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子供の頃、ただみんなに嫌われていた。
石を投げられ、棒で殴られ、ボロボロになった俺はゴミ捨て場によく捨てられていた。
町を歩くたびに、人の群集は道を開ける。

『災いの子』

そう、みんなが呟いていた。
10歳になるまで、一緒に暮らしていたおばさん。名前も、年齢も、何も知らない人が、ずっと俺の傍に居た。
外には一切出してもらえない。ただあるのは、窓の外に広がる木々のみ。
朝になって、朝食を食べるために下へ降りた。でもいくらおばさんに話しかけても、返事は無かった。

10歳の夏、初めて、『死』を見た。

三日掛けて掘った庭の穴に、体から腐敗した臭いをするおばさんを、埋めた。その時、まともに喋ったこともなかったが、何故か涙が出た。
土だらけの手で、必死に零れてくる涙を拭っていた。
夕方、だがおばさんが死んで、一人になった事で俺は外に出ることを決心した。

一時間ほど森を歩き、ようやく聞こえてきたのは、子供たちの声。
人間は・・・おばさん以外は見たこと無かったけど、みんな大して自分と変わらなかった。

「ねえおじさん、ここはどこ?」
「なんだい? ここはジェラートタウン、君は・・・両親とはぐれてしまったのかい?」
「おばさんがしんじゃった」
「なんだと!? それで、おばさんは何処に居るんだい!?」
「家は、あの森のおく」

森の方へ指を指すと、おじさんの顔は青ざめた。
おじさんはすぐに冷静になって、ボクの肩を掴んで丁寧に話し始めた。

「ねえ君、君のお家は・・・近くに湖があるところかい?」
「うん、そうだよ。すごく広いんだ!」
「こちら第二班、三丁目に“災いの子”を発見、指示を頼む」
『こちらJT支部本部、現在本部からの連絡待っている』
「さて、君はココには居ちゃいけないんだよ」
「やっと外に出れたのに・・・?」
「でもまたもどらなくちゃね」
「いやだ! いやだよ!」
「黙れ! 人が集まってくるだろ!」

視界が反転する。今・・・何が起きた?
倒れて、見上げてようやく理解する。“青い服のおじさん”は、ボクを殴った。
間髪入れずに、次の拳が飛んでくる。避けることもできないボクは、また吹っ飛んだ。

「な、に――するの?」
「まさか、お前みたいなのが本当に森の牢獄から出てくるとはな」

蹴りも、ぶたれるのも、初めてだった。
痛い。鼻から血が出て、膝から赤い何かが飛び出している。
さっきまで優しかったのに、なんでいきなり怒ったんだろう。おばさん以外の人と話したこと無かったから、きっと怒らしちゃったんだろう。

「ごめんなさい・・・ボクが、悪かったの?」
「こいつ、目が・・・」
「ボクが、悪かったんだよね?」
「黙れ!」
「ごめんなさい・・・」
「うるせえ!」

額から血が流れる。おじさんは、腰から取った棒でボクを殴りつける。すごく、痛かった。
手で防いでも、すぐに変な音が聞こえてくる。
おじさんがぶつたびに、バキって音が聞こえてくる。
痛みが感じなくなってきた。ぶたれた衝撃だけしか、わからない。

「痛いよ…痛いよお…!」
「黙れ! 黙れ!」

意識が、途切れた。
それから覚えているのは、笑い声と、頬を伝う血と、血を洗い流すように降る夏の雨だった。



− フリージア本部強襲作戦から十ヶ月後 −

「居たぞ! こっちだ!」
「こちら第七陸戦部隊! パーティ半壊によるため任務続行不可! 増援はまだか!?」
『こ――ち、本――広域チャフ、…により』
「電波障害か。…くそ! 援軍は望めない! 俺たちで止めるぞ!」
「隊長! 100M《メートル》先に生命反応、こちらに向かってきます!」

半壊する街。燃え上がる赤い炎、迫りくるバケモノ。
任務は、さほど難しいことでは無かった。
時空管理局第七陸戦部隊は、本局からの委託任務により管理外世界に赴き、ロストロギアの反応を調べに行く、というものだったはず。

それがそうして、こんなことになったのか。
巡回を終え、宿に帰宅途中――隊員が“変な音”に気付いたのが最後、惨劇が始まった。
およそロストロギアと呼ぶには程遠いその生物は、一時間で十四人居た隊員の半分を喰い尽くした。

