発売禁止と森戸教授の起訴、出版法と新聞紙法

発売禁止と森戸教授の起訴、出版法と新聞紙法
      一、問題
 帝国大学経済学部教授が、学術研究の結果を発表する機関として新たに発行したる『経済学研究』第一号に掲載されたる、帝国大学助教授森戸辰男氏の「クロポトキンの社会思想の研究」と題する一文は、安寧秩序を紊すものとして、其雑誌第一号は直ちに全部の発売を禁止され、森戸氏は其雑誌の編集兼発行人たる同大学助教授大内兵衛氏と共に、新聞紙法第四十一条の違反として起訴された。との報導を機会に、私は私が平素出版法及び新聞紙法の解釈に付き有する疑問中、新聞雑誌の一部に安寧秩序を紊す事項あるときは、其新聞雑誌全体の発売を禁止し若くは之を差押へ得るや否や、及び出版法第二条但書により学術雑誌として届出たる雑誌の記事が安寧秩序を紊すものなる場合に、其雑誌を新聞紙法により発行すべき雑誌なりとして、之を新聞紙法違反として起訴処罰し得るや否やの問題に付き、茲に少々論じて見たい。従て本論の内容は表題に聊かも関係なく題目は要するに反感狗肉の策である。
      二、発売禁止並に差押に就て
 出版法第十九条には安寧秩序を妨害し又は風俗を壊乱するものと認むる文書図画を出版したるときは内務大臣に於て其発売頒布を禁じ其刻版及印本を差押ふることを得、とあり。新聞紙法第二十三条には内務大臣は新聞紙掲載の事項にして安寧秩序を紊し又は風俗を害するものと認むるときは其の発売及頒布を禁止し必要の場合に於ては之を差押ふることを得、前項の場合に於て内務大臣は同一文書の事項の掲載を差止むることを得、とある。
 右の条文によれば内務大臣の発売禁止又は差押し得べき文書(文書のみに就て云ふ、以下皆同じ)は安寧秩序を紊す(風俗壊乱に就ても同一なれば別に之を論ぜず)事項を掲載したる雑誌(新聞に就ても同一なり)にして、曽て掲載したる事ある雑誌にあらず。故に一旦過激不穏(秩序紊乱と云ふべき)の事項を掲載したりとするも其部分を除去して届出で又は届出後注意を受けて其部分を抜取り又は切去りたる場合は、其残余の不穏にあらざる部分の発売禁止又は差押を為し得ざるは何人も疑なし、果して然らば発売禁止又は差押し得べきは秩序紊乱の事項其物にして其事項を掲載したる雑誌其物にあらず、換言すれば秩序紊乱記事と分つ能はざる文書即ち部分にして他の不穏ならざる部分を包含する雑誌全体にあらず、仮りに然らずとして、法律にある「其の発売頒布を禁じ」を雑誌の発売頒布を禁じと解するときは、出版法の「其の刻版及印本」の其のも、新聞紙法の「之を差押ふることを得」の之をも又同法の「同一主旨の事項の掲載を差止むることを得」の同一主旨の事項も皆雑誌全体の事となる結果、雑誌中の一部、一頁若くは一行が秩序紊乱の記事なる為めに、内務大臣は数百頁の紙型を差押へ又は数百頁の記事掲載差止を為さざるべからざる事となり。如何に特殊国なりと雖も余りに不便不思儀の不都合なりと云はざるべからず。
 読者は此私の明白当然の議論を見ては勢ひ馬鹿と思ふなるべし。然れども馬鹿の元兇は別に存し私は只之を笑ふ大馬鹿たるに過ぎず、当局者は出版法第十九条及び新聞紙法第廿三条を如何に解釈したるものか昔より、一文若く一行に秩序紊乱の記事あるに過ぎざる時と雖も、何々雑誌第何号は安寧秩序を妨害するものと認め何法第何条により其発売頒布を禁じ差押を命ず、と命令し其雑誌全部を差押へ、自費を以て其不穏部分を切取るから残部を返して呉れと、如何に嘆願するも返して呉れない、故に著作家組合は昨冬当局と交渉し、以後は成るべく便宜の取計ひを為すと云ふ事に略了解を得たるも、尚是れ皆恩恵的の処置にして決して権利を認め又は法律解釈を進化したりと云ふにあらず。
