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浄土真宗一の会 教学テキスト 真宗学1号 問6


問
 親鸞聖人が信心決定された歳とそれを記した御文と出典を書きなさい
答
 ○二十九才
 ○「然るに愚禿釈の鸞、建仁辛酉の暦、雑行を棄てて、本願に帰す。」
                       (教行信証化身土巻)

平成15年3月22日(土) 赤羽会館 7階
教学講義 講師:中根繁会長
この御文は、教行信証の中で仰っているもの。

愚禿釈の鸞の「愚」とは、愚かという事。
「禿」とは、ハゲという事だが、これはハゲという意味で仰っているので
はなく、これも愚かという意味で仰っている。
「釈」とは、釈迦の弟子という事。
「鸞」とは、親鸞というお名前の親の字を略して仰っている。

つまり、「愚禿釈の鸞」とは、愚かな愚かな釈迦の弟子の親鸞という事。

「建仁辛酉の暦」というのは、年号の事で、聖人が29才の御年にあた
る。

「雑行」とは、2つの意味がある。1つには、五雑行。もう1つは、自分
のやった善で「これだけ善い行ないをすれば、助かるに間違いない」と自
分の善行をあて力にする心を言う。

この自分の善行を以って助かろうと思う心が有る限りは、阿弥陀仏に救っ
て頂けない。求道をするというのは、自分の善行をあて力にする心を、い
かにして捨てるかという問題に挑む事を言う。

「五雑行」というのは、真宗学4号の問19に載っている。これは、阿弥
陀仏以外の仏・菩薩・神々に向かってはいけないという事。

五雑行は捨て易い。ところが、年を取ると、捨て易い五雑行も中々捨てら
れなくなるので、「仏法は若き時に嗜め」と言われる。

世間の本は、この雑行について、これ程詳しくは説明されていない。

聖人が、ここで仰っているのは、自分の善をあて力にして助かろうとする
心の方である。

この心が問題なるのは、信心決定する直前の信心の白兵戦に至った頃。

このぐらい必死になっている人は、何とかして助かろうとするので、歎異
抄を読んでしまうと「ただ念仏して弥陀に助けまいらすべし」という御文
に感動して念仏信心に陥ってしまう。

歎異抄は、「ただ念仏して」と、念仏信心が多々説かれている。その歎異
抄を読んで「あー、ただ念仏してであったか・・・」と、どっこいしょし
てしまう。

どっこいしょさせるのは簡単な事。

親鸞会の会長をしている高森顕徹は、昔、浄土真宗華光会という会の創成
期に所属していた。この華光会は、どっこいしょの信心を造って、それを
「信心決定」と言う団体である。華光会を創ったのは、増井悟朗という男
だが、この男は、高森顕徹が華光会に所属していた時代に、共に布教に励
んでいた布教仲間であり、高森を華光会に誘った人である。

高森が、華光会時代に活動していた様子は、華光会の発行している書籍に
いろいろと載っている。彼は、増井と共に師と仰いでいた「伊藤康善の著
書『仏敵』によって導かれた」と言い、その『仏敵』を多くの人々に勧め
ていた。また、増井たちと一緒にある村へ布教に行くと、一晩で20人、
30人を信心決定させたという。ところが、暫くして隣の寺に信仰を攻撃
されると、高森たちが信心決定に導いた人たちの信仰の火が消えてしまっ
たという。

彼らは、少し感情の起伏が起こると、それを側で見ていて「それが信心決
定だ。良かったねぇ。」と言って褒める。そうすると、褒められた本人は
「信心決定した」と思い込んでしまって、どっこいしょの信心を持ってし
まう事になる。

このようにして、華光会に所属していた頃の高森は、人工信心を乱造しま
くっていた。

ところが、実家のある高岡へ戻り、華光会の高岡支部で布教をするように
なると、段々と様子が変わってきたという。

ある時、京都から伊藤康善や増井悟朗が、高森から連絡が来なくなったの
を心配して訪ねて行った事があるらしい。ところが、高森は師匠である伊
藤康善にも、先輩であり法友である増井悟朗にも、一切会おうとしなかっ
たという。

当時の高森にとって、伊藤康善や増井悟朗の存在自体が、疎ましかったの
だろう。もう、自分一人の会として運営して行く事を目論んでいたので、
今更二人に会おうとはしなかった。

実際に、華光会の高岡支部であった会を親鸞会として独立している。

高森は、現在、会員に「華光会は人工的に信心を造り上げている異安心だ
から間違っている」と非難させ、自分も華光会は異安心だと非難してい
る。

高森は、親鸞会を立ち上げた後も、華光会に寄付金を送っている。

華光会に居る時は、増井たちと布教し、「華光会の信心が正しい」と言っ
ていた上、親鸞会を始めた後も華光会に寄付をしているのに、なぜ非難を
するのか。

現在に至って、華光会を非難するのかというと、人工信心の団体である華
光会に自分が所属していた事がバレそうになってきたり、親鸞会の会員
が、華光会に行くようになってきたので、会員の流出を防ぐ為に非難して
いる。

