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相変わらずといっていいほど、この町は騒音と静寂の二面で構成された町だった


朝から夕方までは、騒音が満たしているのに、夜になると急に、廃都になったよ
うに静まりかえる。


この裏表の激しい我が町では、絶えず噂と事件が行き来する。


噂から事件へ、事件から噂へ。


そのルートを辿って、俺達は平和を護る為に暗躍する。

いや、平和なんてのはただの希望であり…実に遠い夢だった。


暗躍する異端狩り。
暴食の使徒。
町に蔓延るデッドマン。


そして何より───


黒血の姫。


いやはや、もうここまでくれば現実を受け止めるしかあるまいて。
どうせ現実逃避したところで、すぐに非現実な世界に引き戻されてしまうんだか
ら。


そして、受け止めてしまった結果がこれだ。

魔斬の刀で異端を狩り、惚れた女を半殺しにして、自分は人間ではないとくる。

いやまあ…自分から望んだことだったとしても、些かこれは殺りすぎじゃないの
か?


一難去ってまた一難。
次から次へと広がる異端との闘いにも、少し疲れを感じてしまう今日この頃。

いや、だからと言って止むことでもないのは分かってる…分かってはいるんだが
────


やっぱり今日のは、些かやり過ぎだな。







一月一日 ~季咲家リビング~



「兄さん、最近我が家の雰囲気が暗い気がしてならないのですが…」


夜。いつも通り夕食を終え、食後のティータイムを楽しんでいた時、ふと深夜が
不満を俺にぶつけた。


「雰囲気?いや…もともとこの住宅街には明らかに場違いな家だからな…元々雰
囲気は悪いだろうに」

「いやだから、そういう意味じゃなくてですね…私を含め、人から物まで、全部
元気がないというか…」

「それでしたら深夜さん、私達も少なからず自覚はありますよ」


ふむ。どうやら、気付かないのは俺だけらしい。

ラキもレキも、どうやら気分が優れないようだ。


「私は…樹様が元気そうなので安心しました…」


いつも通り暗いラキが元気が無いなど、気付くはずもないのだが…。
かといってレキはいつも明るいから分かりやすそうなものだが…

全く分からない。


「まあ、ようは気分の問題かもな」


気分が悪いのは、この前のリデリアの事件によるものだと推測してみるが、多分
違うみたいだ。

あの時死んだ親父の墓は、庭の隅に立てておいた。
豪勢なものではなく、ただの木彫りの十字架という、質素なものだ。

それは未練なのか嫌悪なのかは分からない。だが、あいつにはこういうのが良い
と思っただけだと…俺は思う。


「気分ですか…新年そうそう気の病む話しですね全く…」

「そう悲観的になるな深夜。その内こんなのも笑い話だ」

「なら、いいんですけどね」


茶会も終わりの頃。
欠伸も目立つ今の時間は、今日の一日の始まりでもあった。

昼間ほとんど寝ている俺は、夜からようやくまともに行動を始めるような生活リ
ズムになっていた。

「兄さん。どうせ異端狩りなどするのであれば…あまり怪我をなさらぬように、
問題を起こしてくださいね?」

「……善処しよう」


それぞれの部屋に向かって行ったら、俺は玄関に行った。

そこのトイレを通過した時、視線を感じる。


「……誰だ」


当然呼びかけには応じないわけで。
こんな屋敷だし、幽霊の一匹や二匹ぐらい居るだろう。

毎日というわけではないが、元人間の人外やらなんやらを狩っていれば、何かし
ら憑いてもおかしくはない。


「赤い満月か…なんだろうな、今日は人外共も大人しい。全く…嫌な夜だな」


ゆらりゆらりと漂う灰色の雲たちは、満月を隠しながら進む。
さて…こんな夜は何かしら起こるのだが、実際なるようにしかならない。

というわけで、俺は身を護るのも兼ねて禾の事務所に泊まることにした。







「樹さん。こんな夜中に何をしているんですか?」


繁華街を抜け、あと少しで事務所に着く直前、聞き覚えのある声がした。


