前内閣の雑誌「解放」弾圧史(後編)


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前内閣の雑誌「解放」弾圧史(後編)
          山崎今朝彌
      命令書
 大正十五年十一月一日附『解放』第五巻第十五号臨時増刊守田文治著『各国革命文書集』号は秩序を紊乱する虞れありと認め其の発売頒布を禁止す。
 大正十五年十一月三日
          内務大臣 濱口雄幸

      通知書
 先般決議に相成候検閲制度改正法律案作成の件並に解放発売禁止訴訟提起の件は其儘と相成居候処、今回又『解放』十一月号全く理由なき発売禁止と相成候に付き此の機を利用して決議に基く訴訟提起し度に付応援を乞ふ旨山崎氏より申出有之候に付ては明後正午より会館にて総会開会候条御参集相成度候也
 大正十五年十一月七日    自由法曹団

      発売禁止事件訴状
         東京市芝区新桜田町十九番地
         原告 解放事 山崎今朝彌
         同市麹町大手町一丁目一番地
         被告 国事 大日本帝国
         右 内務大臣 濱口雄幸
      一定の申立及請求の目的
 被告は一金十萬円也の内金壱百円を支払ふべし
      請求の原因
 一、原告は新聞紙法による月刊雑誌『解放』を発行する者なるが、『解放』は六月七月八月九月の四ケ月連続して発売頒布を禁止されたり。
 二、当局は右は特に『解放』を潰す為めの圧迫に非らずと言明するにより、原告は既に内務省警保局図書課に長く昔より存する内閲制度の内検閲を経て十月十一月号を安心発行せり。
 三、然るに十一月一日発行の臨時増刊第五巻第十五号守田有秋特集四六版『解放』各国革命文書集号は、其内閣許可済の発行なるにも不拘、十一月三日突如、当局者の遺憾恐縮申訳なし、お叱りお小言責任を負ふ、上司の一言鶴の一声等の申訳のみにて内務大臣より復た再び其発売頒布を禁止され雑誌全部を押収されたり。
 四、原告の蒙れる損害は実に萬を以ても算へ難しと雖も、印紙代等の関係もあれば先づ試に其一部百円に付き、又当局が為めに犬糞的態度に出づるが如き人格者に非ざる事を確信し、マサカ政府が鄭重特別の審理を求むる本件に、管轄違の抗弁もなからんと存じて茲に本訴を提起す。
      訴訟の理由
 一、国家の有する発売禁止の権力は仮令其れが根本に於て実力なり圧迫なりとするも、法律上既に正当化されたる適法行為なれば、敢て臣民の苦情を許さず。然れども国家も亦人権尊重の為めに其絶対の権力を捨て公法的の地位より下りて人民と対等に、私法的の地位に立ち合意契約するは必ずしも不法にあらず。現代国家の傾向に合流一致する内閲発行の合意契約は蓋し之れなり、私法的対等契約なり。
 二、若し内閲発行の契約が国家の禁止差押の権力を制限するものとせば其契約は公の秩序に反する無効の契約なりと云はれても仕方なし。然れども婚姻不履行者が損害賠償の責に任ずる場合に於ても、当事者は自由に其履行不履行を撰択し得る如く、本件に於ても亦被告は勝手に発売禁止を為し得べければ、被告の権力は毫も制限を受くるものにあらず。
 三、従つて婚姻予約の不履行者が婚姻を拒むの権利あつて而かも損害負担の義務ある如く被告も亦発売禁止の権力を維持して尚且つ損害賠償の義務あるものと信ず。
 大正十五年十一月二十六日
          右 山崎今朝彌 印
東京地方裁判所 御中

      答弁書
 原告山崎今朝彌被告国代表者磯部巌間の大正十五年(ワ)第四三七五号雑誌発売禁止に基く損害賠償請求訴訟の件に付答弁をなすこと左の如し。
      形式上の答弁
 一、本件の訴を却下す訴訟費用は原告の負担とすとの判決を求む。
      答弁の要旨
 一、原告は大正十五年十一月発行の雑誌四六版『解放』の発売頒布の禁止処分に基く損害の賠償として金百円の請求を為すも発売頒布の禁止並に差押は国家の警察権の発動に基く行政処分にして之に因る損害の賠償責任の有無に付ては民法を適用すべき筋合にあらず故に原告に訴訟なし、因て茲に無訴権の抗弁を提出す。
 二、本件は裁判所構成法第十四条の規定に依り区裁判所の管轄に属すべきものにして地方裁判所の管轄外なり因て茲に管轄違の抗弁を提出す。
右答弁候也
 大正十五年十二月十四日
          右 磯部 巌
東京地方裁判所民事部第十一部 御中

