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「魔法少女リリカルなのは~後編~」(2009/01/25 (日) 02:46:10) の最新版変更点
追加された行は緑色になります。
削除された行は赤色になります。
嫌になる程歪んだ世界。
それに、自分の存在を掻き消すように粛正と言う名の想いを刻み付けていく。
汝の名は憎悪。
夜天に舞う、破壊の創造主。
故に、悲しみに暮れ、己の涙と喉を枯らしながら聞こえない悲鳴をあげつづける
。
何を求めているのか?
何を欲しがっているのか?
それさえ分からぬまま、破壊と言う名の喜劇の舞台へ上がる。
喪われた楽園を目指して、その手で友を殺める事になろうとも。
そう、汝の名は憎悪。
夜天に舞う、終焉の使徒。
─The Final Of Fates─
その子供達は特別だった。
誰にも負けず、劣らず、常にトップを走るスーパーエリート。
故に妬まれ、畏れられる。
だけどそんなのはお構い無し。
ただ、このたった一人の親友さえいれば、全て良かった。
たった二人の、終わる事の無い可能性へのチキンレース。
“一緒にこの世界を護る”
とまで約束した仲なのだが、どうやらそれもそろそろ終わりのようだ。
この絶対的なまでの二人だけの争いは終わりを告げる。
ただ次に在るのは、存在(命)を賭けた狂喜のゲーム。
あぁそうさ。
俺達は分かっていた。
こんな関係だからこそ、きっと大人になれば些細なきっかけで衝突する。
性格も真逆の俺達を支えていたのは、その手に握られた剣のみ。
今一度願うならば、この憐れな戦いに、迅速なる終焉を与えて欲しかった。
どうせ止まらない。
だから───
あの時から止めてしまったゲームを、最後にやろう。
さぁ───ラストゲームといこうか…。
▼
もうすぐ、もうすぐ、もうすぐ。
そればかり口走っている男がいた。
薄暗い部屋で明かりも付けずに、眼鏡を掛けて笑っている。
「まさか、まだカーディナルの連中がこんな秘密まで握っていたとはなぁ…はは
はっ」
服は乱れ、顔をはやつれているが、そんな事は気に止めずに膨大な資料を読み漁
っている。
もう準備は整ったというのに、まだ資料を読む必要があるのだろうか。
「さて、準備はとうに出来ている。早く失楽園を開いてしまおう。彼等が来る前
に」
「俺は、あいつらを待つ。最後の晩餐ぐらい、楽しませてやろうじゃないか」
「それは人の優しさかね?」
「いや、ただの偽善だ。もうあの頃には戻れない…だから、後一日、この醜くく
も華やかな世界に別れの言葉を告げる時間ぐらい…なくては哀しいだろう?」
「くくく…」
血が騒ぎ出している。
ジュエルシードのせいだろうか、それとも…俺の中にある見知らぬ化け物の血の
せいなのか。
どちらにせよ、もう人間には戻れないのだから悲しむ必要などない。
俺は、このアンサラーで奴等を葬る。
「失楽園の正式名は、アルハザードと言うらしい」
「なんだそれは」
「さぁ。何しろ今までの人が創り出した歴史の最高の技術が眠っているらしいじ
ゃないか」
どれだけの隠し事をしていたのだろうか、ルーカスは。
いや、それも仕方なかったのかもしれない。
俺とヴィア以外は、皆欠陥品。
やりきれない気持ちの中で、俺は最後の夢を見る───。
▼
「ヴィア!こっち行こうぜ!」
「時間は在るんだ。そう急かすなよ」
カーディナル本部でリベリオンを葬ってから約一日。
最早一刻の猶予も無いのだが、神種実験所に乗り込む前にヴィータとの約束を果
たさなければならない。
その約束とは、“もっと美味いものを食べさせる”というものだった。
今は昼前、日が沈む頃に全て決着を着ける…そういう約束の元、俺とヴィータは
繁華街に来ている。
「なぁなぁ!これなに?」
「それは服屋だな。興味あるのか?」
「だって可愛いじゃん、こういう服」
「まぁ、確かにそうだが…」
いかん。ねだられてる。
俺達は、生きて帰ってこれる保証は無い。
だから、荷物になるような物は避けなければならない。
「よし。これを買ってやろう」
俺は視界に入ったうさぎの髪留めをセットで購入し、ヴィータに渡した。
「あたし、髪結び方よく分からないんだけど」
「ほら、こっちこい」
近くにあったベンチに座らせて、俺はうさぎの髪留めを使い一対の三つ編みにし
た。
「な、なんで出来るんだよ」
「ふん。シャマルがな、いつか女が出来た時にこれぐらいは出来ておけと五月蝿
かったからな」
「女?じゃああたしヴィアの女なのか?!」
「そういう意味じゃないさ」
ちぇ、と舌打ちしてむすっと黙り込むヴィータ。
俺はそれを無視して、ベンチから立ち上がり歩きだす。
「ほら、行くぞヴィータ」
「───女じゃなくてもいいから、手…繋いでいいか?」
「…構わんが」
小さいヴィータが、俺の腕に抱き付いてくる。
さながら、兄と妹といった所だろうな…他人から見たら。
そんな事を言ったら怒りそうだから黙秘だ。
「クレープ、アイス、パフェ、洋菓子類…あらかた食べちまったな」
「全部美味しかった!」
「そりゃ良かった。他に喰いたいもんあるか?」
「ううん…もう、十分だ」
俺は分かった、とだけ言うと、シグナム達の待つ廃屋に向かって歩きだした。
「───ありがとな、ヴィア」
「全く。何泣いてんだよ」
くしゃくしゃと頭を撫でると、腕を掴む力が一層強くなった。
泣いているのを見られたくないのか、堪えているのか。
どちらにしよ、泣く程嬉しかったんならこちらも連れてきた甲斐があったという
ものだ。
「───護る」
「…ん?」
「今度は、絶対ヴィアを護るから」
「───あぁ。期待、してる」
結局、廃屋に着いても涙目は変わらなかった。
少し疲れたのか、ヴィータはソファーで寝ていた。
それを見て、シャマルが毛布を掛けている。
「“母親”タイプかもな」
「だって、こんな子を放っておけないでしょう?今の私と同じ気持ちだから、ヴ
ィアはヴィータちゃんを助けたんじゃないのかしら?」
「…そうだな。同じだよ」
「アンヘルが居なくなったり、カーディナルから反逆者扱いされたりで、とても
