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この寒空の下、俺は月を見上げていた。
ダンテと会ってから四日経つが、その日から毎日屋根に昇って見上げている。

ダンテは別れ際、すぐにまた会えると言った。
そのことについてリデリアは、赤い月が昇る時に、奴は現れると言う。

そういう訳で、俺は好きでもない月を毎日見上げている。

月は、どうも好きになれない。
大きくて、輝いていて、冷たい…。
おまけに、見上げることしかできない俺の小ささを痛感することになる。
だから、月は嫌いだ。

ダンテは赤い月が昇る時に現れる。
その時俺は、何か出来るのだろうか?

恐怖が、日に日に増して蝕んでいく。恐怖心はある。だが、負ける気はしない。

そんな矛盾が、ぐるぐると俺の中を掻き回す。


「ねえ樹、この戦いが終わったら、どうするの?」

「そうだな、まだ分からない」

「そう…」


この月を監視するという毎日には、いつもマリーが付き添ってくれていた。
そして今話した内容は、毎日、マリーが俺に聞いてくる話しだった。

この戦いが終わったら。
ダンテを倒し、リデリアが戦う理由が無くなり、俺はこの戦いの鎖から解放され
るということ。

だが、答えはまだ決まっていない。でも、不思議と悪い感じはしない。


この町の都心からやや右斜め上、そこの尻擦り坂を登り切った更に横の山道を途
中まで登ったところにある、なんともまあ不便で行きづらい場所にある我が季咲
家。

周りは山な上にこの町は都会というわけでもなく、田舎というわけでもない。

それ故に、この町は激しさと静けさを合わせ持つ螺旋の町。

人はいつでも街を横行し、一部だけ眠ることを知らないネオンの世界。
これだけの不安定な場所だ。
おまけにその中でごちゃごちゃと力の強い者同士が争えば、必然と人外どもたち
が群がってくる。

