人粕事件といふもの


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人粕事件といふもの
          山崎今朝彌
 本稿は僕が去年の暮、復興「解放」から頼まれて書いた「地震鮮人火事暴徒」の一節である。本年二月に復興すべかりし「解放」は四月に至つてとうとう寂滅に確定し、原稿は其儘未決拘留で居たが、旅行するに付き明日から暫く怠業本日フト筐底を探して本稿を見出し、此一節は此雑誌に役立つよう考へたから茲に投書するものなり(十三、七、二九)

 凡裁判と云へば、原告と被告、又は甲と乙との間に争かあつて、其争を甲にも乙にも関係のない人が其人の良心と信念とで結末を付ける事だ。で子供や生徒が悪い事をして、其れを親や先生が他の子供や生徒に見せしめのため裁きを付けても、又は職工と工場主との労働争議の際、職工長や技師長が命を承けて仲裁しても、之は裁判だ判決だとは云へない。軍法会議の裁判も其通りで事件が起きる、当局は先づ都合のよい発表なり又は新聞記事の差止なりをする。それから、下官を判事とも云へる判士に任命する。都合が悪ければ勿論取替も出来る。上官の意思の存ずる処を、下官なる判士に知らせたくば、仮へばイクラでも方法がある。公報を以て犯人の一人をかくすもよい、主たる被害者を発表せぬもよい、犯人弁護の起訴理由を公表するもよい。下官は直に曹長以下大尉以上に及ぼしてはいけない、財物奪取や子供の事を、余り深く追窮してはならぬ、との暗示を得る。下官は其裁判限りで又元の本職に返る。上官に睨まれては勿論出世は出来ない。軍隊の名誉は重んじなくてはならぬ。独立もなければ自由もない。軍隊で都合の悪いと思ふ人は弁護士でも弁護人にはなれない。全く、裁判だ判決だといふ考は起らない。此点は末弘巌太郎博士が軍法会議廃止論によく述べてある。尤も大学教授に言論の自由があるものなら、裁判視の点に聊か不足の点がある。でも構はない、判決を見て一々論批評しよう。

 (一)正彦は予て社会主義の研究を遂げたる処は初めから随分笑はせる。社会主義者の名を三人知つて居り、社会政策講習会の講義を二回聴いて之もホントかどうか、本を一冊読まないからつて、其で研究が遂がつたなら、成程、大杉と朝鮮人が地震を起し、野枝が爆烈弾を懐中で温め、其れで七歳の逆賊宗一打取つたりは無理もない。其処へ行くと流石弁護士も、第一流第二流となると聊か見識がある。山田検察官は萬朝報で、もう三流四流の弁護士は懲々したと侮辱だか述懐だかしたが、第一流の江木、花井、第二流の鵜澤、今村の諸君が弁護を辞退したは、苟も本件を弁護するならば、せめて社会主義無政府主義の初歩位は研究したいが短日月で出来る事ではない。今更売名でもないから、人に笑はれ恥をかくため、予備智識なしで、矢鱈に飛出す身の程知らずでもあるまいと云ふに在つたさうだ。判士は被告以上だから無理もないが、あの際被告に研究の場所方法、読んだ本の名や内容を、詳く質問したら、其答弁は恐らく奇想天外であつたらふ。
 (二)不逞鮮人放火暴動の流言宣伝せられ、戒厳令の布告を見るに至りたりと雖も、爾来各所に殺人放火等の事実頻発し、住民の不安興奮其極に達し、証拠にも其説明なく、以前にも以後にも見たもの一人もないのに、判決なればこそコンナ出鱈目が書けると思つた。勿論文章前後の関係から、其放火殺人は不逞鮮人の行為も読めるのだ。
 (三)職務上恐怖すべき種々の情報を耳にしたる正彦は。どんな情報を耳にしたかと云へば、風説だけで「其風説が事実か否かはつい調べません」だ。職務でありながらどれも之れも素人も素人、常識のない素人と呆れる外はない。
 (四)正彦は突然大杉の後方より暗討し、慶次郎は其際廊下に出でて、これが見張をなし。正彦は慶次郎と対談せる野枝の後方より、大杉に対すると同一の手段を用ゐて暗討し、慶次郎は同室廊下に於て之が見張をなし、予審では第一回公判でも供述が一致し、只手を持た足を持たの相違だけだのに、飽くまで正彦一人の武勇功績にして了つたは、蓋し後の公判で誰かがソンナ供述をしたるならん。傍聴者の言によれば、医師の鑑定するに、生前の傷もあるが、絞殺が死因だとすると、読聞けだとの事だ。更に鑑定に付したり、上等兵の所謂、其処に居たらしい人や、話をきいた人を取調たりしたら死因も判明しただらう。
