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昔、大切な人を護ろうとした少年は、その小さくて大きい夢に見捨てられた。

荒み、枯れ、己の信じた道を呪うまで肥大した憎しみは、やがてその矛先を自分
の非力さに向けることなった。

ちっぽけ過ぎた自分の力でも出来ることだった筈なのに…自分はどこで間違った
のか?

自分自身でも分からない、そんな些細なことまで、余計に憎しみを膨らませるこ
としかできなかった。

やがて手にするは聖でも魔でもない、人間も、人外さえも超えた混沌の力。

その禍々しいまでの力は心の傷跡を塞ぐには大きすぎたが、彼はようやく間違い
に気づいた。

どうしようもない絶望を見た彼は、どうしようもない壁を登ることを止めて、力
なく項垂れる。
無気力、絶望、渇望…そんな曖昧な心が生み出した結果は────





生きることを、止めてしまうということ。







12月20日。
神経を凍えさせるような気温の今日この頃は、様々な人物に影響を与えることと
なった。

今日から十日前、俺は三年前に逢った殺人姫と呼ばれる吸血鬼のリデリアと再会
した。
感動の再会───とは程遠いその再会は、かなり俺の人生を狂わせたとも言えよ
う。

というか、とうのリデリアはあの一件以来毎日のように事務所や学校帰りの俺を
待ち伏せすることを日課としているようで、ほぼ毎日色んな場所へ連れ出される
始末だ。


「おい」


リデリアにも困ったもので、挙句の果てには家に不法侵入してきた。
幸い志乃に見つかるという惨劇は免れたものの、逆に俺の部屋に入ることを学ん
でしまったようだ。


「おい、聞いてるのか?」

「ん───何か言ったか」

「バカモノ、さっきから上の空だったのはお前だろう、樹」


ああ、そういえば───最近、俺の頭の中はリデリアで侵食されている気がする
な。
振り返れば間違いなくあいつのことばかり考えている。そのことが気に入らない
のか、まだ顔も見たことのないリデリアに対して、禾は文句をよく言っている。


「私は寂しいぞ」

「俺はそうでもないんだがね」

「私を泣かせた男はお前が初めてだ…」


うぅ…と泣き真似をしはじめた我が師匠は、精神年齢こそ高くて低いものの、泣
き真似をされるとかなり困る。
理由なんて簡単だ。年齢はともあれ、彼女の容姿は小学校に通っていてもおかし
くない少女なのだから。


「分かった。じゃあ俺に給料をくれ、したら毎日禾の事を頭の片隅にいれよう」


却下、とでもいうように泣き真似を止めた禾は、溜め息を吐いて作業に戻ってい
った。
禾がふざけている間、黙々と作業を続けていた俺はとっくにやる事を終えており
、暇を持て余していた。