だが、これが終わればもうそんな大掛かりなことは無いだろう。


「おいで、マリー」


人の姿になったマリーを抱き寄せると、俺は白い月を見た。
その蒼白が赤く染まるとき、恐怖は現れる。

マリーを抱き締めているせいか、服越しに伝わる体温が身体に血液が付着した不
快感を思い出させる。

だがそれもいい。
この暖かさは、尊いものだ。
出会った理由はともあれ、俺は様々な人たちと出会い、言葉を交わし、知った。

それは、護るべき人の重みだ。
虚無の世界のようにはいかない。


そう、これは、愛する者たちの、命の暖かさだ───






「樹、久しぶりだな。最近学校に来てないけど何かあったのか?」


朝。
俺は禾の事務所に行くべく、使われていない旧商店街を歩いている途中に、正貴
に会った。

このT路の道を真っ直ぐに行き、右に曲がったら事務所があり、そのまま行けば
この町唯一のゲームセンターがある。

恐らくこの時間からして、正貴はサボりだろう。


「仕事が忙しいんだ。でも、あと少しでようやく一息つける」

「へえ。お前が仕事をするのも、なんか面白いな」

「それは馬鹿にしてるのか?」

「そういうわけじゃない。なんだろうな、その…明るくなったんじゃないか?」


明るくなった、か。
確かに今までの日常が反転したのは確かだ。

俺は今までとあまり変わらない気がするのだが、どこか、明るくなったと言われ
てくすぐったくて笑ってしまった。


「ははっ、いいじゃねえか。仏頂面を突き通すより、お前は笑ってた方がお似合
いだぜ」

「ああ。俺も、そう思うよ」

「何があったか聞くつもりもないし、聞きたくもねえ。だけど、お前がやりたい
っていうんなら、貫いてみせろ、樹」

「上等だ。精々足掻いてやるよ、しっかり終わらせるまでな」


それだけ言うと、俺はまた歩き出した。
俺は右へ、正貴は真っ直ぐに。

正貴は、俺が見えなくなるまで、ずっと手を振り続けていた。


事務所の鍵を渡されてるので、鍵を開けてそのまま入室。
年中窓も開けずに人形を作っている仕事場は、木屑と木材の匂いで充満していた

と嘆いても、この部屋には窓があるわけでもないので、玄関を開けっぱなしにし
て換気する。


「…おかしい」


珍しく静かだと思ったら、禾は仕事を放棄して机に乗った大量の資料を読み漁っ
ていた。

そのうちの一冊を取ってみると、神話について記述されているものだった。
だが、正規の物ではなく、魔族やら吸血鬼やらが普通に存在している、こちら側
の文書のようだ。


「神話がどうかしたか?」

「ダンテ・アルフラム・スウェルセイブ。通称、白夜の王」

「…白夜の王、か。随分と貧弱そうな二つ名だな」

「ばかもの。あやつは神話の戦乱時代を統一した最強の魔剣士だぞ」


禾はその後、また考えこむように資料を見始めた。

数分後、知恵熱でふやけた頭を振り絞って悩んでいたことが明らかになった。


「奴は昔、全ての猛者たちを倒した後、自らの戒めとして自分を氷の世界に閉じ
込めた。その呪いは解かれることはなく、決してあいつは出ることは許されない

「なのにあつは今この町に存在する。それか、禾が悩んでいたことは」

「そうだ。確かにあいつは魔法使いとしても吸血鬼としても最強だろう。だが、
その“白夜の呪い”だけは、絶対に解けれないはずなんだ」


うー、と禾は背伸びしてわめいた。
この矛盾をどう説明すべきか、今まさに自分が魔法使いとして生きて培ってきた
知識をフルで稼働させているに違いない。


「分からないのは、あいつはなぜ、今更になってリデリアを殺そうとするかだ」

「は? なにを言ってるんだ禾、そんなの、答えは一つしかないだろう」


こっちが必死に悩んでいるというのにお前は、という目で睨んでくる。
だが、俺からして見ればダンテがリデリアを殺そうとするのは、明白だった。


「言ってみろ。もしくだらないことだったら今晩は嫌でも私と閨をともにするこ
とになるぞ」

