前内閣の雑誌「解放」弾圧史(前編)


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前内閣の雑誌「解放」弾圧史(前編)
          山崎今朝彌
 大正十四年九月廿五日内務大臣曰く、
 大正十四年十月一日附解放十月号第四巻第一号蕎麦屋の女と題する記事あるものは頒布を禁止す。
 翌々日の各新聞は内務省が従来の慣例を破り一部の不穏記事により雑誌全部を禁止せず其不穏部分のみを禁止せる新例の英断を激賞するにも不拘、差押の警官は其部分の切取を命ずるの親切面倒を見る代りに、喜び勇んで数萬部の差押を敢行す。解放社は直に其二頁だけを広告に刷り代へ、忽再版忽禁止忽参版忽解禁の再版を出す。内務省の御機嫌初めて斜なり。
 再版配本の際、誤つて初版二百部の潜入したること発覚、追窮頗る峻厳、本屋全く困厄。依て不得要領の証明書を与ふ。
      証明書
 再版の中に初版が混へていたとの事御迷惑でした。ソレを刑事高等が毎日煩さく脅すとの事、只今警視庁へ抗議致して置いたが今度来たらスグ署なり警視庁へなり突出して下さい。ソンナ不法の営業妨害をする奴ニセ者です。此事に関しては全部本社の責任で貴店に何等の関係ありません。どうか安心してドシドシ売つて下さい。
 何が祟つてか之れより捜査愈々峻烈関係者全部召喚、遂に左の始末書となる。
      始末書
 数回御呼出を受けたが、トテモ忙しいので失礼しました、用件は例の事でせう、始末書の方が却て双方の便利でせう、之れ以外の用件だつたら又た御知らせ下さい。
 一、僕は持主社長兼署名人故民事上の責任と記事に付ての刑法上の責任はあつても、其時不在で事実に関係がなかつた、発禁物売買に関しては全く責任はない。
 二、当日配本屋に其初版を渡した書生は第一印刷屋が既に切取をして届けたものと信じ(配本残りの問題の二百部は発禁後印刷屋が本社へ届けたもの)、第二印刷屋にヨク調べて配つてくれと注意して渡したもので犯罪たる事実を知らない者です。
 三、印刷屋が製本屋に切取配本を確かに命じたと云ふ事は嘘である筈がない。一文にもならないのに物好に発売禁止ものを態と配らせる理由がない。
 四、製本屋の小僧さんは言付けが判然呑み込めず、ヨク注意して配つて呉れとは部数を間違はず配本して呉れとの事と思つて配つたとの事、之れも事実を知らずして為したるものとして当然無罪でせう。
 五、本屋が一番睨まれてるとの事、しかしあの本屋の発送時の態ツたら丸で戦争です。表紙が違ふからと云ふて一冊一冊見て配る訳のものでなし、少し位混つて居たからとて気の付かぬは当然です。
 六、以上要するに本件は間違だらけで罪人は一人もないのです。
 警視庁 御中
(本件は検事局で関係者一同が取調られ六ケ月もかかつて不起訴となつた)

 難物だけの内閲検を受けた十月号に祟り、十一月号十二月号は全部の内検閲を受ける、検閲官厭がること夥し、問題になりさうな処だけ持て来いとの仰せ、然るに正月号は発売禁止の価値十分ありと後で大目玉。
 二月号以下六月号に至るまでは呼出しては呼出され注意の連続連発し殆んど寧号なし。

 六月解放群書第三編「プロレ諸大家最近傑作選集」を発行す、蓋し解放正月号乃至四月号の残本返品創作の部の合本也。内務省に一冊贈呈「乞高評」。正式に出版届を出せとの仰せ、合本は印刷発行でないから届出の要なしとの抗弁、従来の慣例は新に出版届をして居るとの又仰せ、法律の正条は之れを必要とせずとの再抗弁、其れは其方の解釈で此方の解釈とは違ふとの御命令、泣く子と地頭に勝てるものかと正式届。翌日からウロウロと気味悪い探査、ハテナと思ふ間もなく警視庁と内務省とから電話で切取の御達し、仍て直ちに左の歎願書を提出す。
      歎願書
 昨日解放群書第三編の悪い箇所を切取れとの御相談で厶いましたが、あれは発売禁止になつて居ない解放正月号乃至四月号の合本です。残部壱萬部から千部だけ合本したものです、私の方では合本を発売禁止されたら之れを広告に利用し、マサカ今更昔の古い解放を禁止も出来ない処へ付け込んで、手元の残本五千部を(正月号は一冊一円です)売り尽す方が営業上非常に利益ですが、其れは余りに不本意ですから、社会風教上の効果等も御考慮の上、解放残本全部を廃棄する事を条件として今度の切取を御勘弁願ます。
          解放社争議団
 内務省図書課重役 御中