悲しかった」
「───あぁ」
「でもね、私幸せだった。アンヘルに斬られた時…本当にもうダメだって思った
けど、きっとヴィアが助けに来るって信じてたから」
「そうか…」
「どんな結末でも…貴方と居た時間は、絶対に忘れないから…」
それだけ言って、シャマルは微笑みながらヴィータを抱き上げ、二階へ上がって
いった。
「ヴィア、少しいいか」
「ザフィーラ、なんだ?」
「なに…最後の決戦の前に、お前と話したくてな」
俺は淹れた紅茶を渡し、窓際に座った。
ザフィーラ、テーブルに腰を掛けている。
「実はな、俺はディメンターじゃないんだ」
「───?」
「俺が獣人、獣になれるのを見て、上官が俺みたいな特殊な奴を区分するのが面
倒だから、と言って勝手にディメンター部隊に入隊させたんだ」
「そうだったのか…」
「俺は…お前やアンヘル達みたいに実験で生まれた訳じゃない。アンヘル程長く
はないが…お前を昔から見てきた。だから、お前が死にそうに辛い苦しみを隠し
ているのも分かる」
「………」
ザフィーラは紅茶を飲み干して、少し黄色くなってきた空を見上げる。
青い髪が、一段と耀いていた。
「お前と出逢えて、良かった。だから、最後になろうとも…俺はお前の信じた道
を歩む。その先に…アンヘルがいてもだ」
ザフィーラは拳を突き出してくる。
俺も拳を出して、ごつん、とぶつけ合った。
ザフィーラはその後何も言わず、いつも通りの顔で外に出ていった。
「主。帰ってきていましたか」
「あぁ、ただいま。シグナム」
シグナムの頭を撫でて、二階へ上がろうとすると、裾を掴んできた。
「なんだ?」
「少し、こちらに来てくれませんか?」
連れられるがままに、俺とシグナムは外に行く。
五分程歩いていくと、小さな湖があった。
小さいながらも、滝もある。
「綺麗な場所だな。ここに何かあるのか?」
「いえ…ただ、少しでも主の緊張を解そうと思いまして」
「そっか…。悪いな、変な気使わせて」
俺とシグナムは少し大きめの石に腰を掛けた。
背中合わせの状態になる。
「私は、ずっと貴方の事を見てきました」
「そりゃあ…俺の魔力から生まれたんだもんな」
「昔から、何も変わらない貴方を…私は───」
シグナムは続きの言葉を出さず、呑み込んだ。
微かに、声が震えているのが分かる。
「なに言おうとしたんだ?」
「───貴方以上の主など居ない、と言おうとしたんです」
誤魔化されたが、あまり追求すると可哀想だ。
それに、その言葉を聞ければ…十分だから。
「ありがとう、シグナム」
「いえ…私如きが生意気な事を言って───んっ」
謙遜するシグナムに多少腹が立った俺は、首筋に軽く噛み付いた。
「人口輸血パックが尽きてな。腹が減った」
「そんな、い、いきなりなんて」
「主に反抗か?」
「い、いえ…」
それから結構血を飲んだ後、気恥ずかしいまま廃屋に帰った。
▼
「じゃあ…行くぞ、皆」
日が沈み、世界は闇に包まれた頃。
最後の戦いに向けて、今、アンヘル達の待つ神種実験所へ踏み入れる。
普段なら居るだろう科学者達の姿はとうに居らず、ただ冷く、静かな空間だった
。
目指すのは、ジュエルシードを保管してある最深部。
「だけどまぁ…よくもこんなに創り出したな」
目の前に居るのは、ロッズが創り出したACやこの実験所の侵入者迎撃用システ
ム、後は…ディメンターだ。
「ここからは二人一組だ、シャマルとザフィーラ。シグナムとヴィータで組め」
「おい、お前はどうするんだ?」
「俺は単独で戦うが…」
「ただでさえ四人同時に戦うと主の魔力消費を悪化させるんです、単独は危険な
ので私達と供に行動して下さい」
「シグナムの言う通りですよ。この人達の相手は私とザフィーラでしますから…
そちらは三人組で先に」
「───分かった。それじゃあ…行くぞ!!!」
掛け声と供に、一斉に己の武器を出して突っ込む。
ザフィーラとシャマルが先方を薙倒し、その作られた道を俺達が突入した。
▼
「どうやら来たようじゃないか、君はどうするんだね?」
「俺は、お前が殺された後にヴィアと戦う」
「ふん。ジュエルシードを取り込めば、ヴィアトリクスにも敗けはしない」
「どうだかな…精々足掻けよ、ロッズ・カルン」
アンヘルは奥の実験室に入っていき、ロッズがジュエルシードの横で、彼等が来
るのを待っていた───
▼
「うぉおッ!!!!」
次々と猛威を振るう敵達を、己の拳で粉砕していく。
敵の砲撃は、シャマルのバリアで防いでいき、攻守供に力のある戦闘だった。
だが、どれだけ力のある攻撃でも、どれだけの力のある防御でも…魔力は尽きる
。
そう、彼等は主であるヴィアの魔力を受け取ってはいなかった。
つまり、シャマルとザフィーラは自らの魔力で戦う為に、ヴィアからの魔力供給
を遮断したのだ。
少しでも、負担を和らげるようにと。
「ち…やっと…いなくなったか…」
「えぇ…これで、おしまいね」
足にも力が入らず、背中合わせに座るシャマルとザフィーラ。
「不思議と、悪い気持ちはしないな」
「…頑張ったから、でしょうね…」
「後は…アイツら次第か」
「ふふ…年輩チームは、幕引きね」
「あぁ…そのようだな」
力なく項垂れる手足、薄れていく意識の中で、微かに差し込む月光を見上げる。
▼
「よく来たねぇ…夜天の氷帝」
「二つ名で呼ぶなよ」
「威勢はいいようだな。そこのヴィータも元気そうじゃないか」
「───ッ!」
ヴィータがロッズを睨んでいる。
余程、憎いのだろう。
そんなヴィータを見て、ロッズは嘲笑う。
「さて…ヴィアトリクス。君は本当に、人の味方をするのかね?」
「あぁ…そうだ」
「ふむ…それだけ聞ければ十分だよ。やはり君とは、相容れぬ定めのようだ」
神種実験所、最深部ジュエルシード保管室謙実験室…そこで待っていたのは、今
までヴィータを実験体として扱ってきたロッズ・カルンだった。
蒼銀に輝く魔石、その横に立つ、最高の知識を持った科学者。
恐らく、アンヘルはこの先に居るだろう。
「さぁ!私の居場所を壊し、私から実験という生き甲斐を奪った貴様等に復讐だ!!!!
