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その日は、何故かサイレンの音が絶えなかった。
うるさくて、うるさくて、もう死にたいぐらいにうるさくて…。

それでも現実は、痛みと悲鳴が俺の意識を引き戻す。
少しだけ見える視界は、紅く染まっていた。

擦っても擦っても消えないその赤い世界は、現実よりさらに深い絶望へ誘ってい
く。

覚醒していく意識とは逆に、思考はノイズが混じったように現状を把握できない



「お、かあ…さん」


痛む身体を起き上がらせると、そこには母親と父親の姿があった。
いや、もはや救急車がくる必要があるのだろうか?

それが、この現状を把握した時に初めて考えたことだった。

飛び散った臓器が、もう生命活動の完全停止を物語っていた。
なぜだろう、涙すら出ないこの惨劇に、苦笑した。


「はは、もう…ダメだ」


動くたびに纏わりつく血液を払いながら、俺は両親の前に行った。

「俺、は───どうし、て」




「そこの君。何か困っているのか?」


そう、小さな声で後ろから聞こえた。
この騒音の中、それだけはやけに静かに聞こえたのは、今もはっきり憶えている


これは確か───俺の師匠、那張 禾との出逢いの時だった。

その悲惨な光景を背に、俺はゆっくりと彼女を睨んだ。

特に怒りとか憎しみがあった訳じゃない、ただ、このどうしようもない自分の非
力さを───誰かにぶつけたかっただけだ。

気にかけて声を掛けたのに睨み返されたら一般人なら軽蔑をして去るところだろ
う。

その美しい黒髪と、それを強調させる白いドレスに身を包んだその“少女”は、
何が嬉しかったのか面白かったのか───可愛らしい口を大きく開いて笑ってい
た。


「ふふ…良い眼だ。そうだな、君───私の所へ来ないか?」


すぐに答えは出なかった。
少女は自分の名を名乗ると、名刺を渡して去っていった。

その“事故”から数日後、両親の葬儀が行われた日の夜に、俺の父親だけが──
─生きていた。







12月の後半、高校が冬休みに入った中間ぐらいの時だろうか───俺は事務所
からの帰り途中に、こんな寒いなか走り回る子供たちの噂話しを耳にした。

夜、街外れにある幽霊屋敷に忍び込むと、お化けどころか魂を抜かれて帰ってく
るとかなんとか。

信憑性が無い訳じゃないが、というか───街外れの幽霊屋敷ってまた古臭いな
オイ。


「─────オイっ」


びしっ、と、俺は巨大な門の前で電柱になんでやねんをかましていた。
強く叩きすぎてちょっと皮が剥けてしまったようだ…ったく、面倒だな。


「────とは言ったものの、幽霊屋敷か」


まあ見えないこともないな。
というか、その雰囲気は異常なほど醸し出してるよ。我が家は。

俺はインターホンを鳴らすと、古い音を鳴らしながら屋敷内に響いていった。
すぐに奥の扉が開き、ラキがやってきた。


「樹さま?なぜ、ご自分で門を開けないのでしょうか」

「古めかしい洋館に、閑散とした住宅地に不釣り合いなメイド…まあ、人が住ん
でいる気配はあるが、ネタとしては十分か」

「あの…大丈夫でしょうか?」

「心配ない。部屋に紅茶を持ってきてくれ、今日は少しのんびり過ごしたい」


一礼すると、ラキは厨房に行った。
さて、俺は暇潰しに小説でも読みながら気ままに過ごすとしようか。


「あら兄さん。今日はお早いお帰りですね」


ちょうど自室に通じる廊下に行こうとした時、リビングから深夜が出てきた。
昔から英才教育を受けていたからか、その口調や歩き方には全て気品が感じられ
る。

かくいう俺は昔っからだらだらと過ごしてきた訳で、俺の口調や歩き方は全く気
品を感じない。