「なに、あいつはただ“飽きたんだ”。この醜い世界にな」


分かるとも。
あいつはそんなややこしい考えなんかで当てはめるより、もっと単純で、気高い
ものだ。


「あいつはな、ただまた戦いたいんだよ。その為には、この世界に存在する人外
たちの抑止力であるリデリアを殺した方がやりやすいからな」

「待て。ダンテには白夜の呪いがある。あの氷の世界から出られなければ戦うも
なにもないぞ」

「リデリアさえいなければ、自分で掛けた呪いだ。いくらにでもなる」


あとは、単なる親としての責任ぐらいだろう。
禾は理解できずにまた悩みだした。
そんなに重く考える必要なんてない。あいつをただ一言で表すならば──


「戦人(いくさびと)。あいつは黙って玉座に座ってるより、自ら戦場に出たがる
天性の戦人だ」


禾は納得して、頭のもやが取れたように笑っている。


「呪いのことは分からないけど、あいつが戦う理由なんて、そんなものだろ」

「うむ。さすがは私の弟子だ。褒美として今日一日私を好きにしていいぞ」


俺は事務所の二階にある、禾が生活している部屋に向かった。

仕事もないし、夜まで時間があるので、その間寝ることにした。


「…無視か。やれやれ。一途なのもいいが、惚れられた女の一人や二人、愛して
ほしいものだな。全く」


ただ、人形だけしかない孤独な部屋。
たった一人の温もりが消えるだけで、こうも雰囲気が変わってしまうのだと、今
更になって気付いてしまった。






今日も月は白かった。
帰り道、坂の上には久しぶりに顔を見る人物がいた。


「……マヤ」

「お久しぶりですね樹さん。私は一度本国へ戻っていたのですが、その間に随分
と進展があったと聞きます」

「ああそうだ。ダンテは赤い月が昇る夜に、決着を着ける気らしい」

「赤い月? それならもう、上がっているじゃないですか」

「なに──?」


上を見上げると、確かにそこには赤い月があった。
先ほどまでとは違う、この町の人間を全て殺して、その血を塗り込んだような、
真っ赤な月。


「まずい」

「町ならば平気です。私が守り抜いてみせましょう」

「違う…この感じ、マリーが危ない」


使い魔だからだろうか。
マリーに危険が迫っていると同時に、不穏な気配がする。

屋敷に、何か危険なものが居る。

そもそも、赤い月が昇ってくるうちから確認出来るのならば、まるで今日戦いに
くると宣言しているようなものじゃないか。


「町の人外たちは赤い月のせいで活性化しているようですね。私たちノワールは
、町を護るのが使命ならば、ダンテを倒すのは貴方がたの使命です」

「ああ。町を頼んだ」


ええ。とそれだけ言って、マヤは微笑んだ。
この分だと、町の治安は平気だろう。

ならば、俺がすることはただ一つだ。


ダンテを、討つ────!






「リデリア!」

「樹…」


屋敷の前までくると、リデリアが俺を待っていた。


「なんで、ここにあいつが…」

「分からないわ。でも、ここであいつを倒さなければ、樹の家族も友達も皆殺し
にされるわね」

「だったら、ダンテを倒しにいくぞ。深夜たちも心配だしな」


リデリアは頷くと、門をゆっくりと開いて中に入った。
門を開けてすぐには、広い庭がある。

屋敷の中からは、なにやら金属音が聞こえる。
これは、武器と武器がぶつかりあう音だ。

深夜は武器を持たず魔眼で戦う。使用人の二人は戦うことはできない。
なら、今戦っているのはマリーしかいない。


「…くそ!」

「避けて樹!」


視界が反転した。
屋敷に走る俺を、リデリアが突き飛ばした。

バランスが保てずに転がる俺の視界に映るのは、俺を庇って何者かに斬られたリ
デリアの姿がある。


「平気か、リデリア」

「ええ。それよりも、この気配は──」


屋敷の影から、ゆっくりとそれは現れた。

なぜお前が……? という言葉さえも、喉から出てこない。

本来ならばもういない、いてはならないものだ。
それがなぜ、今俺の目の前にいる?


