Cries In Vain
http://w.atwiki.jp/hurosuto/
Cries In Vain
ja
2010-05-25T14:05:55+09:00
1274763955
-
小説MENU
https://w.atwiki.jp/hurosuto/pages/29.html
**小説メニュー
-オリジナル↓
[[VONW]]
[[Hope Of The Other]]
-二次創作↓
[[魔法少女リリカルなのは]]
[[東方幻想入り]]
----
2010-05-25T14:05:55+09:00
1274763955
-
~TOP~
https://w.atwiki.jp/hurosuto/pages/1.html
&bold(6){Cries In Vainへようこそ。}
&counter(total)
ここは現役厨二病の主が、東方をはじめ、様々なジャンルを扱う小説サイトです。
[[幻想入りする>http://www19.atwiki.jp/hurosuto/pages/45.html]]
[[幻想入りしない>http://www.google.co.jp/]]
----
2010-05-25T14:02:45+09:00
1274763765
-
第十八話:弱き心
https://w.atwiki.jp/hurosuto/pages/63.html
「いやぁーはっはっは」
高らかに笑う声が、青空に木霊していた。
時刻にして七時、一般人が程よく目覚める時間帯であり、洒落た社会人はモーニングコーヒーを飲む頃だろう。
いやだがしかし、今日に限ってはその目覚めを妨げる気持ちいい程の笑い声。住宅街を歩きながら、左右に挟む家に多大な迷惑をかけていた。
「いやぁー……おかしいねぇ」
おかしい。待ち合わせの時間まで後十分ほど。万が一も合わせて三時間前には家を発った。
だがいくら歩いても歩いてもただの家ばかり、予想を遥か斜め上を通り越す迷い方だった。
故に笑うしかない。
「おかしいねぇ……はっはっは!!」
もう何度目か分からないぐらい、時計を確認した。
残りタイムリミットまで五分。この果てしない旅路に終わりを告げることが出来るのか心配になってきた。
「つーか。ここはどこだろうなぁ」
歩いて、歩いて、歩く。
結局タイムリミットはキレて、ゲームオーバーとなった。
既に三十分は超え、待ち合わせの人も顔を真っ赤にさせていることだろう。
「やっと、見つけました」
「おや? おやおや、まさか迎えに来てくれたんですか?」
「流石に、この重要な案件が無しになれば、捜査に支障が出ますから」
黒い車を走らせて、彼女がやってきた。
長い金髪は人の目を引き、歩くだけで目立ってしまう。
「フェイト・テスタロッサ・ハラオウン」
「ええ。お久しぶりです、ユウキ・ヨシムラ博士」
ようやく目的地に着きそうだ。
彼女の愛車に乗って、今噂の機動六課にお邪魔するとしよう。
▼
機動六課の会議室で、フェイトを相手に話しをする。
議題については前々から頼まれていた『タナトス』について。
約半年前、強襲作戦の後に活発化したそのロストロギアは、自律型であり、生命体に寄生して宿主を探す。
奴等の目標は、主に魔道士や魔力が高い人間だ。
寄生し、精神を乗っ取られると、人としての人格を失い、化け物になる。
今までに数多くのタナトスが発見され、鹵穫と破壊を繰り返してきたが、未だ助かったのは一人のみ。それも、昏睡状態での生還。
「タナトスについて分かった事はあまり無い、残念ながらね」
私は、鞄から資料を取り出して配った。
内容はタナトスの構造と、寄生された人の精神パルス。
「これは……」
「まずはタナトスの構造について。見ての通り、こいつは機械じゃない」
「これは?」
「見て分からない? こいつは、中身が無いんだ」
タナトスは一見小さな蜘蛛型の機械に見えるが、中身が無い。
いや、中身があるといえばある。だがそれは、普通ならありえない事だった。
「物体としての中身は無いが、タナトスにはこの小さな身体に、膨大な魔力が入っている」
魔力かどうかは確定はしない。だって、思考がある魔力なんて存在しないのだから。
「次の、寄生された男性の精神パルスだが」
「これは分かります。寄生された人間は、精神……つまり心を壊されると言うことですよね?」
「半分正解だテスタロッサさん。確かに精神は壊される。だが、まだ続きがあるんだよ」
「続き、ですか」
「そうだ。一度精神が壊された融合体は、また精神が復活される」
「一度意識がなくなって、また意識を取り戻す、ということですか?」
「確かに復活するが、もうその時点で人間じゃなくなってしまう」
「………」
「個人差はあるが、タナトスに寄生されてから約二十四時間で精神の再構築まで到達する」
「では、融合体を元に戻す方法は?」
「……タナトスは一度寄生した人間に、自分の魔力を入れる。つまり二十四時間以内に寄生しているタナトスを駆除するか、トーレという少女の時のように、奇跡を起こすしかない」
タナトスについて不明瞭な部分が多すぎる。
この半年で何度かあったこの結果報告も、次回までにまとめられるレポートは少ない。
それほどまでに、タナトスはおかしい存在だった。
「では、その……」
「影について、かね?」
「はい……」
「影は恐らく、タナトスの魔力が具現化したものだ」
「魔力の具現化?」
「そう。影は、タナトス自身の精神であり、肉体でもある。武器にもなるし、盾にもなる」
「ですがあの姿は……!」
「なぜ影が皆彼の姿になるのかは分からない。だが、このタナトスに彼が重要な鍵を握っているのは明らかだ」
ヴィアトリクス・フロストリア。
古代ベルカを守護していた最強の魔剣士にして、夜天の王。
あの消滅から姿を消し、未だ行方は知れない。
「分かりました。こちらは事件を解決しながら、彼の行方を捜します。タナトスの件はお願いします」
「もちろんだよ。タナトスは、私じゃなきゃ解決出来なさそうだしねぇ……」
フェイトは、眉間に皺を寄せたまま出ていった。
資料を纏め、会議室を後にしたが……さて、これからどうしたものか。
「ヴィアトリクス・フロストリア、か。再び会えることに歓喜すればいいのか、狂気すればいいのか……」
歯車は捻じ曲がっている。まさかこんな時にこんな場所で巡り合えるのは、きっと誰かが望んだ結果なのかもしれないし、神様が戒めとして行ったものなのかもしれない。
どの道、私に残されているのはただ一つだ。
▼
パーティーは中止、意識不明者あり、怪我人多数。
あの夜から三日経っても、ますます六課の空気は悪くなるばかりだった。
首都部にあれ程大きな結界が張られたのは、本部にとってかなり予想外な出来事だったらしい。しかも、これがまた六課絡みと知った上層部は、責任の多くを六課に擦り付けてきた。
これははやて自身も覚悟しており、判決を待ったのだが、聖王協会のカリムや総務統括官であるリンディ・ハラオウン等の支援の結果、被害は最小限に抑えた。
悪い話しはここまで、後は、喜んでいいのか落ち込むべきなのか分からない話し。
「トーレ自身は殺人、及び人食いの犯行はしていない」
これがこの事件でもっとも心配された種の一つだ。
タナトス《影》が、全てやった。そういう事らしい。実際本人も意識不明なので、確実な判断は出来かねない。
そういうこともあってか、トーレは病院の隔離医療施設に運ばれた。
セッテや他の姉妹達は断固反発したが、軍事力に敵うはずもなくなのは達に宥められた。
最後に一つ、血燕が戦った謎の女ベルザ。一切の詳細は無し、セッテも襲われたらしいが、気絶させられる前の記憶は曖昧らしい。
だが確実にベルザは、今回の事件に関わっていたのは明らかだった。
「はぁ……」
「落ち込んでいるみたいですね、はやてちゃん」
壁から小さな頭と、ピンクのポニーテールがはみ出ていた。
事件続き、どんどん分からなくなる謎、未だ消息が掴めないヴィアの行方。悩みの種は増え続けるばかりだ。
「そうだな。主も最近はため息ばかりついている」
「なんとかなりませんか?」
「なんとかしたいのはやまやまだが……今主を元気付けられるのはヴィアしかいない」
二人も溜め息をつきながら考えていると、見覚えのある顔が歩いてきた。
ぼさぼさの黒髪に、対照的な純白の白衣。確かあいつは――――
「いやぁ、もしかしてそこに居るのは八神はやてさんですかな?」
「え?」
「お初にお目に掛かります。私の名は、ユウキ・ナカムラ。本局の方で科学者をしております」
「あ、私は機動六課総隊長を勤めています八神はやてです」
何故、奴がここにいる? いや……私はあいつを知らないはずなのに、妙に見覚えがあった。雰囲気でもなく、何故か、奴の顔は見覚えがあった。
考えても頭に靄が掛かったように見えてこない。でもこれは気のせいではない気がする。
「シグナム、どうかしました?」
「リィン、あの白衣の男に見覚えはあるか?」
「んー……」
壁から頭を出した状態から、リィンは男を凝視した。
「見覚えないですねー」
「そうか……気のせい、なのかもしれない」
もう少しだけ、観ていよう。
「先ほどから元気が無いようですが、何か悩み事でも?」
「……最近疲れが溜まってるだけです」
「いやぁ……嘘はいけませんな」
「それは、そういう意味ですか」
ユウキの目が変わった。いやらしく、心の奥まで見ているような、貪欲に曇った瞳で。
はやては警戒心を強めた。傍から見たら何も分からない、だが明らかに、何か言いたそうな表情をしている。
「素直になれよ、本当は寂しいんだろう? ヴィアがいないとさ」
「!?」
「どうした、あいつがどこにいるのか探してるんだろ? 教えてやろうか、あの光の果てを」
会話が聞こえない。ここからじゃ少し遠いようだ。
あまり顔を出しすぎると、気付かれてしまう。
「あんたも酷だよな、なぜ守護騎士達に本当の事を言わない? あいつらの親は……ヴィアトリスだってことを」
優しそうな顔は歪んで、知的な、それでいて嘲笑うように彼は笑っている。口調も変わっているけど、今はそんなことを気にしている暇は無い。それよりも、この男は何者なんだ……?
「黙って!」
「いや黙らないよ、四百年前の戦いで……二人の英雄が戦い、消えた。そして死んだ歴史から消えた二人が今、こうして生きている。由々しき事態だ。居てはならないバケモノが存在している。そして、そのバケモノの子供達も……機動六課という人間の居場所に住み着いている」
「やめて!!」
「主!」
怒鳴り声が聞こえて、私は飛び出した。
白衣の男は、一瞬だが、私を見る目に……憎しみが込められていた気がする。
「誰だお前は」
「本局で科学者をやっているユウキ・ナカムラですよ」
「なぜ、ここにいる」
「私に見覚えはないのか?」
「なにを言っている……ここにいる目的を言え」
見覚え? 確かにさっきから感じていたが、こいつは私に見覚えがあるのだろうか。
まただ、靄が掛かって思い出せない。
「そうか……そういうことか」
「お願い……この子達には言わないで」
「ふふ、ヴィアトリスがなぜあそこまで弱かったのかようやく分かった」
「なんだと?」
「夜天を捨てたか……バケモノのくせに、無駄な感情が多すぎるんだあいつは」
親しい友のように、ヴィアトリスの事を話している。それになんだ? 夜天を捨てた? 私たちの記憶に、彼が夜天の書の所有者だった記憶はない。
だったらこいつは何を言ってるんだ……。
「二つのロストロギアが交わった時、失楽園の道が開かれる。その魔力は強大だ。時空の一つや二つ、簡単に曲げてしまう」
「お前はなにを言って……」
「親を失った子に、親の声は聞こえまい。だが私にはアンヘルの……ジュエルシードの声が聞こえる。近いうちにすぐ会えるさ。感動の再会を楽しみにしているがいい八神はやて。いずれ分かる真実に、怯えてはならない」
「ま、待って!」
主の言葉を無視して、ユウキは歩き出した。
彼の姿が見えなくなるまで、主は私の裾を握って、泣きそうな声でこう言った。
「シグナム達は……うちの家族なんや……」
▼
「くそっ!! くそぉおおおお!!!」
壁を蹴って、殴る。当然の如く、俺の怒りは収まらなかった。
何度も何度も殴りつけて、手は真っ赤になっていた。それでも俺は――――壁を殴り続けた。
あの日、四人で戦ったにも関わらず負けてしまった。それはもう清清しい程に完全な敗退だった。
強くなった気でいた。自分は強いと信じていた。
「弱い」
自分は今までなにをやっていたのだろうか。
「ヴィアトリスなら仕留められていたでしょう」
黙ってくれ……俺はあいつを殺すんだ。俺とあいつの何が違うんだ。同じバケモノなのに、同じ異端者なのに、なぜ俺は……幸福が無い。
そもそも俺は、なんであいつを恨んでいるのだろうか? 出会ってばかりでそんな親しくなかったし、何より初めは憧れすら抱いていた。そうだ、あいつは、ヴィアトリクスは生きている人間の命を簡単に奪ってしまうような奴なんだ。戸惑いも、躊躇すら無しに。
以前ルーカスの廃墟で見つけた男は、確かにもう人として生きてられなかったのかもしれない。だが、本局に運んで治療してもらえば、きっと命だけでも助かったかもしれないのに……。
「くそ……!」
軋む腕に鞭を打って、俺はベッドを殴った。
痛い……でも痛いのには、慣れていた。
殴られる痛み、地面に叩きつけられる痛み、幼少時代から様々な痛みを味わってきたが、今は精神的にまいってしまいそうだ。いくら殴られても、俺を支えてくれていた人がいたから平気だった。そして、その安らぎから独立してこの世界にやってきたというのに、なんだこの様は。
平穏過ぎる自分の毎日に嫌気が差して、いざロストロギア関連の任務が回ってきたら隊は全滅し自分だけ生き残る。そして出会ったのが……ヴィアトリクス。聖王協会から来た、なぜかめちゃくちゃ強い魔導師(本人は魔剣士と名乗っていたが)らしいが、実際のところはよくわからなかった。
だが隊長たちも聖王協会も、なにか隠しているのは確かだ。
でもそんなことは俺自身どうでもよかった。あいつが何者か知ったところで、俺があいつを殺すことには変わりはない。似ている……のだろうか。俺とあいつは、どことなく似ている気がする。
ヴィアトリクスが戦っている時の目は、昔を思い出すような、暗く深い黒をしていた。
「………」
怒りが収まってきた。
手が痛い。俺はなにをしているんだろうか……
▼
「さぁーって! ここがミッドチルダね!」
駅のホームには、陽気な声が響いていた。
通行する人々はその声に驚いて振り向いて、女の子を見てすぐに歩きだす。それは元気な子供を見て安心したのか、それとも何か見てはならないようなものを見て目を逸らしたのか。
とりあえず言うのであれば、そこには馬鹿しかいなかったといえよう。
「乗り物はやっぱり面倒ね……うぷっ」
フードが揺れた。
顔は見えない。かろうじて少女だと分かるのは、その声と、その身長だけだろうか。
とりあえず場違い。可愛らしい私服の若者や、スーツ姿で会社に向かうどこぞの社員たち。そして、その真ん中で乗り物酔いで嘔吐しかけている、真っ黒なローブを羽織った少女らしき少女。
「ねぇ君」
「はい? なんでしょう駅員さん」
「ちょっと身分証出してもらえるかな」
「はぁ……身分証なんて物、ないですけど」
「よし、じゃあ警察呼ぼうか」
背伸びするように、駅員は声を張り上げた。
ローブ姿で十分怪しいのに、顔はフードを被っていて分からない上に身分を証明できないのなら、本業の方を呼ぶしかない。
「警察? ……なんで私が!?」
「いやいや、君、怪しいし」
「ほら! 怪しくないよ!」
バッ、とフードを取った少女は駅員に顔を見せた。
整った顔に、そこまで存在を主張していない胸部、そして長い金髪。大抵の人ならば、ああそう、気をつけて家におかえり、というだろうが……この駅員は格が違った。
「で? っていうね」
「え?」
真顔で、真剣に、人を見下したように見下ろしていた。
そもそも、顔を見せただけで警察を呼ぶのを止めるなんて話しはあまり聞かないというか全くないだろう。
「顔見せたよ!?」
「で? っていうね」
「わ、私の故郷じゃ、警察の人なら優しく見送ってくれたのに!」
「ここ、君の故郷じゃないでしょ。それで、君の故郷はこの世界にあるの?」
「え……ありませんけど」
「よし! じゃあ警察呼ぼうか!」
「えぇ!?」
状況がよくわからなかった。
そう、これはサプライズ。いきなり現れてなんでお前がここにいるんだよ! って言わせようとしてようやくお金溜めてここまで来てこれですか。状況は分かる、しかし理解はできない。だから私は―――――
「すみません! 親が病気で倒れてるのでお見舞いに行かなきゃいけないんです!」
「あっ! 待ちなさい!」
思ったよりも足が速かったのか、少女はすぐに人ごみに消えた。
「ったく。故郷はここじゃないだろうに……」
▼
夕闇は露骨に、人に孤独を押し付ける。
昔から夕方は嫌いだった。嫌な一日の終わり。楽しい一日の終わり。寂しい一日の終わり。やがて夜になり、街と森は深い闇に包まれる。
一日は終わり、寝て起きればまた嫌な一日が始まる。
つまり昔の俺には、良い事なんて無かったのだ。
窓から見上げる夕日は、良い雰囲気も感じさせないほどに憂鬱にさせる。
「家族、か」
何気ない会話に使われる、“家族”というワードに、俺は深く嫉妬し、羨望する。自分には家族が居たのかはともかく、今自分の立場から見て、家族と呼べる者は一人もいない。
居て欲しいのかも―――俺には分からなかった。
今はそんなことに気を使っている暇は無い。俺は早く強くなって、帰りたいんだ。深い森に覆われた、痛みと悲しみの町へ。
『少年』
「?」
『そんなに急いでどこへいく』
「誰だ!」
叫んではみたものの、聞こえたのは念話であって、近くにいるとは限らない。
でもこの聞き覚えのある声は、あいつしかいない。
『災いの子よ、そんなに急いでどこへいく』
「なに……?」
災いの子、か。
そういう扱いに覚えはあるが、そんなことは初耳だ。だが微かに、俺は分かっている気がする。
「言いえて妙だ、お前は俺じゃないのに、俺を俺より知っている」
『そうだとも、私はお前をよく知っている。お前を幼少より知っている。お前の知らぬ過去も知っている。お前を強くする方法さえも、知っているとも』
「ああそうかい、知ってるんなら全部話してもらたいところだが、その前に一発殴らせろ!」
四肢武装。俺のデバイスギルガメスは、大剣と、両手両足を武装する完全な近接型だ。
拳と蹴りを強くするのでは話しにならない。形こそスバルのデバイスに似てるものの、速さはストラーダにと同じ。火力だけなら、マッハキャリバーと同等。
風を巻き込み、風を噴出し、殴って、蹴る。全てはこの肉体と共に、安定と中間を維持するデバイス。
「そこだ!」
拳を大きく振り翳《かざ》し、風の弾を飛ばす。
前方に見える木の上、案外距離は近かった。風の弾を被弾する前に、奴は大きく跳んだ。
「ベルザ……!」
「こんばんは。また会いましたね血燕」
「ここに何の用だ」
「ここに? いえ、私が用があるのは、貴方と、貴方の幼馴染ですよ」
幼馴染? こいつは―――何を言ってるんだ。
あいつはここには、いない。だって、俺が置いてきたから。
「来て、いるのか」
「ええ。いきなりの都会ですし、きっと迷っているんでしょうね」
「なぜここに来た」
「十年前に街を出た幼馴染から手紙が来れば、さぞ喜んでくるでしょう」
「運が悪かったな、お前。俺の方から先に襲うってことは、手順の間違いだ!!」
フェンスを乗り越えて、ギルガメスが風を吸い込んだ。
あいつには指一本たりとも触らせない。俺が守ってやるんだ……俺が、守らなくちゃいけないんだ……!