「…聞け! 生き残りし同士諸君! これより私は修羅道に入る! 奴らと心中する覚悟がある奴だけ付いて来い!」

その叫びは、間違いなく街に響き渡っただろう。ロストロギアの足音が、段々と近づいてくのが分かる。
隊員は、全員黙り込んだ。
無理も無い話しだ。これからバケモノと共に“死ぬ”と言っているんだから。

「無理はしなくていい。お前たちには帰るべき場所あれば待ってる恋人も居るだろう。お前たちのように若者が死ぬにはまだ早い。だから、行かないのを責める奴は誰一人としていないだろう」
「隊長…」
「妻が逝き、子は巣立ち、もう何の未練がある。この老躯《ろうく》、時代を担う若者たちに“これから”を任せる為に散るのは…悪くない」
「自分は行きます!」
「俺もです!」

次々と挙手し、デバイスを構えた。
だが一人、手を上げることは無い。

「お前は、行かないのか?」
「自分は…」
「よい、言うな」
「でも!」
「ではお前に特別任務を与える」
「え…?」
「私の身体は、妻と同じ墓に埋めてくれ」
「はい…」

一人の隊員だけが、脱出した。それを責める者は、誰も居ない。
それぞれがデバイスを構え、近づくバケモノに集中する。

「いいか、できるならお前たちは生きて帰れ。死ぬなよ」
「隊長こそ死なないでくださいよ。葬式行くの面倒なんですから」
「そうだな…では迎撃する! 構え!」
「はっ!」
「舞台はもう終わる! この劇に、奴の鮮血を持って幕を下ろすぞ!」


...以上が、報告だった。
時空管理局第七陸戦部隊 生存者一名 死傷者三名 行方不明者九名 対象ロストロギア消滅。
目標であるロストロギアは、最近出没の多い次元広域犯罪組織フリージアが多数所有する未確認ロストロギア“タナトス”であることが分かった。
これは自立型で、封印が解除されると即座に近辺の生物に寄生する。
寄生した動物のコントロールを奪い、最終目的へ接近する。
タナトスが動物のまま見つかるのはまず無いだろう。奴らが見つかるその時は、絶対に人間に寄生している時だ。

危険度はS、自律型に加え、奴らは膨大な魔力を持ち、魔法経験の無い人間でも強力な魔法が使えるようになる。
そして極めつけは…“増える”ことだ。
タナトスに寄生された人間が取る行動はただ一つ。他の生物を喰うことだ。

喰ったあいての魔力を奪い、新たなタナトスを生む。
よってこのタナトスは危険度Sだ。そして、このバケモノに対抗できる奴らは少ない。本局の魔道部隊か――

古代遺物管理部機動六課しか、いないだろう。




「うぉおおお!!!」
「でやぁあああ!!」

剣と拳が、交差する。ぶつかる金属音は、室内に轟々と響いている。
戦っているのは血燕とスバル、双方の模擬戦は、かなり発熱していた。

「ギルガメス!」
『Load Cartridge!』
「マッハキャリバー!」
『Load Cartridge!』

互いのデバイスが、同時にリロードをした。
回数にして二回。デバイスに込められる魔力が倍増していく。

「ディバイン―――」
「ソニック―――」

ギルガメスは両腕と両足にアーマーを装着させるデバイスだ。
肘と踵から膨大な風を噴射して、その勢いで攻撃する。それこそ、単純かつ強力な相手を『倒す』ことだけを考えた技。
身体に掛かる負担は筋肉を軋ませ、下半身と上半身のうねりがより強いパンチを生む。

「バスターーー!!」
「バニッシュ!!」

スバルの拳から放たれた圧縮された魔力の塊は、猛スピードで突っ込んでくる。
肘のブーストがフルアクセルになった。もはや、止まる術は無い。後は、このまま突っ込むのみだ。

「うぉおおおお!!!」
「えぇ!?」

驚きの声が聞こえた。
紫の魔力弾にギルガメスが衝突した。反動で押し返されそうになるが、ブーストの勢いが後退を許さない。
ゆっくりと、ディバインバスターを侵食していく。