「なんだ、もう終わったのか?暇なら帰ってもいいぞ」

「そうするべきかな…よし、じゃあ家に帰る」

「ふん。正確にはあの女に逢うんだろう?この前待ち伏せされていたな」

「ん?外に出たのか?」

「阿呆め。事務所の目の前に来てたら分かるわ」


黒いブルゾンを羽織った俺は、禾に別れを告げて事務所を出た。
曇った空は、先程まで雪を降らせていたのか鼠色をしていた。

事務所の路地裏から自分の家までの路地裏は、殆ど人がいない。というか、寄り
付けれないらしい。

禾の話しでは、元々この道は霊的なものが住み着いているらしく、余程霊感が強
いやつ以外はこの道に入ろうとさえ思わないとかなんとか。

そして路地裏から十字路に別れ、そのまま直進して坂を登りきれば我が家なのだ
が…丁度電柱にはリデリアがいるだろう。


「なんだ、また来たのか───って、いないな」


珍しいこともあるもんだ、毎日居たリデリアの姿は無く、ただ閑散とした光景が
広がっていた。

いや、ただ、何かが違う。

上着に仕舞ってある刀が、騒いでいる。
白銀の絨毯に、滴り落ちた黒い雫。嫌な予感が一瞬で思考を埋め尽くした。
急いで駆け出した俺は、雪に落ちた黒血の後を居った。

やがて黒血の痕が見えなくなると、そこは工事ビルの地下駐車場に二人の影があ
った。

リデリアと…分からない、とにかく敵のようだ。


「リデリア!!!」

「樹!?どうしてここに」

「理由はいい、怪我はないか?」

「ええ…。擦り傷よ」


リデリアと共に後退すると、目の前の敵は薄ら笑いをしてこちらを見た。
おぞましい…その視線に射抜かれたら最後───とでも言うように、俺の殺気を
蝕んでいく。


「貴方ですか。この前の吸血鬼を倒したのは」

「そうだ。お前も吸血鬼なのか?なら、容赦しない」

「容赦…。なぜ容赦する必要があるんです?私が吸血鬼じゃなかったら手加減を
すると?」


くすくすと笑う女は、白い装束に長い刀を持っている。
間合いは充分だ。逃げられるし、戦うことも出来る。

俺は、後ろに居るリデリアを気にしながらも、懐にある魔斬の刀を取り出し
た。


武器を取る───それは、戦う為の意思。


逃げれるんだ、この敵にはかなわない。逃げればいい───だけど俺は、自分の
力でリデリアを護りたい。

逃げ足だけよくたって、俺は強くならない。
たとえ死んだっていい───実感したいんだ、俺が強くなるのを、俺が───強
いのかを。


「逃げて樹!!!」

「嫌だ!!!」


リデリアの制止を拒否をした時には、既に俺は走りだしていた。

女の喉笛へ刀を滑らせる。
だが、切り裂いたのはただの車。

「避けた───?くそっ、どこだ!!」


見えなかった…女がいつ回避行動を取ったかすら分からない。
もう一つの片手にはフラガラッハを出して、振り向きながら後方を斬る。


「それが、貴方の力ですか」

「………」


上空から見下ろす女は、先程までとは違い、興味をそそられたような眼差しで俺
を見た。
というか、何故空中に待機できる。


「まあいいでしょう。私の名前はカヤと申します。以後お見知りおきを」

「カヤ───か」

「貴方とは良き友人になれそうですね」


さっきとは全く違う、無垢な笑みを浮かべながら降りてきて、手を差し出してき
た。
そんなカヤの表情に拍子抜けしたのか、俺はほぼ無意識にその手を握り返してい
た。


「あったかいですね、貴方の手」

「そうか」

「別に私は貴方の敵ではありません。最も、後ろの女とは多少訳有りですが」


お互いに武器を仕舞うと、握手をほどいて反対方向に歩いていく。


「リデリア、私はしばらく篝り火を追います。貴方もこの街の澱みを一々相手に
しないでくださいね」

「分かっているわよ。でも仕方がないじゃない…それが私の仕事なんだから」

「まあいいでしょう。それでは、また会いましょう」


カヤは地下駐車場を出ていくと同時に、リデリアが俺の傍に来た。
もう傷も治っているようで、余計な心配はいらないようだ。


「さっきのは何だったんだ?」

「あいつはカヤ。ノワールの一人よ」

「ノワールってなんだよ」


固い表情のまま、ゆっくりと口を開いた。
どうやら、リデリアにとってノワールとはあまり良い思い出が無いようだ。

心苦しいが、俺もこんな世界に足を踏み入れたからには知らなければならない。


「Cross Samners Weapon Soldiers(クロスサマナーズウェポンソルジャーズ)と呼
ばれる異端狩りのプロをまとめ、世界に送る組織…それがノワールよ」

「異端…狩り、か」

「ええ。私も昔は、あいつらに狙われたものよ」

「…大丈夫だったのか?」

「さあ。もう忘れちゃったわ」


リデリアはドレスの埃を払うと、地下駐車場を出ていった。
それを俺も追い、隣りに並んで歩いていると、リデリアは口をまた開いた。
普段はよく喋るリデリアをこうまで口を閉ざすとは、余程カヤに逢うのが嫌だっ
たらしい。