「ギルガメス!」
『All right.』
「ソニックバニッシュ!」
ただ風の弾を飛ばすのではなく、風に魔力を付加して一気に飛ばす。
圧縮された風は風圧と共に、障害を潰していく。
「貴方は、なんでそんなに弱いのでしょうか」
「黙れ!」
風が、ベルザの直撃した。
だが奴は、何事も無かったかのように、立っている。
「すみませんね、今日はただの映像《ホログラム》です。貴方がいくら頑張ろうと、私には当たりません」
なんだよ、そりゃ。つまり、俺のことを罵り放題ってことじゃねえか……。
「撤回しろ、俺は弱くなんかない!」
「さて、それはどうでしょう。慢心し、油断し、やられる。これはあなたのいつものパターンでしょうに」
「うるせえ! 俺は弱くない!」
何度も、何度も、映像であるベルザを殴ろうと、拳を振り下ろしていた。
あたるはずないのに、何度も。
「弱きかな、災いの子よ」
「黙れよ……」
「お前が常人のような方法で強くなんてなれない。人にはやり方というものがあるのですよ」
「何が言いたい」
「これを見なさい」
ベルザが指を鳴らすと、映像が流れ始めた。
古い映像なのだろうか、砂嵐の後に、それは始まった。
逃げ惑う人々、破壊される施設、そして奴は……その中心に、立っていた。屍を積み上げ、そのデバイスは血を吸い、叫んでいる。
「ヴィアトリクス・フロストリア……」
「四百年も前のものですが、見なさい。この惨劇を。明らかな力の差があるにも関わらず、彼は殺人をやめない。酷いでしょう?」
「確かに、あいつは非情な奴だ。でも、さすがにこれは!」
明らかに俺は動揺していた。映し出されている映像には確かに隊長が映っている。でも、何かの間違いじゃないかと、そう感じる。
だがベルザは、真実だと、言い放った。四百年も前の映像なのに、なんで隊長が、映ってるんだ……。
人が、死んでいく。それは映像のはずなのに、見ているだけで気持ち悪くなるような、そんなにも酷いものだった。
大鎌が人を切り刻んでいく様子を、俺は見ていられなかった。
「やめろ!」
人の死は見慣れているはずなのに、なんでこんなにも動悸が治まらないんだ。
「何を恐れるんだ。お前もヴィアトリクスも、同じ化物じゃないか」
「え……?」
「ああ。災いの子よ、悲しむことなかれ……汝には、力がある、手に入れられる。さあ。突き止めるのです。その真実に到達した時あなたは、きっと、私達の元へ来るでしょう」
ふざけたように、ベルザは大げさな演技と共に語り、溶けるように去っていった。
四百年前に何があった、そして……俺とあいつに、何の関係があるのだろうか。ベルザが言った、化物というのはどういう意味なんだろう。
「はっ……! 意味わかんねえっつうの……」
弱いだの災いの子だの、最近は言われっぱなしな気がする。
「四百年前、災いの子……調べてみるか」
俺はさ、李 血燕、なんだよな―――――?
第十八話 弱き心 End
To Be Next...
2010-05-25T13:58:35+09:00
1274763515
-
第十七話:姉妹の絆
https://w.atwiki.jp/hurosuto/pages/62.html
ぐるぐる世界が回る。ぐるぐる世界が廻る。
回っているのは自分なのか、それとも世界なのか……それは自分では分からなかった。昼と夜、未来と過去、生と死、全部が焦っているように急いでいた。回り続けるこの視界を支配するのは感覚。一秒と掛からず変わる“世界”は、私に何を訴えているのだろうか。生きる為の希望か、苦痛を忘れるための忘却なのか。
私が黒く染まっていく。墨の海に沈んでいくように、ただただ私が染まっていくのが分かる。黒い私はこう言った。
「お前はどこにいる」
質問の意味が分からない。ただでさえ思考が安定していないのに、そんなことを私に投げるのはおかしい。というか…お前は、誰なんだ? まともに考えられる範囲での質問がこれだった。
黒い私は黙ったままだった。他に質問を思い浮かばない私も、黙っている。
「私は……」
口が開く。目の前の私は、随分とまともな事を言った。
「私はお前だ」
会話が終了した。より簡潔に、さらに余計な手間を取らない最良の答えだろう。だが呑み込まれている私は、納得が出来なかった。
お前は私。つまり、私はお前と言うことになる。不愉快だ。私はそんなに黒くないし、そんな死にたがっているような面はしていない。
「ふざけるな……」
「認めろ。私はお前で、お前は私だ」
認めない。絶対に認めない。お前は私じゃない、私は一人だ。トーレ・フロストリアという一人の人間だ。
「……え?」
人間? ニンゲンって、なんだっけ。私は……何なんだっけ。記憶に丸い穴が空いたように、よく分からなかった。人間、それは……私とかなりかけはなれているものじゃないのか。
悩んでいる内に、視界に新たな影が映る。それはよく見知った顔で、よく分からない人だった。
「兄、上…」
記憶の断片が、また蘇ってきた。割れた硝子を修復するように、その記憶は流れてきた。
その兄上の影が、私に触れた。頬を撫で、やさしくしてくれる。ずっと、我慢してた……この、感覚。あの日から脆弱を払い、ただ貴方の為に生きると決めたのに、私は何をやっているんだろう。
「お前はよくやったよ。だから―――」
もう、休んでいい。そう言って、兄上は私を抱きしめた。
私は安堵した。この温もりを覚えている。大きい腕が、私を強く抱きしめている。でも―――泣いていた。私が、泣いている。涙も黒い彼女の涙は、この黒い海に溶けていく。
兄上が居て、私もいる。万々歳なうえにハッピーエンドだ。何を泣く必要がある? お前は何が、不満なんだ…?
心の呟きがまるで相手に聞こえているように、私の言葉と共に涙の量が増える。分からない。お前が私なら、私がお前なら、なぜ……泣くんだ。
「お前は嘘吐きだ。私を認めないなら全てを否定しろ。やってみせろ。不純物を、認めるな……」
私のくせに、お前は何を言ってるんだ。この幸せを……お前は手放せと言うのか。笑わせる、嘘吐きはお前だ。
「消えろ、じゃまを……するな……」
泣き止んだ。私は軽蔑か、同情か……そんな瞳で、私を見た。
「さよならだ」
私が消える。それと同時に、世界が反転した。回って、廻って、気が付くと、世界が真っ黒に染まっていた。先ほど居た場所とは違う。もっと、混沌とした場所。
「兄上?」
返事は無い。ここは、一体どこなのだろうか。
気持ち悪い。すべてが無に還るような、感覚を鈍らす混沌を直に味わっている気分だった。
五感は既に機能を失い始めている。歩いたかもしれないし、叫んでいるのかもしれない。でも一つ分かることは、私は上を見上げているということだ。
「月が赤い」
世界を照らすわけでもなく、虚空に在り続けている。
「くっ!」
頭痛がする。そして聞こえてきたのは、兄上の声。
―――喰え
頭が痛い。今は、何かを食べる気分じゃないんです。
―――喰え
やめてください。本当に今は、食欲が無いんです。
―――喰え!
うるさい。何度も、言わせるな…今は、食べないと言っているんだ…!
▼
「高町、ちょっといいか?」
「チンクちゃん、もう怪我はいいの?」
仕事終わりに、チンクはなのはのオフィスを訪ねた。
理由は簡単だ。落ち込んでいる姉妹を元気付けようと、そう企画しようとしているためだ。
「怪我は問題ない。それよりも、少し頼みたいことがあってな」
「ええっと……それは今じゃないとダメなのかな?」
「ああ。出来れば事を早急に済ませたい」
「そっか。それで、お願いっていうのは?」
チンクはテーブル越しのなのはに資料を渡した。量としてはたった一枚。
だが、これは誰かと交友を深める行為が苦手なチンクが精一杯考えた一枚の、プライベートな企画書だった。
「やっぱり、心配なんだね」
「……当たり前だ。姓は違えど、私たちは姉妹だからな」
「うん。私は賛成かな」
「そうか、それは良かった。これはみんなにも来て欲しいんだ。二人の部屋は、結構広いからな」
「じゃあ、私がみんなに伝えておくね」
「いや、これは私から伝える。私がやらなきゃいけない仕事なんだ」
企画書を持って、チンクがオフィスから出て行った。仕事終わりの疲れを吹き飛ばすかのような楽しみを、なのはは笑顔で考えていた。
珈琲を飲んで、一息つけた。
「パーティーかぁ。こんな時期にどうかと思うけど……ううん、この時期だから、なのかな。楽しみだな」
幸せには、嵐が近付いていた。
▼
「酷い嵐だな」
「こりゃ、演習は中止かな」
食堂に着けば、皆が溜め息を漏らす洩らしていた。現状は最悪、今日は外へ歩くことすら出来ないような豪雨と雷だった。
次々とシグナムとヴィータが居るテーブルへ六課メンバーが来る。だがみんなは、とてもが付くほど笑顔だった。
「なんだよお前ら、良い事でもあったのか?」
ヴィータたちを抜けば、集まってきたのはナンバーズの面々。ヴィータの言葉を聞くと、すぐに一枚の紙を渡した。
「これは?」
「知らないのかよ」
「あのねノーヴェ、この人達はあたしたちの上官なんだから、敬語で話さないと駄目っスよ」
「なるほど、パーティーか。いやしかしチンクが発案者とはな」
「いいんじゃないか? こんな時期だし、ちょっとは笑顔が必要だよ」
「お前ら……じゃなくて、シグナムさん、たちも参加でいいんだよな?」
二人が頷いて、ようやく食事が再開された。
それと同時に、残りの八神家となのはたちが来る。だが、スバルたちの姿が見えなかった。
「あいつらは?」
「早朝訓練終わってシャワー浴びてる」
「主、こちらへ」
「おおきになシグナム」
周りの席をくっつけると、いつも以上に多い朝食となっていた。
全員が着席すると、やはり目に入るのはこの企画書。なのはだけが、笑顔だった。
「なにニヤニヤしてるの?」
「いやー愛だなぁって思ってねー」
「そうだとも、これは愛だ」
「おお! そこは認めるんか!?」
チンクの言葉に、はやてが食いついた。テーブルを掻き分けて、スプーンをマイク代わりに使っている。
なのははまた一層、笑っていた。
「ばっ…!? 馬鹿か! そういう意味じゃないからな! 私は……」
「ええよ言わんでも……分かってる」
「八神……」
「誰かを助けるとか、誰かに優しくしたいとか……一人よりも、二人居た方がええのは決まってる。せやから、ウチは助けたいんよ。誰かさんが帰って来た時、みんな揃ってなきゃ、可哀想やしな」
「それは……同情か?」
「なに言ってんねん。友情でもあり、愛情でもあり……だってウチらは、友達で、仲間やろ?」
「そうだね。だから、みんなで頑張ろう」
「じゃあ、料理の材料やらなんやらはあたしとディエチとノーヴェが担当するっス」
企画書の裏に、役割をどんどん書き込んでいく。
「じゃあ私とフェイトちゃんとはやてちゃんは、お料理かな?」
「そうだね。任せて」
「日程はどうするん?」
「ああ。それは明日だ」
皆が急いで、食べ始めた。今から準備しなければ間に合わない。
とにかく皆は急いで仕事を終わらせる為に自分の仕事場に戻っていった。
▼
―――食事の時間だ
また、声がする。もう……誰の声かさえ、分からなかった。
―――行こうか。トーレ
気持ちが悪い。こいつは一体……誰なんだろう。でも、私はこいつを知らない。
話し掛けられる度に苛つく。私は黒い水溜りから立ち上がって、言った。
「お前は誰だ」
「……俺は、ヴィアトリクス・フロストリア」
「なに?」
聞き覚えのある名前だ。
でも、どこで聞いたんだろうか。その名前を思い出そうとすると、激しい頭痛に見舞われる。
「ぐぅうう……!!!」
痛い、痛い!! 全ての神経系を切断されるような痛みに、膝を着いた。
黒い影が、私を包み込むように触れた。その気色悪い心地を、私を知っている。こいつは**じゃない。でも、何が違うんだろう。
言葉にしようとしても、頭に浮かぶ言葉が出せない。
「**……って、なんだっけ……」
「食事の時間だ」
頭痛が治まると、すぐに空腹が来る。何かを、食べたい気分だ。
「今宵の夜は最上級の食材が揃っている。さあ今日も、私に栄養を取らせておくれ」
「そうだな。早く、食べたいよ」
▼
「これでよし、と」
次の日、ト−レとセッテの部屋に次々と荷物が運ばれてくる。
だがパーティーをするにも、この部屋の惨状では、ほぼ不可能に近かった。荒れた部屋を見て、皆が困ったように話し合う。
「昨日で今日の分の仕事を終わらせたけど、これじゃあパーティーできないね」
「とりあえず、部屋を戻そうか」
「そうだね」
無残な部屋は、次々と片付いていった。
穴の開いた壁などは修復は出来なかったが、破壊された椅子などは纏めてトーレの部屋に置いた。
結局、椅子などは足りずに立食パーティーとなった。
「雨、止まないね」
「……しばらくは嵐が続くそうだ」
「準備は整ったけど、肝心の二人がいないね」
「チンク、何か知っていないのか?」
パーティーの準備が整ったが、トーレとセッテが居なかった。
時間は夕方。たとえどこかに出かけていても、もう帰ってくる時間だろう。だがいつまでたっても、二人は帰ってこなかった。
「どうしようか?」
「待て。みんな、感じたか?」
「うん。結界だね」
窓にみんなが集まってきた。雨は既に、止んでいる。
自動車も、歩く人も、全てが止まっていた。一瞬で分かるだろう。これは……
「結界……」
「みんな、バリアジャケットを」
「フェイトちゃん」
「うん。各員、現在の状況は不明瞭な事が多いので、単独行動を禁じます。ですが、ミッドに出現したこの結界は、恐らくタナトスによるものだと考えられます。街に被害が出ないように、早急な撃破が求められます。それじゃ、準備はいいかな?」
次々と結界の中へ消えていく。その中で、チンクたちだけが、嫌な予感を感じていた。
▼
「見ろよスバル、隊長がたくさんいるぜ」
「血燕、なんでそんなこと言うの?」
タナトスの本体である原種は、街の中心に居る。その行く途中で、増殖したタナトスが次々と現れた。
数にしておよそ十五体。
「スバル、血燕! 無駄話してる暇あるんなら戦え!」
「ティアナは短気だな。まぁいい……ギルガメス!!」
「マッハキャリバー!!」
デバイスが起動された。二人は同時に突っ込んでいく。
「うぉおおおお!!!」
「だらぁあああ!!!」
二人の拳がタナトスを消滅させていく。その上を、なのは達が飛んでいった。
滑空しているとすぐに見えてくる街の中心部。その真ん中に、より強い魔力の反応を感じていた。
「みんな! あそこ!」
「うん、何かいる……」
「はっ! どうせタナトスだろ、なら様子見る必要なんかねぇ!!」
「よせヴィータ!」
アイゼンを構え、タナトスに向けて特攻するヴィータ。
「ギガントッ!!」
急降下からの攻撃。巨大な槌は、タナトスの顔を直撃する寸前までいった。
時間にして一秒足らず。鉄槌で殴ろうとしようとしたが、見知った面が……そこにはあった。
「なに……!?」
「IS、ライドインパルス」
ヴィータが吹き飛ばされた。そしてその吹き飛ばした人物が、ゆっくりと空中へと上がってくる。
「そんな!?」
「……やはりか」
「チンクちゃん、何か知ってるの?」
「いや全く。ただ、予感はあった、それだけだ」
チンクが前に出た。対峙する二つの影、哀れむような目でチンクは相手を見た。
見る影も無い。狂気に満ちたその瞳は、殺戮を求める餓狼の如き威圧感。誰が見たって思う。目も前に居るのは異端だ。並みの強さじゃない。
「だが、強いだけだ。恐くはない」
「チンク姉!」
「ノーヴェ、見ろ」
「あれは……セッテ姉?」
「そうだ。言いたいことは分かるな」
「……うん。あたしたちで、やるんだろ」
二人がISを起動させた。
「待て! お前達で倒せると思っているのか!?」
「うるさい!!」
「……なに?」
「これは、私達の問題《家族》だ」
「……だが」
「案ずるな。死はしないし、殺すつもりもない。頼む、やらせてくれ」
シグナム達が後退した。残るは、チンク達だけだった。
なんて……哀れなのか。ただ、哀れみの言葉しか掛けてやれない。
「いくぞ……!!」
「………」
▼
意識を取り戻してからの初めての感覚は、暗いということだった。
気絶させられたにも関わらず、バウンドも何もかかっていない。私はすぐに起き上がって、状況は確認しようとした。
「……ここは」
爆発音などが微かに聞こえる。どうやら、誰かが外で戦闘をしているようだ。
ようやく目が暗闇に慣れてきた時、自分が居る場所が分かった。
「……この魔力反応、六課のみんなが、来てるんだ」
ならば急がなくてはならない。きっと、六課が戦っているのは姉さんに違いないのだから。
だが疑問も残る、あの女は、どこに消えたのだろうか。私を気絶させ、この場所に運んできたのに意味はあるのだろうか。
分からなかった。だが迷っているよりも、ますはこの建物の外へ出るしかない。
「これは!?」
外に出ると、すぐに異変に気付いた。
ミッドチルダを覆い尽くすような結界に、さらに中央区だけより強力な結界が張られている。これは、あの女がやったのだろうか。
「……姉さん」
こんな現実は、出来れば見たくなかった。
遠く、空で戦っているのは、間違いなくトーレとチンク達だ。
そして奴も居た。トーレの後ろに憑き、私達の大切な人の形を真似した黒い影。あれは一体、なんなのだろうか。
「姉さん」
行かなければ。あの人がいない以上、トーレを助けられるのは、私達しかいないのだから。
▼
「ガンナックル!」
ノーヴェが突撃した。
空中戦を行えない二人は、空中にいるトーレと戦うためにエアライナーに乗っていなければならない。
変幻自在に動かせる足場といえども、高速で空を駆けるトーレに、拳は当たらない。