親鸞会が、華光会に対して様々な攻撃をするので、華光会からは何の反論
もできなくなっている。高森は、過去を隠蔽するだけでなく、非難攻撃を
している。

親鸞会は、人集め、金集めの団体となり、敵対する相手には暴力行為、妨
害行為もする浄土真宗の創価学会となっている。これは、本願寺も「親鸞
会は、浄土真宗の創価学会」と言う。浄土真宗の中の外道である。仏教と
は呼べない。

中根先生は、親鸞会に在籍されている際に、高森のおかしな言行を御覧に
なって「とても善知識などと言って崇める様な男ではない」と批判され、
親鸞会を出て行かれた。

ところが、親鸞会では、中根先生が批判をされた内容は公表されず、「気
違いだから、狂人だったから」という理由で除名した事になっている。

しかし、中根先生は御自身から親鸞会を辞められたのであって、除名をさ
れたのではない。除名というのは、会に在籍したいと望む者に対して、
「お前は会に居させない」と言って追い出す事を言う。

中根先生は、御自身から親鸞会を辞められたのだから、除名にはあたらな
い。

真相は、中根先生が親鸞会を批判して辞めてしまわれたので、体裁を整え
る為に、中根先生の行状が善くなかったので除名にした事にした追っ付け
除名である。

親鸞会では、「教えを捻じ曲げる事以外に除名の理由は無い」と言って来
たし、現在も言っているのに、中根先生の行状を除名の理由だと言って
る。

そして、中根先生が批判して辞められたという事実や内容には一切触れて
いない。

もし、中根先生が批判して辞められたという事を公表したならば、どんな
批判だったのかと内容を説明しなくてはいけなくなるので、中根先生が批
判された事実さえも公表されていない。

親鸞会で中根先生が活躍されている頃は、「鬼の説得」とか「実績が歩い
ている」とか言って呼ばれていた。高森は、説法はそこそこ上手かった
が、布教力は全然ない。だから、「布教の事は、中根くんに聞け」と高森
はよく言っていたらしい。

その為か、高森の息子で当時「2代目を継ぐ」と言われていた光晴や、い
ろんな人が、中根先生に「どうやって布教したらいいか?」と聞いてきた
そう。

ところが、「一旦、親鸞会を批判して辞めると、蛆虫以下の扱いで徹底的
に非難してきた」と仰る。

断食療法。確認。女の布教使。高森の娘のTもやってた。

教行信証の化身土巻は、信前(信心決定する前)の境地が説かれている書
物。

それ以外の教巻・行巻・信巻・証巻・真仏土巻には、信後(信心決定され
た後)の境地が説かれている。仏教は、信後の境地を主に説くもの。

だから、聖人は教行信証の殆どを信後についての説明に費やされている。

「仏教は、実時を問題にすべきではない。仮時を問題にすべきである」と
言われる。

「実時」とは、何時何分何秒という分秒で表す時間を言う。

これに対して、「仮時」とは、蜂に刺されて痛かったとか、柱に頭をぶつ
けて痛かったといった体験の事をいう。

仏教では、「何年何月何日何時何分何秒に信心決定した」といって実際の
時間を問題にはしない。実時を問題にすると異安心につながる。

この実時の問題にしている異安心が、土蔵秘事である。彼らは、「何年何
月何日に信心決定した」という「救われた時刻に覚えがなくてはいけな
い」と主張する。

高森は、説法の中で「18才の時に信心決定した」と何度も言っている。

彼は、思いっ切り実時を言っちゃっている。高森が実時を言いたがるの
は、「自分は18才の時に信心決定した」と言って、信心決定した事を自
慢しているだけ。

また、実時までは言わなくても、信心決定した状況をしきりに言う人が居
る。

例えば、「お勤めの時に信心決定した」とか、「夫婦喧嘩をしている時に
信心決定した」とか言って、どういう状況の時に信心決定したかを問題に
するのも、実時を問題にしているのと心は同じ。

華光会の信心は、これと同じもの。「姑と喧嘩をして怒り狂ったその瞬間
に、地獄往きの我が知られて信心決定した」と言う。

[get5out考察]

世間の本は、この雑行について、これ程詳しくは説明されていない。
この中根氏の発言は、嘘。

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問
親鸞聖人について問う。
(1)出家せられた年
(2)信心決定せられた年
(3)結婚せられた年
(4)三大諍論せられた年
(5)流刑にあわれた年
(6)善鸞を義別された年
(7)亡くなられた年
答
(1)九歳
(2)二十九歳
(3)三十一歳
(4)三十四歳
(5)三十五歳
(6)八十四歳
(7)九十歳
解説
親鸞聖人は今から八百年昔、京都の日野の里に、藤原有範卿を父君とし、
吉光御前を母君として、お生まれになられた。
御幼名は松若丸。範宴、綽空、善信、親鸞とお名前を変えておられる。見
真大師ともいわれている。
・出家――家とは煩悩(五欲)を現わし、出るとは、一切の恩愛を断って
 仏弟子になること。
・信心決定――阿弥陀如来によって、絶対の幸福に救われ、大安心大満足
 の身になった体験をいう。
・三大諍論――親鸞聖人三十四歳の御時、歴史に残る仏法の大きな三つの
 争い。(詳しくは真宗学5号問(16)参照)
・流刑――今日では、無期懲役にあたる。真宗学1号問(5)の理由によ
 り、流刑にあわれた。
・善鸞義別――親鸞聖人八十四歳の時、五十歳になった長男善鸞を勘当な
 された。その理由は、一向専念無量寿仏のお教えをネジ曲げたから。

