去るの記


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去るの記
 私には元祖狂と云ふ悪い癖がある善悪に関せず、利害を問はず、只元祖であれば遣り度い。困つた物だと自分も思ふ。私が大正二年の正月頃、日本に於ける弁護士組合の元祖を思ひ立ち、矢も盾も堪らず、之を弥生弁護士会に持出した処、旨趣には全部賛成したが、偖て其れではと云ふ者は無かつた。
 茲に吉田君は其三月頃、猪俣君に組合の話を持出し、結局反対を受けたらしく、六七月頃、佐々木君と意気投合して組合組織の決心を為し、組合員の物色を初めた。第一に問題になつたは勿論私である。私の一番好いのは佐々木君と吉田君であり私は又発頭人でもある。然るに此処に一つ絶対に相容れぬ点がある。私と社会主義者との交際、及び私の服装に構はぬ事、屁を放る事、裸体になる事、要するに行儀作法に無頓着なる事即ち之れだ。前者は佐々木君が特に嫌ふ処で後者は私が『吉田君の病気』と云ふ位、吉田君の反対する処である。二人は私に社会主義者と行儀作法を慎しむかと談じた、私は慎しむ事を約した。決して止めるとは云はなかつた。其後阿保君と田坂君と五人で愈々組合東京法律事務所を創造した時にも此話は繰り返された。
 浮世は刻々に進歩す、私も時々変化した。大森で監視を受けて居たのを逃走したのは、『大杉と隣り合ひ、堺と近くなる為めだ』と思はれた。其れ以来又戻り出した戻り出したと云はれた。『東京法律』では私を継子扱ひにする、一字一句を検閲する。偶に書いた『弁護士改正論』は丸切り社会主義論だと怒る、平民病院で『加藤時次郎、堺利彦と名を並べては困る』と云ふ。私が会を開けば私の会は碁や将棋や弁護士喧嘩の会とは品が違ふと文句る。一体私は何時禁治産の宣告を受けたのか?
 私にも三分の理がある。抑々東京法律事務所創立の旨趣は、少なくとも其一半は、平民的法律所を設けんと云ふに在つた、其の当時の規則書にも、平民的なる文字が二十も使用してある。加之、品位、高尚、上流、体面等は私の癪の種。誤解は先方の悪いので又正解される方法もある。仮に事務所が社会主義に関係ある如く誤解されても、決して諸君が案ずる如く営業の妨げにはならない、現に私はこれが為めに営業上の利益を得て居る、などと理屈を付けて見た。
 私は遂に『小生今回聊か先見の明有之、衛生上、本年限り組合退散仕候条此段及御届也』と届出た。寛大なる事務所は尚妥協の余地ありとして色々の文句があつた。併し年末に私は遂こう云ふた。私に親がある。世間の評判の悪い親だ、諸君は之れを好かぬ、私は之れを見棄て諸君と一所になつた、併し親子は何処までも親子だ、昔を偲び今を思ふ毎に孝心が起る、特に私には意地がある自分でも困る底無しの拗ね者である、世間の人が親の悪口を吐けば吐く程、邪魔物にでもすればする程尚更構ふて遣り度なる、あんな見込のない親は見棄て様とは思ふたが、今更見棄てるに忍びない、何うか諸君も此処の道理を聞き分けて親を引取つて呉れとも云はぬが、構ふ事を許し呉れ給へ、別に手間の掛り、損の行く事でもないからと。事務所の答は斯うだ、親孝行の引例は当らない。一体君は此処と一心同体の夫婦になつた、勿論あの男と臭い事も承知だ、が君は切れると云ふた、然るに今又焼木杭に日を付けるさへあるに、其間男を同居させろの、見て呉れのとは、能く言へたものだと。
 問題は解決した。去るの外はない。親孝行か間男か、近親には相違ない、血で血を洗ふべきでない。日は暮れる。年は暮れる。茲に左の取為替が出来、大義名分は事務所で、金と団子は山崎で、と円満く別れた、と云ふ事にする。
      一、口約の事
一 今回双方の都合上離縁相整ひ候に付ては左の条々堅く相守り可申候事。
一 山崎の出資金五千円は日本銀行の開き次第直ちに払戻候事。
一 今期の利益配当金は決算出来次第直ちに支払可申候事。
一 山崎従来の功労金として金五千円贈呈申候事に候事。
一 山崎経営の外人課及び費用立替事件の損害は山崎に於て負担する事、但邦文タイプライターは原価を以て事務所にて引取り申候事。
一 利益積立金に付ては今後山崎に一切の権利無之候事。
一 山崎受任事件にして委任者が特に引続き山崎に委任する意思を表示したるものは山崎に於て之れを持去り可申候事。
一 今後は相互に補助後援し、一身同体の宣言に背かざる事を努め決して営業上の競争又は卑劣、不親切の行為を為さざる事、忘れても男を下げ、「ケチ」の了間を出し又物笑になり、人間の悪い行為に及び申さず候事。
          (いろは順)
          吉田三市郎 印
          田阪貞雄 印
          山崎今朝彌 印
          阿保浅次郎 印
          佐々木藤市郎 印
 大正五年十二月吉祥日
<山崎今朝弥著、弁護士大安売に収録>
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