      準備書面
          原告 山崎今朝彌
          被告 日本国
 右当事者間大正十五年(ワ)第四三七五号雑誌『解放』発売禁止に基く損害賠償請求事件に付準備書面を以て左に主張事実を明確にす。
 一、内務省には内検閲なる制度存し凡そ弐拾年前より定期刊行物に対し内務省の内意亦は発行者の申出により発行前発行者より弐通の校正刷を提出し一通は図書課に保存し一通は検閲済及削除箇所指摘の印を捺して還付することにより検閲を受け来りたるものなり右は発行者側よりすれば其発行前検閲を受け其承認を得るときは発売禁止せらるべき虞なきを以て安心して発売し発売禁止によりて受くる損害を防止し得べく一方内務省側よりすれば其発行物に対し急速に之れが検閲を為すを要せず時間の余裕を見て之れが検閲を為すを以て検閲官の人員に調節を為す便宜あり旁々双方の利益の為め如此簡便なる契約慣行を生じたるものなり。
 二、而して本件雑誌『解放』も再び大正十四年十月より内務省の要求に応じ之れと協約し内検閲を受け此内検閲を受けたるものに対しては発売禁止を為さずとの契約慣行の下に毎月之れが発売を為し来りたるものなりとす。
 殊に本件係争号は宮崎属並に久慈事務官の内検閲及び削除箇所指摘捺印を受け其通り之れを削除し発行したるものなり(検印あるゲラ刷全部保存しあるに付被告に於て否認すれば提出す)
 三、然る処右発行後図書課長より電話あり発行人たる原告の出頭を求め久慈事務官代て原告に左の如く話されたり
 上官特に大臣は頗る強硬にて本号の内容は一つ一つは別に問題とすべき処なきも一巻として「各国革命文集」の存在を許すは秩序を紊乱するものと認むるが故に発売禁止するの意図なり然れども当方に於て尽力の結果更に一二点の削除更正をせらるるに於ては発売するも差支なしと云ふことになりたる故誠に恐縮申訳なけれど念の為め一札を入れられたし。
 原告も泣く子と地頭には勝たれぬと考へ之れに同意し同事務官より提示せられたる原稿に基き之れが削除更正を為すべき旨の一書を差入れ(此一札は内務省にあるに付提出を命ぜられたし)帰宅せり。
 四、然るに帰宅後間もなく又々久慈事務官より御気の毒なれども上官の命令鶴の一声にて如何とも致し難く我等の努力も効を奏せず発売禁止と云ふことになりたればどんなお叱りでもお小言でも頂きますからどうか不悪御諒承を乞ふ旨の電話あり、同時に発売禁止の命令あり。警視庁総出にて大差押を為し之れを引上げたるものにして右は全く被告が多年の慣行と原告との契約を無視したるものにして不当も甚太しと云ふべし。
 五、無訴権の抗弁は全く素人の域を脱せざる理由なき理由にして理由とならず管轄違の抗弁は訴訟を遅延せしむるの効を有するのみにして被告も既に前非を悔ひ全部之れを取消したるに付き今更之れを追窮せず。
右準備書面提出仕候
 昭和二年五月廿一日
         原告代理人 松谷与二郎 印
東京地方裁判所民事第十一部 御中

      甲第一号証
 大正十五年十二月一日附解放第五巻第十七号「四六版解放十二月号」石川三四郎著「世界社会運動史号」は秩序紊乱の虞あるに付き其の発売頒布を禁止す。
 大正十五年十一月廿九日(註訴訟提起新聞宣伝の翌日)
         内務大臣 濱口御幸