「くそっ!」
「一度距離を取れ! 姉が抑える!」
唯一、今頼りになるのはチンクのISだった。
自在にナイフを出現させることの出来るチンクの能力で足止めしなければ、まともに攻撃すら当てられない。
「オーバーデトネイション!」
トーレが攻撃を仕掛ける一瞬の隙を狙って、トーレの全方位からスティンガーが襲った。
「今だ!」
「もらった!」
爆風の中にいるトーレに、パンチが当たった。
確かな手応え。だが、その拳が振り切ることはない。
「くそ……!」
「……強い。あのトーレに加え、タナトスの固有魔力も供給しているらしいな」
「オーバーSに更にSクラスの魔力加算、チンク姉、ちょっとヤバくないかな」
「………」
ノーヴェの攻撃は、見事に影によって阻まれた。
恐らく、チンクのスティンガーも全て防がれているだろう。
「まず、あの影を何とかしないといけないようだな。ノーヴェ、隊長陣の誰でもいい、融合体の分離方法を聞いてきてくれ」
「でもそれじゃあチンク姉が……!」
「案ずるな。倒せなくても、牽制しながら戦えば時間は稼げる」
「……分かった、でも気を付けて」
「姉に任せろ」
その言葉を聞いて安堵したノーヴェは、すぐに道を引き返した。
かといって、なのは達がタナトスとの融合を解く方法が分かっているかも分からない。
「家族は守る。どんなになってもだ」
「………」
影が、その暗い瞳でチンクを見ていた。
禍々しく、恐怖を植え付けるような眼力、そして──悲しそうな、眼をしていた。
「互いに思うことはあるようだが、今はそうも言ってられないからな」
▼
「終わったか?」
「うん、もういないみたいだね」
周りにタナトスの屍を築きあげた頃、中央の戦いは更に白熱しているようだった。
「でも、数が凄かったです」
「キャロとエリオはなのはさん達に現状を報告しに行け、きっとまだタナトスと戦ってる」
「分りました。キャロ、いこ」
エリオとキャロがいなくなった。血燕達が倒すべき相手は、残り一人。
デバイスはフル活動。もうタナトスを倒すのにかなりの体力を消耗したが、三人居ればまだやれる。
たとえ血燕達がやられても、まだエリオ達が残ってる。
「出て来いよ」
血燕の一声で、物陰に隠れていた敵が出てきた。
黒髪を靡かせ、不吉を呼び寄せるような含み笑いは、すぐにこいつが味方じゃないことを認識させた。
「よくわかりましたね」
「貴女は……誰ですか?」
「私は……バケモノです」
言っている意味がわからなかった。
いや、バケモノと言われれば、そんな気がしなくもない。まず、こいつは人間じゃないのは確かだ。
雰囲気、オーラ、気配。言い方は様々だが、とにかくこの女は、嫌な臭いしかしない。
「だったらバケモノさんよ。あんたは、俺達と戦うのか?」
「戦う、ですか。まあ、それもいいでしょう」
「言っとくけど、俺達、かなり強い上に、三人居るんだけど」
「構いません。始めましょう」
はっ。見栄を張ってるならまだ可愛いものを、どうやらこいつはマジで自信があるらしい。
だが、こちらのパーティーはティアナ、スバル、俺だ。かなり高度な戦闘が出来る。だが、どうにも嫌な予感しかしない。
「自己紹介」
「ん?」
「まだでしたね、我が名はベルザ、以後お見知りおきを」
「ああっ! んじゃいくぜ、ギルガメス!」
体力を消耗している俺達にどこまで出来るか分からないが、戦うのなら、絶対に倒してみせる。
▼
「ノーヴェちゃん、どうしたの?」
「高町、チンクねぇが、融合体と引き剥がすにはどうすればいいんだ」
街の西側でタナトスを掃討していたなのは達に、ノーヴェが合流した。
事態は一刻を争う。無駄な時間は、省きたい。
「やっぱり、難しい?」
「当たり前だ。トーレ姉さんは、姉妹の中でも多分最強だからな。おまけにタナトスもくっついてる」
「タナトスとの融合は止められないし、止まらない。でも……」
「でも、なんだよ」
「姉妹の絆なら、なんとかなるかも」
「はぁ!?」
軍人に置ける者に奇跡という言葉は似合わない。
殺し、殺され、命令され、死ぬ。その家族を抱きしめる為の手は武器を握り、家族の幸せを考える頭は、如何に敵を倒すか模索する。
だが高町なのはは、軍人でありながら、易々と奇跡という言葉を口にした。
奇跡なんて起きるのならば、恋人が戦死して泣く人もいない。それを分かっていながら、高町なのはという軍人は、奇跡を口にする。
「タナトスの実態はまだ全然分からないけど、あれが寄生した生命体の精神を侵食するのは分かっているの」
「精……神……」
「分かりやすく言うと、心を乗っ取る。融合体になったら、ますタナトスは寄生した相手の精神を侵食し、自分の指揮下に加える。そして精神を完全に乗っ取られたら、ああなるの」
そう言って、なのはは向かってくる融合体の群れを消滅させた。
「じゃあトーレ姉は……」
「諦めないで」
「でも、結果的には救えないって事じゃないのかよ!」
「甘えるな!!」
「……!?」
齢、20歳の小娘が、吠えた。
その声は周りで戦っているフェイト達にも届いただろう。いつも温和な彼女が、泣きそうな顔のまま、ノーヴェを見つめている。
その眼光に圧倒されてか、ノーヴェはようやく自我を取り戻した。
「悪かった」
「落ち着いた? じゃあ、どうしようか? 時間も、あんまり無いしね」
「トーレ姉さんは、手遅れじゃない。まだ、意識がある」
「でも、アドバイスというアドバイスは無いかな……後は、本当に家族の絆ってやつしかないかな」
「そうだな……もう、それしか無いよな」
「頑張れる……よね?」
少し涙を零していた頬を拭い去り、元気よく叫んだ。
「当たり前だ!」
もう、迷いは無かった。
▼
「くそっ!」
圧倒的だった。
投げたナイフは全て避けられ、爆発さえもその速さについていけない。
かろうじて攻撃を避けても、必ずどこかを裂かれる。
「………」
「聴けトーレ! お前の兄の名を答えろ!」
「………」
返事は無い。この声は、ちゃんと届いているのだろうか。
「答えろ!」
「私は……」
「なんだ、もっと声を出せ!」
「私は……**が分からない」
「なに……?」
続けざまの攻撃が直撃した。
マントを裂いて、腹部を切り裂く。同時に殴られ、私は吹っ飛んだ。
「う……く、そ……」
「オワリダ」
「貴様のような影如きに、終わらせられてたまるか!」
一か八か、前と同じ手で、攻撃を試みた。
トーレの刃が私を切り裂く寸前で、ナイフをトーレの後方から発射する。
「やったか!?」
「オワリダトイッタ」
同じ手は通じない。しかもあの時成功したのは、“トーレだけ”だった。
だが今回は違う。くっついてるとはいえ、奴は他の生物として、私と戦っている。
トーレは全身影に覆われている。
爆発に巻き込まれた私の首を、影の手が握り、そのまま持ち上げた。
「くっ……!」
「**……あに、う……え」
「そうだ、思い出せ……! お前達を置いてどこかに去ったお前の兄の名を!」
「兄上は、……どこ?」
「そんなもの、自分で探してみろ……!」
握っている手に力が入ってくる。
いかに半分が機械といえど、この握力には、潰されるを待つしかなかった。
「ぐ、あ……」
「逃げろ」
「なに……!?」
「逃げてくれ」
微かに聞こえる声。懇願か、悲願か、悲しそうに呟く声は、確かにトーレのものだった。
だが、たとえ聞こえたとしても私にその願いは叶えられない。逃げることに屈辱を感じるわけではないが、今ここにたっている私は、逃げてはいけないのだ。
それはプライドであり、信念であり、約束だからだ……!
「ふざ、け……るな」
「………」
影に、ナイフを突き刺した。
小さな抵抗に過ぎないが、ナイフを突き刺してもまだ、手は力を緩めなかった。
「貴様も姉ならば、その程度のロストロギアに屈するな……!」
嫌な音がした。
喉の骨に亀裂が走ったのが分かる。裂けた皮膚から滲み出た血が、青い月を反射していた。
「なぁ……確かに私達は人間じゃないけど……それでも受け入れてくれた人が居るだろ」
「………」
「私達は、今は人間なんだぞ……」
「……チン、ク」
「諦めるな……! 自分を思い出せ、私達を思い……だせ」
意識が途切れてきた。
呼吸が出来ないせいか身体にまともな信号が出せない。……私も、ここまでか。
「諦めるな!」
身体が軽くなった。
噴き出す黒い鮮血。切り落とされた影の手。助けが、来たのだろうか?
「姉さん、兄様は居ないけど、私が……姉さんを助けるよ」
「そうだ、チンク姉もトーレ姉も絶対に助けてみせる!」
エアライナーが見える。その上には、セッテとノーヴェが居た。
「ノーヴェ、トーレを助ける方法は見つかったのか?」
身体をまともに動かせない。ここに私が居ては、ただ足手まといになるだけだ。
ノーヴェに抱きかかえられ、端まで移動した。
「トーレ姉を助ける方法は具体的なものは無かった」
「そうか……やはりな」
「だから、姉妹の絆って奴を信じる」
「あぁ……それしかないな」
▼
光が交錯していく。天を駆けるその道筋に乗って、二人の光が見える。
その眩しい光を、私はただ見つめていた。
いや、見つめているというのは私の意識でしかないのだが、実際は私は戦っているのだろう。
この手で、大切な妹たちを傷付けていくのが分かる。どんなに傷を負っても、二人は立ち向かってきた。
恐いんだ。私は、どうすればいいのだろうか。
「ヴィアトリクス隊長が待ってるんだ、さっさと目を覚ましやがれ!」
「兄様は、こんな事望んでなんかいないっ!」
ヴィアトリクス……とても、懐かしくて、居心地が良くて、大切な言葉だ。
いや、コレは……名前だった気がする。
「そうだ、私は……」
こんな場所で何をしているんだ。
「出て来い、紛い物め」
「トーレ……」
「その顔で、その声で、私の名を呼ぶな!!」
「俺は、お前の兄だ」
違う、違う違う!
お前は偽者だ。本当の兄上は、ちゃんと居る!
「俺は……」
「消えろ」
私を取り巻く影を掴んだ。
「なにをする……!」
「こんなものっ、私にはいらん!」
布を引き裂く音と共に、声が聞こえてくる。
『目を覚まして姉さん!』
セッテ、私の妹……あぁ、すぐに行きたいのはやまやまだが、どうにもそううまくいかないらしい。
引き裂いていくと共に、私が崩れていく。
「トーレ……!」
「私を、嘗めるなぁあああああ!!!」
良い音が響いた。
黒い世界が、簡単に崩れていく。やってやったよ、私は、私自身で矜持を守り抜いたんだ。
だが……やはり世界というのは厳しいものだ。
身体から力が抜けていく。だがなんだ、この清清しい気分は……。
すまない兄上、すぐにでも探してやりたいが、どうも身体が動かない。
「トーレ……!」
「すまない、セッテ。少し、私を休ませてくれ……」
▼
「姉さん……」
戦闘は終了していた。
ほんの数分前、激しい攻防を繰り返していたが、トーレと影は突如として攻撃をやめた。
それからは、しばらくの悲鳴が響いていた。だがしっかりと私の耳には届いている。
「謝らないで……」
崩れ落ちる姉を、私は抱きしめた。
消えていくタナトス。その崩れていく顔は、泣いていた。
それは喜びか、悲しみか。
兄を騙るバケモノは、最後まで、その涙を絶やすことはなかった。
▼
「てめぇなんかに俺はぁあああ!!!」
風が空を斬っていく。
逆流していくその風圧と共に、渾身の一撃を見舞うために突進した。
だが空振り。叩き潰そうとしたその相手は、気付かぬうちに後ろに回っている。
「なにっ!?」
訳が分からない。
俺は気付いたら、壁にめり込んでいた。
体力も血も足りない。デバイスもボロボロで、既に原型を留めていないほどになっていた。
ベルザが近付いてくる。俺は、見上げるのがやっとだった。
「弱い」
「るせぇ……」
「ヴィアトリクスならば、私を仕留められたでしょうが」
「何が言いたい……」
髪を掴まれ、持ち上げられた。
赤い瞳が、こっちを覗いている。
「強く……なりたいですか?」
「なに……?」
「ふふ、まぁいいでしょう」
声が聞こえた。俺を呼ぶ声で、これは……はやて隊長達の声だ。
俺は全然平気、そう答えたつもりだが、俺はみんなの顔を見る前に意識が途絶えた。
第十七話:姉妹の絆 End
2010-05-25T13:58:02+09:00
1274763482
-
第十六話:空いた心
https://w.atwiki.jp/hurosuto/pages/61.html
荒れた心を癒すのは、私の場合、破壊が一番適切な処置だった。
手を振るい、壁に穴を空け、家具を壊す。そうしてようやく、私は落ち着くことができる。
不甲斐ない…自分でもそう吐き捨てることが多くなってきたと実感してしまう。
別段、特定の人物に怒っているわけではないが、このやりきれない気持ちが私を無意識に破壊へと導いてしまう。
人としての生き方を望まれずして生まれた私たちは、与えられた役目さえ実行できずに今も飄々と生きている。
化け物と呼ぶには遠く、人と呼ぶには欠陥が多すぎる。ならば私たちは、自分が住みやすい居場所に自分を騙るしかない。
“私は人間だ”
そう、今なら言える。
人として生きるのには問題は無いし不満も無い。だけど…足りないんだ。
敗者の矜持を捨ててさえ、人間にしてくれた人が居ない。擬似だが、家族として扱ってくれた大切な人が居ない。
今でも仲間はいる。今でも家族はいる。
でも…人間として機能させてくれる人がいない。彼がいなくても、きっと彼女たちに言えばこう返ってくるだろう。
“貴女は人間だよ”と。仲間がいるのは心強い。家族がいるのは暖かい。
なら私は、何を求めているのだろうか? この渇きは、何をすれば満たされるのだろうか。
今の私は…“どっち”なんだろうか。
▼
「ねえトーレ姉さん、兄様は今…何をしているのか分かる?」
「そんなもの…私に聞くな」
ミッドチルダの中央区にある一角のアパート。もうずっと明かりも点けないまま、二人は過ごしていた。
セッテとトーレは、半年前に機動六課を辞退していた。本来ならば監獄へ逆戻りだったが、少ない期間ながらの好成績によって残りの期間は免除された。
それからずっと引きこもり。セッテはよく街に行くが、セッテより重症なトーレは全くと言っていいほど外には出たがらなかった。
ただ夜になると、ずっと空を見続けている。
心配して見にくる六課の人たちも、いつも十秒も持たない。
粘れば家に入ることは可能だろう。だが、無理を通せばトーレが何をしだすか分からなかった。
「だが、兄上はご健在だ」
「…そうだね」
短い会話。およそ会話のキャッチボールと呼ぶには程遠いこの会話は、飽きもせずに十ヶ月も続けられている。
カーテンから零れる日光が、異常なほど目に染みた。
「みんな…どうしてるかな?」
「知らん」
一蹴。さほど興味が無いのか、トーレは大切な兄の話が終わるとベッドに寝転がってしまった。
「姉さん…」
セッテ自身も、十分に悲しい現実に突きつけられているのは周知の事実だ。だがそれでも…心で泣き続ける姉を支えようと、痛みを隠して過ごしている。
兄が、ヴィアトリクスがいなくなったのは、きっと私たちが弱いからだ。
心の支えにすら、なってあげられなかった。
スタンドランプを点けた。
昼間でも暗い部屋を、蝶の形をした影が伸びていた。
「…綺麗」
既にトーレは寝たのか、音の無い部屋には寝息が聞こえる。
それにしても…ただただ綺麗だった。
二人が引っ越すまで家具も何も無かったので、ヴィアの部屋から色々と貰ってきたのだ。
「これは…煙草?」
キャリーバッグから、箱の先端が見えた。
取り出してみると、やはり煙草だった。まだ開封されていない。きっと、なのはたちに取り上げられまいと隠していたのだろう。
ついでに入っていたライターを取り出し、加えて火をつける。
「けほっ…なに、これ…」
想像以上に不味かった。
不味い、といういうよりは、苦しいという方が正しいだろう。
咽《むせ》て吸う気がなくなったのか、すぐに火種を消してゴミ箱に投げ捨てた。
「これが、おいしいって言ってた…」
正直、堪えられたものじゃない。今すぐに箱を潰そうとしたが、ぎりぎりのところで止めた。
煙草への好奇心が無くなった今、残るは暇という文字のみ。テレビか外か。インかアウト。なかなか判断に困る状況だ。
夜に寝る習慣を保ちたいため、セッテは外へ繰り出すことに決定した。
▼
外が眩しい。雲一つ無い晴天は、身体に良くても心は憂鬱にさせた。
行き交う人々は、誰もが笑ってる。羨心はやがて嫉妬に変わってきた。
「…痛っ」
「すまない…怪我は無かったか? って…お前、セッテか?」
十字路を曲がろうとしたとき、誰かにぶつかった。
聞き覚えがある声に気付いて見上げると、見知った顔があった。そしてそのまま連行される。
「チンク姉さん…」
「姉のおごりだから、たくさん食べるんだぞ」
テーブルに並べられたのは、およそ二人で食べるような量ではない料理が並べられている。
連れてこられたのは近所のファミリーレストラン。有無を言わさず、強制だった。
「なんだ、食べないのか?」
「………」
「ヴィアの事か?」
チンクは、セッテを見ずに喋っている。手はフォークとナイフを掴んだままだ。
そしてセッテも、姉の顔を見ることが出来ない。
「図星、か」
「私は……」
「案ずるな。姉に任せろ」
「半年前も…同じ事を言っていた」
「そうか? 忘れたよ。過去のことは」
「兄様の事も忘れたと言うのか…!!」
怒鳴った。周りの客が一斉に、端の席を見ている。
セッテが怒鳴っても、チンクは黙々と食べていた。
「落ち着け」
「………」
「私はな、セッテ」
ようやく手を止めて、セッテの目を見た。
「恐れていないんだ」
「恐れる…?」
