続々相撲見物無罪論(完)


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続々相撲見物無罪論(完)
          山崎今朝彌
      一
 検事は(一)被告は会長副会長等の区別に従ひ役員候補者其他に約二萬円の運動費を寄附せしめ総会前後の宴会に於て一人前一回四円以上の御馳走を給し其費用五千円を下らずと論ずるも一人平均八円乃至十円の御馳走を頂戴するものが一円又は五十銭の相撲切符にて買収せらるる理あらんや(二)三宅今村氏が相撲協会に縁故ある以上常陸山の予審廷に於ける供述は全部之れを信用するを得ずと云ふも検事と関係ある司法警察官の作成書類と雖も証拠の材料となるにあらずや(三)当日会長が検事正に電話を以て「即刻職権により臨席せられたし」と申請したるは被告有罪の確証なりと論ずるも亡者が安んぞ赤鬼の来場を乞ふの愚に出でんや(四)総会当日に於ける討議提案妨害喧噪乱暴狼藉一切の余興係を其一族郎等譜代恩顧に請負はしめたるは被告の業にあらずして何ぞやと問ふも川島加瀬卜部諸君は一箇独立の弁護士なれば検事の所論は事実に反するを如何せん(五)特別技能ある者を買収係に選びし被告は特に之れを極刑に処すべしと論ずるも苟も多士済々の桃李倶楽部が選挙法違反に通ずるもの豈独り二人のみに止まらんや。
 斯く論じ来れば検事の論告は支離滅裂到底本件公訴を維持するに足らず、要するに検事は被告の素行調書を先入主とし其手下の報告を信じ故らに有利の証拠を排斥して有罪を断ずるものにして本件被告の無罪たること一点の疑なしと信ず。
      二
 (一)今や世は進歩して大正も既に五年となり瀆職違反者は頻りに叙位叙勲され贋札石肉の輩は益々華族に列せられ宮内内務の大臣は犯罪に対する不可侵権を獲得し放蕩無頼の徒にして敢て義憤を蒙り制裁を受くることなく白昼公然伯爵を冒認し神霊を横領するものある今日、被告は、犯罪とは事の善悪若しくは人の名誉に関する問題にあらず只単に損得に関する経済上の問題なりとする時代思潮に卒先したるものなれば其情や寧ろ原諒す可きものあり(二)被告の人格は朝野の名士数千名の連署を以て本日提出せる歎願書に記載するが如く、(三)又被告は今こそ朝夕の送迎に自働車を以てせらるるも在世中は電車に於ても決して他人に席を譲りたる例なき身分なり、(四)萬一被告が体刑を執行せらるるとありとせんか一家は離散し妻子は餓死し債権者は迷惑す而して被告は高等遊民となり犯罪に次ぐに犯罪を以てせん。
 以上の理由により、先の弁護人の無罪論が到底本件有罪の事実を否定すること能はざるものとせば、弁護人は茲に新に被告一同に対し執行猶予の恩典を与へられんことを切願す。(註。素行調書の一部)
      素行調書
      綽名及其起因
 綽名は「アスグリ」蓋し「モグリ」「アイス」の親方と云ふ処より之れを逆読略称したるものならん。
      前科微罪訓戒
 前科は選挙法違反のみにして委託金費消偽証教唆は予審免訴となり文書偽造徴兵忌避は微罪として不起訴
      教育程度
 大学法科卒業程度
      資産生活収入
 資産としては電話一個の外家財約二千円のみなるも火災保険には二萬円を付しあり右は某華族の相続事件の謝礼として受取りたる古画其他の美術品と称するものを高価に見積りたるなり、生活状態は中流を営み月収五百円以上あり
      兵役
 九段靖国神社成田不動尊等の甲斐もなく身体益々健全となり、石の上の三年極度の眼鏡等を試みたるも効果なく遂に本籍を知己徴兵検査官在勤地に移し不合格に合格せり
      健康状態及精神病系統の有無
 身体健全強壮精神に異状なし但し痳病梅毒の気味あり
      犯罪の動機
 会金を胡麻化し私腹を肥さんと欲する悪心よりも会を自由に掻き廻し虚名を博せんと欲する野心より出づ
      犯罪に対する一般の感情
 一般社会は又かと嘲笑するのみ別に注意せず
<以上は、山崎今朝弥氏が著作者である。>
<旧仮名遣いはそのままとし、踊り字は修正し、旧漢字は適宜新漢字に修正した。>
<底本は、東京法律事務所『東京法律』第24号2頁、大正5年(1916年)10月1日号>
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