問
救われたことが凡夫にハッキリすることなんかあるものか、という人に、
ハッキリすることを聖教の文句で三つ以上示せ。
答
・愚禿釈の鸞 建仁辛酉の暦、雑行をすてて本願に帰す。(教行信証)
・われすでに本願の名号を持念す。往生の業すでに成弁することを喜ぶ。(執持鈔)
・他力の信心ということをば、今すでに獲たり、乃至、今こそ明らかに知られたり。(御文章)
解説
・愚禿釈の鸞――親鸞聖人のこと。
・辛――元年。
・酉の暦――三月。
・雑行――自力。
・本願に帰す――阿弥陀仏(他力)に救われた。
・持念――体得して仏凡一対となった。
・往生の業――弥陀の浄土に生まれる働き。
・成弁――満足する。完成する。

問
親鸞聖人が信心獲得されたことを明示する聖教上の証拠を二つ示せ。
答
・愚禿釈の鸞 建仁辛酉の暦、雑行をすてて本願に帰す。(教行信証)
・建仁第一の暦、春の頃、隠遁の志に引かれて源空上人の吉水の禅坊に尋
 ね参りたまひき、真宗の紹隆の大祖聖人ことに宗の淵源をつくし、教の
 理致を極めて、これを述べたまふに、たちどころに他力摂生の旨趣を受
 得し、あくまで凡夫直入の真心を決定しましましけり。(御伝鈔)
解説
・建仁辛酉の暦――聖人二十九歳の時。
・雑行――自力の心。
・隠遁の志――堕落した聖道仏教からのがれたいという気持ち。
・真宗の紹隆――浄土真宗を開顕された。
・宗の渕源――信心決定の体験(註:漢字「渕」ママ)
・教の理致――教学、一切経による裏づけ。
・たちどころに――一念で。
・他力摂生の旨趣――阿弥陀仏の本願の本意、要、摂取して往生させる=
 弥陀の本願。(註:摂・生に○)
・受得――体験すること。
・凡夫直入の真心――凡夫の心、あるがままに、救われる真心=真実信心。

問
浄土真宗の祖師、親鸞聖人について問う。
(1)出家せられた年
(2)信心決定せられた年
(3)結婚せられた年
(4)三大諍論せられた年
(5)流刑にあわれた年
(6)善鸞を義絶された年
(7)亡くなられた年
答
(1)九才
(2)二十九才
(3)三十一才
(4)三十四才
(5)三十五才
(6)八十四才
(7)九十才

問
阿弥陀如来に救い摂られた自らのことを明言
されている、親鸞聖人、覚如上人、蓮如上人
のお言葉と、根拠を示せ。
答
○愚禿釈の鸞、建仁辛酉の暦、雑行を棄てて、本
 願に帰す。          (教行信証)
○われ已に本願の名号を持念す、往生の業すでに
 成弁することをよろこぶ。    (執持鈔)
○他力の信心ということをば今既に獲たり、乃至
 今こそ明かに知られたり。    (御文章)
解説
・持念す――保ち念ずる。
・往生の業――南無阿弥陀仏。
・他力の信心ということをば今既に獲たり、乃至
 今こそ明かに知られたり――救われた人は、いつもそう。
・御文章――御文章5帖目第12通。

問
親鸞聖人が、信心獲得された時のことを明示され
ている御文と根拠を、二つ示せ。
答
○愚禿釈の鸞、建仁辛酉の暦、雑行を棄てて、本願に
 帰す。              (教行信証)
○建仁第一の暦春の頃、隠遁のこころざしにひかれて
 源空上人の吉水の禅坊に尋ね参りたまいき。真宗紹
 隆の大祖聖人ことに宗の淵源をつくし教の理致をき
 わめてこれを述べたまうに、たちどころに他力摂生
 の旨趣を受得し、飽くまで凡夫直入の真心を決定し
 ましましけり。           (御伝鈔)
解説
・雑行――無明の闇。自力。
・隠遁のこころざしにひかれて
 ――本当の幸せを教える、まことの仏教を教える善知識を求めて山から
 隠れ逃れた。
・紹隆――開かれた。
・真宗教証興片州
 片州――日本。
・宗の淵源――体験。
・教の理致――教学。
・たちどころに――一念。
・摂生――がっちり収めとって往生させる。
・旨趣――かなめ。
・他力摂生の旨趣――弥陀の本願。
・直入――一念。

問
 聖人が信心決定された年と御文を書きなさい。出典も。
答
 ○ 二十九才
 ○ 「然るに愚禿釈の鸞、建仁辛酉の暦、雑行を棄てて、本願に帰す。」
                      (教行信証 化身土巻)

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