面白かった裁判の話


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面白かつた裁判の話
          山崎今朝彌
      ○はしがき
 私は話、談、咄、譚、などの区別も、随筆、漫録、事実物語、等の異同も知らない。で思出し考付くままの、一寸面白かつたと思つた裁判の話を矢鱈に書付けて見る。但し真直ぐばかりは歩かず、回り道もすれば道草も喰ふ。又面白いと云ふことも自分本位でクダらない笑話。
 落語、のようなのもあれば、無味無臭屁のような面白くないものもあらふ。其代り面白いと思つたら裁判でなくとも書付ける。尤も御註文が十三枚だから、一つの話の半分しか書けないことがあるかも知れない。これから考へ考へ書くのだから、自分にもまだ見当が付かない。
      ○渡邊國武事件と小川平吉事件
 私の古い裁判事件簿には、渡邊國武の治安警察法違反事件と小川平吉の選挙法違反上告事件とが載つてる。
 前内閣副総理鉄道大臣兼前国士小川平吉は長野県諏訪郡の出身である。之れを縛つた司法大臣渡邊千冬の養父、伊藤内閣副総理大蔵大臣だつた渡邊國武も同じ諏訪郡の出身である。國武と平吉との間柄はよく覚へて居らぬが、國武の兄で千冬の実父なる元の宮内大臣渡邊千秋と平吉とは大の仲よしだつた。私を千秋に紹介してくれたは平吉だ。私も長野県諏訪郡の出身である。
 私は明治三十五年甲府の裁判所を辞めて上京し、亡兄が選挙運動員であつた関係から懇意になつた小川に連れられて、元諏訪三萬石の殿様諏訪何某子爵の家で、郷友会だかの時、諏訪出身者中一番偉い千秋に面会したものだ。当時は千秋も未だ伯爵にならなかつたと思ふが、私も洋行前でまだ伯爵になれなかつた時だつたので、疑問も問題もなく喜んで、丸で小川の子分然と、小川親分然たる現法相千冬の実父なる千秋に紹介されたのだつた。
      ○
 其後國武も千秋もアンナ始末で亡くなつたが、現法相千秋と前鉄相平吉はそのアトをついで今では諏訪出身一番偉い人々なり、昨年の郷友会招待状には会を代表して二人の名が並べてあつた。が、小川は、多年の実験から選挙は金、政治は金、浮世は金、政友会総裁は金三百萬円也といふ大金則を発見し、苦心惨憺漸く二百五十萬円まで稼ぎ、あと五十萬円と云ふ処で、この間千冬の為に縛られた。千冬も感慨無量、今年の諏訪郷友会には出席しないだらふ。と、其の郷友会のある前日、都下の新聞に報導された。
 私が明治三十五年暮渡米する時は小川も発企人となつて紹介状やら送別会やら送別演説会やら大に奔走してくれた。が、帰朝後は、すぐ近所に住みながら自然余り心安く無くなつた。しかし私は煩雑い郷里からの持込事件を、コレは小川に限るよとか、コンナ時小川をウンと使ふものだよとかゴマカして、小川の処へ迄遣る事を少しも怠らなかつた。小川もサル者、選挙の足しになりそうもない事件、例へば警視庁や警察署を告訴告発する事件等は○、コレは山崎君に限るよと言つた調子で、私の処へ送り込んで来た。昔の縁故から私が小川の子分にでもなつて居たら今頃は何になつて居たらふ。多分--後輩の久保田金四郎君なんか問題でない。同輩だつた春日俊文君よりも、小川の選挙地出身だけ私の方に分があらふ。さう? 大金持か、知事か、勅選議員か、抑々それとも同じ縄付か。
 コレを種にしたら、最初「世界の動き社」が私に課した「選挙と疑獄の因縁話」でも相当書けさうだ。が、コノ疑獄事件は法律上記事さしとめになつてゐるのでまだ当分の間深く突込んで書けそうもないし、又結論が極まつてゐて面白くないから、ソレは私から願下げにした。
      ×
 ソコで本題の治安警察法違反にひつかかつた渡邊國武と選挙法違反上告事件の小川平吉の裁判だが、この渡邊は現司法大臣千冬の養父の渡邊國武ではない。又、小川も前鉄相現鉄窓の小川平吉ではない。どちらも同名異人である。本題の渡邊國武は社会主義者小川平吉は村会議員である。別に驚くにはあたらない。渡邊君の事件は数年前の、共同印刷所のストライキで、渡邊君は其主謀者として六ケ月位やられたと思ふ。今度の共産党事件の被告中には君の名が見へないが、一体今ドコにドウして居るのだらう。小川平吉君も島根の村会議員で、奈良県会議員の小川平吉君や東京府議員の小川平吉君とは同名異人だ。前鉄相小川平吉とは勿論の事。事件は鉄道でも収賄でもなくホンの詰らない投票買収だつた。でも法定では「被告、渡邊國武」「被告、小川平吉」と起立を命せられること弁護席の私は前記の話の通りの関係でくすぐつたい気がした。