「今日のニュース見たかしら」

「いや、今日は事務所に居たからな」

「篝市で先日起きた猟奇殺人事件のことだけど」

「猟奇殺人?」

「ええ。まああらかたどんな奴がやったか想像付くけどね」

「そうか、よかったな」

「あんまり、興味無いみたいね…」

「あたりまえだ、どうせお前はまたこんなろくでもない騒動に首を突っ込もうと
してるんだろ?」


リデリアの話しを一方的に切り上げた俺は、途中のT字路にて違う道を歩いた。
少々遠回りだが、これで確実に家に戻れるだろう。


「ろくでもない、か。貴方にとっては、そうかもしれないけど…。私にとっては
────」


途中、後ろから微かに声がしたが、俺は黙々と歩いた。

我が家に到着したのは、予定より一時間も後のことだった。
巨大な門をくぐるとすぐにラキの姿が見え、リビングへと案内する。


「おかえりなさい、兄さん。詐りの休日は楽しかったかしら?」


リビングに入るな否や、正面の長いテーブルの先で優雅にミルクティーを飲む妹
の深夜(ミヤ)の姿があった。

どうやら、サボりがバレているらしい。
深夜だけではなく、その使用人であるレキまで怒っているようだ。


「ただいま、深夜とレキ。あと、最近はバイトが忙しいんだ。それに、ちゃんと
単位は取ってるしな」

「四日も忙しい日が続くようなバイトでしたら、もう辞めた方がいいんじゃない
かしら?」

「───レキ」

「───」


無視された。どうやら、味方はラキしかいないようだ。
紅茶を淹れにいったラキが戻ってくると、ようやく向かいの二人から敵意が消え
た。


「ラキ、やっぱりお前は俺のメイドで良かった」

「い、樹様…?いきなりそのような事を言われては…」

「ふん…前に居る二人と違ってお前は優秀だからな。家を出ていく時に連れてい
きたいぐらいだ」

「兄さん!!!!」


深夜が勢いよく立ち上がり、テーブルを叩いた。
よく分からないが、深夜はかなり激怒しているようだ。


「深夜───?」

「兄さん、また私を置いて、どこかに行くのですか───」

「なんだ、兄がいないと寂しいのか?」

「なっ!?別に私は兄さんがどこに行こうと…関係…あり、ませんよ」

「照れんなよ」

「早く部屋に戻って下さい!!!」


激しく暴れる妹を余所に俺は紅茶を飲み干して、自室に向かった。
深夜はからかいがいがあるのでついつい怒らせてしまうのだが…ふむ、よく分か
らんが俺をつい包丁で刺しちゃった、とかいう惨劇が起こりえる程必死に怒って
いたな。


