事務所で受けた裁判(5)

事務所で受けた裁判(5)
          山崎今朝彌

   適用法条を明示せざるも其法条を適用したる事明白なるときは擬律の錯誤にあらず
 原判決は「各被告の所為は選挙法八七条一項一号に該当し被告利吉の所為に付ては刑法五五条を適用し禁錮一月に処す」とあるも刑施法一九条二項を適用し選挙法八七条一項処定の軽禁錮を刑法の刑に変更し禁錮を言渡したること明白なれば其適用法条を明示せざるも違法にあらず(大刑一)

   犯罪の成立に影響なき事項及び犯罪に重要なる事実
 郵便物の発送店及宛名店の場所町名の如きは犯罪の成立に影響なき事項なれば原審公判始末書中右場所町名を被告が供述したる事を見るべき記載なきに拘らず原判決が其判示事実と同趣旨の供述を為したる旨説示したりと雖も之を以て原判決破毀の瑕疵と為らず然れ共本件鉄道貨物引換証に於ける生糸莚包二個の価格が八五〇円なる事は横領行為に関する重要の事実なるに原審公判始末書中被告に於て其八五〇円なる事を供述したる記載なきに原判決が其事実理由中其価額が八五〇円なる旨判示し其証拠理由に被告か原審公廷に於て右判示と同趣旨の供述を為したる旨説示したるは不法なり(大刑二)

   弁論公開を確認し得ざる公判に於て訊問されたる証言は無効なり
 第一審第二回公判始末書を査閲するに弁論を公開したる旨の記載を欠如するを以て其弁論が果して公開せられたるや否を確認するを得ず故に結局公判に於ける訴訟手続は総て違法たるを免れずして該公判に於て為されたる訊問に基く所論証人の供述並に鑑定書も亦無効に帰す従て所論証言及鑑定書を罪証に供せる原判決は不法なり(大刑一)

   判決妥当を欠くは破毀の理由とならず
 上告趣意書第一点原判決に於て「被告は尚犯意を継続して同年八月廿五日頃木村平助より銑鉄十二本を前同様の代価にて間島稲吉の周旋により前同所に於て買受け之を故買したるものなり」と判示せり以上の認定に依れば被告は右十二本の銑鉄が臓品なることを知りたるや否不明なるのみならず仮りに被告に於て或は臓品にあらずやと思念したりとするも該品が果して盗品なりとの事実の認定欠如せるを以て被告を刑法第二百五十六条に問擬したるは正当なりや否を知るを得ず、然らば原判決は事実理由不備の失当あり。
 按ずるに原判決の判示は稍妥当を欠くも所謂「犯意を継続して」とは前段の記載を照合して被告人が臓物なる事実を認識したるに拘はらず之を故買する意思を有したる事を判示したるものと解し得べきを以て本論旨は理由なし。

   確認訴訟の利益
 上告人は係争地所を自己の所有なりと主張し被上告人の所有なることを争ふものなれば此場合に於て所有権の存在を確定するは利益なきものと謂ふ可からざるのみならず確認請求の訴訟に於て係争権利関係を即時に確定するのが利益ありや否は訴の適否に関する問題に非ずして請求の当否に関する問題なれば上告人が本訴確認の請求に付き被上告人に利益なき旨の主張を為さざる本件に於て原審が其旨を説明せずして第一審判決を是認し控訴棄却の判決を為したるは寧ろ正当にして毫も不法なし(大民二)

   法律に反したる行為と事実認定
 明治廿七年二月廿八日勅令第廿二号府県社以下神社の神職に関する件大正二年四月廿一日神職執務規則等に依れば神社の財産は社掌に於て之を管理すべく社掌ならざる者が之を管理する事を得ざるは勿論なるも社掌ならざるものに於て之を管理したる事ある以上裁判所が之を認むるは固より当然にして法律上何等妨あるものに非ず(大民二)

   第二審に於ける代理の追認
 然れども適法の法定代理人に非ざる者が代理人として第一審の訴訟行為を為したる場合と雖も第二審に至り本人又は適法の法定代理人が訴訟手続を受継ぎ追認を為すときは代理の欠缺は補正せらるるものとす(大民三)

   大隅伯と大浦子を無期徒刑に処するは詐偽罪なり
 被告は世人が新聞紙号外は通常新なる出来事にして且つ至急の報道を要する事項を掲載するものなりとの信念を抱き居るを利用して大隅伯と大浦子とは石川県の選挙に干渉したるが故に国民裁判所に於て無期徒刑に処すとの号外を発行し各購読者を欺罔し一枚に付一銭宛を各代金名義の下に交付せしめ之を騙取したるものなれば詐偽罪を以て処断すべき事当然なり(大刑三)

   新聞号外の定義
 新聞の号外なるものは其新聞の当局者が定刊の本紙発行後知り得たる新なる出来事にして報道急速を要し次回の定刊を俟つを得ざる場合に発行せらるるものとす(大刑三)

   新聞紙法と刑法総則
 原判決認定事実を査□するに其第一は被告が届出外の場所に於て判示東京新聞号外を発売したる事実にして第二は該号外を普通の号外と偽り一枚一銭宛にて呼売の方法に依り呼売の名の下に各購買者に交付したる事実なり然らば右発売なる一個の行為は一面新聞紙法に触るべき犯罪たると同時に他面に於ては詐偽罪を構成するものなるが故に被告の虚偽は一個の行為にして数個の罪名に触るるものとし刑法第五十四条第一項前段を適用し処断せざる可からざるに原裁判所は事茲に出でず右第一第二の被告の所為が各独立せる別異の犯罪を組織するものの如く判定し各刑法の当該法条を適用処断するに止め同第五十四条第一項を適用せざりしは擬律を誤りたる失当あり(大刑三)
<以上は、山崎今朝弥氏が著作者である。>
<旧仮名遣いはそのままとし、踊り字は修正し、旧漢字は適宜新漢字に修正した。>
<底本は、東京法律事務所『東京法律』第16号7頁、大正5年(1916年)2月1日号>
最終更新:2009年11月17日 21:24
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