」
そう叫び、ロッズはジュエルシードを両手で掴み、自分の胸に強く押し当てた。
ロッズは、直ぐに変化を見せた。
「くる、来る!来い!力だッ!誰にも負けない、神の力!ふははははっ!!」
狂ったように両手を広げて、自己主張するロッズ。
皮膚は割れ、全身が青く、その背中には三対の白い翼。
下半身はジュエルシードの置いてあった中心の床に完全に同化していた。
ジュエルシードと融合した、ロッズ・カルンの誕生である。
「主…」
「分かってるさ。三人で戦おう…奴はあそこから動けない」
「だから、あたしが先にグラーフアイゼンで叩く!」
先に飛び出したのはヴィータだった。
グラーフアイゼンを持ち、疾走する。
「グラーフアイゼン!!!」
ヴィータは小さいハンマーから、巨大な鉄槌へとグラーフアイゼンを変化させて
、ロッズに振り降ろした。
「ぐおッ?!!」
巨大なハンマーによって顔面を潰されるロッズ、それに続き、シグナムもロッズ
に向かい疾走していた。
「紫電───、一閃!!!!」
獄炎を纏ったレヴァンティンが、辺りを巻き込みながらロッズを切り裂いた。
「手応えはあった…!」
「フルンティング!!!」
詠唱を唱え、俺は最後の一撃を放った。
「ヴァリアントダークネス!!!!」
黒いオーラを纏ったフルンティングが、ロッズの腹部を切り裂く。
「やったか?!」
「いや、まだだヴィータ」
「効いていない、という訳ではなさそうだが…全く。ジュエルシードか。ディメ
ンターよりよっぽど化け物だな」
炎が周りを包む中、既に自己修復をしているロッズの姿がある。
切り裂かれた傷口は塞がりはじめ、ヴィータによって粉砕された頭蓋骨は元通り
。
「予想以上だ。ジュエルシード…最高だ!!!」
「避けろ二人供!!!」
「速いっ!?」
「ちぃッ…!」
ロッズの放った無数の触手が突進してくる。
先端は槍のように鋭利で、あの速さなら人の身体など容易貫けるだろう。
「ヴィータ!シグナム!再生する前に叩くぞ!!」
其々触手を避けながら、ヴィータは打撃を、俺とシグナムは斬撃でロッズにダメ
ージを負わせていった。
だが、一向に増え続ける触手と、いくら斬っても再生する奴の身体。
「くそぉ…!どうすりゃいいんだよ」
「主!御無事ですか?!」
「────」
「主…?」
決断しろ。
そう、俺の血が訴えている。
奴を倒すには、もうこれしか無いだろう。
俺は、フルンティングをシグナムに渡した。
「主!なにを?!」
「俺は…“夜天の魔道書”の主なんだ。フルンティングだけが…俺の武器
じゃない!」
俺は夜天の魔道書を呼び出し、魔力を込める。
やがて、魔道書が開き、そこには何かの柄があった。
「来い…!シュベルトクロイツ!!!」
柄を掴み、思い切り引き抜く。
それと同時に、俺は蒼い光りに包まれた。
いつか感じた、優しい風の光り。
シュベルトクロイツと呼ばれたロッド(杖)を引き抜くと同時に、俺には黒い三対
の翼が生えていた。
「貴様───!その姿は」
「これが、夜天の氷帝の真の姿だ…」
「ヴィア…」
「───主!」
シュベルトクロイツを、俺はロッズに向ける。
「奴の動きは俺が止める。その間にやるんだ!」
そう言って、俺は詠唱を始めた。
「仄白き雪の王、銀の翼以て、眼下の大地を白銀に染めよ。来よ、氷結の息吹─
──」
「させるかぁ!!!」
ロッズが、今動かせる触手の全てを、俺に向けて射出した。
だが───
「アーテム・デス・アイセス(氷結の息吹)」
俺に近付いてくる触手、周りの大地、そしてロッズ。
その全てが、一瞬にして氷結する。
「今だ!」
「主から預かったこの血の魔剣で───ッ!」
「終わりにしてやる───グラーフアイゼンッ!」
二人が、同時に凍りついたロッズに向かって走り出す。
「───双竜弐閃・炬(かぎろい)ッ!!!!」
炎を纏うレヴァンティン。
氷を纏うフルンティング。
その二つが、クロスするようにロッズを切り裂く。
「───ギガントッ!ハンマー!!!」
斬り付けられたロッズに、ヴィータの巨大な鉄槌が下る。
それで最後。
ロッズは、遺す言葉も無く消滅した。
「はぁ…はぁ、やった、んだ」
「あぁ───ご苦労だったな、貴様等」
刹那───歓喜に満ちた実験室は、静まりかえる。
理由は、奴が出てきたから。
「久しぶりだな、ヴィア」
「………あぁ」
何も変わらないかつての友の姿がある。
純白のコートに、黒を更に黒くした、憎悪という感情をそのまま剣にしたような
魔剣。
アンサラー(復讐する者)。
フラガラッハという別名もあるらしいそのデバイスは、“終焉の炎王”。
その名の通り、そのデバイスは獄炎を纏う。
炎を巧みに操るアンヘルの姿は、皆から“夜天の炎帝”と呼ばれていた。
「見ろ。天井を。既にアルハザードへの道は開かれた」
「は。行かせねぇよ」
俺はシュベルトクロイツをアンヘルに向けた。
だが、アンヘルは常に嘲笑している。
「“既に道は開かれた”」
アンヘルはアンサラーを掴むと、周りを炎に包みながら神種実験所を破壊してい
く。
やがて現れたのは、上には巨大な満月、下には巨大な魔法陣。
「既に此処は…アルハザードなんだよ」
「な───?」
「ヴィア、どうすんだよ…」
「主…私達にはもう魔力が…」
「分かってる。お前たちは…もう戻れ、シャマルたちも中にいるから」
「でも、それでは主が…!」
「お前たちは俺の中に居る。だから、大丈夫だ」
「ヴィア…」
俺の胸に抱き付いてくるヴィータ。
恥ずかしい気持ちもなく、ただ、俺はヴィータを抱き締めた。
「絶対負けるんじゃねぇぞ…負けたら、承知しないからな…」
「お前は、俺が負けると思ってるのか?」
ヴィータは、首を横に振った。
「あたしたちの主…夜天の氷帝ヴィアトリクス・フロストリアは誰にも負けな
い」
「その通りです。貴方は…誰にも負けない」
意識化していくヴィータとシグナム。
直ぐに夜天の魔道書の中に入っていった。
「分かるよ…お前達の、想い」
「仲間、か」
「───嫉妬か?」
「そうかも、な」
アンヘルは、ロッズから乖離したジュエルシードを自分に吸収した。
ロッズはただの人間だからジュエルシードを制御できなかったが、アンヘルは違
う。
