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ぐるぐる世界が回る。ぐるぐる世界が廻る。
回っているのは自分なのか、それとも世界なのか……それは自分では分からなかった。昼と夜、未来と過去、生と死、全部が焦っているように急いでいた。回り続けるこの視界を支配するのは感覚。一秒と掛からず変わる“世界”は、私に何を訴えているのだろうか。生きる為の希望か、苦痛を忘れるための忘却なのか。
私が黒く染まっていく。墨の海に沈んでいくように、ただただ私が染まっていくのが分かる。黒い私はこう言った。

「お前はどこにいる」

質問の意味が分からない。ただでさえ思考が安定していないのに、そんなことを私に投げるのはおかしい。というか…お前は、誰なんだ? まともに考えられる範囲での質問がこれだった。
黒い私は黙ったままだった。他に質問を思い浮かばない私も、黙っている。

「私は……」

口が開く。目の前の私は、随分とまともな事を言った。

「私はお前だ」

会話が終了した。より簡潔に、さらに余計な手間を取らない最良の答えだろう。だが呑み込まれている私は、納得が出来なかった。
お前は私。つまり、私はお前と言うことになる。不愉快だ。私はそんなに黒くないし、そんな死にたがっているような面はしていない。

「ふざけるな……」

「認めろ。私はお前で、お前は私だ」

認めない。絶対に認めない。お前は私じゃない、私は一人だ。トーレ・フロストリアという一人の人間だ。

「……え?」

人間? ニンゲンって、なんだっけ。私は……何なんだっけ。記憶に丸い穴が空いたように、よく分からなかった。人間、それは……私とかなりかけはなれているものじゃないのか。
悩んでいる内に、視界に新たな影が映る。それはよく見知った顔で、よく分からない人だった。

「兄、上…」

記憶の断片が、また蘇ってきた。割れた硝子を修復するように、その記憶は流れてきた。
その兄上の影が、私に触れた。頬を撫で、やさしくしてくれる。ずっと、我慢してた……この、感覚。あの日から脆弱を払い、ただ貴方の為に生きると決めたのに、私は何をやっているんだろう。

「お前はよくやったよ。だから―――」

もう、休んでいい。そう言って、兄上は私を抱きしめた。
私は安堵した。この温もりを覚えている。大きい腕が、私を強く抱きしめている。でも―――泣いていた。私が、泣いている。涙も黒い彼女の涙は、この黒い海に溶けていく。
兄上が居て、私もいる。万々歳なうえにハッピーエンドだ。何を泣く必要がある? お前は何が、不満なんだ…?
心の呟きがまるで相手に聞こえているように、私の言葉と共に涙の量が増える。分からない。お前が私なら、私がお前なら、なぜ……泣くんだ。

「お前は嘘吐きだ。私を認めないなら全てを否定しろ。やってみせろ。不純物を、認めるな……」

私のくせに、お前は何を言ってるんだ。この幸せを……お前は手放せと言うのか。笑わせる、嘘吐きはお前だ。

「消えろ、じゃまを……するな……」

泣き止んだ。私は軽蔑か、同情か……そんな瞳で、私を見た。

「さよならだ」

私が消える。それと同時に、世界が反転した。回って、廻って、気が付くと、世界が真っ黒に染まっていた。先ほど居た場所とは違う。もっと、混沌とした場所。

「兄上?」

返事は無い。ここは、一体どこなのだろうか。
気持ち悪い。すべてが無に還るような、感覚を鈍らす混沌を直に味わっている気分だった。
五感は既に機能を失い始めている。歩いたかもしれないし、叫んでいるのかもしれない。でも一つ分かることは、私は上を見上げているということだ。

「月が赤い」

世界を照らすわけでもなく、虚空に在り続けている。

「くっ!」

頭痛がする。そして聞こえてきたのは、兄上の声。

―――喰え

頭が痛い。今は、何かを食べる気分じゃないんです。

―――喰え

やめてください。本当に今は、食欲が無いんです。

―――喰え!

うるさい。何度も、言わせるな…今は、食べないと言っているんだ…!



