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ただ走り続けた。
必死に、追いかけて、ただただ目の前の森を抜け、そこにあるモノを求めた。

喉が熱い、走り過ぎた。
でもそんな意識だけじゃあ、俺は止まらなかった。
その時、なぜ俺は走り続けていたのかなんてのは、全く憶えていないはずなのに


───なのに、きっとその時は、恐くて、泣きそうで…誰でもいいから自分を抱
き締めてくれる人を探していたと思う。

暗闇のカーテンは俺の恐怖感を煽り、その足を踏み込む度に聴こえる雑踏の音は
殺される前の緊張感を刻み込む。

もう少し、もう少しでここを抜ける。
そして丁度森を抜けた時、世界は反転した。


………“ナニモナイ”………


ただ何も無い、それだけの世界しかなかった。
そう、前にも見たことがある。

きっとこれは、ずっと前に見た夢の続きだろうか。


ナニモナイ…ナニモナイノニ…


どうして、人の暖かさがある。
知ってるようで…分からない。

なんて矛盾だ。
もっと、他人に興味を持つべきだった。

これは…きっと、みんなのモノだ。


深夜も禾も正貴もみんな…


この生暖かい温もりを───オレニ───クレテイル。


“何をしている”


無の世界に、声がした。


“死体なんて抱き締めて何になる?”


シタイ───?
違う、俺は確かにみんなの中にいる。
この温もりは、みんなの優しさだ。


“よく見ろ。この虚無の世界に、お前の未来がある”


虚無の世界に、遠い遠い空の上から、紅い光が射し始めた。

真上を見上げると、そこには紅い月がある。
赤い絵の具で塗り潰したような色をした月は、見下すように、ただ俺を見つめて
いた。


頭痛がしてくる。
俺はそのまま倒れると、正貴と目が合った。


ああ、そういうことだったのか───


赤い、ただ赤い液体しかなかったんだ。
生暖かい血は俺の目に染み込んでくる。

ごふ、と俺も血を吐いた。

なんてことだ…、これが、俺の罰か。
冷たい…ツメタイ。

この世界に迷い込んでから、二つ目の感覚だ。
ただ冷たくて、寒くて、その罪悪感に押し潰されるように啼いて…。


“憎いか?”


月はそう告げた。


“憎いかだと? 殺してやる”


ならばこい、この黒い、虚無の世界を一人で抜けて我の元へ。

黒き王子はその血の呪いには逆らえない、足掻き、苦しみ、絶望して尚…私を殺
しにくるだろう。


今宵も素敵な夜会だ。
たっぷり楽しんでおけ、その身が千切れるまで。







2月2日



まだ朝日が昇る前、俺はとあるビルに来ていた。

今日は特に用事を作る予定もなかったはずだが、今の俺にはそんな堕落した日常
を送ることを神様が許してくれなかったようだ。

昨日の晩、夕食を終えた後、自室の机に手紙が置いてあった。


“もっとも暗き時に、虚無の祭壇にて君を待つ”