 さて同名異人について序にもう一つ面白い話を書きとどめやう。

      黒田禮二の詐欺事件
 昔私が詐欺の弁護をした時、その被告が私に、人を欺すには内部の者から欺さなくては駄目だ。女房や小供が嘘だと思つてゐる事をお他人様が真実だと思ひつこはない、と話した事がある。この被告は、有もしない金の茶釜が現に其処の押入に蔵つてあるかの如く人に思はせて数千円を詐取したのだが、之れを第一番に堅く信じた抑々の人は其被告自身の女房であつた。何か毎日一緒に暮してる女房に、其家不相応の、しかも昔話其儘の、金の茶釜の存在を信ぜしめたかといふに、それは、曽て其妻君が矢鱈に開けば目が潰れるぞと堅く警められてる包の儘の茶釜を持たせられ、割合に目方が軽いのに不審を起し、其の理由を夫に詰つたとき、夫が其れは無垢の純金だからだ、と答へた誠に阿呆らしい辻褄の合はない一言であつた。
      ○
 これに似よつた事件が嘗つて黒田禮二君に就て起つてる。
      ○
 蝙幅通信を以て有名の岡上守道事黒田禮二君が放浪の旅を一先つ終へて去年暮頃日本へ帰つた時。黒田君は上京の中途からすぐ解放社宛に手紙をくれた。私は黒田君に一二度しか会つて居らぬのにこの親切には大に感激した。上京するとすぐ解放社を訪ね、独逸ロシア等の現状を話し話がハズんで、国の方の整理がつけばかなりの金が手に入るから解放へ注ぎ込んで大にやりたいとまで乗り出した。が、文士通有の「時に困る」で、一円二円の借金申込もあつた。読売へ原稿が載つた、改造へ出た、新潮の座談会へ行つた、と其都度一々報告をして呉れ、無邪気に其の雑誌新聞を見せびらかした。帝国ホテル、お茶の水アパートメント、熱海茅ケ崎、板垣守正氏方山川均君方、朝日新聞社方、麻生久方等から、絶へず面白い又厄介な、或は黒田ライクの手紙を寄越した。事務所の椎名君総連合の高山久蔵君入交総一郎君等と親しくなり各所を十日廿日と泊り歩いた。目下は高田早苗博士、曽我廼家五九郎丈、明石潮、小生夢坊等諸君の絶対信任を得て、板垣守正氏と共に明石潮後援会引幕調製の事業にいそしんで居る。
      ○
 処が、この黒田君に贋物が出て、朝日新聞社を騙り千円の俸給で、旧友数十人の盛大な送別会まで受けて、既に二月欧洲へ赴任して了つた者があるとの報導が伝はつた。同時にこのホン物の引幕事業にいそしんでゐる黒田君が怪しいといふ者も出てすぐ捕へられ愛宕警察署へ打つ込まれた。
      ○
 こうなると、洋行した黒田が怪しいのか下獄の黒田君が怪しいのか、何が何やら、何処までが、真実で何処まで嘘言だか薩張り分らなくなる。そこでいつぞや麻生高山椎名君等と会つて話を附合せて見ると、この引幕調製の黒田君の方が全く贋物で二月頃朝日から独逸へ遣られた贋だ贋だと云はれた黒田君こそが全くの有名の岡上守道事黒田禮二君の本物だとヤツト分つた。
 吾々がこの引幕調製贋物を斯くまで信じ切つた。動機原因を今考へて見ると実にバカバカしくてお話しにならない。
      ○
 私が今度最初この黒田君に会つた時、私は元の黒田君に比べて、この黒田君かね岡上守道君の黒田かね、バカに若く黒くなつたジヤないかと問ふた。黒田君の曰くだ、もう十年も外国で放浪したからですかね、と。放浪十年、色の黒くなる理由は充分あつても、断じて年の若くなる理由は毛頭ない。然るに話の上手に釣込まれた私は遂浮々と「それもそうだね」好機を逸して了つた。腹が立つよりも、可笑くなる。
      ○
 椎名君は、黒田君と和田軌一郎君とロシアで二年間も共同生活した事を、黒田君からも和田君からも聞いてよく知つてる或日、黒田君が椎名君と事務所の階下で話してる処へ和田君が来て電話をかけて二階へ上つた。椎名君は黒田君に、今の人を知らぬかと訊ねた。黒田君は知らぬと答へた。だつて君等は二年間もロシアで和田君とは共同生活したといふではないか、と椎名君が反問すると、だつてロシアは広いですからねと黒田君の涼しい答へ。二年間位の共同生活では顔も覚へ切れぬと聞いた椎名君、愈々関心して、成程ロシアといふ国は広い処ですね、と益々信用を高める。よい面の皮だ。
      ○
