事務所で受けた裁判の要旨

事務所で受けた裁判の要旨
          山崎今朝彌

当所五(上)八七 大審五(れ)一一八三 刑二 言渡六、二二
[事実]
 書記が月を一月間違へたるらしき事件
[理由]
 原判決の採用したる三代川長吉の予審調書は起訴の日たる大正四、七、一九前なる同七、六に作製せられたるものなれば之を断罪の資に供したる原判決は破毀を免れず
[判決]
 案ずるに現行犯の場合を除くの外予審判事は検事の請求あるに非ざれば予審に取掛ることを得ず、訴訟記録に依れば検事の非現行犯なる本件に付大正四、七、一九、予審を求めたること明なるに証人三代川長吉予審調書を見るに前後に存する各予審調書と同じく其冒頭に大正四、七、六・・・訊問を為すこと左の如しと掲げ且其末尾に作成の日として大正四、七、六と記載しあるのみならず、訴訟記録中一も右予審調書が検事の予審請求後の訊問作成に係るものなることを証するに足るものなければ予審判事は検事の予審請求以前に証人を訊問したるものと認むるの外なきを以て其訊問は違法にして其手続の効なかるべく従て同人の調書は違法文書なれば之を採用したるは不法にして破毀を免れず

当所五(上)二〇 大審五(オ)五一一 民一 言渡四、二二
[事実]
 判決事実摘示には「相手方は何々と陳述したり」と判示せるも口頭弁論書には右の記載更になく又特に反対の記載もなし而して判決は此陳述に基き上告人を敗訴せしめたり
[理由]
 原判決は「控訴代理人は第一審証人喜多島伊三郎の供述に係はる甲第一号証中には被控訴人の云ふが如く本件甲第一、二号証を包含し居るに相違なき者供述せり」と判示し之れに基き上告人を敗訴せしめたるも原審口頭弁論調書中には控訴代理人が判示の如き供述をなしたる記載なければ原判決は破毀の不法あり
[判旨]
 原審口頭弁論調書には判示の如き記載なしと雖も原判決事実摘示に上告人所論判示の摘示記載あるに依て看れば上告人は如上判示の趣旨の陳述を為したるものと認むべきを以て本論旨は適法の理由なし

当所五(上)七一 大審五(れ)九三七 刑一 言渡五、三〇
[事実]
 刑訴二〇五の事件に干与したるとは事件に関係の意なるや審理判決に関係するの意なるや
[理由]
 原判決は「被告等より控訴を申立てたるにより当裁判所は検事里村栄蔵干与審理判決すること左の如し」と記載せるも里村検事は第一回公判に立会ひたるのみにて第二回公判に審理を更新したる以後は鈴木検事立会ひたるのみなり
[判旨]
 原審に於ける本件の審理及判決言渡に立会ひたる検事は鈴木賢一郎なること原審公判始末書に徴し明かなるに原判決は事件に干与したる検事の官氏名として同検事の氏名を記載せず反て本件に干与せざる検事里村栄蔵の官氏名を記載したるを以て刑訴二〇五条に違背したる不法あり破毀を免れず
[批評]
 問題を決定せず物足りぬ判決なり

当所四(上)三三六 大審四(オ)一〇〇六 民二 言渡四、二四
[判旨]
 本件に付き大正四、一〇、一二の所謂基本たる口頭弁論調書に依れば其弁論に臨席したる判事は大庭三澤山田の三名なるに拘はらず記録添附の原判決認証謄本に依れば該判決に署名したる判事は大庭三澤西谷の三名なること明なるを以て原判決は不法の裁判なり破毀を免れず

当所五(上)四九 大審四(オ)二五九 民二 言渡五、一一
[事実]
 原判決は「上告人が本件地所に関して第一号証の米及乙第二号証の金員を受取りたることを認めたり」と摘示し之に基き上告人の本件請求を棄却せり
[理由]
 原審口頭弁論調書には被控訴代理人は乙第一二号証は本件地所に付ての米の受取書なることは認むるも云々とありて金員を受取たることを認めたる記載なし然らば原判決は当事者の提出せざる事実に基き裁判したる違法あり
[判旨]
 然れども乙第一二号証の記載に徴するに上告人所論の原審調書記載は上告人に於て本件土地に関し乙第一号証の米及び乙第二号証の金員を受取りたることを認めたる趣旨なりと解するを相当とす故に本論旨は其理由なし

当所五(上)四一 大審五(オ)二二七 民二 言渡五、一一
[事実]
 弁論調書には証拠を提出したる旨記載あるも記録に証拠写の添附なき証拠を採用せり
[理由]
 原判決は本件甲第一号証は被控訴人が控訴人に前□期米取引の取次を依頼し其証拠金を支出するに当り現金の持合せなかりし結果差入れたるものと認め甲第一号証記載の本件消費貸借を完全に成立せしめたるものと認むるを相当とすと判示せるも一件記録中には甲第一号証の原本若しくは謄本存在せざるを以て同号証には果して判示の如き記載あるか否を知るを得ず然らば原判決は結局証拠によらずして妄りに本件債務の成立を確定せる違法の裁判なり
[判旨]
 原審口頭弁論に於て被告人の訴訟代理人が甲第一号証を提出したる旨の記載ありて甲第一号証が原審に提出せられたること明かなるを以て其原本又は謄本の記録中に存在せざるの故を以て提出せられざるものと謂ふを得ざれば本論旨は採るに足らず
[批評]
 其甲第一号証の記載が判示の如くなることは弁論の全趣旨により之を認むることを得る旨を判示せざる本判決は理由不備なり

当所五(上)三六 大審四(オ)一〇六二 民一 言渡五、三〇
[事実]
 上告人は原審に於て「予て銀行に提出し置きたる印鑑と同一印影を押捺したる領収証を受取り預金を払渡したる場合に於ては何人に支払ふも銀行の損失に帰せざる一般商慣習あり」と主張し鑑定の申請をなしたるも費用を予納せず証拠調を為さざる旨の決定を受けたり
[理由]
 原判決に於ては商慣習有無の抗弁の当否に付判断を為さざる不法あり
[判旨]
 其商慣習は原審に於て遂に立証せられざりしこと明白なれば之に関する上告人の主張抗弁は到底維持す可からざるを以て原判文に其抗弁を掲げて判示せざりしとて毫も判決の主文に影響を及ぼすことなし故に本論旨は原判決破毀の理由とならず
<以上は、山崎今朝弥氏が著作者である。>
<旧仮名遣いはそのままとし、踊り字は修正し、旧漢字は適宜新漢字に修正した。>
<底本は、東京法律事務所『東京法律』第24号6頁、大正5年(1916年)10月1日号>
最終更新:2009年11月17日 21:50
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