 併し私は一旦禁止差押した雑誌を禁止差押の取消又は解除の手続あるにあらずして之を返すは法律を抂げたものだと信ずると同時に、一文一行の為めに全部を禁止し又は之を差押へる事の不当を益々確信する。即ち何々の新聞雑誌第何号は之が発売を禁止し又は差押すと命令すべきものにあらずして、何々雑誌第何号何々の項又は第何頁第何行乃至第何行は之が発売を禁止し又は之を差押すと命令すべきものなる事を確信す。斯くするときは其部分を破棄除去したる雑誌は発売を禁止せられたるものにあらざるが故に差押を受くる危険なく、又其部分を除去せざればとて、差押へられ得べきは其部分に限るを以て、其部分以外の部分は差押を受くるの虞れなし。換言すれば差押官吏は其禁止差押となりたる部分及び其部分と一体を為し分離し得べからざる部分のみを切り抜き又は毟り取りて之を差し押ふべきものと信ず。
 或は、成程其如く解するは別に条文の字句にも差支を生ぜず、法律か発売禁止及差押処分を設けたる主旨にも叶ひ、著作者発行人及び一般読者は至極便利なるも 検閲当局官は禁止差押の為めに一々不穏の箇所を指摘せざるべからず、差押当局者は一々其雑誌の内部をも調査せざるべからずして官吏の不便此上もなく、其威厳を損する事も尠少ならず、故に論者の論は実行不能の論にして採るに足らず。矢張り永年慣行馴致し来りたる如く、検閲官吏が不穏の箇所を指摘するの煩を避くる便宜の為め、及び差押官吏が只表紙を一見するを以て足れりとする便宜の為め、一般人民が其不便を忍ぶを穏当とす。と論ずる事を得べし。然れども這は法律解釈の原理に反する暴論なり。抑々法律は国利民福の為めに存するものなれば其解釈は寧ろ多数国民の為めに便宜の解釈を為さざるべからず、日本と雖も此点に付ては到底特殊国たるの光栄を有せず。然らば本問に於ても亦只一二官人便宜の為めに、理由なく多数国民の権利を蹂躙するが如き解釈を採るべきものにあらず。
      三、起訴処罰に就て
 新聞紙法第一条には、本法に於て新聞紙法と称するは一定の題号を用ひ時期を定めて発行する著作物を云ふ、とある故、所謂雑誌が新聞紙法に所謂新聞紙にして、雑誌は凡て新聞紙法に依り発行し得べき事当然なり。又出版法第二条には、新聞紙又は定期に発行する雑誌を除くの外文書図画の出版は総て此の法律に依るべしと、ある故所謂雑誌は原則として新聞紙法に依て発行すべきものなる事も明なり。然れども其但書には、但専ら学術技芸統計広告の類を記載する雑誌は此法律に依り出版することを得、とあれば、雑誌は、新聞紙法に依りても、又は所謂学術雑誌(技芸、統計、広告の雑誌も同様なり)としても発行する事を得るものとす、而して雑誌を学術雑誌として発行する者は先づ出版法に従ひ発行の日より到達すべき日数を除き三日前に製本二部を添へ内務省へ届出ざるべからず(第三条)此場合若し其雑誌が学術雑誌にあらざるとき、即ち時事の評論其他の掲載により其雑誌が新聞紙法に依るべきものなるときは、出版法第三十四条に、此の法律に依り出版する雑誌にして其の記載の事項第二条の範囲外に渉るときは内務大臣は此法律に依りて出版することを差止むることを得、とあるに従ひ、内務大臣は其差止を為すべきものとす。茲に差止むることを得、とあるは、差止むるも差止めざるも勝手なりと云ふ意味にあらずして、苟も第二条に違反する以上差止めざるべからずとの意なり。右の届出にして差止められざる以上、其雑誌は出版法第二条学術の雑誌にして、出版法に依る発行差支なしと内務大臣より公認せられ其取扱を受けたる訳なれば、其後再び出版法第卅四条の差止ある迄は、出版法により発行し出版法の適用を受くべきものとす。