「お前は…マヤか」

「はい。憶えていてくれたんですね、光栄です」

「まあ…一度戦った仲だ。嫌でも憶えるさ」


街灯は無い。
暗闇に慣れた目を活かしてマヤを見ると、口調とは裏腹に、険しい表情をしてい
た。


「はあ…貴方だけはまともだと思ったんですが…」

「なんだ、何が言いたい」

「いえいえ。私から言うことでもないので気になさらず」

「失礼な奴だな…まあいいが、俺はそろそろ行くぞ」


マヤは黙ったまま頷くと、俺の横を通り過ぎていく。
こんな静かな夜に…一体何の気配を嗅ぎとって仕事をしているんだろうか。


「ああ。それと、やっぱり一つ忠告しておきましょう」

「……?」



「貴方、背中に死神が憑いてますよ」







マヤから意味深な忠告を受けてからすぐに、俺は事務所の扉の前に居た。
何故か、禾は中に入れようとはしない。

何か禾の機嫌を損ねるようなことをしたか考えても、何も思い出せない…… 俺も
末期か。


「まあいい。中に入れこのロリコン野郎」


とりあえず許可も出たところで中に入ると、すぐ正面には十字架とニンニク、更
にはお伴のアンティークドールを戦闘態勢にしてのお出迎えだった。


「なんの、つもりだ?」


やっぱり、今日は厄日のようだ。

朝っぱらから我が家のじめじめした空気を夜まで吸わされた挙句、マヤには死神
、禾にはロリコン扱いだ。


「くそ…お前はリデリアのようなバインバインが好きなのかと思ったら、こんど
は幼女か…見境無しか」

「待て禾、俺には何がなんだかわからんのだが…」

「なに? お前、気付いていないのか?」


さあ?と身体で表現すると、禾はドールと手に持っていた魔除け(?)の道具を仕
舞った。


「お前、後ろを見てみろ」

「後ろ……?」


言われた通り後ろを向くと、俺の服の端を掴んで泣きそうな顔をしている女の子
が居た。


「なに…?!」


急いで刀を抜き取るが、その女の子は頑固として俺の服をはなさないかった。

いや、今まで気配を感じなかったのも妙だな…敵ではなさそうだが、味方という
わけでもなさそうだし…


「この子は何者なんだ…」

「…わたしは…ただの死神…」

「ほら言った通りだこのロリコンめ! 死神なんて連れて…アレか! 日頃私が
お前を苛めてるからって腹いせに死神か! なんて奴だ…鬼か貴様は」

「いや、待て禾…落ち着け、俺が自ら連れてきたわけじゃないぞ」

ロリコンは何とか撤回したい称号だな。

死神と言えば、漆黒のローブに大鎌と言ったイメージが定着していたが、俺の目
の前にいる死神は、幼女の姿に漆黒のローブ…そして武器らしき物は持っていな
いようだ。


「お兄さんが、死相が出てたから…付いてきたの」

「死相?」

「ええ…見事な死相だわ…うん、とても良い感じの」


どうやら俺は良い感じの死に方が未来に起こるようだ。


「ちなみに…どんな死に方するんだ?」


しばらく悩んだ挙句、死神ちゃんはどこからか大きな大鎌を取り出して俺に向け
た。


──あぁ、そういうことね。





「私に殺される」







「おいそこの死神」

「なに…?」

「何故、樹を殺そうとする?」


俺がこの死神を連れてきてからと言うもの、禾は苛つきを絶やすことはなかった


禾が死神を見る先にあるのは…胸のようだ。
禾はかなり無いが、死神の方はちょっと無い程度。

きっと、体型は変わらないのに自分より発育している死神を見て苛立っているに
違いない。


「ふ…同族嫌悪か」

「黙ってろ樹!!!」

「…話しを戻すけど、私達死神は人の命を糧に生きるの…お腹が空いた私の前に
現れたのは、あの大きなお屋敷…」


なんたる不運か。
偶然見付けた餌場は我が家だったのか。


「…初めは屋敷に迷い込んで来た子供や動物の命を少し貰って過ごしていたのだ
けれど、それも限界がきて…屋敷の中に入ったわ…」
「はぁ…。少し前に流行った噂はお前だったのか死神。季咲の屋敷に侵入した子
供たちが魄でも取られたかのように出てくる、というのは」

