東京毎日法律相談の一日


※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。

東京毎日法律相談の一日
          東京毎日新聞社法律顧問弁護士 山崎今朝彌
 昨夜の新聞には十二月廿一日午前八時より東京毎日無料法律相談日、主任記者山崎今朝彌とあり、時計はイツに八時を過ぎて今にも九時に迫らんとして居るが、八時が九時となり、九時が十時を過ぎて十一時となるを常として居る吾々裁判所の関係者が。ソウ時間通りに行つては估券が下る、と云つた様な気で九時に出掛ける。社はスグ其処だ、誰が待てるか知らんなどと考へて出した時はモウ事務室に来て居つた。控所にはストーブを囲んで五六人が待つてる。

 特別イの一番で、と社の社会部の某君。問題はコウである。或職工が機械に腕を取られた、サテ大変と後をも見ず医者に駆け付ける、此切口なら取られた腕が元通りに附けられると医者は云ふ職工は元気を出して韋駄天走り、併し遅かりし由良之助、腕は不浄物とあつて火夫がトツクに焼棄して了ふた。早朝弁護士廻りをした記者は某氏の死体遺棄説(刑法一九〇条)某氏の身体傷害説(刑法二〇四条及び二〇九条)某氏の窃盗説(刑法二三五条)某氏の横領説(刑法二五二条及二五四条)某氏の無罪説を示して意見を求めた。私はドレにも反対して物品損壊罪説を主張した(刑法二六一条)。

 一番と入替つた二番札には『家屋立退の件但家主』とある。サテ来たな、吾々が初より心配した通り、無産階級の為に設けた此法律部を利用せんとする強慾非道の資本家が続々現はれるに相違ない、吾々は之に対して如何なる処置を採り如何なる応答を為すべきか、兎に角此処が修養だ、怒らず怒鳴らず落着いて。と、俄に猫撫声を出し、ストーブの熱を増して事件はと問ふ。貧相なる資本家が良心の咎に依てかブルブル震へ乍ら語るを聞けば。二番は今でも工場通ひの職工である、一生にドウか家主になつて見度いが彼れ年来の大願であつた、時機と好運は一時に巡り来つて彼は今年の五月にトウトウ家主になり了はせた。十年来の貯金と女房の箪笥は空になつたが、彼の得意と家の円満は絶頂に達した。借り手はつく敷金は這入る、之れで家賃さに取れたら何も文句がない。処が其借家人は人の家を借りては造作を拵へ、家賃を払はずに其造作を高価に売付ける手段により立退料を取るを商売とする詐欺師であつた。家賃処か、毎日毎日叱られオドされるのが怖いから、少しの金で立退かせて貰へまいかと泣くのである。ヨシ其れなら明日屈強の壮士四五人をやつて片附けてやらふと元気付けて帰へす。

 三番からは事務所を解放されたる社長室に移し、時間の無駄を省く為めに、順番に拘はらず同一性質の事件は差支なき限り皆同時に相談する事に極める。三番は或無尽会社の事務員が、専務の留守中専務代理から、期限中なるに拘はらず突然解雇され他に就職口もなく困つてる、損害は取れぬかと云ふのであつた。私の鑑定は、契約期間の給料は全部請求する事が出来る。四番になつたら昼飯になつた。受附はと聞けばモウ十二件ですよと。サア大変コレカラは端折る事にして食べ乍ら語る。端折り初めでも四番は中々込入つた事件で大に手間取れた、問題は出面請負の慣習に関する件である(下段訴状参照)此処で受附を締切る、時に午後一時半受附件数十六件人員五十二人。

 五番七番十番十三番十四番は皆縁談事件である。最初は他人の事親類の事で談じて居る中に自分の事になるのが此事件の特色である。男に無理があつて女に無理のないのが此事件の特色である。新旧思想の衝突が多少なりと原因を為してるのが此事件の特色である。日本家族制度若くは結婚制度の欠点が大に原因をなしてるのが此事件の特色である。四番は、娘を通勤先の工場の事務員が連出し駆落したのに男の親が知らぬ顔の半兵衛だと、其娘の母親と姉とが不平言ひに来た事件。七番は、婿の放蕩を懲す為め、赤子を置かせて娘を連れ戻りたるに、婿の親兄弟が共謀して其赤子を置逃げし、娘は病気私共は乳が出ずドウしたらよいかと娘の親夫婦の哀訴。十番は、十年も前に写真結婚で北米在住の未見の人に妹を嫁つた処、其人は帰国もせず妹も引取らず金も送らず籍も返さず誠に困るとの事件。十三番は、女房が私の留守に私の親と子供を連れて帰国して仕舞ふたが離縁の方法はないかと曖昧なる申立。十四番は、婚姻予約不履行に基く損害事件で第一審で敗訴したが、勝てるものなら控訴したいドウかと云ふ男一生の頼み。