「ああ。ヴィアは死んでなんかいない。だから私は、“死んでいるかも”という疑念を恐れてはいない」
「………」
「だがお前たち二人はなんだ? 行方不明になっただけで絶望して殻に閉じこもる。お前たちはヴィアの事を一番信じているという気持ちが大きいくせに、お前たちが一番信じていない。…言ってることが分かるな?」
「深い関わりも無いくせに、知ったことを言うな…」
姉妹喧嘩、というには少し状況がはっきりしすぎていた。
明らかに敵意をむき出しているセッテに対し、チンクは冷や汗一つ垂らさず話しを続けている。
「私もあの方を慕っている。戦場で肩を並べたならば深い繋がりはなくても戦友だ。だがお前は…“家族”なのに信じていない」
「黙れ…」
「哀れだな」
「黙れ…!」
「いつまで閉じこもるつもりだ」
「うるさい! その口を閉じろ!」
興奮はピークに達した。既にセッテの手はチンクの首を掴もうとしている。
震える手が、チンクの首まで達しないように抑えていた。
「場所を、変えようか」
▼
「夏が終わって、また冬が来る。冬は、なぜかヴィアを思い出すな」
「………」
「姉と同意見か?」
「兄様は…」
「…ん?」
「兄様は、初めて私とトーレ姉さんを人間の家族として迎えてくれた」
いつもあまり表情を表に出さないセッテが、泣いていた。
拳を握り締めて、必死に涙を堪えている。
「“敗者”っていう檻から、出してくれたんだ……!!」
「…ちょっとやり方は強引だったがな」
「でも…私は兄様を…慕ってる…」
「お前は、何を我慢している。泣きたい時は、泣けばいい」
「うっ…うう…なんで、なんで居ないの…!?」
公園は、二人だけだった。
ベンチには、姉の胸を借りて溜めていた涙を流す妹。
「安心しろセッテ。お前の涙は、姉が拭ってやる」
その涙は、日が傾くまで止まらなかった。
▼
「煙草かそれ」
「…うん、兄様の」
「よし、姉に貸してみろ」
日が暮れた頃には、世間話に変わっていた。
セッテはまだ目が腫れているが、もう、泣き止んだようだ。
「けほっ…不味いな」
「チンク姉さんじゃ、捕まっちゃうよ…?」
「失礼だな。こんな見た目でも姉なんだぞ」
「うん…知ってる」
泣き止んでからの沈黙は多かった。だが、悪い雰囲気ではない。
「姓は違えども、私たちは家族だ。…違うか?」
「うん。…家族だ」
「だからな、泣きたい時は精一杯泣け。寂しい時は、いつでも頼れ。お前が我慢なんかし続けたら、ヴィアが帰ってきた時には海が出来てしまう」
「うん…」
「それにしても随分感情が出てきたなセッテは。…セッテ?」
静かな公園には、微かに寝息が聴こえる。
「世話の掛かる妹だ…」
ゆっくりと、起こさないように頭を撫でる。
風に揺られて、ピンクの髪が揺れていた。
「そうやってセッテを騙して、またあの場所《六課》へ連れて行く気か?」
「…大きい方の蝸牛《かたつむり》がお出ましか」
「馬鹿にしているのか?」
「…困っている妹の悩みを姉である私が聞いてあげただけだ」
「私はセッテの教育係だ」
「…その教育係より、セッテの方がよほどまともだ。お前と違って、セッテはこの辛い現実に立ち向かおうとしている」
「現実…?」
「ヴィアトリクス・フロストリアがいない現実だ」
その名前を聞いた瞬間、トーレのインパルスブレードが喉元に突きつけられている。
膝枕をしていたチンクが、セッテをベンチに寝かせた。
「…はぁ。場所を、変えようか」
戦いになれば、セッテが起きてしまう。だから、通る人が少なく、通報されても逃げやすい場所に来た。
前に立つトーレの気配も、眼光も、全てが殺気となっている。
「兄上は、お前たちの為に…」
「まるで死んだかのような口ぶりだな」
「なに?」
「お前たちはヴィアを愛していながら、信じていない。私たちは彼を信じているからこそ、戦っているんだ」
「戯言を…!」
「戯言を抜かしているのはお前だ!」
チンクの手にも、ISのナイフが握られている。
「姉なら姉らしくしろ…」
「お前に、お前らなんかに…! 私たちの痛みが分かってたまるか…!!」
トーレのISが機動する。
暗がりとはいえ、戦闘機人の“目”から、トーレの姿が消える。紫色の閃光が、夜を引き裂きながら移動してくる。
勝算はほぼ無かった。超が付く程の近接戦闘型のトーレと違って、チンクは隠密行動などに長けている。相性も、経験も…トーレとチンクでは、差がありすぎた。
「くぅッ…!」
目が追いつかない。右に振り向けば、トーレは左に居る。
チンクは右左の両方に、ナイフを投げた。
「そんな遅さでは…私は捉えられないぞ…!」
ナイフを掻い潜って、エネルギーの刃が襲う。
寸での所でガードしたが、灰色のコート《シェルコート》が引き裂かれた。
「終わりだ!!」
トーレの刃がチンクの首を斬る直前、爆発が起きた。
二人は爆風で、吹き飛ばされる。
「お前…そうか、私を捉える為なら怪我は厭わないというのか」
「だが…それも失敗みたいだ」
トーレに大したダメージは与えられなかった。
向こうは起き上がるが、チンクはまだ立てなかった。
「お前の…負けだ」
「オーバーデトネイション!!」
「そんな物なんて……なに!?」
チンクが手を広げるのと共に、トーレの周りに無数のナイフが出現した。
「さすがのその速さでも、それは避けられないだろう…?」
掌が拳に変わると同時に、ナイフはトーレに全方位から襲い掛かった。
一つが爆発すると、周りのナイフも誘爆する。直撃を喰らったトーレが、後退した。
「くっ…!?」
「聞こえるか、管理局が来たぞ」
遠くからは、サイレンの音が聞こえてきた。まあこれだけ派手に戦えば、管理局が来てもおかしくはない。
「今日は退く…私たちはまだ、お前たちを許した訳じゃないからな…!」
「“私は”の間違いじゃないのか?」
「ふんっ…」
トーレが居なくなると、チンクは立ち上がった。
やはり姉妹で戦うのは、気が引けた。
「困った姉だな、全く。…さて、セッテを起こして私も帰るとしよう」
痛む身体に鞭を打って、チンクは公園へ戻っていった。
後に残ったのは、爆発で剥けた無残な地面だけだった…。
▼
走る、走る。
誰かから逃げる訳でもないのに、私は必死に街を駆けていた。
「くそ…くそっ!!」
苛立ちが収まらない。チンクが憎いわけではないが、どうしても、心は苛立ってくる。
なんなのだろうか、これは。私がもっと強くて、速かったなら、きっと兄上を助けられたかもしれない。
「………」
そうか。私は…自分が許せなかったんだ。
あの時、兄上を迎えに行く、なんて意気込みながらも、ただの雑兵と戦うことしかできなかった自分を。
兄上の背中すら、見ることが出来なかった。
「…チンクの言った通りか」
私は心も弱かった。
罪を他人に押し付けて、六課を去った。…なんて弱さだ。
兄上に負けて、自分のプライドを守れるぐらいに強くなりたいと願ったはずなのに、こんなにも弱い。
「…お前は」
路地裏、私が一人立ち尽くしていた所に、犬が来た。
足に擦り寄ってくる小さい犬は、様子がおかしい。
「なんだ、怪我でもしているのか?」
しゃがんで、犬の顔を覗き込むと、すぐに異変に気が付いた。
「な…!? くそ…! これは!?」
犬が倒れる。元々、野犬にしても異常なほど痩せていた。
倒れた犬から、黒い何かがトーレに飛びつく。やがて身体全体を包み込み、暴れていたトーレの動きが止まる。
「………」
倒れる時、空が見えた。
―――月が赤い。こんな夜には、人を喰らうにはもってこいの静けさだった。
▼
「その怪我はどうした!?」
六課に戻ってすぐに、叫び声は仕事を終えた局員たちに響き渡った。
叫んだのはゲンヤ・ナカジマ。J.S.事件が終わった後、更正プログラムを終えたナンバーズの何名かを引き取った者だった。
自分の怪我も、周りの目さえ気付かず、チンクは口を開いた。
「父上、なぜここに?」
「ええい! お前は早く医務室へ行け!」
質問は却下。チンクはそのまま、医務室に向かうことになった。
チンクと入れ違いで、フェイトが入ってくる。
「あの、ゲンヤさん。お話しとは?」
「あぁ…少し、厄介なことになりそうだぞ」
「…詳しく聞かせてください」
ソファーには、向かいあって二人が座った。
向かいにいるフェイトに、ゲンヤは珈琲を一気飲みして言った。
「街が、危険だ」
「…どういう意味ですか?」
「お前たちは、タナトスというロストロギアを追っていたな?」
「はい。…まさかミッドに!?」
「確証は無い。だが、その可能性は高いぞ」
ゲンヤが取り出したのは、何かの爆発によって破壊された広場だった。
「これは…」
「約一時間前の奴だ。今日は非番だったから外食をしていてな。たまたま現場に出くわした」
「…すぐに調査を」
「待て、まだ確証があるわけじゃないから六課は動くな」
「風評ってやつですか…?」
「それもある。いずれにせよ、ロストロギアが関わるならお前たちの出番になる」
風評…元々あまり上層部からの人気が無かった機動六課は、今や世界を救った組織からただの役立たずへランクダウンしている。
下手に動いて何も無かったら、また上からお小言を貰うのは目に見えていた。
「分かりました。はやてたちには私から伝えておきます。わざわざすみませんでした…」
「なぁに、上の奴らと違って、俺は六課が気に入ってるからよ」
「ゲンヤさん…」
「気張れ、お前たちは…よくやったよ」
「はい…」
一息ついて、ゲンヤは帰っていった。
窓の外は綺麗な夜空。だが、嫌な空気が漂っていた。
▼
夢を見ている気がする。気がする…という曖昧な表現が正しいのは間違いない。
私は、ただ歩いていた。
夢なのか、現実なのか。よろよろとまともに立っていられないのに、私は歩き続けている。
「………」
下水の臭いが、鼻をつんざく。
まともに言葉を喋れない。その上、気分だけが上がっていく。
私は故障している。流れる血の脈動が、一刻も早く喰らえと命じてくる。
喉が乾く。身体が熱い。水が…飲みたい。
―――ただの水じゃあ、満足できないだろ?
兄上の声がする。
―――赤い水のタンクが、そこらへんにたくさんうろついている
何を、言っているのだろう…
―――喰え
タンクは…人なのに…?
―――喰え
乾きが強くなった。私は、手を伸ばす。
獲物が逃げた。追わなくちゃ。
「IS、ライドインパルス…」
遅い。路地裏にたむろっていた若者たちの身体が裂ける。
――静かになった。ようやく、この乾きを癒すことができるみたいだ。
―――サア、ショクジノジカンダ
▼
「ここ…は…?」
深い眠りから醒めると、今居る場所を知っていることに気付く。チンクが、寝ているセッテを抱えて運んだのだ。
立ち上がって、周りを見渡す。すぐに異変に気付いた。
「なに、これ…?」
自分の部屋が、無残にも荒らされていた。
いや、家具や壁などが粉々に壊されているあたり、荒らすという言葉を超えていた。
唯一無事なのは、ヴィアのスタンドランプぐらいだ。
リビングに出ても、誰もいない。残るは、姉の部屋ぐらいだ。
苛立ちを抑える為に物を壊していたトーレがセッテの部屋を破壊したのは分かっていることだ。ただの強盗にここまでは出来ない。
「姉さん、居るの…?」
部屋の片隅に、トーレが居た。
うずくまって、下を向いている。セッテが、事情を聞こうと近づいた時、部屋に怒鳴り声が響いた。
「来るな!!」
いきなりの事で、少し戸惑う。トーレは、いくら苛立ってもセッテに八つ当たりすることは無かった。
怒りを超えて、既に殺気と化している。そして、咽るような臭い。
「電気、点けるよ…?」
答えは無い。セッテは、部屋の明かりを点けて、驚愕した。
白い壁はあちこちに赤いコーティングが施されている。これは、知っている…人間の、血の臭いだ。
「こ、れ…は…」
「来ないでくれ…」
泣きそうな声で、トーレが呟いた。
いや…泣いているのかもしれない。どちらにせよ、話さなければ何も始まらないと判断したセッテは、歩みを止めなかった。
「姉さん、一体なにが…」
ようやく、気付いた。
姉の後ろに、何かが居る。それはほとんど実体は無く、気配として存在している。
禍々しく、自分の存在を誇示していた。すぐに分かった。こいつが原因だと…。
「お前か…お前が姉さんを泣かせたのか…!!」
「逃げろセッテ…!」
ISを機動させる前に、セッテが吹き飛んだ。
トーレが、セッテに刃を向けている。
「姉さん…!?」
「夢じゃ、無かった…」
「え…?」
「逃げろセッテ…そして、六課を呼んでくれ…。私を、止めてくれ…」
「姉さん!!」
セッテを殺そうとする意思に抗いながら、トーレは窓から飛び出した。
何事も無かったように、部屋は静寂に包まれる。
「嘘…だ…あんなの、兄様じゃない…!!」
▼
気付いたら、私は機動六課の前まで来ていた。
今日の姉さんはおかしかった。真っ赤な部屋におかしな言動…なによりも、トーレ姉さんの後ろに居た黒い影は、明らかに兄様だった。
自分一人ではどうにもすることが出来ない。だから、ここにきたのだろうか…。
「暗い…」
真っ暗な六課を見上げて、そう呟いた。今は深夜、起きている方がおかしいというものだ。
入り口は開かない。時間は無いのに、どうすることも出来なかった。
「兄様…」
兄様なら、どうするんだろう…そう考えている内に、また足は無意識の動き出した。
「兄様ならきっと、自分でなんとかする」
だったら、私も頑張らなきゃいけない。嫌な予感がする。
これ以上私は…家族を失いたくないんだ。
「厭《いや》な…空気だ…」
静か過ぎる街は、逆に疑心を煽る。予感が、段々と確信へ変わっていく。
この街は今…戦場になっている予感がした。
▼
家に戻っても、手掛かりは無かった。
窓が割れた音も、叫び声も騒ぎにはなっていないらしい。だが部屋に戻ったら…トーレが居るという幻想は無駄だった。
部屋は赤く、窓は割れ、誰も居ない。
「姉さん…」
誰も居ない、という事が妙に悲しかった。
トーレだってたまには外に出ることもあるだろう。待っていれば家族は帰ってくる。でも…“誰も”いない。
「家族が居ないのは寂しいですか?」
「誰だ!?」
「誰? そうですね、強いて言うならば、貴女の敵ですよ」
窓の前には、女が立っていた。
入ってきた気配すら無い。いや、もとから居たのかもしれなかった。
美しい黒髪をなびかせて立っている女のその紅い瞳は、明らかな嘲笑。
「敵…? フリージアか…!」
「正解です。さて、貴女のお姉さん、何か様子がおかしかったでしょう?」
「…!? やっぱりお前たちだったのか…それに、あの兄様に似た影はなんだ!」
「兄様? あぁ、ヴィアトリクスのことですか。はて、貴女にはそう見えたのですか」
「どういう意味だ…」
「いえ、予想通りと言えばそうなのですが…。まあ、そんなことよりも影の正体の方を気にするべきでは?」
ISは既に起動している。後は、返答次第で彼女を斬るだけだ。
「兄様じゃない事が分かったならそれで十分だ。後は…お前をここで倒す!」
狭い部屋の中ではブーメランを投げるわけにはいかない。セッテはそのまま斬りかかった。
一瞬で距離を縮め、振り下ろす。だが、その場所には誰もいなかった。
「…なに!?」
「おめでとうございます。貴女は選ばれました。新たなる歴史を築く駒として…」
後ろを振り向く前に、セッテに衝撃が走った。
相変わらずの、嘲笑の瞳。
「我が名はベルザ…お見知りおきを」
そのまま倒れる。微かに残る意識の中、首に手が届く寸前で、セッテの意識は途絶えた。
灰色の雲が広がっていく。ミッドに、嵐が近付いていた。
第十六話:空いた心
2010-05-25T13:57:30+09:00
1274763450
-
第十五話:タナトス
https://w.atwiki.jp/hurosuto/pages/60.html
子供の頃、ただみんなに嫌われていた。
石を投げられ、棒で殴られ、ボロボロになった俺はゴミ捨て場によく捨てられていた。
町を歩くたびに、人の群集は道を開ける。
『災いの子』
そう、みんなが呟いていた。
10歳になるまで、一緒に暮らしていたおばさん。名前も、年齢も、何も知らない人が、ずっと俺の傍に居た。
外には一切出してもらえない。ただあるのは、窓の外に広がる木々のみ。
朝になって、朝食を食べるために下へ降りた。でもいくらおばさんに話しかけても、返事は無かった。
10歳の夏、初めて、『死』を見た。
三日掛けて掘った庭の穴に、体から腐敗した臭いをするおばさんを、埋めた。その時、まともに喋ったこともなかったが、何故か涙が出た。
土だらけの手で、必死に零れてくる涙を拭っていた。
夕方、だがおばさんが死んで、一人になった事で俺は外に出ることを決心した。
一時間ほど森を歩き、ようやく聞こえてきたのは、子供たちの声。
人間は・・・おばさん以外は見たこと無かったけど、みんな大して自分と変わらなかった。
「ねえおじさん、ここはどこ?」
「なんだい? ここはジェラートタウン、君は・・・両親とはぐれてしまったのかい?」
「おばさんがしんじゃった」
「なんだと!? それで、おばさんは何処に居るんだい!?」
「家は、あの森のおく」
森の方へ指を指すと、おじさんの顔は青ざめた。
おじさんはすぐに冷静になって、ボクの肩を掴んで丁寧に話し始めた。
「ねえ君、君のお家は・・・近くに湖があるところかい?」
「うん、そうだよ。すごく広いんだ!」
「こちら第二班、三丁目に“災いの子”を発見、指示を頼む」
『こちらJT支部本部、現在本部からの連絡待っている』
「さて、君はココには居ちゃいけないんだよ」
「やっと外に出れたのに・・・?」
「でもまたもどらなくちゃね」
「いやだ! いやだよ!」
「黙れ! 人が集まってくるだろ!」
視界が反転する。今・・・何が起きた?
