事務所で受けた裁判(4)

事務所で受けた裁判(4)
          山崎今朝彌

   如此は理由齟齬の裁判にして破毀を免れず
 原判決前段に於ては甲が大正二年六月及び十二月の二回に全部之が支払を為したる事実を認め得べしと判示しながら後段に於ては故に甲は大正二年十二月に至り初めて全部を弁済したりと判定せるは前段は大正二年六月に於て其一部を支払ひたる事実を認め後段は其事実を否定したるものにして理由齟齬の不法あり原判決は破毀を免れず(大民一)

   民法八百十三条第五号は同居に堪へざる重大なる侮辱を離婚原因とするものにあらず
 上告人が本訴請求原因の一として上告人が被上告人より同居に堪へざる虐待を受けたること及上告人が被上告人より重大なる侮辱を受けたることを主張したることは明なり然るに原判決の理由を観るに「夫が他の婦女に通ずるは不道徳の行為なること勿論にして事情に依りては妻に対する同居に堪へざる侮辱と為ることなきにあらざるべしと雖も如上認定の事実のみにては未だ上告人に対する同居に堪へざる重大なる侮辱と認むるに足らず」と判示し上告人の右請求の原因として主張したる事実を上告人が被上告人より同居に堪へざる重大なる侮辱を受けたる趣旨なりと誤解し此誤解に基き事実を判定したるものにして上告人の真実に主張したる事実に付ては何等の判断を為さず加之元来民法第八百十三条第五号の規定は同居に堪へざる虐待又は重大なる侮辱を受けたることを規定すれども同居に堪へざる侮辱又は同居に堪へざる重大なる侮辱を受けたることを離婚の原因と認むるものにあらず故に原判決は破毀を免れず(大民二)

   村役場にある村民に関係ある文書と村民の閲覧権
 本件の如き村民に関係を有する旧絵図は特に之を秘すべき正当の理由存せざる限り村長は其村民の申請に因り之が閲覧を許すを当然とす(大民一)

   再審を求むる理由及法律上期間の遵守は本案の弁論と共に成したる場合に於ても之を疏明するを以て足る
 民訴四七七条には・・・事項を疏明す可しとあり同法四七九条には・・・再審を求むる理由及び許否に付き弁論及び裁判を為すことを得云々とあり右両条は共に再審を求むる訴に付き既に口頭弁論の期日を開きたる上其口頭弁論に於て為すべき手続を規定したるものなれば再審を求むる理由及び法律上期間遵守の事実は之に関する弁論を本案に付ての弁論と共に為したる場合と雖も之を疏明するを以て足る従て裁判所は本案の終局判決に於て其旨即ち云々の事実は真実なりと認むと判示すれば足り又疏明なるが故に否認されたる私書証書に基き其主張事実を認定することを得るものとす(大民一)

   誣告罪には申告が当該官吏に配達されたる証拠を要す
 誣告罪は人をして刑事又は懲戒の処分を受けしむる為め不実の事項を申告するに因て成立するものなれば其事項を記載したる書面を郵便に付するも之を当該官吏に配達せしめたる事実なき限り同罪は成立するものにあらず故に該事実は誣告罪の構成要素たるべき事項なるを以て証拠により之を認めたる理由を判決に明示せざるべからず然るに原判決は被告が不実の事を記載したる証第四号及証第六号の書面を郵便に付したるとの証拠を明示せるのみにして之を当該官吏に配達せしめたることに付ては何等の証拠を挙示せすされば該判決は所論の如く証拠に依らずして犯罪の構成要素たるべき事実を認めたる違法あるものにして破毀を免れず(大刑二)

   犯罪の成立には影響なきも犯罪行為に関する重要事実に錯誤あるときは破毀となる
 所論郵便物の発送店及宛名店の場所町名の如きは犯罪の成立に影響なき事項なれば原審公判始末書中右場所町名を被告が供述したることを見らるべき記載なきに拘はらず原判決が其判示事実と同趣旨の供述を為したる旨説示したりと雖も之を以て原判決を破毀するの瑕疵と為すに足らず
 然れども本件鉄道貨物引替証に於ける生糸莚包二個の価格が八百五拾円なることは横領行為に関する重要の事実なるに原審公判始末書中被告に於て其八百五拾円が其事実理由中其価額が八百五拾円なる旨を判示し其証拠理由に被告が原審公廷に於て右判示と同趣旨の供述を為したる旨説示したるは即ち虚無の証拠に依り事実を認定したる不法あるものにして上告は理由あり(大刑二)
<以上は、山崎今朝弥氏が著作者である。>
<旧仮名遣いはそのままとし、旧漢字は適宜新漢字に修正した。>
<底本は、東京法律事務所『東京法律』第13号11頁、大正4年(1915年)10月20日号>
最終更新:2009年11月17日 21:16
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