「高町、ちょっといいか?」
「チンクちゃん、もう怪我はいいの?」

仕事終わりに、チンクはなのはのオフィスを訪ねた。
理由は簡単だ。落ち込んでいる姉妹を元気付けようと、そう企画しようとしているためだ。

「怪我は問題ない。それよりも、少し頼みたいことがあってな」
「ええっと……それは今じゃないとダメなのかな?」
「ああ。出来れば事を早急に済ませたい」
「そっか。それで、お願いっていうのは?」

チンクはテーブル越しのなのはに資料を渡した。量としてはたった一枚。
だが、これは誰かと交友を深める行為が苦手なチンクが精一杯考えた一枚の、プライベートな企画書だった。

「やっぱり、心配なんだね」
「……当たり前だ。姓は違えど、私たちは姉妹だからな」
「うん。私は賛成かな」
「そうか、それは良かった。これはみんなにも来て欲しいんだ。二人の部屋は、結構広いからな」
「じゃあ、私がみんなに伝えておくね」
「いや、これは私から伝える。私がやらなきゃいけない仕事なんだ」

企画書を持って、チンクがオフィスから出て行った。仕事終わりの疲れを吹き飛ばすかのような楽しみを、なのはは笑顔で考えていた。
珈琲を飲んで、一息つけた。

「パーティーかぁ。こんな時期にどうかと思うけど……ううん、この時期だから、なのかな。楽しみだな」

幸せには、嵐が近付いていた。



「酷い嵐だな」
「こりゃ、演習は中止かな」

食堂に着けば、皆が溜め息を漏らす洩らしていた。現状は最悪、今日は外へ歩くことすら出来ないような豪雨と雷だった。
次々とシグナムとヴィータが居るテーブルへ六課メンバーが来る。だがみんなは、とてもが付くほど笑顔だった。

「なんだよお前ら、良い事でもあったのか?」

ヴィータたちを抜けば、集まってきたのはナンバーズの面々。ヴィータの言葉を聞くと、すぐに一枚の紙を渡した。

「これは?」
「知らないのかよ」
「あのねノーヴェ、この人達はあたしたちの上官なんだから、敬語で話さないと駄目っスよ」
「なるほど、パーティーか。いやしかしチンクが発案者とはな」
「いいんじゃないか? こんな時期だし、ちょっとは笑顔が必要だよ」
「お前ら……じゃなくて、シグナムさん、たちも参加でいいんだよな?」

二人が頷いて、ようやく食事が再開された。
それと同時に、残りの八神家となのはたちが来る。だが、スバルたちの姿が見えなかった。

「あいつらは?」
「早朝訓練終わってシャワー浴びてる」
「主、こちらへ」
「おおきになシグナム」

周りの席をくっつけると、いつも以上に多い朝食となっていた。
全員が着席すると、やはり目に入るのはこの企画書。なのはだけが、笑顔だった。

「なにニヤニヤしてるの?」
「いやー愛だなぁって思ってねー」
「そうだとも、これは愛だ」
「おお! そこは認めるんか!?」

チンクの言葉に、はやてが食いついた。テーブルを掻き分けて、スプーンをマイク代わりに使っている。
なのははまた一層、笑っていた。

「ばっ…!? 馬鹿か! そういう意味じゃないからな! 私は……」
「ええよ言わんでも……分かってる」
「八神……」
「誰かを助けるとか、誰かに優しくしたいとか……一人よりも、二人居た方がええのは決まってる。せやから、ウチは助けたいんよ。誰かさんが帰って来た時、みんな揃ってなきゃ、可哀想やしな」
「それは……同情か?」
「なに言ってんねん。友情でもあり、愛情でもあり……だってウチらは、友達で、仲間やろ?」
「そうだね。だから、みんなで頑張ろう」
「じゃあ、料理の材料やらなんやらはあたしとディエチとノーヴェが担当するっス」