まあ…幼い頃から嫌がっていた教育も、あの時を境に終わってしまったのだが。


「浮かない顔ですね、兄さん。何か悩み事でも?」


気丈な深夜でも、所詮は女だ。
俺のしてきたことや、今のことを話せば、きっとショックを受けてしまうだろう


だから俺は、この三年間、自分のプライベートは守り通してきたんだ。


「……子供のことで、少しな」

「───子供?」


無意識に吐いた言葉を、深夜は般若のような形相で真に受けた。


「こ…ここここ、子供?子供って言いましたか?」

「それがどうかしたか」

「み、認めた────」


魂が抜けたようにつっ立ってる深夜を置いておいて、 俺はさっさと自分の部屋に
帰った。
あのまま深夜の魂が戻るを待っていたら日が暮れる。

俺は窓から広い屋敷を見渡した。
どっからどう見ても、地下になにかありそうな場所だな。


「失礼します」


簡潔に扉の外でラキが呟いた。

入室の許可をすると、入ってきたラキは机に紅茶を置いた。


「なあラキ。一つ聞きたいことがあるんだが」

「はい。なんでしょう?」


やけに真剣に言ってしまったため、ラキはこちらを見ながら首をかしげた。


「この屋敷に、地下室ってあるのか?」

「地下室───ですか?」


ラキは無表情のままこちらを直視している。
それに合わせるように、俺はラキの青い瞳から目を離さなかった。


「存じません」

「───そうか」


一瞬、ラキは目を逸らした。
どうやら、この屋敷には秘密の地下室の一つぐらいあるようだ。

どうやらこれは、近所の子供たちの為にも一肌脱がなければならないらしい。


「くだらないことを聞いたな。下がっていいぞ」

「はい。失礼しました」


一礼して去っていくラキの背中を見送ると、急にやってきた静けさと、そんなな
か頭を横切るアイツの顔があった。

俺はフラガラッハを出して、天井に向かって掲げてみた。

皇后と、神々と。
天井を突き抜けていきそうなまでのその圧倒的な存在感の先には、つい最近、生
物の肉を切り裂いた感覚が残っている。


「リデリア…どこにいるんだ」


そう、三年前の再会を果たした俺達の仲には早くも亀裂が出来ていて、この前の
“人喰い”の事件の後からは音信不通となった。

確かに俺たちは、一緒に戦うと言った。
だが、俺とリデリアが同じ立場に立っていようが、それぞれ人外を狩る理由が違
う。

リデリアのことを考えるだけで、頭に霧が掛かったように混乱する。

考えるのはやめだ。俺が出来るのは、アイツを待つことだけだから。


「樹、いるかい?」


ふと、俺の意識を完全に醒まさせる声が聞こえた。
大人びたその声は、ゆっくりと部屋に入ってこようとしている。


「入るな!!!」


開きかけたドアを俺は蹴って閉めた。


「樹………」

「入るな。俺の傍から消えろ。近付くな!」


あからさまに溜め息を吐いたあと、その気配はゆっくりと消えていった。


「くそ…あんなやつ、馴れ馴れしく話しかけてきやがって───親でもないくせ
に」


だが、ついさっきドアの外に居たのは間違いなく、季咲 弘久───俺の父親だっ
た。

いや、もはやあんなものは父親と呼ぶわけにはいかない。


「くそ…」

「兄さん?少しいいですか?」

「なんだ………?用があるならはやくしろ」

「ええ。では少しだけ」


今日は来訪者が多いいな。
嬉しいことだが、今は素直に喜べない。


「兄さん、あの事故の時のことを憶えていますか?」

「昔話ならあとでにしてくれないか」

「質問に答えて下さい」


一瞬、殺気を感じた。
深夜の方を振り返ると、真剣な目で俺を見つめるその凛々しい姿があった。
何故だろう───ただ立っているだけなのに、その黒い瞳や黒い髪…全部が、み
とれる程綺麗だった。