たったそれだけの内容だった。
誰にも見られずにその手紙を抹消し、夢を見る気分でもなかったのでずっと起き
ていた。

昔から、自分は他人とは違う夢を見ると自覚していた。

いや、稀に似たようなものを他人も見るかもしれないけど、その奇怪な夢しか見
たことのない俺は、やはり他人と違う生き物なんだと、実感させる。

暗いんだ…淋しくなる。
自分がいなくなるような感覚に襲われ、たまらなく人肌が恋しくなる。

何か、意味があるあの世界は…きっと俺にとって重要なものになるハズだ。

だが、その前に押し潰されてしまう。
自分の理想に、世界に、自分の力に…。


「どこにいる? でてこい」


夜明け前、冬だからまだ太陽が昇るには時間がある。

閑散としたこの発展土地の片隅にある廃虚ビル。
その屋上は、今にも崩れそうなほど脆く、痛々しかった。


「やあ、黒の王子」

「涼? お前か、俺を呼び寄せたのは」

「そうとも…もう、終盤だからね」


黒いローブを脱いでいた涼は、Yシャツにズボンと、いたって普通の格好をしてい
た。


「以前話したね、君は力を一つ手にいれるたび…一つ感情を失っていくと」

「ああ。実感しているよ、感情がいつの間にかに変わってくる…」

「失うといっても、完全にじゃない。君の力は、君自身のものなんだから」

「感情を、取り戻せるのか?」

「君次第だよ、それは」


今日の月は一段と冷たくて、大きかった。
その淡い光の下で、彼は不適な笑みを浮かべ、俺を見る。

よく知っている眼だ。
見下し、人を害虫のような扱いをする瞳だ。
彼はもう…敵になりかけていた。


「黒血の殺人姫」


分かってたんだ…自分一人じゃ何もできないってことが。


「暴食の使徒」


分かっていたはずなのに、俺は大切な人を傷付けるのが恐くて、ただ一人になり
たかった。


「偽りの肉親」


誰が俺を助けてくれる。
誰が俺を救ってくれる。
あの時から…リデリアから黒血を手に入れた時からの恐怖と希望。


「矛盾した記憶」


穴だらけなんだ、俺は。
他人が居ないと、誰かが傍にいてくれないと自分が分からなくなる。


「愛する者を殺す罪悪感」


結局は…そういうことか──

自分で自分を壊そうとしていたのか…俺は。
よく分かったよ、俺にはみんな必要なんだ…孤独に浸かっても、俺が持たない。


「さあ、答えを決めろ神梨 樹。お前は何がしたい」

「そんなの決まってるわよ、樹は…私と一緒に居るんだから」


声がした。
この淋しい世界に、美しい声がした。

3年前のあの日から…ただただ走り続けてきた。
俺はただ…お前にもう一度会いたくて、会って、文句を言いたかった。


“こんな身体にしたんだ…責任とれよ”


今なら言える、リデリアも、みんなも…傍に居てくれる人がいるから。


「まさかあんたが樹と接触しているんなんてねダンテ・アルフラム・スウェルセ
イブ」

「…やっぱり涼って名前じゃないのか、お前」

「黒血の元となる吸血鬼であり…私が世界を回る原因のやつよ」

「すまないね樹。これは僕のミスなんだ…永遠の命を欲するあまりに黒血を失い
───」


ダンテの赤い瞳がこちらを見た。
リデリアと似た…殺意の塊のような眼だ。


「その挙句リデリアという失敗作を生み出し」


こいつは敵なんだ。
もう、涼ではない。

ただ俺には、敵を殺すという意識が侵食してくる。


「そしてこれが一番大きなミスだ…神梨 樹というバケモノまで出来てしまった」

「確かにお前のミスだなダンテ。そんなミスをしたおかげで、永遠どころか今死
ぬんだからな」


リデリアも剣を抜いた。
俺も魔斬を抜き、構える。

散るには相応しい夜だ。
この朏魄の月の下で眠れ、吸血鬼。

お前は居てはいけないもの。
だから殺す。
たとえ、俺が死ぬことになったとしても。


「それが、我が運命ならば」


ダンテは盛大に笑った。


「死ぬ、か。確かにこのまま死ぬのも悪くない」


こいつは、何を求めていたんだろう。
たった一人で、何がしたかったんだろうか。


「いや、だがまだ死ねないな。私は、まだやらなければならないことがある」

「いい加減くたばりなさいよ。貴方はね…生きていちゃいけないのよ」

「無論だ。私のような者は潔く自害しなければならない」

「だったらなんで…分かっていて今までの騒ぎを起こしたのか」

「必要だった。来るべき終焉の為には、どうしても」


ゆっくりと、ダンテの姿が消えていく。
朝日が昇るのと同時に、夜と一緒に消えていく。


「すぐに、近いうちにまた逢うだろう樹にリデリア」

「待ちなさい!」

「…人形すら、愛ことが出来れば人になれるというのか」


ダンテは泣きそうな瞳を最後に、遂には消え去った。


「なあ、リデリア」

「どうかした?」


リデリアは不満を隠せないようだ。
折角見付けた旧敵を、目の前で何も出来ずに見逃してしまったのだから。


「そろそろ教えてくれないか、なんで…あいつを殺そうとしているのか、なんで
俺に黒血を与えたのか」


聞いてしまったら、俺はきっと、全部受け入れて…リデリアと共に、生きるしか
ないのだろう。

世界は残酷過ぎた。

この俺にとって、こんな広すぎる世界の裏側を知るには早すぎたのかもしれない


化け物と戦って、家族を見殺しにして、自分を見失って。


結局はどんなに悩んで迷っても、行き着く先は決まっているのに。
体に流れる黒血は、殺人姫と運命を無理矢理にでも引き寄せる。

でもそれでもいいさ。
愛しい人と共に居れない人生など死んだも同じだ。


「随分遅くなっちゃったね…もっと早く話すべきだったのだろうけど…」

「構わないよ…ちゃんと、約束を守ってくれているんだ」


精々足掻けよ俺。
この残酷で冷たい世界で、護っていかなきゃいけない人が目の前にいるんだから
な。



第五話  fin