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昔、私はいつものように庭で過ごしていると、生まれて初めて見る人間を見た。

名を、オーディンという。

彼は傷だらけの身体を引き摺りながら、ゆっくりと世界の果てから来たらしい。

その姿は黄金の甲冑を身に纏い、手にはその大きな身長を超える槍を握っている


「餓鬼。ダンテはどこだ?」

「お父様なら、お城の中にいるわ」

「そうかい。それでお前は、誰だ?」

「私はお父様の娘、母親はいないんだって」


それだけ言うと、男は黙ったまま庭に腰を下ろした。
床は薔薇で一杯なのに、痛くないのだろうか。


「怖ぇ子供だな。感情を知らないのか」

「感情?」

「そうだ。喜怒哀楽。それを総称として心とも言うが、まあお前には感情でいい
だろ」


男が言っていることはさっぱり分からなかった。
でもきっとこの人は私とは違う場所から来て、様々なことを知り、そして辿り着
いたのがこの場所なんだろう、と私は悟った。

それが何故か、嬉しくて楽しくて、私は興味深々に男から話しを聞いた。

人間、人外、感情、心。

それら全ての話しを聞いた後、私は最後にこの言葉を聞いた。

それは、愛情と呼ばれるものだった。


「外に出れば、惚れた男の一人や二人出きるさ。だから憶えておけリデリア。お
前は人間じゃねえが、立派な生き物だ。だからこそ、外に出て生きろ」

「でも、お父様が外には出られないって」

「それはあいつだけさ。お前は違う。お前は外に行けるんだ」

「…お父様に怒られるわ」

「そんなもん、俺がなんとかしてやるよ」


オーディンは鎧を纏った冷たい手で私の頭を撫でた。
冷たい鎧の感触は、話しを聞いて興奮した私にとっての良い熱冷ましだった。

お父様には悪いけど、もう私の頭は外のことで一杯だった。

こんな風も虫も、何もない場所よりかは、幾分マシな世界なのだろうと思ってい
たからだ。


「いいか。外に出ればお前は一人だ。でも嘆くことはない…お前は一人でも、お
前の心はそこにある」


オーディンは私の心臓に指を向けた。
彼曰く、心とは自分であり、心とは友と呼ぶに相応しいものらしい。

私にはまだ、その意味が分からない。
でも、きっと外に出れば全部分かることだろうと願った。


世界の外れにある時間が止まった氷の世界。
そこには、一つの温もりが出来ていた。

永遠に溶けないはずの氷は、いままさに終わりを告げようとしていた。

彼は私に感情を教えると、ゆっくりと立ち上がって城を見た。
その横顔を猛々しく、悲しそうで、心配そうで。


「一人が嫌なら、はじめっからそう言えばいいのにな」


その言葉は、私に向けられたものではなく、私とは違う、また別の何かに送った
言葉なんだろう。


「これ、やるよ」

「……これは?」

「小さな魔剣さ。これがあれば外でもやっていけるだろうよ」


細身のその剣は、私にとっては重かった。
ずしりとくるその重ささえ、私は初めて経験する。


「オーディン、行くの?」

「ああ。もう俺にも限りは近い。ならば最後に、馬鹿な誰かさんにきつい灸をす
えてやらなきゃいけないんだ」

「ふーん。…じゃあ、またね」


なんて軽率な言葉だろうか。
その意味さえ分からずに、私はこれから戦場へ赴く者に、約束をさせてしまった
のだから。


「ああ。またなリデリア、千年もすれば、いい女になるだろ」


それまで見れないのが残念だと、彼は呟く。

薔薇は一部だけ余計に赤く染まっていた。
くしゃくしゃになった薔薇は、もう立ち上がることはない。

オーディンは行った。
今度は、私の番だ。

地平線まで続く薔薇の園を抜けて、私は永久の自由を目指す。

その足取りは軽く、心緩やかに。

まだ見ぬ出会いと、意味を求めて───


Valentine Of Night World


Fin