 其れは罷り成らぬ、でも厶りませうが其処を枉げて、で数月経過。では当方で切取らせるから請書を出せ、ハイ罷りましたで左の一札。
      請書
 解放群書第三編儀今回当然発売禁止と相成筈の処特別の詮議を以て貴方に於て悪化の部分を削除、販売を御許し下され誠に有難く此段御請申候也
 内務省 御中    解放社

 四五日すると警視庁よりケタタマシイ電話、新聞紙上公公然と発売禁止となった解放群書を公公然と市場で売ってる、早く命令箇所を切取らなくては売切れて仕舞ふとの御叱り、其れは本家の内務省と約定済で請書まで出して一切御任せしてある旨を断わる。其れは内務省が実際を知らぬからの失策で、ソンナ事が出来る訳のものでない、止むを得ぬから当方で仮差押をして警察まで引上げ電話をかけるから、承諾書を出せとのこと。依て人好し本社は先様の言なり次第に又一札。但し文句が面倒であれでもないこれでもないで、二三日して漸く左の通り
      承諾書
 解放群書第三編プロレ諸大家傑作選集を警視庁にて各本屋に就き仮差押を為し警察署に引上げ当方へ電話を掛け又は御呼出下さり当方出頭の上御命令の箇所を切取り残骸(第三版として売却するもの)を下付に相成る事毛頭異議無之候
 警視庁 御中    解放社

 七月号の禁止は毎年の例也。今年はマサカと思へど念の為め印刷部数を半減す。大臣変り係官更り突如禁止の命令総ての無産雑誌に及ぶ。山内編集子は内務省訪問の結果を報告して、口実は本荘可宗氏の「労働階級と真理」の国憲紊乱にあるも、事実は合切袋の左の記事に原因するものの如しと。
      群書発売禁止   残本応用
 ◇群書第三編は安成二郎氏の「大杉丸焼け」と中西伊之助氏の「或農夫の一家」とが風俗壊乱秩序紊乱とあつて発売禁止。併し改訂版には公然官許の其記事ある残本を添へる故、読者には少しも迷惑は懸けなかつた。

 四五日すると御得意の警視庁は又召喚開始、山内君は生れて初めての聴取書を取られる、発行者は例により又左の始末書を出す。
      届出遅延に関する始末書
 解放は開闢以来曽て届出の後れたることなく今後も亦同じかるべきに、七月号に限つて七日も後れたるは実に左の理由に基く、決して他意あるに非ざれば、其誠意の存する所を買つて御勘弁相願上奉り候
 大売捌への配本はいづこも同じく印刷屋より直接為され残りを本社へ届け即日法定官庁及び直接読者へ配本するものなる処、本月は印刷所にて計算違ひのため注文より壱萬部少なく刷り、大売捌へ配本後之れを発見し、昼夜兼行一週間にして漸く印刷を了し即日之れを全部切手前納郵便に付したる次第、右は印刷所と郵便局と貴着の郵便物とに依て十分立証し得られ候。ツマリ届出の遅延は犯意を阻却する不可抗力と解し得らるるものと存候。
 押収部数の少なかつたは遺憾此事に存候へ共、之れは発行部数半減のためにして決して届出遅延のためとは存じ不申候。発行部数の半減は、七月号は例年解放の厄月なるの故にして発売禁止を予想したる故には無之候。
 警視庁 御中    解放発行人

 内務省と雖もマサカ解放位を目の敵にして居る訳でない事を知つて居たから高を括つて八月号の合切袋に入れた。
      禁止頻憤
 去年もワケなく七月号をやられた。今年もやられた。虫も充分知つて居たらしかつた。七月のセイだやら内務大臣が入替のセイだやら。内務省はアクまで内容のセイだと頑張るが、以後注意しなくては困る。此頃の流行歌は「解放潰すニヤ何んにも入らぬ、禁止の三度もクレリヤよい」
とやった。処が冗談から駒が出てか、正直の頭に損宿つてか、解放は出来たか? ハイ左様配本を二三日待て、ハイ承知、ココを十枚切り取れ、ハイ有難うの百萬遍も云つて只独りプンプン。ソコで翌日の下各新聞には左の記事。
      発売禁止問題で自由法曹団起つ
 七月号の左傾雑誌は全部一斉に発売禁止になつたので文士連は奮起して発売禁止防止期成同盟会を組織し着々と運動中であるが、自由法曹団の元老山崎弁護士の発行する雑誌解放は八月号が又々禁止になり之れで三ケ月禁止が続くのは高等政策から出た弾圧であつて結局人権蹂躙であるといふので、自由法曹では昨日午後一時から弁護士会館で集会を催し左の決議をした。
 一、利益なしとするも将来のため山崎氏に禁止命令取消の行政訴訟を起させる事(委員長松谷弁護士)
 二、当局を訪問して事情を聴取し、臨機糺弾すること(委員長布施弁護士)
 三、発売禁止に関する自由法曹団の法律案を作製して議会に提案せしむること(委員長横山弁護士)
 続いて左の新聞広告
八月号 解放読者に謹急合掌
解放及解放群書発行所解放社は 東京芝区新桜田振替三六九四四
解放由来穏健也        然るに発売禁止六七八
三回連続古来稀        近来検閲頗悪化
全誌壹面忽赤化        秩序紊乱幾十頁
風俗壊乱数百所        断然下る切取命令
何でも無のに過激派極まる   製本済ゆへ只申訳け
本の少々討取切取       危険を冒して本日壹斉
全国同時に配本発売      人感情人生意地
憎いさ余て新たに禁止?    御買損じは一生の後悔
半円投じて即刻即刻      壹刻千金此事也
四六解放創刊号        幸徳秋水文集号
極秘突然一昨真夜中      全国一斉配本済
○○危険充分也        壹円投じて是亦即刻
南無妙法蓮華経霊注射頂門一針  群書各冊各壹円南無妙法蓮華経