「あの事故…4年前の、アレか…」

「そうです。憶えていますか?」

「あの日は…絶えずサイレンの音と、臓器と肉と血だけの世界だったよ。黒いリ
ムジンでさえ、真っ赤に染まって────」


その光景を思い出そうとした時、微かに、俺の頭に違う光景がブレた。
なんだろう、 今一瞬だけだが、灯りがやけに暗い部屋を強調して照らす、書庫の
ような場所だった。

後は変わらない、どこを見ても赤、朱、紅。

俺のよく知った惨劇。


「兄さん?」

「───どうした?」

「最近、兄さんが夜に屋敷を抜け出して2日や3日帰ってこない日に限って、街
で起こる猟奇的な事件が消えます。また、なにかしているんですか?」

「お前には関係ない。変な詮索はするな」

「関係あります。私はこの季咲の長女であり、貴方の妹でもあります。兄さんが
どんなに迷惑がろうと、追求はやめません」


深夜は引き下がらなかった。
先程とは違い、その瞳は今にも大粒の涙を溢しそうなほど、弱々しく俺を見てい
た。


「深夜?」

「私は、私は兄さんしか居ないんです…勝手に家を出て、勝手に死にかけてるん
じゃ心配もしますよ」

「すまないな。だけどもう引き返せないんだ」

「それは───誰の為ですか」

「みんなのため…とでも言っておくよ」

「───分かりました」


零れ落ちそうな涙を拭いて、深夜はまたいつも通りに戻った。


「兄さん…私だって、戦えることを忘れないでください」

「───────」


それだけ言うと、深夜は部屋を出ていった。
再び静寂に包まれた俺の部屋には朱色の光が差し込み初めていた。

どうやら今日はあまり家にいない方がいいようだ。
不吉な噂に、意味深な深夜の行動。

俺が異端狩りをしていることがバレてしまうよりも、深夜たちが誰かに狙われる
方が怖い。


「だから今日も、アイツを探して夜の街をさまようのか」


ぽつりと、車のエンジン音や、群衆の話し声で掻き消されるほど小さな愚痴を溢
してしまった。

夜は好きだ。だが、夜の街は好きじゃない。
ひたすらに勧誘を続ける商業者の群れや、眠ることをしらないネオンの光り。

その道行く一つ一つの影を追っていくと、ふと視線が止まった。
見覚えのあるブロンドの長髪は、ただ染めただけのような雑な色ではなく、完全
に金を持った純血特有の存在感を放っていた。