「樹様、先程おっしゃっていた出ていくというのは…」

「さあ。まだ分からないよ」

「そう、ですか…」


うつ向くラキの頭を軽く撫で、俺は学校へ行く準備をしはじめた。まだ昼過ぎだ
から、ギリギリ最後の授業ぐらいは出れるだろう。


「学校に行かれるんですか?道中お気を付け下さい」

「あいよ」


さっきまでとは違い雪は降ってなく、ただ気温だけが下がっていく一方だった。
門を出て右に一直線、それだけで繁華街に着き、それから少し歩けば学校だ。

丁度繁華街に着いた時、いつもより騒がしい街中は、何やら警察の近くに色々と
溜まっているようだ。


「おや、君は───」


現場を通り過ぎようとした時に、正面から俺の顔を知った人物が来た。
茶色いカシミアのコートに、くわえ煙草に無精髭。


「西崎 行人…」

「ははっ、そういえばここは篝市か。どうりで、君に遇うわけだね」


へらへらと笑いながら、行人は頭を掻いた。
どうやら、こいつが現場まで来ているということは、交通事故など、そういう生
易しいものではないようだ。


「警察が俺になんの用だ。消えてくれないか」

「いやあ。相変わらず厳しいね季咲くん。別に用ってわけじゃないけど、少し君
の意見を聞きたくてね」

「意見だと?」


行人は路地裏へ続く道を指すと、黙って入っていった。
俺も後に続くと、昼過ぎにも関わらず辺りは暗闇に包まれた。

それと同時に、敏感な鼻をつんざくような匂いが漂ってきた。

「これは…」


喜劇か惨劇か。
踊り疲れた人形は身体中のオイルを撒き散らし倒れていた。その中には…幾つか
“パーツ”が欠けているようだ。

無理矢理取られたように、様々な箇所が引き千切られていた。


「パーティーの後にしては…笑ってないな、こいつら」

「一瞬だ。一人も逃がすことなく、この場に屯っていた学生を全て喰った」

「喰った?」


ああ…よく見れば喰い千切られてるじゃないか。
それと、撒き散らかされた臓腑は食べ残しか。


「だからお前が出てきたのか。もはや、これは人間が成せるものではないからな


「そうだ。異常さ、この空間全てがね」

「俺が犯人だと、言いたいのか…行人」

「君は人喰いじゃない。ただ、君と近い存在だということだけは…確かだ」


首を吊りたくなるような気分にさせるこの匂いの中、行人は俺を見据えた。
俺はこの眼が嫌いだ。大人とか、警察とか関係無い。

ただ、俺のことを分かったような風に見るこの眼が、殺したい程嫌いだ。


「刀、出してるよ」

「────ッ!?」


いつの間にかに、刀を出していたようだ。
刀をしまい、またこの惨劇を見渡した。


「俺とは関係無い。だが、その人外を見つけたらお前は…どうするんだ?」

「君に引き渡すよ。それが僕のやるべきことだからね」

「ふん。その気もないくせに」


あはは、と笑って誤魔化した行人をほおっておいて、俺は急いで学校に向かおう
とした。

その途中、地面に光る物を見付けたので、落とし物を取るフリをした拾っておい
た。







「よう、お久しぶり」

「正貴、たったの四日振りだろう?久しぶりではないだろうが」

「阿呆ぅ。てめーのバイトが忙しいかしらねぇがな、あんま休みまくってると単
位落とすぞ」

「その点は心配しなくていい。伊達に…テスト結果で常に一位を独占している俺
にとっては、単位など安いものだ」


結局、六限目の終わり近くに教室に着いた俺は、扉の前でUターンして屋上に行
った。
偶然、とばかりに正貴は屋上でサボっており、こうしてたわいもない話しをして
いる訳だ。


「そういえば、最近あまり冬夏を見ないな」

「あぁ…そういえば、そうだなぁ。いい加減お前に愛想尽きたんじゃないか?」

「まあ、それならそれでいいけどな…」


未だこべりつく血の匂いに当てられながら、ようやく放課後を迎えた。
結局サボることになったが、俺は構わずに一年の階に向かった。


「冬夏 沙織は居るか」


教室で盛り上がっていた女子の一人を呼び出すと、冬夏が来ているか訊ねた。


「あぁ先輩。委員長なら…二週間ぐらいかな?もう随分と来てませんよ」

「───そうか、手間を掛けたな。ありがとう」

「いえいえ。というか、早く部活に帰ってきて下さいよぉ」


俺は適当な相槌を打つと、一年の廊下を後にした。
玄関口にて、いつか、どこかで見たような人と、俺はすれ違った。


「こんにちは。久しぶりだね、季咲 樹くん」

「誰だっけ…あんた」

「そういえば君と話すことは初めてだったね。君は有名人だから、僕が君を見知
った感覚だったよ。すまないね」


微笑むと、彼はそのまま立ち去っていった。


「……………」


相手にしている暇は無い、今は冬夏が気になる。







「───いない、か」


閑散とした住宅地の端で、俺は冬夏家を訊ねた。
予備鈴を鳴らしても応答は無く、居留守をされている訳でもなさそうだ。


「鍵……は開いてるか」


案の定、家の中に続く扉の鍵は開いていた。
夕陽が差し込む玄関を越えれば、ただ仄暗い家だった。

なんだこりゃ。
それが、俺が思った初めての心境。

リビングに入るとすぐに分かった。
腐敗した肉の臭さと、フローリングの床を黒く染めた血痕。


いやはや、どこかに目のやり場はないものかね。


「……二人分か、これは」


仕方ない、ここに冬夏の死体が無いのならば、自力で探すしかないか。

だがどうやって?
そもそも、見付けてどうなる?