恐らく、ジュエルシードを完璧に制御出来る程の力を今持っている。
アンヘルには、三対の純白の翼。
「なんでお前は、人間の味方なんてするんだ」
「護りたい人がいるから、俺は味方するんだ」
「・・・何故お前はそう平然としていられるんだ!」
巨大な魔法陣は、アンヘルから駄々漏れの魔力に反応して、より一層光りを増し
ている。
恐らくまだこのアポカリプスという魔法が発動するには時間がある。
だから、その前に────
「平然じゃない。俺だって、ディメンターを創り出した奴等が憎いさ」
「だったらなんで」
「俺が憎いのは、カーディナルだけだ。人間全てじゃない」
「お前が何を言っているのか、俺には分からない───!」
「───お前さ、カーディナルだけを憎んでいたのに…いつの間にかに世界を憎
んでるんだな」
「あぁあぁぁぁあッ!!!!」
俺の言葉が釈に障ったのか、アンサラーを構えて走り出す。
「今更言っても遅いけどな…お前なんかとは戦いたくなかったんだよ!」
「黙れ!裏切り者がぁッ!」
激しい重みの斬撃と斬撃が、魔法陣の中心で攻防しあっている。
アンヘルは魔力を集中させて、俺に向かって炎を放つ。
「アブソリュート・ゼロ!!!」
その炎を、相殺魔法で打ち消す。
アンヘルは歯を喰い縛りながら、更なる魔力を纏わせる。
実際、俺には夜天の魔道書のおかげでシャマルやザフィーラなどが使う魔法が有
るため、攻防とも出来る。
だが、魔力量なら、ジュエルシードを取り込んだアンヘルの方が上かもしれない
。
「六迅炎刀!!!」
繰り出された六つの黒炎の刃。
それを俺は対抗する為に、シュベルトクロイツに魔力を込める。
「シュベルトクロイツ、ザンバー(大剣)モード」
先端が十字の形をした杖の先端から、ビーム状の黒い刃を出している。
柄が長い為、刃が巨大な薙刀のようにも見える。
「───紫電、一閃ッ!!!」
こちらも紅い炎を纏い、シュベルトクロイツ・ザンバーモードでアンヘルの刃を
打ち消す。
「───イグニート・インセンディアリー(点火される灼熱)」
アンヘルが放った魔法は、直接攻撃するものではなく、次に使う炎系の魔法の威
力を高める。
“篝火”だ。
「ガーンディーヴァ!!!」
俺も補助魔法を掛け、篝火の侵入を阻止した。
「約束、したのにな」
「───そんなもの、とうの昔に忘れたよ!!!」
「「バニッシュ!!!」」
二人の掛け声と共に、氷の爆発と炎の爆発が起きた。
「懺悔など無駄なんだ!人は、人間はッ!その命で罪を償うべきなんだ!」
「違う!他の人なんか関係無い!!違うディメンターだって、今も普通に生きてる
んだ!その日常を、お前が壊していい権利なんてない!!」
「お前も俺も、この世界さえも!!全部間違ってたんだ!」
「───もう終わりにしよう。俺はお前を止めなくちゃならない、たとえ…殺す
事になったとしても」
距離を取って、お互い出せる最高の魔法を唱える。
▼
約束の言葉は、もう胸のおく底に消えてしまった。
今はもう、互いの思い出も、記憶も分からない。
ただ、こいつを倒す。
という思念のみ。
いつか交わされた約束さえもこの一撃に乗せて。
「アムニペテント・アルヴィリオン!!!」
「アポカリプス!!!」
先に放ったのはヴィア。
後に放ったのがアンヘル。
今持てる全ての魔力を使い、この魔法を放った。
背筋が凍るような程美しい満月の光りと、輝く魔法陣の明かり。
夜天に舞う、二人の反逆者。
何もない世界に、二つの閃光が走る。
互いの名を叫んだ。
それは憎しみからか、悲しみからなのか。
一勝一敗。
夜天に舞う炎帝は、翼を無くし地に落ちる。
「───幾年…幾月時が過ぎようとも…人間がその欲に溺れて同じ過ちを繰り返
すのならば…俺は、何度でも…貴様等を終焉に導く為に姿を現そう…」
「何を、言って…るんだ」
「俺は───こんな所では死なない…」
刹那───ジュエルシードと分離したアンヘルが、詠唱を唱える。
「また逢おう。終局の果てで」
そう言って、消えてしまった。
結局、俺はアンヘルを完全に消しさる事はできなかった。
アンヘルは、自分で自分を封印したんだ、この地に。
“また逢おう”
その言葉が、ずっと頭を横切る。
「───一番、最悪なパターンだな」
「主!!!」
「シグナムか。三人は?」
「眠っています。起きるには、まだ当分先かと…」
「そうか。無事ならいいんだ」
さて、と。
俺も、最後の仕事をしよう。
「なぁシグナム」
「はい」
「俺…良い主になれたかな?」
「貴方以上の主など…居ませんよ」
「そうか…。その言葉、また未来で聞きたいな」
「───主?」
「俺は───今をもって、夜天の魔道書の主を辞める」
「なっ?!」
「全システムは俺に関するデータを削除」
「な、なにをしてるんですか?!全システムの主のデータを消してしまったら、私
達の記憶も────」
「アンヘルはまだ生きている。だから、俺は奴が再び現れるまで…この地に眠る
」
「ならば私達も共に!」
既に、夜天の魔道書は俺に関するデータを消し始めている。
主を失った守護騎士も、実体化出来ずに足下から薄れていく。
「勝手に生み出して勝手に捨てて…無責任だけどさ。生きてれば、必ずお前達を
幸せにしてくれる主が現れるから、それまで…」
不思議と、流れる涙はなかった。それが俺の感情が壊れてしまったわけじゃない
。
ただ、たった少しの間だったけど…世界の誰より大切な存在となった俺の家族が
、未来で幸せな姿を想像すると…泣けるに泣けない。
「───私は、貴方の守護騎士なのに…」
その言葉を最後に、シグナムは夜天の魔道書に戻っていく。
そして───
「俺はただの、バケモノか」
いつか、必ずお前達は幸せになれる。
だから、その未来に向けて…頑張ってくれ。
さぁ、俺も眠ろう。
やがて訪れる、終焉の為に────。
魔法少女リリカルなのは~夜天に舞う反逆者~
Fin。
嫌になる程歪んだ世界。
それに、自分の存在を掻き消すように粛正と言う名の想いを刻み付けていく。
汝の名は憎悪。
夜天に舞う、破壊の創造主。
故に、悲しみに暮れ、己の涙と喉を枯らしながら聞こえない悲鳴をあげつづける
。
何を求めているのか?
