宮地嘉六君と堺利彦君とに与へた公開状を補足す


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宮地嘉六君と堺利彦君とに与へた公開状を補足す
      弁護士 山崎今朝彌
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 僕は「婦人世界」九月号に「宮地嘉六君と堺利彦君とに与へた公開状」を書きましたが、その後、友人たちから、あれはどうも山崎らしくない、米国伯爵らしいところもない、誤字もなければアテ字もない、文法がないでもなし、仮名づかひがないでもない、あれはまるつきり文士か紳士か平民の書いたものだといはれました。それはまだいいとして、理窟一方、裁判上手、法律の名人といはれてゐる僕の書いたものだのに、理窟がなつてをらんといはれては我慢ができません。そんな弁護士に公事訴訟を頼む人があつたら、ソレコソ馬鹿か気違に相違ないといはれては、僕にとつては生死の問題であります。死活の問題であります。元来これにはいろいろ曰くがあるのですが、今は何も言はず、只ここに「宮地嘉六君と堺利彦君とに与へた公開状」を補足します。
 堺夫人は最後まで宮地さんは夫人を嫌ひではありませんよ、夫人がモ少し壮士芝居の夫婦になつてくれればよいのですよ、宮地さんはソレが好きなんですから、が、ドウいふ訳ですか姉が悪いと云ふのです。といひ、宮地君の小説にも其通りかいてあるとの事であつたが、僕はイクラ有名の宮地君でも、マサカ他人が好かないからとて、愛する女房を離婚したくなるものでもあるまい。仮にソンナ事があるとしても、今の今まで、世辞や手紙で、奥様だ恩人だ、親切だ神様だ、と随喜した人、僕など除け者にして、何時も仲良く気が合ひ、話し合ひした人と、医学上から考へても、サウ急に仲が悪くなれるものでもあるまい。若しサウだとすれば、ソレは僕の妻にでなく、僕に対する反感であらう。サウすれば心理学上からでも説明できる。
 僕と堺君とで、小川君でも加藤君でも江口君でも、サア愈愈となれば素養があるからツブシが利く、思想があるから内容も材料もある、宮地君は只器用でアレまで仕上げたのだから、余程考へないと今に行き詰まる、どうか勉強させたいものだ。と話した事を、僕からきいた宮地夫人が、僕の話しとして宮地君に話したからたまらない。宮地君たるもの蒼くなつたり赤くなつたりして怒つたので、洵に同情に堪へない訳である。
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 後には屢屢新聞雑誌に伝へられ、誰知らぬ者なきくらゐ有名になつた宮地君の神経質や偏狂も僕は初めは知らなかつた。結婚前何処かで二三度語るを聞かされた。話しだし、激しだす、声が変る、泣き出す、笑ひ出す、中止するといふが極まりのやうだつた。ソレでも僕は先生感激家だな位にしか思はなかつた。堺君からエクセントリツクと紹介されても別に気にはとめなかつた。結婚当時、返事が遅れる、日が延びると、すぐ神経を病み、気を苛立たせ、八掛だ、九星だ、止めるのコワレルのと騒ぎ出し、誰かが邪魔をするとか、初めからさうなる事と直覚したとか、邪推してくるかと思へばすぐ又、「たとへ此の結婚が成立致しませんでも、私は結婚の将来を考へ独りで楽しみながら愉快に仕事の出来た事を喜んで居ります。・・・・奥様の御親切と御尽力とを感謝して居ります」などと云うてくれるので、サスガの僕も漸くハテナと思ひ初めた。
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 離婚問題の公開状に、離婚の過程、批判が一つもないのは全く可笑しい。が、僕は、結婚はドウセ諦めだ、満足の結婚なんかあるものでない、不平があればイクラ我慢しても何時かはグヅつく。無理も出てくる。宮地君とて其通り、特に昨日の事と去年の事と今言うた事と明日言ふ事とに区別がなく、只直覚と感情とで行く神経家である。精神家である。事実がなければ口実がでる。口実がなければ矢鱈に当る、相手がなければ女房に来る、難題が悪るければ無茶を云ふ。コンナ心理からの離婚に理由がある訳がない。併しイクラ下らぬ事でも仲人は取上げなければならぬ、僕も相談を受けた、が二人は下らぬ事だといふ事に決めた。