「これで、どうだ!」
「くぅッ…!」

ソニック・ブラストとディバインバスターが相殺し、すぐさまギルガメスの脚部がブーストを展開する。
空気を吸い込んでは風に変え、そしてその風をまた吸い込み噴出する。
足のアーマーが、スバルの腹部を直撃した。

「まだまだ!」
「バリアか!?」

一度後退し、体勢を立て直す。スバルはマッハキャリバーを使い近接戦闘も得意だが、バリア系の魔法も得意らしい。
追撃は出来ない。バリアで弾かれて反撃を喰らうのが落ちだ。

「ウイングロード!」
「!?…ちぃ!」

空を飛べない俺に対して、空中戦はもっとも苦手な戦いだ。
ブーストで一時的に飛べるものの、すぐに落下してしまうのが現状。ならばどう打破するのか…
幾度となく、スバルの拳が身体のあちこちを直撃していく。模擬戦とはいえ、気を抜けば病院送りは免れない。

「バリア、か」
「でりゃぁあああ!!」
「バリア…?」

そういえば前に、バリアを使った訓練をしたことがある。
そうだ、隊長がみんなにやった訓練だ。六つか七つぐらいあるバリアの脆い部分を、強力な一撃で粉砕する。

「ギルガメス!」
『All,My master』
「ソニック・バニッシュ!」
「バリア!」
「まだだ! 連撃! 集風脚!」
「くっそぉ…! バリアが…!」
「うおりゃぁあああ!!」

ギルガメスが、バリアを貫いてスバルに直撃した。
今度こそ、手ごたえは確実にあった。

「勝負あり!」
「よしっ!」
「あちゃー、負けちゃったかあ」

フィールドが普通の室内に戻り、ベンチに戻っていく。
訓練室に仕事で来れなかった総隊長以外の全員が、スバルと俺に駆け寄ってきた。

「おめでとう血燕、やっとスバルを倒せたね」
「ええ、まあ…」
「ちょっとスバル! あんた手を抜いたんじゃないんでしょうね!?」
「違うよ! 血燕は本当に強くなってるんだって! ティアだってこの前負けたじゃん!」
「うるっさいわねえ…あんなのまぐれよ!」
「…後は、隊長たちだけですよ」

この十ヶ月で、俺は隊長陣、副隊長陣以外をすべてに勝った。
あの今も忘れることの出来ないあの“助けられた”かもしれない男の死に様を見てから、毎日特訓に明け暮れた。
ギルガメスと新技開発や、状況に応じて対処する立ち回りなどをだ。全てが上手くいったと言うわけではないが、考えたものはその日の模擬戦で試す。
そうして俺は、見事ここまで登り詰めた。

「よしっ…」

静かにガッチポーズをとってすぐに、はやて総隊長から連絡があった。
モニターには、リィンさんと総隊長が居る。

「緊急事態発生や! みんなすぐにブリーフィングルームに集合して!」
「はいっ!」



「これは…!?」
「せや、自律起動型ロストロギア、タナトス。本局の魔道部隊が処理するはずやったんやけど、どうも人手不足らしいねん」
「でも、これはいい機会なんじゃないんですか?」
「せやなエリオ、この十ヶ月間待機ばっかやったし、そろそろ六課も動かなあかんからな…でも、これがタナトスとの初陣やし…」

この十ヶ月間、六課は世間の風評から中々事件が回ってこなかった。いつも美味しいところばかりを取っていく機動六課は、今や本局の奴等にとって丁度良い餌だ。

“役立たずの六課の代わりに”という名目のもと、本局の部隊では手に終えないような事件を無理やり片っ端から片付けていった。
だがこれが結果だろう。ロストロギアに対して異常なまでの強さを誇る六課の肩代わりでやってきたんだ。いずれ敗戦してこちらに回ってくるのも時間の問題だった。

「初陣に出なきゃいつまでも戦えないよ。さ、作戦指示をお願いね、はやてちゃん」
「…約三日前、本局の第七陸戦部隊がタナトスと心中した話し知ってる?」
「確か、奇襲を喰らったらしいな」
「うん、それで半壊した部隊で、隊員がタナトスもろとも自爆したらしいんやけど…死んでなかったみたいやな」