 然るに、出版法に依れば秩序紊乱の記事に限り、之を処罰する法条なき処より全国の執法当局は学術雑誌として届出で内務大臣が之を認定したる雑誌に、秩序紊乱の記事ある毎に、右の雑誌を出版法に依るべき学術雑誌にあらず、新聞紙法に依り発行すべき新聞紙なれば、新聞紙法を適用すべきものなりとして、新聞紙法違反の起訴処罰を為すを例とす。併し私は何処迄も之れを明白顕著なる法律の大誤解なりと信ずるが故に、多少或は重複の点があるかも知れぬが、左に私が、山川均荒畑勝三氏等の『青服』事件和田久太郎久板卯之助氏等の『労働新聞』事件、大杉栄大石七分氏等の『民衆の芸術』事件、藤田与二神崎儲氏等の『中央公論』転載事件等に於て為したる弁護の要旨「下級判事の下級判決評」の一部を転載して諸者の一覧を乞はんと欲す。
      四、被告無罪の弁護論
       A総論
 本件は難問に富む案件なり雑然として交互に錯綜せる出版法並に新聞紙法の荊棘を開拓して平坦砥の如く本件を決するは到底凡家の企及し得べき処にあらず、然れども又本件が検事論告の如く簡単明瞭の案件にあらざることは、漸く法律の初歩を知り僅かに低能の域を脱したる者の容易に首肯し得る処なり、難きを逃げ易きを言ふて説明を避くるは決して職務に忠実なる勇者の行為にあらずと信ずるを以て弁護人は試に左の問題を解決せん。
       B解釈論
      (一)
 検事は版法二条を無視し恰も同条は紙法により改廃せられたる如く論ずるも、紙法以後の制定に係る予約出版法十三条に『本法は出版法第二条但書に依る雑誌には之を適用せず』とあるに依り同条の改廃せられざるものなる事明なり。
      (二)
 版法二条紙法一条に依れば『専ら学術技芸統計広告の類を記載する雑誌は』紙法及ひ版法に依り出版発行し得る事明なり
      (三)
 版法二条但書立法の精神よりして、茲に所謂『雑誌』とは雑誌型の意にあらず、印刷物の意なる事も亦明なり。
      (四)
 右但書は旧法たる新聞紙条例八条三項『学術技芸統計官令又は物価報告に関する事項のみを記載するものは保証金を積むを要せず』との規定を承継したるものにして特に官令又は物価報告を茲に除外する理由なきと、版法九条列記の印刷物にして学術技芸統計広告中に入らざるものあり、此種のものを紙法に依らしむるべき理由なきとに依り、右但書は例示規定なり。
      (五)
 前述の如く右但書は旧法保証金供託の例外規定を承継したるものなると、現行紙法十二条は保証金を納付する新聞と納付せざる新聞とを『時事に関する事項』の掲載の有無に依て区別したると版法二条但書の所謂学術雑誌の範囲と紙法に所謂無保証新聞との範囲を別々のものとするときは、学術雑誌が紙法に依り保証金を要し時事掲載の新聞紙が版法に依り保証金を要せざる事となる不都合を生ずる事等より推して、紙法の時事無掲載新聞即ち無保証新聞と版法二条但書の所謂『学術雑誌』とは同一物にして、『但専ら云々記載する雑誌』とは『但時事を掲載せざる新聞紙』の意なりと解す。(我国最高の裁判所大審院の判例は之に反し時事を掲載すると否とは但書に更に関係なしと説明す)
      (六)
 第三種郵便物認可規則二条四号の『政事時事農事商事云云等公共の性質を有する事項を報導論議する定期刊行物』著作権法十一条二号の『新聞紙に記載したる雑報及時事の記事』著作物保護萬国同盟条約及び『ベルヌ』修正条約中の『政事上の論説若くは時事の記事及び単に新聞の報導に過ぎざる雑報』等の規定に参酌する時は、政事の論評、新聞の雑報等は必ずしも新聞紙法に所謂時事の事項にあらず、又時事に関する事項を掲載せざる雑誌に掲載すべき事項として示されたる学術統計広告等の如きは全く社会に発生する事件に関係なきものにあらず、故に時事を掲載せざる新聞雑誌とは版法二条但書事項の掲載を主たる目的とする新聞雑誌にして右に関連して多少社会の出来事を報導するも時事を掲載するものにあらず、又時事を掲載する新聞紙とは普通所謂新聞紙の如く主として其時其時の社会の出来事を報導論議する新聞紙なりと解すべきものとす。
