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“いらっしゃい”


その一言で、俺はこの退屈な世界から脱け出せると確信した。

信用も、その言葉の意図も分からない。
ただ、俺はその言葉を聞いた時、確かに感じたんだ。

俺は、変われるって。

今までは、ずっと世界の片隅に向かうように生きてきた。
そうしなければ、きっと俺は壊れてしまうから。


公園のベンチに座って、俺はただ夜空を見ているだけの毎日。
毎日、毎日…ただただ延々と繰り返されるこの退屈な日々に馴れていた。

溜め息は、これで何度めか。


「随分、死にそうな顔をしているのね、貴方」

「……え?」


夜中。
世界が漆黒に染まりきった頃、静寂を切る女の声が響いた。
その女は現代に無い、古風とも言い難い…なんとも不思議な格好をしていた。

金髪をなびかせて、俺の隣に座る。
不思議と嫌な気持ちは無かった。

なにせ、この女からは人間の気配がしないから。


「何か用か?」

「いいえ。特に用はないわ。ただ、この世界に人外がいるのは珍しいから声を掛
けただけ」

「俺は吸血鬼だ…あんたは?」

「私…? 私は妖怪よ」


妖怪か。
まだ生き残りがいたことは驚きだが、妖怪が吸血鬼に興味を抱く方がもっと驚きだ。

しかしまあ…人外と話すのは何百年振りか。
いやはや、数えたらきりがない…まあ、とにかく昔に少しだけ会話をした記憶
がある。


「なあ妖怪さんよ」

「なに? 吸血鬼さん」

「あんたは…あんたはどうして生きてるんだ?」


俺は…よく分からないことを口走っていた。
初対面の人間に生きている意味を問うとは、また俺も末期だな。


「生きるのに意味なんているのかしら?」

「………」

「私の所とは違って、ここは極端に私達のような人外が住むには適していないもの。貴方が死にたくなるのも分かるわ」

「…そうか。俺は、死にたかったのか」

「ふふ…でも貴方は吸血鬼。ただでは死なないわ。だからこそ、もう少し、違う場所で生きてみたら?」

「俺に、生きていける場所なんて…」


女は、ゆっくり立ち上がると俺の前に立った。
よく見れば見るほど美しいその顔立ちは、とてもじゃないが妖怪とは思えなかった。

いや、人間ではない美しさが、この人にはあるのか。


「いらっしゃい」


女はうつむいていた俺の顔を持ち上げると、間近でそう言った。
一体どこに? と言う前に、既に異変は起きていた。


「おい…! これはいったい」

「さあ。貴方はもうこの退屈な世界とは切り離されるわ」


女の後ろには、空間が裂けたようにぱっくりと開いていた。
その中は、暗い世界に、無数の眼が覗いている。


「ふふ…」


そのスキマに吸い込まれると同時に、意識が薄れていく。


「世界は貴方を認め、そして住民は貴方に居場所を与えるでしょう」


結局…名前を聞きそびれてしまった。
いや、だがきっと、また会えるに違いない。


「けれど恐れないで。貴方には、力がある。自分を見つめ、他人を見つめ、生きていけるだけの力がある」


くそ…もう、意識が保てない。


「ようこそ幻想郷へ。そしてさようなら今の貴方」


“また、逢いましょう”