それに、あの後ろ姿は───


「リデリア」


呼んだ声は届くわけでもなく、ただ前にいるリデリアは歩いていた。
ようやく見付けたリデリアを見失はないように、2メートルの間隔を開けて後を
追っていった。

どれくらい歩いたか───少しづつ消えていく人々と街の声は、もはや何一つ聞
こえなくなっていた。


「ねえ樹…」

「────なんだ」

「私、考えたんだ」


俺の尾行はあっさり見破られていたのか、それともわざとここに連れてきたのか
───リデリアは後ろを向くと、その狂気に近い瞳で、俺を射抜く。


「貴方に黒血を与えたのは間違いだったのか…って」

「今さらか?三年前のことをぐだぐだと言われてもどうしようもないだろう」

「解決策なら、あるわ」


リデリアは、腰にさしてあった長剣を抜き取った。

それは戦闘の意思───

俺を殺すという、明確な殺意の塊だった。
理由などどうでもいい、今は俺の目の前にいる“異端”を何とかしないと。


「今ここで、その血が消えるまで貴方を殺す」

「ハッ─────」


血が騒ぐ────ぐつぐつと煮えたぎるように熱くなっていく俺の意志は………
もはや止められるものではない。

よく考えろ…相手はリデリアだぞ?
何故戦う?アイツが俺を殺そうとしてくるなら、降り掛かる火の粉は払わなけれ
ばならない。

周りには何もない。
ただ、この凍てつくような空気の中に、二人の“異端”があるだけだ。


「いくよ、樹」

「─────ッ?!」


鼓膜に覆い被さるような轟音が響いた。
一瞬にして切り裂かれた俺の左腕からは、夥しいまでの血が流れていく。

よくわかった───リデリアは本気だ。
ならば俺もそれに応えよう…死力だ。全てを出しきってみせる。


例えその純粋な身体が紅く染まることになろうとも。


「ふっ────!」


素早く魔斬を取り出して、疾走る。
リデリアのスピードに付いていけないならば、俺を斬る直前の着地位置を見極め
なければならない。

それが、俺に残された選択肢の一つだ。


一瞬で背後に回ったリデリアの斬撃を防ぐと、すぐさまその首に向かって刀
を滑らせた。

リデリアも着地点がバレたのが予想外だったのか、反応が遅れたせいで俺の斬撃
をガードした右腕を無くすハメになる。


「くぅ───!!!」


俺は切り落としたリデリアの腕をすてて、すぐさま疾走した。

出血の痛みによって反応が遅くなったリデリアに向かって刀を振るが、スピ
ードが遅くなっても左腕の爪で弾かれてしまう。

“魔斬”の斬撃を防げるのなら、あの爪はただ物理的に鋼鉄化しているだけのよ
うだ。


ならば────


「はぁあ!!!!」


リデリアは片腕しかない。
俺は魔斬での斬撃を防がせたあと、すぐに創り出したフラガラッハで二重攻撃を
しかけた。

そのままフラガラッハの刀身はリデリアの身体を真っ二つに切り裂く────は
、ず。


手応えはある。
束を握り、その身を裂こうと振り下ろしたフラガラッハは首筋で止まっている。

なんだ───リデリアの首から、黒い血が固まって────

俺の剣を止めていた。


「なに───?!」


フラガラッハを消して、すぐに後ろに下がった俺に、容赦なくリデリアの剣が切
り裂いてくる。

まずい…左腕が完全に動かなくなった。

残ったのは、右腕だけだ。


ハ─────可笑しい。

なんなんだ…この圧倒的な力の差は…。
血は熱くなりすぎて蒸発してしまったように、もう冷めてきている。

勝てない、殺される。


目の前にいるバケモノは本気だ。
躊躇を知らない、ただの殺戮兵器。

どうする…どうするんだ…?

懺悔はしない、死ぬつもりもない───
ただ俺は、絶対的な死に挑むべく、最後の力を振り絞った。

フラガラッハよりも形成するのが遅い、それは見た目も含め、その力の強さ故に
、創りだすのに数秒かかる。

片腕には少しばかり重い───だが、巨大で、重いからこそ、一度振り落とせば
自らの重量を糧に“速さ”と“重さ”を増す。

故に斬れぬものはない。


来れ、嫉妬の魔剣───バルムンク。


「ふ…、…ふぅ…」

「……………」


深呼吸をして、息を整える。
バルムンクを持ち上げることには成功したが、左腕の出血が激しくて目眩がして
くる。


リデリアは、その大剣を前に突き出し、そして───ゆっくりと、その刀身に黒血を垂らし始めた。
ぽたぽたと滴るその黒い液体は、やがて銀色の刃を呑み込み、より深い黒に染ま
っていった。

刀身の黒血は零れ落ちることなく、固体となり、やがてその姿を露にした。

黒剣───



「それが、お前の本気、か」

「ごめんね、樹───」


泣きそうな声のまま、俺に謝罪と死の宣告を告げた。


そして、己の剣の名を呼ぶ。


「エル────」


振り落とされた黒い大剣は、まさに死神の鎌を連想させるようだ。


「ドラド────」


その黒光りする刃は、易々と、バルムンクごと俺の身体を切り裂いたのだった。







初めて作ったのは、自分の父親だった。
何度も何度もやり直して、やっと作れたその人形に、父の形見を埋め込むことで
、俺の初めての仕事は幕を閉じた。

“ソレ”はまるで昨日の夜に寝たかのように普通に目覚め、普通に歩きだした。
師は上出来だと誉めたが、俺は素直に喜ばなかった。

むしろ、自分の力作に殺意まで覚えるほど憎んだ。
何故、あの時自分の手で創りだそうと考えたはずなのに、こうまで偽物に嫌悪感
を覚えるのか。

妹や使用人は、初めは怖くて近寄れなかっただろう。

だが段々と慣れてきた偽物は易々と“父親”の仕事をこなし、季咲家のトップへ
と舞い戻った。

だが母は居らず、まるで初めから父親だけのように、新たな生活が始まってしま
った。







「くっ────」


ズキズキと軋む身体に鞭を打って、俺はベッドから転がり落ちた。

全身は包帯だらけで、白いシーツのベッドはかなり血だらけになっていた。
これはかなりマズい状況だろう…左腕が動かない上に血を出しすぎたのか、貧血
を起こし気分も悪い。


「兄…さん?」

「────?」


後ろから声がした。
どうやら、深夜が付き添って寝ていたらしい。

時間は………まだあれから朝がきていない。五時間ほど気絶していただけのよう
だ。


「兄さん?生き返ったんですね………!!!」


深夜は俺に抱き付くと、その涙で俺の包帯を濡らした。
引き剥がして、状況を考えてみるとおかしい。

殺されたはずなのに、なぜここにいる?


「深夜、俺は街外れの空き地に居たはずだが…」

「兄さんの後輩と名乗る方が、屋敷まで運んできてくれたのです。今は傷口が塞
がっていますが…最初はもう死んでいました」


死んでいた…?バカな、行き返ったというのか?

ぴちゃりと、俺は指に付いた液体を見た。
黒い────黒血だ。

よくみれば、俺のベッドは紅くなんてない。


「兄さん?」

「おれは…リデリアに、殺されたはずだ…」

「リデリア───それが、兄さんを殺した方ですか」

「待て、深夜、何を考えている」


深夜はすぐに駆け出した。
マズい…深夜がリデリアと接触すれば確実に殺される。

くそ───どうすれば…?