      (七)
 紙法二十三条二十四条又は版法十九条二十条に依り大臣が安寧秩序に害ありとして其雑誌の発売を禁止したる場合、其雑誌が安寧秩序に害なきを理由として其禁止に背き其雑誌を発行したるとき、裁判所は其禁止処分の当不当を審査し、紙法三十八条又は版法二十八条の禁止処分違反罪に該当せざるものとして被告に無罪を言渡す事を得ず、蓋し新聞紙法出版法の取締規則なる性質右各条項が単に禁止処分に違反したる点を罰する規定なき事等よりして、右禁止処分は全く内務大臣の自由裁量に任せたるものと解すべく、裁判所は只其処分に違反したる事実に付審査の権あるのみなればなり、然り而して此理は版法三十四条を適用するに当ても同一にして同条に依り或雑誌が版法二条の範囲外に渉りたるものと認められたる場合は、其雑誌が実は二条の範囲内なる事を理由として其処分の不当を楯に尚版法に依拠して出版する事を得ざるものとす詳言すれば此場合版法出版の禁止処分を受けたる者が更に三条の届出を為すも其者は無届出版にして新聞紙法に依り処罰さるべきものとす、既に版法三十四条に所謂「第二条の範囲」が大臣の自由裁量に拠るべきものなりとせば、其第二条但書の範囲即ち『専ら学術云々雑誌』なりや否も亦大臣の認定に俟つべきものなる事論を俟たず。
      (八)
 要するに新聞雑誌は凡て新聞紙法に拠るを原則とし、只時事を掲載せざる新聞雑誌に限り出版法に拠り出版する事を許し、時事を掲載するものなりや否は内務大臣が自由に之を裁量し、其認定の標準は出版法第二条但書に之を規定し認定の時期は第三条に於て届出後発行前三日間なりとし、此期間内に第三十四条に依り出版法出版禁止の処分なきときは、黙示の許可認定ありたるものと見做すべきものとす、従つて出版法の届出を為したりとて第三条所定の三日の期間を待たず発行したるときは第二条に所謂『此法律により出版』したるものに非ざるが故に原則に戻り新聞紙法の適用を受くべく、第十条届出手続省略の許可は発行三日前に見本を提出する手続に及ばずと解すべく、第三十四条の規定は第二条但書と連結して『但専ら学術広告の類を記載する雑誌は此法律に依り出版する事を得と雖も其記載の事項が右の範囲外に渉るときは内務大臣は之を禁止する事を得』と読むべきものとす。
       C結論
 以上の解釈を是認するときは紙法版法の各条は皆生き取締法の性質は発揮され天空飛機を行る如く快刀乱麻を断つ如く法文解釈に何等の困難を感ぜざるの憾は有之と雖も、此事既に法の精神を得たるものと信ず、而して此解釈を本件事案に応用すれば出版法に秩序紊乱記事を罰する規定なき事被告等の或者に犯意なき事本件記事が秩序を紊乱するものに非ざる事及び刑法総則適用の範囲等を論ずる迄もなく被告全部が挙国一致して無罪たるべきは明かなり、然らば被告等が憤慨して本件は同一国家の機関特に『民衆の芸術』に在ては同一裁判所の判検事が、一方に於て馬として取扱ひたるものを一方に於て鹿として取扱ふ『馬鹿判決』なりと洒落れ、頻りに国内の差別取扱撤廃を主張する必要なく、法の威厳も亦毀損せらるるの必要なからん、検事の論告は争ひなき新聞紙法違反事件に就ての論告なり当該官庁に於て出版法上の出版物として取扱ひたる出版物を裁判所に於て新聞紙と認定して之に新聞紙法を適用する事を得るや、即ち出版法第二条三条三十四条と新聞紙法第一条との関係如何の本問に触れず若検事に法律見解あらば敢て与り聴かん。(検事は黙して答へず)