倒れて、見上げてようやく理解する。“青い服のおじさん”は、ボクを殴った。
間髪入れずに、次の拳が飛んでくる。避けることもできないボクは、また吹っ飛んだ。
「な、に――するの?」
「まさか、お前みたいなのが本当に森の牢獄から出てくるとはな」
蹴りも、ぶたれるのも、初めてだった。
痛い。鼻から血が出て、膝から赤い何かが飛び出している。
さっきまで優しかったのに、なんでいきなり怒ったんだろう。おばさん以外の人と話したこと無かったから、きっと怒らしちゃったんだろう。
「ごめんなさい・・・ボクが、悪かったの?」
「こいつ、目が・・・」
「ボクが、悪かったんだよね?」
「黙れ!」
「ごめんなさい・・・」
「うるせえ!」
額から血が流れる。おじさんは、腰から取った棒でボクを殴りつける。すごく、痛かった。
手で防いでも、すぐに変な音が聞こえてくる。
おじさんがぶつたびに、バキって音が聞こえてくる。
痛みが感じなくなってきた。ぶたれた衝撃だけしか、わからない。
「痛いよ…痛いよお…!」
「黙れ! 黙れ!」
意識が、途切れた。
それから覚えているのは、笑い声と、頬を伝う血と、血を洗い流すように降る夏の雨だった。
▼
− フリージア本部強襲作戦から十ヶ月後 −
「居たぞ! こっちだ!」
「こちら第七陸戦部隊! パーティ半壊によるため任務続行不可! 増援はまだか!?」
『こ――ち、本――広域チャフ、…により』
「電波障害か。…くそ! 援軍は望めない! 俺たちで止めるぞ!」
「隊長! 100M《メートル》先に生命反応、こちらに向かってきます!」
半壊する街。燃え上がる赤い炎、迫りくるバケモノ。
任務は、さほど難しいことでは無かった。
時空管理局第七陸戦部隊は、本局からの委託任務により管理外世界に赴き、ロストロギアの反応を調べに行く、というものだったはず。
それがそうして、こんなことになったのか。
巡回を終え、宿に帰宅途中――隊員が“変な音”に気付いたのが最後、惨劇が始まった。
およそロストロギアと呼ぶには程遠いその生物は、一時間で十四人居た隊員の半分を喰い尽くした。
「…聞け! 生き残りし同士諸君! これより私は修羅道に入る! 奴らと心中する覚悟がある奴だけ付いて来い!」
その叫びは、間違いなく街に響き渡っただろう。ロストロギアの足音が、段々と近づいてくのが分かる。
隊員は、全員黙り込んだ。
無理も無い話しだ。これからバケモノと共に“死ぬ”と言っているんだから。
「無理はしなくていい。お前たちには帰るべき場所あれば待ってる恋人も居るだろう。お前たちのように若者が死ぬにはまだ早い。だから、行かないのを責める奴は誰一人としていないだろう」
「隊長…」
「妻が逝き、子は巣立ち、もう何の未練がある。この老躯《ろうく》、時代を担う若者たちに“これから”を任せる為に散るのは…悪くない」
「自分は行きます!」
「俺もです!」
次々と挙手し、デバイスを構えた。
だが一人、手を上げることは無い。
「お前は、行かないのか?」
「自分は…」
「よい、言うな」
「でも!」
「ではお前に特別任務を与える」
「え…?」
「私の身体は、妻と同じ墓に埋めてくれ」
「はい…」
一人の隊員だけが、脱出した。それを責める者は、誰も居ない。
それぞれがデバイスを構え、近づくバケモノに集中する。
「いいか、できるならお前たちは生きて帰れ。死ぬなよ」
「隊長こそ死なないでくださいよ。葬式行くの面倒なんですから」
「そうだな…では迎撃する! 構え!」
「はっ!」
「舞台はもう終わる! この劇に、奴の鮮血を持って幕を下ろすぞ!」
...以上が、報告だった。
時空管理局第七陸戦部隊 生存者一名 死傷者三名 行方不明者九名 対象ロストロギア消滅。
目標であるロストロギアは、最近出没の多い次元広域犯罪組織フリージアが多数所有する未確認ロストロギア“タナトス”であることが分かった。
これは自立型で、封印が解除されると即座に近辺の生物に寄生する。
寄生した動物のコントロールを奪い、最終目的へ接近する。
タナトスが動物のまま見つかるのはまず無いだろう。奴らが見つかるその時は、絶対に人間に寄生している時だ。
危険度はS、自律型に加え、奴らは膨大な魔力を持ち、魔法経験の無い人間でも強力な魔法が使えるようになる。
そして極めつけは…“増える”ことだ。
タナトスに寄生された人間が取る行動はただ一つ。他の生物を喰うことだ。
喰ったあいての魔力を奪い、新たなタナトスを生む。
よってこのタナトスは危険度Sだ。そして、このバケモノに対抗できる奴らは少ない。本局の魔道部隊か――
古代遺物管理部機動六課しか、いないだろう。
▼
「うぉおおお!!!」
「でやぁあああ!!」
剣と拳が、交差する。ぶつかる金属音は、室内に轟々と響いている。
戦っているのは血燕とスバル、双方の模擬戦は、かなり発熱していた。
「ギルガメス!」
『Load Cartridge!』
「マッハキャリバー!」
『Load Cartridge!』
互いのデバイスが、同時にリロードをした。
回数にして二回。デバイスに込められる魔力が倍増していく。
「ディバイン―――」
「ソニック―――」
ギルガメスは両腕と両足にアーマーを装着させるデバイスだ。
肘と踵から膨大な風を噴射して、その勢いで攻撃する。それこそ、単純かつ強力な相手を『倒す』ことだけを考えた技。
身体に掛かる負担は筋肉を軋ませ、下半身と上半身のうねりがより強いパンチを生む。
「バスターーー!!」
「バニッシュ!!」
スバルの拳から放たれた圧縮された魔力の塊は、猛スピードで突っ込んでくる。
肘のブーストがフルアクセルになった。もはや、止まる術は無い。後は、このまま突っ込むのみだ。
「うぉおおおお!!!」
「えぇ!?」
驚きの声が聞こえた。
紫の魔力弾にギルガメスが衝突した。反動で押し返されそうになるが、ブーストの勢いが後退を許さない。
ゆっくりと、ディバインバスターを侵食していく。
「これで、どうだ!」
「くぅッ…!」
ソニック・ブラストとディバインバスターが相殺し、すぐさまギルガメスの脚部がブーストを展開する。
空気を吸い込んでは風に変え、そしてその風をまた吸い込み噴出する。
足のアーマーが、スバルの腹部を直撃した。
「まだまだ!」
「バリアか!?」
一度後退し、体勢を立て直す。スバルはマッハキャリバーを使い近接戦闘も得意だが、バリア系の魔法も得意らしい。
追撃は出来ない。バリアで弾かれて反撃を喰らうのが落ちだ。
「ウイングロード!」
「!?…ちぃ!」
空を飛べない俺に対して、空中戦はもっとも苦手な戦いだ。
ブーストで一時的に飛べるものの、すぐに落下してしまうのが現状。ならばどう打破するのか…
幾度となく、スバルの拳が身体のあちこちを直撃していく。模擬戦とはいえ、気を抜けば病院送りは免れない。
「バリア、か」
「でりゃぁあああ!!」
「バリア…?」
そういえば前に、バリアを使った訓練をしたことがある。
そうだ、隊長がみんなにやった訓練だ。六つか七つぐらいあるバリアの脆い部分を、強力な一撃で粉砕する。
「ギルガメス!」
『All,My master』
「ソニック・バニッシュ!」
「バリア!」
「まだだ! 連撃! 集風脚!」
「くっそぉ…! バリアが…!」
「うおりゃぁあああ!!」
ギルガメスが、バリアを貫いてスバルに直撃した。
今度こそ、手ごたえは確実にあった。
「勝負あり!」
「よしっ!」
「あちゃー、負けちゃったかあ」
フィールドが普通の室内に戻り、ベンチに戻っていく。
訓練室に仕事で来れなかった総隊長以外の全員が、スバルと俺に駆け寄ってきた。
「おめでとう血燕、やっとスバルを倒せたね」
「ええ、まあ…」
「ちょっとスバル! あんた手を抜いたんじゃないんでしょうね!?」
「違うよ! 血燕は本当に強くなってるんだって! ティアだってこの前負けたじゃん!」
「うるっさいわねえ…あんなのまぐれよ!」
「…後は、隊長たちだけですよ」
この十ヶ月で、俺は隊長陣、副隊長陣以外をすべてに勝った。
あの今も忘れることの出来ないあの“助けられた”かもしれない男の死に様を見てから、毎日特訓に明け暮れた。
ギルガメスと新技開発や、状況に応じて対処する立ち回りなどをだ。全てが上手くいったと言うわけではないが、考えたものはその日の模擬戦で試す。
そうして俺は、見事ここまで登り詰めた。
「よしっ…」
静かにガッチポーズをとってすぐに、はやて総隊長から連絡があった。
モニターには、リィンさんと総隊長が居る。
「緊急事態発生や! みんなすぐにブリーフィングルームに集合して!」
「はいっ!」
▼
「これは…!?」
「せや、自律起動型ロストロギア、タナトス。本局の魔道部隊が処理するはずやったんやけど、どうも人手不足らしいねん」
「でも、これはいい機会なんじゃないんですか?」
「せやなエリオ、この十ヶ月間待機ばっかやったし、そろそろ六課も動かなあかんからな…でも、これがタナトスとの初陣やし…」
この十ヶ月間、六課は世間の風評から中々事件が回ってこなかった。いつも美味しいところばかりを取っていく機動六課は、今や本局の奴等にとって丁度良い餌だ。
“役立たずの六課の代わりに”という名目のもと、本局の部隊では手に終えないような事件を無理やり片っ端から片付けていった。
だがこれが結果だろう。ロストロギアに対して異常なまでの強さを誇る六課の肩代わりでやってきたんだ。いずれ敗戦してこちらに回ってくるのも時間の問題だった。
「初陣に出なきゃいつまでも戦えないよ。さ、作戦指示をお願いね、はやてちゃん」
「…約三日前、本局の第七陸戦部隊がタナトスと心中した話し知ってる?」
「確か、奇襲を喰らったらしいな」
「うん、それで半壊した部隊で、隊員がタナトスもろとも自爆したらしいんやけど…死んでなかったみたいやな」
死して屍拾う者無しとはよく言ったものだ。意味こそ違うにしろ、文字通り、“拾えない”状態なのだから。
「この事件は半年前と大きく関わってるんわ確かや」
「タナトスを追えば、必ずヴィアさんが居るはずなんですよね」
「でも、隊長は死んだんでしょ?」
「てめえ血燕、もういっぺん言ってみろ…お前の頭を縮めてやる」
「死体が無かったんですよね? どうしてそこまでして隊長が生きてるなんていい切れるんですか」
「悲しい奴だな血燕、お前、誰かを好きになったことがあるか?」
その発言に、その場に居た全員が血燕を睨んだ。
誰もがヴィアが生きているかどうか分からない状況で、一番言ってはならないことだ。
シグナムが、哀れんだように呟く。
「そんなもの、俺だって…」
「“そんなもの”と言っている時点で不合格だ。もしもこれ以上下らないことを言うのであれば、お前の身の保障は出来んぞ」
「…了解」
下らない、下らない…。
なぜ皆は、そこまで信じれるのだろう…俺が以前考えていたその答えは、まだ見つかっていない。
「じゃあ部隊編成から説明するけど―――」
シグナム副隊長の言葉を最後に、後は全部耳に入らなかった。
出撃は一刻後、結構人員が少なくなった六課にとって、危険度Sのタナトスに対応できるのだろうか。
▼
「ロストロギア、タナトスかぁ…」
「なによ、怖いの?」
「うん、怖いよ」
出撃まで後三十分を切った頃、先に準備を終えてしまったスバルとティアナが、ヘリポートに居た。
「やけに素直ね…」
「うん、だって…あたしたちってさ、仕事上、いつ死んでもおかしくないでしょ?」
「そうね。でも、あたしたちには…」
「分かってるよ? 昔より強くなったし、なのはさんたちのおかげで、災害に合って苦しんでいる人たちを助けられるようになったし」
「だったら、何が不満なのよ」
体育座りしていたスバルが、夜の空を見上げた。
真ん丸い月が、地上よりも高い場所に居るせいかより大きく見える。
「不満? そんなものないよ」
「……?」
「ただ、確かに死ぬのは怖い。でも、あたしはみんなが居る限り、一生懸命楽しみたいんだ」
「回りくどい言い方ね。初めに死ぬのは怖いけどみんなと居るのは楽しいって言えばいいのに」
「えへへ、ごめんね」
座っていたスバルが立ち上がった。
ヘリの近くには、もうみんなが集まってきてる。
「いやー、それにしてもみんな気合入ってるねっ!」
「そりゃそうよ、なにせ…ヴィアさんの足取りが掛かってるからね」
「うん、じゃあ、あたしたちも行こっか」
足取りは速かった。
別段、二人はヴィアに対して恋愛感情などは無いが、自然と自分たちの側に“居て欲しい”存在となっている。
まだ色々と教えてもらうことがたくさんあるとか、もっと話してみたいとか。理由は様々だが、機動六課にとって“ヴィアトリクス”は居なくてはならない存在になっているのは、確かだった。
▼
「みんな、改めて状況を開始するよ」
今回タナトスの鹵獲《ろかく》作戦に加わったのはスターズ分隊に、血燕を加えた即席チーム。
隊長、副隊長は変わらずメンバーの変更は無い。ただのロストロギアの鹵獲ならば十分過ぎる戦力だ。
「目的はサーチによって場所は分かっています。機動性が高いので、ほぼ戦闘無しでの鹵獲は不可能だね。そこでこれの登場です」
なのはが取り出したのは、ロストロギア専用のトラップだった。
設置した場所にタナトスが来れば、赤外線のセンサーが反応して一時的にAMFが発動する。
「東西南北全ての出入り口に設置し、追い詰めて鹵獲します。相手は自律型…油断すればやられるのはこっちだからね?」
「なぁなのは、これって…一応相手は魔道師なんだろ? じゃあ、かなり危険じゃないか?」
「そこはみんなの実力に掛かってるってことで」
「まぁそうだけど…」
「どっちが心配?」
「なにが?」
「ううん。なんでもない」
それだけ言うと、クスクス、と笑いながらなのはは去っていった。
「じゃあ、お前らも配置につけ」
「はい!」
西にいるタナトスは、なのはとティアナとスバルで追い込む。
物理能力に長けた血燕とヴィータは万が一タナトスが機能を停止しなかった場合の戦闘要員。
『こちらスターズ02、なのは、タナトスは?』
『まだ、かな。大通りに差し掛かったら作戦開始』
『気になることがある』
『うん。…町に人がいない』
ただ退避している可能性もあったが、この町は“静か”すぎる。
食事を楽しむ家族の声も、夜遊びをする子供たちの姿も、徘徊する野犬の鳴き声さえも…この町には“無かった”。
幾つか推測は出来る。
だが、任務において勝手な推測を挙げて行動を起こせば隊の全滅になりうる。
まして今回はS級ロストロギア…ヴィータやなのはならともかく、他の隊員は気を抜けば命を落とす。
『─、ヴィ─…タ、ちゃ…』
『なのは? よく聴こえない。ちゃんと念話に集中してくれ』
返事が無い。
戦いが始まって余裕が無いのか、何かがあったのか。
「血燕、あたしに念話してみろ」
「え? この近距離でですか?」
「いいからやれ!」
血燕が少しの間、目を瞑りヴィータに念話をしようとしてるのが分かる。
だが、一向に念話はこなかった。
「…ヴィータさん」
「分かってる。タナトスは念話妨害にも長けているみたいだな」
「携帯も圏外です」
「…広域で、さらに機械も魔法でも連絡がとれない、か」
「俺が様子を見てきます」
血燕が走り出した。
今、最も欲しいものは、なのはたちの最新の情報だった。
血燕が偵察に行くのは妥当だった。だがヴィータは、胸の奥をくすぐる嫌な予感を、ずっと感じていた。
▼
「スバル、ティアナ! 散開して!」
──西の大通り。
いきなり様子を窺っていたなのはたちを、タナトスが襲撃した。
時間にして表すことが出来ない。まさに刹那の時、視界から姿を消したタナトスは、一瞬にしてスバルを蹴り飛ばした。
想像を遥かに超えている。
魔力量もともかく、何の力も無い人間を媒体とするだけでこの力──。
「ちょっと、まずいかなぁ…」
状況を見る限り、タナトスはなのはではなくスバルとティアナに固執して攻撃していた。
もはや、なのはなど始めから居なかったかのような無視だった。
だがそれもそれでかなり厳しい状況だ。
砲撃系の魔法がほとんどのため、二人の援護が出来ない。
『マスター、後方に魔力反応です』
「うん。タナトスは、一匹じゃないみたいだね」
暇、という言葉が正しいだろう。
スバルたちと戦闘をしているタナトスはともかく、こちらのタナトスはなのはに興味を持ってくれたようだ。
「スバル、ティアナ!」
「はい!」
「今ちょっと忙しいんですけど!」
「作戦は中止、これよりスターズはタナトスの鹵穫作戦は殲滅戦へ移行します!」
▼
「てめぇがタナトスか」
中央区より離れて西に続く路地裏には、三体目のタナトスが待ち構えていた。
遭遇した血燕はデバイスを機動させ、すぐに戦闘体制を取った。
「グアァァァァァア!!」
両手を精一杯広げ、苦しみに似た叫び。
「元は一般人、なんだよな…」
鹵穫なんて考えるだけ無駄だ。
今は一人、中央に近いとはいえ律義に追い込んで罠まで誘導するのは厳しかった。
「だったらやるしかない」
