3.22・心機一転又再転


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心機一転又再転
 僕の腹の底を割れば、分のよい喧嘩を売つて、其喧嘩に勝ちたい、であつた。この喧嘩が僕に分のよいことは誰にもわかる、勝つには僕が無罪になるか、相手を閉口させなくてはならない。相手が取上げないでは喧嘩にならないが、買つて出られた以上、ドーしても無罪になるか又は敵を深く反省させて閉口させなくてはならない。僕の一番希望する処は、僕が弁護士会に対する態度、青木博士高木弁護士事件等で述べた主張でも明かなる如く、敵を閉口させる事である。しかし喧嘩の手段方法は時と人に依つて異る。岸博士等が弁護士会の輿論を作りデモンストレーシヨンなりテストメントなりに出づるは、左程困難の事ではない、表向き運動したら表向き反対する者はあるまい。僕となると聊か趣きが違ふ。弁護士を立派なものエライものだと思ふてる弁護士で、僕の主張に反対しない弁護士はあるまい。弁護士会を我物顔に心得てる弁護士で、僕を憎まない弁護士はあるまい。僕の懲戒を弁護士会の自治に任せたら、恐らく多少の欠席者を除いて、満場一致で除名になるだらう。口では、僕は、検事局や裁判所が僕を目の敵にしているように云ふても、内心実はさうは考へて居らぬ。が、弁護士会ときたら、僕がホントに反感を懐き反逆をしている通り、弁護士会でホントに僕を憎んでもいるに相違ない。
 話しが横道に行きだしたから行を代へて、気を変へる。さて岸博士等が弁護人の五六百人も付けて大に裁判所に反省を促すは、博士等自身にとりて経済上左程苦痛のことではない。が、僕にとつては仮令それが謄写代、弁当代だけの事にしてからが、到底問題にならぬ。写し取りもせず弁当をとも云はなかつたら、あまり良い評判も立つまい。其位なら一ソ他の方法を取つたがよいと云ふ事になる。岸博士等が筆に口に公開演説に、司法官啓蒙運動を起した処で、大して柄にない事だとの非難は受けまい。僕となると、事志と違ひそれが入場料目的の滑稽仕事とトボケルの外はない。そこで僕は止む得ず先づ無罪になる事に決心した。そして私かに江木博士が弁護の際口癖のように、今日の裁判官に低能でないものが何人ありますか、と調戯つたり、又は横山勝太郎君が、判検事は皆んな警察の手先だ、と怒鳴つたり、する事を仕入れた。

 頃は大正十一年四月十日頃、東京控訴院検事局から来てくれと電話があつた。其頃はまだ、懲戒裁判の調は控訴院でやるもので、此前僕が東京地方裁判所の金山季逸検事に調べられたは、検事正がまだ懲戒訴追の申請をしなかつたからだ、といふ法律関係を知らなかつたから、控訴院と聞いて変だとは思つたが、内証らしくもあり、今か今かと待つていた矢先きでもあるから、それに相違ないと予期して行つてみた。
 案の通りさうだつた。若い検事が色々詳しく廻り遠く始末を聴いて書記に調書を作らせた。懲戒裁判開始決定書でみると、この若い検事が三浦検事のようだが、三浦検事を知つてる人からきくと本物とは違ふようにもある。と云ふて代玉だと主張する訳でも、代玉だからとて不足を云ふ訳でもない。が僕の検事は僕ですら、この小僧がと云ひたい位若くて、到底控訴院の次席検事とは思へなかつた。其代りバカに親切気な調子のよい好きな人だつた。しかし、頭脳は全く明敏とは申兼ねる位で、僕は到底我慢しきれずついチヨイチヨイ書記にイラザル口授をした位であつた。
 この前金山検事もさうだつたが、要するに検事は、司法界の一員たる弁護士が、司法界の官吏である官吏に対して裁判の威厳を損するやうな悪口を云つては甚だよろしくないではないか、と謂ふのであつた。僕は悪口は悪い事には極まつてるが、相手が官吏だから司法官だからとて特別に悪いわけはない、弁護士が弁護士の悪口を謂い警察官の攻撃をする以上には悪くはない、と云ふのであつた。検事は又、問題にしているのは私ばかりでないから、どうも問題になると思ふ。しかし、大した事でないからなるべく騒がないで下さい、外の問題と違いコンナ事で懲戒されても格別名誉にも職業にも関係しますまい、との趣旨を云ふた。検事の口振りや態度には、新聞で書き立てられる事や、多数の弁護人でワイワイ騒がれる事が、誠に困ると云つたような様子が、ありありと見へた。僕はすぐいたく検事に同情し、油然と忽然、一方に面白い考が湧くと同時に、此懲戒裁判を略式命令のような工合で簡単秘密に済ませる方法はないかと切り出した、検事は頗る喜んだらしく、公判日に一人で出て弁明だけをし、出るも厭なら弁明書だけを出して済ませれば略式命令よりも簡単ですむ、懲戒裁判は絶対秘密だから、本人以外誰にも知れるものでないと、長たらしく親切に説明し、僕が、ソレナラ僕は、世間では此事件は、本犯が無罪になつたので僕の懲戒も問題にならずに済んだと思ふてるを幸に、弁明書は或は出すかもしれぬが、公判日には欠席し判決がすんで一年も過ぎてから、友人を招待の上報告して真偽を疑せたり迷はせたり、世間をアツと云はせる積りだ、其時を考へると今から愉快で愉快でたまらない、と謂ふと、検事は書記と二人で腹を抱へて大笑ひした。
 今から考へても、僕が自信ある無罪になる方法をやめて、ただ世間をアツと云はせて独り楽しむと云ふ方法に乗りかへたは、僕が検事に同情したからで、決して検事にだまされたとは思はない。が今から理屈を付けてみると、僕がさうなつたにも色々の心理作用がある。
 飽き性でねばりのない僕である、もう心から厭になつてゐたかもしれない。必らず無罪になれる、僕がさう思つたに間違つた試しはない、と思つてる事件だ、欠席しても弁明の仕方で無罪になれないとは限らない。僕として法廷に立つて、マサカ普通の人の真似も出来まい、どういふ態度を採るかと考へるだけでも面倒だ。ナマジツカの弁護をして貰ひ、友人と仲たがいするのも厭だ。高が天井罰金二三十円の事件だ、検事の口振りでも大したものではない、恰度バカに気持のよい若い検事だ、コンナ検事の顔を立てて助けてやれ。其他色々あらうが、検事がバカに僕をほめて、アタマがよいのエライの、裁判所の評判が至極よいのとオダテたのも、恥しながら其一つであつたかもしれない。

