経営後記・編輯後記


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経営後記
前号発売禁止の事
解放社関係人の事
本誌特色決定の事
奥附及御注意の事
▼本誌本号は七月号として立案編輯し、八月号として印刷発行し又逆戻りの七月号で此の後後記を書く破目となつた。
▼前号思想版は人気沸騰好評湧々裡に発売禁止となり壱部残らず押収された。朝鮮問題に中国問題、労農提携に水平社大会が、悉く秩序紊乱だといふ口実だが、実は表紙が余りに群を抜き、発行部数が思ひ切つてレコードを破つた事が忌諱に触れたらしい。今になつて壱円が弐円でもとの注文が殺到し、現に市場では馬鹿値の売買が行はれてるさうだが、禁止物の売買は重刑に値するから御注意を乞ふ。
▼九月号からは当節流行の同人雑誌となる。同人は隠退者を以て任ずる石川三四郎、下中彌三郎、小川未明、新居格、高畠素之、神近市子の諸老。続いては元『解放』の同人諸兄に渉りを付ける予定。編輯は山口房吉、岡陽之助両氏担当。経営は山崎今朝彌之れに当り、広告部は水谷憲風高野松太郎の請負本誌関係者としては直接にも間接にも此外に一人もない。萬一自称関係者の簇出した場合は早速知らして貰いたい。
▼今後の『解放』が百二、三十頁五、六十銭の綜合雑誌で行くか、思想文芸研究運動等の単科雑誌で行くかは、総会の結果に俟たなければ判らぬが、其特色の一つは同人自身理想的の雑を造る事よりは無名の学者、埋れたる天才、隠れたる逸材の発見に重きを置く事にある。
(七月一日。発行所『解放社』内発行編輯兼印刷人山崎今朝彌)。

編集後記
▼新居君は創刊号が自然に出来たといふが忽ちの間にこれだけの原稿を頼むのは並大抵のうそではなかつた。特にフエビアンの諸君に対して厚意を深く謝する。三十編の中被告等を除いては殆んどフエビアン諸君から恵まれた原稿であつた。
▼と云つて本誌は決してフエビアンの機関雑誌ではないから一般プロ諸君の寄稿を待ち望む事新居君の言の如し、と云つて決してフエビアンの諸君を重視しない訳ではないからどうか、と云つて、兎に角四方八方悪しからず。(山崎今朝彌)
<以上は、山崎今朝弥氏が著作者である。>
<旧仮名遣いはそのままとし、旧漢字は適宜新漢字に直した。>
<底本は、『解放文芸』(解放社)通巻16号、第3巻4号(大正14年(1925年)8月1日発行)>
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