 八番九番十一番十五番は流行の家屋明渡の店子側。家主に悪いのもあるが、差配の方が余計悪人の様だ。嘘の様だが五割十割三倍四倍の家賃値上もあつた。此住宅払底では店子のビクビク騒ぐも無理がない。併し本日の事件に依るも現今の住宅問題は家主が悪いでも差配が悪いでもない。勿論住宅の払底でもない。急に人間が殖へた訳でも火事計りあつた訳でもない。無暗にビクビク騒ぐからだ、矢鱈家賃値上げに応ずるからだ、何処迄も権利を主張して明渡さずに居ればソウ住宅は払底でない。弱き者よ強くあれ、只其れ強くあれ。吾法律部には愈々以て意義がある責任がある。

 六番の高利借事件十二番の足尾銅山鉱毒事件最后十六番の扶養料請求事件を終つたは午後七時であつた。誌上でこそ端折りこそすれ、まこと飯くふヒマも小用達すスキもなかつた、が実に近年稀なる愉快極まる一日であつた。
~~~~~~
      訴状
          東京市本所区林町二丁目八十七番地
          自由労働者組合本部方大工平民
          原告 [甲野太郎]外十数名
          右組合法律顧問代理弁護士 山崎今朝彌
          東京市下谷区[某町某番地]請負業
          被告 [乙川二郎]外二三名
出面金請求訴訟(註一)
      請求の理由
 被告[二郎]は[丙山五郎]より家屋の建築を請負ひ其大工出面を被告[三郎]に[三郎]は之を被告[四郎]に請負はせ、[四郎]は原告等を雇入れ、
 原告等は大正八年九月一日より被告等指図の下に大工として同年十二月十六日迄其工事に従事し、其各自の出面金は各自が一定の申立に於て請求する額に達したり。
 然るに被告等中[四郎]は他の被告等が請負金を払渡さざるを理由とし、他の被告等は出面は既に[四郎]に請負はせしものなることを理由として右出面金の支払を為さず。
 然れども抑も出面請負なるものは、無資無産無徳無恥の請負人が、其出面の不払より工事従業の労働者に損害を蒙らしめ又は其工事の遅延若くは不完成等の為め、注文者に損害を与ふることあるべき危険を防止警戒せんが為め、請負人が出面人に支払ふべき出面金を順次に払渡す、注文者と請負人間若くは元請負人と下請負人間の契約にして、
 此契約に在ては其出面金は注文者請負人及下請負人が連帯して之を支払ふべきを慣習とし、本件関係者は皆此慣習に従ふ意思を有したるものなり。(註二)
 故に原告等は本訴に於て出面の注文者即ち請負人たる[二郎]第一の出面請負人たる[三郎]及び出面下請負人たる[四郎]を相手取りたり。
      請求の目的及一定の申立
 被告は連帯して金・・・・円に本訴状送達の翌日(註三)より本件完済迄年六分の利子を付し之を原告に支払ふべし。
 大正九年一月十五日    右山崎今朝彌
東京区裁判所 御中
(註一)出面は「でづら」とも「でめん」とも読む。
(註二)少くも都市に於ては大工に限らず苟も出面請負なる以上皆此慣習あるが如し。
(註三)訴状到着の日より請求し得るものなれど普通到着の翌日より請求す。
<[ ]内は仮名・仮地名>
<以上は、山崎今朝弥氏が著作者である。>
<旧仮名遣いはそのままとし、踊り字は修正し、旧漢字は適宜新漢字に修正した。>
<底本は、『平民法律』第9年1号21頁。大正9年(1920年)2月。>
ツールボックス

下から選んでください:

新しいページを作成する
ヘルプ / FAQ もご覧ください。