何を欲しがっているのか?
それさえ分からぬまま、破壊と言う名の喜劇の舞台へ上がる。
喪われた楽園を目指して、その手で友を殺める事になろうとも。
そう、汝の名は憎悪。
夜天に舞う、終焉の使徒。
─The Final Of Fates─
その子供達は特別だった。
誰にも負けず、劣らず、常にトップを走るスーパーエリート。
故に妬まれ、畏れられる。
だけどそんなのはお構い無し。
ただ、このたった一人の親友さえいれば、全て良かった。
たった二人の、終わる事の無い可能性へのチキンレース。
“一緒にこの世界を護る”
とまで約束した仲なのだが、どうやらそれもそろそろ終わりのようだ。
この絶対的なまでの二人だけの争いは終わりを告げる。
ただ次に在るのは、存在(命)を賭けた狂喜のゲーム。
あぁそうさ。
俺達は分かっていた。
こんな関係だからこそ、きっと大人になれば些細なきっかけで衝突する。
性格も真逆の俺達を支えていたのは、その手に握られた剣のみ。
今一度願うならば、この憐れな戦いに、迅速なる終焉を与えて欲しかった。
どうせ止まらない。
だから───
あの時から止めてしまったゲームを、最後にやろう。
さぁ───ラストゲームといこうか…。
▼
もうすぐ、もうすぐ、もうすぐ。
そればかり口走っている男がいた。
薄暗い部屋で明かりも付けずに、眼鏡を掛けて笑っている。
「まさか、まだカーディナルの連中がこんな秘密まで握っていたとはなぁ…はは
はっ」
服は乱れ、顔をはやつれているが、そんな事は気に止めずに膨大な資料を読み漁
っている。
もう準備は整ったというのに、まだ資料を読む必要があるのだろうか。
「さて、準備はとうに出来ている。早く失楽園を開いてしまおう。彼等が来る前
に」
「俺は、あいつらを待つ。最後の晩餐ぐらい、楽しませてやろうじゃないか」
「それは人の優しさかね?」
「いや、ただの偽善だ。もうあの頃には戻れない…だから、後一日、この醜くく
も華やかな世界に別れの言葉を告げる時間ぐらい…なくては哀しいだろう?」
「くくく…」
血が騒ぎ出している。
ジュエルシードのせいだろうか、それとも…俺の中にある見知らぬ化け物の血の
せいなのか。
どちらにせよ、もう人間には戻れないのだから悲しむ必要などない。
俺は、このアンサラーで奴等を葬る。
「失楽園の正式名は、アルハザードと言うらしい」
「なんだそれは」
「さぁ。何しろ今までの人が創り出した歴史の最高の技術が眠っているらしいじ
ゃないか」
どれだけの隠し事をしていたのだろうか、ルーカスは。
いや、それも仕方なかったのかもしれない。
俺とヴィア以外は、皆欠陥品。
やりきれない気持ちの中で、俺は最後の夢を見る───。
▼
「ヴィア!こっち行こうぜ!」
「時間は在るんだ。そう急かすなよ」
カーディナル本部でリベリオンを葬ってから約一日。
最早一刻の猶予も無いのだが、神種実験所に乗り込む前にヴィータとの約束を果
たさなければならない。
その約束とは、“もっと美味いものを食べさせる”というものだった。
今は昼前、日が沈む頃に全て決着を着ける…そういう約束の元、俺とヴィータは
繁華街に来ている。
「なぁなぁ!これなに?」
「それは服屋だな。興味あるのか?」
「だって可愛いじゃん、こういう服」
「まぁ、確かにそうだが…」
いかん。ねだられてる。
俺達は、生きて帰ってこれる保証は無い。
だから、荷物になるような物は避けなければならない。
「よし。これを買ってやろう」
俺は視界に入ったうさぎの髪留めをセットで購入し、ヴィータに渡した。
「あたし、髪結び方よく分からないんだけど」
「ほら、こっちこい」
近くにあったベンチに座らせて、俺はうさぎの髪留めを使い一対の三つ編みにし
た。
「な、なんで出来るんだよ」
「ふん。シャマルがな、いつか女が出来た時にこれぐらいは出来ておけと五月蝿
かったからな」
「女?じゃああたしヴィアの女なのか?!」
「そういう意味じゃないさ」
ちぇ、と舌打ちしてむすっと黙り込むヴィータ。
俺はそれを無視して、ベンチから立ち上がり歩きだす。
「ほら、行くぞヴィータ」
「───女じゃなくてもいいから、手…繋いでいいか?」
「…構わんが」
小さいヴィータが、俺の腕に抱き付いてくる。
さながら、兄と妹といった所だろうな…他人から見たら。
そんな事を言ったら怒りそうだから黙秘だ。
「クレープ、アイス、パフェ、洋菓子類…あらかた食べちまったな」
「全部美味しかった!」
「そりゃ良かった。他に喰いたいもんあるか?」
「ううん…もう、十分だ」
俺は分かった、とだけ言うと、シグナム達の待つ廃屋に向かって歩きだした。
「───ありがとな、ヴィア」
「全く。何泣いてんだよ」
くしゃくしゃと頭を撫でると、腕を掴む力が一層強くなった。
泣いているのを見られたくないのか、堪えているのか。
どちらにしよ、泣く程嬉しかったんならこちらも連れてきた甲斐があったという
ものだ。
「───護る」
「…ん?」
「今度は、絶対ヴィアを護るから」
「───あぁ。期待、してる」
結局、廃屋に着いても涙目は変わらなかった。
少し疲れたのか、ヴィータはソファーで寝ていた。
それを見て、シャマルが毛布を掛けている。
「“母親”タイプかもな」
「だって、こんな子を放っておけないでしょう?今の私と同じ気持ちだから、ヴ
ィアはヴィータちゃんを助けたんじゃないのかしら?」
「…そうだな。同じだよ」
「アンヘルが居なくなったり、カーディナルから反逆者扱いされたりで、とても
悲しかった」
「───あぁ」
「でもね、私幸せだった。アンヘルに斬られた時…本当にもうダメだって思った
けど、きっとヴィアが助けに来るって信じてたから」
「そうか…」
「どんな結末でも…貴方と居た時間は、絶対に忘れないから…」