企画書の裏に、役割をどんどん書き込んでいく。

「じゃあ私とフェイトちゃんとはやてちゃんは、お料理かな?」
「そうだね。任せて」
「日程はどうするん?」
「ああ。それは明日だ」

皆が急いで、食べ始めた。今から準備しなければ間に合わない。
とにかく皆は急いで仕事を終わらせる為に自分の仕事場に戻っていった。



―――食事の時間だ

また、声がする。もう……誰の声かさえ、分からなかった。

―――行こうか。トーレ

気持ちが悪い。こいつは一体……誰なんだろう。でも、私はこいつを知らない。
話し掛けられる度に苛つく。私は黒い水溜りから立ち上がって、言った。

「お前は誰だ」
「……俺は、ヴィアトリクス・フロストリア」
「なに?」

聞き覚えのある名前だ。
でも、どこで聞いたんだろうか。その名前を思い出そうとすると、激しい頭痛に見舞われる。

「ぐぅうう……!!!」

痛い、痛い!! 全ての神経系を切断されるような痛みに、膝を着いた。
黒い影が、私を包み込むように触れた。その気色悪い心地を、私を知っている。こいつは**じゃない。でも、何が違うんだろう。
言葉にしようとしても、頭に浮かぶ言葉が出せない。

「**……って、なんだっけ……」
「食事の時間だ」

頭痛が治まると、すぐに空腹が来る。何かを、食べたい気分だ。

「今宵の夜は最上級の食材が揃っている。さあ今日も、私に栄養を取らせておくれ」
「そうだな。早く、食べたいよ」



「これでよし、と」

次の日、ト−レとセッテの部屋に次々と荷物が運ばれてくる。
だがパーティーをするにも、この部屋の惨状では、ほぼ不可能に近かった。荒れた部屋を見て、皆が困ったように話し合う。

「昨日で今日の分の仕事を終わらせたけど、これじゃあパーティーできないね」
「とりあえず、部屋を戻そうか」
「そうだね」

無残な部屋は、次々と片付いていった。
穴の開いた壁などは修復は出来なかったが、破壊された椅子などは纏めてトーレの部屋に置いた。
結局、椅子などは足りずに立食パーティーとなった。

「雨、止まないね」
「……しばらくは嵐が続くそうだ」
「準備は整ったけど、肝心の二人がいないね」
「チンク、何か知っていないのか?」

パーティーの準備が整ったが、トーレとセッテが居なかった。
時間は夕方。たとえどこかに出かけていても、もう帰ってくる時間だろう。だがいつまでたっても、二人は帰ってこなかった。

「どうしようか?」
「待て。みんな、感じたか?」
「うん。結界だね」

窓にみんなが集まってきた。雨は既に、止んでいる。
自動車も、歩く人も、全てが止まっていた。一瞬で分かるだろう。これは……

「結界……」
「みんな、バリアジャケットを」
「フェイトちゃん」
「うん。各員、現在の状況は不明瞭な事が多いので、単独行動を禁じます。ですが、ミッドに出現したこの結界は、恐らくタナトスによるものだと考えられます。街に被害が出ないように、早急な撃破が求められます。それじゃ、準備はいいかな?」