その言葉を最後に、俺は精一杯持ちこたえていた意識が途切れた。






「まだ起きないのかしら」

「いい加減目を覚まさないと殺っちまいそうだぜ」


なんだ…? 妙に周りがうるさいな。
いや…というか、今何時だろう…そろそろ、起きなきゃいけないようだ。


「……く、……」

「お、こいつ起きたぞ」

「ほんとね、ともあれちゃんと起きたなら問題なさそうね。このまま寝たきりで植物人間なんかになってたら困るもの」


目を開けたら、そこはどこか古風漂う和室だった。
これといった外傷はなく、あるとすれば目眩と頭痛だけだ。


「おい…漫才なんかしてないで状況を説明してくれないか」

「おお、忘れてたな。まあその前に自己紹介だ。お前、名前は?」

「……俺は、篝 真生。マオでいいよ」

「マオ、ね。分かったわ。ちなみに私は博麗 霊夢」

「霧雨 魔理沙だ。よろしくな、マオ」


巫女に魔女…のような格好をした少女が二人。
大方、俺は気絶していたところを助けられたのだろうか。


「そうそう。貴方を助けたのはちなみに私たちじゃないわよ」

「えと、じゃあ誰が?」

「紅魔館って館に住んでる、紅 美鈴ってやつがお前を助けたんだぜ」

「…そうか。その人へのお礼はまたにして、まずはあんたたちに礼を言わなきゃな」

「ま、ただ介抱しただけだから、あんまり気にしないで」


そう言うと、霊夢は部屋から出て行ってしまった。
まだ起き上がる気分ではない俺は、そのまま残った魔理沙と無駄話を続けていた。


「俺、なにかしたか?」

「いや、霊夢は誰にでもあんな感じだぜ。他人に甘く厳しく、自分に結構甘く厳しく、みたいな感じさ」

「ふむ…まあ、大体分かったよ。ところで、ここはどこなんだ?」

「ここは博麗神社。森の中にある隠れ家的神社として有名なところだぜ」


隠れ家的な神社のくせに有名なのか、まあこの静けさから言って、参拝客はあまりいないようだ。


「そういえばマオって、人間じゃないだろ?」

「ああ、そうだが」

「でも外来人だしな…種族は?」

「吸血鬼だ」

「はあ?! 吸血鬼かよ」


魔理沙は溜め息をつくと、俺の隣に寝転がった。


「だったら、紅魔館のレミリア・スカーレットには気を付けるんだな。多分マオを見たら殺しにかかるぜ」

「随分好戦的だな。ここはそんなんばかりなのか?」

「いや、多からず少なからずだな。力が強いやつは、大体すぐ攻撃してくるぜ」


いやはや、退屈な日常から脱け出せたはいいが、さすがにこんな話しを聞かされたら生きていける自信がない。


「それじゃ、あたしは家に帰るぜ。何かあったら大声で霊夢を呼ぶといい、十分ぐらいでくるからな」


いや、それじゃ間に合わない気が…。


「吸血鬼だからって夜に出歩くなよ。危険だからな」


そう言って、魔理沙も出ていった。
夕食を済ませた後、霊夢はそのまま就寝し、借りている部屋に戻ったあと、寝過ぎたせいか眠れないので庭に出ていた。


「あっちもこっちも、月だけは一緒なのか」


夜天に輝く月は、その存在を示威したまま見下ろしてくる。


「あら、こんばんは。珍しいわね、こんな時間にこんな場所を彷徨くやつがいるなんて」

「ん……?」


頭上に誰かいた。
人形のような顔立ちに、これまた人形のような服を着せたような少女が、月と同じように見下ろしてくる。


「貴方、人間じゃないわね?」

「…魔理沙曰く、外来の吸血鬼らしい」

「そう…吸血鬼なんだ、貴方」


目付きが変わった。
その紅い瞳は、夜に似合わないほど光っている。


「面白いことを考えたわ」


少女は、俺に対する殺意を剥き出しで言った。
こんな状況になるのなら、魔理沙の忠告を真っ当すべきだった。


「これはゲームよ。私が貴方に攻撃してから三分。逃げ切りなさい」

「…分かった。だがその変わり…お前を倒すことも考慮しておこう」

「前向きね。でも勇敢と無謀で貴方を表すならば、後者でしょうね」


こっちの吸血鬼とやらがどれほど強いかは知らないし、知る気もない。
ただ一つ、強いていうならば、俺はこいつには負けたくない。

同族嫌悪というやつだ。
吸血鬼なんて腐って種族のくせに、なぜこいつはこんなに気高いのだろうか。


「貴方、名前は?」

「篝 真生だ」

「そう…ではマオ、精々私を楽しませてちょうだい」


ああ…今夜は紅い月だ。
吸血鬼が舞うには十分すぎるステージと言えよう。


「レミリア・スカーレット。お前を、倒すぞ」