 高山君と云へば沈着熟慮苟くも許さないを以て有名の人だ、此の人バカに黒田君を信用し、気の毒だとあつて一ケ月ばかり自宅に引取つて扶養してやつたことがある。その間噂にきいた、学者の黒田君、筆健めの黒田君、物識りの黒田君、世間の広い黒田君、安心出来る黒田君、などとは似ても付かない態度行動がこの黒田君に発見し色々の怪しい疑問が起つた。考へた末黒田君が親交第一の旧友を以て許して居る麻生久君の処へ行つて写真を見せて貰つた。十年前麻生君と同列で撮つた四十歳の黒田君の頭は禿てる、今の生きてる三十歳の黒田君は頭が真つ黒けの毛、高山君たる者豈悟らざるを得ん哉だ。果然高山君は黒田君の余り物を識らない、筆の容易に動かない点と似ても付かない其の写真とを挙げて麻生君にどうも怪しい、変ではないかと質し麻生君暫らく考へて、黒田に限つてソンナ筈はない、それなら或は先生脳梅毒に犯されて居るのかも知れない。と答えた。脳梅毒! アさうだ、それで判つた、どうも訝しいと思つた、と高山君は引揚た、が今考へて見るとイクラ西洋の脳梅毒でも、脳梅毒で頭に毛の生へる理由はない。
      ○
 君としてはあんまりだ、ソレに写真まで見てさ、殊に君の妻君は急に色々物が失くなるのでテツキリ怪しいと、睨んで始終黒田君の番をして居つたと云ふではないかと、話の突き合せの時、私が高山君を冷かすと、でも山崎さんがアレ程、君は本物の黒田君か岡上守道君かと確めたのに、私は黒田禮二です。岡上守道ですと本人が保証したのですからね、又告生さんに聞けば脳梅毒のセイだと云ふしと笑ふ。麻生君は、イヤ近所まで来て一度も寄らないのと十円廿円位で無心をするのとが訝しかつただけで、黒田のような字で黒田の言ひさうな事を聞き、黒田の秘密にして居つた秘写まで知つて居たから全く信じて了つた。ソレに山崎さんもたしか二三度は会つてる筈で、その解放社を背景としての手紙だからね、と責任転嫁の口吻。入交君も傍から、私は小川未明さんから贋物のある話を聞いて、山崎さんに、黒田禮二が二人あるさうですが、あの黒田君はドツチの黒田君でせうと告げたら、山崎さんは、日本国中には黒田禮二が五人や十人はあるさ、と澄ました顔の一言故、本物と思ひ込んで連れて行つて色々と損をしました。と、これは又寧ろ怨み言噂の取次、事務所番の林君は、僕は和田君、入交君、からも外の人からも色々黒田君の事をきいてゐたから、黒田君に夫婦別れから独逸夫人の事まで突つ込んで試して見た。答へが曖昧だつたり、顔色が変つたりしたらすぐ取押へてやる積りだつた。処が話が終ると黒田君はニコニコして、君は偉い、何も彼もよく知つてる。驚いて了つた! とビクともしない。僕は流石黒田君は世界を股にかけただけ度胸が据つてゐると感心して深く信用して仕舞つた。今考へても決して賞められたからではない。と弁解する。
      ○
 兎に角解放社を背景として解放主幹の名刺を振回して活躍してると聞いては打捨つても置けまい。取敢ず明石潮の引幕なり本物にして損害を防いでやる義務があると、早速小生夢坊君に電話をかけ一伍一什を物語る。信じ切つてる小生君顔を真赤にして(電話でも声で顔の色が見へる)其れは逆宣伝だ、よくない事だ。黒田君は確に洋行帰りだと怒鳴る、イヤ洋行帰りが皆本物の黒田君なら本物の黒田君が何萬人も出来る訳ではないか、海千山千の君にも似合はない論理だ。ソレに本人はもう捕つて警察に居るよ、第一本物の黒田君は禿で頭に毛がないよ、贋黒田は御承知の通り真黒けの毛だらふ警察でも自白しない。山崎さんともあろふものがソレは皆警察の捏造ですよ、とエライ見幕、ベラ棒奴イクラ警察だつて毛が捏造出来るかへ、と一言云つてやりたかつたがそのままにしておけば捕まるまでいい気になつて小生君等も黒田禮二君と信用して引幕を調製させて居つたのだ。さて朝日から欧洲へ派遣された黒田君が偽の黒田と思つて居つたみんなは本物の黒田君が引幕調製から警察へひつぱられてけしからんと思つて居つたがこの黒田がにせの黒田であるとわかると流石に御一同アーン。
<以上は、山崎今朝弥氏が著作者である。>
<旧仮名遣いはそのままとし、踊り字は修正した。旧漢字は適宜新漢字に直した。>
<底本は、『世界の動き』(世界の動き社)第1巻1号182頁(昭和5年(1930年)1月発行)>
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