 (五)泰西革命の歴史に徴するも、婦人の主義者はこれ又殺害の要ありとなし、正彦は野枝に対して二三問答を交へたるに、同人が現時の混乱状態を喜ぶの情を見ては、ソレナラ何も初めから外二名にする必要がない。後から、しかも大勢で付けた理屈が之れだけとすれば情ない。正彦が野枝を試験するは柄でもあるまい。証拠でも出来てるのかと見れば何等の説明もない。其も其筈公表された二三の問答は、仮令其が全部事実でも、返て混乱を悲む風だ。当り前ではないか、人を殺しても罪にならぬ当時の憲兵隊の中で、ドンナ間抜が混乱を喜ぶ風情をするものか。イヤハヤ、どれもこれも低能揃だ。
 (六)次に宗一については、正彦は当時大杉の子なりと信じ、之だけは確かに判決が間違つてる。此点に付ては僕は甘粕に同情する。ボンヤリ無類の上等兵ですら、「大杉の子でないことは知つて居ました。」イクラ甘粕がバカでも低能でも、仮令功名心と前途の光明とに逆上して居たとしても、其研究と調査と当時の状況とで、「毎日大杉が連れて戸山ケ原へ遊に出ると云ふ魔子」が女性であり、「行く時には女の子を残したが、帰りに一人の子を連れて来た」といふ其宗一が男性であつた位は判かつて居た筈だ。又男か女か幾つ位の子か、誰の子か位を知らなんで欺し討が出来るものでない。大井大将の「奥歯に物の挟まつた如ぢや、今少し其点を突込んで調べたら事実が判明したらふに」の憤慨談は尤の如じや。
 (七)正彦は小児を殺害するは情に於て忍びずとなし躊躇したるに、慶次郎は其殺害を主張し、は、之で見ると地蔵殺しの鬼畜は返て森の様だが、実際聊か迷ふ。此事件は翌日の九月十七日に都新聞の某氏が其憲兵より聴込み(或は鴨志田自身ではなかつたらふか、鴨志田の弁護をした名川保市君が九月廿一日に突然、僕の処へ来て、外二名とは誰かと聴いた。僕は此処で書く凡ての事を話し、名川君は三人の上等兵を心配して帰つたが、元来名川君は名裁判長時代から、思想問題の事は知らぬ、関せぬ、研究せぬ、知る必要がないのドンケーヤ主義で、今度も正直に知らぬを売物に弁護をした位だから、趣味や興味で来たものではあるまい。之れと「正直無智の鴨志田」の人物評とを綜合すると、さうかも知れない。)直に甘粕にブツカツた。甘粕はビツクリして誰から聞いたかと其れのみ追窮し、記者がドウしても実を吐かないので、司令部と相談の上、さる事実なんと答へ且つ隊内を案内した。都はソコで社会主義者大検挙の号外を出したに留まつたが、之を聞いた朝日は大活動を開始し真相を究めて十九日に大阪に於て号外を発行し(時事も東京で同時に号外を出したが此方は僕は知らない)遂に陸軍をして公表を余儀なくせしめた。(ソレでも外二名は米国大使館より説明を求めたまで公表しなんだ。)其際の話によると、森は地蔵殺しを留めたが甘粕に叱られて果たさなかつたのだ、(其他の点は大杉虐殺の方法遺留品の行衛等を除いては絞型を教へた事が御星様の話、御菓子の事まで今と同じだつた)が、斯る縁もゆかりもない甘粕を頻りに揚げ、森を甚だしくけなす処を見ると、或は森の方が親鬼だつたかも知れぬ。しかし発表前後の当時、憲兵隊内て甘粕同情将校の激昻が甚しかつたといふ記者の話、甘粕以下で喰止まつた明なる事実、目に見ゆる様な色々の細工、余りに酷く突つ込ようの足りない審理振り、絞型を教へた事実迄判決文に挙げなかつた事等から見ると、僕が森に差入をする気になつたも無理はなかつたと思ふ。
 (八)平素正彦を信頼せる被告両名は、戒厳令下に於ける非常の場合(幼児を殺害する位は)共犯罪たる事を推知せずして直に之に服従し、両人して之を死に致したるものなれば、罪となるべき事実を知らずして犯したるものにして、即ち罪を犯す意なき行為なるを以て無罪を言渡すべきものとす。之は角を矯めて牛を殺し、二人を助けて軍隊を殺し、日本人を亡したものである。蓋しバカの人真似鳥の鵜真似の致す処か。どうせ素人の裁判であるから、法律語や法律臭い事は抜きにして、両名は上官の命令であり、其上官は司令官も承知だし、早く遣らないと「拇指」の御機嫌が悪いとさへ言ひ、又やる処が隊内の司令部ではあり、又「他に人も居た様」であり、如何にもヤリ方が公然の大袈裟であり、当時戒厳令下で色々の訓示激励等も出で、此際やつたとてマサカ問題にはなるまい、よしなつた処が吾々の処まで責任を下さず、上の方でどうにかして呉れる。予定通り知れずに済んだとしたら、伍長にも曹長にもされよう、特に上官が目の前でもう一人は殺して了つた。よくある例だ、若し吾々が厭だと云つたら、吾々が殺されるかも知れぬ、拒む程の度胸があれば構はず逃て仕舞ふ。