「ふふ…でも屋敷の中に的を絞った後、使用人二人と貴方の妹に憑いたのだけれ
ど、あまり美味しくなくてすぐ離れたわ」

「そこで樹を見付けたのか」

「うん…もう運命の出会いだったわ…美味しい魂に健全な肉体…もう完璧だった
わ」


目が輝いている。よほど、俺は死神にとっては上玉の餌らしい。


「だったらなんで俺はお前に殺される?美味いんだろ?俺の魂は」

「確かに美味ね。でも、あんまりにも美味しいものだから、もう人間の死ぬ寿命
の限界近くまで食べちゃったわ」




…なん、…だって?


「ちょっと待て! じゃあなにか?! 俺はもういつ死んでもおかしくないって言
うのかよ!」

「ふふ…そうよ」

「はぁ…不運だったな樹」



誰もが諦めた時、事務所の扉が勢いよく開いた。


「ちょっと待ちなさい樹とその他。樹はね、ちょっと特別だということをお忘れ
かしら?」

「リデリア…お前なんでこんなところに」


扉を蹴り開けて入ってきたリデリアは自慢げに俺のことを話した。

「おい殺人姫。私の事務所で無断で入った挙句に意味深なことを言うな」

「ふうん…まあ私からはあんまり言わないけど、あの子が死神というのなら、そ
のうち分かるわ」


それだけ告げて、リデリアはそそくさと事務所を出て行った。

いや、お前は何をしに来たんだと…言う暇もなかった。


「先程の方は…?」

「黒血を持つ異端の王…黒血の姫リデリア、とでも言うべきかな」

「あの方は樹と似ていますね」

「そうか?まあ…共通点はそこそこあるかもな」


最近はリデリアも異端狩りだけでは無く、人間の行動に対してにも興味を抱いて
きた。

あいつは料理を最近やり始めたようだ。

いや…料理というのならば、あれは料理ではないのだが。


「…明日の満月の夜。十六夜の死神が貴方の命を貰いにいきます…」


事務所の壁に掛かっているカレンダーを見ると、明日の日付にはFULL MOONと記載
してある。

満月と死神に何の関係があるかは分からないが…まあ軽く楽しみな俺がいた。

こんな状況を楽しめるようになってきたんだ。
あんたの息子も随分変な世界に馴染んでしまったよ、地獄にいる親父。


「今日は泊まるのか?」

「いや、よくよく考えると禾の部屋の床は固くて寝にくいからなぁ…」

「なら一緒に寝ればいいだろうに、私のベッドはダブルサイズだぞ」


死神の子は、大人しく俺たちの会話を聞いていた。


「あのな…俺とお前は師弟なんだぞ? それをお前…」

「師弟の前に我々は男と女だ。だから、気にしない」

「……家で寝るよ」

「ふむ…残念だ」

「では月夜の晩に、また会いましょう…樹」


事務所を出ていくと、雲に隠れた月が赤く輝いていた。


「こういうの、朧月夜っていうんだよな」

「えぇ…そういうわね」

「……」


最近、一人で居る時間が少なくなっている気がするよ。

後ろから幼いが、どこか大人びた声がする。
あれ?また明日とか言ってた気がするんだが…


「あら、無視…?」

「……」

「ねぇ、平気?聞こえてる?」


こういうのはな、無視に限るんだよ。
全て非現実に押し付けてしまえば、どうってことない。


「ねぇ樹ったら…本当に大丈夫…?」

「全く…明日の晩じゃなかったのか?」

「夕飯がまだだし、第一私は貴方のベッドで寝てるんだから付いていかないとだ
めじゃない」

「そうだったのか…まあ、構わんがね」


いやまあ、色々と構いたい気持ちは山々なんだが。

