「法治国」事件上告審判決


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「法治国」事件上告審判決
大正八年(れ)第二五五五号
      判決書
          <本籍・住所略>
          弁護士長野国助 当三十四歳
          <本籍・住所略>
          雑誌記者 小松利兵衛 当三十二歳
          <本籍・住所略>
          著述業 荒畑勝三 当三十四歳
 右新聞紙法違反被告事件ニ付大正八年十月十五日東京地方裁判所ニ於テ言渡シタル判決ニ対シ同裁判所検事正太田黒英記ハ上告ヲ為シタリ因テ判決スルコト左ノ如シ
 原判決ヲ破毀ス
 被告人国助ヲ発行人タル資格ニ於テ罰金三十円編集人タル資格ニ於テ罰金三十円ニ処ス
 被告人利兵衛、勝三ヲ各罰金三十円ニ処ス
 右罰金ヲ完納スルコト能ハサルトキハ国助ハ二十日間利兵衛、勝三ハ各十日間労役場ニ留置ス
      理由
 東京地方裁判所検事正大田黒英記上告趣意書 原判決ハ被告人国助ハ新聞紙法ノ適用ヲ受クベキ雑誌法治国ノ編集兼発行人ニシテ大正七年九月十日発行ノ同雑誌九月号ニ「大正聖代ノ一揆」ト題シ安寧秩序ヲ紊スベキ記事ヲ掲載シ被告人利兵衛ハ前示記事ノ実際ノ編集ヲ担当シ被告人勝三ハ前示記事ノ起草者ニシテ同掲載事項ニ署名セル事実ヲ認定シ而モ該記事ハ其措辞行文ノ往々妥当ヲ欠ク廉アルニ止マリ未ダ之ヲ以テ新聞紙法第四十一条ニ所謂安寧秩序ヲ紊ス程度ニ達シタルモノト云フ事ヲ得サルガ故ニ被告人三名ノ所為ハ何レモ罪トナラサルモノトシ無罪ノ言渡ヲ為シタリ、然レドモ前示記事ノ趣旨ヲ要約スレバ「大正七年中ニ於ケル騒擾事件ハ国民ニ尚ホ勇気アルコトヲ証スルモノニシテ転タ慶賀ニ堪ヘズ此場合ニ国民ガ暴力ヲ用ユルハ寧ロ当然ニシテ且ツ必要ノ事ナリ政府凡百ノ施設モ以テ下落セシムル能ハザリシ物価ハ各地ノ暴動ニ依リ暴落シ国民生活ノ安定ヲ得セシメタリ云々」ト暗ニ騒擾ヲ推賞讃美シ之ニ対シテ政府ガ軍隊ヲ出動セシメタルコトヲ冷評シ「今度の様に兵士が一個師団も出て「対敵行動」を取つた所のあつたのは一大痛快事だと思ふ、軍隊は外にのみ用ふるものでない万朝報の云へるが如く内に向つては滅多に用ふるべからざるものかも知れぬが然かし兎に角内に対しても用ふるものである、そして貧乏人の間から出た兵士は時に或はその食ふ能はずして一揆を起せる親兄弟に向つて銃剣を擬せさるべからさるものなる事を普ねく世人に知らしめたり云々」ト揶揄シ治安維持ノ必要上止ムヲ得ザルニ出デタル軍隊ノ出動ヲ目シテ恰カモ軍隊ヲ駆テ人道ニ背叛シタル行為ヲ強ヒタル如ク妄評シ因テ以テ世人ヲシテ軍隊ニ対スル反感嫌悪ノ情ヲ誘起セシメントスル等安寧秩序ヲ紊ス記事ナルコト寔ニ明白ナリ斯ノ如キハ新聞紙法第四十一条ヲ適用シテ相当処分スベキモノナルニ拘ラズ之ニ対シ無罪ノ言渡ヲ為シタル原判決ハ擬律錯誤ノ失当アルモノト思料スルト云フニ在リ、仍テ按スルニ原判示大正聖代ノ一揆ト題スル新聞紙記事ハ間々文字ヲ除キテ代フルニ「○」ナル無意義ノ符号ヲ以テシ行文筬部ノ連絡ヲ絶タシメタルモノアルモ其全体ヲ通読スルバ当時所謂米騒動ナル国民ノ暴動ヲ賞揚シ其効果ヲ讃美シ之ヲ以テ生活上止ムヲ得サル手段ナルモノノ如ク説キ之ニ対スル軍隊ノ出動ヲ冷評シタルモノニシテ右暴動ヲ扇動スルノ意ヲ包含スルコト瞭然タリ斯ノ如キハ正ニ新聞紙法第四十一条ニ所謂安寧秩序ヲ紊ス事項ニ該当スルモノニシテ上告論旨ハ理由アリ、原判決ハ擬律錯誤ノ不法アルモノトス而シテ被告国助ガ東京市京橋区新肴町一番地ニ於テ発行シ新聞紙法ノ適用ヲ受クル法治国ト題スル新聞紙ノ編集人兼発行人ニシテ大正七年九月十日発行ニ係ル九月号紙上ニ右記事ヲ掲載シ被告利兵衛ガ実際該記事ノ編集ヲ担当シ被告勝三ガ該記事ノ起草者ニシテ且ツ之ニ署名シタル事実ハ原判決ノ証拠ニ依リテ確定シタル所ナルヲ以テ刑事訴訟法第二百八十七条ノ規定ニ従ヒ本院ニ於テ直ニ判決ヲ為スベキモノトス法律ニ照スニ被告国助ハ新聞紙法第四十一条ニ被告利兵衛、勝三ノ所為ハ同法第九条第四十一条ニ該当シ被告国助ノ所為ニ付テハ同法第四十四条ニ従ヒ被告国助ヲ発行人及ビ編集人タル両資格ニ於テ各罰金三十円ニ処スベク尚ホ刑法第八条第十八条ニ依リ右罰金ヲ完納スルコト能ハサルトキハ被告国助ハ二十日間利兵衛、勝三ハ各十日間労役場ニ留置スベキモノトス因テ主文ノ如ク判決ス
 検事法学博士林頼三郎干与
 大正九年五月十八日
          大審院第一刑事部
          裁判長判事 末弘厳石
          判事 遠藤忠次
          判事 水木豹吉
          判事 平野猷太郎
          判事 中西用徳
          裁判所書記 藤井兵次郎
<旧仮名遣いはそのままとし、踊り字は修正し、旧漢字は適宜新漢字に修正した。>
<底本は、長野国助「我が法廷の記(3完)」『判例時報』(判例時報社)348号6頁>
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