知人名簿(1)


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知人名簿
          山崎今朝彌
 △私の知人には可なり沢山の神様がある。静座の岡田虎二郎君、健全哲学の鈴木清次郎君、催眠術の古屋景晴君、宗教骨相の坂本茂演君等で、真人道の井伏太郎君も勿論神様の部類に属する。何時か好機を見て、私と神様の交通を書いて見度いと思ふ。
 △私が明治四十年に『法律文学』を発行した時元祖第一の祝詞を呉れた人は岩井探偵元祖であつた。大正三年の『東京法律』に第一の祝詞を寄せた人も同氏であつた。私の頭に見た事も会ふた事もない岩井三郎と云ふ名が書付られて居るは此故である。海軍事件の時等は其探偵かアーあの人だナと直ぐ思ひ出した。中平文子の書いた中にある某探偵とは誰だろう等と今でも考へて居る。
 △私も一時神様になりかけて、三四年間絶対の菜食主義で通した事がある。私が医学博士としての粗食養生論は此間に出来たのだ。食物の六ケ敷のは少しも困らぬ私も、奥山医師の注射には弱つた。病気の工合と人々の身体に依り注射の方法も皆異ふとの事だが、私のは塩気と砂糖気と動物性とを絶対に禁じられた。学術圧迫事件、北里犯罪事件の主人公の医師と云ふが即ち此人である。
 △小松医師は久しく実費診療所の産科婦人科長として患者より沃度先生の名を頂戴して居つた。自費で患者に沃度を試用し研究を積んで、私の耳も必らず聞える様にすると云ふ意気込、君の耳が治つたら俺も行くから知らせと云ふ弁護士が三四人ある。聞へる様になれば拾ひ物として御礼広告をする積りだ。
 △萬世橋医院の西片院長は米国以来の友達、堺井差配所の堺井金次郎君、増澤商会の増澤正留君は信州以来の友達で面白い話が沢山あるが領分が無くなつたから次号に譲る。
 △私はこれから毎月順々に知人の事を何か書かうと思ふ。
<以上は、山崎今朝弥氏が著作者である。>
<旧仮名遣いはそのままとし、旧漢字は適宜新漢字に修正した。>
<底本は、『平民法律』第6年5号5頁。大正6年(1917年)6月。>
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