次々と結界の中へ消えていく。その中で、チンクたちだけが、嫌な予感を感じていた。



「見ろよスバル、隊長がたくさんいるぜ」
「血燕、なんでそんなこと言うの?」

タナトスの本体である原種は、街の中心に居る。その行く途中で、増殖したタナトスが次々と現れた。
数にしておよそ十五体。

「スバル、血燕! 無駄話してる暇あるんなら戦え!」
「ティアナは短気だな。まぁいい……ギルガメス!!」
「マッハキャリバー!!」

デバイスが起動された。二人は同時に突っ込んでいく。

「うぉおおおお!!!」
「だらぁあああ!!!」

二人の拳がタナトスを消滅させていく。その上を、なのは達が飛んでいった。
滑空しているとすぐに見えてくる街の中心部。その真ん中に、より強い魔力の反応を感じていた。

「みんな! あそこ!」
「うん、何かいる……」
「はっ! どうせタナトスだろ、なら様子見る必要なんかねぇ!!」
「よせヴィータ!」

アイゼンを構え、タナトスに向けて特攻するヴィータ。

「ギガントッ!!」

急降下からの攻撃。巨大な槌は、タナトスの顔を直撃する寸前までいった。
時間にして一秒足らず。鉄槌で殴ろうとしようとしたが、見知った面が……そこにはあった。

「なに……!?」
「IS、ライドインパルス」

ヴィータが吹き飛ばされた。そしてその吹き飛ばした人物が、ゆっくりと空中へと上がってくる。

「そんな!?」
「……やはりか」
「チンクちゃん、何か知ってるの?」
「いや全く。ただ、予感はあった、それだけだ」

チンクが前に出た。対峙する二つの影、哀れむような目でチンクは相手を見た。
見る影も無い。狂気に満ちたその瞳は、殺戮を求める餓狼の如き威圧感。誰が見たって思う。目も前に居るのは異端だ。並みの強さじゃない。

「だが、強いだけだ。恐くはない」
「チンク姉!」
「ノーヴェ、見ろ」
「あれは……セッテ姉?」
「そうだ。言いたいことは分かるな」
「……うん。あたしたちで、やるんだろ」

二人がISを起動させた。

「待て! お前達で倒せると思っているのか!?」
「うるさい!!」
「……なに?」
「これは、私達の問題《家族》だ」
「……だが」
「案ずるな。死はしないし、殺すつもりもない。頼む、やらせてくれ」

シグナム達が後退した。残るは、チンク達だけだった。
なんて……哀れなのか。ただ、哀れみの言葉しか掛けてやれない。

「いくぞ……!!」
「………」



意識を取り戻してからの初めての感覚は、暗いということだった。
気絶させられたにも関わらず、バウンドも何もかかっていない。私はすぐに起き上がって、状況は確認しようとした。

「……ここは」

爆発音などが微かに聞こえる。どうやら、誰かが外で戦闘をしているようだ。
ようやく目が暗闇に慣れてきた時、自分が居る場所が分かった。

「……この魔力反応、六課のみんなが、来てるんだ」

ならば急がなくてはならない。きっと、六課が戦っているのは姉さんに違いないのだから。
だが疑問も残る、あの女は、どこに消えたのだろうか。私を気絶させ、この場所に運んできたのに意味はあるのだろうか。
分からなかった。だが迷っているよりも、ますはこの建物の外へ出るしかない。

「これは!?」

外に出ると、すぐに異変に気付いた。
ミッドチルダを覆い尽くすような結界に、さらに中央区だけより強力な結界が張られている。これは、あの女がやったのだろうか。

「……姉さん」

こんな現実は、出来れば見たくなかった。
遠く、空で戦っているのは、間違いなくトーレとチンク達だ。
そして奴も居た。トーレの後ろに憑き、私達の大切な人の形を真似した黒い影。あれは一体、なんなのだろうか。

「姉さん」

行かなければ。あの人がいない以上、トーレを助けられるのは、私達しかいないのだから。



「ガンナックル!」

ノーヴェが突撃した。
空中戦を行えない二人は、空中にいるトーレと戦うためにエアライナーに乗っていなければならない。
変幻自在に動かせる足場といえども、高速で空を駆けるトーレに、拳は当たらない。

「くそっ!」
「一度距離を取れ! 姉が抑える!」

唯一、今頼りになるのはチンクのISだった。
自在にナイフを出現させることの出来るチンクの能力で足止めしなければ、まともに攻撃すら当てられない。

「オーバーデトネイション!」

トーレが攻撃を仕掛ける一瞬の隙を狙って、トーレの全方位からスティンガーが襲った。

「今だ!」
「もらった!」

爆風の中にいるトーレに、パンチが当たった。
確かな手応え。だが、その拳が振り切ることはない。

「くそ……!」
「……強い。あのトーレに加え、タナトスの固有魔力も供給しているらしいな」
「オーバーSに更にSクラスの魔力加算、チンク姉、ちょっとヤバくないかな」
「………」