ギルガメスは大剣《ザンバー》の状態、様子見をするならば、こいつか最適だ。
「往くぞタナトス!」
突進してくるタナトスに、ギルガメスで切り裂こうとした。
まるで鋼を斬ろうとしたかのような鈍い音が、路地裏に響く。
「バカなっ、生身の腕なのになんて堅さだ!」
「グオォォォォォ!!」
続けて斬るが、いずれも皮を裂く程度。どうやら、皮膚ではなく肉に何か細工がしてあるようだ。
「器用な奴だな」
軽口を叩くだけの余裕はあまり無い。攻撃はただ殴ってくるだけだし一発食らっても痛手ではない、だが──
「早い──!」
両腕から繰り出される連撃は、スバルには劣るもののかなりの速さだった。
それよりも脚だ。踏み込む度に地面のタイルは砕けて、走るのと同時に破片ごと舞い上がる砂埃。
「ギルガメス!」
『Load Cartridge』
二回のリロードを済ませ、一度離れる。
この技ならば、奴の堅い肉を裂くことができるだろう。
「裂けろッ! かまいたち!」
ギルガメスを振りかざすと同時に、風がタナトスを吹き飛ばす。
「よし、効いてる」
起き上がったタナトスは、身体のあちこちから流血していた。
「グ、──ぁ、ギギ…!」
「なんだ、様子がおかしいぞ…」
突然、タナトスが暴れ出した。
その剛腕を、俺に当てるわけでもなくただひたすらに周りを破壊していく。
明らかにおかしい。確かに傷は負わせたものの、悶え苦しむような痛手は負わしていない。
「な……!?」
タナトスの皮膚が剥がれ、骨格が変形し、形が変わっていく。
別段、見た目が化け物になるわけでもなかったが…これは誰が見ても…。
「あんたは…!!」
闇夜の月が、タナトス《死》を照らしていた。
動悸が激しくなる。苦しみと共に姿を変わったタナトスに、叫ぶしかなかった。
「ヴィアトリクス・フロストリア…!」
「ぁ…が、──殺、す」
顔も、身長も…声さえ隊長だった。
訳が分からない。さっきまで顔も声も知らない男だったのに、なぜいきなり隊長の姿になった。
「ギルガメス、四肢武装《ししぶそう》」
大剣《ザンバー》から一変し、手足に風を纏うアーマーに変わった。
「タナトス、お前が何でそんな姿になったのかは俺は分からない。だがな──」
両足のアーマーが、風を吸い込む。
「その面はな、俺がこの世で二番目に気に入らねぇ面なんだよ!!」
タナトスよりも段違いの勢いで、疾走する。
脚部のアーマーは主に速さ《スピード》を上げるパーツであり、両腕は力《パワー》を誇る。
「どんなものでも破壊する、ヴィータ副隊長お墨付きの鉄拳だ!!」
両腕が風を吸い込み、肘から噴出する。そのスピードと、噴出された風の勢いで、タナトスの腹部に拳を直撃させた。
「なに…!?」
硬くなかった。まるでバリアジャケットすら装備していない、ただの“肉”を貫く感触。
「………」
タナトスは、先程の堅さはどこへいったのか…。
腹筋すら鍛えられていないような腹部は、ギルガメスによって貫ぬかれて貫通している。
「くそっ…後味悪いな…」
引き抜くと同時に、タナトスは吐血して倒れた。
「血燕!」
「ヴィータ副隊長、こいつは……」
「…ヴィア?」
やっぱり、隊長だった。
あれだけ気丈を振る舞うヴィータさんでも、この顔で死んでいれば…驚くのも仕方なかった。
「こいつは…タナトスなのか」
「…はい。間違いないです」
経緯を説明すると、ヴィータさんはすぐに元に戻った。
「タナトスの封印処理、頼めるか?」
「はい、分かりました」
封印処理が終わると、西の空にディバインバスターが見える。
「向こうも終わったみたいだな。あたしは今回なんも出来なかったけど…よくやったな、血燕」
「……はい」
労いの言葉を掛けられた。
タナトスといえど…人の形をしたものを殺すのは、やはり気が退ける。
「………」
嫌な夜だった。
月は…見たこともないぐらい朱く染まっている。
それは極めた芸術の様に美しくて、無慈悲な虐殺を表すかのように残酷だった。
風がぬるい。本当に今日は…嫌な夜になりそうだ。
「ヴィータちゃん!」
「なのは…」
「ごめんね、誘導失敗しちゃったから殲滅戦に──」
なのはの言葉が途切れた。
六課に所属する者ならば、地面に転がっているものを見れば驚きを隠せないだろう。
ティアナとスバルも、目を背けている。
「タナトスが、いきなり苦しみだしたと思ったらこの姿に…」
ヴィアトリクス、という名前を出しただけで…心が崩れてしまいそうな程、悲しそうな表情を皆していた。
「ティアナとスバルは町の調査、血燕は民間人の生存確認…私たちの場所にも二体のタナトスを確認したけど…ロストロギアごと倒しちゃったんだ」
「そんなにいたのか…」
「…始めの一体以外は、サーチャーに魔力反応が無かった。誘い込まれたのは、私かもしれないね…」
「とりあえずタナトスとこの遺体を六課へ輸送しようよなのは、考えるのは…その後でいいよ」
「うん、そうだね…」
その後、町を去るまで…誰一人として、口を開けることは無かった。
第十五話:タナトス End
ToBeNext...
2010-05-25T13:56:49+09:00
1274763409
-
魔法少女リリカルなのは
https://w.atwiki.jp/hurosuto/pages/34.html
[[魔法少女リリカルなのは~前編~]]
[[魔法少女リリカルなのは~中編1~]]
[[魔法少女リリカルなのは~中編2~]]
[[魔法少女リリカルなのは~後編~]]
[[魔法少女リリカルなのは~あとがき~]]
[[魔法少女リリカルなのは/夜天秘話─The Redeliions of Anthem─]]
[[第一話:始まりの鐘]]
[[第二話:追憶の者]]
[[第三話:孤独な魔剣士]]
[[第四話:不幸な者、幸福な者]]
[[第五話:機動六課、再び]]
[[第六話:Crise In Vain]]
[[第七話:優しさはその手に]]
[[第八話:雷の反逆者]]
[[第九話:とある一日、目覚める記憶]]
[[第十話:やり残したこと]]
[[第十一話:出撃]]
[[第十二話:約束]]
[[第十三話:リィンフォース]]
[[第十四話:不器用な愛、忍び寄る終焉の足音]]
[[第十五話:タナトス]]
[[第十六話:空いた心]]
[[第十七話:姉妹の絆]]
[[第十八話:弱き心]]
________
2010-05-25T13:56:04+09:00
1274763364
-
第十四話:不器用な愛、忍び寄る終焉の足音
https://w.atwiki.jp/hurosuto/pages/59.html
旧友、交錯、宿命、真実。
俺を掻き立てるには十分な理由が揃っていた。この不条理極まりない世界に対し、終止符を打つのは俺の中では既に決定していたことだ。
だがなんだろう、いつも失敗に終わってしまうのは。
それは甘さか、未練かは分からない。
でも心のでこかで、俺は止めて欲しいと願っているのかもしれない。でも誰に?
世界か、部下か、俺自身か。でもどれも違う。
俺はあいつに止めて欲しいんだ。
唯一俺が好敵手と認め、互いに成長を見守っていた旧友。
ヴィアトリクス・フロストリア。
夜天を持つ、最強の魔剣士。四人の守護騎士を持ち、その圧倒的な実力を誇る。
ああ、戦いたい。今すぐにデバイスを交えたい。
今、あいつはなにをしているんだろう。
考えるだけで痛い。身体が動かそうとするたびに悲鳴をあげている。何故・・・こんなことになったんだろう。
思い出しても、記憶にあるのはあの眩い閃光だけだ。
悔しい。あの最高に燃え上がれる一時を邪魔したのは誰だ。
俺をこんなめに合わせたのはダレダ。
オレヲ・・・オレハ・・・
イッタイ、ダレダロウ?
― The Lost Happy ―
俺は、無事なのだろうか。
身体が自由に動かない。拘束されているという感覚より、神経が機能していないような感だ。
俺はどうなった? あの後、ちゃんとみんなは無事に避難できただろうか。
確認は出来ない、ただ、祈るだけだ。
それよりも、ここはどこだろう。何か、見覚えがある。
暗く、暗く、感覚や意識までも喰い潰していくようなこの世界。
いや、世界なんて呼べる生易しいものじゃない。これは混沌だ。“俺”という世界を喰い荒らす、何かだ。
ここは、あの場所に似ていた。
400年も居たあの場所。老いることなく、歩ける訳でもなく、誰かを想うことしか出来ない場所だった。
・・・いやだ、ここには居たくない。こんな場所には、居たくないんだ!
「いやだ、いやだ! こんな場所はもううんざりだ!」
怖い、恐いよ。
ずっと一人は嫌なんだ。
俺が壊れてしまいそうで、崩れてしまいそうで・・・どうしようもなく不安なんだ。
「嫌だよ・・・助けてよ・・・」
フラッシュバックされる“大切な人達”との思い出が、次々と闇に呑まれていく。
「イタイノハ、イヤダ・・・」
もう、痛い思いはしたくない。
「コワイノハ、イヤダ・・・」
誰も失いたくない。
「ナニモイラナイカラ・・・ラクニナリタイ・・・」
もう、何もいらない。
俺はもう、自分だけあればそれでいいんだ。
▼
フリージア本部強襲作戦から三日後、機動六課作戦会議室にて。
六課の前線メンバーを集めたミーティングが行われていた。
「先の事件の後、六課の捜索隊が捜査をした結果が出ました」
モニターに映し出されたのは、下級ガーディアンの画像だった。
「これって・・・」
「うん、みんなが戦った魔道師たちだね」
「この人たちって、誰なんですか?」
「・・・古代ベルカの遺産、C計画より生まれたバケモノ、ガーディアンだ」
画像を見ながら、ヴィータが険しい表情で答えた。
記憶が戻ったヴィータからして見れば、このガーディアンたちは、スバルたちとは戦う意味が違ってくる。
「人間、ですよね?」
「いや、正確には“人間だった”やつらだ」
「だった?」
「出来たばかりの受精卵に有能な魔道師や魔獣のDNAを移植し、より強い子供を造る。
それが、この計画で生まれたガーディアンたちだ」
「そんな・・・!?」
隊長陣以外は、驚きを隠せないでいた。
無理もないだろう、人間と戦っていたと思っていたやつらが、400年も前に造られた人工魔道師だというのだから。
「あの、一ついいですか?」
「余計なことなら喋るなよティアナ」
「・・・隊長は、ヴィアトリクスさんは知っていたんですか?」
「ヴィアは・・・」
フェイトが口籠もるが、やはり言いにくいことだった。
全てを話さないとはいえ、この事件にヴィアトリクスが大きく関わっているのは間違いない。逆に、何も話さなければ変な疑惑を持たれる可能性もあった。
「彼は・・・」
「認識コードA、No.666、ヴィアトリクス・フロストリア。ガーディアンの最高峰にして、最強の魔剣士だ」
「ヴィータちゃん・・・?」
「いいんだ、隠しきれることじゃないし、いつまでも隠し事ばっかりだったら、帰ってきたとき気まずいだろ」
「じゃ、じゃあ・・・隊長はガーディアンなんですか?」
「そういうことになるな」
「・・・・・・」
雨の音だけが、室内に響いていた。
長い沈黙は、それほどまでにその事実がショックだったのかを物語る。
だがそれも仕方のないことなのだと、受け入れているフェイトたちはショックを顔に出すことなく会議を続けた。
「あの施設は、というか世界は半分以上が消滅したためにあまり捜査の意味はなかったんやけど・・・消滅する前からもうあの中には何も無かったみたいやね」
「それで、兄上は?」
「・・・アンヘルもヴィアも、姿は見当たらなかったんだ」
「なんだと? お前たちは、兄上を連れ戻すために先行したんじゃなかったのか!?」
「ヴィアはまだ、帰るのを望んでいなかったから」
「そんな言い訳が―――!」
「・・・トーレ、やめて」
「勝手にしろ、私は部屋に戻るからな」
トーレが出て行って、更なる気まずい雰囲気が広がった。
結果的に強襲作戦は失敗、確たる証拠も得られないまま六課は撤退したため、上層部からのバッシングが酷かった。
そのせいで局員の心労は増し、この三日間で局員同士の衝突も少なくはなかった。
だがそんなことよりも―――
「ヴィア・・・」
ヴィアトリクス《彼》が“本当に居なくなった”というのが、何よりも大きい穴だろう。
少ない期間だが、読めない字を覚え仕事をし、部下に戦い方を教え、心を支えた。
「じゃあ質問、ヴィアさんの故郷のベルカは今どこにあるでしょう? スバル、答えて」
「え? その、もうありません」
「正解、じゃあ次は、ヴィアさんは居なくなる前までどこに居た? エリオ、答えて」
「機動六課です!」
「そうだね、じゃあ最後だよ。みんなは、ヴィアさんのこと好き?」
最後の質問に、みんながなのはを見た。
喋る訳でもなく、ただじっと、なのはを見ていた。
答えはもう、決まっている。
「だからね、次ごちゃごちゃ言った人は個人的に呼び出すから」
「六課はまだ死なない。ウチらは、まだやらなきゃいけないことがあんねん。ヴィアが帰って来た時、笑って迎えてあげられんのは、みんなしかいないんやから」
「これからも捜査は続くよ、みんな、覚悟してね」
その言葉でミーティングは終わった。
会議室には、八神家が残る。話すことは、もう決まっていた。
「ヴィータ、調子はどうや?」
「うん、もうダルさとかもないし、怪我も治ったよ」
「本当に、無理はせえへんといてな」
「うん。それでみんなには、話さなきゃいけないことがある」
「それは、今言うべきことなのか?」
「うん。もう、思い出しちゃったから」
思い出すと、本当に頭が痛くなって、辛いことばかりしか出てこない。
忘れていた時間の方が多いのに、いざ思い出すと全てが鮮明に出てくる。
「ヴィアトリクス・フロストリア、夜天の氷帝。そして・・・夜天の魔道書を造った本人」
「やはり、か」
「三人は忘れてると思うけど、ザフィーラとシャマルは元々は人間だったんだよ」
「そうか、まあ今更、驚くことでもないけどな」
「シグナムは初めからヴィアの守護騎士だった」
「そうか・・・」
「ヴィアがなんであたしたちの記憶を消したかわかる?」
今はヴィータしか知らない、もっとも簡単で、もっとも謎の部分だ。
なぜヴィアは、一人で戦うのか。孤独が嫌いなはずなのに、必死に一人になり続ける理由。
「ヴィアは400年前、最後の戦いの時、アンヘルを殺せなかった。そしてアンヘルが自分を封印したとき、ヴィアも自分を封印することを決心したんだ」
「それでヴィアは、どうなったんだ?」
「ヴィアは自分を封印する前、あたしたちを捨てたんだ」
「それは正しい表現か?」
「・・・正確には、守ったんだ」
ヴィアが守護騎士と夜天の書を捨てた理由。それは、きっと不器用だったんだと思う。
世界がヴィアを拒み、人がヴィアを拒んだ。
その苦しみの中、ヴィアはただ愛する家族のことだけを考えていた。
自分と居たら、不幸になる。だから、後は任せて先に幸せになれ、と願いを込めて、独りになった。
戦い続ける一生を送るかもしれない、もしかしたら死ぬかもしれない。ただでさえ誰かが死ぬことに多大な苦痛を感じるヴィアはきっと守護騎士の誰かが居なくなると狂ってしまう。その考えの末が、夜天を破棄する結果に至った。
「不器用だから、俺といるとみんなが不幸になるからって」
「ヴィータ・・・」
「バカだから、心が弱いから・・・“俺が守ってやる”って言えなかったんだ」
「ウチはヴィアに感謝してる」
「はやて・・・?」
「みんなに出会えたのは、ヴィアのおかげや」
「そこだけは、ヴィアトリクスに感謝しませんとね」
「でもあたしは・・・」
迷っている。八神はやてという幸せを見つけた今、ヴィアの存在は、どうしようもなく不安定だった。
“どっちか”と言われれば、どちらも取りたい。でもその片方が、今は居ない。
「ヴィータは、悩みすぎなんやな」
「え?」
「全部、ヴィアが決めることや。だから今は・・・今までのヴィータでいてや」
「・・・うん、分かってる」
「じゃあもう今は話すことがないわね、みんなでご飯でも食べにいきましょうか♪」
「そやね、ウチもうお腹ペコペコや」
「そういえば、リィンは?」
「なんか頭痛いらしいからメンテ中」
「ふーん、後でお見舞い行かなきゃな」
「せやな、でもその前にご飯食べよヴィータ」
雨は続いていた。
この灰色の下に、まだ彼が歩いていることを信じて。この異物を嫌う世界が、ちょっとでも彼を認めてくれるように。
みんなの祈りが、雨を伝い届くように。
▼
「ああ神様。なぜ人は、こんなにも争うのでしょうか」
神からの返事はない。
「ああ神様。いつになったら、平和になるのでしょうか」
灰色の空からは、返事はない。
「ああ神様。彼はいつ、帰ってくのでしょうか」
神様にも、それは分からなかった。
灰色は、どこまでも続いている。返事も聞こえず、雨音しかしないこの世界に、少女はただただ祈り続けた。
夢を追って出て行った、最愛の彼の背中を思い浮かべながら。
第十四話:不器用な愛、忍び寄る終焉の足音 end
To Be Next Story...