併し何とか片を付けねばならぬ、ソコで二人は宮地君の言分を整理して見た、要は女が余り鈍感で善良過ぎると云ふに帰着した。僕はすぐ僕の結婚当時を想起した。僕の結婚披露状には、「愚妻さい、奥州産なりと雖も日本語を良くす。多弁頓狂にして少少薄野呂の感あれど、貞淑人好にして悪心少なし」と書き出されてある。宮地君が、男勝りだ、お前も姉さんのやうならよいが、と云ふたといふ女だが、僕は当時、コレはシマツた、エライ物を抽いた、何とか方法はないものかと悲観した。イクラ考へてもよい思案も浮ばず、マサカとも思ひ、事面倒でもあつたから、「最初は何だか厭の傾ありしが、目下は至極結構なり。何一つ之れと云うて出かす事なけれど、身体強壮にして能く食す」と附け加へて茲に全く一代を諦めた。東京の学校で日本語を学んだ、多弁の姉ですら尚且然り、況んやと思うて僕は大に宮地君に同情し、早く離婚の方がよからうと思うた。が、仲人の堺君はサウもならず、早速宮地夫人を呼んで試験をした。其結果は、オツトリはしてゐるがシツカリもしてゐる、ダマツテは居るが考へても居る、バカ処か宮地君には過ぎると云ふ事で、堺君は早速宮地君をよんで意見をし、一時丸く納めた。
 堺君が宮地君を意見した後は、堺君が夫人の肩を持つと誤解してか、宮地君が意地を張り、却て工合が悪かつた。僕に対しては反感がないといふ鑑定から堺君が、僕と堺君と宮地君と三人で談さうとして見たが、宮地君から断つて来た。僕の妻に対する反感からだといふ鑑定から、妻を御機嫌伺ひにやつて見たが、挨拶もせずに二階へかくれて了つた。そのうち色色の事よろしくあつて後、片輪の子が生れた、病気になつた、看護婦を出した、夫人は進退谷まつて逃げ出した。
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 苟くも宮地君に宛てた公開状だ、豈一言なかるべからず。苟くも僕の書いた公開状だ、皮肉の一言なかるべからず。然るに九月号のは僕が厭に気取つて紳士となり済まし、故ら感情をかくして宮地君に御世辞をつかひ提灯を持つた様で、実に恥かしくてたまらない。厭な気持がしてたまらない。が僕は実に左の意味の事に色を附けてウント書きたかつたのだ。僕は読売と婦人クラブを見たきりだ、読売は殆んど覚えて居らぬ、婦人クラブは宮地君が鎮静中に書いたもので、条理が立つてる唯一のものだと、宮地君の小説まで読んだと云ふ中央の木村君が話してくれた。それに書いてある処の妻を離婚したくなつた径路は、全く其通りであるらしい。しかし、それはただ男の我儘に過ぎない、病者の特権に過ぎない、止むを得ざる仕方なしに過ぎない、然るに、それがそれをジヤスチフアイでもする様に考へてる処に、他人と変つてる処がある。それをサウ解釈出来る処に、単なる神経質位では、解釈の出来ない処がある。女房を大切にした、堕胎を話さなかつたと弁解する処に偉大なる虚偽がある。赤ん坊の世話をされたが口惜しい、死んだが悲しいと云ふ処に犯すべからざる偽善がある。
 僕はコレでも愛妻家の部類に属し、堅コウ(僕の独り子なる愛子)ときた日には殆んど目がない。しかも時時癇癪玉が破裂するから孰れも生疵の絶え間がない。況んや厭になつた女房ヂヤないか、何を苦しんでか故ら之を大切にする必要あらんや。嫌ひでなくとも厭味位は言うて泣かせて見たいは男の人情である。況んやどうせ離婚しようと決心した女房ジヤないか、可笑しいと疑うたといふ妊娠ではないか、何を苦しんでかチン鯛を食はせざるの必要あらんや。生れてからも、コンナ片輪の子は殺して見たいと、剃刀を擬した事は、君が泥棒の汚名を着せた看護婦の直話ではないか。併し百人が百人、君がコレを本気の勇気で言ふ気だつたと云ふ者はあるまい。言ふ者が神経病なら、本気にする者はヒステリイだ。
