大庭柯公君を殺したものは誰か


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大庭柯公君を殺したものは誰か
          山崎今朝彌
 「大庭君を殺したは誰か」廿一日であつたか、二十二日であつたか少々頭の具合が悪いので風を引いた事にして夜早く八時頃から寝てゐると、何時頃であつたか「東京日日」より「今、大庭柯公氏がロシヤで殺されたといふ電報があつたが事実だらうか」といふ電話があつた安眠して頭を取返そうといふ計画がフイになつて其の夜はとうとう昻奮して眠れなんだ。出発の際見送つたは僕一人であつたこと、大庭君が何となく淋しそうに見えた事、遺言めいた伝言があつた事など順々と思ひ出されたどうせロシヤ電報であらうとは思つても、一度言つて置きたい言つて置きたいと思ひながら、今暫らく暫らくだとつい遠慮してコンナ事がある迄言はなんで口惜しかつた事が僕を極度に昻奮させた。
 僕はエライ人でもなし、干からびた人間でもないから、知らないレーニンが二度や三度殺されても、ヨツフエが一人や二人殺されても、ビクともしないが、知つてゐる堺君が刺されたの大庭君が殺されたのときけば、シヨツクもする、腹も立つ大庭君が軍事探偵であり、怪しい人間であると思ふなら格別だが、若しさうでないと信じてゐるなら、モツト早く何とか方法があつたと思ふ、ロシア人はエライに相違あるまいが、日本人だつて家来ばかりぢやない。何もロシア人の鼻息を伺ふ必要がないとしたら、久しく牢屋に打込まれてゐる間に何んとか抗議救ひ出しの方法がなかつた筈がない、ロシアの飢民も、ルールの占領も大事件に相違ないから抗議も電報も救済も示威運動も差支あるまいが、ナゼ同志だ、仲間だ、同盟だ、子がある、妻があるといふ大庭君の保証位が恐いだらう。抗議も保証も役立たぬといふなら、報復手段の方法はいくらもある、対等なる報復手段の採れない筈がない、片山君なら判らない、仕方がない筋が違ふで通らうが。
 コンナ事が判らない訳がないのに、コンナ事になつたのは、蓋し大庭君を怪しいと思つたからではない、ドウにも仕様がなかつたのでもない、少しも考へ及ばないんだからでもない、先方には全く頭が上がらなかつたからでもない、全く同情も人情もなかつたからでもない、僕はどうしてもコレハ、味方ではないものは、之を敵と視る秘法の罪であると思ふ。其味方を極狭くして、敵を余りに語らない恐はがつた戦法であると思ふ。要するに仲間喧嘩のせいであると思ふ、春秋の筆はイザ知らず。夏冬の論法を以てしても、大庭君を殺した者は誰であらうか。
<以上は、山崎今朝弥氏が著作者である。>
<旧仮名遣いはそのままとし、踊り字は修正した。旧漢字は適宜新漢字に直した。>
<底本は、『復刻版進め』(不二出版、1989年)、底本の親本は、『進め』(進め社)第3年3号(大正14年(1925年)3月号)11頁>
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