2010-05-25T00:56:20+09:00
1274716580
-
第十三話:リィンフォース
https://w.atwiki.jp/hurosuto/pages/58.html
現実と戦った。
理想と戦った。
宿命と戦った。
そして手に入れたのは、たった一つの孤独。
それでも迷いは無かった。後悔なんてする筈が無いと思っていた。
でも今は、少しだけ後悔している。その後悔は、きっと俺がしてはいけない事で
…もう変えられない現実なんだ。
それでも俺は、あいつらと居る事をあの時望んでいれば、と思うと…後悔が生ま
れてくる。
もう、後悔も懺悔もしたくない。誰かが死ぬ姿も、悲しい声で俺の名前を呼ぶ姿も。
これは身勝手な願望だ。だからこそ、俺は戦わなきゃいけない。
戦いたくないけど、戦わなければならない理由がある。
矛盾は承知だ。負け戦も分かってる。
でも約束がある。
俺はもう、大切な家族を失いたくないんだ。
- The Second Fate -
- First Rebeliions Anthem -
▼
足音が、階段に響いている。俺は床を踏みしめて、自分が生きている実感を噛み
締めていた。
「後戻りは出来ない、か」
階段の先から伝わる僅かな魔力。一歩上がるだけで、段々と強くなっていく。
胸が苦しい。身体が熱い。きっと、緊張しているんだろう。
この感覚は、前にも味わったことがある。
似たようなステージで、俺と踊る《戦う》相手も同じだ。
後はただ、自分を信じるだけ。
「これで何度目だ、お前と戦うのも」
「さてな。だがよく来た、とだけは言っておこう」
屋上は、薄暗かった。
少ない灯りと、星の光だけが視界を保っている。
床にアポカリプスの魔法陣は無い、今は…ただ決着をつけたいということか。
「さっさと始めよう。こんな場所、長居はしたくない」
「同感だ。では始めよう」
アンサラーが機動した。
今日、ここで全てが終わる。いや…終わらせないといけない。
「フルンティング」
さあ始めよう。
俺とお前の、戦争の続きだ。
「行くぞ!」
同時に走り、剣を交えた。
重い。剣術だけならば俺もアンヘルも達人の域に達しているが、やはりこちらに
分がある。
せめてもの救いが、まだアンヘルがジュエルシードを解放していないということ
だ。
「氷天一閃!」
「炎陣、一式!」
炎が床を溶かしていく。
足場が歪めば、不利になるのはこちらだ。
ならば──!!
「リロードだフルンティング!!」
『Explosion!』
「ガーンディーヴァ!」
「なに…!?」
屋上が一瞬にして、零度の世界になった。
まだ終りじゃない。ガーンディーヴァは二段式の俺が編み出した魔法だ。
「バニッシュ!!」
絶対零度の世界が、砕けた。
周囲を一瞬にして凍結させ、魔法で凍った範囲を爆発させる。
「まあ…そう簡単にやられるわけがないか」
「…ふん。氷は熱で溶ける、常識だぞヴィア」
「そんなことは分かってる! まだ終りだと思うな!」
俺が得意とする氷結魔法が効かないなら、破壊力のあるやつを撃ち込めばいい。
「フレースヴェルグ!!」
「やはり、こんなものなのか…」
悲しそうな表情のまま、アンヘルはデバイスで俺の魔法を振り払った。
ただ振り払っただけなのに、軌道はずれて、アンヘルの横を通り過ぎていく。
「モード2nd、アイリスランス…!」
「ジュエルシード解放か…」
「そうだ。ジュエルシードの魔力回路の半分をデバイスを直結させることで、デ
バイス自体に魔力が宿る」
ジュエルシードを解放されたからには、もう勝ち目は無い。
でも…退けないんだ。
「氷天──」
「遅い!」
「なに──!?」
デバイスがカートリッジリロードをする前に、アンヘルのデバイスがフルンティ
ングを弾いて俺の腹部を突き刺した。
すぐに抜かれるが、この状況で深手を負うのはかなり不味い。
「ぐッ…!」
「…こんなにも、弱いものなのか」
「黙れ…見下すんじゃねえ…!!」
「ならばこい、お前の力を見せてみろ」
「…アブソリュート・ゼロ!」
「まだだ」
「氷天一閃!」
「まだ足りない…!」
俺の力は、こんなにも弱いものだったのか…? 撃ち出す魔法は全て掻き消され
てしまう。
「…終わりにしよう」
こんなにも、簡単なものだったのか。ランスが俺の腹を突き刺している。
「ぐ、…はッ…!」
「………」
肩、腹部、足、次々に身体が貫かれていく。
立てなくなった俺を、アンヘルが胸ぐらを掴んで引き寄せた。
「…何か言えよ、ヴィア」
「な、にを…だ」
「お前を殺すのは簡単だった。いつでも殺しに行けた、でも行かなかった。何故
だか分かるか?」
「………」
「お前が夜天を失ったと分かった時、お前なら俺を倒す為に何か力を手に入れる
と思っていた。だがなんだ? この脆いお前は。まるで人間だぞ」
人間、か。嬉しいようで…悲しい言葉だ。
だが今の俺はそんなにも弱いことを痛感する。でもまた力を求めれば、俺はお前
と同じになってしまう。
「ほう…まだ俺の腕を握る力があるか。いやいや、そうでなければつまらない」
「お…まえだけは…! 許しちゃいけないんだ…!」
ずっと、あいつらが憎いから人間を滅ぼそうとしていたのかと思っていた。
だがお前は…そんなあいつらと同じことをした。
許さない、絶対にこれだけは認められない。
お前が人間を憎くて滅ぼすのなら俺は認めよう、それを正面から食い止めればい
いだけなのだから。
だがお前があの科学者たちと同じことをしたのは、お前自身が自分を裏切る行為だ。
「ぐあ…ッ!」
また、腹部を貫ぬかれた。
力が抜け、俺の腕は下ろされる。
「なぜ夜天を無くした」
「俺は…自分…、から、捨てたんだ」
「なぜだ」
「あいつらは…幸せになる権利がある。俺と居たら…それが駄目になるから…」
「失望だよ、ヴィア」
アンヘルが俺を投げ捨てた。
立ち上がることも受け身をとることも出来ずに、俺は地面に転がった。
負けたんだ。俺は。
「…ぢぐ、…しょう…!!」
悔しいのか、俺はただその言葉を漏らした。
約束を守れない。あいつらは、どんな顔をするだろうか。
「じきにガーディアンと言えども死に至る。さらばだ、我が旧友よ」
アンヘルが背を向けて立ち去ろうとした時、俺の薄れていく視界に赤い何かが横
切った。
「てめぇはヴィアに、何しやがったんだぁああああ!!!」
「お前は…!?」
不意打ちのせいか、アンヘルが吹っ飛ぶ。
「ヴィータ…?」
「うぉおおおお!!!」
ヴィータが、居た。
俺を助けに来たのだろうか。いや、それよりも…目が覚めて良かったと喜ぶべきか。
どちらにしよ、喋るだけの力が残っていない。
「健気だな。自分の主の危機に参上したということか」
「うるせえ! お前なんかにヴィアは! ヴィアは!」
不意打ちの一撃以外は、全て捌かれている。やはりヴィータでは…奴にはかなわ
ないようだ。
「気に入らねぇ! 気に入らねぇんだ!」
「………」
「あたしたちを捨てて偽善者ぶってるヴィアも! あたしの大切な人を傷付けた
お前も!」
「それで?」
「全部気に入らねぇんだよ!」
「遅いな」
アンヘルのカウンターで、ヴィータが吹っ飛ぶ。
俺はヴィータに駆け寄ってやることすら出来ない。
「やめろアンヘル…!」
「やめないよ、どうせ滅ぶ存在だ。今殺したところで、大差は無い」
「まだまだぁあああ!!!」
「ふん。気合いだけはあるな…!」
「ぐあッ…!」
「ヴィータ!」
何も出来ない。何も出来ないのか…?
アンヘルが倒れているヴィータに近寄っていく。
「やめろ」
「お前が止められる力は無い」
「ヴィータは関係無いだろ!」
「400年前の関係者だ」
「やめろぉおおおお!!!」
ダメだ。俺には叫ぶことしか出来ない。
──逃げろ
ヴィータを見捨てて、逃げることだって出来る。
──逃げろ!
逃げるな。戦うんだ。身体を動かせ。
──逃げるんだ。この辛い世界から。
痛い。もう、立てない。なんで俺がここまてしなければいけないんだろうか。
化け物として生まれたかった訳じゃないのに、どうしてこんな辛い思いまでして
戦わなきゃいけないんだ。
──名を
ああ、また聴こえる。
──私を
世界の時間が、止まった。
アンヘルも、風も…俺とお前以外の時間が止まっている。
倒れている俺の目の前に、女が立っていた。
風さえ止まっていたはずなのに、女に気付いた瞬間から、どこか落ち着く…優し
い風が吹いていた。
俺はこれを憶えている。
「お前が…」
ずっと、一緒に居てくれたのか…? 400年前の、あの夜天を手に入れた日から。
「お父様、私は…」
「これ以上俺に、何をしろって言うんだ」
「戦って下さい」
「みんなそうだ…俺には戦うことしか望まない。俺がこんな素性だから利用する」
「戦いは、貴方が望んだことです。貴方が差し出した事です。自分が戦えば、勝
てば、みんなが幸せになる。それはお父様が…お望みになったことでは?」
でも俺には、昔みたいな力は無い。アンヘルと互角に戦える力が無いんだ。
それでもお前は、世界は、俺に戦えと言うのだろうか。
「俺には…力が無いんだ…」
「力ならあります。貴方の目の前に───」
「…俺にまた、夜天を手に入れる資格があるというのか」
「夜天《私》が望んだ事です。そして今度こそ、皆が望む平和を…貴方が掴むの
です」
「………」
優しい風が吹いている。
アンヘルは、世界を滅ぼすという絶対的な自信を込めた剣《アンサラー》を振り
降ろそうとしている。
俺はこいつに勝たなきゃいけない。皆に、自分に約束した。
自分の苦痛や悲しみ、絶望さえ許されない。
「俺は…勝てるのか?」
「我らが夜天の王は、あんな奴には負けません」
「………」
本当に、俺があと一歩踏み出すだけの勇気《言葉》を、お前たちは軽々と言って
くれるよ。
それが俺の苦しみを理解してくれた上での言葉だってことは知ってる。
だから俺はまた───
「頑張らなきゃ、いけないのかな」
「はい」
「勝たなきゃ、いけないのかな」
「はい」
「俺は、幸せを掴む権利があるのかな」
「はい…!」
行くしか、ない。
だったら…今一度お前の力を手に入れよう。夜天の書の力を。
「決まりましたか?」
「ああ。色々と積み重ねてしまったものが多すぎる。今さら、崩す訳にはいかない」
「───」
「戦うよ、俺が…夜天の王である限り」
「では、共に行きましょう」
“今一度、敗戦を許されぬ王の力を───”
世界が、動きだす。
“我が名は───”
さあ、行こう。
「…リィンフォース!!」
▼
「待てアンヘル、俺はまだ…負けてない」
「…お前」
夜天の書が、俺の前にある。
それを手に取って、開く。
「目覚めた夜天は、赤く照らす晴天さえも染める」
「ようやくか…!」
「今再び、夜天の力を──」
またシュベルトクロイツを握るとは思わなかった。
この第2の夜天の書を手に入れたことによって、俺は400年前と同じ力を持った。
傷は癒えた。
あとは、アンヘルを倒すだけだ。
「さあ、始めようぜ」
「アイリスランス!」
「シュベルトクロイツ!」
デバイス同士のぶつかる金属音。
競り負けていた力も、今は俺が押している。
「ぐぅッ…!!」
「氷天一閃!」
「ちぃっ…!!」
「まだだ! アブソリュートゼロ!」
「ぐああッ!」
違う。圧倒的に違う。
魔力も、力も、視界が完全に冴えて、思考は相手の動きを読むまでに至る。
ここまで違うものなのか…心の中に、リィンフォースの存在を感じる。
「氷鎧天──」
「…お前、その魔法は…」
「絶対零域」
俺の周囲が、完全に凍り始める。
俺から2メートルの範囲に入った瞬間、全ては凍る。
それが氷鎧天・絶対零域だ。
「ジュエルシード!」
「…まだ先があるのか!?」
「アポカリプス発動!」
「なに…!?」
禍禍しい黒い魔力は、身体から滲み出て周囲を汚染していく。
そしてなによりも──
「お前、アポカリプスの魔法陣を自分に刻み込んだのか」
「そうだ、懐かしいだろう? 紅く染まる終焉だよヴィア」
「させるか!」
アポカリプスは完全じゃない、以前のように収縮した状態で放ってくるとしか思
えない。
「くそっ…近付けねぇ…!」
「お父様」
「リィンフォース…やれるか?」
「はい。その為の、魔法です」
「ヴィア!」
「はやて!? なんでここにいる!」
階段から、はやてとザフィーラが来た。
逃げろと言ったはずだが、きっとヴィータを連れ戻しに来たんだろう。
「八神、はやて…」
「リィンフォース、どうした」
「いえ…なんでもありません」
「ヴィータはどこや!」
「そこで倒れてる! さっさと行け」
ザフィーラがヴィータを運びだして、はやてが何か俺に向かって叫んでいた。
「ヴィアー!」
「聞こえねえよ! いいから早く行け!」
まだ、何か叫んでいる。
一瞬だが、少しだけ何か聴こえた。
「うちもヴィアの事諦めへんから! 絶対戻ってきてな!」
「…リィンフォース!」
「はい!」
はやてが脱出した。
後はお前と、俺だけだ。
「アンヘル!」
「ヴィアァアアアア!!」
閃光が、包む。
互い尽くす全ての魔力で、互いの命を削り合う。
「アムニペテント・アルヴィリオン!!」
「アポカリプス!!」
超えてみせる。400年…ずっとずっと想い続けた彼女たちの為に、俺は頑張っ
てきたんだ。
「アンヘル…!!」
「うぉおおおお!!!」
爆発は、施設を吸い込み広がっていく。森を蝕み、山を消し去り、更に拡大して
いく。
震える手に力を込めて、ぶれないように調整する。
「オーバードライブ!」
「モード3rd!」
俺達は、ずっと一人で戦い続けてきた。
辛かった、何かが崩れそうで…必死に守り続けてきたそれぞれの道。
「それも全部、終りにするんだ!!」
「お前を倒す! そして全てを、俺を苦しめる全ての原因を壊す!」
閃光の中心、最大魔法がぶつかるその間に誰かが居た。
「お前は…!?」
「貴様は…!?」
見覚えがある。
お前はこの戦いに、水を差すというのか。なんでだ…なんでお前は邪魔をする…!
これさえ終われば楽になれるのに、やっと全部終わらせられたのに。
「ファッカ…!」
「邪魔をするなファッカ! 貴様と俺の契約を忘れたか!」
「分かってますよ、ですが私にも目的がある」
「貴様ぁあああ…!!」
「後は任せて下さい。私の歴史に、貴方達の名は刻みましょう」
なんだあいつの力は…俺達の最大魔法の中心に立っておいて無事なはずが無いのに。
「お父様!」
「リィンフォース、お前は逃げろ!」
このままでは、俺達まで巻き込まれてしまう。
閃光はファッカ以外の全てを巻き込んでいく。
「なりません!」
「仕方ない…! ユニゾン緊急解除!」
「お父様…!?」
「はやての所へ行け、そうすればお前が帰る場所はある」
「またなのですか…?」
爆発が近くなってきた。
アンヘルは既に巻き込まれ、閃光はシュベルトクロイツの先端まで来ている。
「言ったはずだ、俺は勝手な奴なんだって…」
「お父様、泣かないで下さい」
「くそ…! なんでこんなことになった…」
「必ず戻ります。私は、貴方の元へ帰ります」
「分かったから早く行け! 絶対見付けてくれよ、まだまだやり残したことがあ
るんだからな!」
「分かりました、必ず、約束ですからね!?」
閃光が俺を包む。
最後に見えたのは、ファッカの薄ら笑いだった。
「全ての始まりはここからです」
ああそうさ。分かってるよそんなことは。
必ず仕返しに来てやるからな、絶対にだ。
夜天が染まる、閃光と共に、意識が途絶えた。
第十三話 リィンフォース End
To Be Next...
