獄死した和田久太郎君を偲ぶ・久さん漫評


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獄死した和田久太郎君を偲ぶ
 頁が余つたので共産党事件とも思つたが、少し位仕方ないから全部大々的に次号に譲ることとし、二月二十日午後七時秋田牢獄で「もろもろのなやみも消ゆる雪の風」の辞世の句を残して縊死した久さんを少し追憶する。其前後に無期と云ふ刑期に於て同役の、かの二重橋爆弾事件の金祉燮君も千葉で縊死した。被告等が皆死刑を熱望したる事や古田大次郎君が死刑で満足したことなどで考へて見ると成程、長い陰気な懲役より、パツト景気のよい死刑の方が得かも知れぬ。久さんの恩赦に感泣して、恩赦のあつた日一文を草した事のある僕ですら、色のアセながら何時までも枝にツイてる庭の乙女椿が嫌いで嫌いでたまらず、パツト散る一重桜かレンギヨに植へ変へようと思つてる位だもの。
 久さんの告別式は三月二十一日午後一時から神田松本亭にあつた。アナの人達は元来人情に厚いから、二三百人も集まり中々盛大であつたが、例の建国会が来てドコかで使い残りのビラをマイたのを口実にすぐ解散され、流れが労働運動社へ五十人も集つたが又解散された。グルだとも予定の行動だとも憤慨した者があつたが、水沼辰夫君はコンナ面白い話をした。「建国会が来る事も、受付を設けなくてはならぬ事も、会場を整理しなくてはならぬ事も知つてたが。此節は顔を知らない人が沢山ふへ、ソコへ彼奴等も髪の毛を長くしナツパ服を着るから、ドツチがドツチだか薩張り分らなくなつてドウにもならなかつた」と、トに角会場コワシだつた人達が会場をコワされる時節になつたから世は面白い。ソコで久さんの追憶は『獄窓から』(東京本郷駒込片町十五、労働運動社発行、定価一円半)、僕の左の一文を抜く。
   ×   ×   ×
      久さん漫評
 今手帳を見ると「久さん漫評」四百字三枚と書いてある。僕の付けた題だか課せられた題だか忘れたが、ツマリ僕もそんな事より外には書けない。
 名が実を表はすものなら、久さんの久太ほど其の人に相応しい親しみ易く与みし易い名はない。尤も久太であつたか久太郎であつたか忘れたが、どうか久太であつてほしい。郎なんかは余計のものだ。
 久さんの事で判然覚へてる最初の事は、堺君の総選挙の時本郷の演説会場で二階から選挙ビラをバラ撒いた事である。其時久さんが検束されたかどうかは忘れたが、堺夫人が大将で久さんを検束させまいと大いにカバつた事を記憶して居る。久さんが鉱山の監獄部屋から同志によつて救ひ出されて間もない時で、マダ堺君の処に隠れて居た時であつたかと思ふ。
 其後何時頃か久さんは堺君を離れて大杉君の畑へ行つた。浮浪人生活が性癖となつて居てキチンとした仕事に堪へられないと云ふのがホントの理由であつたと記憶する。でも堺君や夫人は非常に失望したらしかつた。元来が気の合つた間柄であつたから。
 久さんと仲の悪い人があつたらふか、久さんを嫌ひな人があつたらふか、久さんの悪口を云つた人があつたらふか、アナボル合戦の最中、ボルの人でも久さんの悪口は言はなかつた、俳人のように淡泊な、仙人のようにアツサリした、坊主のように諦めのよい久さんが、仇討などとはヨクヨクの事であつたとしか思へない。
 筆に口に、仕事に考へに、行くとして可ならざるなき久さんが、サテ何を仕出かしたろふと問はるれば、僕は一寸答に窮する。器用貧乏人宝、ツマリ久さんは堀の埋草、碁での捨石、此処らか久さんの偉かつた処ではなかつたらふか。
 体格上与され易い久さんは性格上黙つて居られなかつたセイだつたか、久さん程警察でヒドイ目に会つた者はあるまい。巣鴨アツブルスかナツポリスかの時計争議の時など、両手両足を持たれ、身体を逆まにされ、頭を床板にコツンコツンされたものである。それでも公判廷では平和の神様がお伽噺をしてるような態度で其事を判事に話してゐた。
 最後であつた今度の仇討裁判に於ける久さんの-久さんばかりではないが-友情振りを考へると涙が出る。
 久さんの云つた言葉の中一番僕の耳に残つてるのは却つて以前の裁判に、社会主義も無政府共産主義まで行かなくては駄目だと云つた答と、害悪に対する反抗は、荷車にタンを吐く事さへ意義あるものだと云つた事だ。
 今でも惜しかつたと思ふのは控訴してもつと軽くして置きたかつた事、後で気が付いたのは、大杉事件に関係ある最上長官は誰かと頻りに聞きに来た事。(恩赦のあつた日)
<以上は、山崎今朝弥氏が著作者である。>
<旧仮名遣いはそのままとし、踊り字は修正し、旧漢字は適宜新漢字に修正した。>
<底本は、『無産者法律(社会科学選集(8)片山潜集)』(無産法律社)第 1巻4号28頁。昭和6年(1931年)8月1日発行。>
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