ノーヴェの攻撃は、見事に影によって阻まれた。
恐らく、チンクのスティンガーも全て防がれているだろう。

「まず、あの影を何とかしないといけないようだな。ノーヴェ、隊長陣の誰でもいい、融合体の分離方法を聞いてきてくれ」
「でもそれじゃあチンク姉が……!」
「案ずるな。倒せなくても、牽制しながら戦えば時間は稼げる」
「……分かった、でも気を付けて」
「姉に任せろ」

その言葉を聞いて安堵したノーヴェは、すぐに道を引き返した。
かといって、なのは達がタナトスとの融合を解く方法が分かっているかも分からない。

「家族は守る。どんなになってもだ」
「………」

影が、その暗い瞳でチンクを見ていた。
禍々しく、恐怖を植え付けるような眼力、そして──悲しそうな、眼をしていた。

「互いに思うことはあるようだが、今はそうも言ってられないからな」



「終わったか?」
「うん、もういないみたいだね」

周りにタナトスの屍を築きあげた頃、中央の戦いは更に白熱しているようだった。

「でも、数が凄かったです」
「キャロとエリオはなのはさん達に現状を報告しに行け、きっとまだタナトスと戦ってる」
「分りました。キャロ、いこ」

エリオとキャロがいなくなった。血燕達が倒すべき相手は、残り一人。
デバイスはフル活動。もうタナトスを倒すのにかなりの体力を消耗したが、三人居ればまだやれる。
たとえ血燕達がやられても、まだエリオ達が残ってる。

「出て来いよ」

血燕の一声で、物陰に隠れていた敵が出てきた。
黒髪を靡かせ、不吉を呼び寄せるような含み笑いは、すぐにこいつが味方じゃないことを認識させた。

「よくわかりましたね」
「貴女は……誰ですか?」
「私は……バケモノです」

言っている意味がわからなかった。
いや、バケモノと言われれば、そんな気がしなくもない。まず、こいつは人間じゃないのは確かだ。
雰囲気、オーラ、気配。言い方は様々だが、とにかくこの女は、嫌な臭いしかしない。

「だったらバケモノさんよ。あんたは、俺達と戦うのか?」
「戦う、ですか。まあ、それもいいでしょう」
「言っとくけど、俺達、かなり強い上に、三人居るんだけど」
「構いません。始めましょう」

はっ。見栄を張ってるならまだ可愛いものを、どうやらこいつはマジで自信があるらしい。
だが、こちらのパーティーはティアナ、スバル、俺だ。かなり高度な戦闘が出来る。だが、どうにも嫌な予感しかしない。

「自己紹介」
「ん?」
「まだでしたね、我が名はベルザ、以後お見知りおきを」
「ああっ! んじゃいくぜ、ギルガメス!」

体力を消耗している俺達にどこまで出来るか分からないが、戦うのなら、絶対に倒してみせる。



「ノーヴェちゃん、どうしたの?」
「高町、チンクねぇが、融合体と引き剥がすにはどうすればいいんだ」

街の西側でタナトスを掃討していたなのは達に、ノーヴェが合流した。
事態は一刻を争う。無駄な時間は、省きたい。

「やっぱり、難しい?」
「当たり前だ。トーレ姉さんは、姉妹の中でも多分最強だからな。おまけにタナトスもくっついてる」
「タナトスとの融合は止められないし、止まらない。でも……」
「でも、なんだよ」
「姉妹の絆なら、なんとかなるかも」
「はぁ!?」

軍人に置ける者に奇跡という言葉は似合わない。
殺し、殺され、命令され、死ぬ。その家族を抱きしめる為の手は武器を握り、家族の幸せを考える頭は、如何に敵を倒すか模索する。
だが高町なのはは、軍人でありながら、易々と奇跡という言葉を口にした。

奇跡なんて起きるのならば、恋人が戦死して泣く人もいない。それを分かっていながら、高町なのはという軍人は、奇跡を口にする。

「タナトスの実態はまだ全然分からないけど、あれが寄生した生命体の精神を侵食するのは分かっているの」
「精……神……」
「分かりやすく言うと、心を乗っ取る。融合体になったら、ますタナトスは寄生した相手の精神を侵食し、自分の指揮下に加える。そして精神を完全に乗っ取られたら、ああなるの」

