしょう。
それはそれは凄烈無残に攻めきってもいいし、
飛竜無視して鬼ごっこでも本気で笑いあえればそれはさぞ、楽しいでしょう
(私は遠慮しますけど^^;)

いい意味で、自分のしたいことをする。あなたのしたいことを追い求める。
これが幸率プレイ、といえるでしょうか。

「効率と幸率②」(支援論第二類)


幸率プレイのお話第二編。

自分のしたいことをするのが幸率プレイだというのが前回のお話。
ここをもう少し展開していきます。

幸率の基準となる「自分のしたいこと」というのは
必ずしもプレイの目的である「目標生物を倒すこと」と一致はしませんけれど、
まったく外れるものになるわけもなく結局は敵のモンスターを狩ることになります。
私たちは何をもって「自分はこれをしたいんだ」と言えるでしょうか。
ドンドルマにある限りは、私たちは狩人でなければなりません。
そう考えれば、私たちのしたいことというのは
私たちがどういう狩人でありたいかということに重なっていきます。
単純にいえば「うまくなりたい」でもいいし
「誰かの役に立ちたい」でもいいし「かっこよく狩れたらいい」でもいい。
妄想好きの人であれば狩人にキャラクター付けをして
それに沿ったプレイスタイルを見出していくでしょうし
そうでなくとも、プレイスタイルは自分の理想に沿うはずです。

そういう意味で、幸率プレイに技量は必要になってきます。
かっこよくやるためにも、誰かの役に立つにも、先行する技量の問題は
かならずついてくるでしょう。

むしろ、幸率プレイは、効率がいかにあるかということを理解してないと
そこから外れてなおきれいに敵を狩るということもできないでしょうし
人の役に立つつもりが足手まといになってしまいます。
楽しければそれでいいというのは妄言です。

ところで、敵が狩れればそれでいいというのが効率的思考で
それにはやはり模範解答がいくつか用意されます。
そのような考え方のもとではほかの戦術や戦略は排撃されます。
というのは、最上の効率を持つ戦略のほかは非効率だからです。
では、せっかく用意された渋い武器、せっかく用意されたシステムの中で
構築されうるすべての戦術はどうなるのでしょうか。
ここにこだわりを見出し、自分の理想に近づけていくのが幸率プレイであって
単なる効率プレイよりもうんと技量を必要とし、時間さえ要するのですが
効率的作業に満足感はなく、ただ疲労の元になっていく一方で
自分がこうありたいと思う理想が達成された瞬間の喜びは、
そしてそれを誰かと共有できたときの興奮は、やっぱりそのときならでは、
このゲームならでは だと思うことでしょう。

たしかにどんなへたくそであっても大切な戦友と
酒場でも狩場でも笑いあえればそれでいいとは思いますが、
先立つものはプレイの成功ですよね。
だから、私自身も、仲間たちとの幸せな時間は心地いいと思うと同時に、
それがちゃんと楽しくてカッコイイ、狩人としても最高の時間であるように、
戦術においても戦技においても、ある程度厳しく修練は積まなければ、と思うし
効率的プレイは修練すら必要としないほうが理想的ですから
幸率プレイのほうが修練はむしろ必要になるし
修練を積んで理想を達成していくのこそ幸率プレイなわけですね。

しかし胸を張っていえる、
幸率プレイはその名のとおり、効率的なクリアよりも
楽しさ重視であるし、その分たしかに楽しくて面白い!
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