さて、今日も月が赤い内にさっさと寝ちまおう。

こんな夜は悪魔やら吸血鬼やらゾンビなど…得体の知れない化け物たちの巣窟だ


紅き月は生物を狂わせる。

だが珍しく静かな今日ぐらいは、ゆっくり眠りたいものだ。

「樹様、起きてください。もう朝ですよ」


まだ瞼が重い。
開け放たれたカーテンから零れる光が、強引に俺の眠気を剥ぎ取ってくる。

朝はどうにも馴染めない。
朝は一人になれないし、何より冷たい妹に無口なメイドにその騒がしい姉。

いや…本当に俺の回りは人ばかりだ。


「樹様…おはようございまーす」

「なんだよ…無駄に最後伸ばすな。キャラじゃないぞラキ」

「いえ…私も不本意なのですが、少し性格を直そうとしているのでーす」


まだこの国に来てまもない外国人のようになっていた。


「止めてくれ…ラキは今のままでいいよ」

「そうですか? じゃあやめますね」


俺の専属は諦めが早かった。


「ああ…それと樹様」

「なんだ?」

「ペットを飼うのでしたら、私か姉さんに一言声を掛けてくれればよいかと…」

「ペット?」


いつから飼いはじめたっけ?
いや、そもそも雨に濡れた子犬を持ち帰った憶えもないし、怪我をした猫を治療
した憶えもないのだが…。

横を見ると、椅子の背もたれに掴まるカラスの姿があった。

ああ、飛べない鳥を助けたパターンもあったか。


「………いや、まさかね」

「窓は開いていませんでしたから…恐らく樹様がお連れしたとしか…」

「いや、うん。多分俺だな、夕べのことが軽く曖昧になっているよ」

「飼われるのですか?」


飼うか…死神に飼育方法があるなんて聞いたことがないが、まあそれも今夜決ま
ることになる。

いくら死神の少女といえども、勝手に余命を奪われてはたまらないからな。


「ありがとうラキ。もう起きれるから、下に行っててくれ」

「かしこまりました」


ラキが出ていくと、すぐにカラスは俺の背中に乗ってきた。


「そういえば名前をまだ聞いてなかったな」

「名前なんて無いわ」

「そうか、可哀想な奴だな」

「可哀想? なぜ、私が可哀想なの?」

「名前はな…人の形、生き物として生まれたからには必要なものなんだ。他人に
呼ばれたり、他人に自分の存在を認識させるには、名前があったほうがいい」

「よく意味がわからないのだけれど…」


光が眩しい。
今日は冬らしからぬ晴天のようだ。

その真下に、闇に生きる死神と、闇に動く異端狩りがいる。


「名前があったら、友達がたくさん出来る」

「私には…きっと必要ないわ」


カラスは、少し寂しそうな声でいった。
“必要”ないと。

それはきっと、寂しいことだと思うのは、悪いことじゃないと思う。

もう人間じゃない俺が言うのもなんだが…こいつは一人にしてはだめだ。きっと



「名前、考えておいてやるよ」

「……そう。でも貴方、今日死ぬわよ」

「死なないさ。お前に名前をくれてやったあと、俺がお前を殺すからな死神」

「死神を殺す…。やっぱり樹は面白いわね。人間のくせして変な知り合いばかり
だもの」

「それはどうも。こんな時代だ。変な連れの一人や二人、出来てしまうものだよ



さて、そろそろ下に行かないとラキや深夜がうるさいからな。







「よお樹、ついにお前さっきなんで教員に説教くらってたんだ? またなんかし
たのか?」


身に憶えはない…と弁解したいところだが、いやはや、悩みの種は俺の肩に乗っ
ているんだが。

というか正貴はこいつが気にならないのか?