レミリアは、いきなり札のようなものを出した。

札……? あれで何をしようというのか。
いや、他世界に来てしまったんだ。あれがここの本来の戦い片なのかもしれない。


「神槍…スピア・ザ・グングニル!」

「なに…?!」


あれは…槍か?
赤い、血を染み込ましたような真紅の槍が、こちらを向いている。


「いけ」


駄目だ、早い。
ならば…受け止めるしかない。


「万物その身をもって命を散らせ!」


俺は別の空間に置いてある自身の愛用している剣を抜き、力を込めて、レミリアに向かって振る。

その刀身からは禍々しいまでの氣を練り込み、そして剣を振ると同時にその氣を放つ。


「…は?」


レミリアは予想外だったのか、自分の攻撃を消し去り、さらに突き進んでくる俺の攻撃を直で喰らってしまった。


「…やったか」


焼き焦げたように煙を上げているレミリアは、そのまま地面に落下していった。

いや、そんなことはどうでもいいんだ。それより───


「この…力は…」


どうかしている。
もう数百年と戦っていなかった俺が、どうしてここまでの威力が出せるのか。


「おい、平気か?」


まだ煙をあげているレミリアに近付くと、全く反応がなかった。
よく見ると、気絶している。


「うるさいわねぇ…怪我人はさっさと寝なさいよ」

「いや、霊夢。夜風に当たっていたら、急に喧嘩を売られてな。買ってしまった

「ちょっと、それレミリアじゃないの…また変なのを倒したわね」


霊夢は大きな溜め息を吐くと、軽く俺の頭を叩いた。
面倒事になるなら逃がしませんよ霊夢さん。この面倒事が終わるまで、付き合ってもらうとしようじゃないか。


「同族で争うなんてね。まあ、同族嫌悪というものかもしれないけど…あんまり関心しないわね」

「気にいらなかったんだよ。吸血鬼のくせに、小さなプライドを誇示し続ける…まるで大昔の奴等みたいだ」

「そのわりにあんたは、吸血鬼のくせにプライドを誇示しないのね」

まったく。
嫌なことを言ってくれるな、こいつは…。
プライドなんて、何にもなりはしないし、特もしない。

その傲慢は敵を作り、逃げ場を無くし、長き命を散らしていく。

いや、そもそもなんで俺は…他人にここまで感情を露にしていたのだろうか。


「こいつ…どうするんだ?」

「放置に決まってるわ。そろそろ、ご主人様命のメイドがくるだろうしね」


メイド、か。
そういえば、吸血鬼って貴族なんだよな…もうあまり憶えてはいないけど。

ふとそんなことを思っているうちに、そのメイドとやらが来た。


「帰りが遅いと思って来てみれば…またお嬢様が何かやらかしましたか?」

「まあね。そこの吸血鬼に喧嘩を売って返り討ちにあったわ」

「お嬢様が、返り討ちに…?」


銀髪に、メイド服を着た女は、その鋭い目で俺を見た。
どうやら、紅魔館とやらに居る奴等はかなり好戦的なやつが多いようだな。


「貴方、名前は?」

「篝 真生だ」

「私は十六夜 咲夜。…お嬢様が出会った初対面の人に喧嘩を売るのはあまりないのだけれど、失礼したわね」


表情を崩さず、咲夜は軽く謝罪すると、レミリアを担いで闇の中に消えていった。

緊張が解けたのか、脱力感が身体中の力を抜いてくる。


「ふあぁ…眠いわ。ほらマオ、さっさと寝るわよ」

「ああ…先に戻っていてくれ。俺もすぐに寝るよ」


あ、そ。と霊夢はどうでもいいように言うと、すぐに自室に戻っていった。

同族嫌悪、か…。
さっきまではそう思っていたけど、本当にただあいつが気にくわなかっただけなのか、よく分からない。

紅い月が傾き始めた。
俺の頭には、あの時の言葉が横切っていた。

「世界は貴方を認め、そして住民は貴方は居場所を与えるでしょう」


そう、この幻想郷に来るきっかけになった、あの女の声が。


「けれど恐れないで。貴方には、力がある。自分を見つめ、他人を見つめ、生きていけるだけの力がある」


生きていけるだけの力、か。
レミリアに勝った時の力のことを言っているんなら、それは余計なお世話だ。

俺は、俺自身の力で生きていきたいからな。


「さて、もう寝るかな」


まだ夜は長いのだが、どうせ明日も慌ただしい一日が始まることを考えれば、寝るのが先決だろう。

願わくば、明日は平和な一日でありますように。



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