      判決書
          東京市芝区新桜田町十九番地
          原告 山崎今朝彌
          右訴訟代理人弁護士 木田重寛
          松谷与二郎
          被告 国
          右法律上代理人内務大臣 鈴木喜三郎
          右指定代表者内務省属 宮崎信喜
      【事実】
 原告訴訟代理人は被告は原告に対し金百円を支払ふべし訴訟費用は被告の負担とすとの判決を求むる旨申立て其請求の原因として原告は月刊雑誌解放の発行人となるところ従来屢々内務省より右雑誌の発売頒布を禁止せられたるに鑑み大正十四年十月同省の要求に応じ爾後同省警保局図書課に於て内検閲を受くることとなり同省と内検閲を経たる上は発売頒布の禁止及差押を為さざる旨の協定を為し原告が大正十五年十一月一日前示「解放 第五巻第十五号臨時増刊各国革命文書集号」を発行するに当りても亦従前の如く予め内務省警保局図書課に於て同省久慈事務官及宮崎属に内検閲を受け其命に従ひ削除訂正して発行したるに拘らず同省は右協定を無視し遂に発売頒布を禁止し且つ差押を為したる為原告は数萬円の損害を蒙るに至り仍て被告に対し右損害金百円の賠償を求むと述べ、立証として甲第一号証を提出し乙号各証の成立を認めたり被告指定代理者は原告の請求を棄却すとの判決を求め答弁として原告主張事実中原告が月刊雑誌解放の発行人なること及大正十五年十一月一日発行の同誌臨時増刊各国革命文書集号に対し内務省が発売頒布を禁止し差押を為したる事実は認むるも其余は否認す殊に同省には原告主張の如き定期刊行物に対する内検閲制度なるもの存せず只従来東京市内に於ける刊行物発行者の便宜を慮り特に発行前内検閲を為し居りたるも之が為発行後に於ける発売頒布の禁止に差押処分に対し何等の影響を及ぼすことなく原告に為しても右処分を為さざる旨の契約を為したることなし加之前示臨時増刊各国革命文書集号の内容中には内検閲を経ざる部分及内検閲の際削除を命じたる部分をも包含するを以て孰れの点より見るも原告の本訴請求は失当なりと述べ立証として乙一乃至第五号証を提出し甲第一号証は不知と答へたり。
      【理由】
 原告が月刊雑誌解放の発行人なること及内務省が大正十五年十一月一日発行の同誌臨時増刊第五巻第十五号各国革命文書集号に対し発売頒布を禁止し之が差押を為したることは当事者間に争なし。
 而して原告は本訴請求は原告は大正十四年十月より同誌発行前予め内務省警保局図書課に於て内検閲を受くることとなり之を経たる以上は発売頒布禁止及差押を為さざる旨の協定成立し右各国革命文書集号発行に際しても亦予め内務省久慈事務官宮崎属に内検閲を受け削除訂正の上発行したるに拘らず内務省が前約を無視し発売頒布を禁止し且差押を為したる契約違反を理由とするものなりと主張すれども右の如き国家警察権の発動を阻止するが如き契約の無効なる事固より自明の理なれば爾余の判断を加ふる迄もなく原告の主張自体既に失当なるを以て之を棄却し訴訟費用の負担に付民事訴訟第十二条第一項を理由とし主文の如く判決す。
 昭和二年六月廿五日判決言渡
 東京地方裁判所第十一民事部 裁判長判事 佐々木良一 判事石田寿 判事菅原達郎。

      十五ワ四三七五号証拠物写
乙第一号証 請書
 解放第五巻第十五号(大正十五年十一月一日発行四六版解放)の第四十三頁四頁、第九十三頁四頁、第九十五頁六頁、二百三十九頁四十頁の四枚を貴方に於て切取下さる事を承諾仕候。
 大正十五年十一月三日
          右解放発行人 山崎今朝彌 印なき故捺印せず
内務省警保局図書課 御中

乙第二号証
 今度私が起した訴訟に就て新聞などで見ると課長さんなど誤解してるやうですが、アレは貴下等が悪いの不都合だのと云ふ点を争ふのでなく全く法理上の問題です。誤解ないやう御諒解を願ます。貴下等が穏便論者発禁反対論者で極力解放弁護の立場にあつた事はアノ時のイキサツで明であります。只私は内閲と云ふ制度をモツト公認合法的のものにし今の内規内密的のものでなくしたいと思ふのです。ソレにはマケても何でも、訴訟か議会の問題にするが一番早道で、私としては訴訟が一番カンタンですからです。今の所では内規的恩恵的の内閲があつたからとて其の後の再考又は形勢情勢により発禁を妨げるものでない事は当然である。勿論訴訟は私のマケでせうが此の結果は全く効力ないものでもなからうと思ひます。ダカラ課長サンの(新聞の)やうに内閲はしない?品が違ふナゾ、ソンナ無茶は云ハンで下さい。其点がモンダイでもないから。
 大正十五年十二月十七日    山崎今朝彌
帝国警保局図書課 御中

乙第三号証
 先日電話でも御願した此二冊(問題の革命文書集及訴訟提起と同時に連続発売禁止となつた四六版解放十二月号石川三四郎世界社会運動史号)の内検閲願上候。もう訴訟の広告で印紙代は稼いで仕舞つたから此の二冊の内検閲の出来次第訴訟取下げます訴訟では内閲許可済のものを発禁としても損害の責にも任ぜざるや否の点を明にしたいと思つたのですが。
 昭和二年二月吉日    山崎今朝彌
図書課 磯部様
 以上原告本人の端書並書類写、証拠として提出候也
 昭和二年五月廿七日    被告代人 宮崎信喜 印
東京地方裁判所民事第十一部 御中