そう言って、なのはは向かってくる融合体の群れを消滅させた。

「じゃあトーレ姉は……」
「諦めないで」
「でも、結果的には救えないって事じゃないのかよ!」
「甘えるな!!」
「……!?」

齢、20歳の小娘が、吠えた。
その声は周りで戦っているフェイト達にも届いただろう。いつも温和な彼女が、泣きそうな顔のまま、ノーヴェを見つめている。
その眼光に圧倒されてか、ノーヴェはようやく自我を取り戻した。

「悪かった」
「落ち着いた? じゃあ、どうしようか? 時間も、あんまり無いしね」
「トーレ姉さんは、手遅れじゃない。まだ、意識がある」
「でも、アドバイスというアドバイスは無いかな……後は、本当に家族の絆ってやつしかないかな」
「そうだな……もう、それしか無いよな」
「頑張れる……よね?」

少し涙を零していた頬を拭い去り、元気よく叫んだ。

「当たり前だ!」

もう、迷いは無かった。



「くそっ!」

圧倒的だった。
投げたナイフは全て避けられ、爆発さえもその速さについていけない。
かろうじて攻撃を避けても、必ずどこかを裂かれる。

「………」
「聴けトーレ! お前の兄の名を答えろ!」
「………」

返事は無い。この声は、ちゃんと届いているのだろうか。

「答えろ!」
「私は……」
「なんだ、もっと声を出せ!」
「私は……**が分からない」
「なに……?」

続けざまの攻撃が直撃した。
マントを裂いて、腹部を切り裂く。同時に殴られ、私は吹っ飛んだ。

「う……く、そ……」
「オワリダ」
「貴様のような影如きに、終わらせられてたまるか!」

一か八か、前と同じ手で、攻撃を試みた。
トーレの刃が私を切り裂く寸前で、ナイフをトーレの後方から発射する。

「やったか!?」
「オワリダトイッタ」

同じ手は通じない。しかもあの時成功したのは、“トーレだけ”だった。
だが今回は違う。くっついてるとはいえ、奴は他の生物として、私と戦っている。

トーレは全身影に覆われている。
爆発に巻き込まれた私の首を、影の手が握り、そのまま持ち上げた。

「くっ……!」
「**……あに、う……え」
「そうだ、思い出せ……! お前達を置いてどこかに去ったお前の兄の名を!」
「兄上は、……どこ?」
「そんなもの、自分で探してみろ……!」

握っている手に力が入ってくる。
いかに半分が機械といえど、この握力には、潰されるを待つしかなかった。

「ぐ、あ……」
「逃げろ」
「なに……!?」
「逃げてくれ」

微かに聞こえる声。懇願か、悲願か、悲しそうに呟く声は、確かにトーレのものだった。
だが、たとえ聞こえたとしても私にその願いは叶えられない。逃げることに屈辱を感じるわけではないが、今ここにたっている私は、逃げてはいけないのだ。

それはプライドであり、信念であり、約束だからだ……!

「ふざ、け……るな」
「………」

影に、ナイフを突き刺した。
小さな抵抗に過ぎないが、ナイフを突き刺してもまだ、手は力を緩めなかった。

「貴様も姉ならば、その程度のロストロギアに屈するな……!」

嫌な音がした。
喉の骨に亀裂が走ったのが分かる。裂けた皮膚から滲み出た血が、青い月を反射していた。

「なぁ……確かに私達は人間じゃないけど……それでも受け入れてくれた人が居るだろ」
「………」
「私達は、今は人間なんだぞ……」
「……チン、ク」
「諦めるな……! 自分を思い出せ、私達を思い……だせ」

意識が途切れてきた。
呼吸が出来ないせいか身体にまともな信号が出せない。……私も、ここまでか。

「諦めるな!」

身体が軽くなった。
噴き出す黒い鮮血。切り落とされた影の手。助けが、来たのだろうか?