「さすがだよこのヴァカ。感服した。まったく最高のヴァカだお前は」

「ヴァカ? 食べ物の名前か? なんだよ、勿体ぶらないでくれよ、な?」

「バーカ。さっきの呼び出しはこいつのことだ」


俺の肩に乗っているカラスを指差すと、正貴は驚きながらまじまじとカラスを見
ていた。

やっぱり、気付いてなかったかこいつは。


「へー…カラスが人になつくなんて珍しいな」

「まったくだ…離しようもないから連れてきたらこの様だ。久しぶりに先生に説
教をくらった気がするよ」

「へえ…でもなんかいいなお前ら」

「ん? なにがいいんだ?」


正貴は、好物のコロッケパンを一口で食べるといつも通り白い歯を覗かせて笑い
ながらこう言った。


「カラスと樹…似てるじゃねえか。うん、なかなか良い、主とペットだぜ?」


と、正貴は言った。
そこでカラスも一声。

それは人の言葉ではなかったため、よくわからなかったが…

なにやら、少し喜んでいるようにも聞こえたのは…きっと気のせいだろう。


「ねえ樹…私ね、貴方の命を食べ過ぎたことを後悔しているの」


正貴が授業に戻ったあとも、俺たちは屋上に居続けた。

午後の授業が始まってから三十分ぐらいが経ったころ、静寂を破るカラスの声が
あった。


「なんでだ?」

「よく…わからないわ…」

「そうか…」

「今夜で貴方とお別れね」

「俺の寿命が尽きても終わり」

「私が樹に殺されても終わり」


答えは月のみぞ知る。







満月が空へ上がった。
赤い月の誘惑に誘われて、死神がやってくる。


「お待たせ」

「来たか…」


カラスは暗い光とともに、大人の死神に姿を変えた。
その手には、身体とは不釣り合いなまでに巨大な鎌がある。


「今宵が最後の晩餐だ死神。精々メインディッシュまで辿りつくことだな」

「貴方の命…根こそぎ喰らってやるわ…」


大人しい見た目とは裏腹に、その瞳には闘気が宿っている。

あの大鎌はただの道具だ。
特殊な性能は無い。

そう…要はあれを使いこなす死神の力量で全てが決まる。


「こい、フラガラッハ」

「そう…貴方…人間じゃなかったのね…」

「そうとも。俺は異端狩り。魔を穿つ、黒の掃除屋だ」

「ブラックスイーパーね…ふふ…やっぱり面白いわ、樹」

「戯言はいい…。いくぞ!!!」


死神のローブが宙に舞った。
一瞬で俺の間合いに入ってくる。


「なに…っ?!」


これは走るという行動ではなく、まさしく“消えて”いた。

そして、凄まじいまでの風を切り裂く轟音と共に、重い斬撃が俺の身体に衝撃を
与えた。


「くっ…重い。アンゼルよりも、力は上だというのか」

「死神は満月の日に本当の力が目覚めるわ…身体と共にね…。そう、この夜の私
は、上位の異端者に優る力がある」


よかったな禾、実はあいつもバインバインだったよ。

なんて、考えている暇もないな。


「バルムンク!」


いつになっても、フラガラッハの後にバルムンクを出すと魔力を余計に持ってい
かれる。

ハイリスクを背負ってまで出すんだ。
力には力を…それが駄目なら、もはやアレを出すしかない。


「魔斬の刀と魔剣バルムンク…十分人外ね、樹も」

「なんとでもいえ…! 俺は…死ぬわけにはいかない」

「ふふ…そんな巨大な剣を片手で扱うから、鈍いのよ」


空間転移してくる死神は、更に追撃を掛けてくる。

フラガラッハのように細身の剣では受けきれなかった大鎌の斬撃も、バルムンク
と魔斬なら受け止めれる。


「…堕ちろ…!」


死神がくいっ、と手首を上に捻ると。
月に照らされた俺の影から黒い手が数本飛び出し、俺の足の自由を奪った。


「…くそっ…!!!」

「終わりね…!」


大鎌が魔斬を跳ねると、俺の手から弾かれた。

バルムンクでは一振りの隙が大きすぎて、細かい攻撃は防御しきれない。


「まだだ…まだ俺は!」

「いいえ…樹、貴方は死ぬのよ」…」

「まだだ…。こい…!破壊剣…!!!」

「なにっ?!」


バルムンクを捨て、俺は両手にありったけの魔力を込めた。

知識はある。
力もある。

あとは、俺の魔力だけだ。


「うおぉぉぉおおお…!!!」

「なに、この膨大な魔力は…」


死神が俺の魔力量に怯んで後退した。
今が好機…!!