それだけ言って、シャマルは微笑みながらヴィータを抱き上げ、二階へ上がって
いった。
「ヴィア、少しいいか」
「ザフィーラ、なんだ?」
「なに…最後の決戦の前に、お前と話したくてな」
俺は淹れた紅茶を渡し、窓際に座った。
ザフィーラ、テーブルに腰を掛けている。
「実はな、俺はガーディアンじゃないんだ」
「───?」
「俺が獣人、獣になれるのを見て、上官が俺みたいな特殊な奴を区分するのが面
倒だから、と言って勝手にディメンター部隊に入隊させたんだ」
「そうだったのか…」
「俺は…お前やアンヘル達みたいに実験で生まれた訳じゃない。アンヘル程長く
はないが…お前を昔から見てきた。だから、お前が死にそうに辛い苦しみを隠し
ているのも分かる」
「………」
ザフィーラは紅茶を飲み干して、少し黄色くなってきた空を見上げる。
青い髪が、一段と耀いていた。
「お前と出逢えて、良かった。だから、最後になろうとも…俺はお前の信じた道
を歩む。その先に…アンヘルがいてもだ」
ザフィーラは拳を突き出してくる。
俺も拳を出して、ごつん、とぶつけ合った。
ザフィーラはその後何も言わず、いつも通りの顔で外に出ていった。
「主。帰ってきていましたか」
「あぁ、ただいま。シグナム」
シグナムの頭を撫でて、二階へ上がろうとすると、裾を掴んできた。
「なんだ?」
「少し、こちらに来てくれませんか?」
連れられるがままに、俺とシグナムは外に行く。
五分程歩いていくと、小さな湖があった。
小さいながらも、滝もある。
「綺麗な場所だな。ここに何かあるのか?」
「いえ…ただ、少しでも主の緊張を解そうと思いまして」
「そっか…。悪いな、変な気使わせて」
俺とシグナムは少し大きめの石に腰を掛けた。
背中合わせの状態になる。
「私は、ずっと貴方の事を見てきました」
「そりゃあ…俺の魔力から生まれたんだもんな」
「昔から、何も変わらない貴方を…私は───」
シグナムは続きの言葉を出さず、呑み込んだ。
微かに、声が震えているのが分かる。
「なに言おうとしたんだ?」
「───貴方以上の主など居ない、と言おうとしたんです」
誤魔化されたが、あまり追求すると可哀想だ。
それに、その言葉を聞ければ…十分だから。
「ありがとう、シグナム」
「いえ…私如きが生意気な事を言って───んっ」
謙遜するシグナムに多少腹が立った俺は、首筋に軽く噛み付いた。
「人口輸血パックが尽きてな。腹が減った」
「そんな、い、いきなりなんて」
「主に反抗か?」
「い、いえ…」
それから結構血を飲んだ後、気恥ずかしいまま廃屋に帰った。
▼
「じゃあ…行くぞ、皆」
日が沈み、世界は闇に包まれた頃。
最後の戦いに向けて、今、アンヘル達の待つ神種実験所へ踏み入れる。
普段なら居るだろう科学者達の姿はとうに居らず、ただ冷く、静かな空間だった
。
目指すのは、ジュエルシードを保管してある最深部。
「だけどまぁ…よくもこんなに創り出したな」
目の前に居るのは、ロッズが創り出したACやこの実験所の侵入者迎撃用システ
ム、後は…ディメンターだ。
「ここからは二人一組だ、シャマルとザフィーラ。シグナムとヴィータで組め」
「おい、お前はどうするんだ?」
「俺は単独で戦うが…」
「ただでさえ四人同時に戦うと主の魔力消費を悪化させるんです、単独は危険な
ので私達と供に行動して下さい」
「シグナムの言う通りですよ。この人達の相手は私とザフィーラでしますから…
そちらは三人組で先に」
「───分かった。それじゃあ…行くぞ!!!」
掛け声と供に、一斉に己の武器を出して突っ込む。
ザフィーラとシャマルが先方を薙倒し、その作られた道を俺達が突入した。
▼
「どうやら来たようじゃないか、君はどうするんだね?」
「俺は、お前が殺された後にヴィアと戦う」
「ふん。ジュエルシードを取り込めば、ヴィアトリクスにも敗けはしない」
「どうだかな…精々足掻けよ、ロッズ・カルン」
アンヘルは奥の実験室に入っていき、ロッズがジュエルシードの横で、彼等が来
るのを待っていた───
▼
「うぉおッ!!」
次々と猛威を振るう敵達を、己の拳で粉砕していく。
敵の砲撃は、シャマルのバリアで防いでいき、攻守供に力のある戦闘だった。
だが、どれだけ力のある攻撃でも、どれだけの力のある防御でも…魔力は尽きる
。
そう、彼等は主であるヴィアの魔力を受け取ってはいなかった。
つまり、シャマルとザフィーラは自らの魔力で戦う為に、ヴィアからの魔力供給
を遮断したのだ。
少しでも、負担を和らげるようにと。
「ち…やっと…いなくなったか…」
「えぇ…これで、おしまいね」
足にも力が入らず、背中合わせに座るシャマルとザフィーラ。
「不思議と、悪い気持ちはしないな」
「…頑張ったから、でしょうね…」
「後は、アイツら次第か」
「ふふ…年輩チームは、幕引きね」
「あぁ…そのようだな」
力なく項垂れる手足、薄れていく意識の中で、微かに差し込む月光を見上げる。
▼
「よく来たねぇ…夜天の氷帝」
「二つ名で呼ぶなよ」
「威勢はいいようだな。そこのヴィータも元気そうじゃないか」
「───ッ!」
ヴィータがロッズを睨んでいる。
余程、憎いのだろう。
そんなヴィータを見て、ロッズは嘲笑う。
「さて…ヴィアトリクス。君は本当に、人の味方をするのかね?」
「あぁ…そうだ」
「ふむ…それだけ聞ければ十分だよ。やはり君とは、相容れぬ定めのようだ」
神種実験所、最深部ジュエルシード保管室謙実験室…そこで待っていたのは、今
までヴィータを実験体として扱ってきたロッズ・カルンだった。
蒼銀に輝く魔石、その横に立つ、最高の知識を持った科学者。
恐らく、アンヘルはこの先に居るだろう。
「さぁ!私の居場所を壊し、私から実験という生き甲斐を奪った貴様等に復讐だ!!!!