2010-05-25T00:55:49+09:00
1274716549
-
第十二話:約束
https://w.atwiki.jp/hurosuto/pages/57.html
俺達のチキンレースは、遂に延長戦まで延びた。
戦って、裏切られて、裏切って、殺して…。
幾度となる罪を重ね、幾度となる業を背負い、俺は今に辿り着く。
今となっては、復讐心すら薄れていっている。
だが憎しみは消えない。人間と、ヴィアへの憎しみは増すばかりだ。
だからもうこれは復讐ではなく、ただの私闘と変わった。
見た目こそ同じかもしれないが、中身が違う。
この罪と業を惑わすには、俺が一人になるしかない。
だが、自害するのもプライドが許さない。ならば、俺以外が消えてなくなればいい。
だからヴィア、お前は必ず殺さなければならない。
俺が生きる為に、俺が俺である為に。
▼
「ここが、フリージア本部」
「覚悟はいいな?」
施設の正面に到着したが、敵は出てこない。
入り口が二つあり、俺とリンは別行動となる。だがありがたいことにドアは開い
ていた。
「舐められたものだな」
「全くだ。派手にいくぞ」
「私は左へ行く」
「なら俺は右だ」
待ってろ。今すぐ行ってやる。
俺達が400年も望み続けた舞台だ、終幕には丁度いい。
入り口に入ると、長い廊下に出た。かなり長いのか、奥は霞んで見える。
「職員はいないのか?」
人の気配はしない。魔力反応も無い。中に入った途端、鉛弾の歓迎かと思ったが
、違うようだ。
逆にここまで何もないと気味が悪い。それとも、これはフリージアの挑発なのか。
もう入り口が霞んで見える。
かなり歩いたが、防衛システムも迎撃部隊も何も無かった。
「…これは」
扉の向こうから、微かだが魔力を感じる。それもかなりの数だ。
「お前たちは…!!」
扉を入ると、かなり広い部屋に出た。
そこに居たのは───
「ガーディアン…」
「そうです。中々どうして良い出来でしょう? これは様々な世界に保存されて
いたガーディアンたちなんだ」
「お前は、ファッカ…」
「憶えていてくれて嬉しいよ」
無数のガーディアンの奥に、ファッカは居た。
こいつらは他世界から眠りを解かれたガーディアンだというのなら、かなり厄介だ。
「感動の再会ですね」
「…そうだな」
全員があの頃のままだというのか、ガーディアンの戦闘服を着た動かぬ守護者た
ちは、目を開けたまま俺を睨む。
きっと、こいつらはまだ“機動”していないんだろう。
「400年前の戦争の話しは聞ききましたか?」
「ああ。“俺かアンヘル”の話しだろ」
「そうです。そしてこの子たちはどちらだと思いますか?」
「さあな。どちらにせよ、こいつらは敵でしかない」
かつては俺の意志を継いで戦った者たちでも、フリージアに捕獲されたのならも
はや味方は無いだろう。
こいつらを見る限り、全員同じデバイスを持ってるみたいだ。
「まあそうですね、貴方が正解を当てようと戦うのは必然です」
「…フルンティング」
「では、お客様に歓迎を」
ファッカが指を鳴らすと、すぐに変化が起きた。
見渡す限りざっと百人は居るだろうガーディアンたちは、一斉に目に光が籠る。
「お互い死にぞこないだ。そんな姿になってまで、未練はないよな」
「目標確認」
一番先頭のガーディアンが言う言葉に反応して、全員が復唱する。
「俺は先に行かなくちゃいけないんだ。いくら元部下とはいえ、手加減はできん
ぞ…!」
「デバイス、セットアップ」
『Set Up』
ガーディアンが持っているデバイスは、全て剣だ。
そしてあれだけ束になって動いていたら、いくら広いこの部屋でも身動きは取り
づらいだろう。
そして──
「忠告だ。俺が一番得意なのはな、“広域魔法”なんだぜ。いくぞ!」
詠唱を唱え、敵陣に突っ走る。こんな雑魚たちに構っている暇は無い。
早く、奴の元へ行かなければ。
▼
「ふん。久しいなキャメル」
「また会えたねリベリオン。この前の仕返しというわけじゃないけど、今日こそ
は殺してあげるよ」
「お前が私を殺れるのか? 所詮、お前は劣化品だ」
入り口からすぐの部屋に待ち構えていたのは、キャメルだった。
敵は彼女一人らしく、他に敵影は見えない。
それはそれで有難いことだ。いくら元は下級ガーディアンとはいえ、キャメルた
ちは私同様にジュエルシードの魔力をある程度吸収した個体であることに違いは
ない。
この前のように油断すれば痛い目を見るのはこちらだ。
「ボクは劣化品なんかじゃない!」
「なら劣化品という言葉、お前の力で覆してみろ」
「いいよ、どうせ勝つのはボクだし…そうだね、負け惜しみとして受け取ってお
くよ」
「御託はいい。──いくぞ…!」
私とカラドボルグが、首を貫こうと突進する。この一撃は必ず防がれる。
だがキャメルはまだギアを出していない。
前はリザのギアの第2能力しか拝めなかったからな、キャメルが何をしてくるか
分からない。
それに、ロストロギアが埋め込まれているならば、相当な戦闘能力だろう。
「もらった…!」
最後までギアを発動させていない。むしろ天ノ羽々斬《アマノハバキリ》さえ出
していなかった。
カラドボルグが、奴の首を跳ねる。
「え──?」
「ギア2nd、タナトスの結界は既に発動しているんだ」
カラドボルグが無い…?
いや、確実に私はカラドボルグを持ち、走った。
だが首を突き刺そうとした時には、私の手に黄金のデバイスは無い。
「貴様、一体なにを!?」
「君のデバイスなら、そこに落ちてるよ」
「一体なにをした」
カラドボルグは私が走り始めてすぐの場所に落ちている。
後退して、すぐにカラドボルグを拾い構える。
「ほら、ちゃんと拾わないと」
「なに?」
確かにカラドボルグを拾い構えた。構えた筈だ…じゃあなんで、カラドボルグは
まだ床に転がったままでいる。
「もう一回試す?」
「…………」
拾い、構えるまではいい。
だが私はちゃんと拾って構えたと“意識”した筈なのに、実際は何も出来ていない。
『リン、素手で戦うのです』
「…それしかないのか。奴が武器を持たせない能力ならば、デバイス使いには天
敵だな」
「ギア、天ノ羽々斬!」
「能力の説明ぐらいしたらどうだ? 対処のしようがないぞ」
「ふん。今回はリザがいないからな、ボクが負ける要因は無い!」
「拳はちときついが…致し方がない」
私はリザに殴るためまた走った。
相手はデバイス同様武器を持っている。素手で戦うには手強いと言う他ない。
「はぁあっ!」
「何処を殴ってるんだい?」
「またか…!」
一体どうなっている。デバイスも素手でも奴にダメージを与えられていない。
おかしい。私は確かに奴の懐まで入り込み、そして確実に当たったと確信する。
だが実際は私の拳は空を切っている。
「羽々斬!」
「くっ…!?」
肩を斬られた。素手のままでは、すぐに殺られてしまう。
打開しなければ、ヴィアに会わせる顔が無い。
「カラドボルグ! 何か対策はないのか!」
『分かりません。彼女が使う魔法の能力が分からなければ…』
「ふん。無駄なことさ、ボクのタナトスの結界には隙なんてない」
何も出来ないまま、ただ逃げるしかない。
だが疑問はある。身体に何か異常をもたらしたのは分かるが、何故持てないのか。
持った事を意識したが、実際は持てていない。
「まさか…」
「終りだよ!」
「…賭けにしては勝目が無さすぎるが、やるしかあるまい…!!」
天ノ羽々斬が、私の首に向かって降ろされる。
「雷鳴、我に仇なす愚者に迅雷の轟きを──!!」
「詠唱魔法…?!」
「──雷光壁!」
羽々斬が私の首を落とす寸前、リザは雷の魔法壁に直撃して吹き飛ばされる。
やはりキャメル、お前の能力は──
「感覚を消すのか」
「くそ…どうして」
「人間は何かをする時には、必ずその行動を意識する。私がカラドボルグを拾おうと
した時も拾うと“意識”して武器を構えた」
「………」
「意識の次は“感覚”だ。手に持つ意識をした次は持っているという感覚を持つ
。それが無い。お前は…感覚を奪う能力なんだな」
「…ほとんど正解、と言っておくよ」
「だったら確実に当たる魔法を喰らわせればいい」
「やってみなよ。ボクは…お前何かに負けない」
「広域魔法は得意じゃないんだがな…」
意識を集中する。
私が出来る数少ない広域魔法だが、キャメルを倒すにはこれしかない。
「雷波召雲!」
何も、起きない。
確かに私は魔法を使った筈だが…。
「…馬鹿か私は」
「全くだね。魔法を使ったという感覚を奪えば、使えないだろうに」
「…なんだ、それじゃあ私に勝ち目は無いのか?」
「そうなるね。まぁさっきは偶然だよ、まさか能力がバレるとは思わなかった」
「むぅ。一体どうすれば」
全く。笑う気も失せる。
今の私では奴の能力を打開するのは難しい。
だがこちらにも、今は退けない理由がある。
「ヴィアと約束したからな。お前は意地でも倒す」
「ヴィアトリクス様はどうせアンヘル様に負けるよ。勝ち目なんて無い」
「確かに負けるかもな」
「だったら、なんであいつの味方なんてするんだ。元はこっち側のガーディアン
だろう!?」
「やはり敗けられない。私は私を赦《ゆる》した。この運命を、この罪を、私が
私を赦す方法をヴィアが教えてくれたんだ」
キャメルからしたら私はただの逆賊に過ぎないだろう。
私にとっては、これは大切な戦いなんだ。ヴィアの願いを叶える、私が出来る唯
一の恩返し。
世界なんてどうでもいい。
誰かが苦しむのなんてどうでもいい。ただ私は、あいつの為に戦うだけだ。
「負け戦が好きなんだね」
「少し違うな。不利から逆転するのが、私はたまらなく好きなんだ」
「負け惜しみを言うね。だったらボクがすぐに黙らせてあげるよ!」
逆転、か。出来るなら、してやりたいものだ。
でも私には出来ない。力が足りないんだ。
羽々斬が私を刻むと同時に、私のプライドも刻んでいく。
どうしても退けない。勝てないなら、少しでも長く時間を稼がなければ。
『リン』
「……なんだ? 私は避けるので必死なんだぞ」
『裏切るつもりですか?』
「…何を」
『自分の気持ちを、貴女は裏切るのですか?』
「…状況を見ろ」
『目を逸らさないで下さい。前を見なさい。貴女が倒すべき敵がいます』
「───」
キャメルがいる。
天ノ羽々斬で、私を斬っている。
だからなんだ? 私に何が出来る。カラドボルグも持てない、魔法も使えない。
殴ることすら出来ない。
ねぇカラドボルグ、お前は私に何を期待しているんだ。
『戦いなさい、貴女の出来ることは、それしかない』
「どう、やって…戦、うんだ」
呼吸が荒い。血も流し過ぎた。
もう…まともにお前の声も聴こえないというのに。
『何を死のうとしているんですか。貴女は化け物です。そして数多くの“人間”
の命を奪ってきた。なのに何故こんな敵に殺されるという真っ当な死を認めるん
ですか』
「真っ…当な、死…?」
『貴女は化け物。こんな軽い苦しみを認めて死ぬ事は許さない。そう──貴女を
殺すことが許されるのは、ヴィアトリクスだけです』
「………」
ヴィアの事を考えると、血が熱くなる。動悸が早くなり、脳が活性していく。
長く忘れていた気がする。いくら人として生きようが所詮私は化け物だ。
誰かと何かの血が混じった、混血種にしか過ぎない。
人として生きるのは平和な時だけだ。私は、そのことを忘れていた。
「私は…リベリオンだ」
「なんだ、これ…。リベリオンは何をしようとしているんだ」
もう一つの血を、目覚めさせる。
“もう一つ”の自分を受け入れたガーディアンだけが使える、禁術より生まれた
最後の力。
「リベリオンの髪が、金色に…」
「私を見ろキャメル、これが、本当の私たちの姿だ」
「タナトスの結界も効かない…!? なんだよこれ…!?」
「これが私の混血、雷帝の姿だ!」
全身に雷を纏い、髪は金に色を変わった。
この力こそ、ガーディアンという化け物が出せる最高の能力だ。
カラドボルグを拾う。今度こそ、ちゃんと掴めているようだ。
『リン』
「ああ」
「…お前は一体なんなんだ!!」
「お前と同じだよ。同じ化け物の一端だ」
「くそぉおおおお!!」
「カラドボルグ!!」
デバイスがぶつかるごとに、部屋に金属音が響く。
怒りと動揺に満ちたリザの剣の軌跡は、剣士としては失格なほど見えやすい。
「カラドボルグ、終わらせるぞ!」
早く終わらせなければ、また感覚を奪われる。やはりキャメルのロストロギアは
かなり上等な物なのだろう。
気を抜けばすぐにでもカラドボルグを掴めなくなりそうなほど強力だ。
「見せてやろう。カラドボルグの力を…400年間封印していた最強の形だ!」
金色の光と共に、長剣のカラドボルグが変わっていく。
その大きさ故に多大な魔力を喰う上に扱いが難しいこの型は、やはりこの混血を
発動させなければ使えない。
「モード、サイス!」
「なに・・・!? うわっ!」
デバイスに吹き飛ばされて、キャメルが壁に叩き付けられた。
「はは、懐かしいじゃないか、そのデバイス」
「そうだな。それよりも幾つか質問がある」
「…ボクが答えられる範囲ならいいよ」
「一つ、お前は“どちら”の味方なんだ?」
「…ボクは、アンヘル様の味方でありたかった」
「どういう意味だ」
「自分で考えなよ」
意味合い的には、結局キャメルはフリージアの味方なんだろう。
「二つ、フリージアの目的はなんだ」
「完全なる世界を創ること」
「完全なる世界?」
「悪いけど、ボクはこれ以上知らないよ」
「そうか。では最後の質問だ。…ガーディアンは、四人だけか?」
「機密事項に触れる為話すことが出来ない。質問を変えろ」
「……キャメル」
最後の質問をしたとき、NGワードに触れたのかキャメルの喋り方はまるで機械のようだった。
やはりお前たちは既に──
「哀れな」
この言葉しか、与えてやれない私を許してくれ…元同志よ。
そしてお前に私がしてやれることは、これしかない。
「安心して逝け、キャメル」
カラドボルグを振りおろそうとした瞬間、キャメルに黒い霧が覆った。
確かこれはリザの──
「……お前か」
「今、キャメルを失うことは許されないので」
「リザ、降ろしてよ…ボクは…」
「プランDに変更です。ヴィアトリクス様が予想以上に強い。それに、六課も攻
めてきた」
「ボクも行くよ」
「…少し休んでいなさい。私が部隊を引き連れ迎撃します」
「それでも」
「眠りなさい。私はもう…何も失いたくない」
「分かった。すぐに…助けに行く」
全く、追撃したいのはやまやまだが…さすがに長期戦は私もきつい。というか、
既に歩けないぐらい魔力と体力を消費している。
私はここで休憩するとしよう。ヴィアには申し訳ないが…私はお前みたいに強く
ないんでな。
「…くっ、…」
せめて壁際には行きたいが…もう、意識すら危うい。
「私も…すぐに助太刀に行くからな…」
だから少しだけ、休ませてくれ──
▼
「ティアナ! 敵はっ!?」
「分かりません! とりあえず物凄い数です!」
六課が施設に突撃してすぐ、長い長い通路には数えきれない程のガーディアンが
押し寄せていた。
「なのはさん達はヴィアさんの後を追ったから、ここはあたしたちが食い止めな
いと!」
「分かってるわよスバル! いい、二人一組《ツーマンセル》でいくのよ!」
「フリードじゃさすがに狭いかな…キャロ! ボクが先攻する!」
なのは、フェイト、はやてを抜いた六課メンバーが、400年前の精鋭達相手に
奮闘していた。
ここで敗れれば、このガーディアンはなのは達を殲滅《せんめつ》しに行くだろ
う。なんとしてもそれば阻止しなければならなかった。
「いくよ、マッハキャリバー」
『All.right!』
「ここはあたし達が抑えてみせる!」
▼
とても、寂しかった。
今更…あたしはそう感じてしまっている。
もっと悲しむべきなのに、もっと後悔すべきなのに…あたしは何もかも忘れて今
まで生きてきた。
辛かったこともたくさんある。
逃げたくなったこともたくさんある。
それでも生き続けた結果が“八神はやて”という幸せだった。
大好きで、大好きで…はやてが居ないことなんて考えられないくらいだ。
でも、ヴィアの事を思いだした時…あたしが生きてきた思い出全てが反転した。
「守らなきゃ」
あたしが…全部守らなきゃ…
「───」
ここは、・・・医務室?
「起きたか、ヴィータ」
「ザフィーラ、あたしは…どうなったの?」
「ヴィアトリクスを連れ戻す途中、お前は倒れたんだ」
「あたしは…」
「…本当は連れて行くなって言われてるんだがな」
「ザフィーラ…?」
「行くのだろう? 安心しろ、シグナムや主は俺が言いくるめてやる」
「性格、悪くなったな」
「仕方ないさ…大切な、家族の為だ」
▼
「はぁ…、はぁ…!」
あらかた、片付いたな。
俺の周りには、血と死体が埋めつくされていた。
ざっと百人ぐらいガーディアンを倒し、先に進んでいる。
『次は、光闇《こうあん》の間です』
「…光と闇の間、か」
光闇の間とやらには、何も無かった。
ガーディアンも、ファッカも、誰も居ない。
休憩場のつもりだろうか。舐めているにも程がある。
「それにしても…」
光闇の間とは、よく言ったものだ。
この広い部屋は、丁度白い床と黒い床でくっきりと分けられていた。
「ヴィータ…」
『未練がおありで?』
「未練が無いといえば嘘になるな。ただ出来るなら、俺は──」
「ヴィア!」
「お前ら…!」
──なんで、ここにいるんだ。
…俺のだだ漏れの魔力が仇となったか。まあリンとかも俺が残した魔力残留を追
って来たらしいし、可能と言えば可能なのか。
「色々と聞きたいことあんねん! なんで一人で行ったんや!?」
「そうだよ、どうして!」
「ヴィアさんが悩んでるのは分かるけど、その時の為の私達でしょ…?」
「………」
「なんとか、言ってよ…」
「…なあ知ってるか? ここ、光闇《こうあん》の間って言うらしい」
「それがどうしたんや」
「足下見ろよ」
「足下…?」
床は、くっきりと光と闇で分けられている。
「眩しいんだ、お前たちが」
「眩しい?」
「ああ。これ以上、俺の決意《闇》を照らさないでくれ。本当に、鈍ってしまう」
お前たちの強さが、俺を苦しめる。俺を甘やかす。だから一人で来たのに…どう
してお前たちは…。
「そんなの、関係ないよヴィアさん…」
「優しいな、お前達は」
「そんなの、ヴィアだって」
「お前達は優しすぎるんだ。それが俺には、眩し過ぎる」
「…どうしても、一人で行くんか?」
「ああ。これは、俺の戦いだからな」
「なら、行ってええよ」
「はやて…!?」
「…はやて」
「でもな、これだけは約束して欲しいねん」
約束、か。
もう誰と何度約束しただろうか。そして俺は、そのいくつを守っただろう。
「もうこれ以上、誰も悲しませんといて。後…ちゃんと帰ってくることや」
「そうだね、それを約束してもらわないと…行かせられないよ」
「でも、でもヴィアが…!」
「いいんだフェイト。俺は、一人でも平気だから」
「でも…!!」
「俺は行くよ、必ず戻る」
「ヴィア…」
少しづつ、みんなの気配が遠ざかる。この先にきっと…アンヘルが居るはずだ。
覚悟は出来ている。絶対に、勝たなきゃいけない戦いなんだ。
「ヴィア!」
「…どうしたフェイト、まだ何かあるのか?」
「…えと、その…私ね、ヴィアの事好きだよ!」
「………」
「返事は帰ってきたら聞くから、絶対に帰ってきて…」
「…ああ、必ず」
だから、待っていてくれ。
全部清算して、俺は戻ってくる。…かなり驚いたけど、そういう気持ちには、ち
ゃんと返事しなきゃな。
「じゃあな」
「こういう時は、行ってきますだよ、ヴィアさん」
「…ああ、行ってきます」
全く。優しんだけど厳しいな高町は。
三人に別れを告げ、光闇を抜けた先は、ただただ広がる漆黒の空があった。
第十二話 約束 Fin
To Be Next...
2010-05-25T00:55:15+09:00
1274716515