「アンゼル!」

「やあ。久しぶりだね殺人鬼に殺人姫。半年ぐらいになるのかな? いや、随分と
苦労したよ。ダンテの力を借りずに再生するのはね」


その手には、フラガラッハが持たれている。
確かに、今目の前にいるアンゼルは本物らしい。


「見えるか樹…! このフラガラッハも、君に復讐したくて疼いているよ。さあ、
また私と殺し合おうじゃないか!」

「樹、先に行って」

「だが…」

「平気よ。すぐに後を追うわ」


俺はリデリアの意見を呑んで、屋敷の中に入った。

対峙するリデリアとアンゼル。
リデリアにはエルドラド。
アンゼルにはフラガラッハとバルムンクが握られている。


「もうね、君にも黒血にも興味は無いんだ。ただ、私は季咲 樹との殺し合いを求
めている。お前に用なんかないのに! 邪魔をして!」

「私じゃ役不足? でも安心しなさいアンゼル。地獄から這い出てきた死にぞこな
いぐらいは、また叩き落としてやること程度はできるのよ」

「面白い…! その威勢、お前の命と共に散るがいい!」






屋敷の中はボロボロだった。
エントランスのシャンデリアは落ちて、その崩壊しかけた場所の中心にマリーが
倒れている。


「マリー…無事か?」

「樹…私じゃ、あいつに歯がたたなかったわ…」

「…みんなはどうした?」

「…深夜はラキとレキを連れて逃げたわ。ダンテは…地下に、向かって…」

「分かった。後は…俺に任せろ。みんなを…護るから」

「…うん。私は、少し休むわ」


マリーを端まで連れていって寝かせると、俺は地下へ向かった。






赤い月が輝く夜天の下、二人の人外が、己が貫くべき誇りを掲げて、戦っていた

劣勢、とでも言うべきか。
リデリアの斬撃は軽くあしらわれ、アンゼルはバルムンクで斬撃を無力化したあ
とにフラガラッハで反撃する。

たったそれだけだ。
リデリアはその双剣を攻略することが出来ない。

ついには、エルドラドがリデリアの手から弾き飛ばされた。


「くっ…アンゼル、貴方、その力は…」

「私が何の対策も無しに挑むと思ったか? この町に流れる地脈の一つを。…魔力
の渦を全て吸収してやったよ。おかげで、もう身体はボロボロさ」

「全く。普通のやつならとっくに身体が崩壊しているというのに…貴方の憎しみ
は、そこまでの器があったということね」


バケモノは笑った。
予定とは違うが、季咲 樹にとってこの女の死は、なによりも耐えがたい現実にな
ろう。

リデリアの首に、バルムンクが向けられる。
一度首を落とされれば、再生までに時間が掛かるし、その間に殺されてしまう。

武器も無いし、あの時のように捕縛結界も使えない。

つまりは───


「死だ。リデリア・アルフラム・スウェルセイブ」


「待ちなさい」


季咲の庭に、また違う影が現れた。
あれは──季咲 深夜。

深夜は近付いてくると、私の姿を見て嘲笑った。


「無様ね」

「うるさいわね。仕方がなかったのよ」

「まあいいわ。貴女も兄さんの元へ行きなさい。地下に、あの男は向かったわ」


リデリアは傷付いた身体を無理矢理起こすと、エルドラドを拾って屋敷の中へ入
っていった。

ようやく邪魔者がいなくなったことを確認すると、深夜はアンゼルを凝視する。

その赤く光る瞳は、ただただ美しく…恐ろしかった。


「我が家で随分暴れてくれたわね」

「樹の肉親ですか。まあリデリアの代わりぐらいにはなることでしょう」

「代わり? ふふ…なかなか面白い冗談ね。あんな女と一緒にしてると、死ぬわよ


今すぐにでも、愛する兄の元へ行きたい。
だが、まずはこの邪魔者を排除しないといけない。


「冥土の土産には、理不尽な死を持っていきなさい」






「来たか、樹」

「…ダンテ」


季咲家地下の祭壇に、奴は立っていた。
それはまるで自分が王であると誇示するように、堂々と、勇ましく君臨している

俺は戦う前に、どうしても聞きたいことがあった。


「なぜ、ここなんだ」

「…ここ季咲の屋敷には、生と死、光と闇が入り混じった混沌の聖域だからだ」

「聖域?」

「そうだ。季咲が自ら積み重ねてきた罪と贖罪。そしてお前とリデリア。これだ
けの要素が揃っているならば、ここは完全にこの町とは別世界と化す」


意味がわかるか? とダンテは俺を笑った。
意味は分かる。奴が力を出すには、ある程度の条件があるということと、それに
適しているのがこの場所だというのも。


「この扉を見ろ。季咲 樹。この先に…なにがあると思う?」


ダンテの姿で見えなかったが、奴の後ろには扉があった。
俺は知らない。親父の事件以来、何度かここに足を運んでいるが、今まではあん
なものは無かったはずだ。

ならば、ダンテが作ったとでもいうのか───?