「樹………居るかい」


考えを巡らしていると、弘久が部屋に入ってきた。
こんなときに一番会いたくない奴と顔を合わせてしまった。


「お前…俺の部屋に入るなと何度言ったら────」

「────樹────」


この時は、いつもと様子が違った。
弘久は、まるで仇を見付けたかのように、俺を見ていた。


「邪魔だ、そこをどかなければ殺す」

「私は何故…ここにいる?」

「なに───?」

「私が一度は死んだことはとっくに気づいていたよ。だからお前は私を嫌ってい
た、偽物だから」

「───黙れ」

「お前が傷だらけなのも察しがつく。だが今、深夜を追わすわけにはいかない」

「黙れ………!」

「私が行く」

「なん、だと?」


訳がわからない。たかだか人形が、深夜の後を追うと?
死ぬだけだ、バカらしい…お前が消えるよりも、俺が追った方がいい。

だが今は、まだ弘久を止めて深夜の後を追えるほど、俺の身体に力は残っていな
かった。


「さようならだ、樹」

「───っ!待てっ!」


なんで、お前が行く?
折角自由を手にしているというのに、何故自らその命を捨てる必要がある?

やっぱり、お前は最低の父親だ。


「は、ぁ……くっ───!!!」


確かに俺は異端を狩ると決めた。
だが、だからといって家族が異端だから殺すわけじゃない。

俺はただ護るだけだ、大切な人たちを。

それを今から教えに行ってやる、リデリア。
人は非力だ。だからこそ、力にすがって生きていこうとする。

それは悪いことじゃない────だからお前も、自分の中にある何かを護る為に
俺を殺した。

だったらどっちもまともだ。


だから今────お前を助けに行く。







私は、大切な人を殺めてしまった時に初めて、自分が積み重ねてきた業の大きさ
を知った。

それまで私はただ無心に、目標を殺し、目撃者を殺し、ただ…自分が護るなにか
の為に異端の徒を狩り続けた。

殺人姫に、黒の姫、この二つが、私にいつ殺されないかと怯える異端たちが呼ん
だ呼び名だった。

私はわざわざ探しだして殺すほど、マメな性格じゃなかったから、目の前に出て
こなければ狩らなかった。

だが、異端や人外などというものは、元が人間だろうが動物だろうが、自分の行
動の罪を背負い、そしてまた自らの欲望を満たす為に罪を冒し、そしてまた贖罪
を探し罪を背負う。

なんともまぁ…くだらなくて、くだらないが故の貴重な存在なのだろうか。
社会の理に縛られて生きていく人間とは正反対の彼等は、その存在が少数なため
に人間に敵視されてしまう。

人を殺し、喰らい、征服し、その悲鳴と血肉を糧に新たなる力を求めるものたち


古来より変わらぬ弱肉強食の鉄則を守り続けた果ては、ただ私に殺されるだけと
いう、彼等が生きてきた意味を一瞬で無意味にする非情な現実だった。


だがそれも、つい最近、弱者である人間を私は見逃してしまった。

何の気まぐれか、あの時、奴を殺し損なったあの路地裏に来た彼に、私は黒血を
与えてしまった。

それがどれだけの罪か。
ただ、その場に来てしまっただけの少年を、私の身勝手な運命に引き摺り込んで
しまったのだ。


何故、私は彼に力を与えたのか───?


あの時の、彼の瞳に惚れてしまったのだろう。
黒く、黒く闇に染まった彼の混沌とした瞳は、人間で見れる惨劇を見尽くしたよ
うな、絶望にまみれた色をしていた。

いや、こんなのは、ただの言い訳だ。
ただ私は────誰でもいいから、人の暖かさで、冷たい私を抱き締めてほしか
っただけなのだろう。


結局、何を考えても、最後に思いつくことは────


ただ樹に、会いたいことだけだった。







「樹様…お体の具合はどうですか?」

「………………」

「樹さま!ラキが心配してますよ!」

「………ん?なにか言ったか」


俺はまだリビングに居た。
ずるずると足を引き摺っていた所をレキに発見され、部屋に戻されてしまった。
それならばまだ良かった。レキは俺を逃がさないように、しっかりとドアの前に
立っている。


「お体の具合を聞いたのですが…」

「あぁ。もう大丈夫だ」


俺は立ち上がって、レキを退かして出ようとした。
傷はもう塞がっているが、貧血なのか、身体が思うように動かなかった。


「お待ちください」

「……なんだ、用件があるなら早くしてくれないか」

「弘久様から樹様を地下へ案内するように仰せ使っております」

「地下だと───?」


今は噂を検証している暇などないというのに、弘久は何を考えている。


「付いてきて、くれますか?」

「…………あぁ」







暗く、暗く、どこまでも伸びる漆黒の路。

この先になにがある?