死して屍拾う者無しとはよく言ったものだ。意味こそ違うにしろ、文字通り、“拾えない”状態なのだから。

「この事件は半年前と大きく関わってるんわ確かや」
「タナトスを追えば、必ずヴィアさんが居るはずなんですよね」
「でも、隊長は死んだんでしょ?」
「てめえ血燕、もういっぺん言ってみろ…お前の頭を縮めてやる」
「死体が無かったんですよね? どうしてそこまでして隊長が生きてるなんていい切れるんですか」
「悲しい奴だな血燕、お前、誰かを好きになったことがあるか?」

その発言に、その場に居た全員が血燕を睨んだ。
誰もがヴィアが生きているかどうか分からない状況で、一番言ってはならないことだ。
シグナムが、哀れんだように呟く。

「そんなもの、俺だって…」
「“そんなもの”と言っている時点で不合格だ。もしもこれ以上下らないことを言うのであれば、お前の身の保障は出来んぞ」
「…了解」

下らない、下らない…。
なぜ皆は、そこまで信じれるのだろう…俺が以前考えていたその答えは、まだ見つかっていない。

「じゃあ部隊編成から説明するけど―――」

シグナム副隊長の言葉を最後に、後は全部耳に入らなかった。
出撃は一刻後、結構人員が少なくなった六課にとって、危険度Sのタナトスに対応できるのだろうか。



「ロストロギア、タナトスかぁ…」
「なによ、怖いの?」
「うん、怖いよ」

出撃まで後三十分を切った頃、先に準備を終えてしまったスバルとティアナが、ヘリポートに居た。

「やけに素直ね…」
「うん、だって…あたしたちってさ、仕事上、いつ死んでもおかしくないでしょ?」
「そうね。でも、あたしたちには…」
「分かってるよ? 昔より強くなったし、なのはさんたちのおかげで、災害に合って苦しんでいる人たちを助けられるようになったし」
「だったら、何が不満なのよ」

体育座りしていたスバルが、夜の空を見上げた。
真ん丸い月が、地上よりも高い場所に居るせいかより大きく見える。

「不満? そんなものないよ」
「……?」
「ただ、確かに死ぬのは怖い。でも、あたしはみんなが居る限り、一生懸命楽しみたいんだ」
「回りくどい言い方ね。初めに死ぬのは怖いけどみんなと居るのは楽しいって言えばいいのに」
「えへへ、ごめんね」

座っていたスバルが立ち上がった。
ヘリの近くには、もうみんなが集まってきてる。

「いやー、それにしてもみんな気合入ってるねっ!」
「そりゃそうよ、なにせ…ヴィアさんの足取りが掛かってるからね」
「うん、じゃあ、あたしたちも行こっか」

足取りは速かった。
別段、二人はヴィアに対して恋愛感情などは無いが、自然と自分たちの側に“居て欲しい”存在となっている。
まだ色々と教えてもらうことがたくさんあるとか、もっと話してみたいとか。理由は様々だが、機動六課にとって“ヴィアトリクス”は居なくてはならない存在になっているのは、確かだった。



「みんな、改めて状況を開始するよ」

今回タナトスの鹵獲《ろかく》作戦に加わったのはスターズ分隊に、血燕を加えた即席チーム。
隊長、副隊長は変わらずメンバーの変更は無い。ただのロストロギアの鹵獲ならば十分過ぎる戦力だ。

「目的はサーチによって場所は分かっています。機動性が高いので、ほぼ戦闘無しでの鹵獲は不可能だね。そこでこれの登場です」

なのはが取り出したのは、ロストロギア専用のトラップだった。
設置した場所にタナトスが来れば、赤外線のセンサーが反応して一時的にAMFが発動する。

「東西南北全ての出入り口に設置し、追い詰めて鹵獲します。相手は自律型…油断すればやられるのはこっちだからね?」
「なぁなのは、これって…一応相手は魔道師なんだろ? じゃあ、かなり危険じゃないか?」
「そこはみんなの実力に掛かってるってことで」
「まぁそうだけど…」
「どっちが心配?」
「なにが?」
「ううん。なんでもない」