「俺に呪いが掛かっていることは知っているな?」


ならば分かるだろう、と。
奴は言った。

いや、まさか。
そんなことは───ありえない、はずだ。
この地下を一時的に奴のあの場所へと繋げるなんてことは、出来るはずがない。


「ふ…懐かしいな。お前を初めて見たのは、リデリアから黒血を受け継いでから
数日後のことだ」

「なに…?」

「お前は良き目をしていた。その瞳は人が知りえる絶望を全て見せ付けられたよ
うな、濁りと、怒りと、嫉妬の眼だ」


究極の吸血鬼は語る。
全ては、お前の為にやったことだと。

血が沸騰するように熱い。
ただ俺にあるのは、奴に対しての怒りしかなかった。


「アンゼルを差し向けたのも、貴様の後輩の異能を目覚めさせたのも、全部、お
前を成長させる為だ」

「なにを言っている…」

「あの瞳を見て以来。数千年もの間押し殺していた感情が一気に目覚めたよ。こ
いつと戦いたい、とな」


全部、お前だったのか。
そう言いたかったけど、何故か声が出なかった。

ただ一つだけ分かるのは、俺の顔が酷く歪んでいるということだ。

それと対象的に、ダンテは無邪気に笑っていた。
まるで欲しがっていたものを与えられた子供のように。


「さあ! 貴様の生き様は見た! 俺と戦い、そしてその禍々しき運命に、死とい
う終止符を打つがいい!」


涙が止まらなかった。
悔しいのか、悲しいのか、楽しいのか。
正貴は俺が明るくなったと言っていた。
それはきっと、感情が少なからず削れていっているからだろう。

そうとも。
こういう風になるのは分かっていたし、覚悟は出来ていた。

こいつには勝てない。
でも、恐怖は無かった。

ああそうさ───俺は、戦う。


「禾を困らせるなら、冬夏を泣かすなら、マリーを傷付けるなら、リデリアを殺
すなら! 俺はお前を赦すわけにはいかない!」


俺は魔斬を抜きはなち構えた。
見据えるのは、ただやつの首のみ。


「行くぞダンテ! お前を殺す、唯一の人間だと知れ!」


疾走。
地面を蹴る勢いが強すぎて、土を蹴り飛ばして走る。
ダンテは何も構えずに、ただ俺の攻撃を待っていた。

罠かどうかも、考えることが出来ない。
だが、このまま奴の首を落とせるのなら、一気に殺してみせる───!