街に蔓延る人喰いの事件、居なくなった後輩。
明らかに面倒事に首を突っ込む羽目になる。

今ならまだ間に合う、今すぐここを出て────


「せん…ぱい…?」

「なにっ!?」


ガサ、とビニール袋を床に落ちる音と共に、冬夏は帰ってきた。


「先輩…遊びに来てくれたんですか?嬉しいなぁ…」

「冬夏…お前、学校はどうした?最近来てないらしいな」

「ずっと、ずっと待ってたんですけど…中々来てくれないから」


目が、死んでる。
既に冬夏の瞳に光は無い。


「そうか。それより、何か作るのか?夕飯の材料だと見たが…」

「はい、えへへ…カレー作るんですよ。先輩にも食べさせたいと思っていたら、
本当に出会えるなんて」


袋を拾うと、バザバサと中身を床に出し始めた。
玉葱に人参…どうやら、思考はともかく記憶は多少まともらしいな。

だが───


「肉がないな」

「お肉ですか?」

「ああ…カレーには欠かせないだろう」

「ふふ…先輩ったら冗談が上手いんですから。お肉でしたら、先輩の後ろにある
じゃないですか」


冗談じゃない。
こんなもん食べたら腹がくだる。

アンゼルを倒した後すっかりこの事件のことを忘れていた。

不覚。
冬夏は目の前に居る…俺をこのまま帰す気はなさそうだ。


「急用を思い出した。俺は帰るぞ、冬夏」

「ダメですよぉ…私のカレー、食べたくないんですか?」

「あいにく腹は減っていない。そこを退け」

「ダメです!だって…この前だって、引き止めたのに…先輩、行っちゃって──
─また明日なって言ったのに、来なくて」


くそっ…冬夏がこんなことになったきっかけは俺にあるのか。


「冬夏!!!」

「────!!?」


机にあったガラス製のコップを床に叩き付けて、俺はまどから飛び出した。
窓から身を乗り出してこちらを見る冬夏は───まるで、助けに来た王子に見捨
てられたような顔をしていた。







2年前の、もう毎日のように雪が降る季節だったろうか…。
毎年、時が過ぎるにつれて居なくなっていく部員を他所に、私は毎日のように誰
もいない部室で料理を作り続けた。

別段、私が料理が上手いというわけではないのだが、誰かに食べさせる喜びを知
った私は、愛着を持った料理部を辞めずに続けていた。
中学2年は一番辛い時期でもあり、一番嬉しい時期だった。