 争議が永引けば必らず紛糾が起り内紛が起る。軍資金が無くなる厭気がさす。妥協する解決するといふものである。
 四六解放は逓信局とも内務省図書課とも交渉研究の上毎月二回各一日発行で八月号から出したのだが、アノ広告以来警視庁から四六解放とあるからには解放とは別の雑誌だ書籍だと云ふ故障が出て毎日ゴタゴタ、ヤツト毎月毎号臨時増刊で落着。気を揉み抜いた岡編集主任からも広告の苦情が出る。ウント掉尾の一振をヤツと往生せんかなどの気も起る。
 処へ又候九月号が切取れ切取れの命令。八月号は切取りの完全だつたのは一冊もなかつたどころか、少しも切り取らないのが多かつたからとて、今度は正服五名が立会の上サボタージでもするかと、鵜の目鷹の目。営業部よりは編集部へあれの内検閲を受けない法があるかとキツイ小言、編集部よりは営業部へあんな広告を出す者があるかとデカイ苦情。苦情までもなく広告費は尽きる。マルクスの所謂『否無し応無しやる気無し金も無ければする事も無し』で今度はビラを撒いたり重役を訪問したりといふ処を端書を書いたり手紙を書いたりといふ順序となつた。
      抗議歎願書
 警視庁は何故に解放を目の敵にして居るのですか。毎号毎号グズグズ云ふのは解放ばかりだと云ふ事ですが何故ですか。内務省の方では警視庁の方が煩いからで私の方では何ともありませんと云ひました。此節の解放恥かしい位遠慮してるではありませんか。以後キツト御注意の程奉願上候。
 警視庁検閲課 御中    解放社

 拝啓、解放に限つて圧迫が厳重なので警視庁へ談判したら当方は只内務省の命令を遂行するのみだと云ふ。云はれれば規則上其通りで一言もない。僅々百六十頁の雑誌を十枚も切り取られては売物にならない。風説を一々信ずるのではないが一体何か解放に個人の怨みがあるのですか、競争雑誌の中傷だの投書だの運動だのと云ふ事は有り得る事でない。意見の相違とは云へ解放なんかアンナものがドコが悪いでせう、コツチは恥かしくてならない位です、乍失礼以往復及問合候也。
 内務省図書課 御中    解放社

 其後は久濶、本書持参の山内房吉君は僕の発行する雑誌解放の編集長です。扨要件は山内君から聞いて下さい。要するに解放が五回も六回も続いて毎号発売禁止になるに付き何とか考へて貰ひたいと云ふ事です。尤も僕まだ規則を調べぬから参与官の何物なるかを知らないが、其昔し松田君が勅参だつたとき、同じく頼み込んで毎号内検閲をして禁止されない事にして貰つた事がある。図書課の役人は解放を昔其儘の大雑誌で大発行部数を有つてると思ひ込み、一萬部差押て尚大部分をカクシた様に云ひ誠に有難迷惑、圧迫の原因も実に茲に存して、大雑誌に大々的赤化宣伝もヤラれては困る、他の片々たる雑誌と取締を異にするは行政上高等政策上当然だと云ふにあるらしい。内幕スツカり山内君に聞いて夫々下役人とも相談し他と同一程度の取締にして貰ひたい。時々相変らずイタズラはするから、もう内検閲はしないと云はせるほどに憤らせては居る、其処は僕を知つてる君が上手に保証してよろしく。
 鈴木参与官 殿    山崎今朝彌

 コンナ事から二三回の交渉よろしくあつて十月号からは全部の検閲をしてくれる事になり、トニ角十月号は事なく納まつて争議は茲に一段落を告げた。
<以上は、山崎今朝弥氏が著作者である。>
<旧仮名遣いはそのままとし、踊り字は修正した。旧漢字は適宜新漢字に直した。>
<底本は、『解放』(解放社)第6巻8号157頁(昭和2年(1927年)6月1日発行)>
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