その瞬間、視界が闇で覆った。
それはまさに刹那の出来事であり、脳が状況の理解に追い付けなかった。

飛び散る血渋き。
薄らぐ視界。
血で染まった槍。

そうか、それが───神々を殺して、頂点に君臨した男の槍だというのか。

ダンテの槍に突き刺された俺は、そのまま後ろにある扉に投げ込まれた。

傷口は深いが、黒血が出血と痛みを抑えているためか、あまり動きに支障はない


「ここは───」

「ようこそ、我が世界へ」


辺りは、白銀の世界だった。






「樹先輩が戦ってるんだから…私も頑張らなきゃ」

「そうです。季咲家に氷の結界が出現した今、この戦いは終焉を迎えようとして
いる。いきますよ、冬夏さん」

「はい!」


群がるバケモノたちを、二人の少女が一掃していく。
季咲家に氷の世界へ繋がる扉が開いた瞬間、篝市上空にその世界は現れた。

町を包み込む冷気とともに、再び始まる闘争の世界。






「随分、私の庭で暴れているな。死にぞこないのくせに」

「貴様は…那張 禾?!」


季咲家の庭の戦いには、もう一人加わっていた。
深夜の奮闘にも関わらず、アンゼルにはまだ勝てない。


「一体何のようです? 私一人でこんな奴十分です」

「そうもいかない。ここでお前が負ければこいつは樹の元へいく。それは阻止し
なければならないからね」

「兄さんの為ですか…。分かりました。ご協力お願いします」

「ああ。よろしくな」

「どいつもこいつも…魔眼持ちに魔法使いが加わったところで私には及ばないと
知れ!」


禾の人形たちが一斉にアンゼルに向かって飛ぶ。
あるものは剣を、また違うものは銃を。

数十体の人形たちは、それぞれが異なった動きで、アンゼルを仕留めにいく。

身動きが取れなくなったところに、深夜が魔眼で腕を潰す。


「ぐああっ…!」

「剣を持て人形たち! 弟子の借りは、私が代理で返そう」

「魔眼解放…潰れなさい!」


腕を無くしたアンゼルに、全ての人形が剣で身体を貫いていく。
そしてその人形ごと、深夜はアンゼルを潰した。

血も臓器も、悲鳴すら魔眼の力によって掻き消されてしまった。


「ここはなんとかなったな。よし、妹と私は町にいるやつらの手伝いをするぞ」


深夜はすぐに外に向かった。

陥没した地面を見て、禾は今更になってやつが死んだことを惜しむ。


「アンゼル…死ぬには惜しい男だが、死と憎しみに囚われたならば、今の結果が
それ相応の罰なんだろう」


魔法使いは語る。
かつての友人の亡骸を想いながら。






氷の世界に入っても、俺は攻撃を止めなかった。

走り、斬り、防がれる。

その繰り返しを何度も続けているが、一向に奴を斬ることはできない。

あの槍が、俺の全ての攻撃を無効化している。


「この槍が何だかわかるか?」

「知るか。魔力を練り込んだ槍じゃないのか?」

「これは遥か昔…友より授かったものだ。───名を、オーディンという」

「なに……?!」


ならばあれは、神々の時代、天多の神を殺してきた魔槍──グングニルか。

どうりで斬れないわけだ。
あれが本物ならば、魔斬なんかじゃ傷一つ付けられない。


「私のグングニル。アンゼルのバルムンク。リデリアのエルドラド。この三つが
、あの闘争の時代を終わらせた英雄たちの武器だ」


俺が持っているバルムンクもエルドラドもレプリカだ。
あの本物のグングニルに、恐らく勝てないだろう。


「樹を殺しても、私を殺しても、また昔のような闘争の世界は戻らないわ」

「リデリアか。アンゼルが敗れるとはな」

「邪魔が入ったのよ。外野は外野で戦っていればそれでいいわ」


氷の世界に、三つめの生物が降り立った。
漆黒の髪をなびかせ、俺の横に立つ。


「苦戦してるみたいね」

「いやはや、まさかここまでとはね」


リデリアは既にエルドラドを持っている。
そして自分の愛剣と見比べるようにして、ダンテのグングニルにを見た。


「皮肉なものね。人生を知らなかった私はここを出て、絶望を知った。だけど今
は少しだけ、ここに残っていた方がよかった気もする」

「これからそのIFは現実になるだろう。貴様の死体はこの世界に永遠に残る。こ
こは──時間が氷った世界だからな」


リデリアも俺も、重症とまでは言わないが、怪我をしている。

無傷で、更に本来の力を発揮できるダンテ専用のこのステージは、俺たちにとっ
て不利なものでしかない。


「リデリア」

「ええ。私たちにできることは…これしかないわ」

「こい。我が槍は、貴様らが貫けるほど脆くはないぞ」


氷の世界。時の止まった城の玉座にて、相対する二つの勢力。

再び世界を闘争の世界へ落とし、神話の時代を超える混沌を望む者。
そして…ただ、愛する者たちが平和に暮らしていける世界を望む者。

青年は父を超え、少女は愛を知り、今ここにいる。


「行くぞ…リデリア!」

「分かったわ!」

「これだ。これが私の望んでいたものだ!」


熱気は肺を絞め、狂気は思考を狂わせ、高揚感は走馬灯のように戦いの日々を映
し出す。

これだ、私の求めていたものは───。

娘は父を殺すべく、その感情を知った想いの剣で私を斬る。

数年前出会った少年は、私が与えた試練を超え、今まさにその鍛えあげられた刃
を私に振るう。


「バルムンク…!」


俺は、最後の創造をした。
リデリアとほぼ同じものを創るには、研ぎ澄ませた精神と、それに応じた魔力。

見よ吸血鬼。
これが俺の──季咲 樹が持つ最初で最後の、オリジナルを超えた魔剣だ。


「そして──私のエルドラドと樹のバルムンク」


それを、混ぜる。
二つの黒血は、今、本来の漆黒を取り戻した。

魔力が大幅に肥大していく。
溢れでる魔力は行き場を失い、流血となって出てくる。


「見ろ、ダンテ。これが、俺たちの想いだ」


魔剣ブリューナク。
二つの魔剣を混ぜ、そして二人の魔力を最大まで注ぎこんだ最高の魔剣だ。


「ブリューナク…か。そうでなくては面白くない。グングニル!!!」


ダンテの魔力は全てグングニルに注がれた。
あの槍がブリューナクを打ち破れば、俺かリデリアの片方が死に、魔力を使い果
たした方もすぐに後を追うだろう。


ならば───!