」
そう叫び、ロッズはジュエルシードを両手で掴み、自分の胸に強く押し当てた。
ロッズは、直ぐに変化を見せた。
「くる、来る!来い!力だッ!誰にも負けない、神の力!ふははははっ!!」
狂ったように両手を広げて、自己主張するロッズ。
皮膚は割れ、全身が青く、その背中には三対の白い翼。
下半身はジュエルシードの置いてあった中心の床に完全に同化していた。
ジュエルシードと融合した、ロッズ・カルンの誕生である。
「主…」
「分かってるさ。三人で戦おう…奴はあそこから動けない」
「だから、あたしが先にグラーフアイゼンで叩く!」
先に飛び出したのはヴィータだった。
グラーフアイゼンを持ち、疾走する。
「グラーフアイゼン!!!」
ヴィータは小さいハンマーから、巨大な鉄槌へとグラーフアイゼンを変化させて
、ロッズに振り降ろした。
「ぐおッ?!!」
巨大なハンマーによって顔面を潰されるロッズ、それに続き、シグナムもロッズ
に向かい疾走していた。
「紫電───、一閃!!!!」
獄炎を纏ったレヴァンティンが、辺りを巻き込みながらロッズを切り裂いた。
「手応えはあった…!」
「フルンティング!!!」
詠唱を唱え、俺は最後の一撃を放った。
「ヴァリアントダークネス!!!!」
黒いオーラを纏ったフルンティングが、ロッズの腹部を切り裂く。
「やったか?!」
「いや、まだだヴィータ」
「効いていない、という訳ではなさそうだが…全く。ジュエルシードか。ガーディアンよりよっぽど化け物だな」
炎が周りを包む中、既に自己修復をしているロッズの姿がある。
切り裂かれた傷口は塞がりはじめ、ヴィータによって粉砕された頭蓋骨は元通り
。
「予想以上だ。ジュエルシード…最高だ!!!」
「避けろ二人供!!!」
「速いっ!?」
「ちぃッ…!」
ロッズの放った無数の触手が突進してくる。
先端は槍のように鋭利で、あの速さなら人の身体など容易貫けるだろう。
「ヴィータ!シグナム!再生する前に叩くぞ!!」
其々触手を避けながら、ヴィータは打撃を、俺とシグナムは斬撃でロッズにダメ
ージを負わせていった。
だが、一向に増え続ける触手と、いくら斬っても再生する奴の身体。
「くそぉ…!どうすりゃいいんだよ」
「主!御無事ですか?!」
「────」
「主…?」
決断しろ。
そう、俺の血が訴えている。
奴を倒すには、もうこれしか無いだろう。
俺は、フルンティングをシグナムに渡した。
「主!なにを?!」
「俺は…“夜天の魔道書”の主なんだ。フルンティングだけが…俺の武器
じゃない!」
俺は夜天の魔道書を呼び出し、魔力を込める。
やがて、魔道書が開き、そこには何かの柄があった。
「来い…!シュベルトクロイツ!!!」
柄を掴み、思い切り引き抜く。
それと同時に、俺は蒼い光りに包まれた。
いつか感じた、優しい風の光り。
シュベルトクロイツと呼ばれたロッドを引き抜くと同時に、俺には黒い三対
の翼が生えていた。
「貴様───!その姿は」
「これが、夜天の氷帝の真の姿だ…」
「ヴィア…」
「───主!」
シュベルトクロイツを、俺はロッズに向ける。
「奴の動きは俺が止める。その間にやるんだ!」
そう言って、俺は詠唱を始めた。
「仄白き雪の王、銀の翼以て、眼下の大地を白銀に染めよ。来よ、氷結の息吹─
──」
「させるかぁ!!!」
ロッズが、今動かせる触手の全てを、俺に向けて射出した。
だが───
「アーテム・デス・アイセス(氷結の息吹)」
俺に近付いてくる触手、周りの大地、そしてロッズ。
その全てが、一瞬にして氷結する。
「今だ!」
「主から預かったこの血の魔剣で───ッ!」
「終わりにしてやる───グラーフアイゼンッ!」
二人が、同時に凍りついたロッズに向かって走り出す。
「───双竜弐閃・炬(かぎろい)ッ!!!!」
炎を纏うレヴァンティン。
氷を纏うフルンティング。
その二つが、クロスするようにロッズを切り裂く。
「───ギガントッ!ハンマー!!!」
斬り付けられたロッズに、ヴィータの巨大な鉄槌が下る。
それで最後。
ロッズは、遺す言葉も無く消滅した。
「はぁ…はぁ、やった、んだ」
「あぁ───ご苦労だったな、貴様等」
刹那───歓喜に満ちた実験室は、静まりかえる。
理由は、奴が出てきたから。
「久しぶりだな、ヴィア」
「………あぁ」
何も変わらないかつての友の姿がある。
純白のコートに、黒を更に黒くした、憎悪という感情をそのまま剣にしたような
魔剣。
アンサラー(復讐する者)。
フラガラッハという別名もあるらしいそのデバイスは、“終焉の炎王”。
その名の通り、そのデバイスは獄炎を纏う。
炎を巧みに操るアンヘルの姿は、皆から“夜天の炎帝”と呼ばれていた。
「見ろ。天井を。既にアルハザードへの道は開かれた」
「は。行かせねぇよ」
俺はシュベルトクロイツをアンヘルに向けた。
だが、アンヘルは常に嘲笑している。
「“既に道は開かれた”」
アンヘルはアンサラーを掴むと、周りを炎に包みながら神種実験所を破壊してい
く。
やがて現れたのは、上には巨大な満月、下には巨大な魔法陣。
「既に此処は…アルハザードなんだよ」
「な───?」
「ヴィア、どうすんだよ…」
「主…私達にはもう魔力が…」
「分かってる。お前たちは…もう戻れ、シャマルたちも中にいるから」
「でも、それでは主が…!」
「お前たちは俺の中に居る。だから、大丈夫だ」
「ヴィア…」
俺の胸に抱き付いてくるヴィータ。
恥ずかしい気持ちもなく、ただ、俺はヴィータを抱き締めた。
「絶対負けるんじゃねぇぞ…負けたら、承知しないからな…」
「お前は、俺が負けると思ってるのか?」
ヴィータは、首を横に振った。
「あたしたちの主…夜天の氷帝ヴィアトリクス・フロストリアは誰にも負けな
い」
「その通りです。貴方は…誰にも負けない」
意識化していくヴィータとシグナム。
直ぐに夜天の魔道書の中に入っていった。
「分かるよ…お前達の、想い」
「仲間、か」
「───嫉妬か?」
「そうかも、な」
アンヘルは、ロッズから乖離したジュエルシードを自分に吸収した。