それだけ言うと、クスクス、と笑いながらなのはは去っていった。

「じゃあ、お前らも配置につけ」
「はい!」

西にいるタナトスは、なのはとティアナとスバルで追い込む。
物理能力に長けた血燕とヴィータは万が一タナトスが機能を停止しなかった場合の戦闘要員。

『こちらスターズ02、なのは、タナトスは?』
『まだ、かな。大通りに差し掛かったら作戦開始』
『気になることがある』
『うん。…町に人がいない』

ただ退避している可能性もあったが、この町は“静か”すぎる。
食事を楽しむ家族の声も、夜遊びをする子供たちの姿も、徘徊する野犬の鳴き声さえも…この町には“無かった”。
幾つか推測は出来る。
だが、任務において勝手な推測を挙げて行動を起こせば隊の全滅になりうる。
まして今回はS級ロストロギア…ヴィータやなのはならともかく、他の隊員は気を抜けば命を落とす。

『─、ヴィ─…タ、ちゃ…』
『なのは? よく聴こえない。ちゃんと念話に集中してくれ』

返事が無い。
戦いが始まって余裕が無いのか、何かがあったのか。

「血燕、あたしに念話してみろ」
「え? この近距離でですか?」
「いいからやれ!」

血燕が少しの間、目を瞑りヴィータに念話をしようとしてるのが分かる。
だが、一向に念話はこなかった。

「…ヴィータさん」
「分かってる。タナトスは念話妨害にも長けているみたいだな」
「携帯も圏外です」
「…広域で、さらに機械も魔法でも連絡がとれない、か」
「俺が様子を見てきます」

血燕が走り出した。
今、最も欲しいものは、なのはたちの最新の情報だった。
血燕が偵察に行くのは妥当だった。だがヴィータは、胸の奥をくすぐる嫌な予感を、ずっと感じていた。





「スバル、ティアナ! 散開して!」

──西の大通り。
いきなり様子を窺っていたなのはたちを、タナトスが襲撃した。
時間にして表すことが出来ない。まさに刹那の時、視界から姿を消したタナトスは、一瞬にしてスバルを蹴り飛ばした。

想像を遥かに超えている。
魔力量もともかく、何の力も無い人間を媒体とするだけでこの力──。

「ちょっと、まずいかなぁ…」

状況を見る限り、タナトスはなのはではなくスバルとティアナに固執して攻撃していた。
もはや、なのはなど始めから居なかったかのような無視だった。

だがそれもそれでかなり厳しい状況だ。
砲撃系の魔法がほとんどのため、二人の援護が出来ない。

『マスター、後方に魔力反応です』
「うん。タナトスは、一匹じゃないみたいだね」

暇、という言葉が正しいだろう。
スバルたちと戦闘をしているタナトスはともかく、こちらのタナトスはなのはに興味を持ってくれたようだ。

「スバル、ティアナ!」
「はい!」
「今ちょっと忙しいんですけど!」
「作戦は中止、これよりスターズはタナトスの鹵穫作戦は殲滅戦へ移行します!」





「てめぇがタナトスか」

中央区より離れて西に続く路地裏には、三体目のタナトスが待ち構えていた。
遭遇した血燕はデバイスを機動させ、すぐに戦闘体制を取った。

「グアァァァァァア!!」

両手を精一杯広げ、苦しみに似た叫び。

「元は一般人、なんだよな…」

鹵穫なんて考えるだけ無駄だ。
今は一人、中央に近いとはいえ律義に追い込んで罠まで誘導するのは厳しかった。

「だったらやるしかない」

ギルガメスは大剣《ザンバー》の状態、様子見をするならば、こいつか最適だ。

「往くぞタナトス!」

突進してくるタナトスに、ギルガメスで切り裂こうとした。
まるで鋼を斬ろうとしたかのような鈍い音が、路地裏に響く。

「バカなっ、生身の腕なのになんて堅さだ!」
「グオォォォォォ!!」

続けて斬るが、いずれも皮を裂く程度。どうやら、皮膚ではなく肉に何か細工がしてあるようだ。

「器用な奴だな」

軽口を叩くだけの余裕はあまり無い。攻撃はただ殴ってくるだけだし一発食らっても痛手ではない、だが──

「早い──!」

両腕から繰り出される連撃は、スバルには劣るもののかなりの速さだった。
それよりも脚だ。踏み込む度に地面のタイルは砕けて、走るのと同時に破片ごと舞い上がる砂埃。

「ギルガメス!」
『Load Cartridge』

二回のリロードを済ませ、一度離れる。
この技ならば、奴の堅い肉を裂くことができるだろう。

「裂けろッ! かまいたち!」

ギルガメスを振りかざすと同時に、風がタナトスを吹き飛ばす。

「よし、効いてる」

起き上がったタナトスは、身体のあちこちから流血していた。

「グ、──ぁ、ギギ…!」
「なんだ、様子がおかしいぞ…」

突然、タナトスが暴れ出した。
その剛腕を、俺に当てるわけでもなくただひたすらに周りを破壊していく。
明らかにおかしい。確かに傷は負わせたものの、悶え苦しむような痛手は負わしていない。