 宮地君は去年二三月頃一二回僕の家へ来たきりで、其後は更に来なかつた。必要な用事があれば、自分は二三軒先きに待て車夫をよこした。夫人が逃げてきたからすぐ奥山医師に診て貰うた。母子とも甲種要視察人となつたから、早速病気全快まで預る旨を通知した。流石に「おはがき只今頂戴いたしました、妻についてはよろしくあなたにお願いたします。赤ん坊のおしめなど忽ち必要と存じ今明日中に届けたいと存じます。此の三四日で仕事を終る筈です。」と返事があつた。三四日たつても何回電報打つても来ない代りに、天気模様が急変し、「はがき拝見、幼児変調の由、早速これより病院へまゐり入院の手続を為し、貴下の御厄介には決してならぬ所存に候。十二月十八日朝」と云ふ端書が来た。□きてきたのだらうが入院は眉唾ものだと評判してる中に、案の定、十二月廿日付離婚状が来た。子供を離さぬ事の条件で、女本人には元より異存がなかつた。廿四日には離婚条件を全部僕に任せるからよろしくと云うてきたが、すぐ又廿七日には任せぬから勝手にしろとの手紙が来た。其後は危篤の電報でも死亡の通知でもビクともしなかつた。コレで赤ん坊の死が勿怪の幸でなかつたら何んであらう。実際一目見たかつたらうか。悲しかつたらうか。サゾ恋しかつたらうか。諦めても諦められぬほど切なかつたらうか。悲しかつたらうか。オマケに子供は早産で片輪で死ぬと初めから知れて居た。子のため随分無理の苦労する母親はある。宮地君は此母親以上に子が可愛くてたまらなかつたらう。ソレでも其れ以上重大の理由があつて、死に目に会ひに行けなかつたらう。ソレで世間がそれをジヤスチフアイすると確信してるだらう。ソレでそれが精神に欠陥のない証拠だと思うてるだらう。ドエライ、イイ度胸だ。
 母親は又別であつたが、冷酷無情の僕等はマアよかつたとコレで一安心した。死骸を元旦に送り届けようなどの悪戯気も出たが、母親の手前マサカ其れもならず、泥棒に追銭、重荷に小附で、死亡届も葬式も見てやつた。併し宮地君の身になつて見れば、自分の子だかも知れない子ではある。最愛の女房の生んだ子ではある、医者にもかけなんだ子ではある、入院もさせようと激怒して見た子ではある、せめては元旦早早葬式なりと出してみたい。罪亡しに骨なりと拾うてみたいと思ふも無理はない。ソレを女親のくせに、外に親類もないに、姉夫婦などの厄介になつて、独りで死人の仕末をして下さるなんて、何たる因業だ悪党だ、横暴だ専断だ、罰当りだ恥知らずだ、口惜しい、悲しい、死んで了ひたい、神も仏もなき世かと、身も世もあらせず歎き悲しみ給ふのも御尤もだ。テレ隠しにも程がある。バカバカしいにもきりがある。ナゼ人が違へばコウまで心持の違ふものだらう。ナゼ人種が異へばコウまで人情の異ふものだらう。自分は欺せても人は欺せまい。ナゼ淡泊り感情有りのままを白状して了はないものだらう。イクラ子供だからとて、狂ひだからとて、余りに解らないと本気に腹が立ちたくなる。
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 何と云うても宮地君は悪人でない、可哀想とは思うても憎いとは思へない。君は今殆んど総ての古い友人と絶交の形だ。が誰も君の事を悪く云ふ者はない、只面倒で邪推深くて交際が出来ぬといふ位のもので、余り四角張る、ブルジヨア的だ、成上り者根性だ、といふ位が悪気地の関の山だ、君が「俺はナゼ労働者を止めて文学者になつたか」とか云ふ演説をしたとか云ふ時だつた。野郎生意気だ、気違ひだ、殴つてしまへ、葬つて了へと騒いだ者もあつたが、古い友達は皆、「先生人は悪くないんだから」と云うてとめたは、僕の家だからではなかつたらしい。僕は実際悪いが君を子供位にしか思うて居らぬから、君と議論をする気にはならないが、時たま噛んでフクメル様に話して聞かせたいなどの老婆心は起きる。
 堺君の解釈によると、君が僕の処へ、怖れないぞ、恐くないぞ、当が違ふぞ、勝手にしろ、糞を喰へなどと云うてよこす事が抑抑君が僕を恐怖して居る事の証拠で、悪口を叩くは虚勢に過きない、恐怖の原因は僕が法律家だからだ。と云ふが、法律と云つた処が訴訟の事だらうし、訴訟といつた処が、金持でも家持でも品持でもない貧乏人-君はソレを侮辱と感じ、僕はコレを名誉と思ふ-の君にソレが屁でもあることかい。世は様様で、理論一方常識一方の僕は却て超理論越常識の君を私に怖れて居たが、コレをきいて、ソレで大に安心した。
<以上は、山崎今朝弥氏が著作者である。>
<旧仮名遣いはそのままとし、旧漢字は適宜新漢字に直した。>
<底本は、『婦人世界』(婦人世界社)第17巻11号74頁。大正11年(1922年)11月号>
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