「いくぞ…!理想郷さえも破壊した魔剣…エル───」


これはただの斬撃をするための剣じゃない。
俺の手に込められた大量の魔力を魔剣に込め、それをエルドラドの力で増幅し放
つ。


「───ドラド!!」


大鎌のガードを壊し、一気に死神へ魔力の塊が直撃した。

その爆音とともに、地面を削り、敵を感服無きまでに攻撃し続ける。


「く…、あ……そん…な…」

「はぁ…は、…どうだ、これが…俺の最終兵器だ…」

「私の…負け…ね」

「…そうだ。死ぬ準備はできたか?」

「その前に…あれを聞かせて」


ああ…そういえば、月が空の真ん中に登る前に、色々と考えていたんだっけ。

そうだ、この名前をあいつにあげようと、少なからず楽しみだったはずなのに…
いつの間にかに、強い敵と戦かえることの喜びに変わっていた。


「マリー…それが、お前の名前だ」

「マリー…可愛らしい名前ね…私には勿体ないわ」

「そんなことはないさ」


マリーは、ゆっくりと赤い満月を見た。
それは、おやつを与えられなかった子供のような瞳で…どこか、哀しくて泣きそ
うな、放っておけないような表情だった。


「もう…いいわ…殺しなさい」

「いや…もういい、俺の魂を全て喰らえ」

「なにを言っているの…?」

「どうせ寿命も少ないしな…どうせなら、お前はもっと生きろ。せっかく、名前
もできたんだからな」

「…お人好しね」

「いいからさっさとしてくれないか…疲れたんだ」

「ええ…分かったわ」


大鎌が俺の身体をすり抜けた。
まるで、俺の魂を斬るかのように。


「…確かに、頂いたわ…本当に、美味しい…」

「それは良かったが、死ぬ気配がないんだが…」


そういうと、マリーは首をかしげた。


「おかしいわね…きっと、長生きなのよ、樹は」


そう言って、マリーはまた俺の魂を食べた。
だが、俺は一向に死ぬ気配はない。


また首をかしげ、魂を削る。

それを何度か繰り返した挙句、マリーは満腹のようで座りこんでしまった。


「ほら、言った通りでしょ?」

「リデリア…」


屋敷の塀を乗り越えて、リデリアが来た。
またも自慢気に、その顔は俺のことを誇っている。


「どういうことかしら」

「樹はね、黒血を受け継いでいるのよ? 不完全とはいえ、黒血が樹の身体に影
響を与えたのは、身体能力だけじゃないわ」

「…ということは…俺って」

「不老よ」


またか、こいつのとんでも発言は…。
いやはや、大分世の中の色んなことを見てきたつもりだが…不老は些かやりすぎ
じゃないか?

もう、次々と自分の身体の変化が見付かるのはたくさんだ。


「不老…どうりで、死なないわけね」

「ふふん…残念だったわね死神、これで今夜の食事は最高級を満喫したでしょう
…じゃ、死になさい」


そう言ってリデリアは、腰に携えた長剣をマリーの首に当てた。


「ちょっと待てリデリア…そいつは生かしておく」

「なぜ? 敵よ?」

「こいつを俺の使い魔にする」

「───は?」

「だから、こいつを俺の使い魔にすると言ったんだ」


呆れた、と言ってリデリアは剣を鞘に仕舞った。


「樹? なぜいきなり…」

「お前を気に入ったからだ…さして問題はないだろう?」

「ふふ…死神を使い魔なんて、聞いたことがないわよ」

「樹に浮気…された…」


地面に手をつき、がっくり項垂れるリデリアをよそに、二階の窓が勢いよく開い
た。


あ───忘れてた。


「こんな夜中に叫び声やら爆発音やら金属音…五月蝿くて寝られるかあぁぁぁあ
ああ!!!」


ここは、屋敷の庭だった。







「起きて下さい樹様…」


瞼が重い。
まだ、起きる時間にはほど遠い気がする…。


「今…六時なんだが…」


寝たのはついさっきだ。
なんだ、これは拷問か?

ただでさえ魔力が無くて疲れているというのに。
今日ほど太陽を呪った日はない…。


「私は一睡もできませんでした…お嬢様の命令ですのであしからず」

「くそ…深夜め」

「それより、やはり飼われるのですか?」

「ああ…新しい家族だ…仲良くな」


かあ、とカラスの鳴き声が一つ。
また一人、俺の安息の時を奪う奴が増えてしまった────。


fin