「姉さん、兄様は居ないけど、私が……姉さんを助けるよ」
「そうだ、チンク姉もトーレ姉も絶対に助けてみせる!」

エアライナーが見える。その上には、セッテとノーヴェが居た。

「ノーヴェ、トーレを助ける方法は見つかったのか?」

身体をまともに動かせない。ここに私が居ては、ただ足手まといになるだけだ。
ノーヴェに抱きかかえられ、端まで移動した。

「トーレ姉を助ける方法は具体的なものは無かった」
「そうか……やはりな」
「だから、姉妹の絆って奴を信じる」
「あぁ……それしかないな」



光が交錯していく。天を駆けるその道筋に乗って、二人の光が見える。
その眩しい光を、私はただ見つめていた。
いや、見つめているというのは私の意識でしかないのだが、実際は私は戦っているのだろう。
この手で、大切な妹たちを傷付けていくのが分かる。どんなに傷を負っても、二人は立ち向かってきた。

恐いんだ。私は、どうすればいいのだろうか。

「ヴィアトリクス隊長が待ってるんだ、さっさと目を覚ましやがれ!」
「兄様は、こんな事望んでなんかいないっ!」

ヴィアトリクス……とても、懐かしくて、居心地が良くて、大切な言葉だ。
いや、コレは……名前だった気がする。

「そうだ、私は……」

こんな場所で何をしているんだ。

「出て来い、紛い物め」
「トーレ……」
「その顔で、その声で、私の名を呼ぶな!!」
「俺は、お前の兄だ」

違う、違う違う!
お前は偽者だ。本当の兄上は、ちゃんと居る!

「俺は……」
「消えろ」

私を取り巻く影を掴んだ。

「なにをする……!」
「こんなものっ、私にはいらん!」

布を引き裂く音と共に、声が聞こえてくる。

『目を覚まして姉さん!』

セッテ、私の妹……あぁ、すぐに行きたいのはやまやまだが、どうにもそううまくいかないらしい。
引き裂いていくと共に、私が崩れていく。

「トーレ……!」
「私を、嘗めるなぁあああああ!!!」

良い音が響いた。
黒い世界が、簡単に崩れていく。やってやったよ、私は、私自身で矜持を守り抜いたんだ。

だが……やはり世界というのは厳しいものだ。
身体から力が抜けていく。だがなんだ、この清清しい気分は……。

すまない兄上、すぐにでも探してやりたいが、どうも身体が動かない。

「トーレ……!」
「すまない、セッテ。少し、私を休ませてくれ……」



「姉さん……」

戦闘は終了していた。
ほんの数分前、激しい攻防を繰り返していたが、トーレと影は突如として攻撃をやめた。
それからは、しばらくの悲鳴が響いていた。だがしっかりと私の耳には届いている。

「謝らないで……」

崩れ落ちる姉を、私は抱きしめた。
消えていくタナトス。その崩れていく顔は、泣いていた。

それは喜びか、悲しみか。
兄を騙るバケモノは、最後まで、その涙を絶やすことはなかった。



「てめぇなんかに俺はぁあああ!!!」

風が空を斬っていく。
逆流していくその風圧と共に、渾身の一撃を見舞うために突進した。
だが空振り。叩き潰そうとしたその相手は、気付かぬうちに後ろに回っている。

「なにっ!?」

訳が分からない。
俺は気付いたら、壁にめり込んでいた。

体力も血も足りない。デバイスもボロボロで、既に原型を留めていないほどになっていた。
ベルザが近付いてくる。俺は、見上げるのがやっとだった。

「弱い」
「るせぇ……」
「ヴィアトリクスならば、私を仕留められたでしょうが」
「何が言いたい……」

髪を掴まれ、持ち上げられた。
赤い瞳が、こっちを覗いている。

「強く……なりたいですか?」
「なに……?」
「ふふ、まぁいいでしょう」

声が聞こえた。俺を呼ぶ声で、これは……はやて隊長達の声だ。
俺は全然平気、そう答えたつもりだが、俺はみんなの顔を見る前に意識が途絶えた。


第十七話:姉妹の絆 End