神様と私


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神様と私
 明治三十五年頃私は牛込榎町辺で鈴木清次郎と呼ぶ、強情大胆横着我儘(それで不思議に女に惚れらるる)の青年と共同生活を営んだ、当時私は司法官試補を辞めて英学校へ通ひ、鈴木君は明治大学へ通つた。寝て居て一年間の炭を買負つたり、炊事が厭で数日間断食の競争をしたり、ラブレターで某大家に騒動を起させたりしたは此時代の事である。
 私は其年渡米し桑港地震と云ふ不思議の縁でケロツグ博士のバトルクリーキ神医大学を出て明治四十年に帰朝後一時博士を祖述し粗食養生、薬物有害を高唱したが、後感ずる処もなく一躍直ちに天下の平弁護士となつた。
 昨年頃余り広告が偉らいので私は遂に、鈴木美山著健全の原理を読んだ、処が所説は恩師ケ博士の論敵クリスチヤンサイエンスの教祖ミセスエデーの日本化であつた。ミセスのサイエンス派は其名に反して非科学的、神秘的、精神治療である、博士の神医学派も其名に反するが故に科学的、自然的、水治療法である。私が彼に行かず是を究めたは此故である。併し聖書的のドグマに拘泥せらるる必要なき我々が二者に脈絡相貫通する一致点ある事を認むるは蓋し難きにあらず、私が美山氏に面会し度くなつたは独り好奇心計りではない。
 名は体を顕はすとは聞いたが、美山氏が我鈴木君に似て居たには驚いた、併し全然別人で無かつたには尚更驚いた。鈴木清次郎君は何時の間にか渡米して、ミセスエデーの許でクリスチヤンサイエンスを研究したのであつた。
 粗食養生、菜食主義、豆腐生活で数年間神様の仲間入を試みた関係から、私の知人名簿には可なり沢山の神様が居る。健全哲学で此処四五年間に約二十萬円の財産を造り、誇大広告詐欺取材で、数十回無罪の裁判を受けた、健全哲学館大学総長、米国哲学博士鈴木美山君の如きも正に其一人である。(健全之日本五巻八号より転載)
<山崎今朝弥著、弁護士大安売に収録>
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