「俺は、お前を倒す。皆が笑って過ごせる世界を見るために!」

「私は、貴方を倒す。それが私と樹の、幸せに過ごせる世界のために!」


俺とリデリアの世界が同調した。
ダンテも、振り絞る全ての魔力を解き放ち、突進してくる。

その矛先は、間違いなく死を呼ぶ。

「今再び! 私が望む理想のために!」


リデリアと一緒に持つブリューナクは、重かった。
大剣は、その重さ故に動きは遅くなる。

だが、その重量は空を裂く糧となり、伝説の魔槍なり世界を苦しめた竜のウロコ
だろうと切り裂くことだろう。

ブリューナクとグングニルが、衝突する。
刹那───世界は光と闇に満ちた。

爆発を超え、空間を消滅させるほどの威力は、氷の世界の半分以上を削ぎ取った


「……………」

「よお。まだ生きてるんだろ? 何か…言えよ」

「ふ…これが、愛を知った者の力か」

「そうだ。効いたろ…?」

「ああ。効いたとも…。神々はもういない…だが、それ以上に、良き戦いだった


だから、行け。
ダンテは崩れていく世界を見上げながら、呟いた。

俺は頷くと、気絶したリデリアを抱えて、地下に続く出口に向かった。


「酒も、女も、戦いも、金も…全ての欲望を叶えた。だが…これほどまでのもの
は、いまだかつて無かったかもな。…いいだろう、大人しく消えるとしよう…こ
の醜くも美しい世界で、その小さな幸せを守り抜くがいい…樹よ」


ああ───崩れていく。
永遠を閉じ込めた、私だけの居場所が、あいつらのせいで。

不思議と、悪い気はしない。
これが私の末路なら、甘んじて受けよう。


さらばだ、私が愛した醜い世界よ。
さらばだ、私が嫌った美しい世界よ。


私の時代は終わった。
もう、おまえたちの時代だ。



~End Of The World~



家の修復と、町に巣食った人外たちを掃除する作業は、三ヶ月経った今も終わっ
てはいない。

よこど、ダンテが起こしたこの事件は大きかったということなのだろう。


「先輩、これ分からないんですけど」

「俺に聞くな。禾に聞け」


町で戦っていたマヤに加勢した冬夏は、あの事件以来ずっと隠れていたそうだ。

自分の犯した罪と、それを払拭するための贖罪を求めて悶々としてた挙句、町に
溢れてくる人外たちの掃除屋として活動するらしい。

つまりは、禾の事務所で働くということだ。

昼間は学校、夜は事務所。
家があんな状態なため、今は禾の事務所の使っていない部屋を住処にしている。


「樹、冬夏。仕事は終わりだぞ~」

「それじゃ、俺は帰るわ」

「はいはい。夜道には気をつけろよ」


事務所を出れば、いつものようにリデリアが待っているはずなんだが、今日は違
った。

余計なのが四人いる。


「町でリデリアさんを見掛けたので尋問したところ、兄さんを待ち伏せすると聞
いたので同行しました」

「お仕事ご苦労様です。樹さま」


深夜にラキにレキにマリー。
我が家の面子が全員揃っていると、何か壮観だった。

マリーはすぐに擬人化すると、俺の懐に飛び付いてくる。


「お帰り樹」

「ああ。ただいまマリー」


皆が俺に話し掛けてくるというのに、リデリアは不機嫌そうにこちらを見ている

どうせ邪魔者が来たせいで拗ねているんだろうけど。


「ただいまリデリア」

「…うん。おかえり」


皆は先に歩き始めた。
それを追うように、俺たちも歩く。

今はリデリアも俺の家に居候中で、やけに賑やかになってきた。


「こう平和だと、つまらないわね」

「物騒だな、いいじゃないか、これでも」

「ちょっと前まで町を走り回ってたのに、今じゃこれだもの」


ふてくされているリデリアの頭を撫でて、一歩先を歩く。


「…ほんと、樹って似てるなぁ」

「誰に?」

「さあ。私を置いて死ににいったただのバカよ」

「ふうん…」


リデリアは遅れた文を走ってくると、腕に抱き付いてきた。

こんなことをしてくるかぎり、こいつも変わったんだなと実感してくる。


「帰るか、リデリア」

「ええ。帰りましょう」


帰り道。
人通りはなく、どこか冷めてしまった道。

そのなかを二人で歩いていく。
その足取りは重く、ゆっくりと。

平和な夜。
その一つ一つの足取りを感じながら、俺たちは還っていく。






To Be Next Epilog