ロッズはただの人間だからジュエルシードを制御できなかったが、アンヘルは違
う。
恐らく、ジュエルシードを完璧に制御出来る程の力を今持っている。
アンヘルには、三対の純白の翼。
「なんでお前は、人間の味方なんてするんだ」
「護りたい人がいるから、俺は味方するんだ」
「・・・何故お前はそう平然としていられるんだ!」
巨大な魔法陣は、アンヘルから駄々漏れの魔力に反応して、より一層光りを増し
ている。
恐らくまだこのアポカリプスという魔法が発動するには時間がある。
だから、その前に────
「平然じゃない。俺だって、ガーディアンを創り出した奴等が憎いさ」
「だったらなんで」
「俺が憎いのは、カーディナルだけだ。人間全てじゃない」
「お前が何を言っているのか、俺には分からない───!」
「───お前さ、カーディナルだけを憎んでいたのに…いつの間にかに世界を憎
んでるんだな」
「あぁあぁぁぁあッ!!!!」
俺の言葉が釈に障ったのか、アンサラーを構えて走り出す。
「今更言っても遅いけどな…お前なんかとは戦いたくなかったんだよ!」
「黙れ!裏切り者がぁッ!」
激しい重みの斬撃と斬撃が、魔法陣の中心で攻防しあっている。
アンヘルは魔力を集中させて、俺に向かって炎を放つ。
「アブソリュート・ゼロ!!!」
その炎を、相殺魔法で打ち消す。
アンヘルは歯を喰い縛りながら、更なる魔力を纏わせる。
実際、俺には夜天の魔道書のおかげでシャマルやザフィーラなどが使う魔法が有
るため、攻防とも出来る。
だが、魔力量なら、ジュエルシードを取り込んだアンヘルの方が上かもしれない
。
「六迅炎刀!!!」
繰り出された六つの黒炎の刃。
それを俺は対抗する為に、シュベルトクロイツに魔力を込める。
「シュベルトクロイツ、ザンバー(大剣)モード」
先端が十字の形をした杖の先端から、ビーム状の黒い刃を出している。
柄が長い為、刃が巨大な薙刀のようにも見える。
「───紫電、一閃ッ!!!」
こちらも紅い炎を纏い、シュベルトクロイツ・ザンバーモードでアンヘルの刃を
打ち消す。
「───イグニート・インセンディアリー(点火される灼熱)」
アンヘルが放った魔法は、直接攻撃するものではなく、次に使う炎系の魔法の威
力を高める。
“篝火”だ。
「ガーンディーヴァ!!!」
俺も補助魔法を掛け、篝火の侵入を阻止した。
「約束、したのにな」
「───そんなもの、とうの昔に忘れたよ!!!」
「「バニッシュ!!!」」
二人の掛け声と共に、氷の爆発と炎の爆発が起きた。
「懺悔など無駄なんだ!人は、人間はッ!その命で罪を償うべきなんだ!」
「違う!他の人なんか関係無い!!違うガーディアンだって、今も普通に生きてる
んだ!その日常を、お前が壊していい権利なんてない!!」
「お前も俺も、この世界さえも!!全部間違ってたんだ!」
「───もう終わりにしよう。俺はお前を止めなくちゃならない、たとえ…殺す
事になったとしても」
距離を取って、お互い出せる最高の魔法を唱える。
▼
約束の言葉は、もう胸のおく底に消えてしまった。
今はもう、互いの思い出も、記憶も分からない。
ただ、こいつを倒す。
という思念のみ。
いつか交わされた約束さえもこの一撃に乗せて。
「アムニペテント・アルヴィリオン!!!」
「アポカリプス!!!」
先に放ったのはヴィア。
後に放ったのがアンヘル。
今持てる全ての魔力を使い、この魔法を放った。
背筋が凍るような程美しい満月の光りと、輝く魔法陣の明かり。
夜天に舞う、二人の反逆者。
何もない世界に、二つの閃光が走る。
互いの名を叫んだ。
それは憎しみからか、悲しみからなのか。
一勝一敗。
夜天に舞う炎帝は、翼を無くし地に落ちる。
「───幾年…幾月時が過ぎようとも…人間がその欲に溺れて同じ過ちを繰り返
すのならば…俺は、何度でも…貴様等を終焉に導く為に姿を現そう…」
「何を、言って…るんだ」
「俺は───こんな所では死なない…」
刹那───ジュエルシードと分離したアンヘルが、詠唱を唱える。
「また逢おう。終局の果てで」
そう言って、消えてしまった。
結局、俺はアンヘルを完全に消しさる事はできなかった。
アンヘルは、自分で自分を封印したんだ、この地に。
“また逢おう”
その言葉が、ずっと頭を横切る。
「───一番、最悪なパターンだな」
「主!」
「シグナムか。三人は?」
「眠っています。起きるには、まだ当分先かと…」
「そうか。無事ならいいんだ」
さて、と。
俺も、最後の仕事をしよう。
「なぁシグナム」
「はい」
「俺…良い主になれたかな?」
「貴方以上の主など…居ませんよ」
「そうか…。その言葉、また未来で聞きたいな」
「───主?」
「俺は───今をもって、夜天の魔道書の主を辞める」
「なっ?!」
「全システムは俺に関するデータを削除」
「な、なにをしてるんですか?!全システムの主のデータを消してしまったら、私
達の記憶も────」
「アンヘルはまだ生きている。だから、俺は奴が再び現れるまで…この地に眠る
」
「ならば私達も共に!」
既に、夜天の魔道書は俺に関するデータを消し始めている。
主を失った守護騎士も、実体化出来ずに足下から薄れていく。
「勝手に生み出して勝手に捨てて…無責任だけどさ。生きてれば、必ずお前達を
幸せにしてくれる主が現れるから、それまで…」
不思議と、流れる涙はなかった。それが俺の感情が壊れてしまったわけじゃない
。
ただ、たった少しの間だったけど…世界の誰より大切な存在となった俺の家族が
、未来で幸せな姿を想像すると…泣けるに泣けない。
「───私は、貴方の守護騎士なのに…」
その言葉を最後に、シグナムは夜天の魔道書に戻っていく。
そして───
「俺はただの、バケモノか」
いつか、必ずお前達は幸せになれる。
だから、その未来に向けて…頑張ってくれ。
さぁ、俺も眠ろう。
やがて訪れる、終焉の為に────。
魔法少女リリカルなのは~夜天に舞う反逆者~
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