 右第一審(区裁判所)の弁護は遂に何等の功を奏せず、被告は悉く有罪となり被告中の一人は控訴したるも他の被告は悉く裁判なるものに望を属せずと称して控訴することなく之に服したり(尤も右被告事件中、中央公論転載事件は第一審東京地方裁判所にて無罪となりたるものなり)而して控訴審に於ける弁論も亦多少本問に関係あるが故茲に之を転載す
      五、控訴に於ける弁論
 被告供述の如く本件控訴は弁護人の時に被告に依頼したるものなり、弁護人は飽くまで本件の法律上無罪なる事を確信す、併し被告等は又裁判は、警視庁先づ之を立案し検事局は職務上之を裁判所に紹介し裁判所は惟命を奉じて独立の裁判を為すもの、上訴は重きに従つて処断さるべきものなりとの実験的確信を有し、他の被告は挙つて上訴権を放棄したり、弁護人も亦思想問題等に関する案件にあつては、心理学上明かに証明されたる如く、壮者の心理改新の趣味は到底老者の了解し又は同情すべきものにあらざれば、上訴は却て無益の業たるを信ず、然れども本件は正しく純然たる法律問題なり法律の研究に就て一日の長ある当番は必らずや、内務省に於て出版法の適用を受くる雑誌として取扱はれたる新聞雑誌は偶其記事が出版法第二条但書の範囲外に渉るも裁判所は直ちに之を以て新聞紙なりと認め新聞紙法を適用すべきものにあらずとの理由を以て本件を無罪とせらるる事を確信す。
 検事論告の如く事実錯誤に基く犯意の欠缺を理由として無罪とするときは控訴の目的は遂に画餅に属す、本控訴の目的は只前述の一点を決し以て、曩に原審不当裁判に服し現に執行を終り又は執行中なる他の被告等に対し当局が如何なる処置に出でんとするかを視んと欲するに在り。
 原審公判始末書平然其掲載を敢てせざりしも、弁護人は原審に於て証人を申請し本誌が初号以来内務省に於て出版法に依る出版物として取扱はれたる事の訊問を求め、検事は当審検事と同じく其事実に就て争ひなしとして反対し、裁判所は其必要なしとして却下したり、当審に於ては証拠調の結果幸此点頗る明瞭となりたり、然らば定期刊行物の発行者が有利有便の新聞紙法に拠り得べきに殊更非常の不利不便を隠忍して出版法に従ひ、発行三日前に製本を提出して内務省の検閲を求め普通は発売前に発売禁止の処分を為す当局が出版法第三十四条の処分を為さずして暗黙に監督の為め便宜必要なりとして出版法に拠る事を許可したる場合、何故に強て新聞紙法に拠らしむべき必要あるや、此場合新聞紙法に拠るべき必要ありとせば第三十四条の処分を為せば足るにあらずや、此点に於て裁判所が本件を無罪とするも、弁護人は之を以て英断なりとは信ぜず、弁護人の議論が採用されたりとて、弁護人は低能児たるの域を脱したりとの自負心を生ずるに過ぎず、検事の説も一説なりとせば其は畢竟第三十四条を死文空文に帰せしむるに過ぎず、検事が殊更本条の説明解釈を避けたるものにあらずとせば乞ふ其説明を聴かん。(検事は黙して答へず)
 控訴裁判所たる東京地方裁判所刑事第一部は之に対して無罪を言渡し、其判決は検事の上告なく確定せる故、私は之を解して検事局も遂に吾々の説に屈服せるものと信じ大審院検事局に上申し非常上告を以て先に有罪となり服役中の者を助けられん事を求めたるも其容るる処とならざりしのみならず、其後前述の中央公論転載事件に於て同じく第一審として無罪を言渡したる東京地方裁判所第一刑事部の判決に対しては検事より控訴を申立て現に審理中なり。故に本問即ち出版法により届出たる雑誌の記事が秩序を紊す場合之を新聞紙法違反として処罰する事を得るや否やの問題は裁判所に於ては未だ確定したる問題にあらざるも私は何処迄も上級裁判所たる東京地方裁判所の無罪上級判決に左袒する者である。
<山崎今朝弥著、弁護士大安売に収録>
最終更新:2009年10月25日 22:21
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