きっと、これは最後の最後に親父が遺す遺書のようなものだ。
息子が人生の踏ん張りところだと言うのに、まだ追い討ちを掛けるつもりか。

先に進むにつれて松明が多くなってきた。
もうそろそろ着く頃か。悪寒が地下へ続く階段を降りた時から止まらなかった。


「ここから先は、樹さまお一人で進んでください」

「なんでだ?お前たちも来ればいいだろう」

「私達は………ここには入れないのです」


よくわからなかったが、とにかく二人はここから先には入りたくないらしい。
別に強要しているわけではないので、俺はこのまま進みだした。

暗く、暗く、貪欲にこの廊下は俺の神経を蝕んでいく。

何故…なぜなんだろうか?
この先を見る度に、進む度に、鼓動は激しくなっていく。

ああ───ここを知っているのか、俺は。


松明が多くなったきたころ、ようやく部屋が見えてきた。

ここは───書庫だろか?
乱雑に放置された本も多いが、それよりもこの本棚の数が異常だ。

いったいここでなにを───?


「な、に?」


少し歩いたところに、小さな祭壇があった。
何かを祀っていたような痕跡があることから、つい最近ここにあった物を撤去し
たのだろう。


この部屋に入った時から、胸を突き刺すような慟哭と、見覚えのある風景が幾度
となく横切る。


俺は確かに知っていた。
三年前のあの日、俺は────


「ま、て…あの日は、親父達が交通事故にあって───」


交通事故?
そんなばかな、今“あの時”を思い出しても、交通事故の風景なんて思い出せな
い。

道路に飛び散った臓腑と血は、四方に散って真っ赤に染まった本の山。
道路の端で原型すら止めていない“両親”たちはこの祭壇で殺されていた。

黒い、紅く染まったリムジンは───?



「───これか」



目の前には、黒く変色した大量の血痕に、鎖で繋がれた白骨の死体だった。

これは、誰だ?


「それは、君の本物の母親だよ。季咲 樹」

「───っ誰だ!」


声の方に振り向くと、入口の場所に椋が立っていた。


「季咲は…自分たちの純血を守る為に、肉親の女に子供を産ませるんだ」

「───どういう意味だ?」

「君は季咲の血を他の血で交わらせぬように産まれた純血の子なんだ。つまり、
君があの時まで会話をしていた母親は君の母親じゃない。そこで惨めに死んでい
るのが、君の産みの親だ」


「──そ─、─んな─」


これが、俺の本当の母親?
なんだよ、それは…馬鹿にしやがって…追い討ちにも程がある。


「くそ…くそっ!ふざけやがって!」


ふざけるな…じゃあ、一体俺は何の為にここにいる?

何の為に生きている?
何の為に戦っている?