ぐつぐつと煮込む野菜やお肉の、食欲をそそる匂い。
その匂いに釣られてか、扉の音が勢いよく開いた。


「腹が減った。何か食わせろ」


その人は、いきなり入ってきて、まるで自然のように私に命令してきた。
校章が赤かったため、すぐに三年の人だと分かった。


「えと…先輩?まだ、出来てないんですけど…」

「作り途中か。問題ない、出来るまで待とう」


勝手に私が座っていた椅子に腰を降ろし、灰色の空を眺めるように先輩は待って
いた。私の料理を───

何が嬉しかったのか、ついつい微笑んでしまう私の頬を悩ませながら、料理に精
を出した。


「美味いな」

「あ、ありがとう…ございます。先輩…」


約一年と半年。
ようやく、ようやく私の料理を食べてくれた人に、美味しいと言ってもらえた。

一目惚れ、とでもいうのか…その日以来、私は毎日二人分の料理を作り続けた。

あの日起こった奇跡は、私のもの。


それ以来私は、先輩を、季咲 樹を───いつも頭で考えていた。







「へえ。その後輩ちゃんとやらが、この前まで騒がしていた人喰いの正体なのか



夜。
家に帰るつもりもない俺は、禾の事務所に来ていた。

今夜はやけに大人しく人形を造る禾は特に興味は無い、そんな感じで、目をこち
らに向けずに話している。


「────殺すのか?」


不意に、禾はその言葉を放った。

殺す────冬夏を、俺が。


視界がボヤけた。
殺すことに恐怖を感じているのだろうか?
俺は───ただの、人間を。

いや、もう冬夏は人間じゃない…人外なんだ。
だけど俺は───どうしたいんだ。

震えているのか、奮えているのか────人外を狩る、それは俺がすべきこと。

だけど俺は───



「───何を悩む。樹、お前は…私の弟子だろう?」



ふと、俺の身体が、シルクのドレスに包まれた。
禾が励ましてくれているのか、さっきまで黙々と作業を続けていたはずだったが
、今は俺を抱き締めていた。


「───禾?」

「記憶しておけ。己が握るその刃───狩るだけのものではないと」

「────ッ」


どれくらい時が経ったか分からない。禾に抱き締められた安堵感を、俺は、ただ
ただ───味わうだけだった。







贖罪、贖罪、贖罪。
今夜は、止まらない暴食パーティー。
衣装はいらない、招待状もいらない。
ただ、主催者に見つかったら強制参加だ。


今宵の獲物は八人。
夜の外で遊びたいがために、親という規律から脱け出した、しがない子供たち。

少しの抵抗でもみせてくれるとこちらとしても楽しめるのだけど───そんなこ
とを気にしても意味が無い。


「ふふっ………美味しいなぁ」


首のへし折れた少年少女たちを横に吊るしてから、ようやく四人目を食べ終わっ
た。
指にこべり付いた血を舐めとっても、口の中も真っ赤だから拭えない。


「今晩は。お食事中悪いけど、少し私に付き合ってもらえる?」


カンカンカンカン、電車が真上を通る中、漆黒の世界に不釣り合いな金色が目に
止まる。


「貴女はだれ?」

「私の名前はリデリア。そうね、ただのしがない異端狩りよ」

「異端───狩り……」


いくら壊れてしまった私でも、この人を見れば分かる。
身体中のシグナルがアラートを鳴らしていた。


「もう、貴女の罪は肥大しすぎたわ。だから───死んでもらうわ」

「ひっ───!!!」


ピタピタと、血の水面を歩くバケモノ。
その手に握られている細い剣は、恐らく私を突き刺す為だろう。


「さよなら」

「い、いやぁっ───!!」


冷淡に告げられた死の宣告。
そして突き刺された───誰かの身体。







「せん───ぱい」

「怪我、ないな…冬夏」


冬夏が突き刺される直前、俺は手を前に突き出して、リデリアの剣を自分の腕に
貫かせた。


「なんで、邪魔するのよ」

「邪魔───?こいつは俺の獲物なんだ。邪魔してきたのは、そっちだろう…リ
デリア」


リデリアは躊躇いもなく俺の腕から剣を抜いた。


「そう───私のこと、嫌いになったの?」

「違う。確かに俺は、黒血とやらが混じっていて…それに加えて異端狩りだ。だ
がな、俺とお前は狩る主旨が違う」

「何が言いたいの───?」

「俺は、護る為に異端を狩る」

「だからって、その子の罪は消えないわ………!!!」

「ならばその罪さえも、俺が喰らってやる」


その言葉を聞いて、リデリアは目付きが変わった。
冬夏にも、俺にさえも、その明確な殺意が分かる。


「もういい。樹なんて、嫌い」


リデリアは背を向けて、一瞬にして姿を消した。

あいつには悪いことをしたのかもしれない…だが俺は、後ろにいる冬夏を護った
ことを後悔していない。


「先輩、どうしてここに…」

「どうして?お前が呼び寄せたようなものだろう」

「でも…私…私は」

「現時点をもって…俺がこの場で冬夏 沙織を殺した」

「───え?」

「お前の名も、存在も、居場所さえ───俺は全て剥奪する」


未だに電車は音を立てて走り続けている。


「冬夏 沙織は死んだ。今いるお前は───もはや人間じゃない。今回は見逃して
やるから、どこえでも行くがいい」
俺は、冬夏を残して立ち去った。もう俺に出来ることはないからだ。
後はただ、他の異端狩りに見つからないことを祈るだけ。

後ろで、声を殺して泣き続ける冬夏がいる。
抱き締めて慰めてやればいい───だけど、俺がそれをしたら、俺が俺である意
味が無くなってしまう。

だから今は───あいつを見逃すことしか出来ない。


「人喰いは見つかったのかい?樹くん」

「行人か。今回の人喰いは死んだ。お前が追う必要もない」

「………本当に?」

「もう人喰いは起きない」

「なぜ、そう言い切れるんだい?確証でも?」


どこまでも澄んだ雪の夜。
1ヶ月ほど轟いた人喰いの事件は、もう起こらないだろう。

確証?あるわけがない。

ただ、俺はあいつが泣くことが出来たから───そう言えるだけだ。

悲しいから泣けるとか、嬉しいから泣けるとか───そんな立派な感情があるの
なら、まだ心はヒトのままだ。

だから俺は確信した…今宵をもって、パーティーは終わる。


「確証、か。さて、そんなものはなかったかな」

「ほう………」

「冬夏に手を出したら殺す。それだけは、言っておくよ」

「脅迫かい?」

「いいや、忠告だよ。今は気分が良い、この余韻が冷めない内に、帰るとしよう




今日は、俺が何のために戦うのか───それが分かった日でもある。
必ずこの意思を貫くのは無理かもしれない…だが、俺はこの道でしか、何も守れ
ないかもしれないから。


我が運命であるならば、羅刹となりて、修羅を往こう。



to be next