「な……!?」

タナトスの皮膚が剥がれ、骨格が変形し、形が変わっていく。
別段、見た目が化け物になるわけでもなかったが…これは誰が見ても…。

「あんたは…!!」

闇夜の月が、タナトス《死》を照らしていた。
動悸が激しくなる。苦しみと共に姿を変わったタナトスに、叫ぶしかなかった。

「ヴィアトリクス・フロストリア…!」
「ぁ…が、──殺、す」

顔も、身長も…声さえ隊長だった。
訳が分からない。さっきまで顔も声も知らない男だったのに、なぜいきなり隊長の姿になった。

「ギルガメス、四肢武装《ししぶそう》」

大剣《ザンバー》から一変し、手足に風を纏うアーマーに変わった。

「タナトス、お前が何でそんな姿になったのかは俺は分からない。だがな──」

両足のアーマーが、風を吸い込む。

「その面はな、俺がこの世で二番目に気に入らねぇ面なんだよ!!」

タナトスよりも段違いの勢いで、疾走する。
脚部のアーマーは主に速さ《スピード》を上げるパーツであり、両腕は力《パワー》を誇る。

「どんなものでも破壊する、ヴィータ副隊長お墨付きの鉄拳だ!!」

両腕が風を吸い込み、肘から噴出する。そのスピードと、噴出された風の勢いで、タナトスの腹部に拳を直撃させた。

「なに…!?」

硬くなかった。まるでバリアジャケットすら装備していない、ただの“肉”を貫く感触。

「………」

タナトスは、先程の堅さはどこへいったのか…。
腹筋すら鍛えられていないような腹部は、ギルガメスによって貫ぬかれて貫通している。

「くそっ…後味悪いな…」

引き抜くと同時に、タナトスは吐血して倒れた。

「血燕!」
「ヴィータ副隊長、こいつは……」
「…ヴィア?」

やっぱり、隊長だった。
あれだけ気丈を振る舞うヴィータさんでも、この顔で死んでいれば…驚くのも仕方なかった。

「こいつは…タナトスなのか」
「…はい。間違いないです」

経緯を説明すると、ヴィータさんはすぐに元に戻った。

「タナトスの封印処理、頼めるか?」
「はい、分かりました」

封印処理が終わると、西の空にディバインバスターが見える。

「向こうも終わったみたいだな。あたしは今回なんも出来なかったけど…よくやったな、血燕」
「……はい」

労いの言葉を掛けられた。
タナトスといえど…人の形をしたものを殺すのは、やはり気が退ける。

「………」

嫌な夜だった。
月は…見たこともないぐらい朱く染まっている。

それは極めた芸術の様に美しくて、無慈悲な虐殺を表すかのように残酷だった。
風がぬるい。本当に今日は…嫌な夜になりそうだ。

「ヴィータちゃん!」
「なのは…」
「ごめんね、誘導失敗しちゃったから殲滅戦に──」

なのはの言葉が途切れた。
六課に所属する者ならば、地面に転がっているものを見れば驚きを隠せないだろう。

ティアナとスバルも、目を背けている。

「タナトスが、いきなり苦しみだしたと思ったらこの姿に…」

ヴィアトリクス、という名前を出しただけで…心が崩れてしまいそうな程、悲しそうな表情を皆していた。

「ティアナとスバルは町の調査、血燕は民間人の生存確認…私たちの場所にも二体のタナトスを確認したけど…ロストロギアごと倒しちゃったんだ」
「そんなにいたのか…」
「…始めの一体以外は、サーチャーに魔力反応が無かった。誘い込まれたのは、私かもしれないね…」
「とりあえずタナトスとこの遺体を六課へ輸送しようよなのは、考えるのは…その後でいいよ」
「うん、そうだね…」

その後、町を去るまで…誰一人として、口を開けることは無かった。


第十五話:タナトス End

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