何を考えたって、俺の思考はたった今突き付けられた現実を受け入れるしかない



「ふん…そういうことかよ、だから禾を呼んだのか、ここに」

「………………」

「くっく────全く、可笑しすぎて狂っちまいそうだ」

「………どうするんだい?これから」

「────上等だよ。…つまり俺は、もう前にしかいけないってことか」


いいぜ───そういうことなら、この小賢しい演技に乗ってやるよ。
どうせ俺はもう戦うしかないんだから、今更こんな事実を見せられたところで絶
望すら感じない。


「いいだろう。喰らってやるよ、何もかも」


俺は、椋の真横を通って、最後に告げた。


「我が道末の運命ならば、我が血肉を持ってそれを断つ」


ぽつりと、急にこの空間が静かになった。
先程まで埋めつくされていた彼の殺気が無くなったせいか、静寂を取り戻したこ
の部屋に闇が戻ってきた。


「力を求めよ神の子よ。己が何か力を手にするたびに───一つ心を失っていく
。往く末は修羅の門、生きるもくたばるのも君自身。精々…我が道を往け、季咲
樹」







何を考えての行動かは分からない、ただひたすらに、光輝く命が闇に染まる瞬間
を見たくて、人外を殺していた。

下級の下級。
その群れなどほっとけばいいものを、いつの間にかに私はエルドラドを持って切
り裂いていた。


自我を取り戻したのはいつだったか、既に辺りは紅しかなかった。


「………いつき……」


あの後は後悔しかなかった。
樹は私とは異端を狩る理由が違う。
そんなことはとっくに分かっていたはずなのに、あの人喰いの後輩を見逃し、守
った樹が許せなかった。


「嫉妬………?」


そう、それは明らかな嫉妬による虐殺。
たった一人、ようやく私に温もりを与えてくれた人間に死を運んでしまったのだ


私は自分がなにをしたいのかわからなかった。


「………樹…」

「そんなに逢いたいのなら、殺さなければよかったのに」

「だれ───?」


すぐそばの外灯の影から現れたのは、黒い髪が胸まで垂れていて、その美しいプ
ロポーションが露になってきた。


「季咲 深夜、と言えばわかるわよね」

「季咲───?貴女、樹の妹なの?」

「そう…、貴女が殺した人の弟よ」


武器は持っていない。
つまり、彼女は私と戦うのならば他の“何か”を持っている筈。

季咲の血を引く者ならば、油断は出来ない。
樹のように“創造・複製”の力はありえない…だったら、一体どんな力を持って
いるのだろうか。


「私がここに立つ意味はわかるでしょう」

「ええ…分かるわ」

「私は貴女に負けないわ───女狐」

「……………ッ!!!」


私は剣を抜き、彼女の肩を切り裂いた。
浅い傷痕は致命傷まで深く斬ることは出来ず、命を奪うことは失敗してしまった



「本気を出しなさい…でなければ、あっさり死んでしまうわよ」

「ふん……バケモノね」

「…死を畏れよ人間。汝は神の逆鱗を逆撫でしたことを悔やむがいい…。そうね
、冥土の土産には、圧倒的な死を持っていきなさい」



ぐしゃり。
何かが、潰れる音がした。

急に膨れ上がる殺気の源は、目の前にいる彼女から放たれたものだった。
暗い闇に、猫のように紅い瞳が耀いている。


「────え?」


潰れて千切れたのは、私の腕だった。
吹き出る黒い鮮血は、まるで絵の具で塗りたくった虹のように出ていた。


これは────重力?

