弁論要領筆記


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陪審弁論 鬼熊の兄の場合
(仮定)兄清次郎が鬼熊を毒殺したものとして

弁論要領筆記
          山崎今朝彌
      一
 裁判官諸公、本論に入る前私に一言を許して頂きたい。私は本件の弁護を本件に興味を有つ婦人公論社から、「陪審廷に於ける鬼熊の兄の鬼熊毒殺事件の弁護」として依頼されたのでありますが、実は其弁護依頼の趣旨が、陪審法第一条第二条によつて、毒殺事実の有無判断に付き陪審の評議に付せられ、犯罪の構成要素即ち毒殺事実の有無に関する事実上及法律上の問題のみに付て意見を陳述する公判期日、即ち陪審法第七十六条の第一次弁論の依頼であつたのか、又は陪審が裁判所の問に対して毒殺事実を肯定するの答申を了して退廷した後の弁護、即ち陪審法第九十六条の第二次弁論であつたのか、よく分らなんで引受けたのであります。しかし依頼が事実を毒殺と決めてかかつた点及び第一次弁論は事実の有無に就ての弁論のみで犯罪の動機原因遠由情実人情論等は出来ない定めであるのみならず弁護人が重複して弁論をする事が出来ない点並に編集の都合上弁論を原稿紙六七枚と制限されてる点を考へて、私は之れを第二次弁論のみの依頼と解して弁論致します。
      二
 陪審法は大正十七年より実施されたものでありますが私には之れが初めての案件であります。本件は事実自殺幇助であつて毒殺ではないといふことは殆んど既定の事実で何人も疑ふ者はありません。然るに陪審は何の拠る処ありてか之れを毒殺なりと事実を肯定して答申したのであります。驚いても足りませんが今更仕方ありません。丸で大正十五年頃の陪審ゴツコの様な気がします。幸陪審法は日本独特の特殊規定第九十五条があつて、裁判所は自由勝手に何時何回でも陪審遣り直しを命ずる事が出来ますから、私は職権を以て直に之を実行せられん事を希望します。御決心の着くまで仮りに私も弁論を進めます。
      三
 陪審の答申書の如く果して被告熊兄が自分の血を統いた親身の弟に毒を盛つたものとすれば、無血冷情流石は熊の兄、鬼熊以上だといふ事にもなります。が茲に一考を要し再考を要する点があります。裁判所は果して完全なる主問又は補問を発し、陪審は又果して之れを了解の上答申したでせうか、私は疑ひなきを得ないのであります。殺人毒殺にもピンからキリまであります。怨恨虐殺は其一、生活苦からの邪魔物除きは其二、死病者の苦痛除けは其三、敵前戦死者の止め刺しは其四であります。本件が一、二の場合でない事は明でありますが三の場合か四の場合かは答申書でも明かでありません。逃走臟匿の方法尽き、逮捕自刃は目睫の間に迫り、自首悔悟尚ほ死刑が眼前に横はるとき、総てを断念し只管安易の死を欲し乍ら人情上尚ほ自刃自決の挙に出で得なんだ可憐可哀の実弟を見た悌道篤き実兄の衷情は果してどうであつたのでせうか、誰か涙なくして之れを想像し得るものが此世にあるでせうか。此際身を以て代る事が出来るなら代りたいとまで思ひ詰めた兄が涙を呑んで死に瀕し食に餓へた愛弟に毒と知りつつ敢て食を恵むだのは、果して単に死を宣告されて病床に煩悶する患者に毒薬を薦めたのと同じものでせうか、私は断乎としてノーと答へます。何故か、此場合死又は其時期はまだ的確でありません、現代の科学医学はまだ死と其時期に付てさう的確に吾々に信用を与へません。私は此場合を以て寧ろ、銃弾貫通の致命傷を受け弾丸雨飛の敵前に斃れ気息焉々たる戦友の止めを刺して敗戦退却する勇者を例に取るを妥当と考へます。如何に苦痛見るに忍びぬからとてまだ死なない病人に毒を盛るのと之れとは人情に於て雲泥の差がなくてはなりません。故に茲で問題となるは当時鬼熊は果して確実に死刑になるにきまつて居たかどうかと云ふ事であります。
