勿驚噫大審院の妙判決

勿驚噫大審院の妙判決
 大審院が大正六年(オ)第三六八号事件に於て五月二十九日言渡され本日下附されたる謄本の判決要旨に曰く、然れども株式の申込は株式申込証に依り之を為す事を要件とし又株式申込証には真正なる定款作成の年月日を記載する事を要件とすること商法第一二六条の規定に依り明白なり。故に株式申込証に斯る年月日の記載を欠くときは株式申込の無効なること言を俟たず而して本件に在りては被上告人が本件株式の申込を為すに当り其用に供したる株式申込証には上告会社定款作成の年月日として大正二年三月一日の記載あること及び該定款が同年三月一日に完成せざりしことは原判決の確定したる事実なり由是観之被上告人が本件株式申込の用に供したる株式申込証は法定要件を備へざるを以て該株式申込は無効に帰するものと云ふべし。然らば本訴の株金払込の請求は失当にして原判決に所論の違法あるも之を以て原判決を破毀するに足らず。と。
 因て翻て所謂所論の違法なるものは果して如何なるものなるやを伺ふに、上告論旨第一点は曰く、原判決が『定款が大正二年三月一日に完成せざりし事は当事者間に争なき処なり』と判示したるは当事者の主張を誤解したる結果、争ある事実を争なきものと法律に違背して不法に事実を確定したるものなり。蓋し被上告人は原告会社の定款は大正二年三月一日に存在せずと主張したるに対し(第一審判決摘示)上告人は、係争株式申込証に定款作成の年月日として大正二年三月一日と記載しある事、発起人の一人にして最後の署名者たる[甲野太郎]が定款に署名したるは大正二年五月一日より同月十九日迄の間なる事は争はず(第二審判決摘示)と述べたるに過ぎず。決して定款作成の年月日が大正二年三月一日にあらざる事を認めたるにあらざればなり。要するに原審は本件会社の発起人は[甲野太郎]を加へて七人のみなりとの独断が先入主をなし、[甲野太郎]の署名と定款の完成とを混同したる結果、此不論理の判決を為すに至りたるものなりと信ず。と。
 以上の判決理由と上告理由とを対照して我大審院判決の当否を断ずるに当り先づ須らく判旨の趣旨を探査研究するに判旨は、原判決に所論の如く判決の起訴を為す事実の確定に付き法律に違背して不法に事実を確定したる違法ありとするも原判決の既に確定したる事実なれば其不法は不法にあらず、故に上告論旨は理由有りと雖も理由なし、と云ふに帰す。併し斯く解することは決して名誉ありと称する本邦唯一の最高法衙に席を列する判官諸公に敬意を表する所以にあらず。止むなくんば、余輩は之れを噫大審院の妙判決と解し暫く其当否を疑ふ。諸公の弁解も恐らく最大の雄弁ならんか。因に本件の審理判決に参関せられたるは裁判長判事法学博士田部芳判事榊原幾久若判事法学博士松岡義正判事柳平勝二判事前田直之助の五氏掛りなり。(六、七、一二、山崎謹評)
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      判決謄本
大審院第一民事部大正六年(オ)第三六八号
          上告人 日本醸造株式会社
          代理人 山崎今朝彌、河鰭義三郎
          被上告人 [乙野二郎]外一名
 右当事者間ノ滞納金請求事件ニ付名古屋地方裁判所カ大正六年三月十七日言渡シタル判決ニ対シ上告人ヨリ全部破毀ヲ求ムル申立ヲ為シタリ
      主文
 本件上告ハ之ヲ棄却ス
      理由
 上告論旨第一点ハ原判決ハ本件申込証ニハ定款作成ノ年月日トシテ大正二年三月一日ト記載シアルニ不拘定款ハ大正二年三月一日ニ完成セザリシコトハ争ナキ処ナルヲ以テ本件株式申込ノ効力ヲ生セザリシモノト為サザルベカラズト判示シタルモ右判示ニハ左ノ不法アリ(一、二、三点省略三点ハ上記ノ判決参照)四、本件株式申込証ニ記載セラレタル定款作成ノ年月日ハ虚偽ニシテ無効ナリトスルモ其後或日時ニ於テ定款ハ完成シ創立総会ヲ経テ会社ハ完全ニ創立セラレ株式申込人ハ総テ之ヲ承知ノ上第一回ノ払込ヲナシタルトキハ其株式申込ハ定款完成ノ日遅クモ第一回払込ノ日ニ於テ完全ニ其効ヲ生ズルモノナルコト殆ンド異議ノ余地ナシト信ズ、而シテ右事実ハ上告人ノ原審ニ於テ主張シタル処ナルニ原審カ此点ヲ看過シタルハ争点遺脱審理不尽ノ違法アルモノトスト云フニ在リ(以下四点ノ上告理由及ビ判決理由省略判決理由ハ上記本文ノ通リ)仍テ民事訴訟法第四百三十九条第一項ニ則リ主文ノ如ク評決シタリ(判事氏名略)
<[ ]内は仮名>
<以上は、山崎今朝弥氏が著作者である。>
<旧仮名遣いはそのままとし、旧漢字は適宜新漢字に修正した。>
<底本は、『平民法律』第6年7号3頁。大正6年(1917年)8月。>
最終更新:2009年12月02日 19:07
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