そうか…“魔眼”なのか。
とんだバケモノが居たものだ。

季咲の血も、それを受け継ぐ者たちも…全てイカれてる。


「死を畏れよ異端者。汝は悪魔の逆鱗を逆撫でしたことを悔やむがいい。…そうね
、冥土の土産には、理不尽な死を持っていきなさい」

「くっ…」


ぐしゃり。
また、臓腑が潰れる音が闇に響いた。







「そんな、なんで…」


飛び散った血は、噴水のように辺りを染めていった。


「お父…さま…」


倒れたのは、リデリアではなく、いきなりリデリアの前に飛び出した季咲 弘久だ
った。


「深夜…」

「な、なぜあの女を庇ったのですか!は、早く止血しないと」

「…あの女とは、戦ってはダメだ」


血の着いた手で、弘久はゆっくりと深夜の頬を撫でた。


「そんな…わ、私は…どうすれば…」

「何を…言っている…お前たちには、あいつがいるだろう」


あいつ…?
兄さん…?そんな…さっきまで瀕死だったのに、動けるはずがない。


「最後の最後まで詫びの一つもないとはなクソ親父。くたばり損ないはさっさと
消えろ」

「…樹、か…」

「兄さん!?」

「そ、そんな…なんで樹が」


白銀に染まる魔剣。
その姿は鬼か悪魔か…


「全く…厄日だな今日は」

「樹は…私が殺したはず…」


彼は、ゆっくりとその歩幅をリデリアに近付けていく。
それと同時に、徐々に殺気立っていくリデリアの姿がある。


「なあリデリア。お前に一つ教えることがあってきた」

「教えたいこと…?」

「俺たちはあの時、確かに協定を結んだはずだ。だけどな…俺はお前の玩具じゃ
ない」

「何が言いたいの?」

「お前の我が侭に付き合わされるのは御免だっていうことだ」

「……………」

「俺がなんで戦うか、なんで此処にいるのか…その由縁を、お前に教えてやる」


放たれた白銀の大剣、禍々しき創造の力を持つ黒の王子。
ただ一つの願いは“家族”の幸せ。

その為には、眼前に立つ的の血さえも消えるまで、ただ戦い続けるしかない。







初めの斬撃は、俺から放たれた重い一撃だった。
リデリアの華奢な身体を引き裂くには充分すぎるまでの一撃は、受け止めたリデ
リアを吹き飛ばすほどのものだった。

追い討ちをかけ、更に次なる斬撃を放つ。


「ねぇ、樹…!!私を殺すの…?」

「違うな…我が侭なお前に、灸を据えてやるだけだ…!!!!」


バルムンクでリデリアのエルドラドを跳ね退け、フラガラッハで肩を突き刺す。

何故だろうか…
今、この瞬間、確実に俺の中に眠る血が濃くなっていくのを感じる。

リデリアの返り血を浴びているから?
それとも“似た者”同士殺し合っているからか。


どちらにせよ、もう、俺がこの瞬間を快感に変化していくのは分かる。


「なあリデリア…お前は何の為に戦う。何の為に…俺を殺した?」

「げほッ…そん、なの…私の…願いの為に、…」

「だから俺を殺したのか…こんな風に」

「……………!!!?!!」


振り上げられたフラガラッハによって、リデリアの左腕は宙に舞った。

流石に化物だろうがなんだろうが痛みがない訳ではない。
左腕が斬り落とされた苦痛で悲鳴すらあげられていない。


「────お前もこんな気持ちだったのか?」


そう、快感なんだ。
他人を斬ることが、血を見ることが、肉を切り裂く感触が…人の死を垣間見る一
瞬が。

全てが俺の力になっていく…


手足は軽い、体調も万全だ…今の俺にマイナスはない。

右手を、前に掲げ、力を籠める。

そうして生まれた魔力の塊はやがて透明の型を造る。
既に頭の中にある構造、俺の力がその見えない骨組みとリンクし、真の姿を見出
す。

破滅、破壊、殺戮、絶望。

高き理想を壊し、更なる上の楽園…理想郷さえ壊した魔剣エルドラド。
神の黒き生き血に浸かり、何千もの時を黒血を吸い続けたただ一つの理想の剣。

掲げれば地は割れ、振れば天は裂け…それを目にしたものは生きて帰れない。

殺人鬼が望み、悪魔が望み、神が望んだ理想の剣。


それが今────俺の手に。


「そんな…エルドラドさえも…貴方は創造できるの…?」

「さすがに…これだけの代物だけのことはあるな…魔力のほとんどは持っていか
れた…」


俺は…その魔剣を掲げた。


「樹…」


ゆっくりと、ソレを振り落とす。


「…ヒトを殺すのに、貴方は笑いながら泣くのね」


リデリアの首の直前で、俺は手を止めた。


「バカな…泣く?なんで…泣くんだ?…くそ、分からない…なんなんだ、この感
覚は」


楽しいんだ、今この瞬間が…嬉しいはずなんだ…リデリアを殺せることが。

だが、頬を伝う涙は確かにある…。


「力を求めよ神の子よ。己が何か力を手にするたびに───一つ心を失っていく
。往く末は修羅の門、生きるもくたばるのもお前自身。ならば何の為に涙を流す
?何の為に…その女を殺す?」

「なに───?」


唐突に響く男の声。
闇から現れたのは…椋だった。


「なぜ…?分からない、哀しいのか楽しいのか…俺は───」

「感情を失ったか」

「どういう…ことだ」


椋は黙ったまま、リデリアの腕を治した。


「その強すぎる力に代償だないとでも思ったか?強大過ぎるお前の力は、お前の
感情や心を徐々に蝕んでいく。───不安定なんだよ、君は」

「心を…蝕む…」


心が冷静さを取り戻したからか、もはやリデリアを殺そうとする意志さえなくな
っていた。

先程までの興奮や快楽は嘘のように、今は落ち着いている。


「よく憶えておいた方がいい…君の最大の敵は人外なんかじゃない…君自身だ」


その一言が、最後の決め手となった。
あやふやなまま終わった今回の出来事は、俺でも親父でもなく…たった一言、椋
の言葉によって幕を閉じた。







父の死と、自分の真実を知った夜のこと、深夜たちがいなくなった川の畔で、俺
とリデリアは欠けた月を見上げていた。


「私ね、少し焦り過ぎてたわ」

「あぁ…俺もだ」

「そういえば、樹が戦う理由をまだ聞けてないわ」

「…簡単だよ。ただ、お前たちの泣いた顔が見たくないだけだ」


二度目の協定。
互いに認め合い、同意した上での握手に、戸惑いはなかった。

感情がなくなるならば、また取り戻せばいい…

欠けた月の光る夜、淡い光りがずっと照らしていた。


to be next