      四
 鬼熊の犯罪事実は事詳細に論ずる要のない事と信じます。あの無惨極まる放火殺人暴行傷害は真に鬼畜の所為であります。幾多の前例を案ずるも到底死刑は免れません。尤も其卑怯低劣に於て鬼熊に幾百倍し人間の屑、人の粕、大和民族の面汚しとして広く醜名を世界に垂れた××某の××地蔵殺しの如き、又は×人塚の幾百を後世の記念に残した彼の×人殺しの猛者の如き殆んど無罪に等しき軽微の刑で済んだ例もありますが、之れは日本特有の国情に基いたもので、おけいは社会主義者の子だとも××人だとも云つたわけでない鬼熊に於ては、此等人非人の例に浴する事は断じて出来ません。成程あの残虐極まる鬼熊に対して地方民の同情は翕然として集まり其為め一夫よく萬夫に当つて百余日を保つた事は実に当代の奇蹟で又以て犯罪の動機に少からず同情すべき点のある事を窺知するに足りますが、此位の事では中々、子供時代より特別の教育を受け稍長じて形式学を詰込まれ、世に出づるや直ちに只管権力保守の機械となつた今時の裁判官は少しも驚くものではありません。特に鬼熊が極端に官憲を愚弄翻弄した事実は官憲の反感を買ふに充分であります。死刑は到底免れません。
      五
 保守反動は今や世界の大勢であります。日本も固より世界の一部であります。地震以来急に総てが保守反動的になつたのは当然であります、元来が保守反動的であるべき法律家が特に保守反動的になつたのは無理もありません、鬼熊当時・・・・・・と云つた処が僅か一、二年前の大正十五年頃の有様はどうでしたか、同じ保守反動の中でも一般はまだ、地震当時には少しも売れなかつた拙著『地震憲兵火事巡査』が只表題を『甘粕は三人殺して仮出獄、久さん未遂で無期の懲役』と変へた計りに忽ち十一版になつた位まだ正義的人道的であつたのに、法律界では一犬虚を吠へた朴烈問題が将に邦家の安危にまで関すると云ふ狂態振りで、甚だしきに至つては自由法曹と名称する一団の弁護士までが、帝国何会大日本何会と称する弁護士団と轡を並べて、被告を優遇してはいけない写真を撮りお茶を呑ましてはならないと被告人征伐をオツ始め、一点非難すべきものなく寧ろ賞讃奨励すべき行為に対してさへも政府及当事者までが少し悪かつたなどと兜を抜ぎ、其埋合せに囚人に人情を出すな書籍物の差入れは罷りならぬとなつた始末、かかる形勢の間に在つて少しも愛国尊皇の仮面を冠つて犯罪を犯さなかつた鬼熊輩が、どうして死刑を免るる事が出来ませうか、然らば私が被告熊兄の所為を以て殺人の第四例と断じたのは天地神明に誓て強ち牽強附会の説ではありません。
      六
 然らば被告には先づ刑法第百九十九条を適用し殺人罪とし三年の懲役に処し同第六十六条第六十八条に依り一年半の懲役に酌量減軽し同第二十五条に依り二年間刑の執行猶予すべきが正当だと信じます。被告は陪審を辞さず、陪審員を忌避せず、不利益の答申に対しても一言の不平だに洩らさず、一意陪審を信用して居るものであり且つ陪審に付したる事件には控訴を許されないものでありますから被告に取つては之れが初審の終審であります。何卒此辺も御考慮の上間違のない判決即ち私の弁論全部を御採用になつた判決を下されん事を偏に希望する次第であります。
<以上は、山崎今朝弥氏が著作者である。>
<旧仮名遣いはそのままとし、踊り字は修正し、旧漢字は適宜新漢字に修正した。>
<底本は、中央公論社『婦人公論』第11年12号109頁、大正15年(1926年)12月号>
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