 詐欺師の述懐によれば、人を欺すには家の者からだましてかからなければ駄目ださうだ。女房が内のタンスの中にはホントに金の玉があると欺されると、他人もキツト引つかかると云ふ話しだ。よい気持で検事局から帰つた僕は、先づ電話を取次だ関係から心配して、何でした矢張り一件ですかときいた事務員を、一件は一件だつたが、アレはアレでオ仕舞にするから今後をよろしく頼むといふ検事の話であつた、とだました。翌々日だかは、態々大審院閲覧室から司法記者室に行つて、問はれるように仕向けて、問題は既報通り自然消滅になつたとだましてきた。僕は此頃まだ、懲戒裁判に関する規則を少しも調べて居なかつた。
 処が何日であつたか、誰であつたか、この人までダマしては悪いがと思ふ人をだましてきた次の朝、萬朝外三四の新聞に突然前記新聞記事其一の記事が出た。極まりの悪かつたこと、腹の立つたこと。
 一日二日はゴマカシテみたが、ソレからは各新聞が競争で無暗に書くのと、事実が事実だから、秘くし了すべくもなかつた。其中二十日には開始の決定と共に公判期日の呼出もきた。
 それに就てもアノ検事の野郎、小僧のくせによくも僕をだまし居つたな、今に見ろ、覚へて居れ。欺ますならナゼだますような風を初めから見せなかつた、親切らしく見せかけて、人をオダテて、人の同情に乗じて、全く裏切り者だ、寐首掻ぎだ、アノ口調、金山検事の口調ソツクリだつた。オウ金山検事と打合せをした仕事だな、ソレに相違ない。さうだソレなら今の今迄、金山検事を親切者だと考へていたも間違つていたな、アノ時も矢張だましにかかつたのか、俺を調べた翌日金山検事が斬られたから、俺は陰で大に同情もし、心配もしたのに。此問題の判決の裁判長は、此問題が起きる間もなく死んだと聞いて、俺は大に哀悼して居るが、アノ検事に何が起つても俺は少しも悲しむまいぞ。(処が今年になつて三浦検事も頓死したとの新聞があつた。(-此括弧内の頃大正十二年一月追記)俺の処へは毎日の位被告等が、警察でヤラれた、警視庁で無理往生させられた、検事にだまされた、予審判事にゴマカサレたと愬へてくる。俺はソレをキイただけで腹が立つてならないからイツでも、ソンナ物を人間と思ふから悪いのだ、ソンナ物は人間と思はず、路ばたの石コロや畑の唐辛子南瓜が、口を開いてるのだと思へ、彼等の商売は人をだますためにあるのだ、と叱り飛ばしてやる。被告の或者は、警察や裁判所で叱られ、弁護士の処へ行つては又叱られ、ホンに被告は詰らない、と言つたと云ふ。或者は又、裁判所や検事局で怒鳴られるより山崎さんの処で憤られる方が恐いと言つたと云ふ。最後の被告は、敵にだまされた本人より弁護人の方が余分に憤慨して居ると云つた。ソノ俺である、ソノ俺がだまされたとあつては申訳がない、俺にもキツト覚悟がある。

 一時はこうまで考へて独りで頻りに腹を立つてみた。しかし、静かに冷しく考へてみれば、よし検事は自分で洩らさないと約束したとしても、他人の事まで引受けた訳ではなかつた。取調が済めば判事の方へ手続する、判事側の事は検事にどうも出来ない。のみならず、これが一年も二年も何時までも、人に知れずに済むと思ふていたが間違ひだつた。裁判が確定すれば官報に出る規則ではないか。知れるが厭なら、裁判所の書記課に運動しなくてはならなかつた、新聞記者を何とかしなくてはならなかつた、他人がソレをした時俺はソレを憤慨しなかつたか、俺にソレが出来ると思ふか、俺にソノ必要があると思ふか、俺は初めは新聞に騒がれるを望みはしなかつたか、新聞の記事にすることを頼んだ者は俺自身ではなかつたか。何も損をした訳でない、何も腹の立つ事はない。俺は喧嘩が好きに相違ないが、啀み合つたり、感情を害したり、気持を悪くしたり、腹を立てたりして喧嘩をした事はない。又ソンナ事までして喧嘩はしたくない。俺としては只気持よく仲よく面倒なく、和気靄々と反抗を続け強情を張り捨鉢に出て結局勝ちさへすればソレでよいのだ。
 僕は此時から、人にも面倒をかけず損をせず喧嘩に勝つ為め、公判にも出ず弁明もせず、カラカヘるだけカラカつて独りで楽しみ、裁判の結果がどうであらうと少しも困らないような工夫をする事にきめた。前掲チピカルの新聞記事も、後出裁判所への提出書類も皆ソレからの事だ。
<山崎今朝弥著、山崎伯爵創作集に収録>
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