      願上書
 ズツと昔提出内検閲願出置候石川氏の世界社会運動史と守田氏の各国革命文書集、世界の方は宜敷けれど、各国の方は到底駄目との趣、訴訟の取下も出来ず、誠に遺憾に候も又仕方ありません。各国は初めより全体としての存在が秩序紊乱、一箇一箇が悪いといふにあらずとの理由、此の理由の理由ある事は初めより私も認める所であります。只裁判にて内検閲をせずとか内検閲をせざる部分ありとか其のため発売禁止にしたりとか枝葉の抗弁ありたる者の報告、及び解放はもう内検閲してやらぬと叱られたとの報告ありたる故試みに願出たる次第不悪御諒承下され度。依て案ずるに部分々々としてよきものが総体として悪しとは要するに革命文書集なる題号が悪いといふの一点に帰着すると存候故、もう検閲も糞もなく一か六かで、あの儘題字だけ変へ出版法に依て出版可仕右御含み置き下され度願上候。
 昭和二年五月    山崎今朝彌
日本国内務省 御中

      出版届
 「世界各国著名文書集守田文治著」全一冊
 右出版法に依り昭和二年七月一日より発行候条製本二部相添此段及御届候也。
 昭和二年六月廿七日    発行編集兼印刷人 山崎今朝彌
内務大臣鈴木喜三郎 殿

      命令書
 「世界各国著名文書集守田文治著」全一冊
 右秩序紊乱ヲ以テ発売頒布ヲ禁止シ其差押ヲ命ズ。
 昭和二年七月一日    内務大臣 鈴木喜三郎

      控訴状
          控訴人 山崎今朝彌
          被控訴人 日本国
 右当事者間東京地方裁判所民事第十一部大正十五年(ワ)第四三七五号内検閲雑誌発売禁止に基く損害賠償請求事件に付き昭和二年六月廿五日、言渡の原告の請求棄却の判決全部に対して控訴す。
      一定の申立
 原判決を破棄す。被控訴人は控訴人に金十萬円の内金百円を支払ふべし。
      事実立証
 原審通り。
      控訴の理由
 第一、従来内閲と云ふこと(制度)があり本件解放は其の内閲を受けて発行したのを政府の都合で禁止したのだと云ふ事実を確定して貰ひたい。此の事実は当方の出した甲号証先方の出した乙号証に依ても、又政府が此の訴訟の為めに内検閲制度を廃し今や出版業者間に囂々と問題が起つてる事実に依ても地球の存在より明白の事実である。然るに被告は控訴人が訴状準備書面口頭弁論でいくら口を酸くして其点が問題でない事を説明しても只管恐れて飽くまで素人の如く強情を張り通して何処までも之れを否認するに依り先づ之れを確定して貰ひたい。
 第二、予め検閲を受ければ発売禁止をしないと云ふ契約がなぜ無効か、仮りに其の契約が無効だとしても、なぜ契約不履行者が依て生じた損害を支払はなんでもよいかを説明して貰ひたい。控訴人が原審で訴状でも口頭弁論でも噛んで含める位説明した通り、此の契約のため政府は発売禁止の権を阻止されるものでない。併し発売禁止をしない即ち発売禁止をされるような検閲はしないと云ふ約束をした者が其約束に背き即ち契約を履行しない為に相手方に損害を与へた時に其損害を支払ふ事がなぜ悪いか、原判決には此の点の説明が少しもない。
 第三、要するに内閣と云ふことは原審来論ずる如く後で禁止されても少しも構はないぞ。宜敷う厶いますと云ふ切捨御免の制度であるか、又は。双方の為めだから予め検閲に持て来い、後で禁止されるような屁間はやらぬ。若し禁止されたら損害を払ふと云ふ多少進歩した近世的文化式制度であつたかの問題である。而して婚姻の予約は無効であつても相手方に生じた損害は違約者が支払へと云ふ事に進んだ現時にあつては後者に解すべきが妥当であり社会通念である。
 昭和二年十月一日
          右 山崎今朝彌
東京控訴院民事部 御中
(大尾)
<以上は、山崎今朝弥氏、一部につき自由法曹団(1926年公表)、松谷与二郎氏(1937年没)が著作者である。>
<旧仮名遣いはそのままとし、踊り字は修正した。旧漢字は適宜新漢字に直した。>
<底本は、『解放』(解放社)第6巻17号30頁(昭和2年(1927年)10月1日発行)>
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