誰が好んで人を殺すものか、厭で厭で仕方がないが、自分の命、即座の脅迫が怖くて、悪い事罪な事と知りながら、本心でなく無理にやらせられたのだから無罪であると、判決すればよかつたのを、ナマジツカ法律振つて、バカの人真似、鳥の鵜真似で、コンナ事に判決したから。今度は被告両名は平常なら常識に訴へてもよいが、戒厳令下では如何なる事でも上官の命には従ふべきものと思つた。戒厳令下では七歳の幼児でも何を仕出かすか判らぬと思ふ。七歳でも男の子なら時には暗殺して差支ないと思ふ現に上官がさう言ふた。日本人としてもまた兵隊の思想や犯行を取締る、選ばれたる憲兵としても戒厳令下では人を殺す事や小児を殺す事位悪い事と思ふ者はない、之れが憲兵の常識でする日本人の徳である。故に両名は罪となるべき事実即ち悪い事だといふ事実を知らず、正当当然の事と思ふて幼児を殺したから無罪である。若し両名が悪い事だが上官の命令であつて見ればマサカ法律上罪にはなるまいと思つてヤツタなら、当然刑法三十八条第三項によつて有罪であるが、クドクも繰返す通り、両名は人を殺す事特に小児を殺す事は、悪事とは思はず遣り、又両名がコンナ事を悪事と思はなかつたといふ事は日本人の道徳として、果又憲兵の常識又は軍隊の精神として当然で、深く信用するに足るから無罪であると解釈するの止むなきに至つたのだ。此僕の法律論に異議のある者があつたら、仮令其れが三流四流の弁護士であつても、僕が何時でもお相手する。実際、執行猶予には誰も異議なかつた二人だから、どうせ無罪にするなら後世にも残る事だから、意識の表失が命令服従の一点張にすればよかつたに惜しい事をしてくれた。
 (九)被告正彦を懲役十年に被告慶次郎を懲役三年に処す。之れは苦心の跡が確かに見へる。もう何と云ふても誰も知り抜いてる、小刀細工で有から無を作るような大仕事が果せるものでない。僕が判決するとしても大に迷ふ。でも僕なら先づ(一)少しも秘くす事なく被告に安心して事実を白状させ証人もドシドシ許し、被害者側の知つてる事実も調べ、案の定甘粕が一人で背負留めたのだと認定したら、立身出世の為や、矢鱈にバレル恐れなしと安心してヤツタでない限り、上等兵等と共に無罪にするか、又は執行猶予にし、(二)若其ため上官に対し後に形式上又は世間体上起訴でもあつたら、其時は其時の判士が勝手に事実を認定し、ソンナ事は絶対にない、甘粕一人の胸でヤツタのだと総て無罪にするか、(之れは法律上当然出来得る事だ)又は(三)甘粕を国士と見立て、動機もキタナク無く、人間も真面目で、行動にも芝居気なく、余り饒舌らず、申立も一貫し、全く私心なく、過た考から一人の胸でヤツタものと認定したら、情も汲んで無期懲役に処し男を立てさせる。(四)若し腹の中では命令関係も人格も疑ひ、判決文では命令関係のないこと、人格の立派のことにするとすれば中々困難である。
 一体本件は、罪の有無や刑の高低が問題であつてはならぬ。否当然有罪で刑も重い事が被告に対する贔負であり同情である。今迄の甘粕同情者は、陳謝た時の晴々した心持、重荷を卸した時の楽々した気持を知らない。責任とか罪亡しとか後生とか安心とかいふ、国士の心情を更に知らない、贔負の引倒者であつた。死刑でない限り刑期なとた愈々となれば後でどうにも出来る。特赦大赦もあれば、仮出獄もある。余り過ぎたるは尚及ばざる如く、却て本人や家族の者を一生ビクビクさせる種だ。世に強がりや空元気のテロヤアナの同情程損のものはない。
 (十)被告利一が誰か、人の殺されてるにはあらずやと知りつつ見張したりとのことは証拠なきにより無罪とす。証拠がないから無罪だと云ふ以上、判決に証拠のないは当然だが、公判廷で明かに「想像した、知つて居た」と明言したのをどうしたか。イクラ伍長になれる程の憲兵だからとてあの場合何を甘粕がしてゐたか、何の為に見張をさせられたかを知らぬ程の阿保でもあるまい。ソレとも判決は、被告は甘粕等がバクチでも打つてると思つて見張したとでも云ふのか、又は推測や想像で事実を知つた事は法律上事実を知つた事にならぬと云ふのか。(終)
<以上は、山崎今朝弥氏が著作者である。>
<旧仮名遣いはそのままとし、旧漢字は適宜新漢字に修正した。踊り字は修正した。>
<底本は、日本弁護士協会『日本弁護士協会録事』第299号、大正13年(1924年)10月号>
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